2017年7月23日 (日)

いい記事だとおもったら

最近、マスメディアの記事が酷いと感じることがある。ペット関連のものだけではない。Twitter の書込みを持ってきて、それを記事にしたり、構成の要にするのには「手抜きじゃないの?」と感じてしまう。その発言について、裏付けを示せばいいのですが「こんな書き込みがあったから、私の考えは正しい」と言わんばかりの使い方には、呆れるばかり。

個人のブログなどで表現の自由の範囲で書込むことと(このブログのようにね)、プロが責任をもって(お金もらって)書いている記事との境目が分かり難くなっている。また、キュレーション(まとめ文書)とプロの方の記事の境目も分かり難い。

読み手として、プロ記者の記事は信頼して読みたいです。その信頼を裏切らないようにしていただきたいものです。
 

ペット関連にしても、「上っ面だけの情報を集めて、思い込みで構成している」と感じるものが多々ある。その原因は(取材する相手の)プロとか先生と呼ばれる人たちが現場から離れていってしまっているからだろう。表現を変えれば、多様性を認める現在、身近な動物との関わりというパーソナルな部分の多くを、プロであっても網羅することは困難になってきている。
また技術の進歩の速さもある。新しい技術を知らない先生、知っていても活用の仕方を理解していない先生をよく見受ける。

そんな中、以下の記事は、「いい記事だな」と頷けながら読めた。

マンションでペットをめぐるトラブルが絶えない理由
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170721-00135885-diamond-bus_all&p=1

「へぇ~、どんな記者の人が書いているんだろう。こういう人の記事を読みたい」と思ったら、不動産管理などをやっている会社の社長さんだった。現場のことをよくご存じな訳ですね。

マンションに限らず共同住宅は、入ってしまってから、「えぇ~~~、こんなことがあるの?」「こんな人が入居しているの?」、という話は多々聞く。逆に「規約には厳しいこと書いてあるけど、実はこんな感じで過ごし易いよ」ということも。

この記事の締めくくりが「ペット問題は 元を正せば人間関係の問題」となっていますが、共同住宅内は、プライバシーが守られていると言っても、やはり地域共同体とならざるを得ませんから、人間関係、つまりコミュニケーションは必須といえるでしょう。

ペットを飼って人間関係から距離を置きたいと考える方が少なくないようですが、私はペットを通じて人間関係を広めていってほしいと願っているし、そうしないと、この記事のような問題が起こり続けるのではないでしょうか。

 

余談(この記事とは関係ないこと)。

私は、ペットという言葉があまり好きではありません。出来ればコンパニオンアニマル(なので、ペットを通じて人間関係を、と考えます)と言いたい。
しかし、現実としてペットとして付き合っている人は多い。

同様のことで、この記事中に「ブリーダー」という単語が出てきますが。日に当たることが出来る運動場を持たない人をそう呼ぶのは如何なものかと思っていますが、現在、日本における認識としては、この記事を書いている社長さんの感覚が圧倒的多数だと思うので、記事としてはいいと思います。
しかし、プロとか先生と呼ばれる人たちには、ブリーダーはただ衛生管理や健康管理をしっかりして繁殖するだけではないことぐらい知っていてほしい。

| | コメント (0)

2017年5月15日 (月)

ヒトの傍らで – シナントロープから見た世界

タイトルの展示を見てきた。今日で終わりなので誰のお役にも立てません。備忘録として。

説明はこのあたり。
http://fireside-essay.jp/miyazaki/bird/704.html
http://www.miyazakigaku.net/kouen/675.html

昨日(2017年5月14日)のトークショーに行こうと思ったのですが、メールのトラブル等で諦めました。今日も行かないつもりだったのですが、どうしても行きたくて無理に行ってきました。

 

人が暮らす地域で生きている野生動物の写真展です。
新宿のネズミやアライグマの写真もあれば、かつて多くの人が暮らした鉱山跡地もありました。高原の(もちろん人間用の)遊歩道での写真や福島県の人が暮らさなくなった場所や仮設住宅近くの写真も。
「こんな所にこんな動物が!」という写真がいっぱい。東京の国立インター近くにキツネが歩いている写真もあれば、遊歩道には色々な動物が姿を現しています。昼間、人間が何気なく歩いている場所に

多くの写真は定点カメラ(というのかな。据え置きで自動でシャッターが切れるようになっている)で撮影されたものだと思います。動物たち(時には人間も)の日常の営みが写されています。驚きや力み(威嚇など)がない。誤解を恐れずにいえば「可愛い」。福島県の人が住まなくなった民家に出入りする動物たちの表情は、「今日もちょっと寄らせてもらいますよ」という感じ。イノシシでさえ可愛く見える。

それらの写真に付けられている短いコメントが客観的で、ときに奥深く興味深いこともある。命が繋がっているこの世界を感じている人だから書けるコメントだ。

 

タイトルの「シナントロープ」については、冒頭のリンク先を読んでいただきたい。
それと関連することとして、上記から以下を引用させていただきます。
================
木を一本切っただけでそれを「自然破壊」だと非難してしまうのではなくて、その木がそれまで何をしてきたのか、切られることによって環境がどう変わっていくのか、そこまで考えながら自然を見つめてみることがイマの私たち人類には必要なことではないのか、と感じます。
================

感情から訴えるだけではなく、まず客観的な事実を集め分析し理解し、その結果からこれからのことを考える。

多様性が認められるイマだからこそ、無用な意見の対立を生まないためにも必要なことだと思いました。

| | コメント (0)

2016年11月20日 (日)

板橋区の同行避難訓練

今日の朝から正午くらいまで、板橋区の同行避難訓練のお手伝いに行ってきました。

やることは、アンケートをお願いすることと、犬や猫を預かることが具体的な作業。その他に、パンフレットを配ったり、写真を見ていただいての啓発活動もありました。写真は、大規模災害時に同行避難した犬たちがどのような場所に居て、どのような配慮がされていたのか、また、どのような問題があったのか、などが分かるようになっていました。

アンケートが早くに終わってしまい、テント前が閑散とした時間帯がありました。そんなとき、写真を熱心に見に来る方が何人かいらっしゃいました。手が空いているときは、そのような方たちと少しお話ししました。
「ペットを飼っている人は多いですから、こんな感じのことになるんでしょうね~」程度から始まり、各写真について、どのようなことを伝えたいのかを説明しました。説明の内容は、パネルにも(簡単にですが)書いてありますし、写真を持参された団体の担当者から聞いたことをお伝えしました。
でも、あまり突っ込んだ話はしませんでした。「実際に大規模災害が起きて、避難所が開設されないとどうなるか分からないと思います。これは一例で、このようになるとは限らないとんじゃないですかねぇ~」と伝えると、皆さん頷いていました。まだまだ準備不足だし、準備してもその通り機能しないだろうと、感覚的に(私を含め)皆さん感じてるようです。

お話しした方の中に、避難所運営に関わっている方もいらっしゃいました。「その避難所では、動物の扱いのことについてどのようになっていますか?」とお聴きしたところ、「人間のことを決めるのに精一杯というか、まだ決まり切っていないので、動物の話にまでなっていません」とおっしゃっていました。
この方は、大災害時に開設された避難所の写真を熱心にご覧になっていました。何か感じるもの考えるものがあったのだと思います。

 

板橋区の同行避難訓練は10年以上続いているそうです。三宅島の噴火の後、熱心な獣医師先生たちの尽力で始まったものだそうです。

何かを感じ、「やらねば!」とお忙しい中、奔走してくださる先生がいらっしゃり、世の中変わってゆくんだなと思うことが度々ありますが、この訓練の始まりもそんな感じだったのだと思います。

私のような一飼い主、一ボランティアは、そのような動きがあったときに、出来る限りの協力をすることだけだと考えています。

 

私は世田谷区民ですが、愛玩動物協会東京支所のメンバーとしてこちらに参加させていただきました。私のように、板橋区民でない人も多々ボランティアとして集まります。このような所に顔を出すのですから、災害対策に興味を持っている人たちです。写真を持参された災害時に活動したり、日頃から啓発活動をしている団体(アナイス)のメンバーの方たちもいらっしゃいました。
そうなれば、実際の災害時のこと、災害対策のこと、など色々な話を聴くことができます。災害時は異常時です。常識では考えられないことが起こります。それは、人間の醜い部分が現れることもありますが、逆もこともあります。そのようなことは、現場を見た人しか知りません。しかし、同じ現場に居ても、感じ方やそこで何をしたかが違うこともあります。

そのような事柄であると感じたこともあり、このようなボランティアには、出来るだけ参加するようになりました。一飼い主、一ボランティアが少しでもお役に立てるようになるには、やはり訓練に参加する、という当たり前のことなのかもしれません。

 

大事なことを書き忘れるところでした。

私は、アンケートと写真の方に居たので気が付かなかったのですが、今回は、猫の預かりもあったそうです。それも一頭だけではなかったとか。
キャリーやクレートに慣らせて、さらに飼い主がいなくなることにも慣らせることが出来る猫が結構いるのかな、と思いました。(おばまは糖尿が治らない限り、絶対無理ですけど。)

こういう訓練が積み重なり、一般の方々への理解が広まり、クレート・トレーニングなどを含めた災害に対する対策を皆が行うことが当たり前になってゆくものだと、私は信じて(願って?)いますhappy01

| | コメント (0)

2016年11月12日 (土)

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ

映画の話。女房がDVDを借りてきて、一緒に観た。

マイケル・ムーアと言えば、大統領選結果を予言したかしないとか。庶民感情やそこから湧く疑問に取り組んでドキュメンタリー映画を作る人ですが、この映画は、アメリカを立て直すために世界各国を回る。何を立て直すかといえば、アメリカ国民、特に庶民の幸せだろう。

公式サイトはこちら。まず動画からはじまります。それも一通り観ていただきたいのですが、それが終わったら動画を閉じて、画面上部のメニューから「特別動画」の幾つかを観ていただきたい。
これらは断片的なもので、本編を観ればほとんどの人は驚くことでしょう。信じることができ出来ないかもしれない。

この映画とは関係ないですが、最近こんな記事を読んだ。
日本でも「家族は大事」と言いますが、私も常々違和感を感じています。多くの国では、親子の絆とか、子供が国を支えてゆくという意識がしっかりしている。日本もそうなのかもしれませんが、この映画に出てくる国の多くは、子供を邪険にすることもないし、子供が社会の中でちゃんとやっていけるように親も学校の先生も教育をする。教育というのも、教科書の内容の前に、やはり「人として」が先であり、その結果として教科書の勉強にも意欲が湧く。

日本に暮らしていると、この社会の政治や慣習などが当たり前のように感じてしまう。日本特有の文化なのだと気が付けなくなってしう。この映画を観ることで、日本はまだまだアメリカに倣っているのだと改めて感じてしまう。もしかしたら、植え付けられているのかも、などと考えてします。

 

さて、犬猫ネタを書かせていただきます。
「ドイツでは」とか「フランスでは」と犬のしつけのことで言う先生がいらっしゃる。遺伝性疾患のことなら北欧の話をする先生がいらっしゃる。
それらの国がどのような国なのか分かって話しているのかなと、いつも思っていた。
そのような先生方には、この映画を是非観ていただきたい。

文化とか国というものを考えて欲しい。
EUという一括りになっている国々でさえこれだけ違うし、最近変えた(変えることが出来た)国があることを知って欲しい。

特に、若い人に観て、考えてほしい。

| | コメント (0)

2016年10月30日 (日)

狂犬病について

とっても後書きの記事です。書いているのは、2017年に入ってから。今年(2016)の暮れに、「書いておきたい」思った内容の一つです。

 

タイトルですが、「狂犬病について」ではなく「狂犬病について、について」としたいのですが、くどいので、「狂犬病について」だけにしました。

2016年10月13日にタイのプミポン国王が逝去されたことが関係していたのか、10月の下旬辺りからネットで狂犬病ネタをチラチラ見ることがあった。中には、誤解を与える内容のものもある。

 

狂犬病というと、

・ 日本国内では、長年感染例は報告されていない

・ 世界的にみれば、珍しい感染症ではなく多くの地域で感染している動物の報告がある
 また、感染(または感染されていると推測されれる)動物に人間が噛まれる事故が報告されている
 そして、世界では年間5万人以上が命を落としている

・ 狂犬病の犬などに噛まれ、その後発症したら命はない
 発症前に診断できる検査はない

・ 予防のワクチンが存在する

・ 暴露後(噛まれてから打つ)ワクチンもある

くらいの知識がある人は多いと思う。

 

話は変わるが、私は以前、ラジオでたまに犬猫のことを話することがあった。2015年暮れの放送が最後になってしまったのですが、その後、2016年3月に狂犬病を取り上げる予定がありました。そのために少々勉強した。
狂犬病の研究で著名な先生に話を伺う機会を得たことと、図書館で借りた狂犬病についての書籍だけですが、それだけでも、自分はあまりに無知だったと恥ずかしくなった。

よくまとめられた書籍もあります。図書館に置いてあることも多いと思うし、高価ではないものもありますので、購入しても大きな負担にはならないと思います。

狂犬病のことをネット上で不特定多数の人に語るのであれば、まず本を読むくらいして欲しい。そうすれば、気軽に何処かに書いている一文をそのまま持ってくることが、どれだけ罪作りなことか理解できると思います。

狂犬病の症例を幾つも読んでいて思ったことがある。これらの話から幾つかをピックアップし、短編集の書籍や映画(DVD?)にすれば、多くの人が興味ともってくれるのではないか。それくらい、時に悲しく、オカルト的で、たまに感動的。

そして予防に尽力するしかないことに気が付くだろう。

 

参考までに私が読んで 「狂犬病を軽んじていた」と思った書籍を一つ紹介しておきます。基本的なことが書いてある本です。
ヒトの狂犬病 忘れられた死の病 / 高山直秀 〔本〕

2017.1.22

| | コメント (0)

2016年10月14日 (金)

プミポン国王の逝去

とっても後書きの記事です。書いているのは、2017年に入ってから。今年(2016)の暮れに、「書いておきたい」思った内容の一つです。

 

プミポン国王をご存知でしょうか。WikiPedia では、ラーマ9世と記載されています。2016年10月13日に逝去されたタイ国王ですが、タイにおいて、国王とはどのような存在であり、野良犬や狂犬病が国民にとってどのような存在であり、現在どのような動きがあるのか、ご存知でしょうか。

日本語のサイトを探す限り、「タイ赤十字社」「サオワパー王妃記念研究所」辺りから調べればある程度のことが出てきますが、あまりに情報が見つけられず驚きました。

逝去後書かれた記事として、以下のものを見つけました。
http://www.1242.com/lf/articles/28473/
http://www.1242.com/lf/articles/28992/

トーンデーンが17歳9ヶ月という長命からも、国王の犬への気持ちがうかがえます(犬だけではないとおもいますが)。

この記事の中で、「タイではあまり殺処分が行われないとはいえ、シェルターに暮らす犬たちの環境は決して快適とはいえません。」との指摘があります。行政が運営しているシェルターについての記述ですが、これは日本と同様と考えていいと思います。

行政のシェルターの環境は劣悪と感じる部分もあるかもしれませんが、それを民間の人たちが頑張って向上させていこうと活動しているのは、日本も同じではないでしょうか。

プミポン国王がされたことは、国を挙げての野良犬対策に手をつけたこと。日本でも欧米各国でも行政が多くの予算を費やすことが出来ない分野であることは同じなのでしょう。引き続きボランティア組織が育ってゆくことを願うばかりです。

 

最後に、日本のこれからについて。

私は、タイ王室は(決して経済的に豊かであるとはいえない状況で)、動物愛護の気風を招くことに力をいれていると感じています。行政、民間に関わらず動物に関するボランティアに対する国民の意識は比較的高いと聞いたこともあります。それは仏教の国であるからと説明されることもしばしば。その精神は、日本人にも通ずるものもあるのではないでしょうか。

そんなタイ王室から学ぶべきことは多いのではないかと感じています。なので国王が逝去されたとき、動物愛護関係の人からコメントが多く寄せられると予想したのですが、ほとんどなく驚きました。

現在の日本では、欧米から学ぶ機会が多いようですが、私は文化やそれ以前の個人の感じ方も欧米とは違うのであるから、欧米から学ぶ場合、慎重であるべきだと考えています。

参考になる内容の記事がありました。(とっても後書きなのが幸いしましたsmile

犬に対する人間の多様性
この方のように、世界各地の人に「感じ方・考え方」を聞いてみれば分かります。日本に暮らし当たり前だと思っている感じ方・考え方は、世界共通ではないのです。それを前提に世界の各地から学びたいものです。

なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか?
脳での感じからして違っています。もしかしたら視覚もそうなのかも。生命体を見たときに使われる脳の部位が違うかもしれません。

 

私は、日本において日本人として、犬や猫、その他動物、植物と暮らしてゆきたいと常に考えております。    2017.1.13

| | コメント (0)

2016年9月30日 (金)

同行避難訓練に参加して、気が付いたこと

今回も長いですcoldsweats01

先日、都内のある区の同行避難訓練のお手伝いをした。愛玩動物飼養管理士の支所協力会員というものに登録しておくと、そのような誘いがくる。難しいことを考えず参加している。

初めて同行避難訓練に参加したのは東日本大震災の後だったと思う。
自分自身は震災直後の被災地を訪れたことはないが、義捐物資のボランティアをしていたので、現地に物資を届ける人たちから話は訊いていた。少し経つと現地報告を兼ねたセミナーなども多々あり、何度か参加した。
そんなこともあり、私なりに実際の避難所、そして同行避難のイメージが出来ていた。

その後に、同行避難訓練のお手伝いを始めたと記憶している。先日お手伝いした区の訓練も当時参加した。
当時の私の頭の中は、上記のような限られた現地情報と整理された理論だけで構成されていた。

物資のボランティアに通っていると、有名な先生にも顔を覚えていただける。何処かで会えば、挨拶くらいする程度になった先生も何人かできた。
同行避難訓練のお手伝いを始めた当時、そのような先生方に、「こんな現実離れした訓練して何の意味があるのでしょうか?」と食いつくように質問した覚えがある。しかも片っ端からcoldsweats02

先生方の答えは、「まず多くの方に見ていただき、興味をもっていただくこと。そして、幅広い人の協力により、その地域毎の避難所運営マニュアルに組み込んでいただき、避難所の中で認めてもらえるようになる。今はまだ、幅広い人に振り向いていただく段階。また、どんな訓練であっても(人間だけの)避難訓練内で行うことは容易なことではありません。やらせていただくこと、問題なく運営すること、それを重ねることも訓練です」とういうような内容だった。
それでも私は、「それは理解できますが、あまりにも現実離れしていませんか?」と口にしたものでした。

先日参加した訓練以前は、犬を預かる数もとても少なかったり、雨の日に当たれば一頭もいないときもありました。同行避難訓練というより同行避難の啓発活動だと割り切るべき、と考えるようになってゆきました。

 
そんな考えを改めたのが、先日の訓練でした。
お預かりの犬の数(猫はいませんでした)は、なんと約30頭!、これだけでビックリです。連れて来られる飼い主さんたちは、躾や感染症予防の意識を持っている方々ばかり。(同伴避難以前の)同行避難を(確固たるシステムとして)実現するには、ほとんどの方がこれくらいの意識をもたないと実現しないだろうなと感じました。

お預かりするテントでは「受付け」と「犬の管理」が主な作業になります。この日、常時作業に直接関わった人員は、10名くらいだと思います。
気温は低くない日だったので、ヒヤヒヤしたこともありました。ケージには日除けと目隠しのために新聞紙がかけられているものもあり、ケージ内の状態を確認し続けることの難しさを感じました。新聞紙をめくればいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、ケージ同士はくっついています。一つのケージの新聞紙をめくっただけでも大騒ぎになりそうです。そうなったときの犬のストレスを考えると出来ませんでした。

そんなハラハラ・ドキドキもありましたが、大きな問題もなく訓練は終了しました。終わってみれば約30頭をお預かりし、無事に飼い主さんたちにお返しすることが出来たのです。
全ての犬を飼い主さんにお返ししたとき、達成感のようなものを感じました。

 
そこで考えてみました。
これだけの数の犬が集まり、大きな問題もなく犬を預かることができたのは何故だろう。

まず続けたこと。
今回、大きな問題は起こらなかった。初めてお手伝いした人は、「おっ、こんなに簡単に出来るんだな」と思ったかもしれません。
避難訓練会場というざわついた場所で、飼い主さんと離れ離れになり、自分のケージの両隣には見知らぬ犬。預かりスタッフも全く見知らぬ人間ばかり。このような状況で犬の心身の健康を保つだけでも大変なことだ想像できる人は多いと思います。
もう一つ、とても気を遣うのが、ケージへの出し入れ。基本的に飼い主さんにやっていただきますますが、入るを嫌がる犬も多く、先日の時も頑固に(力強く)嫌がる犬や、逃げ出すことを試みた犬もいましたが対応できました。
もちろん、受付け業務もしっかり確実にやらねばなりません。それができなければ、飼い主さんたちは安心して預けることは出来ないし、預けたとしても来年は参加しないでしょう。
そのようなことを考えると、何年も問題なく続けることができたからこそ、約30頭という犬たち参加してくださったのだと思います。つまり、飼い主さんたちが、趣旨を理解・賛同し参加してくださったのだと思います。

 

振り返ってみると。
まず区民の皆様に、同行避難訓練というものをやっているということを知っていただく。そして理解していただき、この訓練に参加しても大丈夫だと感じていただく。
お預かりする側も、段取りを決めるだけでなく、運営する人たちの関係や文字に表せないスキルのようなものを積み重ね、身につけてゆく必要を感じました。
これらのことは、同行避難訓練のお手伝いを始めた頃に、先生方からの答えの通りでした。
 

これから同行避難をはじめようと思ったら。
まず、学ばなければならないことはありますが、それよりも「やろう!」とおもう仲間を探すことが大事だと思います(そうでないと続かないですから)。そこから一般的なことを学んだり、既に訓練を行っている人たちから話をきくことで、末永く続けられる訓練になってゆき、その訓練に参加する(犬や猫を預ける)人が増え、幅広い人に知っていただき、安心して参加できると感じていただくことで、更に参加者が増え、その地域で同行避難の必要性がより認知される結果になるはずです。

(人間だけの)避難訓練も、発災時の状況を感じられる訓練はないと思います。同行避難訓練もそれでいいのだと思うようになりました。大事なことは、幅広い人たちに、それが必要なことであり、特別なことではないと知っていただくことだと理解しました。

大事なこと・必要なことであれば、発災直後であっても、皆で協力して行うことでしょう。
そんなことにやっと気付いた同行避難訓練でした。

| | コメント (0)

2016年9月17日 (土)

遺伝

とっても後書きの記事です。書いているのは、2017年に入ってから。今年(2016)の暮れに、「書いておきたい」思った内容の一つです。

 

2016年9月の14日から16日まで、二泊三日で旅行した。メンバーは。私、母、叔母(母の妹)の三人。母には一人妹がいますが健康上の理由で欠席。

私と母の相性はとても悪い。性格が合わない。お互い、なんでもないことで腹立たしく感じる。なので、19歳で家を出て、その後長い間実家には寄り付かなかった。実家に行くようになったのは、うーにーが来てからだ。
そんな私が二泊三日の旅行に行くことができるようになったのは何故か。それは、うーにー選びから始まる、犬との生活があったから。
 

犬を迎えると決めてからうーにーが来るまでの間、約半年くらいあった。犬については、女房任せでした。はじめのうちは他の犬種も考えたようです。
初めに行ったのはゴールデンのブリーダーのところ。女房は「他の犬種も興味あるんだけど~」というと、「じゃ、この人あたりどうかな」とその犬種のブリーダーを紹介してくれる。
元々ゴールデンを候補としていたし、他の犬種の話を聞けば聞くほど、私たちの生活にはゴールデンがあっていると感じた。私たちだけではなく、東京で少しの運動が出来る環境があれば、ゴールデンが最適な大型犬だと今でもおもっている。
他の犬種を検討し、色々と話を聞くことが出来たし、それらの犬種に触れることも出来た結果ですが、もしかしたら、うーにーのブリーダーは、はじめから私たちはゴールデンを選ぶだろうと確信をもっていたのでは、と後から考えたものです。

他犬種のことも含めて色々と私たちの考えを聞いていただき、色々教えていただいた。
話をしているリビングからはラン(犬を放している運動場)が見える。ランは幾つかに仕切られている。だいたい2~3頭毎の犬が一つのランに入っている。10頭ほどのゴールデンがいました。年齢もまちまちだし性格も違うので、より快適に過ごしてもらうためにそうするのだそうだ。
「犬もそんなに性格が違うのか?」と思ったものですが、何回も通っている内にそれが分かってくる。随分と違うものだなと分かってくると、動きの違いも分かるようになる。動きにも個性がある。形についてもよく分かるようになる。はじめの内は「なんとなく」だったのが、具体的に幾つもの部分について分かるようになってくる。ブリーダーも教えてくれる。

そして、「遺伝」というものに気が付く。

やはり親子は似ている。性格や動き、形の「部分」の数を多く認識できるようになると、母親に似ている部分と父親に似ている部分があることに気が付く。これが遺伝で、これらがどのように遺伝するのかを経験的に勉強して繁殖するのが最低限のブリーダーの知識というものだろう。なので、一日のほとんどをケージで暮らさせるような繁殖業者の人を、私はブリーダーとは呼ばない。

ブリーダーは犬の一生を考える。犬の一生に責任を持つと考えているから。長年そのような姿勢でいれば、何かと予想できるようになるようです。勘と言えばいいでしょうか。それが知識になる。
犬の一生は飼い主で大きく左右されるから、譲る相手も慎重に選らぶ。選んだら必要に応じて(我が家がしていただいたように)何かと教える。時には飼い主から学ぶこともある。このときの姿勢も謙虚だ。全ては犬のため。

このような人たちがブリーダーだと考えているので、犬を譲った後に飼い主と交流しない人を私はブリーダーと呼ばない。少なくとも、病歴やいつどのように命を全うしたのかの報告をしてもらえるくらいの関係を持てない人をブリーダーとは呼ばない。

こんな考えに至ると、遺伝とは、そこにいる犬だけを語るものではなく、その犬が産まれてから天寿を全うするまで関わることだと理解できるようになる。

 

そのようなことが理解できるようになったとき、自分と母との関係を客観的に考えることができるようになった。
子供の頃、母を見ていて好きになれない言動があった。好きではないので自分はそのようなことはしないようにした。しかし、よく考えてみたら、私の素の部分ではそのような感性があり、それを抑えている。つまり、素の部分は母譲り、それを嫌い抑える部分はたぶん父譲り。そういうことなのだと思う。
私が、産まれ、育ち、その後の経験で変わってゆくことを客観的に考えることが出来るようになったのは、うーにーを通じてブリーダーとのやり取りがあったからだった。

うーにーが来てから少しずつ実家に行くようになった。母への対応も少しずつ変えてゆくことが出来た。そして、自分の中の変えられない素の部分を認めることも出来るようになった。それが(人間も含めた生きもの全てが)繁殖により次の命へと繋ぎ、その命は経験により変化してゆき、それには葛藤がつきものであると気づいた。

 

2016年9月の旅行はそれなりに面白かった。三人互いの素の部分を認め、滅茶苦茶とも言える言動の連続。それを丸く納める訳でもなく、ぶつかり合うでもなく過ごすことが出来、面白かったと言えるものになった。
我慢をしなかったかと聞かれれば「した」。我慢なしには得られるものは限られている。

このような自分になれのは、ブリーダーを通じて多くのことを学び、多くの人に会えたことが大きいだろう。

遺伝。それがあるからこその多様性と淘汰的方向性がある。個々がそれを持ち、世の中はそれらがパズルのように組み合わさる。パズルと違うのは綺麗に嵌らないこと。ボタンの掛け違いは常。それが世の中なのだろう。

私が子供の頃には、三世代同居の家も珍しくなかった。そのような家が当たり前で、地域の繋がりが密であれば、つまり、人間の遺伝と血統を目の当たりに見ていれば、日常の暮らしの中でこのようなことに気が付くのだろう。都市部の今の世の中では、そのような状況はなく、気付かず過ごしている人は多いことだろう。
うーにーを通じて、はじめて気が付いたことは気恥ずかしさも覚えるが、気付くことが出来て何よりだった。

遺伝。生きるもの全ての根源。
たまには、そのような視点で自分を考えたいものです。

2017.1.20

| | コメント (0)

2016年5月13日 (金)

おばま札 配布所(その1)

2016年3月20日に東金で行われたこちらのイベント用に「御破魔札」なるものを作った。

「おばま」という奇妙な名前で、行動も奇妙な猫が我が家に居る限り、福島に残された動物たちのこを忘れる日は一日もない。

そんな気持ちを少しでも世の中に広げることが出来たら、と考えてこの札を作りました。
ボランティアをして欲しいとか、寄付をして欲しいとか、何か行動を起こして欲しいということではない。ただたまに思い出して、考えて、話題して欲しいだけ。

20160320card_2

日常生活で、話もしないことが起こったとき(それが身近であっても、遠い地で起こったことでも)、誰でも戸惑うだろう。話していても戸惑うだろう。
その戸惑いを少しでも減らしていただけたらと願い、こんな札を作りました。

作っても配る機会がなければ仕方ありません。どうしたものかと思っていたら、祖師谷大蔵にある Gallery Pawpad さんで置いてくださるというので、置いていただいている。今後もこんなお店が増えたらな、と密かに願っています。(なので、タイトルの最後が(その1)。(その2、3、、、)と続くことを祈っています。)

冒頭のイベントが開催された後、一束置かせていただいたのですが、もうすぐなくなるとのことで、今日、補充に行ってきました。

今日は、にゃん吉展がやっていました。明日までです!

20160513a    20160513b

| | コメント (0)

2016年5月 3日 (火)

避難所に行くと、ペットと別れなければいけないの?

熊本・大分の地震で、ペットと避難することの問題を一般のニュースでも取り上げられるようになった。しかし、記者さんの勉強不足が、混乱を招く記事もあるらしい。

幾つかのニュースや個人の書き込みが問題になりましたが、私がRTした後、削除したものが以下です。

「ペット同行避難断られた」相談600件 場所、人手なお不足 被災地の熊本
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160427-00010005-nishinp-soci

書いた方には申し訳ないが(記事自体削除されちゃうかな)、Yahooのような多くの人がみるところで、同行避難を断られた、と書くのならば慎重に書かなければならないことを知るべきです。国は、しっかりと同行避難を推奨し、各都道府県にそのように指示している。つまり、この記事は熊本県の施策を批判することになる。その重みを自覚すべきである。

(まだ残っているなら)この記事をよく読んでほしい。まず、タイトルは、熊本県ダメじゃないか!、と言いたくなるように誘導していると言われても仕方がないのですが、どこに600件寄せられたのか等、記事をよく読んでほしい。
この記事は、幾つかの小さな記事を繋ぎ合わせています。色々な場所のことが一つの場所(全部熊本県と言えばそうですが、被災状況とか違う場所だとおもいます)で起こっているように、読めてもしまう記事でもあります。
私の感想では、「記者さんも混乱していて、書かなくては!という使命感みたいなものに駆られたのかな」と思ったりしました。

とにかく、600件の「断られた」(600件はたぶん「延べ」なんだと思う)が、その団体が受け付けただけで、あったことは確かなことなのだろう。今も避難所に行きたくても、行けない人がいることも事実のようだ。ただし、日頃のしつけをしていないので、入れないことを理解して入らない人も多いと聞く。
今のことを考えねばならない時期ですが、そのような人たちは、今後考えてくれるし、その中の何人かは、きっと語り部にねってくれることを願っています。

実際に、一緒に避難している人たちをレポートしているFBコミュニティーもあります。
https://www.facebook.com/hugthebrokenhearts/

地元の人だからこそ、話を聞きやすいということもあると思います。とにかく、犬や猫たちと避難している人たちは珍しくなく、避難所に入れてもらった人たちが結構いることが分かります。中には、一緒に入れてもらったけど鳴いてしまったので、周りの人に申し訳なくおもって車中泊になっています、という方もいらっしゃいますが、「入れてもらった」事実があることを忘れてはならない。

 

さて、東日本の時、更に前では中越のときはどうだったか。色々なことがありましたが、同じように情報が「どっちなの?」というが幾つかありました。その中で、同行避難に関すること。

先に書いた、国が同行避難を勧めるようになったのは、結構昔なのですが、(行政はそれなりにやろうとしてきましたが)一般市民の協力が得られず、有名無実的になっていました。しかし中越が起こり、「やっぱりならねば!」と改めて力を入れた行政はありましたが、このときもイマイチ。そして、東日本が起きてしまいます。とても特殊な災害として、原子力発電所のメルトダウンという人類史上としても珍しく、かつ、非常に危険ではあるけれど理解しにくい災害が起こりました。住民にしてみれば、「ちょっと逃げてください」と言われ、「ちょっとね」と思ったら、二度と帰れないという事態になり、残された多くの動物たちがどうなったのか、ここでは敢えて書きませんが、知らない方も想像はつくと思います。(そんな中の生き残りが、おばまです。)

そんなこともあり、災害時に身近な動物をどうするかという議論が、今まで以上にされる機会となりました。
では、避難所ではどうだったのでしょうか。津波や東京電力・福島原子力発電所の事故で避難した人たちの多くは、地元での避難が許されませんでした。日本各地に避難所が出来ました。

色々なところの色々な話が耳に入ってきましたが、当然、この東京や神奈川の話も入ってきます。ある避難所で、「あそこって実は犬や猫、いるんだよ~」と聞いて、「そうなんだよな、公表できないんだよな~」と当時思ったものでした。
そんな避難所があるかと思えば、やはりNGの避難所あり、マスコミで「なんでこの避難所は入れてくれないの!」と力強く書いている記事がありました。「まぁ、仕方ないじゃん」と思いながら読み始めると、「実は、いるんだよ~」の避難所でした。
流石に、初めてそのようなケースを知ったときは驚きましたが、続けて同じようなケースが3つくらいあり、東京など被災地でない場所に作られた避難所でも情報が混乱することがあると実感したものでした。

東日本のとき、マスコミでも被災地では、同行避難(避難所内の、人間とは別の場所に置いてもらう。多くの場合、どうにか雨露しのげる程度の場所で、風が吹けば雨が吹き込むような場所であることもある)もままならないようなことが書かれたりした。実際、受け入れてくれるところは多くななかったですが、全くなかった訳でもなければ、置いてもらった全ての避難所が険悪なムードになった訳でもない。譲り合いの精神で、「じゃ、こうしましょう」となったことろは少なからずあったそうです。
しかし、先の例と同様に公表したがらない。日本人の「みんながやっていないだろうことは、公表したがらない」ということもあったのかもしれませんが、避難所は借り物なので、所有者(管理者?)への配慮もあった。犬猫入れてと分かったら、後から騒ぎになるのを嫌うという感じだ。

私は、一年以上前から、「避難所で問題視されているアレルギーの問題は近い内に、言われないようになる」と口にしているのを聞いた人はいると思う。2月の勉強会でもAAEの方からもそうなるだろうと説明したし、他の情報からも確信していた。その他、何箇所かでお話しさせていただいた。

しかし今まで(いや、実は今もだ)、教室に犬や猫を入れて、災害が落ち着いた後、教室として再び使い始めたときに、アレルギーの子供は困るじゃないか!、とまことしやかに言われています。このようなこともあり、犬や猫を入れたと公表するのを躊躇うのだと思います。
その結果、情報が混乱する。

東京に出来た避難所のことも、東京に住んでいる人間でも正確な情報が入らない。入らない原因は、避難所のことを考えての判断であったりする。

このようなことが、災害時の情報では多々あります。
なので私たちは、被災者の求めに応じるだけにすべきなのです。あとはせめて、上手く援助の手が差し伸べられることを祈る。この程度になります。

さて、話を戻す。冒頭の以下の記事に私がなんとコメントしたか。

「ペット同行避難断られた」相談600件 場所、人手なお不足 被災地の熊本
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160427-00010005-nishinp-soci

@akihisayuge 避難所側の情報がまとまっていて、ボランティア団体側の情報も客観的に提示出来れば、きっと上手くいくと思うのですがもう少しですね。

以上のようなコメントをした。それだけ。

物資の話で「ここではこれが欲しい」ということがある。余計なものは持ってこないで、ということもある。

それと同じで、避難所にペットがいる場合に必要になる物資やサービスというものがありますが、現状、それを上手にまとめられていないのではないかと心配している。避難所がそれを上手くまとめ広く求めることが出来、ボランティア側も「私、これが出来ます」とか、「その物資なら提供できる」と情報を広く提供でき、それらのマッチングも出来れば(今回は、入れることを公表した避難所が多いのですから)、多くの飼い主とそのペットが安らげる時間を得ることが出来るだろう。

皆さんに知っておいていただきたいことは、大規模災害が起こった直後は、何処で何が起こっているか、はっきり分からないことを知っておいてほしい。何か力になりたいと焦る気持ちは分かりますが、冷静に判断してほしい。静観し、被害者の方々からの声を待ってほしい。「・・・のようだ」や「この援助が必要なはずだ!」の声は控えてほしい。被災者からの声が聞こえ易いように、協力することも必要ではないでしょうか。

 

最後に。
タイトルが、このブログの内容とドンピシャではないので、ちょっと違う話を。

東日本の後、半年くらいで、東京都内にも被災した犬や猫を預かるシェルターが出来て、私もボランティアしていました。そこに来る人たちの多くは、犬や猫と共に暮らしている。
当時、東京電力・福島原子力発電所の事故後のことが話題になることがあった。自分だったらどんなに辛いだろうかと皆さん、口にした。私は、「離れ離れになれば辛いですよね。だったら、絶対に離れない!、と言い続け、行動すればいいじゃないかな」と説明した。
今の法律と付随の文書では、大規模災害あっても犬や猫はきちんと管理し、放浪動物にならないようにしましょうね、とありますが、当時はまだ出来ていませんでした。しかし、その方向性はあったし、アメリカではそのような法理が出来て5年くらいが経っていたというこもありました。
実際、東日本の時も一緒に逃げた人の話しを幾つも聴いた。やはり出来るのだ。その話を聞く前であっても、犬や猫を置いて避難する指示が出たことを想像してみれば、「一緒でなければ絶対に避難しません!」と言い切るだろう。自分の友人知人たちは、どんな苦境でも連れて行くか、信頼できる人に託しています。その感覚に慣れてしまっているのかもしれませんが、とにかく私にとっては、残してゆくことはあり得ないのです。

「絶対に離れないと言い切れば、いいじゃないですか」と言うと、多くの人は驚いていました。「でも、バスには乗せられないと言われたんですよね」とか返事が返ってきます。でも実はバスに乗せてもらえた犬もいるらしいです。

いい加減な気持ちでは許されないかもしれませんが、しっかり責任を持つ気持ちが伝われば許していただける可能性も高いです。そのためには、日常のしつけも大事でしょう。とても広い目で自分と自分のペットを見ることが出来ないと、「そんな我が儘許せない!」と言われるでしょう。人間だけだって大変な時です。大規模災害直後は特にそのような雰囲気になるものです。その雰囲気の中でも「私は絶対に離れない!」と言い切るには、日常、何が大切か、今、このとき、よく考えていただきたい。

現在は、国が同行避難を推奨しています。それは大きな後押しになります。しかし誤解しないで欲しいのは、避難所運営は、基本的にそこの人たちで行うものです。自治するものです。役所の人たち全て管理するものではありません。いくら国がすすめていても、避難所の人たちがダメと決めたらダメになります。
なので、尚更、平時からしつけを考えたり、近所付き合いや飼い主同士の付き合いを考えたりする必要があります。ご存知ない方が多いかもしれませんが、そのようなことが書かれたマニュアルや啓発印刷物は既にあります。もしかしたら、あなたの地元行政が出しているかもしれません。

こんなに長いブログを読んでいるあなたは、ネットから多くの情報を得たり、友達を作ったりしていると思いますが、地元の人とのリアルな付き合いについて見直すことが、大規模災害時に離れ離れになるリスクを下げることになるのです。
ネットの幅広い情報も必要ですが、地元のプライベートな人間関係の充実も日々の暮らしを含めて、充実させてくれるというものです。災害時に「私は絶対離れない!」と主張したときに、力になってくれるでしょう。

 

同行避難とか同伴避難とか、システム的なことを語るのも大事だと思います。最近は、そのようなことを語る人が増えたので私は控えますが、そのようなことと同時に、人としてどのような信念をもち、大規模災害時にどのように行動すべきか、平時から心に決めておくことも大事です。

実際に被災した人や、そのような人たちを支援してきた人たちは、被災時に絶対に必要なものは、毛布よりも食べ物よりも、将来を見据える力だといいます。信念とか希望といえばいいでしょうか。自分は絶対に生き続ける、そしてまた日常を取り戻すんだと心に誓うことだといいます。強い気持ちがあれば謙虚にもなれる。被災者としての生活も踏ん張ることが出来る。明日を見る目があれば、現実的な希望も見いだせる。
それさえあれば、行政がどうだとかは大きな問題ではないと感じることができるようになるといいます。避難所で同行避難も許されないのならと、各自考えて行動している人たちがいます。確かに楽な生活ではありませんが、将来を見据えたときに、そうする必要があると自分がはっきり言えるのであれば、決して辛いだけの時間ではなくなるでしょう。

これは、今、被災していない人たちに読んで欲しい内容です。
世の中のシステムのことを考えたり、それを変えることを訴えることも重要です。それと同時に、自分がどう生きたいのか。共に暮らす動物たちをどこまで自分が守ってあげることができるのか。その覚悟があるのか。そのようなことを自問自答したり、自分の力を再確認したりする必要もあるのではないでしょうか。

自分と共に暮らしている者との絆の価値がどれだけのものなのか、常に再確認することが、最も大切なことなのではないでしょうか。万が一、共に暮らせない日が来るとしても、はっきりと繋がりを感じることが出来る関係になりたいものです。お互いの幸せを心から願うことが出来る関係になりたいものです。

そのような自覚を持てたとき、遠い地で起こっている大規模災害に対して、自分が何をするべきか、何をしない方がいいのか、見えてくるはずでです。

 

遠い九州の地に暮らす人間を含む全ての命にとって、あの日以前の日常に近い日々がやってくることを心から祈っています。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧