2026/06/07

5月の「犬とゆく」

5月のはじめはゴールデンウイーク。朝晩寒く感じるくらいの日もありましたが、日中は暑いと感じる日もありました。
中旬~下旬になると雨がしとしと降る「ぷち梅雨」のような日々もあり、日中も気温低めの日めで犬連れにはよかった日もありました。

ただ湿度が上がってくると犬の場合、熱中症の危険度が上がるので、湿度が高い日に激しい運動をさせた後は体温が下がるか確認してあげてほしいものです。
暑い季節は当然気にしますが、湿度が高く気温がそれほどでもない場合見過ごすことがありますので、気を付けてあげてください。

5月も下旬になると(特に月末は)日中暑い日が多かったですね。

 
この数年の傾向からすると、この先気温が低い日は限られているかも。
6月は雨も気になりますが、昼間の散歩は暑さ対策をし、朝晩の涼しい時間の散歩がよさそうです。
梅雨以降、猛暑酷暑にならない日があることを祈ります。

 

■ 一般の更新 ■

5月も1つ。ここのところ飲食店が多いのですが、今月は「その他」。洞窟、観光施設です。
基本的に「抱っこやケージなどでの同伴」となりますが、車に置いていかなくても観光ができるのは有難い。
この施設の周囲にも見どころがあり、遊歩道によって繋がっています。(参考)エリア案内

5月の一般の更新は1つ。年間通算は6(飲食店4、その他1、ランキング1)。
今年はこんなペースでいきそうです。

三段壁洞窟
南紀白浜にある観光地。名前の通り洞窟。
最近は観光施設のHPなどに「ペットの同伴について」などのページを設ける施設が増えました。こちらもそれがあり、かつてのメイン投稿者であった「シゲちゃんさん」が実際に利用し投稿を寄せてくださいました。
HPに「抱っこやケージなどで同伴可能」の記載あり。
犬なしでの利用ですが車椅子利用者が同伴。HPなどには書いてありませんが(状況により対応が変わることが予想されますが)カートでの同伴も許されるのではないかと想像しています。

 

■ 修正など ■

5月は、目黒区の過去の投稿の確認を始めましたがやはり閉店済みが多い。
それ以外にも「閉店予定」や「ペット同伴でのご利用を終了」の一口コメントをいただいたりして残念な気持ちになりましたが、今の世の中、飲食店を続けることも大変ですし、その中でペットを受け入れてくださるご苦労も理解しているつもりなので「今までありがとうございました」と言いたいです。

5月の修正は10、飲食店が8、その他(犬)が2。
飲食店の内、閉店(予定を含む)や「ペット同伴でのご利用を終了」が7、今後も営業継続が1。
その他(犬)の2の内、1つは閉鎖済み、1つは変わらず利用出来る状態でした。
年間は42(飲食店35、他7(犬3、公3、他1))。

cafe-meshi PoocH (飲食店、閉店予定)
あじさい寺として有名な鎌倉の明月院近くのしっかりした食事メニューもあるカフェ。
以下の一口コメントをいただきました。
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6月中は営業
紫陽花の時期までは営業を続けるそうです
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以前より夏至(6月下旬)くらいまで、とのアナウンスはありましたが、やはりその辺りで閉店される予定のようです。

Cafe Nico (飲食店、閉店済み)
駒沢公園には動物の名前がついた公園が幾つか。その動物の置物(乗り物?)がある。
リスの置物があるリス公園の柵の向こうに見えたこちら。駒沢公園内からも見える落ち着いた感じの外観が好きでした。
うーにーとの散歩中に利用したい衝動を毎回抑えていたような気がする。
ネット上の情報で営業日が限られてきていたことは知っていましたが、昨年(令和7年)閉店していました。
この場所は現在はピザ屋さんになっています。

Cafe Nord (飲食店、閉店済み)
三宿通り、五本木の交差点の少し手前の下馬五丁目信号角にあったお洒落なカフェ。三宿通りのこの辺りもたまに車で通るので「違う店になっている」とは思っていましたが、こちらの修正を忘れていました。2013年に閉店していました。現在焼肉やさんになっています。
お洒落なカフェでしたが自然体で犬連れを迎えてくれるのが好きでした。

Cafe CABANON (飲食店、閉店済み)
自由が丘駅のロータリー広場から少し歩いた所にあったカフェ。路地を進んだ先に見えるようなテラス席が素敵なとても人気のあったカフェだったようです。最近は手頃な料金でこのような店が少なくなりました。
その様なお店で、お子さん連れ、ペット連れを受け入れてくださっていました。

中央道 境川PA下りドッグラン (その他:犬専用施設、利用していました)
5月9日、ゴールデンウィーク中(直後?)の土曜日に利用。高速道路も順調でしたがドッグランも利用犬は一頭。
この日も日差しも強く、この先の季節が心配になりますが、こちらは地面が草だし藤棚のようなものもあり日陰がありました。ただし小型犬用エリアには日陰がほぼないのが心配。
我が家は犬なし生活なのでドッグランを利用しているのを外から見ただけですが、KenYukiさん投稿時からほぼ変わっていないようです。ドッグラン手前に蛇口があったし、バイオトイレも使えない様だし。

沼津内浦漁協直営いけすや (飲食店、ペット同伴でのご利用を終了)
漁港が直営している活あじの店。淡島マリンパークが近い。
『いけすやの活あじ』の提供が何度か中断していましたが、先のゴールデンウィークには再開。それを喜んでいたところ、6月30日まででペット同伴での利用を終了のお知らせ。
発表のページを読む限り、色々とご苦労があったようです。今迄受け容れてくださり、ありがとうございました。6月30日までです!

O'CAROLAN'S (飲食店、閉店済み)
自由が丘駅正面口から出てロータリー~メープル通りを進み~信号越えて少し行った所にあったアイリッシュパブ。2014年に閉店していました。
とても雰囲気があり、当時のドッグカフェに慣れ親しんでいた人たちは戸惑ったかも。
飼い主が、犬がいなくても過ごせる時間を犬が一緒でも過ごせる、そんな感じの考え方のお店でした。
こんな感じのお店、それを利用する飼い主が増えてくれることをいつも願っています。

ハッキー・パーク (その他:犬専用施設 閉鎖済み)
山中湖近くにある一日一組限定宿「Private House Byron」(一日一組限定宿)が運営していたドッグラン。宿は今もあります。
遠い昔は一見でも利用出来ましたが、その後、宿泊者専用になりました(一日一組限定宿なのでプライベート・ドッグラン状態、羨ましい)。その後、2023年3月にドッグランは閉鎖されていたことが宿のページに書かれていました。残念。

Cosi Cosi Tokyo(旧:石鍋空間 COSI COSI(コジコジ)) (飲食店、営業しています、店名変更)
学芸大学駅から少し歩いた所にあるお店。投稿は20年以上前ですが今も営業していました。
同じ場所でほぼ同じ名前の店があり、HPには「28周年を迎えました!」とあるので同じ店。今もペット連れを受け入れてくださっているようです。嬉しい!
「犬とゆく」の店名表示も現在の「Cosi Cosi Tokyo」に変えます。
現在は石鍋料理は出していない様です。公式でもある食べログには「メキシコ料理、バル」となっています。

La Brasserie opera Chez Matsuo (飲食店、閉店済み)
遠い昔都立大学があった場所が目黒区の施設になり、その中に「めぐろ区民キャンパス」があります。その1階にこのお店はありました。テラス席ですが本格フレンチが犬連れで食べることができる貴重な店でした。
有名な店なので閉店時(2010年)ニュースになった記憶がありますが、先延ばしにしていて放置になってしまいました。
今になって閉店情報を探してもなかなか見つからず、やっと個人の方の情報ページが見つかりました。

 

■ システム運営 ■

ご丁寧にクロールや探りを入れるようなアクセスが続きます。
何かメリットがあるのか、それとも練習なのか。 
狙うのであれば収益が出ているサイトを狙えばいいのに。

1日に久し振りにデータを壊され、24日には珍しい攻撃がありハラハラしましたがサーバーは耐えてくれました。

4月月末数日に高CPU負荷が続き、その流れで5月に突入。
823万 4月30日   この日も強く悪意を感じるDo攻撃Sを受ける。
   5月1日   久し振りにデータを壊される(すぐに気付き復旧しました)。
   5月5日   悪意ある内容でのDoSを受けるが落ちなかった。
824万 5月8日  早朝から延々とクロール、多い時でも1秒間3アクセス
           重くなることはありましたが落ちなかったようです。
825万 5月11日 そろそろ以前のアクセス数に戻るかと期待したが戻らず
           CPU負荷、アクセス数共に少し高め(カウンター値も上がる)
           データを壊されたりはしていない。
           CPU負荷、アクセス数共に少し高めの状態が続く。
826万 5月19日 この頃からCPU負荷、アクセス数共に一ヶ月くらい前の数値に戻る。
           CPU負荷は1桁になったが攻撃は多い。
   5月24日    初めてみる攻撃に遭うが落ちなかった。
827万 5月30日 CPU負荷1桁、サーバー全体に対するリクエスト数1万くらいが続く。
           瞬時の攻撃は「犬とゆく」以外にも幾つかあり。

202605cpu 202605req

202605elseリクエスト数は突発的に増えることはありますが概ね一定。転送量も大きな動きはなさそう。それらに対しCPU負荷は連動しない。
リクエスト数に対するユニーク(ホスト)数も理解に苦しむ(身元を隠すアクセスが多い)。
最近、CPU負荷が低めで安定しているので、このまま様子見したいと思います。

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2026/05/15

悲しい気持ち(I FEEL THE ECHO)

タイトルを読んで「なんか勘違いしていない?」と思った人、正解です。

私は記憶力が非常に低い。完全に忘れたり混同したり、時には知るはずもなさそうなことを何故か知っていたり。

タイトルは、サザンオールスターズの「悲しい気持ち(Just a man in love)」と「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」がシャッフルされてしまったのだ。


若い方は全く知らない人もいると思うので資料を置いておく。

悲しい気持ち(Just a man in love) 1987 YouTube 歌詞 Wikipedia
いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)1988 YouTube 歌詞 Wikipedia

発表は一年違い。そしてどちらも別れた後の後悔に似た寂しさを歌っていた。
犬のいない自分の生活に似ているかも。


五月の中旬、やらねばならぬことが色々あって頭の中は混乱していた。その中の一つに「タイヤの状態の確認」があった。
ゴールデンウィーク中で脱輪のようなことをしてしまい、たぶんタイヤを傷めた。その後、高速道路を150キロ以上走って帰ってきたので大丈夫だと思うが気になっていた。

「どこか砂利の駐車場でハンドルを思い切り切りながら動かせばタイヤに横の力もかかって危うければ分かるだろう」と考えた。
犬(最近の読者の方は分からないと思うので犬と書く、うーにーという名前だった)とよく行った河川敷に砂利の駐車場がある、と思い出す。

「河川敷に行く前によく寄ったパン屋さんに寄り、その駐車場または土手の上ででもパンを食べよう」などと考えた。

 
家を出る時、正午近かった。そのパン屋さんは正午頃には主な商品は売切れてしまうが全くなくなることはないので、とにかく行ってみる。

住宅街に入り、パン屋さんの前に着く。「あれ?、なんでお店の駐車場がコインパーキングに?」と不思議に思った。お店の建物を見ると看板類が一切ない。ご自宅でもあるので建物はある。つまり閉店していた。たぶん15秒程理解出来なかった。この道を通れば必ずあった店だから。
犬がいなくなってもこの店に来れば当時を思い出す。お店の人も犬のことをよく憶えていてくれた。そんな存在がなくなっていた。

昼食がなくなった。昼食の有無よりもこの店がなくなったことがショックだった。
なくなることがないはずの河川敷に行かずにはいられなかった。


河川敷近くになると大きな工事が幾つかあった。多少景色は変わってゆくものだろう。
土手の切れ目から河川敷へと入る。正面に見える駐車場に目を疑った。長年砂利のままだった駐車場が舗装されている。これでは来た意味がない。それ以上に景色が変わったことがショックだった。

 
こうなるとタイヤのことはどうでもいい。
昔と変わらないものを探す。あった、あの大きな木だ。犬と一緒にその木陰で休んだり弁当を食べたり。猫も連れてきたことがあった。
しかしやはり景色は違う。大きくなっている。
木の根元に行ってみる。そこには必ず何かしらの花が咲いていた。この日はツユクサが一輪だけ咲いていた。
20260516a 20260516b

20260516c 木を見上げる。しっかりした太い幹。「木登りしたい」そう考えた。横にも広がっている幹の上に登りたいと思った。
この時「犬がいた時は木登りなんて考えなかった」と気が付いた。犬がいた時は上を見ることがなかった。常に地面か遠くを見ていた。
「木登りしたい」と考えた自分は、あの頃の自分ではないことに気付く。

いけないことをしたような気になり、その場を離れる。土手の上まで登ることを考える。
草地の斜面を登る時「あの頃はいつも犬と一緒だった、何もかも変わってしまった」と思わずにいられなかった。

この時「この気持ちを悲しい気持ちと呼ぶのだろうか」と頭に浮かんだ。そして勘違いした記憶で「悲しい気持ち(I FEEL THE ECHO)」がぴったりだと思った。
昔の当たり前の日常が過去のものになり、もう忘れていた当時の風景からあの頃の幸せを改めて感じる。それが「悲しい気持ち」になる。それと同時に(一つ一つの記憶が並ぶのではなく)当時の感情と記憶がこだまのように繰り返し繰り返し心の中でめぐる。個別の記憶が描かれるのではなく、当時の何気ない感情が多方面に彩られる。
「悲しい気持ち(I FEEL THE ECHO)」がやっと分かった!、上手い表現だ!、と妙に納得した(ブログを書き始め、勘違いであったことに気付く)。

20260516d土手を少し歩く。基本的に変わらない景色。でも明らかに変わっている。駐車場が舗装されたように、グランドの芝生は綺麗になり、生垣もよく手入れされている。そして木々が大きくなっている。全体的に綺麗に感じる。
不思議なことに利用者が少なかった。まだまだ猛暑ではない。犬連れの姿があったもよさそうだが全く見えない。

一人で土手を歩いても面白くないので土手を降りて、河川敷の犬と遊んだ広い芝生(野球場だったりサッカー場だったり)へと向かう。
そこへ向かう舗装の道(ジョギングや自転車の人が通る)を歩いていたら、放送が聞こえてきた。周囲を見渡すと、一本のポールが立ち、そこから音が出ている。人感センサーがあり人が通ると放送が流れるようになっていた。
内容は「世田谷区役所です。犬の放し飼いは東京都の条例で禁止されています。大変危険なので必ずリードを付けてください。ご理解ご協力お願いします。」こんな感じの内容だった。
(参考)東京都動物の愛護及び管理に関する条例 
ノーリードについて 第九条第一号
それに対する罰則  第四十条第一号(拘留又は科料)

参考までにと動画を撮り、YouTubeにあげてみた。


このようなものがあるということは、何かと問題があったのだろう。犬連れの姿を見ることができない理由が分かった気がする。

折角来たのだからと舗装された道を大きく回って駐車場まで帰ろうとした。しかしやはり面白くない。中断し芝生(野球場やサッカー場)を通って駐車場へ向かう。
すると舗装の道を犬と一緒に歩いている人がいる。ノーリードのような気がするが遠くなのでよく見えない。犬の脚の動きは少し硬い。頭に動かし方から歳で視力が落ちている様に見える。途中一度だけ臭い取りをした。たぶん高齢に差し掛かった頃の犬だ。
遠くなのではっきり見えなかったがノーリードのようだ。だとしても何が問題なのだろか。「ノーリード」という線引き以外できない日本の犬と人との関係文化のレベルが露呈していると感じる他なかった。

 
舗装された駐車場へ戻る。10年くらい前まで(犬は15年以上前に逝った)この気温、この時間であれば犬を連れた人が、車から犬を降ろしたり載せたりしていた。その様な姿は一切見なかった。

犬を連れてくる人の中にはプロの人もいたが、震災前後辺りから大型犬の訓練は酷いものがあった。ペットブームになり、広範囲でペットグッズは充実していった。理論的な話も色々されるようになった。しかし犬に対する人の対応はレベルが落ちたのではないかと感じることもある。

長い間「犬とゆく」を続けていると、そのようなことを強く感じることが度々ある。
繰返し繰り返しため息のような無力感に似た悲しい気持ち。

悲しい気持ち(I FEEL THE ECHO)。

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2026/05/05

4月の「犬とゆく」

4月は散歩にいい季節でした。
3月までは寒い日もあり犬の姿を見ることが出来ない日が多く、たまに暑い日もあり「このまま猛暑になって散歩が出来ななくなったら、犬を見ることが出来なくなるのか」と心配していたのですが、4月は多くの犬の散歩を見ることが出来たし触る機会もありました。

我が家の近くには緑道があり隣町まで通じていることもあり、よく利用するのですが、そこでよく目にするのは臭い取りにご執心の犬についてまわる飼い主さんの姿。このような姿を見ると、飼い主さんと犬との関係を考え寂しいものを感じることがあります。

そんな時に、リードなしの小型犬が盲導犬に急接近し、結果として、盲導犬ユーザーが怪我をしたことに対する小型犬の飼い主の対応が不服として裁判になっているらしい。
(参考)
盲導犬にリードなしの犬が近づき転倒し負傷、視覚障害の女性が提訴…「盲導犬に犬を近づける危険性を広く知ってほしい」 @ 讀賣新聞オンライン
【盲導犬】リードなしチワワ接近で転倒負傷 視覚障害女性が提訴 補助犬守るマナーとは @ YahooJapan!ニュース エキスパート

これらの記事の解説を読んでいて「ちょっと待って...」という気持ちになった。接近した理由が「盲導犬のにおいを嗅ぎに近づこうとしただけ」。これは近づけた方が悪いと思ったのですが、裁判になっている現状から考えて私は勘違いしていたらしい。

現在、盲導犬の行動を保障してくれるのは主に「身体障害者補助犬法」です。以前はそれがなく道路交通法などで規定されているだけでした。その頃は盲導犬に対して痛ましい悪戯をする人もいて、傷ついてもただただ我慢する盲導犬の話を幾つも伺いました。ユーザーはその場ではそのことに気付かず、帰宅後お世話をしている時に体の異常から知ることになります。

身体障害者補助犬法の趣旨として「公の場、施設で断られないように」であることは知っていましたが、この法律を作る時、同時に「仕事中の補助犬を邪魔をしたり、傷つけたりしないように」という内容も入れてあると思い込んでいました。

この機会に「身体障害者補助犬法」を読んでみました。
一般的に犬が入れない所に入るのだから厳格な審査、日常の手入れ等しっかりしてね、など盲導犬側に求めることが色々と書いてありますが、私が期待していた内容はありませんでした。

近年「盲導犬は可哀想」(なので廃止を検討すべき)という議論があります。日本の夏は猛暑が当たり前になったし、通勤ラッシュは盲導犬同伴は無理だと思いますが、そうでなくても混み合う場所で行動しなければならないこともあると思います。なので悪戯(悪意・故意)ではなく気が付かずに盲導犬に負担がかかる場面は出てくることは理解できます。

そのようなことを考えると、周囲の人たち(つまり国民全体)に対し「盲導犬の仕事を邪魔したらダメだよ」と知らせるべきではないでしょうか。その一つとして、身体障害者補助犬法にその旨を盛り込んでほしい。
罰則規定盛り込んでいただければ、今回のような裁判はなかったでしょう。
そこまでしなくても「第四章 施設等における身体障害者補助犬の同伴等」の最後くらいに「盲導犬の作業を妨げてはならい」のような一条が欲しいと願います。

人と犬とが行動する時の気遣いレベルがもう少しアップしてくれていれば、このような事件も起きなかったのではないかと考えています。
そのようなことを考えていただくために「犬とゆく」を続けています。

 

■ 一般の更新 ■

今月は1つもないかもと思っていましたが(犬なしですが)何年も前から投稿しようと思いながら書きかけて「急がなくてもいいや」と思っていた店の投稿を書きました。今回は(修正などでやっている)営業確認の一環ですがこちらの店は私にとっても特別なので投稿としました。また、丁度なんじゃもんじゃの木も季節だし。

ということで、4月の一般の更新も1(飲食店1)、年間は5(飲食店4、ランキング1)。
犬連れ情報として充実した情報源が多々ありますが、先に書いたようなことを考えて続けていきたいと考えています。

喫茶 ルピナス
世田谷区の住宅地内にある昔商店街だった道沿いの二階にある(開業当時は喫茶店だったようですが現在は)喫茶店の形をした定食屋さん。
ドッグカフェという言葉が無かった小型犬ブームが始まる前から犬連れを受け入れて下さっていた。
来年40周年だそうですがマスターは体調不良。末永く続けていただきたいのですが、体調不良以外にもブログを読むと災難続きみたいなので心配です。
今の季節、近くの小泉公園のなんじゃもんじゃの木がふわふわで綺麗です。

 

■ 修正など ■

4月も世田谷区の過去投稿チェックの続きをやりました。ついに一通り終わりました!
閉店が分かっているところは、その処理をすればいいのですが、営業しているかどうか分からないところが難しい。何店かは現地まで行きました。最後まで残っていたところは営業している店が結構ありました。

飲食店を続けることは何年も前から難しくなっていますが、食材はじめ物価の高騰、人件費も高騰のこのご時世に長いことを続けてくださっていること頭が下がるばかりです。残っている店の多くはその様に感じる店ばかりです。

4月の修正は9、全て飲食店。営業が確認できたのが5、店名変更などが1、閉店は2、店内ご遠慮になってしまったのが1。
年間は32(飲食店27、他5(犬1、公3、他1))。

セタビカフェ (飲食店、営業確認)
世田谷区内の砧公園内にある世田谷美術館の地下にあるカフェ。ペット連れはテラス席。館内を通らず外階段で地上からテラス席に行くことができる。メニューはガレットがメイン。
ちょうど桜の時期だったので見に行きました。
HPには「テラス席も20席あり、ペットを連れての入店も大歓迎です。」と書いてありますが20席以上ある感じでした。
またHP上2026年3月13日付けのお知らせに「お花見期間限定メニュー」が表示されていました。「持ち運んでお花見しながら召し上がっていただけるお弁当BOXでご提供」と書いてありました(この記事が公開される時は終了しています)。
花見の季節は終わりましたが、犬を連れてのんびりするのにもいい公園です。のんびりの前後にこちらのお店で食事やお茶をするのもいいと思います。

ブタリアン (飲食店、閉店)
用賀駅から少し歩いた所にあった豚肉料理の店。趣のある和風の店内で「ここでペットOKなの!」と思った記憶があります。
私が利用した時お店の駐車場もあり、店内に入ってからも何かと気遣いを感じたお店でした。昨年確認した時も営業が確認でき「続いている店は違う!」と思ってものでした。
今回改めて確認をしていたら今年(2026年)1月25日で閉店されていたことを知りました。個人的にとても残念。今迄犬連れを受け入れて下さっていたありがとうございました。長い間、お疲れ様でした。

NISHIan ニシアンカフェ (飲食店、営業確認)
世田谷区岡本の住宅街にある小さなカフェ。昔は蕎麦をメインにして「西庵」と表記することもありましたが、今回確認したら、微妙に店名が変わっていました。(旧)NISHI ann(西庵)→(改)NISHIann ニシアンカフェ
現在は蕎麦以外にも体に良さそうな食事を提供してくださる。
インスタグラムに今月の予定も書いてあるし「テラス席はペット可🐶🌱」とあるのでペット連れを受け入れて営業されているはず。
ペット連れはテラス席。お店の駐車場は台数は少ないですがあると思う。

用賀倶楽部 (飲食店、営業確認)
砧公園からも歩ける範囲にあるレストラン。用賀駅から見たらニトリの少し手前。環八ニトリの裏辺りになる。
ドッグカフェではありません。ワンランク上のレストラン。初めて利用される方は公式HPをよく見てから検討することをお勧めします。
その昔「レトリバー」という犬雑誌も出していた出版社が経営に係わっているから犬に優しいという噂もありましたが、2021年にその会社はなくなった後も受け入れを続いてくださっています。
台数に限りはありますが駐車場あり。歩いて3~5分以内にコインパーキングが幾つかあります。近くに五郎様の森緑地あり。

Southern-dining 用賀 (飲食店、営業確認)
田園都市線用賀駅ロータリー近くにあるカジュアル・イタリアン。前回投稿が2003年なので老舗と言っていい。それだけも人気店であることが分かる。平日昼時は近くにお勤めの方と思われる人たちで賑わっていました。
ペット連れはテラス席。「ペットOK」を売りに「していません」。席もペット仕様の配置ではないみたい(ネットの口コミを読む限り)。周囲で犬の散歩に適した場所を私は知らない。

SOAP(ソープ) (飲食店、営業確認)
三宿の住宅街(緑道近く)にあるカフェ。前回投稿が25年近く前ですが(ネット上の情報だけでの確認ですが)店内の雰囲気やポリシー等変わることなく営業されていることが分かりました。
こちらの様な店舗を「韓国風カフェ」と呼ぶことを知った。1950年台のアメリカのカフェが元だと思うけど。
昔同様「ペット可」を積極的にアピール「していません」。ペット連れも受け入れてくれるお店。全席喫煙可。

FORZA!!NAPOLI(フォルツァ ナポリ) (飲食店、閉店済み)
三宿の交差点から246を渋谷方面へ少し歩いた左側にあったピザ屋さん。
246に面していましたが落ち着いた雰囲気の中、犬連れで本格的なピザを食べることが出来る有難いお店でした。
食べログなど大手情報サイト、個人のSNS、ブログなどの情報から2017年頃閉店されていたようです。
情報が遅くなり申し訳ないです。

VERVE COFFEE ROASTERS KITA KAMAKURA (飲食店、店内ご遠慮、一口コメント)
以下の一口コメントをいただきました。北鎌倉のお店です。
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一時期、店内ペットOKの席が増えていたのですが、残念ながらNGとなりテラス席のみ利用可となりました。夏場はツラいですね。
鎌倉店はまだ大丈夫らしいです。
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暑い時の店内席は有難いものですがこのような結果になって残念です。

芦ノ湖テラス(【旧店名】ラ・テラッツァ 芦ノ湖) (飲食店、店名変更、一口コメント)
一口コメントに店名が変わったと書込みがあったので、調べた結果、今年の冬季休業後から「ラ・テラッツァ 芦ノ湖」から「芦ノ湖テラス」に変わったようです。
以前は(ショップなど含めた)施設全体が「芦ノ湖テラス」で飲食店が「ラ・テラッツァ 芦ノ湖」でした。
ついでに「ペット連れ専用席」について補足しました。
現在、限られたエリアで基本的(ケージやキャリーに入れるなどすれば)OKですが、諸事情で制限・中止もあるのでインスタグラムで確認してください、とのこと。

 

■ システム運営 ■

ここのところ何となく落ち着いていましたが月末から怪しく5月1日にやられました。ちょっと監視の目が甘くなっているかも。
やらねばならないパッチ(修正)があるのは分かっているのですがなかなか出来ない。4月は1つだけやりました(048k)。
小さな穴をふさぐだけだから簡単だと思ってやってみたら、結構手間がかかった。攻撃側はこのようなことも分かっているのだろう。
手間暇かけてスパム攻撃をするだけのスキルがある人間であれば、私よりも知識も経験も上だ。調べてみたら「へ~、そんな仕様になっているんだ」と知らなかったこと誤解していたこと幾つか。このような所が狙われるのでしょうね。
そんな相手と攻防しているとおもうと、倒れない自分を褒めてあげあたい。

820万 4月1日  ここのところ多少の上下、たまにいつも以上に増えたりもありますが
         それも許容範囲、たぶん危機的状況にはならないと信じたい。
      6日  クロールと探りを入れるようなアクセスが 16時から24時頃まで
          延々と続く(1秒間に多くて3アクセスだったので処理できた)
821万 4月8日  6日にアクセス数が多かったが他の日はいつも通りだった
         この頃から微妙にアクセス数が増えてくる
         「犬とゆく」のカウンターの増え方はいつも通りなので他なのか?
      9日~ CPU負荷が10を超える日が出てくる。
      12日~ CPU負荷が20を超えるのが当たり前になってくる。
      18日  探りを入れるようなアクセスが1分間に180回×3分(落ちず)
822万 4月19日   アクセス数が増えた日もあった割には時間がかかった
      27日  CPU負荷がこの日だけ異常に増えました。
          明らかに悪意のあるアクセスを短時間に大量に送られることが
          数回ありました。延々とやられなかったのでどうにか落ちずに
          すみました。
      27日以降 少しずつ色々な悪意のあるアクセスが増えてくる。
          CPU負荷も増える。
      29日  この日もCPU負荷が増えているが原因不明
823万 4月30日   悪意のあるアクセス(軽いDoS)されるが落ちなかったし
          データを壊されることなくやり過ごせた。
          CPU負荷は更に上がった。軽いDoSでここまで上がるのか?と
          不思議におもう。
          048k:xFF悪用アクセス対策の一つ。予想以上に手こずった。

202604cpu 202604req

202604else

6日にリクエスト・転送量がふえましたが許容範囲。それよりも月末の数日間のCPU負荷だけが増えているのが怖い。
これは面倒なエラー処理を伴うDoS攻撃。この続きで 5月1日にデータが壊されました。こちらを壊すことだけを目的にやっているように見えます。こういうのが一番怖い。

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2026/04/26

ロッコク・キッチン(映画と関係ない話が多め) ~ (5)映画のこと

佐藤さんの誕生日だからとロッコク・キッチンを観に行った。3月25日のことだ。
最近小さな用事が色々あって、また歳のせいだかこの数年物事がおもうように進まない。このブログもなかなか進まなかった。このブログが書きあがったのはおばまの命日、4月26日。
あの日のことは今も毎日思い出す。まだいい思い出にはならない。思い出す度モヤモヤする。「ありがとう」よりも「ごめんなさい」の気持ちになってしまう。

~ 

あの映画をどう捉えればいいのだろう。原発災害の悲惨さを直接訴えるものではない。原発災害に遭った地域のことを詳細に伝えようともしない。原発災害後に動き出した三人の紹介。それを観る側がどう捉えるか感じるか。

あの災害後にあの地で動きだし、特徴的な人であることは確かだ。注目する価値はある。

もしあの映画が流行ったら、三人の所に多くの人がやってくるだろう。もしかしたらやめてしまう人も出て来てしまうかもしれない。そんなことを考えると「流行ってはいけない映画」だと思った。

何がいけないのか。事実だから。もし事実を基に脚本を作り、映画にするのであれば流行ることは大歓迎におもう。
しかしそれでは、原発災害が脚本の中に入ってしまう。この話の重さも軽さもなくなってしまう。明るさも暗さも。太陽の光やロウソクの灯りの温度も。

帰途の昼食で映画のことを少し忘れた。
その後、隙間時間にこれを書いていて気付いたことがあった。

福島のあの地で、自分が出来る事を行い、地元のため(それは大きなことではなく確かな一人一人のために)行えることを続けている。地元のためというよりも、そこに暮らす人・そこにやって来る人のため、特定の個人といってもいいピンポイントの人のために行っている。

一人一人は皆違う。求めるものが違う。他人に与えられるものも違う。
よくあるタイプの店で提供されるものが基準であり理想だと考えている人もいる。そのタイプの店が好きになれない人もいる。それはそれでいいのだけれど、ちょっとした(よくあるタイプの店では提供されることはない)気遣いがとても心地よいと感じる人もいる。
  

それは震災や原発災害に関係ない。
あの場所は今もバリケードがあり、黒い袋が積み上がっている。まだまだ被災中であり、全ての場所が元通りに人が暮らせるようになるには何十年もかかりそうだ。
私が日々暮らしている地域では(渓谷で土砂崩れが起き遊歩道が何年も通行止めになったり、公園の大木が倒れ周囲が数日間立入り禁止になることはありますが)人々は日々変わらずに暮らしている。災害、被災という言葉を意識する必要がほぼない生活を送っている。

全く違う場所であっても、一人一人は違い、その一人一人がそれぞれ出来ることを考え違う動き方をする、それは同じ。
それら違う人たちを、素敵とおもえたりおもえなかったりする人たちがいるのも。

この映画はそれを伝えているのではないか。私はそう思うことにした。

 

そう思えたことで、やっとロッコクキッチンが消化出来たような気がした。
そしてまたいつか、夜の森の桜やツツジや見に行きたいと思った。
 

おばまを迎える前に見に行った荒れ果てた夜の森駅の谷。朽ち果てたという表現の方がそれらしい状態だった。
そんな谷でしたが、震災前は綺麗なツツジが咲いていたらしい。そこにおばまは暮らしていたはずだ。

佐藤さんが亡くなる少し前、一緒に見に行った夜の森の桜。斜面のツツジはまだまだの状態だったが、その上に並ぶ桜は見事だった。
桜の季節に案内してくれたので見ることが出来なかった滝桜も見に行きたい(見るには長い時間待たねばならなかった)。花が咲いていなくても気が遠くなるような長年生きてきた、その姿を。
 

佐藤さんとおばまはあちらで、他の仲間たちと一緒に仲良くやっていることだろう。現地の仲間や日本中、世界中から協力してくださった仲間たちと。

 

震災、原発災害、それは今も続く悲惨な出来事。でも、それがなければ会えなかった人がいる、猫がいる、知らなかったことがある。

そんな気持ちで「観る側の人」として、ロッコクキッチンをまた観るのもいいのかもしれない。

リンク https://linktr.ee/rokkokukitchen
公式サイト https://rokkokukitchen.com/

(おわり)

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2026/04/25

ロッコク・キッチン(映画と関係ない話が多め) ~ (4)帰り道

映画が終わるのは 12:05分、ほぼ正午。
前日、天気予報を確認したはずだが、家を出る前は席の予約でアタフタしていて確認していない。映画が終わって外に出てみれば予想外の雨。傘がない。雨と言っても小雨でやむこともありそうな感じだが、予報ではやまないことになっている。
映画館から歩いて一時間ほどの別の町で昼食をとろうと考えていたが、それはやめた。ではどうする?

この映画館は駅から続く通路の先にある。その通路には椅子がある。そこに座りスマホで天気予報や地図を眺める。雨は微妙、雨雲がかすめる、もしかしたら降らないかもしれない。傘がないのが気がかりだがビニール傘を増やしたくない。
電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ駅で昼食をとることを考えた。とにかく電車に乗ろうとするが、また迷ってしまう。改札に辿り着くのに苦労した。

電車に乗り空を眺める。「降らないだろう」と考えて次の駅で降りてみる。歩いているとすぐに雨が降ってくる。コンビニに駆け込んでビニール傘を買うことになった。

傘があればこっちのものだ、選択肢が増える。すぐ近くの餃子やさんは最近行ったばかりなのでまた今度。次に頭に浮かんだのは激安ランチがあるお寿司屋さん。あそこに行こう。
雨降りでも目的があればウキウキ歩ける。昔うーにーとよく散歩した公園をテクテク歩き、長い階段を降りて、お寿司屋さんに近づいたのは 12:40頃だった。お昼時だと入れないかと店の前を見ると、案の定入店待ちのお客さんらしきもいたし、外から見える店内の席も埋まっている。

残念に思ったが次を考える。
頭に浮かんだのは平日ランチは1時から始める店。うーにーとよく行った。まいすも。残念なことにおばまは行かなかった。

駅一つ歩くことになるが、この辺りは駅と駅の間が近い。ためらわずに向かう。
1時前に着いてしまったので近所をぶらぶら。一時ちょっと前にまた店の前に着いた。ちょうどマスターが店から出てきたので「まだ早いですがいいですか?」と尋ねると私の顔を確認し迎えてくれた。

カフェ文化の発祥はヨーロッパ。こちらはそれを日本でやりたいと考えて始めたお店。地元の人の居心地のいい場所。コーヒー一杯、ビール一杯、カクテル一杯、そんな楽しみ方も出来るし、美味しい軽食もある。地元の人たちのたまり場でもありますが、ネット上で美食家を自負する人たちも来るし、著名人と呼ばれる人たちも来る。

こちらの店のマスターは動物好きで、こちらがオープンして間もない頃、やはり動物好きの方からこの店を教えていただき通うようになった。
こちらは犬も猫もOKだし(今は知りませんが昔は)うーにーを連れてゆくと犬用の水も出してくれた。しかし、ワンちゃん大歓迎とかではない。犬を断らないし、連れている人にとっては大事な家族であることを理解しているからだと考え(犬は注文はしてくれないけど)大事なお客様と思ってくださっているのだろう。

この日「そうそう、これでいいんだ」と思うことがありました。

この店の特等席は窓際の四人掛けテーブル。この日はここを利用させていただき、大好きなランチメニューを注文した。

私が入ってきた後、常連さんが二人、その後一見さんと思われる人が一人、その後また常連さんと思われる人が一人。
常連さんたちはカウンターに座り近所の話、家族の話などで盛り上がる。ランチは注文せず飲み物だけ。この日のランチ時はマスターだけのワンオペで忙しく動き回っていたが、マスターもその話に加わっていた。
ランチを食べているのは私と一見と思われるもう一人のお客さんだけ。

私は窓際の席で食事をしていた。
窓の外にはテラス席があり、以前そのテーブルの下には猫用フードが常備されよく猫が来ていた。しかし最近保護団体がやってきて皆連れて行ったそうだ。そんなことや、この30年間にあったことを思い出しながら、のんびり食事をしていた。

一見さんと思われる女性2人組が店の前にやってきた。私が食事をしているのを見て、この店に入ろうとしたのだろう。お客さんの一人がドアを開け「2人ですけどいいですか?」と訊く。(席は空いているし、食事はまだ二人にしか提供していない状況で)マスターはすかさず「食事は終わっちゃいました、飲み物だけでしたら」と答えた。2人組は残念そうに、別の店を探しに行った。

普通に考えたらランチ時の有難いお客さん。
しかし、ワンオペなのでカウンターの常連さん達に出す飲み物を作るだけでも大変。そのお客さんを迎え入れても食事の注文を受けたら時間がかかっただろう。普通なら「時間かかりますがいいですか?」と云うところだろう。でもそうしなかった。

私は帰り際の会計時に自分がオヤツ用にケーキを買った。ワンオペのマスターが対応する。そんな時でも忙しそうな素振りをみせずにほんの少しの世間話をする。忙しいことは分かっているが、頭の中で「1分だけ時間をいただきます」とちょっとした会話を楽しむ。
私はこのような時間、空間が好きだ。

東京23区は都会だから、お金を出せば誰でも形式的なお客様扱いしてくれると思っている人が多い気もしますが、少なくとも私の地元では、そうでもない店が残っている。それらの店は常連が飽きない味を提供し続けている。そして日常使いできる金額でやってくれている。それが出来るのはそれなりの修行もしている人たちだから。
なのでほとんどの店は、ご主人が引退すればお店も終わり。「その店」は「その人の店」なのだ。
そのような店が減りつつあるのが残念である昨今である。

原発災害後の地域から切り取ってみた三人の活動を撮ったロッコクキッチンという映画を観て、予想外の雨に戸惑い、辿り着いたうーにーやまいすとよく来た店で「ここに暮らしていてよかった」と感じることが出来た。増えてしまったビニール傘のことなんて気にならない。

そんな気分で帰宅後、細かいことをこなした後、昨年秋に施設に入った母に電話をする。「今度の日曜、そっちに行くよ」と。施設に引っ越してから四ヶ月、やっと慣れてくれたようで電話の声も明るくなってきた。

(づづく)

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2026/04/24

ロッコク・キッチン(映画と関係ない話が多め) ~ (3)映画(ネタバレ注意)

今回は映画の内容。映画と関係あります。
ストーリー紹介、ネタバレなので、それを前提に読みたい人だけ読んでください。

冒頭、何人もの人に「昨日の夜は何を食べましたか?」と訊く。これが映画のタイトルと関係するのだろう。
これが延々と続くと思ったのですが、そうではなかった。


「昨日の夜は何を食べましたか?」の流れで、インド出身の若い女性が出てくる。
インドで生まれ育ち、日本には縁がなかったが日本語は勉強していた。大学を出たらイギリスで社会学を学ぶ予定だったとか。
それが何となく福島の原発災害を知り、今は原発からほど近い場所で観光などのガイドをしている。
若くて綺麗な人だ。その女性が祖父とのことを書いた詩を読む。そして涙する。それとは別に「恋愛とかは?」的な質問に、はにかみながら「パートナーはいます」と答える。観る人によっては「これ必要?」と感じるかもしれませんが、私はドキュメンタリー映画として「いい気遣いだ」と思った。


次は私と同世代の男性(還暦世代)。常磐線小高駅(南相馬市)近くで「おれのたちの伝承館」を運営している。地元の人ではない。写真家。
チェルノブイリ原発事故からの災害を写真家として係わり、それがあって福島の原発災害のことを伝承してゆこうと考え、多くのアーチストの協力を得てこの施設を運営している。写真家というよりアーチストとかディレクター、プロデューサーと呼ぶべきかもしれない。
本家?「東日本大震災・原子力災害伝承館」を見て(実際の表現は忘れたが)「写真を見ると、当時の現実を突きつけられて、今の現地と距離を置きたくなってしまう。もっと柔らかい見せ方はないかと考えて、アーチストの人たちに協力してもらい作品を寄せてもらっている」というようなことを言っていた。なので自身の写真はあまり展示していないようだ。映画の中で、海外から来た人に自分が撮った写真(横に長い何年も放置された小売店舗の中を写した写真) を床に並べて見せていたシーンはあった。展示していないから床に並べたのだろう。
彼に関する映像は、色々な人と楽し気に過ごす時間が幾つもあった。歳を重ねてきただけあり「(小さくても)世の中を変えるには」をよく理解して動き、時には抑えているものも感じた。
まだこちらに移り住んでいないようなことを語っていた。時間を作って伝承館の運営と慰霊碑を拝みに来るとか。写真という固定された過去の現実ではなく移りゆく世情や変わりゆく御霊との対話に意味を見出しているのだろう。それが彼を動かしている原動力だと私は感じた。


最後は若い男性。20代だろうか。予告編などで星飛馬のような映像で出てくる人だ。
あのシーン、「ここで何をやっているんだろう」と思っていたが、なんと本屋。本を売っているが正しくは「読書屋」。天井もない場所に本を並べ販売をしているが、ここで読んでもらいたいらしい。ここでの時間を提供したいらしい。
その店舗は、震災前に祖母の豆腐店があった場所だとか。撮影当時、周りには何もない荒地。その中に、暗くなった頃ちょっとした灯りを点け、長いテーブルに本を並べて開店となる。
勿論これで生計を維持できない。昼間は原発関係の仕事をしていることが語られていた。
開店一周年記念などのイベントで何人もの人が来ていたシーンがありましたが、一箇月の内何日開店し何日お客ゼロの日があるんだろう、と考えずにはいられなかった。
彼も詩を読む。還暦を過ぎた私にとって、その詩の内容は「忘れてはいけないもの」であると同時に「多く人の心に刺激を与えることは出来ても、それだけでは 心を動かし行動にまで移す人は少ないだろう」と思った。


おれたちの伝承館のご主人も最後の若い男性のような感性をもっているだろう。しかし出さない。皆が気付く仕掛けを考え探し置いてみる。多くの人が動いてくれる。動いてくれた人のために頑張る。それは御霊に支えられて。

ここまで読めば分かると思いますが、この映画は原発災害地の現在の状況を伝えるものではありません。そこに生きることを問いかけてもいないと私は思いました。

過去のあった大きな出来事、それが大規模災害であり共有されている。現地は未だ荒地も多く、未発見者の捜索を行う場所でもある。そこで現地のために何が出来るか。誰もが正解と思える答えなどない。幾つものやり方が考えられる。各々立場によって答えは違う。それを模索する。
その姿をみせる映画になっている。


最後の締め的な部分になった頃、次のようなことを考えた。
私が「生命とは?」を考える時、一つの柱になっていることとして「外部刺激からの記憶~それを記録~それらによる行動選択が出来る事」。
はじめに出てくる若い女性は決して理想的な幼少期を過ごしていないが、それでも模範的で優秀と言われる大人になっていると私は思う。記憶~記録が整理されて行動しているように見える。
伝承館の主人は最終的な整理を拒んでいる。経済的・社会的な意味でもっと効率のいい行き方ができる人であるけど、それを選ばない。生命としては間違っている。それが本人のアイデンティティなのだろう。
最後の若い男性は、まだ整理まで行き着いていない。詩が刺激的に感じるのはそれが故であり、大人は惹かれる。それを忘れてはならないと。
この三人、特に男性二人の感じ方、行動の仕方の対比がこの映画で提供したいことになっていると思った。たぶん当初はこんなことを考えていなかっただろう。撮っている内にこうなったのだろう。はじめからこれを狙っていたら、タイトルは違っていたはずだ。

私はどうしても「つくる側」で観てしまう。この映画は、そのような人にとっては「スゲェー!」と感じる部分があるだろう。ちなみに最後の方で何度か少し涙が出てきた。その意味でも「スゲェー!」映画だ。
「受け取り側」に徹することが出来る人は戸惑いを感じるだろうし、人によっては期待外れと感じるのではないだろうか。
私としては、映画を見てゆく間に見方が変わっていったので、改めて見たいと思った。一回目以上に「つくる側」視点で。

改めて書いておきますが、原発災害現地の復興最中の状況を知りたい人は見てもあまり意味はない。「(「君たちは」でなく)独り立ちした大人がどう生きるか」を見せている映画。

そして映画館を出る頃思ったことは「この映画は注目されてはいけない。彼女のガイド、おれたちの伝承館、屋根のない本屋、この映画が流行ったために多くの人が行っていけないと思うし、行く価値もないだろう。この映画はそっと観て、そっと災害現地に足を運び、静かに彼らのしていることに触れるか離れた所から眺めるか、そうするのがこの映画を観た人らしい行動だろう」。

そんなことをみんながしていたら制作側は回収できない。公開から10年くらい経ち、映画に出てきた人たちが撮影当時と違った生活をしている頃に注目され、しっかり制作費を回収できればと祈っています。

(つづく)

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2026/04/23

ロッコク・キッチン(映画と関係ない話が多め) ~ (2)映画館

最近、女房が映画に嵌っている。一人であちこちの映画館に行っている。若い頃から映画をよく観たようですが、私と付き合ってから結婚し、犬を迎え猫を迎えの生活の中でそれほどでもなかった。現在、犬猫無し生活で映画に嵌っている。

女房の話を聴くと、最近の映画館は色々な形があるらしい。昔ながらの劇場型映画館だけではないらしい。
まず券の買い方からして違う。小さな窓口で「大人一枚」と告げるのでないし、券売機で購入するにしてもややこしいことになっているらしい。最近は事前購入のキャッシュレスも当たり前らしい(そういえば近所の旧尾崎デオドラ邸もキャッシュレスだ)。

この映画、上映館が少ない。
東京では既に終わっている所が多いと、私が確認した時はなっていたが、女房にこの映画のことを話し「青梅のネコに行かないとダメみたい」と伝えると、翌日「シモキタK2で未だやっているよ」と教えてくれた。この映画館は歩いて一時間内の場所にある。
K2のサイト

私が確認した時は(映画の公式ページでは)K2では終わったばかりになっていたが、後日確認したら 4/2迄となっている。

私の心の中で、佐藤さんの誕生日にK2に行くことに決めた。映画好きの女房には内緒で。

席は全席指定、キャッシュレス。現地で交通系ICカードでも支払えると書いてあるが、事前購入の方がいいだろう。何故なら場所がよく分からないから。駅と繋がっているのに私には分からなかった。また開場前10分にならないと受付が出来ないと書いてあったから。
この映画館、高齢者割引がない。なので 1,800円かぁと少々ため息交じりで購入方法を調べる。こんなことはほぼやらないのでドキドキしながらでしたが、どうにか手続きできた。

映画館は駅と繋がっているらしいが詳しい説明がない。駅近くまで行ったが迷ってしまった。
建物に着いても入口が分からない。余裕を持って来たので取り敢えずウロウロ。改めてネットで調べると情報があるのだが分かり難い。簡単に説明されているが「ここでいいの?、ただの通路じゃん、誰もいないし」としか思えない。

10分前に開場になると書いてあった。近くなると私と同世代の女性が、通路横の飲食店でコーヒーを買い、映画館の入口を確認しているようだった。その人を見て「ここでいいのか」と確信がもてた。

10分前を少し過ぎた頃、若者が通路の奥に入ってゆくので、その人の後を着いて行くように入場手続き。スマホの画面を見せるのだが、慣れないことなので「もう少し下の方を表示してください」など指導を受けながら、どうにか入場。
この回は、私以外は飲み物を買った人のみだった。

全席指定なので事前に席を決めねばならない。座席表を見て「一番前はつらいだろうから」と前から4番目にした。
現地に来て席に座ったら「これは前過ぎ」と後悔。小さな映画館はスクリーンから最前列の席までの距離が短い。四番目でも近い。スクリーンが小さいので視点の移動に疲れることも少なかったが、テレビも観ない生活をしている私は不慣れな大きな画面を間近で見ることになった。

 

(つづく)

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ロッコク・キッチン(映画と関係ない話が多め) ~ (1)佐藤さんの誕生日だから(ちょっとネタバレ)

東日本大震災が起こったのは2011年3月11日。その後、日本の動物愛護を取り巻く社会の目が変わったことを感じる。しかしその前提には法律の改正などがあったことを後から知る。素地があったが国民的風潮としてはなかった、そこに東日本大震災という世の中を変えてしまうだけの災害がやってきた。

私が佐藤さんと初めて会ったのは、たぶん2014年だ。もしかしたら何処かで顔を見るくらいはしていたかも知れないが、個人的に話しをしたのは2014年のゴールデンウイークよりも後のこと。
その人は福島県の被災動物を管理している施設のボランティアのまとめ役として働いていた。オーラを消しているが、この人がいることでここが効率的に回っていることは直ぐに分かった。動物関係の活動している人で「ただ者ではない」と感じる人は、ある程度カテゴリー分け出来ると思っていたが、この人には出来ない。

少しずつ分かってきたことは、がらっぱちオバちゃんキャラで県や国の判断を動かしたり、目立たず大勢の未来をより実効的な方向へと導いていた。

佐藤さんは既にこの世の人ではない。
墓参りに行き、遺族の方に墓案内をしていただいた時、産まれてから家を出るまでの間の話を聴かせていただいた。彼女の何も考えていないようなキャラの裏にあったものは、幼い頃から聡明な思考力と親分肌の人格などリーダーに必要なものを備えていたことを知る。そして何よりも納得したのが、長年個人的に動物に係わって来たこと。しかも仕事としても係わっていた時期が長い。動物に係わる基本的なこと(携わる人間達側のことも含めて)が身に染みて分かっている人であることを知る。

 ~ ~

佐藤さんの誕生日なんてすっかり忘れていた(誕生日の)2~3週間前のこと。

震災後、ネットで知り合った方のSNSで「ロッコク・キッチン」を知る。原発周辺のこの2~3年のドキュメンタリー映画らしい。
ドキュメンタリー映画は苦手。観ても現地の人の気持ちを理解出来ないものと思っているから。色々と考えてしまってモヤモヤするから。

なので、その時は観に行く予定は立てなかった。

 ~ ~

その記憶が残っている間に、まだ残っている佐藤さんのSNSアカウントから誕生日の数日前から知らせが何度も届く。周りを見渡すと、もう佐藤さんのいない世界になっている。私は「何かをしなくては」と漠然した想いに駆られる。そして「ロッコク・キッチン」を観に行くことを考えた。

ちょうどその頃、色々なことに手を付けたが終わらせることができない状況になっていて「そんな時間はない」と観に行かない言い訳をしていたが、そんな時だからこそ「観に行ってみよう、きっと佐藤さんからのお誘いだ」と考えて足を向けた。
今も記憶に残っていることは、映画館に向かっている間「またあのモヤモヤがやってくるのはイヤだな」と思ったこと。それは見終わった時に無くなっていた。全く別のモヤモヤがあった。

私にとってこの映画は、被災地のドキュメンタリーではなかった。
被災地で活動している三人が、その地域で提供する時間のドキュメンタリー。なので「被災地の今」に主眼が置かれていない。「被災地の今」の説明はほぼない。三人が原発災害をどのように受け止め、どのように周囲の人たちに伝えようとし、そこで何を提供しようとしていのるか。その想いの解析のような映画だった。

(つづく)

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2026/04/04

3月の「犬とゆく」

三月も終わってしまい、一年の四分の一が過ぎてしまったことになります。歳のせいにはしたくないけれど、年々時間が過ぎるのが早く感じます。やりたいことが出来ず、それがどんどん溜って焦る。

犬と暮らしていた時はどうだっただろう。
そんなことは考えたことはなかった。やりたいことは日々の犬との時間だった。他のことはどうでもいいと思っていた。なので焦りなどなかった。

冷静に考えれば、そのツケが今に回ってきているのかもしれないし「犬とゆく」を続けていることはそれを更に大きくしているのかもしれない。
「困った、困った」の原因がそんなことだとしたら、むしろ嬉しい。

今、我が家に犬はいない。しかし気持ちはいつでも「犬とゆく」。

 

■ 一般の更新 ■

最近犬連れ情報に疎くなっている私ですが、赤城山南麓は犬関連施設が充実しているらしい。今回投稿をいただいたドッグカフェも赤城山南麓。
写真も含め投稿いただたいた後、それらとは別に私なり調べます。なのでそれら施設の経営についてもなんとかく分かってきています。
3月にいただいた投稿は1件ですが、内容を確認して「この料金でこれだけの施設を維持してくださっていることに頭が下がる」と思わずにはいられませんでした。経営者のご苦労をお察しいたします。

利用者側からすれば、納得料金でこのような施設が利用出来のが珍しくなくなったことは嬉しく思います。

3月の一般の更新は1(飲食店1)、年間は4(飲食店3、ランキング1)。
こんな感じですがまだまだ続けるつもり。

ドッグカフェALUN-ALUN(アルン・アルン)
群馬県前橋市、赤城山麓、赤城の大鳥居近くにあるドッグカフェ。広めのドッグランやキッズスペースもある(別料金はかからない)。
2023年4月オープンで全体的に施設は綺麗(冬に利用したので芝の状態は良くなかったですが)。食事も普通に美味しく納得の料金。
車で少しの所に世界の名犬牧場や犬と散歩できる公園や道の駅もある。

 

■ 修正など ■

3月も世田谷区の飲食店の過去投稿チェックに励もうと思ったのですが、あまり出来ませんでした。4月もこんな感じになってしまいそう。
冒頭にも書きましたが「やらねばならないこと、やりたいこと」が増えてゆく日々になっています。

忙しい割には近所をウロウロ歩いています。この季節は犬の散歩を多々目にすることが楽しい。また飲食店の店先には「ペットOK!」「わんちゃん歓迎!」などの案内も珍しくなくなりました。それらがなくても犬連れを受け入れているお店もあり、昔に比べれば随分と増えたと感じます。

しかし飲食店全体からすればとても少ないのが現実。私は全ての店舗で受け入れてほしいとは思わないし、それでいいと思っています。
現在の飼い主さん全体のマナーレベルからすれば、そうなることでしょう。
見ず知らずの犬連れを自宅に招くことを想像した時、何が起こるかその可能性を考えた時、招くことを躊躇うことに私はなります。

 
3月の修正は7(飲食店4、他3(犬1、公1、他1)。閉店(予定含む)等が3、お断りが1。残念ではありますが、個人的にはどれも「仕方ないのだろう」と考えてしまいました。犬連れを受け入れることはご苦労多いし、犬連れ受け入れに関係なく、今の時代どんな商売でも営業を続けることは大変だと思います。
年間は23(飲食店18、他5(犬1、公3、他1))。

 
Trampdyna(トランプディナ) (飲食店、閉店扱いへ)
最寄駅は小田急線の経堂になりますが駅から離れている。しかし車の通りが多い道に面しているので店舗を目にすることはたまにある。こちらの店は地下ですが天井辺りが前面道路から少しだけ見えます。投稿をいただいた当時もあった袖看板はあるし、たまに灯りが点いているように見えたりした「営業しているのかな?」と思っていました。
フードやサプリを扱っているお店のカフェアエリアで、扱っている商品は北欧のものをしっかり選んでいる様に思いました。
今も袖看板が出ていますが現地確認したところ営業されていないようなので閉店に扱いにします。
ちなみに「Trampdyna(トランプディナ)」とは、スウェーデン語で「かわいい肉球」のことらしいです。

姫路城   (他/他、「お断り」へ)
別名白鷺城としても知られている世界文化遺産でもあり国宝でもある姫路城。以前は有料区域も「ペットの全身がすっぽり入る状態であれば連れて入る」ことができましたが、令和8年3月1日より「お断り」になりました。またペットの一時預かりもしていないとのこと。
残念にも思いますが、今迄入れてくださっていたことが有難いことだったのです。「お断り」するのが今の日本の普通です。

Roomer  (飲食店、営業確認)
小田急線・祖師谷大蔵駅からウルトラマン商店街を北へ300m程歩いた先から住宅街に入ったところにある一軒家カフェ。
HPに「Dogcafeです」の表記あり。「愛犬の身体にやさしい無添加のおやつとごはん」もあります。人間のメニューも健康志向。
お店の駐車場はなさそう(駐輪場はある)。近隣にコインパーキングがあるそうです。
カフェと言うよりレンタルスペースと言った方がいいかも。カフェ担当が週替わりなど普通のカフェとは違います。

河津バガテル公園内のドッグラン (他/犬、閉鎖)
一口コメントにて3月末閉鎖の情報をいただきました。多くの方のご支援で続けてこられたようですが残念です。
公園も9月に終了、その内容は次の「河津バガテル公園」をご覧ください。
それまでの間、一般の公園として犬連れの公園散歩はOKとしてくださっています。

河津バガテル公園   (他/公、終了予定)
伊豆の河津にあるフランス式ローズガーデン。2026年3月末に有料営業を終了し、4月~9月は一般の公園として無料開放し、その後完全に終了するそうです。
ドッグランは3月末に閉鎖。4月~9月の無料開放期間は犬連れ散歩は受け入れて下さるとのことです。

(河津バガテル公園内)レストラン バガテル (飲食店、閉店)
投稿が2004年ととても古いですが、その後(レストランではなく)カフェになり(上記の通り)公園全体が2026年3月末に有料営業終了するに先立ち3月24日閉店だそうです。残念
レストラン時代はリーズナブルな価格で食事ができた嬉しいお店でした。カフェになってからは飲み物やアイスクリームなどの提供でしたが、公園にこのようなものがあることは(利用者からすると当然と思うかもしれませんが)有難いことです。

ドラゴンハウス (飲食店、営業確認)
京王線上北沢駅と小田急線千歳船橋駅の間くらいにあるサンヒルズ希望ヶ丘商店街内の中華料理屋さん。2026年3月30日 確認に行ったら、テラス席の雰囲気は投稿時当時のまま。当時はペット連れはテラス席でした(今もそうだと思います)。テラス席は喫煙可。
お店の前に着いた時、テラス席の(人間だけの)お客さんが、料理に満足したという内容の話をしながら出てゆくところでした。
ペットOKか確認しておりませんので、もしNGになっていたら教えていただけると有難いです。
正確な店名が分かりません。とりあえず投稿当時のものにしておきます。

 

 

 

■ プログラムの話 ■

相変わらず、どう対応すれば安定して運営できるのか分からず日々監視しています。
3月は冷や汗をかくような攻撃はありませんでした。

816万 3月1日 2月下旬からはアクセス数が安定していたし、CPU負荷も一桁
         3月に入りCPU負荷が10を超える日が出てくる
         アクセス数は安定
817万 3月11日 ちょうどこの日だけアクセス数が多かった(怪しいクロール)
         いつもの5~8倍のアクセスがある日も
818万 3月18日 この辺りから月末まで、以前に比べればアクセス数、CPU負荷とも
         多めでしたが落ち着いていました
         たまに少しアクセス数が増えますがCPU負荷はそれ程もない
         特定の外部URL指定が延々と続く
         ~ 調べたらウィルスをばらまいている URLだった
819万 3月26日 アクセス数が多めだったので10日かからず
         この頃も突然アクセス数が増えたり、CPU負荷も上下したり
         それも許容範囲、大きな変化はない
   3月31日 CPU負荷が少し高くなる。いつもの倍以上ですがまだまだ大丈夫
820万 4月1日  26日28日にアクセス数が多く、倍のペースでカウンターが増える

202603cpu 202603req
202603elseグラフを保存するのを忘れて3月2日から
31日にCPU負荷が高いがこれ位ならOK
アクセス数もこれ位ならOK
転送量ものこれくらいならOK
転送量の単位は M(メガ)
この程度が続いてくれるといいのですが

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2026/03/07

ドナルド・キーン展

この展示を見たのは 2026年3月6日、これをアップしたのはその翌日7日、そしてさらに翌日の8日には終わってしまう。
なのでブログに書き留める必要もないかなと思ったのですが、なんとなく残しておきたくて。

 

女房が行こうと言うので行った。私は彼のことをよく知らない。過大評価されているのではないかと思っていた。
場所は世田谷文学館。会期は 2025年11月15日(土)~2026年3月8日(日) と長かった。
https://www.setabun.or.jp/exhibition/20251115-202600308_donaldkeene.html

会場入り口に黄色い犬の絵が、そして「黄犬」の文字も。「えっ、これでキーンって読ませるの?、それは無理があるでしょ?」それが入口での感想。

以下、私の理解で書く。一般的な評価とは違うことも多々あると思います。ご理解の上、読んでいただきたい。

彼が何者なのか。日本文学研究者と言えばいいだろうか。文学よりも文化と表現した方が適当か。
昔のことは文字でしか残らない。この100年くらいは写真や動画があるかもしれませんが、彼の研究対象からしたらその資料は少な過ぎる。絵はあったが、保存状態がよくないものもあるし、情報として不確かなことが多い。文字であれば書き直せば後世に残せる。
それら文字の集まりから日本文化をより理解する試みを続けた人だった。

~ 

彼は大学でまず日本語以外の言語を学んだ。フランス語、フランス文学を志すことも考えていたようです。
偶然手に取った源氏物語(英訳版)の世界に魅了される。
当時世界は第二次世界大戦最中、また彼が生まれ育ったアメリカには日本に興味を持つ人は皆無と言ってもいい時代。日本語を学ぶ理由は見出せなかった。しかし戦争の相手国である日本語を使える者が必要になるだろうと、日本語を学ぶ方向に向かう。

彼も従軍せねばならなかった。彼が就いたのは日本人捕虜の通訳(聴き取り)、そして戦死した日本兵の日記などを読み報告すること。ここで「くずし字」さえも習得してしまう。
日本で言うところの「南方」の戦地にも赴く。激しく戦っていた日本軍が突然集団自決する。欧米の感覚の彼には戸惑うしかなかった。この頃から「日記」~「日常の記録」~「文化」と興味が広く深いものに向かったようです。

彼は多くの書物を形にしましたが、既にある資料にとどまらず、今迄まとめられていなかったものも蒐集し整理し形にしてきた。
私が興味を持ったのは「明治天皇」。本人による日記やメモは残っていないらしい。また明治という時代は(前半は特に)世の中の仕組みが混沌としていたので諸々の記録も不確かなものが多く、明治天皇の生涯をまとめたものはなかったらしい。それにも取り組んでいる。
個人的には(動物愛護の歴史の関係で)昭憲皇太后(明治天皇の皇后)に興味があるので「読もうか」と思ったのですがその厚さに「辞めておこう」となりました。

残した成果は、日本に文字として残っている古事記から昭和の作家まで幅広い時代に渡る。
歌舞伎、能、文楽、浄瑠璃など、現在から見ると江戸時代に広まった芸能と思われることにも詳しい。なので文化の形成という意味で江戸時代を高く評価するのだろうと思ったのですが、東山文化を築いたとされる室町幕府第八代将軍足義政を(文化を築いた意味で)高く評価している。私は東山文化の位置付けについて理解していなかったので恥ずかしく思ったものでした。

日本の歴史の中で「いい時代」と他にもあげていた。そして(たぶん昭和の後半の頃の話だと思いますが)「日本の歴史の中で、今はとてもいい時代」と語っていたとか。
言われてみれば、外国と戦争もなければ内戦もない。日本全体を飲み込んでしまうような大災害もない。彼が発言した頃は「一億総中流」と言われた時代かもしれない。今の分かり人たちは「バブルといういい時代があったんだって?」と口にすることがありますが、世の中の雰囲気としては高度成長期の方が良かっただろう。言われてみればそうかも、と思う他ない。

理解がおよばず「恥ずかしい」とも認識できないくらい理解出来ないこともあった。
「日本文化の特徴」として四つのキーワードを挙げ、その下に幾つかの単語が並んでいた。私の記憶力ではそのキーワードを憶えておくことは出来なかったのでここに書くことが出来ない。更にその下に少し具体的な言葉が幾つか並んでいた。
四つの言葉は確かに違う意味の言葉だった。しかしその下に並んだ言葉が、別の言葉の下に並んだ言葉の言い換えなのではないかと感じ、それらの単語が頭の中で全く整理出来ず拒否反応さえ起こした。なので頭の中に入らなかった。

この感覚を他人に伝えるのはどう表現すればいいだろうと考え、出てきた例として「私は納豆の「におい」というものが嫌でもないし強いとも思わない。ご飯の香りよりも弱く感じるくらいだ。あまりにも慣れ親しんだものであり、無味無臭に近く、改めて言葉で表現することができない。日本文化の特徴を考えた時、改めて語れない(そもそも私の頭の中に比較する文化もないし)」こんな感じである。

彼の功績の一つに「日本文化を説明した」こともあるのではないかと感じた。日本人の感覚は、欧米諸国だけでなくアジアの国々とも感性が違うと私は考えている。それを書籍で、講演などで伝えてきたことは、日本人による日本文化の再確認に大きな影響を与えたはずだ。

著作物だけでも多くのものを残した。質の高さもあるがその量が膨大だ(ページ数にすると恐ろしい程)。
それだけのものを人間が生きている間に書き上げるには、余程の記憶力があってのことか、それともメモ魔だったのか、と思ったのだが、調べた結果のメモなどはあまり展示されていなかった。

展示を見ていて、私の頭の中に「日記」「記憶」がキーワードとして浮かんだ。文字による記録と頭の中の記録。
彼自身は日記を書いてこなかった。何故なら記憶出来続けるとおもっていたからとのこと。しかし高齢になり、思い出せないことが出てくる。その時「日記をつけておけば」と悔やんだらしい。

2011年東日本大震災の後、彼は日本に帰化する決意をする。年齢は90歳近い。
それまで日本とアメリカの二拠点生活をしていたが、東日本大震災の翌年、アメリカの家や大学の部屋などを片付けて日本国籍を取得する。

その数年前、文楽義太夫の五代目鶴澤浅造なる人物が(近松門左衛門以前の人形を一人で操る古浄瑠璃)について情報が欲しくてキーンさんに会いに来る。その後、一人暮らしだったキーンさんは彼と暮らすようになる。そしてキーンさんの帰化の直後、彼を養子として迎え、彼の戸籍名は「キーン 誠己」となる。

古浄瑠璃の形式を現代に引き継いでいる人形座はとても限られているらしいが、新潟県の佐渡には幾つかあり国指定の重要無形民俗文化財とされている。

(話は今迄とは関係のない古い話になりますが)1963年早稲田大学の鳥越文蔵氏(後に教授)により、ロンドンの大英博物館(後に大英図書館として独立する)で古浄瑠璃の台本「弘知法印御伝記」が発見される。この話の舞台は新潟県。キーン誠己氏の生家も。

それを五代目鶴澤浅造氏と佐渡の人形座の協力で 2007年に初公演を成し、2017年には大英図書館で公演されている。
この時のドキュメンタリー番組が一階にて流れていた。大英図書館での公演の成功を研究者として鳥越先生とも喜んでいた姿がありましたが、父親としての喜びも大きかったのかもしれません。

幼少期~大学時代(つまり社会人になる前)家族にいい思い出がほとんどなかった彼にとって、最後に家族を設け暮らしたい気持ちになったらしい。誠己氏の家族とも仲良く交流し、いい時間だと書き残している。

2019年、96歳で亡くなるが、それまでに日本の寺に墓を作り今はそこで眠っている。

晩年「黄犬(キーン)」と名乗ることがあった。
展示を見始めた時これを見て「それは無理があるだろう」と思った。しかし一通り展示を見る中で、日本の古典も見ていたら「黄犬」で「きいん」と発音しても何ら違和感なしと思えてきた。私が日本語に対する知識、感覚に乏しいからだろう。
展示を見ていた時間に起こった自分の変化に気付き、ドナルド・キーンという人が残したもの大きさを実感した。

全くの余談

学術的な意味もあるとは思うが、趣味で手元に残したのではと思われる絵などが幾つか展示されていた。
その中に、黒船が来たときの風刺画があった。

黒船側のボスは体も大きく恐ろしい形相でまるで鬼のようだ。その後ろに魚の頭の者と蛤の頭の者いる。その蛤頭がどうしてもカネゴン見えて仕方なかった。
私は「カネゴンはどのように思いついたのか不思議だ」と長年思っていたが、なんとなく謎が解けた。

ちなみに日本側の人々の絵も興味深い。
黒船が来る頃なので髷を結っている人はいない。服も江戸時代のものとは明らかに違うし、昭和のものとも違う。「日本ではなく大陸の絵なのでは?」と思ったくらい。

何故か、私の頭の中にはこの様なことが残ってしまう。
有名な詩人や作家、研究者との交友の記録に興味深いものもあったが記憶に残っていない(苦)

明日が最終日なので(今まで行かずに)行こうと思う人はまずいないと思いますが、参考になれば幸いです。https://www.setabun.or.jp/exhibition/20251115-202600308_donaldkeene.html

 

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参考にしたページを幾つか載せておきます。

(Wikipedia)
ドナルド・キーン , 鶴澤浅造 , 古浄瑠璃 , 弘知法印御伝記 , 文弥人形 , 鳥越 文蔵
(その他)
【朝めし自慢】キーン誠己(浄瑠璃三味線演奏者・73歳)「亡き父、ドナルド・キーンの献立を受け継いでいます」 @ サライ
幻の古浄瑠璃 発見の地ロンドンで初上演 ドナルド・キーンさん「唱えるような語り印象的」 @ 産経新聞
国指定 重要無形民俗文化財:佐渡の人形芝居(文弥人形・説経人形・のろま人形) @ 佐渡市のサイト内


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二階展示場ではドナルド・キーン展を開催していたが、一階では「世田谷線100年間のものがたり」が開催されていた。勿論、こちらも見た。
https://www.setabun.or.jp/collection_exhi/20251018_collection.html

我が家は世田谷線のすぐ近く。「世田谷線沿線に見応えがあるだけの物語を集めることが出来るのか?」と予想したが、小粒のネタ集めて展示していた。
物語の舞台になっても特徴はない。特に我が家の最寄り駅はほとんどネタなかった。
世田谷線沿線は、三軒茶屋を除けば「街」と言えるような所はない。「町」もしくは「住宅街」、昔は田畑が多かった。今回知ったが茶畑が多かったらしい。我が家の周りは寺も多いので墓も多い。
ただし、三軒茶屋から上町辺りまでは「大山道」という昔からの街道があり、人の通りはあったはず。上町駅近くには代官屋敷もあったし宿場もあった。駅の反対側には(江戸時代より前に)世田谷城もあった(その裏手が豪徳寺)。
なので多少は人が住んでいたようですが、江戸の町から外れた鄙びた場所だった。それが関東大震災後、少しずつ人が増えていったと聞いています。

誰が書いたものだったか憶えていませんが、世田谷線沿いに暮らすようになった時のことがあった。
桜新町に暮らす志賀直哉の家まで世田谷線で三軒茶屋まで行き、乗り換えて桜新町まで行き来していた。ある晩、終電に間に合わず歩いて帰ったら散歩に丁度いい様な距離だったので、その後の行き来は徒歩にしたとか。志賀直哉がこちらにやってくる時も電車を使うことはなくなったらしいが、彼の歩きはとても速かったらしい。

北杜夫のことも書かれていたが、彼の住まいは小田急線の梅ヶ丘駅近くになる。現在の梅ヶ丘駅と豪徳寺駅(世田谷線は山下駅)は歩いてもすぐではあるが、この辺りの人間は世田谷線沿線とは思っていない。

現在の三軒茶屋駅からすぐの所に「目青不動(最勝寺)」がある。目黒不動と並ぶ五眼不動の一つ。その近くには昔から文化人が安長屋などを借りて住んでいたらしい。
私は長年疑問に思っていたことがある。目青不動が五眼不動の一つなのに境内が(普通の寺社に比べれば広いが)広大というほどでもない。三軒茶屋(本当に三軒の茶屋だあった)の近くであったにしてももっと広大な敷地であっても良さそうだと思っていた。
昭和初期に暮らしていた文人たちが書いたものにはとても広いことが書かれていて納得した。豪徳寺の敷地は今でも広いと思うが、もっと歴史のある世田谷八幡は現在の目青不動(最勝寺)とあまり変わらない。神社仏閣は時代と共に敷地を減らしていったようだ。

沿線に暮らす人間として以上のようなことが記憶に残った。
私は小説を読まないし、テレビも映画もほぼ観ない。それらに登場していることが書かれていたが、その小説やドラマをしらないので頭に入ってこなかった。

暮らしてない人たちにとって、今回の展示がどのように映るのか少々興味があります。

 

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世田谷文学館と言えば「ムットーニ」のからくり人形装置。
今回も一通り観た。それだけ書いておく。

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2026/03/04

2月の「犬とゆく」

1月から2月中旬までは東京でも雪が積もったりして「これが最後でこの後春が来るのか!」と期待したら、天皇誕生日の連休までは寒さに弱い私にとって辛い季節でした。その後は最高気温が10℃を下回ることがほぼなく、この季節らしい陽気になり、月末には一気に(今迄の服装だと)汗ばむような日もありました。
この寒暖差は人間もキツイですが犬もそうだと思います。くれぐれも気を付けてあげていただければと願います。

また少雨の心配もあります。各地のダムで貯水率が10%を切り、ダムに沈んだ町が見えるようになったり。
30年以上前は東京でも節水のお知らせが届くことが珍しくありませんでしたが、このところほぼなくなったのは食洗器の普及をはじめとする水道利用機器の発達によるものなのでしょうか。とにかく節水にならなくなったことは嬉しいです。
我が家に犬がいたとき、犬をお風呂に入れると大量の水を使いました。洗濯物も多くなるので節水にならないことを祈ったものです。

2月25日に少しまとまった雨が降りましたがダムの貯水率が上がるほどでもなかったようです。雨降りは散歩に影響するのであまり好きではありませんが、もう少し降ってほしいものです。
今年は私の花粉症の症状が例年よりも酷いように感じます。その意味でも雨の日が増えてくれることを祈っています。

過ごし易い日が増え、春を感じる日々ですが、命の危険を感じるような猛暑が来ないことを祈っています。

 

■ 一般の更新 ■

東京23区内に暮らしている私の散歩圏内は、ペットOKと別段知らせていなくてもOKにしている店も増えましたし、店先にその旨を表示している店も多くなりました。

地方にペット連れOKのお店があると、つい観光客目的だろうと思ってしまいますが、この20年くらいでしょうか、そうでもないお店が増えてきました。地元のお客さんが多いお店でもOKの店が増えてきています。
2月に紹介したお店もその様なお店です。地元の食材を使い、地元の人・観光の人も、老若男女問わずに楽しめる食べ物を心がけているとのこと。そして店内OK。
近くなら、すぐにでも利用してみたいお店です。

2月の一般の更新は1(飲食店1)、年間は3(飲食店2、ランキング1)。
少々寂しいですが、まだまだ続けるつもりです。

the OK bread&pizza(ジ オーケー ブレッド&ピザ)  (飲食店)
長野県佐久市協和(以前「望月町」だった地域)の畑の中にある美味しいピザを出してくれるパン屋さん。
信条は「足元の食材と近所の人のつながりを大切に、子供からお年寄りの方までが楽しめる食と場を提供!」。
パン好きな方はお店のHPを見て、更にWeb上のインタヴュー記事なども参考にしてください。
ペット連れもOKの店内席あり。


■ 修正など ■

今月も世田谷区の飲食店の過去投稿チェックに励もうと思ったのですが、あまり出来ませんでした。3月はもう少し頑張りたいと思います。

新規の投稿もあまりなくなってきたし、その理由も自分なりにり理解しているつもりです。
近所を散歩していると、犬連れで飲食店を利用している姿や「Pet Welcame」などの看板をよく見かけるようになりました。
元々「ペットOK店舗の紹介」を第一目的にしているつもりはありませんが、初めてこのサイトを見た人には分からないと思います。
色々と考えるところがあり、そろそろ運営方針を変えるべきかと考えることもあります。

2月の修正は6(全て飲食店)。閉店等が4、ペットNG等が2。ちょっと寂しい感じ。
年間は16(飲食店14、他(公園2)2)。

ノースフィールド (飲食店 閉店済み)
下北沢駅から歩いて2分の所にあったビストロ&ダイニングバー。2015年12月に閉店していました。
料理はしっかりしていて多彩。そしてお洒落。それでいて手の届く範囲の料金。
テラス席と店内も一部犬連れOKだったとのこと。この様なお店が閉店していたことが残念。
閉店は2015年12月。情報更新が遅くて申し訳です。

CIMOLO BBQ&GRILL (飲食店 次の店が閉店)
横浜の根岸公園近くにあったハンバーガー屋さん。こちらは2024年秋に閉店。その後、犬連れを受け入れてくれるカフェになりましたがそれも2026年1月末で閉店。
犬連れとしては根岸公園近く(根岸森林公園の駐車場からもほど近い)にあったのは有難かった。

cafe-meshi PoocH (飲食店 夏至で閉店予定)
北鎌倉にあるしっかりしたものを出してくださるカフェ。犬連れ専用ではありませんが店内もOKのお店。
一口コメントにて「2026年の夏至あたりで閉店の予定です」との情報をいただく(今年の夏至は6月21日)。
犬連れを受け入れていると何かとご苦労多いとおもいます。今迄ありがとうございました。
予定が変更になることを祈るばかり。
※こちらのお店は公式のSNSやHPがないので詳しいことが分かりません。
今迄載せていた関連ページもなくなったものもあり、その修正もしました。

ルナ ピエナ (飲食店 閉店済み)
小田急線経堂駅近くにあったイタリアン。2015年末か 2016年初頭に移転のため閉店。移転先は小田急線祖師ヶ谷大蔵駅ですがそちらは2018年9月に閉店。
リーズナブルというかお得感のあるお店でした。ランチはとても良かった。こういう店が減ってきたような気がします。残念。

らぁめんカフェ風楽っと(飲食店 店内NG)
一口コメントに「ご入店はご遠慮いただいております」とHPに書いてあった旨をいただきましたので対応。
もしテラス席も「ご遠慮」になっていたら、教えてください。

ビストロ オーランデ・ヴー(飲食店 ペットNG)
犬が高齢になった頃からこの辺りまで足をのばずことは少なくなりました。その後(もう10年以上前だと思いますが)建物を建替えたか大規模リホームをしたことに気付きました。その直後はテラス席があったような記憶がありますが、その後なくなったようです。店内はペット受け入れをしていませんのでペットNGになるはずです。残念。

 

 

■ プログラムの話 ■

CPU負荷、転送量、リクエストなどの関係から何処かに負荷をかけてしまうプログラムがあるのだろうと探していますが見つかりませんし、それらの各々数字の関連が理解できません。
レンタルサーバーのサポートの方の話だと、CPU負荷はじめ現在の数字は全く気にすることはないらしいのですが、妙に重くなることも珍しくないし、いつまた急激にスパムアクセスが増えるか分からないし、その時データを壊されたくもないので、負荷をかけてしまう原因を探しているのですが見つかりません。

2月は比較的穏やかでした。特に後半はアクセス数などの変動はありますが CPU負荷は一桁で推移。

812万 1月19日 アクセス数に大きな動きがないのに CPU負荷は急な動きがある。
813万 2月  3日 「犬とゆく」フルページモードのカウンターが上がらない。
         調べてみたら「犬とゆく」へのアクセスはあるが、
         シンプルモードのアクセスが増えていた。
         個人HPへのクロールも少なからずある。
814万 2月14日 新手の攻撃発見~対応するか悩む(頻度の問題)
       16日 アクセスが突然増える・CPU負荷は1桁
815万   19日 アクセス数は高めで増減、CPU負荷は変わらず
         サーバー全体へのアクセスは減らず
         「犬とゆく」フルページモードへのアクセスが一時的に激減
      20日 この日からアクセスが少ないまま
      21日 048i 攻撃に対する負荷軽減
      22日 048j これも攻撃に対する負荷軽減
816万 3月1日  「犬とゆく」フルページモードへのアクセスが減ったと
         感じていたが10日で1万ペース

202602_cpu 202602_req

202602_else15日以後、CPU負荷1桁であるのが不思議。
このグラフは「犬とゆく」だけでなくレンタルサーバー全体のもですが、4日のCPU負荷が高くなった原因が分からないし、28日の転送量が増えても他の数値に大きな動きがないのも分からない。
数値があまりに 小さすぎるからかな(苦

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2026/02/22

SNS の「本人の公開」と「実質の公開」

昔よく行った喫茶店のインスタグラムをフォローしている。その店は形は喫茶店だが、現在の実質は定食屋さんと言ってもいいだろう。
メインのメニューは「今日のランチ」、A~Eまである。Aが日替わり。
お店はその Aランチを毎日インスタグラムにアップしているのですが、私が見るのはいつも日が暮れた頃。それまで表示されない。
昼食時に見ようと検索かけても見れないことがある。

似たようなことを友達の記事でも感じることがあった。「えっ今頃?」と思うことがある。

 

自分の記事でもあった。
私は Xのアカウントを2つ持っている。一つは個人、もう一つは「犬とゆく」用。

ある日の午前11時頃、個人のアカウントから Xに投稿した。他愛も内容。
この頃「とにかく効率的に」と頭が回らなくなると仮眠と取るようにし、睡眠時間が滅茶苦茶になっていた。

午前11時に投稿した日は、夕方に眠ってしまい夜は目がさえていた。深夜2時半頃、Facebookに友達の記事が新着としてあがる。「こんな時間に起きているのか」と自分のことを棚にあげておもう。

そのまま作業を続け、いい加減眠らねばと思った午前4時半頃、前日午前11時頃に書き込んだ自分の発言が「犬とゆく」用アカウントに「新着」として届いた。まるで早朝書き込んだように。

 

その日の夕方、友達の深夜2時半の発言を確認すると、零時半になっていた。
私の午前4時半の記事は、正しく11時頃の日付に戻っていた。

 

最近のSNSは、広告的なもの人気のものが優先され、自分のフォローしている人の記事は優先度が低い様だ。
たぶん私の書込みも届いていない人が多いのではないかと思う。

 

私の書込みが届かないのはいい。届かねばならない大事なものはないのですから。

他人の記事を「なんで今迄気が付かなかったんだろう」と少し遅れて読んだことが度々ある。たぶんSNS側が届けてくれなかった、または、それに近いことが起こっていたんだろうと納得した。

自分が求める記事は探し求めて得なければならないと改めて。
しかし、冒頭のお店のAランチ情報は昼時に探しても見つからないことが多い

 

SNSとは、そういうものだと思うことにする。

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