2017年11月 5日 (日)

動物虐待事件におもうこと(4.判決)

この連続ものは、3.で終わりの予定だったのですが、今日、世田谷動物フェスティバルというイベントの手伝いをして、ちょっとおもうことがあったので追記します。

私は、愛玩動物飼養管理士という資格を取得してしまったので、その関係で日本愛玩動物協会に所属しています。そこの東京支所の活動として、東京都内で行われる行政や獣医師会の活動のお手伝いをすることもある。
今日は、その一つである(地元の)「世田谷動物フェスティバル」でのお手伝いをしてきた。

お手伝いの内容は、お子さんを中心に犬や猫他身近な動物との暮らし方などをテーマにした簡単なクイズをしていただく。

それはそれで、お子さんとその親御さんが、どのように考えているのかが分かるし、子供がいない私には「今時の子供」と話をする貴重な機会でもある。
例えば、「猫は完全室内外が出来るし、現在推奨されている」ということをご存知ない方が(私が想像していた以上に)いらっしゃる。
ペットの数(推計ですが)はとても増えたと言われていますが、全く関わっていない人も少なくないので、このようなことになるのかな、と思ったりする。

ここで忘れてはならないのは、今時のペットとの付き合い方をご存知ない方が、ペットショップやそれと同等としか思えない自称ブリーダーから、犬や猫を簡単に手に入れることができる現実。

そのような自称ブリーダーから入手し苦労することになった人の話を幾つか聞いています。その中には、私の話を多少は聞いてくれていたにも関わらず、「こんなことになるとは」とため息をつく人もいます。
自分が思い込んできた「犬とは」「猫とは」の考え・感覚を、他人からの言葉で変えることは簡単ではないようです。

動物との暮らしに対する「考え」「感覚」は、生まれたときから少しずつ染みついてくるもので、それを(実体験なしに)変えられないのかもしれない。ほとんどの人は、今の世の中で暮らし易い付き合い方行政がどのような付き合い方を推奨しているか、などは、絶対に自分の「考え」「感覚」の範疇に入っているものだ、と思い込んでいるとしかおもえない人が多いと思わざるを得ない話を見聞きする。残念。

 

以上は、余談(失礼)

動物虐待におもうこと、の前回までで、二つの意見書が出されれば、今後、警察の動きも変わるはずだし、量刑も(現在の量刑に比べれば)重いものになると考えている、と書きました。

何故このようなことを書いたかというと、ネット上で「動物の愛護及び保護に関する法律(以降、動愛法)」で裁判が開かれることは初めてだ!、と書いてあったのを読んだ記憶があったから。しかし、信じ切れなかったので、1~3には、そのようには書いていないとおもう。

やっと、世田谷動物フェスティバルと本題が繋がるのですが、お手伝いの休憩時間に、うろうろしていたら、久しぶりに会った方がいらしたので、世間話をしていた。その中で、「最近、こんなブログ書いたんだけど~」と話して、「なんか動愛法で裁判が行われるのって初めてなんだって?」と聞いたら、「えっ、そんなことないですよ、大田区の虐待、毒餌の事件でも裁判が開かれたはずですよ」と。

 

帰宅して、ネットで調べてみた。結果に驚いた!

まず、大田区の事件の記事はいっぱい出てくる。まず逮捕された時のニュース記事、それに対する個人のブログなど多々出てくる。次に、初公判のニュースとそれに対するブログは少ないながら幾つかの記事が出てきました。

では、判決がどうであったか。

なんと、、、、見つけられませんでした

 

犯人逮捕時に色々と書いていた人たち。当時厳罰を望んで色々と書いていた人たち。皆さん、忘れるようです

自分も(この一連の書込みもそうですが)事件が起きた時など初期段階では興味をもちますが、時間が経ち次の事件が注目され、そしてまた次の事件の報道があれば忘れてしまうこともあるのでしょう。
私もこの事件の判決がいつでるかなんて気にしてないというか、気にしていられないというのが本音。たぶんニュースでみれば、思い出して何かしらこちらに書き込むかも。

不思議におもったこともあった。
この事件に限らず(動愛法の判決は)、どのような判決になったのか見つけられない事件が多い。以前の書込みに書いたように、病気と判断されて公表されないのだろうか。
判決が出たというニュースも見つけられないのです。マスコミとしても報道する価値がないと考えているのだろうか。(皆さんが騒がないのでニーズがないと判断するのも正しいとおもうのですが。)

 

最後は不可解なところに辿り着いてしまいました。

私は、ダークな事柄は苦手なので、虐待事件は深く調べたことがありませんでした。今回ちょっとだけネットで調べてみましたが、判決やそれに対するブログなども見つけられませんでした。それに対し、犯人逮捕時は記事は多々出てきます。

上手く説明できませんが、このままでは動愛法での量刑には期待できないし、世の中から動物愛護の必要性を認められないような気がします。

やはり、二つの意見書が提出されることを祈るばかりです
それくらいのものがないと、人それぞれの身近な動物への「考え」「感覚」を変えることは出来ないのだと思います

 

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2017年9月28日 (木)

この人、すごいな(動物愛護活動って、こういうことだとおもう)

先日、ボランティア仲間の集まりがあった。色々な情報が飛び交った。その後も情報交換がちらほらあり、「へ~」と思ったこと幾つか。

 
まず、東京都の災害関係の訓練について。こんなことやっていました(2つ)
平成29年度東京都・青梅市合同風水害対策訓練実施結果
平成29年度東京都・調布市合同総合防災訓練

東京都が行う訓練は、大掛かりで頼もしいし、車やヘリも登場で乗り物好きな人にはたまらないかも。参加者が体験できるものもあり楽しそう。

こんなに色々準備があるなら安心できそうだと思ってしまいますが、実際の大規模災害のイメージが出来ない私は、「これらが上手く機能してくれればいいけど」と心配したりしてしまいました。

 

災害時のことではなく動物愛護のことですが、理想や理屈はよく耳にしますが、実際のところどうなんだろう、と感じることが幾つかあります。

その一つが、動物虐待。
動物虐待は(ビデオで撮ってネットにあげる人間もいますが多くは)密室の中で行われ、明るみに出ないことが多いと思われます。
また、検挙されても不起訴や罰金刑で済まされることがほとんどだそうです。そのような人たちは、再犯することが多いとか。
そんな話は聞きますが、実際のところはどうなんだろうと思っていたら、「こんなブログが書かれています」と教えてもらった。

NPO法人 犬猫みなしご救援隊のブログ、2017年09月23日10:05
タイトル:広島本部:9月23日
http://blog.livedoor.jp/inunekoblog/archives/50795066.html

長いですが一読していただきたい。

動物虐待をした人間は、再び行いたい衝動に駆られ、再犯のおそれがあり、穏やかな言い方をすれば「見守る」しかない。キツイ言い方すれば「監視」。
今の日本では、それが(制度として)出来ませんが、仲間が協力すれば、そのようなことが出来るものなのだなと感心しました。

虐待の事実が分かったら、まず、虐待されている動物を助けなければなりません。そして、そのようなことをする人たちに、二度と虐待をしないように改めてもらわないとなりませんが、なかなか出来るものではありません。完全に改心してもらうまでは、見守り続けなければならないでしょう。見守りも改心も、とても大変なことだと思います。

動物虐待は心の問題が占める部分も大きいので、このブログのように、長い付き合いをし改心してもらわないと、再犯の可能性は高いと言われています。

最後の方で出てくる写真には、思わず笑ってしまいました。

顔出しすることに対して、虐待をしていた本人は、「ボクは構いません」といいますが、ブログの主は『私はお前に/社会に入ってもらいたいんじゃ/ ここで顔を出して/それを/フイにさすわけにはいかんのじゃ』と。そしてあの写真になる。

 
動物愛護は、人間の心の問題です。
人が穏やかに生きることが出来なければ、虐待が起こるかもしれません。(動物虐待だけでなく、人間に対しても。)

人の日々の生活を考える。それが動物愛護の根本だと考えています。

 

(参考:「罰金を現金で払わず~(中略)~労役をしました。」について)

未決勾留
「労役場留置」とは何ですか?

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2017年9月27日 (水)

2017 動物感謝デー & 招き猫電車

ここのところ、腰の調子がイマイチ。そんなこともあり、先日、駒沢公園まで散歩に行ってみた。
すると、動物感謝デーののぼりが立っていた。何年か前に、「来年から会場が九州の方になる」と聞いていたし、昨年は北九州市での開催だったと思う。とにかく、今年は駒沢公園で行うようだ。

このイベントのサイトはこちら。当日のタイムスケジュールや会場案内はこちら

会場案内には、企業や団体の名前が並んでお堅い感じですが、ホース・アトラクション・コーナーなどは、お子さんと楽しめそうなプログラムもあるし、デモンストレーション・コーナーは大人でも楽しめるのではないでしょうか。

「駒沢公園に戻ってきたのなら、ちょっと行ってみるか!」と思ったら、世田谷線つまみぐいウォーキング2017 の日でした。世田谷線沿線に住んでいる者として外せないイベントです。

終わって元気が余っていたら、そして腰の調子がよかったら、駒沢公園まで行ってみようとおもいます。

ちなみに、世田谷線ではこんなイベントが行われています。9月25日(月)からなので、私もまだ遭遇していません。2017年10月20日までは、福を招くねこ募集キャンペーン(リンク先ページの下の方見てね)も行われています。

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2017年9月26日 (火)

平成29年度動物愛護管理功労者表彰について

FaceBook の記事を Twitter から引用しようと思ったのですが、上手くできなかったのでこちらから。ついでに、私がおもうことを書いちゃいます。

上記タイトルは、以下のページのタイトルです。
http://www.env.go.jp/press/104449.html

表彰された人の中、「うんうん、こういう人、表彰しなくちゃ」という人が入っていたので、書こうかと思いました。

29年の受賞者はこちら。(今年のメインテーマは「ペットも守ろう!防災対策」)

 

大規模災害が起こり自宅が危険な状態になった場合、犬や猫を連れて避難所に行っても入れてもらえないだろうと考えて、各自の判断で行動をし、後々問題になることは、阪神淡路大震災のときから知られ、中越地震のときには、エコノミー症候群という言葉が毎日のように流れ、飼い主は命の危険にさらされることも伝えられた。

当時から、国は「犬や猫も避難所に入れるようにしましょうね」と言っていますが、避難所では準備が進まず、避難所に入れないこともあるようです(※報道はあまりされませんが、入れてもらえていた避難所は少なくないようです。但し、人が暮らす場所と犬や猫のスペースは全く別スペースになるのが一般的だそうです。)

入れてもらえるにしても、動物を入れることで避難所運営担当者は仕事が増えます。「入れるな!」と声をあげる人もいるでしょうし。
避難所の雰囲気が、「そこをなんとか!」となればいいのですが、運営されている方々含め、個人的にも混乱していますから、平時なら滞りなく進むことも簡単には進まなくなることも多々あります。犬や猫を入れることは、平時でも滞る事柄でしょうから、話をつけることが難しいことは想像できるとおもいます。

実際の災害時の、そんな避難所で滞る問題を解決し、避難所に犬や猫を入れるお手伝い(というのかな?)をしてきた、アナイスの平井さんという女性がいます。
今では、「犬も猫も一緒に避難」と行政が情報をある程度の力を入れて流しているし、飼い主さん達にもそれが届きつつあります。しかし、先の東日本大震災のときは、まだまだでした。なので、犬や猫を避難所に入れてもらうには、そこに居る人たちに充分な理解を得なければなりません。そんな避難所をまわって、三月の東北の寒空の下、多くの犬や猫を避難所に入れる問題解決をしてきた人です。

実際に大規模災害が起きた避難所は、どこでも混乱はあったそうです。避難所では多くの作業を多くの人がすることになりますので、それらの人たちに納得してもらって動いてもらわねばなりません。
そういう現場を積み重ねてきているかたでしょうか。私のようなぺーぺーの平ボランティアにも声をかけてくれるし、私が未体験の大規模災害現場でのアレコレについて、無知な素朴な疑問にも丁寧に答えてくださいました。一緒に荷物運びをしてこともありました。
(こんな立派な賞をとったら、周囲の人が荷物運びはしてくれるようになるだろうと思うと、それはそれでちょっと寂しい。そんな作業を一緒にやる時でないと無知な質問なんて出来ませんから。)

そんな平井さんが受賞されたことを嬉しくおもいます。

 

今年含め、近年の受賞者(末尾)を調べてみました。
全く知らない方もいらっしゃいますが、私のような普通の飼い主が知っているような、地道な活動をしてきた方々も受賞されています。

犬や猫、その他、ペットのことは、とても個人的なことを含みますので、各飼い主が直接関係するような地道な活動をされている方が受賞することはとても嬉しいです。環境省が、私たちの視線を考えてくれているんだな、と感じます。

 

過去の受賞者(右は動物愛護週間のメイン・テーマ)

28年 譲渡でつなごう! 命のバトン ~新しい飼い主さんを探しています~

27年 飼う前も、飼ってからも考えよう

26年 宣誓!無責任飼い主0(ゼロ)宣言!!

25年 捨てず、増やさず、飼うなら一生

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2017年9月24日 (日)

どうぶつ愛護フェスティバル2017(上野恩賜公園)

昨日、タイトルのイベントに行ってきた。愛玩動物協会東京支所が出しているテントでちょっとだけお手伝いをしてきた。

日本中で、同じような名称のイベントがありますが、これは、法律で「動物愛護週間」が定められているから。この週間は、9月20日から26日と決められた(固定された)日にちになっているのも面白い。
国民の休日が、秋分・春分を除いて日にちが決まっていた時代に、「国民の休日くらい定着させよう!」と考えてのことなのかも。今となっては9月の何週目とした方が定着し易いと思ったりしています。

今年の(国をあげての)動物愛護週間のテーマは「ペットも一緒に防災訓練」。
1995年の阪神淡路大震災の以降、国は災害時のペットのことを真剣に考え始めました。しかしなかなか皆さんが注目してくれません。動いてくれません。どうしようと思っていたら、中越地震が起こってしまい、ペットのために車で避難生活を送る人が多々いらして、エコノミー症候群でお亡くなりになる方もいらっしゃいました。
これは大変だ!、とまた力を入れるも今一つ。その後も大きな災害がありましたが、そして、2011年、東日本が起きてしまい、今までなかった原発災害という悲劇が起こってしまいました。
国は、2004年の時点でしっかりと同行避難を打ち出しています。同行避難というのは、ペット一緒に避難所まで同行し、避難所内では(基本的に)人間とペットは別の場所で暮らす、というものです。とにかく避難所という、目の届く範囲にペットを連れてゆくことが出来る方法です。
しかし、これが国民に伝わっていない。避難所運営の基礎は(国民でもある)地元住民です。避難所の準備は、なかなか完璧には進みません。優先順位の高いものから準備を進めていきます。ペットの優先順位が低いことが多く、準備が実現されていない避難所がほとんどです。

しかし、東京やその周辺ではペットと暮らす人が増えました。もし大規模災害が起きて、皆が避難所にお世話になる状況が起こったら、避難所に多くの人がペットを連れてくることになるでしょう。

「決まりはある」 でも 「準備はされていない」

この矛盾を解決すべく、今回のテーマなのだとおもいます。

 

昨日の私は、おばまの関係があったので、ほんのちょっとの時間だけのお手伝いしか出来ませんでしたが、それでも吸収できるものがありました。

限られた時間で行ったことは、○×クイズの答え合わせ係。このクイズ、今回のイベントに向けて作ったものです。
災害時に飼い主がどのように行動するのがいいとされているのか、を皆さんに知っていただくためのものです。なので、「同行避難という決まり」に関わる内容が幾つかありました。
先にも書いたように、国は同行避難をしましょう!、と言っていますが、現場である各避難所では準備が進んでいません。クイズの答え合わせの時、その辺りのことを質問してくださる方もいて、同行避難がどのようなきまりごとなのか、ご存知ない方がまだまだ多いこと、そして同行避難を望む人が多いこと、を感じました。

遅く行って早く帰った私ですが、帰り際、ペットの災害時対応で尽力されている方に会い、現状を伺うことができました。
国は随分と前から考えて、地方自治体も関係団体との連携(協定など)を(書類上?)結んできました。しかし、大規模災害が起こっても想定していたようには機能しない。枠組みは出来ているのだから、それを上手く機能させればいいはず。そう言いながら阪神淡路から20年以上。東日本の時でも15年の時間がありました。それでもあれだけの混乱がありました。
新しい枠組みを作るか、今ある枠組みをより実用的にしてゆくか。現実味があるのは、基本は今ある枠組みをより実用的にし、それには、新しい補助的な力を取り入れる必要もあるだろう。そのような組み合わせが難しいのだろうな、と感じました。

でも、私たち普通の飼い主は、まず自分のこと、は何だろう。

自分が身を寄せる避難所が何処であるか確認する
そして、その避難所では同行避難の準備がどれだけされているのか確認する
満足な準備でなければ、されるように要望することが必要なのではと思います。

要望もしなければ、このままかもしれませんから。

 

共に暮らすペットが社会一般に認められる日がくることを、心から願っています。

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2017年9月17日 (日)

「多頭飼育」対策

「多頭飼育」対策で指針=飼い主ケアで連携-環境省
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017091500167

上記の記事を読んだ。
私と動物愛護系の付き合いが長い人は、同じようなことを、ず~っと言っていたことをご存じだとおもう。私が思いついた訳ではなく、海外でそのような取り組みを行っている行政があり、これでないと確実に止めることは出来ないと思っているから。

なので、この記事に書かれていることはいいことだと思いますが、今までの法律や基準などが(私が想像していた様には)守られない現状からして、また絵に描いた餅にならないかが心配です。

まず、福祉部局との連携は必須だと考えていますが、それでも解決されない(再び同じ状況になる)ケースは無視できないだけ出てくるはずです。
そのようになったときに、多頭飼育崩壊と言える状況になった時点で所有権を放棄させるように法律が改正されればいいと思いますが、まず線引きが難しいと思うし、そもそも所有権を強制的に放棄させることは日本の法律では難しいことだとおもいます。
法律(動物愛護管理法)の中に、44条の2程度の飼育(飼養)が出来ないのであれば、飼育を諦めなさい(所有権の放棄とは言わない)とするくらいでしょうか。

実質的に出来るとすれば、法律でこんなことを書けばいいのかも。
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飼育活動が出来ない状況(長期の入院や収監等、また、在宅していても疾病などで飼育活動が出来ない場合を含む)が続いた場合(その状況が予想できる場合はその時点で)、飼い主は確実に飼育をしてくれる人(もちろん法に書かれている虐待をしない人、法に書かれていることから考えられる通常の飼育が出来る人)を指名し、その人が責任を持って飼育を行うこととする。指名できない場合は国が指名する。この期間の費用は飼い主が全額負担する。
この費用が担保できないのであれば、国が動物たちを買い上げる。その金額は動物たちの取得費用とする。
===========
というような感じで「あんたには無理でしょ?」と諦めさせるしかないのかな、と思っています。
「えっ?、国じゃないでしょ?、都道府県でしょ?」と言いたい人もいると思います。法で都道府県に任せる理由は、地域によって動物による付き合い方が違うからということのはずです。この件は、法律の44の2に書かれていることを基準にするので、国が判断するべきことです。都道府県で判断がまちまちであってはならないことではないでしょうか。

海外では飼育禁止命令を出すことがありますが、私の知る限り、日本でそれをやっても無視というか再び同じ状況になることでしょう(海外でもそのようだし)。
飼育禁止命令を出すという形式はいいと思うので、その後のケアと言えばいいのか監視がしっかり出来ればいいのではないかと思います。その意味ではこの記事の方向性はいいとおもいます。
先ほどの飼育を任された人だって信用できない人がいるでしょうから、やはりケアというか監視が必要になるはずです。

では、この飼育代理人(勝手に命名)や飼育状況監視人(これも勝手に命名、代理人の飼育も監視)を誰がやるかです。いい加減な人にやってほしくありませんが、日本の社会の慣習からして、これらの人がビジネスになるならば認められる可能性は大きいと考えます。
生体販売が厳しくなってきたペットショップの店主や店員の転職先、シェルターや一時預かりさんの活動資金の獲得先として、考えることができれば現実的になってくるのではないでしょうか。
つまり、動物取扱業者であり、特別な資格(←代理人や監視人という資格か免許を作る)を持った人。優良な飼育知識をもっているというお墨付きにもなる。個人的には、今までシェルターワークで頑張ってきた人(里親の見定め、アフターフォローもしてきた人)たちになってほしい。

言いたいことはいっぱいありますが、時間がないのでここまでにします。

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2017年9月 7日 (木)

アニマル・ウェルフェアサミット2017

先月の終わり(日曜&月曜)にタイトルのイベントに行ってきました。
https://peraichi.com/landing_pages/view/aws2017-programs

行くまでは、あまり良い印象がありませんでした。
実際行ってみても、「もうちょっと考えた方がいいのでは?」という発言もありましたし、「それはこのテーマで話すことではないのでは?」と感じる内容を連発していた登壇者もいらっしゃいましたが、多方面の行政と向き合い、地元の人たちに理解・協力していだき結果をだしている人の話はとても勉強になったし、話し方も気持ちよく聴くことが出来、このような話し方で物事を進めていくんだろうなと思ったりしました。

一日目で、とても勉強になったのが、「日本の動物たち ~動物園、野生動物、エキゾチックアニマル~」。

各分野で活躍している先生方のお話。明るく冗談ぽく話をするのですが、それを行うまでのご苦労がどれだけのものなのか想像すると、胸が熱くなるものがありました。

このプログラム内では、具体的な活動の話がとても良かったのですが、それ以外の一般的な話の中で「うんうん」と思ったこと。

・ (犬や猫は)家族だけど社会の一員ではないと考えている

・ 欧米では生体販売がほとんどされていない地域が多々あるが、それらの多くは、法律によって禁止されたのではなく、幅広い人たちがそのように考えるようになった結果。日本もそうなってほしい。

このプログラムの中では、如何に社会と向き合い解決してきたか、その事例が多々発表されました。何かを無くすのではなく、進歩することで解決することが、その状態が根付く結果(斉藤先生の言葉だと「環境治療」)になるんだなと思いました。

 

二日目では、刺激的過ぎて目が白黒してしまった発言のオンパレードのプログラムもありました。これを皆様にどう伝えたらいいかなと悩んでいるところです。

法律のプログラムでは、日本における法律の歴史がとても興味深かった。
(皆さんは資料をいただいていたようなのですが、私は「その封筒はもう3つもいただきましたから」と拒否してしまい、いただいていないので、私のつたない記憶で書きます。記憶間違えがあったらゴメンナサイ。)

日本の記録に残っている動物愛護は、生類憐みの令がはじめだろうと思っていたら、大化の改新の時代に二つあったという。
一つは(仕事をしてもらう)牛馬に酷いことをするんじゃないよ、という内容で、もう一つは、必要ない動物は野に放しましょう!、というような内容。後者の感覚が今でも続いているのでは?、という話もありました。

びっくりした話として、明治以降の法律として(プログラムの中では説明がなかったが一般的に狂犬病予防法のはじまりであると言われている)畜犬規則の説明です。
「畜犬登録」以前の日本には、特定の飼い主という意識が希薄で、「里犬」と呼ばれる、人間の集落(里)に居ついた犬(現代的に言えば町中の野良犬?、地域猫的な地域犬?)という存在だったと海外の文献に書いてあったという。余談ですが、里犬に対して山犬であり、これは、人と関わらない、今でいうところの(野良犬ではなく)野犬(ノイヌ)的存在で、オオカミも含まれていたと考えられているそうです。
何故、飼い主をはっきりさせるようにしたかというと(プログラム中では狂犬病の話はなく)、「欧米からの指導」だったらしい。

現在でも、「放す」「犬も犬で勝手に(?)生きてゆく」的な感覚が今でもあり、飼いきれなくなった犬(に限らないけど)を放してしまう人が後を絶たないのかも。

動物愛護管理法の「愛護」の部分の基本的な考えは、動物虐待を許していると風紀が乱れてよろしくないから。1999年の改正のキッカケになったのは、1997年の神戸連続児童殺傷事件の犯人が動物虐待をしていたということもある。
少々違うが、風紀を乱すという意味で、公然わいせつ罪の話があった。公の場で、裸になったらイケナイですよね。しかし家の中でも問題にならない。動物の虐待は家の中でも法に触れるところが違う。

この部分の説明が、この辺りで切れたのが気になった。法の第一条(目的)の一部からこのことを説明していたのですが、公の場とそうでない場所(自宅内など)では、考え方が少し違うのかな、とも思いました。

動物をみだり殺したり、傷つけると、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金(44条)ですが、法改正がある前は、軽犯罪法の器物損壊等で、3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料(刑261)で、罰金の金額は動物愛護管理法(現在=改正後)の方がとても高くなっている。こんな話も尻切れ感ありで、ありました。

時間がとても限られていた都合上なので、改めて何処かで聴くことができたらなと思っています。

 

こんな話を聴いた翌日、以下のような報道を目にした。
http://www.sankei.com/life/news/170829/lif1708290022-n1.html

ネットでダウンロード出来るという意味では風紀を乱しまくっていると思います。13匹という数からもそれなりの刑事罰としなければ、この法律はなんなんだろうと悩んでしまいます。

容疑者は「有害動物の駆除だから」と主張しているようですが、殺人罪の「殺意の立証」のようなことが動物虐待でも必要になるのかなと思ったりもしますが、44条を読む限り、そのような必要はないと思うのですが。

 

現在の動物愛護管理法はどても大きなものになりましたが、あまり機能していないのではと感じる部分が多々あります。この事件がどのように扱われるのか注目しているところです。もしこの事件が裁判にもならなければ、この法律は絵に描いた餅を並べているようなもの、と理解しなければならなくなるかも。

 

最後は、アニマル・ウェルフェア・サミットとは関係ない話になってしまいましたが、この事件を理解するためにも、行って良かったと思います。
その他、自分と理解・見解が違う部分も勉強になったし、危機感を抱くこともありました。それらは全て有意義でした。

動物愛護は、考えの違う人、自分と違う経験をしてきた人等々が議論し、方向性がまとまらないことが多々ありました。そのようなことは最近は減ってきたと実感していいましたが、今回参加して、まだまだ残る「まとまらなさ」の現状を感じることが出来たとても貴重な機会でした。

来年も、時間が許せば参加したいです!

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2017年7月23日 (日)

いい記事だとおもったら

最近、マスメディアの記事が酷いと感じることがある。ペット関連のものだけではない。Twitter の書込みを持ってきて、それを記事にしたり、構成の要にするのには「手抜きじゃないの?」と感じてしまう。その発言について、裏付けを示せばいいのですが「こんな書き込みがあったから、私の考えは正しい」と言わんばかりの使い方には、呆れるばかり。

個人のブログなどで表現の自由の範囲で書込むことと(このブログのようにね)、プロが責任をもって(お金もらって)書いている記事との境目が分かり難くなっている。また、キュレーション(まとめ文書)とプロの方の記事の境目も分かり難い。

読み手として、プロ記者の記事は信頼して読みたいです。その信頼を裏切らないようにしていただきたいものです。
 

ペット関連にしても、「上っ面だけの情報を集めて、思い込みで構成している」と感じるものが多々ある。その原因は(取材する相手の)プロとか先生と呼ばれる人たちが現場から離れていってしまっているからだろう。表現を変えれば、多様性を認める現在、身近な動物との関わりというパーソナルな部分の多くを、プロであっても網羅することは困難になってきている。
また技術の進歩の速さもある。新しい技術を知らない先生、知っていても活用の仕方を理解していない先生をよく見受ける。

そんな中、以下の記事は、「いい記事だな」と頷けながら読めた。

マンションでペットをめぐるトラブルが絶えない理由
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170721-00135885-diamond-bus_all&p=1

「へぇ~、どんな記者の人が書いているんだろう。こういう人の記事を読みたい」と思ったら、不動産管理などをやっている会社の社長さんだった。現場のことをよくご存じな訳ですね。

マンションに限らず共同住宅は、入ってしまってから、「えぇ~~~、こんなことがあるの?」「こんな人が入居しているの?」、という話は多々聞く。逆に「規約には厳しいこと書いてあるけど、実はこんな感じで過ごし易いよ」ということも。

この記事の締めくくりが「ペット問題は 元を正せば人間関係の問題」となっていますが、共同住宅内は、プライバシーが守られていると言っても、やはり地域共同体とならざるを得ませんから、人間関係、つまりコミュニケーションは必須といえるでしょう。

ペットを飼って人間関係から距離を置きたいと考える方が少なくないようですが、私はペットを通じて人間関係を広めていってほしいと願っているし、そうしないと、この記事のような問題が起こり続けるのではないでしょうか。

 

余談(この記事とは関係ないこと)。

私は、ペットという言葉があまり好きではありません。出来ればコンパニオンアニマル(なので、ペットを通じて人間関係を、と考えます)と言いたい。
しかし、現実としてペットとして付き合っている人は多い。

同様のことで、この記事中に「ブリーダー」という単語が出てきますが。日に当たることが出来る運動場を持たない人をそう呼ぶのは如何なものかと思っていますが、現在、日本における認識としては、この記事を書いている社長さんの感覚が圧倒的多数だと思うので、記事としてはいいと思います。
しかし、プロとか先生と呼ばれる人たちには、ブリーダーはただ衛生管理や健康管理をしっかりして繁殖するだけではないことぐらい知っていてほしい。

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2017年5月15日 (月)

ヒトの傍らで – シナントロープから見た世界

タイトルの展示を見てきた。今日で終わりなので誰のお役にも立てません。備忘録として。

説明はこのあたり。
http://fireside-essay.jp/miyazaki/bird/704.html
http://www.miyazakigaku.net/kouen/675.html

昨日(2017年5月14日)のトークショーに行こうと思ったのですが、メールのトラブル等で諦めました。今日も行かないつもりだったのですが、どうしても行きたくて無理に行ってきました。

 

人が暮らす地域で生きている野生動物の写真展です。
新宿のネズミやアライグマの写真もあれば、かつて多くの人が暮らした鉱山跡地もありました。高原の(もちろん人間用の)遊歩道での写真や福島県の人が暮らさなくなった場所や仮設住宅近くの写真も。
「こんな所にこんな動物が!」という写真がいっぱい。東京の国立インター近くにキツネが歩いている写真もあれば、遊歩道には色々な動物が姿を現しています。昼間、人間が何気なく歩いている場所に

多くの写真は定点カメラ(というのかな。据え置きで自動でシャッターが切れるようになっている)で撮影されたものだと思います。動物たち(時には人間も)の日常の営みが写されています。驚きや力み(威嚇など)がない。誤解を恐れずにいえば「可愛い」。福島県の人が住まなくなった民家に出入りする動物たちの表情は、「今日もちょっと寄らせてもらいますよ」という感じ。イノシシでさえ可愛く見える。

それらの写真に付けられている短いコメントが客観的で、ときに奥深く興味深いこともある。命が繋がっているこの世界を感じている人だから書けるコメントだ。

 

タイトルの「シナントロープ」については、冒頭のリンク先を読んでいただきたい。
それと関連することとして、上記から以下を引用させていただきます。
================
木を一本切っただけでそれを「自然破壊」だと非難してしまうのではなくて、その木がそれまで何をしてきたのか、切られることによって環境がどう変わっていくのか、そこまで考えながら自然を見つめてみることがイマの私たち人類には必要なことではないのか、と感じます。
================

感情から訴えるだけではなく、まず客観的な事実を集め分析し理解し、その結果からこれからのことを考える。

多様性が認められるイマだからこそ、無用な意見の対立を生まないためにも必要なことだと思いました。

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2016年11月20日 (日)

板橋区の同行避難訓練

今日の朝から正午くらいまで、板橋区の同行避難訓練のお手伝いに行ってきました。

やることは、アンケートをお願いすることと、犬や猫を預かることが具体的な作業。その他に、パンフレットを配ったり、写真を見ていただいての啓発活動もありました。写真は、大規模災害時に同行避難した犬たちがどのような場所に居て、どのような配慮がされていたのか、また、どのような問題があったのか、などが分かるようになっていました。

アンケートが早くに終わってしまい、テント前が閑散とした時間帯がありました。そんなとき、写真を熱心に見に来る方が何人かいらっしゃいました。手が空いているときは、そのような方たちと少しお話ししました。
「ペットを飼っている人は多いですから、こんな感じのことになるんでしょうね~」程度から始まり、各写真について、どのようなことを伝えたいのかを説明しました。説明の内容は、パネルにも(簡単にですが)書いてありますし、写真を持参された団体の担当者から聞いたことをお伝えしました。
でも、あまり突っ込んだ話はしませんでした。「実際に大規模災害が起きて、避難所が開設されないとどうなるか分からないと思います。これは一例で、このようになるとは限らないとんじゃないですかねぇ~」と伝えると、皆さん頷いていました。まだまだ準備不足だし、準備してもその通り機能しないだろうと、感覚的に(私を含め)皆さん感じてるようです。

お話しした方の中に、避難所運営に関わっている方もいらっしゃいました。「その避難所では、動物の扱いのことについてどのようになっていますか?」とお聴きしたところ、「人間のことを決めるのに精一杯というか、まだ決まり切っていないので、動物の話にまでなっていません」とおっしゃっていました。
この方は、大災害時に開設された避難所の写真を熱心にご覧になっていました。何か感じるもの考えるものがあったのだと思います。

 

板橋区の同行避難訓練は10年以上続いているそうです。三宅島の噴火の後、熱心な獣医師先生たちの尽力で始まったものだそうです。

何かを感じ、「やらねば!」とお忙しい中、奔走してくださる先生がいらっしゃり、世の中変わってゆくんだなと思うことが度々ありますが、この訓練の始まりもそんな感じだったのだと思います。

私のような一飼い主、一ボランティアは、そのような動きがあったときに、出来る限りの協力をすることだけだと考えています。

 

私は世田谷区民ですが、愛玩動物協会東京支所のメンバーとしてこちらに参加させていただきました。私のように、板橋区民でない人も多々ボランティアとして集まります。このような所に顔を出すのですから、災害対策に興味を持っている人たちです。写真を持参された災害時に活動したり、日頃から啓発活動をしている団体(アナイス)のメンバーの方たちもいらっしゃいました。
そうなれば、実際の災害時のこと、災害対策のこと、など色々な話を聴くことができます。災害時は異常時です。常識では考えられないことが起こります。それは、人間の醜い部分が現れることもありますが、逆もこともあります。そのようなことは、現場を見た人しか知りません。しかし、同じ現場に居ても、感じ方やそこで何をしたかが違うこともあります。

そのような事柄であると感じたこともあり、このようなボランティアには、出来るだけ参加するようになりました。一飼い主、一ボランティアが少しでもお役に立てるようになるには、やはり訓練に参加する、という当たり前のことなのかもしれません。

 

大事なことを書き忘れるところでした。

私は、アンケートと写真の方に居たので気が付かなかったのですが、今回は、猫の預かりもあったそうです。それも一頭だけではなかったとか。
キャリーやクレートに慣らせて、さらに飼い主がいなくなることにも慣らせることが出来る猫が結構いるのかな、と思いました。(おばまは糖尿が治らない限り、絶対無理ですけど。)

こういう訓練が積み重なり、一般の方々への理解が広まり、クレート・トレーニングなどを含めた災害に対する対策を皆が行うことが当たり前になってゆくものだと、私は信じて(願って?)いますhappy01

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