2020年1月27日 (月)

新型コロナウイルスと日本のペット

中国、武漢市の華南海鮮市場という市場から新型コロナウイルスの感染が広まり、その感染力や毒性の強さが確認され、世界中が注目している。このウィルスに感染し、亡くなられた方の数は(2020.01.27正午現在、ネットのニュースで確認する限り)80人となっている。病院に隔離されている人も多いらしい。

一昨日だったとおもう。ネットのニュースでこの市場からの中継を見た。こちらの市場は野生動物の肉を扱っている、と伝え、その動物名が書かれた表のようなものが映され、その周りに動物の絵が描かれていた。左側真ん中辺りに、どう見ても「犬」にしか見えない絵があった。このことについて、レポーターは触れなかった。

その後、犬に噛まれた人が、このウィルスに感染していたというニュースも見た。
速報的なニュースだったので充分な検証が行われていないとおもいますが、犬に噛まれて感染するのであれば(狂犬病のように「発症したら必ず命を落とす」ほどではないにしても、死亡に至るケースが少なからずあることと感染拡大の勢いを考えれば)日本に於いても人畜共通伝染病として飼い主を含め対策を講じなければならない状況になるかもしれない。

ここから先、書きたいことは山ほどありますが、色々書いても(長くて・笑?)読んでいただけないとおもうので、一つだけ。

「公衆衛生」という言葉の意味を今一度確認し、飼い主さん、そして共に暮らしているペットが社会の一員である、家族あると考えるのであれば(新型コロナウイルスの対応に限らず)公衆衛生の視点から、どのような考えを持つべきなのか整理しておいた方が良いのではないか、とおもったりもしました。

公衆衛生に対して個体の健康も考えなければなりませんが、そのことについては多くの人が書いているし、各飼い主さんも真剣に考えていることとおもいますので触れません。
公衆衛生については、あまりに軽んじられているのではないか、と感じているので、敢えて書きました。

どちらも大事。難しですね。

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2019年10月 3日 (木)

とても驚いたこと(後書きブログ)

何度も書き直してぐちゃぐちゃになってきたのでもうアップちしゃいます(苦)
「長くて読み難いものなんてアップするな!」と言われてしまいそうですが、この書込みは万人向けではありません。身近な動物たちとの環境を総合的に把握できる若い人が出てくることを祈ってアップしておきます。

 

ゴールデン・ウィーク辺りに色々とあり、その頃のことを後書きブログとして幾つか書いた。
今回の内容はその時のものではない。今年のことでもなければ昨年でもない。一昨年かもしれないし、もっと前かもしれない。
そんな昔のことを今更なぜ書くのか?、私にとって、それはあまりにショッキングな内容だったから。これから書くことを理解できる人は、誰が何を言ったか気になって仕方がなくなるとおもいますが、それが誰なのか特定しないで欲しいから。したところで大勢は変わりませんし、良い方向に向かうことはありませんから。

読んで(「なんとなく」でいいので)分かってほしいのは、動物愛護とか動物福祉と呼ばれる範囲は幅も広く、各分野の奥行きも深いということ。
それと繁殖業つまり繁殖のプロとはどのような仕事で、素人繁殖とは何が違うべきなのかを、各自「考えて」ほしい。これは「分かって」ほしいではありません。何故なら、繁殖するにあたり、何を考慮したらどれくらい違いが現れるのかを、ここで細かく書いても理解されないから。書いたくらいで理解されるのであれば、誰かが書いて(日本に限らない)繁殖業への誤解はなくなっているはずだから。
(本当の意味での)ブリーダーと呼ばれている人たちが、繁殖に、そして生まれ来た犬たちにどれだけ心血注いでいるかは、そのような人と付き合わなければ分からないとおもうから。

これから書くことで「繁殖」を行う際に、どれくらいの範囲のことをどれくらいの注意と責任をもつべきなのか(答えが出なくても)「考えて(想像して)」ほしいのです。
考えていただける人が増えれば、安易に純血種を求める人は減るだろうし、経験・実績豊富なレスキュー団体(里親探し団体)から犬や猫を譲り受けることがどれだけ価値があるかも理解していただけるだろうから。

  

■ まず、私が遭遇した吃驚したこと。

とある人たちが「ホビーブリーダー」という言葉について論じていました。何をもってそう呼ぶのかという話もあった。話の流れから、私が抱いていたその言葉のイメージと同じだろうなとおもった。
私は「個人というか家庭でオスとメスを持ってきて繁殖しているような人たちのことだよね。日本のチャンピオンだったりするけどれど、それだけでいい犬が生まれてると思っていたら恐ろしい。でも、いっぱいいるよな。つまり、飼っている環境は良い様に見えるけど、犬の健康をよく考えるという意味での環境は備えていない人たち。備えていないというか、広い意味での健康を理解していない人たち。私はあまりお付き合いしたくない人たちだな」とおもった。不思議なことですが、世の中には、このような繁殖者を「素晴らしいブリーダー」と呼ぶ人たちがいることも事実なのですが、人前で議論していた人たちの中にも「何か誤解しているんじゃない?」と思う人もいて「テーマとして扱うと分かっているのであれば調べてきた?」と思ったのですが、たぶん調べても分からなかったのだと思います。つまりその人の周囲の人には、そのような知識がある人がいなかったのではないか、ということに驚いたのです。

人前で議論をするような人に中には「犬の繁殖の現場について、こんなにも知らない人がいるのか。この人がこの程度のことしか話が出来ないということは、この人の周辺の人も同程度の知識しかないのか。そのような現状で人前で論じるのか?」と吃驚でもあり、悲しくもなりました。
 

■シリアスホビーブリーダー
言葉遊びは嫌いですが、繁殖者のタイプには幾つかタイプがあるということを知ってほしいので、書かせていただきます。

ホビーブリーダーに似た言葉で、シリアスホビーブリーダーという言葉がある。
私はこちらの人たちとは積極的に付き合いたい。しかし世の中には「ショーとかやっている人たちでしょ?」と一瞥する人さえいる。その通り、世界基準で犬の健康を見極める場に出ている人たち。

「ショーってインチキいっぱいなんでしょ?」という人がいます。「そうですけど」と私は笑顔で答える。「そんなインチキくらいすぐに見破ることが出来なくて、犬の健康が分かるんですか?」と続ける場合もありますが、相手によっては口には出さないこともあります。

 

この文章を書いていて具体的なことを書いては消した。(とても残念ことですが)書いたところでほとんどの人には理解されないだろうから。
消し過ぎて意味が通じないかもしれない。それでも書くのは、広い意味での「犬の健康」への理解が広まれば「犬や猫を気軽に迎える人は減るだろう」から。そして「気軽に捨てる人はいなくなるだろう」から。

 

プロの繁殖家がどれだけのことを考え実行しているかを知れば、また、ほとんど何も考えず(衛生環境くらいはよくしておいて)繁殖することの恐ろしさを知れば、それがショップであろうとブリーダーと呼ばれる人であろうと、どんなところからでも仔犬を入手することには慎重になるはずです。
そして(先にも書きました)歴史と経験のあるレスキュー団体(里親探し団体)が如何に価値があるか、気づくことになるでしょう。

では、どんな理解が進めばいいのか書こうとおもいます。
 

それを書く前に、驚いただけで知らないことを非難・批判するつもりはないことを書いておきます。
繁殖することを批判する人たちは、悲惨な問題の直近の解決に尽力してくださっている人たちなので、「とにかくもう繁殖しないで!」という気持ちになることは理解できます。とにかく凄い犬猫余り状態なのです。なのでそのような人たちが理解する暇もないということは理解しています。

そのような人たちが(時間的に難しいとおもいますが)理解してくだされば、全体的な話の進み方もよくなるだろうという気もちもありますが、何より私が理解してほしいと願う人たちは、一般の飼い主さんたち。犬や猫を飼っている多くの人たち。これから迎えようとする人たち。今でなくても、いつか迎える人たちです。

 

やっと本題。

■プロの繁殖者ってどんな人?

繁殖者のプロに求められるものって、なんだろう。いや、もう一歩手前から考えてみましょう。
「その仕事で「プロ」と呼ばれる人たちって、どんな人?」と問いを変えてみます。

素人でも知っているコトは当然知っていて、更に知識があり、技術的に普通の人が出来ないことを確実に行う人。
料理人は料理のレシピを知っている。普通の人が知らない知識や普通の人が出来ない技術もある。普通の人が作る段取りとは違う場合もある。
それは、お客さんがやってきて、数分の内にある程度のレベルのものを確実に出さなければならないから。
お店で「いつも通りに作れなかった」とか「失敗して作り直し」は論外ですですよね(年に1~2回ならいいかな)。
それともう一つ。接客といかお客様対応。お客様に商品を理解してもらうこと。
「ラーメン」だけの看板を出していて、激辛ラーメンしかないお店だったら、お客さんの中にはメニューを見て店を出る人もいますよね。
自分が何を提供するかを出来るだけ伝える、そして心地よく利用していただく。このようなこともプロの仕事に含まれると、私は考えています。

では、繁殖者に求められるものってなんだろう。
健康な雌雄を持ってきて子供を産ませること?

これ、誰でもできますよね。プロと呼べるでしょうか?
プロ用の道具を揃えて、仕込みの仕方を教えてもらって、それで飲食店が開業できるでしょうか?、ファストフードのように、誰でも間違いないような仕込みがしてあり、マニュアル通りに作る技術があれば、どうにかなるでしょう。
それを個人のお店がやって、続くと思いますか。まず初期コストが膨大になり、回収までに時間がかかり、個人経営では続けるのは難しいとおもいます。
そのようなお店が出来たとしても、たぶんチェーン店に行った方が、無難に美味しいものが出てくるし、お店もゆったりしているでしょう。お客側の「そのお店に行くメリット」は何でしょうか。出てくるものが同じなら、店内の環境が良かったり駐車場があるお店に行ってしまいます。

「そのお店にしかない雰囲気やサービス」がなければ、たぶんお店として続かないはずです。そしてもし続くことが出来たら、つまり「行く価値のあるお店」と多くの人に認められたなら、それはプロと呼んでもいいとおもいます。
でも(お客側の勝手な高望みですが)「材料に拘って、全体的にも作り立てで、店内も気持ちよく、給仕・接客も心地よい」を私は望みます。
全てに(拘るというか)細心の注意と向上心をもって仕事に向き合ってほしいとおもいます。それは誰もが出来ることではなく、心からその仕事が好きだから苦労も厭わず続けることが出来、その積み重ねで、経験も知識も豊富になり、それが料理に現れるのだと思っています。

私は以上のように考えます。ではもう一度。
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では、繁殖者に求められるものってなんだろう。
健康な雌雄を持ってきて子供を産ませること?
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これだけでプロと呼ぶのはおかしいのでは?、と私は思います。
飲食業で例えるなら、それなり道具を揃えているだけではないでしょうか。

「いや飼育環境が問題なんだ!、ハード面ではなく、ソフト面だよ」と言い出す人がいるかもしれません。
それは、繁殖者だけに言うべきことなのでしょうか。繁殖ではなく飼育する人、全てに求めるべきものであり、繁殖を語る以前の問題なのではと、私は考えています。

(余談になりますが、、、あくまで余談です)
現在、そのようなことを第一種動物取扱業者(大まかに説明すると、第一種は商売で動物を扱っている人たち、第二種はボランティア団体など)に酷い飼育環境にしないでもらうことを強く求める動きがありますが、なんで第一種(商売の人たち)だけなんだろう?、と私は不思議でなりません。
第二種(ボランティアなど)だって、一般飼い主にだって求めるべきなのでは?、とおもっています。
平成30年度の東京都の審議会で私の考えと同様の意見が出てくれたのは、とれも嬉しかったです。近い将来、法律かその手前の文書にこれらが記載されることを祈るばかりです。
(余談ここまで)

 

では、プロの繁殖者に求めるものは何か?
まず「健康である子を産ませる」こと。
たぶん「はぁ?」とおもう人も多いとおもう。しかし「健康」には色々な意味が含まれています。

「犬や猫って、みんな健康に産まれてくるんでしょ?」と思う人も多いとおもいます。
犬や猫のお産の手助けをしてきた人たちから話を聞くと、呼吸が停止して生まれてきたり、犬種によっては難産が当たり前のこともある。
こういうこともよく分からず、何気なく繁殖を続けてる人もいると聞きます(これはすぐに気づくとおもいますが)。

人間を含め動物にも植物にも遺伝というものがあります。
この20数年で遺伝性疾患という言葉を知る人も増えました。それらの中で幾つかは(遺伝子検査の技術の発展で)検査もし易くなったこともあり、情報が広まりました。しかしそれは遺伝の中のごく一部の話です。
難産かどうかも遺伝が関わっていることがあります。難産と肥満が関係することもありますが、肥満も遺伝が関わることもあります。命ある者の行動の全てに、遺伝が関わっている可能性があると言っても過言ではありません。
とにかく遺伝というものがあり、膨大な情報が受け継がれる。そこのことを何気なく知っている方は多いとおもいます。

 

■犬を選ぶ

犬は長い歴史の中で、人間により選択繁殖されてきました。人間に都合の良い遺伝子を持った犬を積極的に繁殖してきました。その結果「犬を選ぶ」ということが出来るようになっています。

現在、日本では「犬種が決まれば、あとは縁」とか「犬種なんて何でもいいし、雑種でもいい、出会いだ!」などの話は珍しくありません。犬を選らぶことが悪いことのように言う人すらいます。犬余り、猫余りの、今の日本ではそのように感じても不思議はありません。

私は経験上「犬との幸せな時間を求めるのであれば、犬を選ぶべき」と考えています(「不幸な犬や猫を救うこと」が目的であればその必要はないかもしれませんが)。
人間が何を求めるかが決まっていれば、犬種を絞ることができます。犬種の中でもタイプがあります。そのタイプの中でも血統で、より自分の好みの犬を探すことができます。それは、犬との幸せな時間のためです。犬にとっても幸せな時間になってもらうためです。不幸な犬を生まない意味でも理解していただきたいと祈っています。

人間は犬に特徴付けをしてきました。それは遺伝子を偏らせたと言ってもいいとおもいます。その副作用(?)として遺伝性疾患などが現れることもあります。

遺伝により気を付ける(繁殖の長い歴史の中で分かっている)項目数は、繁殖の現場をご存知ない方には驚かれるくらいの数があります。
とても分かり易い(見えて判断し易い)話をすれば「容姿」。容姿を語るには、その基本的な体型が分かっている必要があります。それと比べないと話が噛み合いません。

容姿だけではありません。分かり易く言えば「体」だけではなく「心(脳みそ?、性格?)」についても。
スタンダードという言葉を聞いたことがある人もいるとおもいます。ドッグ・ショーなどでは、そのスタンダードを基準して審査をします。そのスタンダードの中に「習性や性格」などの規定もあります。
しかしそれら(体や心の基準)はとても大まか。ちゃんとその動物に向き合っている繁殖者の話を聞けば、大まかでなければやっていられない現実は分かってきます。書いても理解されないとおもいますが、厳密することによる弊害もある。またチェックポイントは無数と云ってもいいくらいあり、それらは関連していることもあり、厳密にしてしまうと矛盾が出てくることもあります。
されに言えば、健康という意味では、それほど重要ではない事柄で「好み」として幅をもっていい事柄もある。

それらの事柄の「優先順位」も「好み」の問題になる。
とっても大雑把で乱暴な話として「体(形)」と「心(性格)」のどちらを優先するか。(実際問題、これらはある程度関連があることが分かっていますので、話として適当ではありませんが)「あなたは、どちらを優先しますか?」と問われたら、なんと答えますか?

 

「見た目なんていいんだよ。特別性格がいいとかも望まないけど」と考える人も少なくないとおもいます。私も昔はそう思っていました。
しかしまともな繁殖者(私がブリーダーと呼ぶ人たち)と話を重ねる毎に、考えが変わりました。

繁殖のプロと呼んでいい人たちが常に考えていることは、自分が繁殖した子たちが一生幸せに過ごすことです。なので、直接飼い主に譲ることを基本とします。そして譲るときに「どうしても手放すときは連絡して」といいます。引き取る覚悟があるのです。
彼らは繁殖した動物たちが幸せかどうか気になって仕方がありません。なので、飼い主たちと付き合い続けます。現実は、全ての飼い主さんがそれに応えてくれません。いつの間にかお付き合いがなくなる人も出てきます。なので尚更出来るだけ付き合おうとします。

その結果、自分が繁殖した動物の一生がどうだったのか、を知ることになります。同業者同士、そのような話の情報交換をすることもあります。結果として膨大なデータ・ベースのようなものになります。
そのようなことから分かっている分かり易い例として、高齢になったときにどのような病気が出易いか。
獣医療が発達した現在「原因は分からないけど死んじゃった。それなりの歳だったので寿命だよ」の時代ではありません。何かしらの病気で亡くなるか、病気といえなくても「腎臓が弱わっちゃってね」などある程度のことが分かるものです。そのようなことの傾向も分かってきます。
自分が繁殖した動物が、どのような最期を迎えるかを知り、次に繋げるのです。
最期なんて縁起でもない話をしましたが、分かり易い事柄だと考え例に出しました。

最も気になることは「その家庭に喜んで受け入れられるか」「馴染むことが出来るか」だとおもいます。それが出来れば、最期も穏やかに迎えることができるでしょう。思い出の中でも、幸せに暮らすことが出来るでしょう。

このようなことをことを語るときに「見た目」が如何に意味あることか、私は知ることになりました。
「見た目がそんなに重要なのか。そんなヤツに犬や猫を飼う資格ない」と言いたくなる人もいると思いますが、見た目(仕草などを含む)が気に入るか否かで、その犬や猫の幸せが変わることを、多くの話を聞き実感しました。また、私が犬と暮らした時間の中で、それを強く感じたことは何度もありました。

簡単な例でいれば「しつけ」です。人間と上手くコミュニケーションが取れるようになれば表情が変わります。人間から見て穏やかにに感じ、共に過ごす時間に安らぎを覚えたり、共に感情を共有しあえたりしてきます。
「しつけ」し易さ(人間とのコミュニケーションの取り易さ)も遺伝に依るところが大きいです。

 

■作り話

ここまで「プロの繁殖はとは?」と「遺伝」がテーマになっているので、少々長い「作り話」を書きます。

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ある人が純血種の犬を迎えようと考えました。ある程度勉強はしました。どんな犬種かくらいは分かっていました(本人として周囲の人に比べればとても勉強して、その犬種のことを熟知していると思っているレベル。本やインターネットで一所懸命調べたレベル)。なのである程度のブリーダーと呼ばれる人たちの所をまわりました。犬を迎えるにあたって出せる経費は、全部で(ショー通いやブリーダー巡りの交通費なども含めて)100万円くらいと決めていました。もちろん、仔犬のための食器やサークル、その他犬具、車に乗せるためにも揃えるものがあるのに気が付きます。家の中にも造作が必要だなと思ったりします。すると、犬そのものの対価としては30万円くらいしか使えなくなってしまいました。
自分が欲しいレベルの犬を手に入れられる金額ではありません。ショー会場やブリーダーさんのことろで多くの犬に接し(「接する」ことが大事です。何故なら日々接することになるからです。)「自分と相性がよければ、見た目は二の次でいいな」とおもうようになりました。

この人の犬探しが熱心なことは、その犬種関係の人たちの中でちょっとした話題になりました。

(話の続きの前に、余談)
犬に「接する」ことが大事ですが、できれば何度か同じ犬に接してほしい。それは子犬よりも、繁殖に使われる雄犬・雌犬たちにです。
今まで書いてきたように「体(見た目)」も「心(性格)」も遺伝します。また、繁殖に使う犬(繁殖に使うといことは、素敵な犬たちであり、素敵な状態であると繁殖者がおもっているだろう犬)の飼い主である繁殖者にその犬たちの世話の仕方、付き合い方を学ぶ上ことで「この子は、こうだから、こう接している」ということを教わることが出来るのです。これは実際に接しみないと分からないことです。
そこから、各犬の違いが分かるようになってゆきます。違いが分かることで「健康」に敏感になってゆきます。比べることが出来るようになるからです。
その「違い」が分かるためにも、ショー会場などでも多くの犬を見て、接してほしいのです。その経験を通して、多くの犬好きと知り合い、話を聞いてほしいものです。
(余談終わり)

 

話の続き。

その人が通っているブリーダーさんのところで、ショーでいうところのスタンダードから少々外れた犬が産まれたとします。普通の人がちょっと見ただけでは分からないようなことです。しかしその犬種に詳しい人なら「まぁ、ときどき出るよね、こういう犬、ショーには出せないね」という感じのことです。

「見た目」の中の「健康」には何ら問題はありません。「見た目」の「外見」だけの話です。
例えば毛の色の出方です。遺伝性疾患と関連することもありますが、今回の「例え話」では関連しないことが歴史的に分かっていることだと思ってください(余談で説明します)。

(余談)
「見た目」と「健康」について。
犬が健康かどうか、何で判断しましょうか。血液検査や尿検査、レントゲン、DNA検査?、最終判断ならする人もいるかもしれませんが、ショーを見に行ったり、ブリーダーさん巡りをしている段階では、見せていただく犬の、そのような情報まで求めなられないですよね。
ドッグショーに通うことで、血統書を調べることや、犬の(動いていないとき、動いているときの)「見た目」から犬の健康をある程度想像できるようになってゆきます。検査をする訳にはいかないし、犬のことに詳しくなれば(遺伝性疾患などのこも知るようになれば)世間で知られている範囲の検査くらいでは不充分だと気が付きます。
骨格に関わる遺伝性疾患の(現在ある)検査に検査に全てパスしたとしても、歩様に「なんか違う」と感じることのある犬はいます。そのような項目がいっぱいあるのです。
結局(現実として)「見た目」で「どうみても健康に見える」を最低条件にすることになります。その目を養うにはやはり、同じ犬種が並ぶショーに行き、同じ犬種と付き合い続けているブリーダーのところに通い、同じ犬種の犬たちと接し続けることが大事なのです。
最終的に「よし、この犬とこの犬の仔犬を譲ってもらうことにしよう!」と思った時に、「この犬たちの仔犬を欲しいのですが、この犬たちはどれくらい遺伝性疾患について考慮されていますか」と聞き、検査の結果などについて教えていただくのがいいと思いますが、ブリーダー通いして話を聞いていれば、既にそのような話が出ているとおもいます。
(余談ここまで)

(余談、もう一つ)
「外見」だけの問題として(先にも書きましたが)分かり易い例は「毛色」の出方です。「模様」と言えばいいでしょうか。犬種紹介ページに載っているような色の出方の犬もいれば、そうでない犬もいます。
ダルメシアンの斑点やビーグルの色の出方などが身近ではないかとおもいますが、毛色の問題は奥が深く単純ではありません。
DNA解析技術が進んだ現在ですが、そのような技術のない時代から「この毛色の子は、こんな疾患をもっている(今後出る)可能性がある」と経験上分かっていました。目や耳の疾患と関わりがあることをご存知の方もいらっしゃるとおもいます。
今回の例え話では、このような歴史的な経験上、この毛色はスタンダードから外れるが、健康には関係「なと」分かっている「外見」だけの問題だとします。
(やっと余談終わり)
 

ブリーダーさんたちは、健康に問題ないけど見た目に問題ありの犬の飼い主探しに苦労します(理由は後述)。勿論自分の手元に置くという選択肢もあります。

勉強をしっかりしたために、お金を使ってしまい、更に必要なものを揃えるためのことを考えているから、犬そのものに支払うお金が限られてしまっている人に、その犬を託してみようかと考えました。代金はもちろん激安です。
その話を本人としました。本人も犬種という言葉を理解していたので、それが軽いことではないことを理解していました。軽くない話を自分にしてくれたことを嬉しくもおもいました。それなりの覚悟が必要なことも理解していました。

多少の毛色の違いですから、その人が夢見てきた「その犬種とのその犬種らしい暮らし」は実現できるはずです。
(出来れば)犬種図鑑に載っているような犬との時間を過ごしたい気持ちもあるし、この犬を迎えれば多少の中傷を受けることも予想出来ました。
しかし、経済的に限られているという現実と、毛色以外は素晴らしい犬であることを理解できていたので、この話を受けることにしました。

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犬が幼いときは日々大忙しです。そしてやっとやってきたその犬種との時間に幸せを実感していました。

性格がいいことも分かっていたし、自分との相性がいいことも分かっていましたので、しつけも順調に進み、誰からみても「いい子」になりました。
そして、色々な所へ出かけるようになりました。
子犬と呼ばれるような時期は、それだけで皆が可愛がってくれました。2歳から4歳くらいはまでは元気な盛りで、一緒に遊ぶのに精いっぱい。それは幸せな時間でした。

6歳を迎え、落ち着き始めた頃、違和感というか罪悪感のようなものを感じるようになりました。

共に過ごした時間の中で問題の「見た目」を指摘されたことはほとんどありませんでしたが、全くなかった訳ではありません。ブリーダーさんのご苦労も理解しているので、ブリーダーさんの名前を明かすこともしませんでした。
自分が何らかの当事者になると、同じような問題に目を向ける結果になることが多々あります。インターネットの(自分とは関係ない)書込みにも犬種という言葉に対する誤解を感じるようになります。
自分は勉強し納得して、この子を迎えました。何度か「見た目」ことを指摘されたことはありますが、きちんとお話しし納得していただけたとおもいますし、自分とこの犬の生活が幸せであることは、その方にも伝わっていたとおもいます。しかし「自分の人生」という限られた時間の中で「無理をしてでも理想を追い求めるべきだったのでは」と思うようになりました。
この子との時間は幸せに満ちていますが、もしより理想を求めていたら、もっと幸せになれたのではないか。私たちだけではなく周囲をももっともっと幸せに出来たのではないか。自分はそのために時間もお金をかけてきたのではないか。
そんな漠然とした違和感というか罪悪感を覚えるようになりました。

それは、この子に対してではありません。自分の生き方についてです。

自分が置かれた立場に落ち着くことが出来ず、一度諦めた夢を追ってみたいとおもうようになりました。
今なら体力もあるし、経済的にも(あの時に比べてれば)余裕があり、どうにかお金の工面もつくかもしれません。
「見た目」に問題ありの犬を連れて、またブリーダー巡りをしてみようかと、おもうようになりました。

そして、はじめに起こした行動は、今の子のブリーダーに相談することでした。

(終わり、、、にします)

 

■何が言いたいの?

さて、私は何が言いたいのでしょうか?
プロは、お客さんの気持ちに応えるのが仕事だと私はおもっています。今まで書いてきたのは「お客さんの気持ち」の一例です。
このようなことに応えるのがプロの繁殖者だと私はおもっています。

犬を迎えることを考えている人(お客さん候補)が訪ねた時に、そこが不潔だったら。犬のための衛生環境だけでなく、お客さんの気持ちにも応えていないことになります。もし犬に対して酷い扱いをしていたら。これもお客さんの気分を害しますよね。
それらを繕っていたとします。しかし犬と接すれば分かります。犬の汚れや人間との接し方などから分かります。
お客さんは「こんな人から犬をもらいたくない」と思うことでしょう。

現在の犬や猫の(ペットショップを通した)販売システムでは、このようなことはありません。繁殖者と飼い主が接することは、まずありません。

何故そうなのか。そうなったのか。それを考えていただきたいです。可能であれば「調べて」ほしいです。もし本当に調べることが出来れば、大きな戸惑いを覚える結果になるでしょう。
マスコミなどでは「悪い業者がいなくなればいい」と主張しているように見えます。そこだけで解決出来るのか?

私は違うとおもいます。
求める人がいる限り、違法行為になっても繁殖し販売する人はいるだろうし、その業界(?)は存在し続けるとおもいます。
現在、他の売買が法律で禁止されているものが違法に販売されているように。

「求める人がいる」限りこの問題はなくならないとおもいます。勿論「求める人」をゼロにすることは無理です。出来るだけ減らすこと、減らし続けることになるはずです。
その活動が始まれば、それは殺処分をゼロにしようと尽力している活動に似ているかもしれません。手を緩めれば元に戻りそうな問題という意味で。

 

■蛇足
既に結論めいたことを書いてしまいましたが、各飼い主さんの意識の移り変わりについて。

(最近ではありませんが)実際聞いた話として(ほとんど人と同じようにほとんど勉強せずに)純血種を気軽に迎え、その後、見た目のことを指摘されてから少し経ったら、その犬の姿が見えなくなった、という話を幾つか聞きました。

(これも最近の話ではなく、昔の話になりますが)ある繁殖者が以下のような話をしてくれました。
昔はね(昔の昔なので凄い昔のことです)、色の出方が悪かったり、その犬種らしくなかったら捻ってたんだよ。そのような犬は手元に置きたいけど、それをネタに「レベルの低い繁殖屋」って裏で中傷されちゃうし、自分はそんなことしないけどペットショップに売ったとして、ペットショップで売れ残ったらどうなるか知っているだろ?、あんなことさせたくない。売れたとしても、捨てられることがあるんだよ。安く売られるから「また買えばいい」って思うのかな。その犬種らしくない点を誰かに言われてイヤになるのかな。とにかく犬は居なくなって、何処にいったか話してくれない。返してくれればいいんだけど、何故かそれはしないんだよね、そういう人は。ショップじゃ返しても受け付けないだろうけど。だから、とってもしたくないけど捻っていたよ。そういう時代だったんだよ。

この「昔の昔なので凄い昔」は、純血種の犬や猫をペットにするのは珍しい時代で、飼われている多くの犬や猫は雑種で、犬は外飼い、猫は家の中と外を自由に行き来するのが当たり前の時代です。今話題の殺処分数は、今の10倍以上。インターネットも普及していないどころか「インターネット」という言葉をしらない人がほとんどの時代。遺伝子に関する学問も未熟で実用的ではないレベルの時代でした。

長くなったついでに書いておきます。
インターネットという言葉を、コンピューターの仕事をしていない人でも、知っている人が出てきたような時代のことです。
当時の日本では以下のように言われることもありました。
「犬は人につく。大人になって落ち着いた後に飼い主が変わることは、犬にとって大きなストレスでとてもかわいそうなこと。なので、そのような年齢になって、その一家が手放さなければならないことになったら、安楽死も選択肢に考えないとね。」

この30年、犬との暮らしに関する情報は膨大になり、感覚・考え方・常識は大きく変わりました。法律の変わりようは、ただただ驚くばかりです。

そのような中、繁殖した動物の幸せを祈り、時間と財産をつぎ込んでいる人たちが昔からいるを知ってほしいです。
彼らが繁殖者として培ってきた知識と経験から、純血種の犬が、どれだけ素晴らしく、どれだけリスクを持っているか、学んでほしいものです。それを知れば「それを知らないが故の不幸な結果」がどれだけ多いか気が付くはずです。

一般の飼い主が、その犬種のメリット、デメリット、特徴(良い可能性も悪い可能性も)くらいを調べて、更に血統(メリット、デメリットの出易さ)くらい考えるくらいになってほしい。
猫のことは詳しくありませんが、やはり遺伝性疾患が問題になっている猫種があるそうです。もう20年以上言われていても、そのことをちょっと猫のことに詳しい人に云っても「なんかそんなこと言っている人たちいるね。でも現在いっぱい飼われているし、普通に売られているから問題ないんでしょ?」と言われることあります。

 

■今の世の中、今までの世の中、これからの世の中

飼い主を失ったり、酷い環境で日々過ごしているペットの問題は、個別に迅速に解決しなければならないのが今の日本です。なので、作り話で書いたような理想を追い求めることは不謹慎と言われてしまうかもしれません。
私は、ある程度の理想を求める人たちが現れ、その人たちの姿を見ることで、幅広い人の意識が変わってくるのだと信じています。うーにーを迎える準備の期間からの25年間でそれを強く感じます。

罰則の強化は必要です。それに尽力されている方たちがいらっしゃり、法律が改正されてきています。
それに対し、日常の犬や猫との暮らしについてより良くしてゆく情報は、ビジネスベースに乗ればしっかりと伝わってきますが、遺伝性疾患などビジネスにはネガティブなことは、あまり伝わりません。
(鬱陶しく、理解されないと思いますが書いておきます。)遺伝性疾患が悪いとはおもっていません。それは完全にゼロには出来ないものですから。常になくす方向への努力が必要です。しかし理解が広がらず「遺伝性疾患があるからダメな犬」と言われることがあります。
その他のことでも、標準に合わないと「ダメ」の烙印を押されることがあります。生き物なのですから千差万別。人間の場合「障碍も個性」と言われる時代になりましたが、犬や猫も、そのような受け止め方が広まることを願っています。

それには、遺伝性疾患や人間との暮らしに不向きな部分を出さないことを心掛けている繁殖者たちが居ることを知るべきです。それが当たり前になるべきです。
深く考えず、調べず、雄と雌を持ってきて繁殖するようなことが当たり前の現在では、遺伝性疾患を発症してしまった犬の繁殖者は非難されて然るべきかもしれません。考慮せずにそうなってしまった犬が、たぶん99%以上でしょうから。

このようなことが分かってくれば、多くの人が、仔犬から迎えるリスク、(純血種でなくても遺伝性疾患やたぶん遺伝が原因だろう問題行動はありますが)純血種であれば尚更リスクがあることを知り、そのような子たちも含めて、幅広い犬たちの世話をし、その後のケアをしてきた、歴史と経験、知識のあるレスキュー(助けて里親探を探す)団体の価値(「偉大さ」と言ってもいいとおもいます)が分かるはずです。

まず識者と呼ばれるよな人たちが、プロの繁殖者が何に気を付け、どれだけのことをしているのかを知り、それを幅広い人たちに知らせることを心から願っています。
その結果、レスキュー団体から犬を引き取ることが、今以上に加速すると信じているからです。

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2019年5月 6日 (月)

目黒寄生虫館

後書きブログです。このブログの日付の日(5月6日)に行きました。目黒寄生虫館のサイトはこちら
いつか書こうとおもっていたのですが、今日(実際の公開日)は虫の日(6月4日)なので、さらさらっと書いてしまいます。

入場料無料です。
しっかりした後ろ盾があるんだろうなと考えるのが普通ですが、こちらは研究者の熱意により長年存続しています。館内にある募金箱に寄付を入れたり、寄生虫グッズを購入することなどで成り立っているようです。
こちらの寄生虫Tシャツ(ページの下の方に幾つか)は獣医さんにプレゼントすると喜ばれることもあるそうです。
どんな人にプレゼントするものか、それとも自分で使うものか分からなかったのが寄生虫封入ストラップ。尋常ならぬ寄生虫への熱意を感じます。

決して大きな館ではありませんが、勉強になることはギュッと詰まって展示されています。
私の記憶に強く残ったことは2つ。

 

■ 生態系 ■

ある環境に新たな種が棲みつくと「生態系が崩れる」と言われますが、人間の目に見やすいサイズの動物だけではなく、寄生虫についても変わってしまう。新たに棲みついた種が新たな寄生虫を定住させ、そこで広まる。
そこから何が起きるかは、私のような趣味で勉強している程度の人間には「とんでもないことが起こる可能性もある」程度しか分かりません。ある程度の説明文はありましたが、この分野はまだまだ詳しく研究されていないのではとおもいました。また、昨今の環境の変化は急激すぎて研究対象とすることが難しいのかもしれません。

逆にこんなことも考えました。
人間が野生動物に優しくなりすぎて、人里近く&人里の中にまで生活圏を広げることで、寄生虫そのものや寄生虫に付随して運ばれる生物により、人間側だけでなく野生動物も害を受けることもあるだろうな、と。

「どんな時でも宿主と一緒」であり、宿主の体内から出てゆくことも多々あることを忘れてはならないとおもいました。

 

■ 顧みられない熱帯病 ■

館内にあった掲示の文言をそのまま書くと
--------------
熱帯・亜熱帯地域の発展途上国では、死亡率の低い慢性の病気が今も蔓延しています。(中略)
それらの病気によって、働けないことによる経済的な損失や外観症状による差別などが生じます。(後略)
--------------

WHOは、”「顧みられない熱帯病」20疾患”なるものを定め、対策を進めています。

「日本人には関係ないよね」とおもうかもしれませんが、こちらで取り上げられていたのは、リンパ系フィラリア症
人間のフィラリアであり、象皮症陰嚢水腫として日本でも知られています。陰嚢水腫は江戸時代までの絵に時々描かれています。西郷さんが有名ですね。多くの場合、滑稽に描かれ、狸の置物の巨大な陰嚢は(人間の)この病気からの発想なのではと想像しています。

犬と同じく蚊が媒介します。日本で原因とされてきたのはバンクロフト糸状虫というそうです。世界的にみるとマレー糸状虫やチモール糸状虫もこの病気の原因になるそうですが、多くはバンクロフト糸状虫によるもののようです。
日本での終息は、1970年代とのことで、決して遠い昔のことではないようです。

蚊が媒介する病気として有名なのは日本脳炎ですが、日本脳炎の予防接種が行われていたのが、1967~76年ですから、その頃は日本脳炎対策として、蚊の駆除が盛んでした。
ちなみに、バンクロフト糸状虫を媒介するのは、主にアカイエカ・ネッタイイエカとされて、日本脳炎はコガタアカイエカとされていますが、他の蚊が媒介することもあるようです。
そのようなことを考えると、日本脳炎対策のお陰でリンパ系フィラリア症も日本からほとんどなくなったのではないかと想像しています。

WHOでは、リンパ系フィラリア症を2021年までに完全に制圧することが期待しているそうです。
この病気に関しては、企業からの薬剤の無償提供が大きな力になったと書かれていました。

 

おまけ
■ 思い出の展示物 ■

寄生虫や感染症の撲滅は、予防接種などの地道な活動が必要になってきますが、私たちが子供の頃に毎年やっていた「丸い青いシール」も展示されていました。
そう、蟯虫検査です。
毎度、蟯虫が出なかった私ですが、出た子が飲む駆虫薬が「甘くて美味しい」と噂になり、飲みたくなったことを覚えています。
ちなみに、小学校・幼稚園などの「ぎょう虫卵検査」(あのシール)が廃止されたのは、2015年だそうです。最近ですね。

 

寄生虫や感染症の流行がおさまった状態にすることは、行政の大きな力と幅広い人々の確実な協力が必要不可欠になります。おさまった状態になってもそれを維持することも容易ではありません。「もう日本になくなったから」と安心しても、世界中の人も動物も簡単に行き来出来る時代ですから、またいつ流行状態になっても不思議はありません。
 

実物が展示されていたり、写真があったり、説明文の内容から現場で尽力している先生方が書いているんだろうなとおもえる臨場感ある内容だったりで、とても伝わってくるものがある博物館でした。

話のタネにするだけにでも、一度は行ってみる価値はあるとおもいます。
場所は、目黒駅から歩いて行ける距離です。

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2019年3月 2日 (土)

松任谷家が犬を迎えたときの話

ラジオを聴いていたら、松任谷正隆さんの声が聞こえてきた。「ブログを書こうをおもったんだ」と思い出し、そのためにとっておいた、JAFMateをひっぱり出してきた。
(急いで書いたので、ヘンな個所があるかも。後から所々書き直すかも。)

JAFとは長い付き合いですが、2年前くらいからJAFMateで連載されている2つのコーナーが好きで、よく読むようになった。

一つは「幸せって何だろう」。毎回違う著名人が幸せについて語る。幅広い人が書くので興味深い。単純に年齢だけを考えても、若い人は「今」の中から探し、高齢になってくると昔の幸せ体験の話になることが多い。

そしてもう一つ私が好きな「車のある風景」が松任谷正隆さんの連載。
車の話なのですが、ちゃんと「落ち」を用意してくれている。最も記憶に残っているのは、結婚前の奥様と隠れるように車の中デートを重ねていた。ある時、納豆スパゲティーを持っててきてくれたのですが、それを車の中にぶちまけてしまい、とんでもないことになったという話。

 

最近掲載されたものは「犬に振り回される」。興味深く読ませていただいた。
とても簡単に紹介するので誤解を与えてしまうかもしれません。細かいことはスルーしてくだい。概要は以下の様な感じ。

 

結婚してすぐの話だそうです。
一頭の犬を迎えた。一頭では寂しいとおもいもう一頭迎えた。
後から迎えた犬が、迎えてから一週間目の朝、植木鉢の上で冷たくなっていた。

もちろんその犬を迎えたショップに電話を架けた。その対応に不満はあったが、ペットロスは収まらず、また犬を探してくれないかとお願いする。
探してもらっている間に犬種団体の存在を知る。そことやり取りをした結果、犬の流通のブラックな部分に遭遇する。そして自力で犬を探すことを決意する。

業者の人の手を借りず、今のようにネットで情報を得ることも出来ない時代に。まずは紙媒体で情報を集める。犬種団体を知ったのも厚い図鑑の終わりの方に載っていたとか。

そして、あるブリーダーと知り合う。週一でそこに通って色々と教わったそうだ。
犬を譲る条件は「チャンピオンにしてやってくれ」。つまり、ドッグショーに出してやってくれ。

 

(ここから松任谷家の記事から離れます。後で戻ります。)

ドッグショーを知らない人は、「お金をかけて着飾るように仕上げた犬が勝つんでしょ!」と言うことがあります。犬が全く同じであれば、そうだろう。しかし犬は生まれた時から違う。人間が一人一人違うように。
それを良く知っているのがブリーダー。細かい違いが分からなければ健康な犬を産み出すことは出来ない。なので、犬の世話についてもきめ細かい。若かりし日の松任谷ご夫妻はそのようなことを学んだようです。

たしかにドッグショーは、ある程度の誤魔化しやハッタリのようなことも行われる。実際に足を運ぶことで、どのようなことが行われるのが見て知ることができる。
これが分かるためには、犬の体のことを勉強しなくてはならない。大した勉強でもないですが、数多くの犬を同じ動きで見ないとならないので、本やネットでは難しい。

ドッグショーに行き、犬の体について色々と気付き、ショー会場や関連の場所で多くの飼い主さんと知り合い、様々な犬との生活の在り方を知ると、犬がどれだけ人に寄り添ってくれているのか分かるようになる。

松任谷家がこの犬を迎えて気が付いたことは、しっかりとした性格であるということ。チャンピオンになれる犬というものは、そうでなければならない。
多くの人に囲まれたリングで動じず、ハンドラーの指示に従い、ジャッジに触られたりする。その間だけでもお行儀よくしなければならない。チャンピンになるには、何回も勝たなければならないので、まぐれでは駄目なのだ。お行儀よいことが身についていなければならない。

このようなことに気が付いてくると、ブリーダーという仕事は大変そうだなとおもうようになる。普通の感覚の(お金を儲けるための)仕事では無理なことに気が付く。
体のことだけでも数多の要素がある。それらについて完全にクリアすることは不可能だろう。さらに人間と暮らすための相性のようなものも含めると(完全は無理なので)、もう「好み」になってくる。

最近、繁殖業者のことが議論になることがあるが、このようなことが議論されることがほとんどない。飼育環境さえよければOKのような風潮がある。私はそれに恐ろしささえ感じている。
犬のことを語る人の中に、体のことだけでも数多くのチェックポイントがあることを知らない人がいる。それが露呈していることにさえ気づかない人も。

 

(松任谷家の記事に戻ります)

少々引用
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犬を連れてあちこちのデパートの屋上に行き、ドッグショーに出した。最後のポイントを獲得したのは京都のデパートであった。これで普通に暮らせるね、なんてかみさんと話ながら犬を後席に乗せ、帰途についた。
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ドッグショーの多くは週末や休日に行われる。松任谷ご夫妻の仕事のことを考えると、ブリーダーとの約束とはいえ無理をしたのだとおもいます。それだけの価値があると感じられたから続いたのだとおもいます。

続きの文章を印象します。以下の文で、このコラムは終わります。
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黒い犬は後席背もたれの後ろの指定席へ。東名高速を走りながらバックミラーを見ていたら、夕日の中にシルエットになった新チャンピオンは、むっくり起き上がり背中を丸めた。「やめろ!」と叫んだが、もちろんやめてはくれなかった。
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コラムの構成としての「落ち」ですが、一緒に暮らしていて楽しい犬とは、こういうこともあるとおもいます。人前ではお行儀よく、家で家族の中ではしっかり自分を主張する。
「やめろ!」と叫びましたが、「自分たちも大変だったけど、お前も大変だったよな。お疲れ様」という気持ちもあったとおもいます。

幾つものショーに出たという大変な体験を通して、お互い理解を深め合ったこともあるでしょう。その区切りにこのようなことをしてくれる。

私は、こういう犬が「いい犬」であり、「いい犬との関係」だとおもっています。

 

(松任谷家の記事とは関係ない、私の考えていること)

犬の細かいことを知り、自分の生活スタイルも分かった上で、犬の好みの話をしたい。「私の感覚はこうで生活スタイルはこうだから、あの犬種のこういうタイプが好き」というような話だ。

マスコミで犬のことをあれこれ語っている人が書いていることを読んでいても、犬の細かいことも人間側の生活スタイルの話も読み取れることがほとんどない。
こんな情報ばかりでは、犬との生活を楽しむ人が増えることは難しいのかもしれない。そもそも、そのようなことは紙媒体でもネットでも伝えるのは難しいのだろう。

松任谷ご夫妻はペットロスを経て、業界のブラックな部分を知った後に、ブリーダーと知り合い、色々なことを教えてもらい、そしてショーに通った。
そこで、幾つもの出会いがあったこととおもいます。実際の犬も見て、人と話をする。ビデオなどではなく実際の犬と、その犬と生活している人と話をする。

これが犬の勉強の基本なのではないかとおもっています。
色々な飼い主さんと話をすると、色々なことを試す人たちに出会います。トレーニング、日々の食事や散歩の仕方、獣医療などなど、色々なやり方があり、そこに辿り着くまでの紆余曲折を聴くことができることもあります。

そういうことをやってきた人間からすると、世間で注目されている先生の中には「この人、日常では犬とどれだけ向き合っているのだろうか。たぶんこの人が考えている理想の犬との生活なんて、自分には物足りな過ぎるだろうな」と思わずにはいられない人が少なくない。

 

犬は人間に寄り添ってくれます。人間の生活を豊かにしてくれます。
それに気づき、より生活を豊かにすること(それは犬にとっても喜びだろう)を目指す人が、一人でも増えることを心から願っています。

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2018年4月30日 (月)

狂犬病予防接種におもうこと

2018.04
忙しい時期に書いた「個人的におもうこと」なので、多少ヘンなことも書いてあるとおもいますが、ご興味のある方は、ご一読していただければ幸いです。

 

■ 狂犬病のこと以前におもうこと ■

狂犬病の予防接種の是非について色々な意見が何十年も前から飛び交っている。30年以上前(1980年代以前)だと、「法律でそうなっているからね」と多くの飼い主さんは接種していたのではないだろうか。疑問を抱いていた人はいましたが、今ほど目立っていませんでした。激しい意見の対立の記憶もないし、そのような昔話をほとんど聞かない。
また、今ほど(全体としては)人と犬との結びつきが強くなかったし、獣医療も発達していなかったので、副作用が出ても「こんなこともあるんだね」で終わってしまったことがほとんどだったのではないでしょうか。

1990年代後半(20年前くらい)から小型犬ブームが起こりました。その頃から犬と暮らす人が増え、意見の交わし方が力強くというか乱暴に感じるとことが増えてきました。
それは犬と暮らす人が増えたこと以上に、インターネットの普及によるところが大きく、どんな話題でもその傾向を感じていた。つまり、インターネットという話合いの場が出来たことが大きかったのだとおもいます。

一時期は、「ネット上でもマナーを」とか、ネチケットなる言葉をよく耳にするような時期があったりとかあり、少しずつ落ち着きを感じるようになってきましたが、SNSの発達や技術の進歩で大きな画像や動画までが日常的にやり取りされるようになり、個人のあり方の中で、ネット上の存在が占める割合が増え、自分がどうしても主張したいことは、しっかり主張する人も増えてきたように感じます。

現在(2018年)、ネット上の書き込みは、生の人間同士の(個人的な)意見交換よりも多くなっているのではないかと思われるくらいになってきました。その結果でしょうか、ビッグデータなどと言われて(最近、あまり聞きませんね、この言葉)、経済や政治にまで影響するようになっています。
そうなってくると、ネット上の情報に影響される人も多々存在するようになります。そのような人たちに確実に自分の考えを伝えたいのか、少々乱暴ではないかと感じる書き方も、まま見ることがあります。

この問題を例にすると、狂犬病予防接種を良からぬものと(なんとなく)感じている人が、その考えを主張できる論文を一つ見つけて、それが世界中の人が従うべき内容かのように「ほ~ら、絶対悪いものだよ!」と力強く書き込む。それを読んだ人が「ほ~、そんなに悪いものなのか、それは大変だ!、よし、私も広めてあげよう!!」と(なんとなく)拡散する。拡散された複数の書き込みを読んだ人たちが(なんとなく)「必要ないものなんだな」と自分の判断とする。

「なんとなく」からの力強い発言が、大きく確かな動きを起こし、「本当はどうなの?」と検証を始め、世の中が動き、変わった問題もあります。力強い発言をした人たちが実行動に出て、確実に世の中を変えてゆくこともあります。しかし狂犬病予防接種を取り巻く諸々の事柄が、大きく動くことはありませんでした。あったのかもしれませんが、私は変わったとは感じていません。

長年、身近な動物に関わる問題に興味をもっていると、この問題を力説する人を何人も見聞きしてきました。その度に「またか・・・」と思ってしまいます。
自分も釈然としない気持ちをもっているので、「どうせ変わらないよ、今までだってそうだったんだから」と無力さのようなものを感じてしまうのです。

 

■ これから書くこと ■

冒頭に、「色々な意見が何十年も前から飛び交っている」、と書きました。そして、その何十年の間、狂犬病予防法もワクチンもほとんど変わっていないのではないでしょうか。

犬のワクチンといえば他にもあります。それらは、飼い主の自由意思で獣医師に接種していただく。接種の前に(問診だけかもしれませんが)検査もするだろう。それでも副作用がでれば、メーカーへ報告をし、メーカーはそれなりの対応(被害に対する対応もあれば、ワクチンそのものを改善することを検討するなど)をとるだろう。そうしなければ売れなくなってしまいますから。
狂犬病の予防接種は、これらと感覚的に違うものを感じている。そこにも釈然としないものがあります。

この何十年かで狂犬病のワクチンが大きな改良があったと聞いた記憶がない。その変わらないワクチンについて、長年色々なことが言われている。「おかしいんじゃないの?」と感じる人たちが少なからずいて、力強く訴える人もいる。それを見聞きして同調する人たちもいる。
それでも状況が変わらないのは、「おかしいんじゃないの?」と感じることが間違っているのかもしれない。しかし、間違っていると納得できるだけの理由が、よく見えるところに出されていない。なので、納得できない人たちが後を絶たない。

この書き込みは、この部分について考えてゆくものです。
何故、「おかしいんじゃないの?」と感じる人がいるのに、その人たちを充分に納得させるだけの情報が出てこないのか。そうなっている理由について考え、(一飼い主の素人考えですが)改善策を提案したい。

この先書かれている長い長い書き込みは(日本における狂犬病の現状を書くこともありますが)、基本的にこれらのことについて書いてゆきます。

私は、獣医師でもないし、法律を変える政治家でもないし、法律に従って従事している行政の人間でもない、一飼い主ですから、その立場の人間が納得できるだろう世の中を願い、提案させていただきます。

--

法律の下で行われていることですから、これらのことを変えるには簡単なことではありません。しっかりと何をどう変えるべきかを認識できなければ変わりません。「なんとなく」では変えられません。変えるべきと確信できる認識へのヒントになるような内容です。

釈然としない狂犬病予防接種の現状を理解し、改善の可能性を模索したい方は、先に読み進めてください。
そうでない方は、ここで終わりにしていただければ幸いです。途中までで読むのをやめてしまうと、情報が偏ってしまいますので、この先を読むのであれば、最後まで読むお気持ちをもって読み進めるようお願いいたします。

ワクチンに限らず、薬の使用は非常に慎重でなければならないはずです。薬に限らず、体に入れるもの全てがそうでなければなりません。ほとんどの人がなんら問題なく摂取しているものを口にして命を落とす人もいます。
しかし、多くの人(社会全体)のことを考えると、極少数の人が健康被害に遭ってしまうことは、社会としては仕方ないことと考えなければならないのかもしれません。
このようなことを含め、割り切ることが難しい内容もあり、幅広い視点で客観的に考えなければならない内容でもあります。俯瞰的視点も必要になってきます。読み進める方は、そのことをご理解の上、読み進めていただきますよう、お願います。

 

■ 過去の報告書を見てみる ■

問題になるのは副作用。国が把握している内容は、以下のページの品名欄に「狂犬病」と入れて「GO!」ボタンをクリックすると見ることができます。
http://www.nval.go.jp/asp/se_search.asp

公開されている、この情報のことは最近知りました。

全体を見たときに、「一年でこれだけなの?」と不思議におもった。そして一つ一つ内容を見てゆくと、まず分かることは、死亡報告ではない報告書もある。
「製造業者等の意見」を読むと、どうも別紙があるケースもあるようで、これだけでは経過報告の全ては分からない。しかし、概略だけでも知ることができるのは有り難い。

接種数の参考数字は以下のページ。28年度、27年度ともに、460万台の数字になっている。更に前の数字もあり減少傾向にあることが分かりますが、今でも450万頭くらいは接種していることでしょう。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/01.html

400万頭以上が接種を受けて、回復したものも含めて報告書が出ているのがこれだけなら仕方ないと言ってもいいんだろうと思うべきなのかもしれませんが、犬とその飼い主の苦痛・無念は想像するまでもなく伝わってくる。
彼らの苦痛や無念を感じながら読み続けると、やはり「改善できないのか。もっと掘り下げて副作用の研究ができないものなのか。制度として改善策があるのではないか」と疑問が湧く。

上記ページは、何年にも渡る報告書が載っています。
これを書いているは30年ですが、29年のものはこれから載るかもしれないし、修正があるかもしれないので、28年のものを見てゆきます。
一覧では報告日付でソートされていますので、報告日付で 28年のものをピックアップしてゆきますが、以下には投与日付を書きます。

左から、投与月日、生死(生=、死=×)、年齢(単位がないものは「才」)。
年齢を横に広げたのは、一回目(だろう)、二回目(だろう)、高齢犬などを分かり易くするため。
尚、であっても報告書時点で「治療中」のものもあることを書き添えておく。

28年

08/18 ○      6
03/29 ×                15
06/28 ○     2
06/18 ○           9

05/28 ×           9
04/06 ×           9
06/08 ×              13
05/07 ×                 16
05/12 ○            11
04/13 ×             12
05/03 ○        7
05/11 ×            10
04/20 ×        7
04/17 ×           9
04/14 ○ 9ヶ月
04/14 ○   1

04/23 ×             12
04/14 ○             12
03/23 ○ 6ヶ月

全19頭(○9・×10)
6才以下(○5×なし
7才8才(○1・×1)
9才以上(○3×9

28年だけに限られますが、だいたいの傾向が見えてくるとおもいます。

とても大まかですが、9才以上はそれ未満よりは慎重に考える(猶予を検討する)ようにすれば改善されそうです。

一頭だけ9才未満で亡くなっています。4月20日に投与し亡くなった7才の犬は、オスのチワワで投与時健康であり、7年前に混合ワクチンを接種後に発熱があっただけで、今まで特に問題はなかったように読めます。しかし、投与から20分以内に体調が変化し、結果として亡くなっています。
飼い主さんのお気持ちを察するに有り余るものがあり、お悔やみ申し上げます。このようなケースはしっかり調べていただきたいものですが、現状、そこまでの取り組みはなされていないようで残念です。

 

■ 私にとっての、この問題 ■

ここで横道に逸れますが、私にとってのこの問題の経過を書かせていただきます。

昔から興味があった問題ですが、この問題を意識をもって取り上げようと思ったのは、東日本大震災の後でした。直後ではなく震災後1~2年経った頃。調べ始めて情報がある程度集まると、「やはり、おかしい」と感じました。

当時、上記、報告書ページのことは知りませんでした。しかし大まかな死亡率や著しい副作用症状が出る割合については聞いたことがありました。非常に少ない数字であると記憶していました。
これが一つの情報。

もう一つの情報として、個人的に「うちの犬は副作用がでたことがある」「私の知り合いで、こんなことになった犬がいる」という話。そのような話を以前にも聞いた事がありましたが、よりそのような情報を集めるように努めることにしました。
しかし、狂犬病予防接種頭数は100万頭単位であるのに対し、毎年数えるほどしか副作用がでないと言われていたので、新しい話を聞くのは難しいだろうと思っていました。同時に、記憶の中にそのような話が複数あることに疑問を持ったものでした。
とにかく機会があれば聞くようにしてみたら、幾つかの話を聞くことができました。

個人的に聞いた話が嘘でなければ(わざわざ嘘をつく必要はないでしょうから、嘘ではないとおもいます)、厚生省の発表がおかしいことになります。把握が不充分なのではないか。

それに気がついてから、個人的に話が入ってきたとき、「それを獣医師に報告しましたか?」と聞くようにしました(報告がされていたら、獣医師に「報告書を書きましたか?」と聞きたいのですが、さすがにそこまでは出来ない)。

(飼い主感覚で)重い副作用が出た場合でも、獣医師に報告しないことが多いことが分かりました。ほとんどのケースが、集団接種で受けたか、かかりつけの病院といっても、年に1~2回行くくらいの付き合いで(以前体調を崩したことを伝えても)半ば強制的に受けさせられた後のことであり、気分を害し(報告せずに)「もう絶対に接種しない!」と決心する。このようなパターンがありました。

やはり、猶予の基準を飼い主が納得できるような制度に出来ないのかと考えました。納得できないから「もう話もしない!」と報告をせずに決心するのだとおもいます。
飼い主だけでなく、獣医師も猶予の判断に苦しむことがあるでしょう。
双方のことを考えて、判断の負担を軽減する必要があるのではないかと感じました。

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高齢になり散歩もままならず、体調を著しく崩すことを繰り返すようなケースや、恒常的に衰弱している場合などは、獣医師は猶予の書類を書いてくれるとおもいます。

その一歩手前と云えば良いでしょうか、日常的にはちょっと衰えを感じるくらいで、飼い主は過去、接種に後体調を崩したことが気になり猶予にしていただきたいが、獣医師としては判断に苦しむケースが解決できれば現状は変わってくるのではないかと考えています。
さらには、いつもはとっても元気!、しかし、いつも接種後1~2時間くらい経つと体調を崩す場合などもどうなんだろうと思う。

28年の報告書を読む限り、そのような(過去に繰り返し症状が出た)ケースはないようですが、まずそのようなケースのデータを集めるべきではないかとおもいます。もし、既にあるなら公表してほしいですが、前述の通り、獣医師に報告しない飼い主さんもいるので、もっとしっかりデータ収集をしていただきたいと願っています。

制度として、そのような姿勢を見せることで、狂犬病予防接種に対する気持ちが少しは変わる人もいるかも、と感じました。

 

■ 今まで書いたことから、猶予について考える ■

先にも書きましたが、9才以上は猶予の基準を(ある程度明確に)設ける必要があると考えました。
9才以上ですから、それまでに何回か接種を受けたことがあるはずです。そのときに体調を崩したことがあるから、猶予を考える。それを客観的にする制度が必要なのではと考えました。

素人の思い付きですが、

「今までに接種後何時間以内にこのような症状が何度か出たことがあったら猶予を認めるようにしましょう」とし、「今までに」の意味は「過去にそのような症状が出て、獣医師に報告があり、獣医師は行政に報告している場合」とする。これで猶予の判断による負担が軽減できるはずです。

報告書を複写にして、その内一枚を、副作用診断書(と仮にさせていただく)として飼い主が保管する。これなら病院が変わっても大丈夫。(飼い主保管だけではなく、保健所に届け出るようにすれば紛失の心配もなくなりますが、今回は考えない。)

ある程度の年齢になって、毎年同じような症状が出ていたら(同じでなくても何らかの異常が明らかに=診断書に書ける様な体調の変化が、毎年出ていたら)、つまり、副作用診断書(仮名)が複数枚たまり、ある程度の年齢に達していたら、獣医師は猶予を前向き考えるようにする。健康のことですから、杓子定規には判断できないはずですから(何らかの検査の数値で杓子定規に判断できるのであればとっくにそれを採用しているとおもいますから)、最終的な判断は担当獣医師に任せることになりますが、今に比べれば判断し易いとおもいます。

このようにすれば、接種を嫌がり登録さえもしない飼い主は減るのではないでしょうか。
獣医師側はこの副作用診断書(仮名)を書くことで、多少の料金をいただければ、著しい負担になることもないとおもいます。

28年の報告書を見る限り、今まで毎年体調を崩すようなケースはあまりないようです。高齢で何かしらの治療を受けていて日常的な投薬があるようなケースが幾つかあり、(体質的というより)病気やその治療との関係の方がありそうだと、私には読めました。
どうであれ、副作用診断書(仮名)を作ることにより、飼い主・獣医師共に接種時の判断や経過観察の意識が高まり、データが数多く集まることで、副作用について何かしらの発見があるかもしれません。その結果、悲しい事態を減らせるのではないのかと願っています。

もしこの制度を採用するとしたら、狂犬病予防法の改正が必要になるなど、大掛かりなことになりますが、現在の人と犬との関係からして、是非前向きに考えていただきたいし、すべきであると、心から願っています。

現状の制度の中で、次のようなことも思いました。
飼い主側から見て毎年同じ症状がでて心配であっても猶予にならない場合、獣医師に「もしかして報告書を書いていんですか!」と確認してみてほしい。報告が多く出されれば、接種に対して何らかの改善がなされることも期待できますから。
そのためにも、接種後に体調を崩した場合、必ず獣医師に報告するようお願いしたいものです。報告したら、先に紹介したページに載るかチェックするといいかも。

行政側も「症状が軽くても報告書を提出してくださいね」としてほしいです。

 

■ 猶予ばかり増えるのでは? ■

上記の考えは、安易に猶予を促すものではない、と考えていますが、それでも現在よりは増えるとおもいます。ただし、それは本来であれば猶予すべきものだったのではないでしょうか。

現在、接種率が問題になっていますが、同時に登録をしない犬のことも問題になっています。この数が多いのではないかと言われています。

猶予の基準を、飼い主にも理解が得られるようになれば、そして獣医師にも判断の負担を減らせれば、猶予が増えてもそれ以上に登録が増えるのではないかと考えています。

冒頭にも書きましたが、「予防接種は良くない、やる必要すらない!」と声を大きくして主張する人たちがいます。その人たちに影響されて「詳しいことはよく分からないけど、良くないことみたいだし、やらなくもいいらしい。だったら、もうやめよう!」という人もいれば、それを聞き一回も接種せずに、「やらないのであれば、登録しないことだ!」と考える人たちも少なからずいるでしょう。

先に書いたような取り組みが行われれば、このような人たちの中から「ちゃんと考えてくれているみたいだな」と考え直してくれる人もいると考えています。

少なくとも(「ちゃんと犬のことを考えてくれているみたいだな」と思えるくらいの)、猶予されない理由を示してほしいものです。飼い主からみて「危険」とおもえても、獣医師が「接種すべき」と判断する理由を、理解できるように説明してほしいものです。

 

■ ちょっと狂犬病そのものの話 ■

「一度、猶予したら、二度と接種しようと思わないのでは?」とお考えになるかもしれませんが、私はそう考えません。

そのことを説明するために、一旦、狂犬病そのものについて書かせていただきます。

多くの方がご存知のこととおもいますが、発症したら(狂犬病だと明らかに疑われる症状が出たら)、助かることはないと考えるべき病気です。まだ一般的になっていない治療方法で生還した人もいるらしいですが(世界規模でみても、現在狂犬病のない日本なら尚更)、その方法を受けることはまずできないのでやはり助かることはないと言っていいとおもいます(生還した人の数は世界で一桁だったとおもいます)。

ちなみに、狂犬病ウィルスに感染しているかどうかを、発症前に検査で調べる方法はないそうです。なので狂犬病で亡くなる人が毎年報告される地域では、犬に噛まれたら(その犬が狂犬病予防接種を受けていることが確実でない限り)暴露後ワクチンを打つことになっているそうです。

人間が狂犬病に感染する場合、この日本においては、過去のデータからも犬から感染すると考えられます。日本くらいの緯度、気候のアジアの地域であれば、ほぼ犬からの感染ではないでしょうか。

そんな感染源となる、狂犬病にかかった犬がどのような行動をとるのかご存知でしょうか。

多くの方のイメージは、
-
ガウガウと唸り、俊敏に力強く動き回り、噛みつく対象を探し、見つければ駆け寄り、ガブリと噛みつき、しっかり噛み締め、振り回したり、執拗に何度も噛み続ける。
-

こんな感じではないでしょうか。
私もそのような症状だと思っていました。しかし、問題になるのは、そのような症状ではないようです。
そのような症状であれば、狂犬病か判断するまでもなく捕獲・隔離されることでしょう。その後、狂犬病の可能性も考え、経過観察することになると思います。そうではなく下記のような、症状が問題になるそうです。

-
ただただだるそうにしている。行動はだらだら。方向性が定まらない感じ。ただ、口が届きそうな所に何かあると、噛んでみる。噛み方は、個体差や病気の進み具合によって違うようですが、決して激しく噛みつくとか噛み締めるという、如何にも「狂犬」!という感じではない。
-

即座に狂犬病とは分からないし、疑いもしないだろう症状のこともあるそうです。このような情報もほとんどない日本においては、「何で調子が悪いんだろう」「具合悪いからご機嫌斜めで噛んじゃうのかな」としか思わないかもしれない。
狂犬病が流行している地域であっても、狂犬病の犬なのか違うのかは分からないそうです。なので、犬に噛まれたら(その犬が予防接種をしていることが確実でない限り)人間は暴露後ワクチンを接種することになるそうです。

発症していないのにウィルスを持っている場合もありますが、発症しているのかただの不機嫌なのかも分かり難いケースもあります。噛まれた人間が先に発症し(お亡くなりなることになります)、「あの犬は狂犬病だったのか」となるケースもあるとか。つまり後から、「あのとき噛んだのは既に発症していた」となるそうです。

気休め的なことも書いておきます。
狂犬病とおもわれる犬に噛まれた後、ワクチンを打たなくても発症しなかったケースもあるそうです(発症しないので感染したかも分からない)。その犬が狂犬病かどうかは定かではないこともあっただろうし、何らかの(ワクチンなどではなく傷口の)処置をして、感染を免れたようなケースもあるようですが、狂犬病の犬に噛まれて何もせずに、命を落とさないこともあるみたいです。
それは、狂犬病ウィルスが非常に弱いものだからと聞いたことがあります。
しかし、もちろん命を落とす可能性は充分にあります。
潜伏期間は、一般的に30日~90日と言われていますが、数年という記録もあるそうです。
とことん(?)、分かり難い病気です。

「把握し難い」「感染し発症したら、まず命はない」。この地球上全体ではほとんど地域で感染者とおもわれる人が死亡し、世界全体での年間死亡者推計数は5万人以上。(推計数となってしまうのは、分かり難い病気で確定診断ができないケースも多々あるかららしい。)
このような病気なので、日本が清浄国(狂犬病がない国)であることは、とても有難いことだとおもいます。

 

■ 一度猶予になった犬を再び接種しようとする飼い主がいるか? ■

さて、話を元に戻します。
一度猶予になった我が飼い犬を、再び接種しようとおもうか、です。

この地球上で狂犬病がないとされている地域は、日本以外には一握りの地域といっていいでしょう( http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/ )。日本のこの状態が奇跡なのです。それは島国であること、気候、そして予防接種が根付いたからだと考えるべきだとおもいます。
最後の「予防接種が根付いた」ことで、「根絶した」のではなく「根絶し続けている」と表現するのが正しいかもしれません。

地球上のほとんどの地域にありますし、現在の人や他の動物の入国状況を考えれば、日本に狂犬病が入ってくる可能性は充分に考えられます。入ってこないのが不思議なことで、実は既に野生動物では感染が根付いているのではないかと推測している人もいるくらいです。

これらのことを正しく理解した上で、先のような副作用診断書(仮名)が制度になれば、以下のようなことは考えられるのではないだろうか。

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副作用の診断書がたまり、9才になったので猶予にしてもらった。日常はとても元気で、他の犬と遊ぶこともあるし、他人にじゃれつくこともある。山に入ることもある。ただ9才なので、ときどき元気がないこともある。
そのようなとき日本国内で、野生動物から犬に狂犬病の感染が認められたとニュースで流れた。それから月日が流れ、咬傷事故が起こるとニュースになる。予防接種を受けていない犬が起こした場合の犬の扱いは厳格になる。ついでに、狂犬病に罹った犬の症状の解説もされるようになる。

そのような世の中の変化をみて、飼い主は「予防接種を受けていない(猶予してもらっている)、9才を過ぎた我が犬が咬傷事故を起こし、狂犬病の疑いをかけられた時、どのように扱われるのだろうか。10日間の隔離は自分も精神的に耐えられない。しかし、狂犬病の疑いがあれば、私自身も怖い。
であれば、来年は体調をよくみて体調のいいときに接種を前向きに考えてみよう。
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このようになる人もいるのではないでしょうか。

「狂犬病の分かり難さを含めた脅威」を理解し、それと「自分の犬の健康」を天秤にかけて猶予を選んだ飼い主が、日本国内で狂犬病の発生(感染)が報告されたことで、天秤の傾きが変わり、再び接種を前向きに考える可能性は充分にあるのではないかと考えています。

私は、このような制度が、飼い主感情として納得できる制度ではないかと考えてます。

 

■ 犬の把握(登録等)を確実にする ■

またまた脇道。狂犬病だけではなく、犬や猫全体にに関わる話です。
「飼い主感情」なる言葉が出てきたので、それに関係すること。

飼い主感情は、とても個人的なものです。しかし、この20年間だけでも何度か大きな改正があった「動物の愛護及び管理に関する法律(以下、動愛法)」と、それに関連する基準や指針がある現在、飼い主感情も、ある程度、世の中の決まり事に合わせなければなりません。それが出来ずに多頭飼育崩壊や虐待(積極・消極とも)が起こっているのだと考えています。

「それが出来ず」なのは、飼い主個人でもありますが、飼い主が合わせる機会を得られない世の中にも「それが出来ない」責任があるのではないでしょうか。機会を与えてあげるには、行政が飼われている犬や猫を把握しなければなりません。現在であれば狂犬病予防法に基づく登録です。猫にも同様の制度がほしいですが、現在はありません。

以下、「こんな制度にすれば、今以上に把握(登録等)できるのでは?、という、私の素人考えです。

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まず繁殖業者が繁殖した(産まれた)時点で登録する。
繁殖業者から仕入れて販売する業者は、個体ごとの帳簿(動愛法第22条の六)に、登録で得られた記号番号を必ず記載し、販売時には必ずその情報を飼い主に伝え、居住地で登録する義務があることを伝える。
飼い主が登録しなかった場合、販売業者が罰せられる。販売業者が登録の代行を行えるようにする(行政書士などに委託でもいいとおもう)。
飼い犬や人に飼われていない犬が繁殖した場合、飼い主、または取得者が登録を行う。登録がない犬を保護した団体はすみやかに登録を行う。
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こうなると、重複登録の可能性などを考えてマイクロチップの話になるだろう。マイクロチップと登録を繋げて考えることは賛成です。ただし、登録が主でありマイクロチップはその手段であることを明確にしておきたい。

マイクロチップは獣医師しか入れられないので、繁殖業者と獣医師との結びつきが強くなることも期待できる。
個人的に感じてることですが、犬猫等健康安全計画(動愛法第10条3-二)の制度がどれほど機能しているか疑問をもっています。繁殖業者と獣医師がしっかり結びついてくれることが当たり前になって欲しいと願っています。

さらにもう少し、突っ込んで考えてみる。
今の世の中の風潮で、漏れなく登録していただくか、登録していただけなくても把握できるようにするには(急に行政の体制を変えることは出来ないだろうから)次のようにするしかないと考えました。

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登録すると鑑札の交付を受けるがそれと同時にマイクロチップを入れないとならない。
ペットショップから購入した場合やレスキュー団体から譲渡を受けた場合は、既に登録が済んでいるようにする。
その他の場合は、行政に出向き登録する現在の方式ではなく(それだと、現状のようになってしまうので)、獣医師はマイクロチップを入れたら、登録の手続きを代行できるようにする。

登録されていない犬が診察にきたら、登録とマイクロチップを勧め、拒否された場合でも、その犬の存在を行政に報告することを義務付ける。報告にあたっては、その旨を飼い主に伝えなければならない。報告を受けた行政はそれを基に指導も行わない。把握のみ。(個人情報の問題がありますので、しっかりとした法整備が必要ですが。)

狂犬病の登録は、狂犬病予防法の範囲でしか使えないのが本来の姿だとおもいますが、動愛法で定められている犯罪についても利用できるように改める。

動愛法で定めることができれば、獣医師だけでなく、取扱業者全てが(販売業者やレスキュー団体だけでなく、トレーナーやシッターなども)扱う犬は、登録の確認を行い、登録されていなかったら、上記の獣医と同じく行政に報告をする。登録を拒否し続ければ、獣医師他、ペットのプロにお世話になる度、同じことを言われることになる。

ちょっとまた横道にそれますが、獣医師および取扱業者に登録の確認・報告を義務付けることで、現在、よく耳にする「死亡の届出が出難い」という問題も改善されると考えています。獣医師や葬儀業者が届出を勧めたり、代行できるようにできれば大きな改善が望めるのではないでしょうか。
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以上のような感じしかないのではないか。
先にも書きましたが、登録の促進は、狂犬病だけではなく、幾つかの問題解決に寄与することになると考えています。
なので、猫も登録するようにできれば良いのではと考えています。現在は、狂犬病予防法に基づく畜犬登録ですが、動愛法で登録を義務付け、猫も登録するようにした方が良いのではと思うことあります(幾つかの法律にまたがる大きな改正になりますが)。

接種率の向上と同時に、登録数(率?)の向上が、狂犬病の問題に限らず身近な動物との問題解決には必要だと考えておりますので、この点については、多くの人が関心を寄せてくださることを願っています。

 

■ 登録や狂犬病予防接種の必要性 ■

直前で書いたように、登録は色々な問題に対応するためのデータとして必要だと思いますが、近年、災害時にも登録や接種のことが注目されることがあると言われていることを書いておきます。

東日本大震災以降、飼い主がペットを連れてどれだけ避難できるか、それに対しどれだけの避難所が、どのような体制で受け入れてくれるのか、ということが、(ペット関連のこととしてではなく)避難所運営一般の議論でもされるようになってきました。

そのときに(犬に関わりがない人の中には)、「犬は狂犬病の予防接種しているんだよね?、他の病気も気になる人がいるけど、法律で決められているんだから、狂犬病の予防接種は当然みんなしているよね?」と言われることがあるそうです。
具体的な避難所運営を検討する場合、不安を抱えた人たちが集まることを意識しなければなりませんので、避難所に新たな不安を持ち込むことは、したくないと考えるのは当然だとおもいます。

こんなこともあるので、接種しなくても登録し、正式に猶予の手続きをとる人がほとんどになってほしいものです。

「えっ?、接種していないの?、健康上の理由で獣医さんもしない方がいいって判断して、お役所もそれを認めたんだったら仕方ないね」となるとおもいます。

現状のように「予防注射どころか登録もしていない飼い主がいるの?」とか「刑事罰まである狂犬病予防法を犯している犬の飼い主もそこそこいるらしい」と見られるのとは大違いです。

 

■ 接種に関わる体制について ■

登録される割合が増えて、犬が把握できる状況になることが、現状の目標になるのではないかと感じているので、このような妥協的な方向性(猶予を増やす結果になるかもしれませんが、正式な登録でなくても把握を含めて、把握総数を増やす)が現実的で、社会の利益にもつながる方法ではないかと考えています。

腰砕けのような話になってしまいましたが、このような考えに至ったのにはそれなりの理由があります。

狂犬病予防法は人間の病気予防のための法律ですから厚生省の管轄です。獣医療は農水省。動愛法は環境省。何かと縦割り行政が問題視されている日本では、これだけでも「上手く機能しないんじゃないの?」と勘ぐってしまします。

現場を考えてみると、各都道府県のセンターとか保健所と呼ばれる施設が、狂犬病予防法・第21条でいうところの「抑留所」となっていますので、そこが業務の主体になるべきなのだろうなと思いますが、実際は市区町村の保健所などが地元獣医師会と協力して予防接種業務を行っているところが多いようです。

ここで、何かがおかしい、と感じました。
狂犬病予防法で定められた抑留所には獣医師がいるので、犬の健康について、診ることが出来、判断することもできます。
しかし市区町村の保健所などの多くは(現在ではほとんどだとおもいますが)獣医師はいない。接種を担当する獣医師先生方のほとんどは狂犬病の専門医ではない。行政の方に判断を仰ぎたいこともあるだろう。しかしそれは出来ない。

とてもアバウトな話ですが、これだけでも「なんだかなぁ~」と感じてしまいます。獣医師も判断の責任を負担に感じることもあるだろうし、飼い主の中には納得できず不安を抱く人が出てきても不思議ではないとおもいます。
また、全体の体制がしっかりしていなければ、「どうせ取り締まられることはないだろうから、好き勝手にさせてもらうよ」という人が出てくるのが現実だとおもいます。

そして昨今は、ネットで感情に任せるように書き込む人がいて、それを信じて拡散する人もいる。偶然そのような内容を立て続けに読めば、「予防接種ってそんなに危ないの?」「やる必要ないの?」と純粋に信じきってしまう人がいても責めることは出来ないのではないでしょうか。

そのようなことを減らすためには、まず、狂犬病の正しい知識を広めることだとおもいます。その結果、社会全体が狂犬病対策を考え直そう!となった時、大きな動きになるのだとおもいます。

しかし(狂犬病に限らず)正しい知識を広めることは容易ではありません。容易ではない活動を社会に求めるには、問題としての優先順位を上げなければなりません。数々の問題を抱える現代社会で、優先順を上げてもらうことも大仕事です。

法律に関わる政治の問題、業務に関わる経済的な問題など大きな仕組みを検証しなおさなければなりませんが、そのようなことに、私たちのような普通の飼い主が関わることは出来そうにありません。
私たちのような普通の飼い主にも出来ることはないのか。そんなことを考えてみたいとおもいます。

 

■ 私たちにできそうなこと ■

今まで書いたように、狂犬病予防接種に関わる行政の業務は、力不足を感じざるを得ません。狂犬病予防法が出来た頃とは、犬の数も犬との暮らしの在り方も大きく変わってきています。根本から考え直してほしいものです。

それには世の中の雰囲気として、その必要性を訴えなければなりません。しかし、平成28年に提出された副作用の報告書は19件のみ。これだけを見れば「安全なワクチンと言っていいのでは?」となり、議論も研究もなされないとおもいます。(報告書の最下段二項目を読む限り、そのように感じます。)

国は「副作用が起きる割合は非常に低い」と発表し、飼い主たちの中には「ときどき耳にする程度はある。もしかしたら我が犬がなるかも」と心配する人もいる。この溝を埋めることが必要ではないでしょうか。

それに対して出来ることといえば(先に書きましたが)副作用と思われる症状が出たら、必ず獣医師に報告する。そのときに「報告書ってものがあるそうじゃないですか。それをしっかり提出してくださいね」とお願いする。
皆さんがこれを行えば、19が190くらい、もしかしたらもっとになるのではと予想しています。
副作用の報告書が急増すれば、対策を取らざるを得なくなることでしょう(実数はもっと多いとおもうので、対策対応がよりしっかり、そしてきめ細かく行われることが本来の姿だとおもいます)。

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今まで書いてきたようなこと(副作用診断書(仮名)や登録やそれに準じた把握を確実に行うようにする)を行うのであれば、行政には今まで以上に予算・人員が必要になります。ただでさえ借金を抱える国や都道府県、市区町村が多々ある現状で、「犬や猫のことに、大事な税金が使えるか!」と言われることは当然のことでしょう。世の中に、犬や猫と無関係に暮らししている人は少なくありません。その人たちは、「税金をかけなくてもいいこと」と考えて当然だとおもいます。

私たち一般飼い主が、犬や猫、その他身近な動物たちと無関係・無関心の人たちに、地道に(そして無理をせず)アプローチすることも必要なのでは、と考えています。

では、狂犬病や登録の問題に限らず、身近な動物との共生を、世の中全体の重要な問題と捉えるべきだと理解していただくためには、どのようにアプローチするべきなのか。

たまに「命の問題だから重要と考えるのが当たり前!」と言う人がいます。犬や猫に無関係に暮らしている人がそれを聞いても、ピンとこないことでしょう。「よく分からないから、聞き流そう」で終わりだと思います。少し興味を持ったとしても、何を勉強すればいいのかわかりません。

私が考える、「こんな感じで話をすれば(勉強しなくても)とりあえずの理解を示してくれるのでは?」と思える話し方を書いてみます。

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・ 現在、身近な動物に対する虐待が明るみになってきました。犬や猫、特に猫を対象にした報告が多いです。今まで隠れてやっていたのかもしれませんが、そのようなことをする人が増えているのではないか、とみている専門家もいるようです。
・ 虐待の方法ですが、猫を煮たり焼いたり切り刻んだりと、信じられないようなこともする人もいます。それが明るみになったのは動画投稿サイトにアップされたからです。なので本当にやっているのです。それを賞賛する人もいるらしいです。アップしていない人も多々いるでしょう。また、猫を譲り受けてはとりあえず可愛がり、飽きたら、高い所から落として殺す人も報告されています。車で轢き殺す人の話もニュースになっていました。
・ こういう人が近所や同じ職場に居たらどうおもいますか?、これらの人の中には、日常生活を送っているとき、普通の人、いい人に見える人もいるらしいです。この人は絶対にそんなことしない!、と思っている人がそうだったりするそうです。猫を譲り受けることを繰り返す人は、里親審査に慣れている人をも欺くそうです。里親審査で自宅訪問をしても見抜けなかったケースがあるそうです。
・ こういう人たちの中には、人間、特に子供を狙った犯罪を起こす人たちがいることも知られてきました。もしかしたら身近にそういう人がいるかもしれないんです。怖いですよね。現在は、法律で動物に惨いことをしたら犯罪です!として罰金や懲役を規定しているのですが、まだまだ理解が広まっていないからか取締りがゆるい感じです。法律はいっぱいありますから警察も限られた人員の中で優先順位が高いものを扱わざるを得ないので仕方ないかもしれません。
・ みんなで、動物虐待ってこんなにあるの?、こんなことまでするの?、その中から人間に対して危害を与える人が出てくるの?、そういう人たちが結構いるって分かってきているのなら、お巡りさん、しっかり取り締まってよ!、とお願いしたくなりますよね?
・ 自分や家族の身に危険が降りかかるかもしれないのですから、お巡りさんのお給料に限らず、税金で犬や猫の管理をしてもらうのは仕方ないですよね。そういう人たちは隠れて虐待していることがほとんどですから、見つけるのは大変です。なので、そこに税金が幾らか投入されても仕方ないですよね。
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狂犬病から離れていってしまったように読めた人もいると思いますが、動物に対する虐待も狂犬病も人間に対する脅威になることです。それを未然に防いだ方がいいですよね、そのために税金使うこと理解してくださいよ、とお願いすることが必要だと言いたいのです。

「だったら、犬や猫を日本からいなくすればいい」という人がいるかもしれません。その考えに対しては、「他の動物に同じことするとおもいますよ。そしてそれは、犬や猫よりも目に付き難い。管理したり、取り締まるのが困難になるとおもいますよ」と答えればいいとおもいます。

狂犬病に対しての理解としては、
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人も犬も感染したのかしていないのかはっきりしたことが分からない。
はっきりとした症状が出る前には、感染したか検査では分からない。
つまり、狂犬病なのか分かり難いこともある(日本にはあまり情報もないし)。
はっきりとした症状が出たら(発症してしまったら)命はないと考えなければならない。
日本に狂犬病がないことは奇跡的なことであり、もしかしたら、既に入ってきていのではと考えている人もいるくらいである。
入ってきているかもしれない狂犬病が根付かないのは、犬に予防接種をしているから。
その接種率や、接種率の分母になる(日本に居る犬全体の数である)登録している犬の数が低下してきていると考えられていること。
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これらを一人でも多くに知っていただくことだとおもいます。

 

■ 最後に、誤解しないでほしいこと、二つ ■

一つ目は、飼い主感情からみた制度的なことばかり書いたことについて。
それは私自身が、ただの飼い主だからです。
そして、私なりに調べた結果、狂犬病予防接種業務に関わる方々の多くは、今の制度の下、とてもよくやってくださっていると感じていること。その結果として、今の制度では限界があり、見直しを強く感じるようになりました。
現場の方々には、今後も慎重に確実に業務を遂行していただけたらと願います。

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もう一つは、以下のような発言について批判的に読めるかもしれないことについて。

「予防接種は良くない、やる必要すらない!」
「命の問題だから重要と考えるのが当たり前!」

全体の文脈から否定的におもえるかもしれません。それらの発言は、私個人の考えとして何らかの悪影響があるとは思っています。
しかし、各個人の考えの発表、表現の自由の範囲だと思うし、私自身、遠い昔には似たようなことを考えました。そして今でも、そう考えてしまうこと、感じることもあります。

予防接種については(必要性は感じますが)既に書いたように、副作用が出ている犬がどれくらいの数いるのか、もしかしたら命を落としても報告されていない数も結構あるのではないかと思うこともあります。
しかし、それを言っただけでは(400万頭以上接種して、命を落とすのは10頭くらいだよ、と言われて)世の中は変わらないでしょう。
そんな現状で上記のような発言は、世の中から注目を集める機会になるかもと思っています。冒頭にも書きましたが、ネット上の発言には世の中に影響を与える力があります。なので多くの人が注目します。どんな発言であったとしても、動物に関わりのない人に注目していただける機会になることは力になると考えています。

 

■ 最後に、とても個人的な考え、感じていること ■

最後に言っても意味のない、私のとても個人的気持ちを書かせていただきます。報告書を読んで感じた率直な気持ちが中心です。

400万頭以上接種して10頭だからいいなんて言ってほしくない。これが人間の子供だったら絶対に許されないことですよね。ゼロを目指してほしい。
報告書の「意見 ・対応処置等」欄は、もう少し飼い主感情を考えてほしい。報告書なので慰め的な言葉は必要ありませんが、本気で改善する(10頭をもっと減らそうという)気持ちが伝わってくる内容にしてほしい。
狂犬病予防接種は日本の国民の義務です(その結果清浄国になっています)。その日本は、法律がどんどん変わるくらい、人と犬との関係は変わってきました。その変化を理解した上で対応してほしいし、報告書を作成してほしい。

「ペットは家族」と言われる今の日本を理解して、あの報告書を作成しているか。そして、10頭くらいだから積極的な改善(副作用の研究など)はしなくてもいいと考えているか、と悶々とした気持ちになっています。

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ここ数年、情報を集めても、自分の中で悶々としているだけでした。
ここに書いたこともオープンに書けることだけですが 、それだけでも書ける機会がありませんでした。それを吐き出す機会として、書こうとおもいました。

私の私的な考えを吐き出す書き込みを読むために、貴重なお時間を使っていただき、ありがとうございました。

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とても長くなりましたが、ここまで読んでくださり、感謝しております。

間違ったことも書いているかもしれません。とても個人的な考えが多々書かれています。それでも、狂犬病予防接種について、身近な動物(特に犬と猫)との暮らしについて、理解が深まっていただければ幸いです。

普通の飼い主の理解の向上と、身近な動物に全く関係のない人たちの理解が、今、必要とされていると感じています。

この書き込みが少しでも、そのような現状の改善に寄与できれば幸いです。

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2017年8月26日 (土)

飼い主って色々(突然頭に浮かんだ)

7月上旬から、縦になるのが良いのか横になるのが良いのか、悩ましい生活を送っています。

そんな日々を送り始めた頃だったと思う。以前、時計が落ちた話を書きましたが、今度は、うーにーの写真が落ちた。
高い位置に、うーにーとまいすの写真が飾られ、その間におばまの写真が飾ってある。その中でうーにーのものだけ落ちた。

午前中の早い時間だった。私は横になっていた。ガタン!と大きな音がした。部屋を見渡したが、何が起こったのが分からなかった。落ちたのがうーにーの写真だと分かるまで少し時間があった。

落ちたうーにーの写真を見つけて、何故か「猫の飼い主よりも、犬の飼い主の方が獣医学的なことに詳しい人、多いよな」と頭に浮かんだ。何故、そんなことが頭に浮かんだのか分からない。犬の飼い主だって疎い人はいる。何故そんなことが頭に浮かんだのか、自分でも不思議だった。

その理由について考えてみた。
猫は痛みに強いというか、あまり表に出さない。犬も痛みに強いが多少は表情に出る。なので病院に行くことが(猫に比べれば)多くなり、知識もついてゆくのかな、と思ったりした。

さらに考えてみれば、人と犬、人と猫、との関わりはやはり違うんだろうなということ。そんなことを考えたりした。

20170826

今日は、ばまちゃんの血液検査に行ってきた。糖尿病の経過観察。
肝機能の数値が少し悪かったのと、血小板が少し低かった。血小板は誤差の範囲を言えるくらいだったのですが、備考欄に肝機能の影響が考えられることが書かれていたので、先生に「何故、血小板と肝機能が関係するのですか?」と聞き、説明していただく。ばまちゃんには関係なさそうだ。
病院にある機械では、猫の血小板が少なめにでることがあり、その理由につても説明していただいた。

こういうことの積み重ねなのでしょうね。10年20年で差が出てくる。
それは何でも同じだとおもいます。

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2017年3月12日 (日)

先日お知らせした狂犬病のセミナー

先日、お知らせした狂犬病のセミナーに行ってきました。

よくある、教科書に載っている世界の分布や数字、人、犬、などの症状の紹介などは当然するとして、実際にこんな例があった、この国ではこんなことをやっていて、結果こうなって、さらにこうしたらこうなった、気になったから現地まで行って現地の先生に話を聴き、街の中の様子を見てきた、など膨大な情報をいただいたのですが、記憶力の弱い私にはほとんど頭に入らず。

また、多方面から膨大な情報を得ているからこそ言える、「だからこう考えるべきでしょう」と、教科書に載ることはないだろう考察も多々ありました。

そんな、ちょっと知っていたり珍しい情報が並んだとおもったら、狂犬病予防法の話になる。(後述しますが)この法律はよく出来た法律と考えるべきと説明されて、「そうなの?」と思ったり。

知らないこともありましたが、知っていることも大事な情報が抜け落ちていることを思い知らされたり。

聴いていて感じたことは、「頭では分かっていても、自分も平和ボケしているな」ということ。
客観的な数字や海外での出来事、各国や地域の情勢などを聴いていると、清浄国(狂犬病が発生していない国)である日本にいる自分が、少しは世界的な視野で、狂犬病を見ることが出来るようになった気分になりました。

とにかく情報量が多いのでブログでほとんどの話は書けませんが、よく話題に出ることと象徴的な話を書いておきます。

(お断り)
以下に書く内容も、これだけではなく、細かい捕捉が多々ありました。なので、私の記述では不充分で誤解を招く可能性もあります。より正確な情報、詳細な情報が欲しい方は、今回の講師、佐藤克先生に講演をお願いすることをお勧めします。今回のセミナーの最後に、「少人数であっても出向きたい」とのことでした。

 

(よく話題にでること)
何故(日本では)猫に狂犬病の予防注射を打たないか

主な理由は、「人間の死亡例の感染源は、99%が犬だから」。
そして、猫は(少なくとも日本では)感染環に入らないから。

感染環とは一般的な感染経路。それがぐるぐるまわっているから病原体は次世代を残し続けることができる。一種の動物で感染が続くこともある。狂犬病の場合はそのパターンのようでした。
つまり、日本に於いては(人間同様)猫は、他の動物に狂犬病を感染させることは、通常ではないだろうとされています(たまに人間に感染させることはあった)。

※現在の犬用予防注射は猫にも使えるそうです。

 

(象徴的な話)
昭和25年に狂犬病予防法が出来て(8月26日公布、公布の日から施行)、昭和32年に広島県で狂犬病と断定できる猫の記録を最後に、国内発生、感染の記録がない。なぜ7年で根絶できたのか。

この猫の例が報告された時に、「これが最後」とは断定できる訳もなく、また、その猫を噛んで感染させた犬が、その時いたはずですが、それは発見されていません。「また出るのではないか」と多くの人が考えていた。もう出ないだろうと感じ始めたのは昭和40年台に入ってから。
後から思えば、7年で、ということになるということですが、大きな要因は3つだと考えられる。

1.狂犬病予防法がよく出来ていた
2.国民がそれを守り、実行した
3.野生動物での発生や流行がなかった

現在、2.がそのような状況ではないことが、時々話題に出ます。法律では全ての犬に予防接種を義務付けていますが、(実際の飼育頭数が分からないのでなんとも言えませんが)接種率は30%くらいなのではないかと言われることがあります。WHOでは、狂犬病の流行を抑制するには70%の接種率が必要とされています。

世界の多くの地域では、野生動物(人間と関わらずに生きている犬なども含む)が感染源になっています。北米では、野生のコウモリが狂犬病になり、パタパタ苦しんでいるのを猫がいたずらし、噛まれ感染。その猫が人間にうつすというケースもあるが、それが分かっている地域では、猫にワクチンを接種したりしている。
そんなコウモリが可哀相と手を差し伸べて感染した女性(当時高校生)もいた。この女性は、完全な狂犬病と断定しにくい症例だったが、発症後生還した数少ない人の一人。その方は後に獣医師になった。(「完全な狂犬病と断定しにくい症例」というのも興味深い話でした。)
野生動物(人間がコントロールが困難な動物)間にて感染が続いてしまうと、清浄国になることは困難。
お隣の台湾で、イタチアナグマの感染が確認されましたが、その後の調査で随分と前から(発生していたであろうではなく)流行してきただろう、という状態だそうです。

 

その他、改めて聴き、「そ~だよな~」とか「ひえ~~~」とか思った話として、日本がEUを実質的に非清浄国扱いにしたこと、インドネシア政府がバリ島で行った対応、内陸保税蔵置場での問題、など。日本に来るロシア船籍の船が減った話も興味深った。

世界的に見れば、狂犬病の記録は、3,000年前くらい前からあるそうですが、今の科学をもってしてもよく分からない病気だそうです。
狂犬病ウィルスにとって、やはり犬が一番居心地がみたいで、人間に感染することは(ウィルスにすれば)予想外なのか感染後のパターンが多々あり、感染(噛まれた)から発症までのことはよく分かっていません。噛まれたからと言って、必ず感染するとは限らないのかもしれないし、感染していないように見えた犬が感染させることが出来る状態(前駆期前の2~3日)だったいうこともある。
とにかく、よく分からない病気で、噛まれて発症してしまえば、まず助かりません。命はありません。

そんな病気だからこそ、国民をあげて予防し、清浄国であり続けたいものです。

 

幾ら書いても、聴いた話のほんの一部のような気がします。ほんと盛り沢山でした。
これだけの情報を集め、惜しげもなく伝えてくださる佐藤先生、ありがとうございました。また、このセミナーを企画された東京支所にも感謝します。運営に携わった皆様、ありがとうございました。

取り急ぎ、書き留めた程度のないようでした。

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2015年3月28日 (土)

ラジオの宣伝(今年も狂犬病)

ここのところ忙しくてブログも放置状態ですが、ラジオのコーナーも作ったはいいけど、宣伝するのを忘れていました。明日の夜、放送です。

■放送日 3月29日(日)

■番組  世田谷ラジオ倶楽部 22:00~
番組内では最後の方です。頭から数えて50分くらいのところからはじまるコーナー(今週のプチコミ)。
サブタイトルは「4月は狂犬病の予防注射の季節です」。毎年、この頃に同様のものを流しています。

■聴き方
世田谷区内と周辺ならばラジオで、83.4MHz。
インターネットなら、以下になります。
http://radio1.bitmedia.ne.jp/fm834/viewer.html

■コーナーの説明ページ
http://www.inutalk.info/radio/src/kuchikomi/150329.htm

 

毎年、狂犬病予防法の在り方について考えてしまいますが、考えれば考えるほど、いじるのは難しいと感じます。
日常的に狂犬病に注意することなく暮らせる国、日本であり続けてくれることを願うばかりです。

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2015年1月25日 (日)

知っておきたい救急のはなし(セミナー 1.24) 報告

先に二回、こちらこちらに書きましたセミナーに行ってきました。タイトルから内容が想像できないな、と思いながら。

講師はTRVAの院長である中村先生。我が家がお世話になってる病院は、TRVAを運営する病院の一つなので、夜間にもしものことがあったらこちらにお世話になることになる。今まで、別の二次診療病院にお世話になったことはありますが、こちらには未だお世話になっていないので、院長先生のお顔を拝めるだけでも意味があることだと思っていました。

まず、挨拶で「私たちは、夜から朝まで働いています。今日も朝まで勤務して、今夜も勤務です」と。普通の人が徹夜して、その時間で講義をしていただいているようなもの。しかもこのセミナー無料(愛玩協がお礼をするのでしょうけど)。それだけでお有り難いというか、先生の熱意を感じました。そして「質問はいつでもどうぞ」も、「この人、出来るな」と安心感がありました。

救急の話となると、ショッキングな話や獣医学的に高度な話が出てくるだろうから、一般向けであれば何か一言あるかと思ったのですが、「3時間という長丁場なので、皆さんがお疲れにならないように・・・」と心配をされていましたが、その程度でした。
確かに三時間面白くなければ眠ってしまうかも。でも席が先生の真ん前。眠る訳にもいかないなぁ~と思ったものでした(笑)

早速、幾つかの症例に入ってゆく。
まず、8歳のゴールデン。簡単にいえば元気がなくなってきた。心拍数がちょっと多いかな、呼吸数ははっきり多い。色々と疑われることはあったが歯茎が白かった。飼い主さんから色々聴いて、調べたら、脾臓の腫瘤が運動により破裂して、貧血を起こしていた、ということ。

さすが救急の話。一般人向けに(分かり易い言葉を使いながらも)獣医学的な言葉も出てきます。しかし、映し出される映像でほとんどの人は理解できたことでしょう。

その後も、幾つかの症例が紹介され、そこで体の中で何が起こっているかも説明してくださる。急に息が苦しくなった7歳のシーズー。色々な症状を紹介しながら、そこから左心房の僧房弁不全であることを示し、僧房弁不全と息が苦しくなる原因である肺水腫との関係も分かり易く説明してくださる。

このような話だけだと、「そんことは、起こりっこない」と思う人もあるでしょう。このような症例症状の紹介の中で必ず「体温」「心拍数」「呼吸数」を常日頃から把握しておくように、ということを訴えます。それだけでしたら何処にでも書いてあることですが、それらの具体的な計り方を教えてくださる。また「数字に拘ることはない」ということも。
例えば体温ならば、抱っこの仕方を少し工夫したり、耳を触ったりして「いつもの感じ」を覚えておいてください、と言います。体温計で数字を記録しておいて、ということではなくて。
心拍数は何処なら分かり易いか、呼吸数は、よく言われる15秒の4掛けの話。この話をするときも、実際犬が呼吸をしている映像を映して秒を数えながら数えてみたりします。分かり易いです。「私でも出来る!」と思えます。

その他、舌や歯茎の色も分かり易く重要な症状である、と。主に、白・青・黄であればどのようなことが疑われるか説明してくださる。その他、実際の症状の話があり、「症状の組み合わせが重要」と。だから各症状(体温なども)を把握しておくこと、それらの見方を身につけておくことが重要と説明してくださいます。

私の下手な文章だと獣医学的な症例紹介に読めますが、実際は「だから日常、このようなことに気を付けましょう。こういうことをやってみましょう」ということが多く、私は食い入るように聴いていました。
質問も多く、しかも現実的なこと、でも、質問者の方たちは出来るだけ一般化し、分かり易く質問していました。たぶん、今までも獣医さんに相談される機会があるような人なんだろうな、と思ったりもしました。

このように症状が分かる映像と解説、日常出来ること・しておくといいこと、発作などが起きた時に、何を見る・調べる、そして救急にお世話になるかをどのように判断するか、ということが「わかる、出来そう!」と思える内容でした。

先生は三時間の長丁場を心配していましたが、皆さんの質問も多々あり、あっという間に時間が過ぎて、後半の「食べてはいけないもの」の話は随分と省略していました。
そして、皆さんに集まっていただき「心肺蘇生セミナー」。心臓の位置が何処にあり、心臓マッサージはどのようにやるか。また、喉に詰まったものを吐き出させる方法についても説明がありました。これは、配られた紙に描かれた絵とは違うものがあり、そちらの方が「なるほど」と思ったものでした。
 

 

同じ内容のものが今後も聴くことが出来るかどうか分かりませんが、もしあなたが獣医学的な基本的なこと(自分のペットの体の基本的なこと)がある程度分かっていて、それをどのように活かせばいいのかと思っている人、心臓の遺伝性疾患や胃捻転が知られている犬種と暮らしている人、その他、発作を起こす病気をもっていたり、高齢で色々病気が出てきた・きそうなペットと暮らしている人も、今後、中村先生の同様のセミナーがあったら、参加することをお勧めします。

長くなったので、このあたりで失礼します。

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2014年3月26日 (水)

思い出した

先日、うーにーとよく行った河川敷へ行った。暇ということはない。どちらかと言えば忙しい。やらねばならないこといっぱい。でも、いろいろあって、「ま、いっか」になっている。そんな日々だからこそ、あそこに行きたくなったのかも。

昔、そう、もう昔と言ってもいいくらい前、うーにーを連れて行くと、他にも犬の散歩に会ったものだ。それも何頭も。それが最近ではあまり見なくなった。

その日はすぐに、レトリバーを訓練している姿が目に入った。訓練競技会用の訓練だ。犬はキビキビ動き嬉しそう。ハンドラーは出来るだけ小さな動きで、かつ、ロボットのように余計な動きをせずに動いている。男性だったのですが陽性強化の先生がよく使う妙な高音を発していた。

ひと段落したとき、ロボットモードをやめて犬を可愛がった。そのやり方が「えっ、そこをそんなことしないでしょ?、あと3センチはずらすでしょ?、この人、犬の経験浅いな」と思った。そして、「そういえば、自分は何故訓練競技会的訓練をやらなかったんだっけ?」と思いだそうとしたが、すぐに思えだせなかった。

あの可愛がり方をもう一度思い出したら分かった。
うーにーにハタチまで生きて欲しかったからだ。私の目には、あの嬉しそうな脚即行進も関節に負担がかかると感じた。10歳までの命ならなんら問題ないだろう。しかしハタチを考えたときに、「絶対ダメ」と思ったものでした。

うーにーは7ヶ月で股関節の写真を撮った。あまりいい判定ではなかった。無麻酔だったので、その見方について色々と意見する人たちがいた。当時の私は無知に近かった。なので恥も何もなく勉強させていただいた。
分かったことは、外から見た動きが中でどうなっているかが分かればいいのだ。その動きが(どんなに小さくても)炎症を起こすような動きであってはならない。それだけのような気がした。

その後は定期的なレントゲン、そしてペン・ヒップ。当然といえば当然ですが、あまりいい評価ではなかった。しかし、私は焦ることはなかった。ハタチ仕様の生活を送らせてあげていると、自分で思うことが出来ていた。

うーにーは、16歳と3ヶ月以上生きた。最期の何日かは立てなかったがそれは足腰の問題ではない。もう衰弱していた。ハタチではなかったけど、自分のやってきたことは間違えではなかったと思えたりした。

昔、大型犬は10歳ちょっとが寿命と言われていた。もっと短い犬もいた。それが15歳くらいは珍しくなくなった。訓練競技会をはじめ、犬と楽しめる競技の数も増えている。その指導者たちは、犬たちが高齢になったときのことをどれだけ考えているのだろうか。

そんなことが気になった。

 
こんな愚痴っぽいことを考えてしまったのですが、犬を一頭もみないよりはマシ。

それにしても、犬たちは何処で遊んでいるのだろう。
それとも犬の数が減っているのかな。
どうなんでしょう。

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