2017年3月12日 (日)

先日お知らせした狂犬病のセミナー

先日、お知らせした狂犬病のセミナーに行ってきました。

よくある、教科書に載っている世界の分布や数字、人、犬、などの症状の紹介などは当然するとして、実際にこんな例があった、この国ではこんなことをやっていて、結果こうなって、さらにこうしたらこうなった、気になったから現地まで行って現地の先生に話を聴き、街の中の様子を見てきた、など膨大な情報をいただいたのですが、記憶力の弱い私にはほとんど頭に入らず。

また、多方面から膨大な情報を得ているからこそ言える、「だからこう考えるべきでしょう」と、教科書に載ることはないだろう考察も多々ありました。

そんな、ちょっと知っていたり珍しい情報が並んだとおもったら、狂犬病予防法の話になる。(後述しますが)この法律はよく出来た法律と考えるべきと説明されて、「そうなの?」と思ったり。

知らないこともありましたが、知っていることも大事な情報が抜け落ちていることを思い知らされたり。

聴いていて感じたことは、「頭では分かっていても、自分も平和ボケしているな」ということ。
客観的な数字や海外での出来事、各国や地域の情勢などを聴いていると、清浄国(狂犬病が発生していない国)である日本にいる自分が、少しは世界的な視野で、狂犬病を見ることが出来るようになった気分になりました。

とにかく情報量が多いのでブログでほとんどの話は書けませんが、よく話題に出ることと象徴的な話を書いておきます。

(お断り)
以下に書く内容も、これだけではなく、細かい捕捉が多々ありました。なので、私の記述では不充分で誤解を招く可能性もあります。より正確な情報、詳細な情報が欲しい方は、今回の講師、佐藤克先生に講演をお願いすることをお勧めします。今回のセミナーの最後に、「少人数であっても出向きたい」とのことでした。

 

(よく話題にでること)
何故(日本では)猫に狂犬病の予防注射を打たないか

主な理由は、「人間の死亡例の感染源は、99%が犬だから」。
そして、猫は(少なくとも日本では)感染環に入らないから。

感染環とは一般的な感染経路。それがぐるぐるまわっているから病原体は次世代を残し続けることができる。一種の動物で感染が続くこともある。狂犬病の場合はそのパターンのようでした。
つまり、日本に於いては(人間同様)猫は、他の動物に狂犬病を感染させることは、通常ではないだろうとされています(たまに人間に感染させることはあった)。

※現在の犬用予防注射は猫にも使えるそうです。

 

(象徴的な話)
昭和25年に狂犬病予防法が出来て(8月26日公布、公布の日から施行)、昭和32年に広島県で狂犬病と断定できる猫の記録を最後に、国内発生、感染の記録がない。なぜ7年で根絶できたのか。

この猫の例が報告された時に、「これが最後」とは断定できる訳もなく、また、その猫を噛んで感染させた犬が、その時いたはずですが、それは発見されていません。「また出るのではないか」と多くの人が考えていた。もう出ないだろうと感じ始めたのは昭和40年台に入ってから。
後から思えば、7年で、ということになるということですが、大きな要因は3つだと考えられる。

1.狂犬病予防法がよく出来ていた
2.国民がそれを守り、実行した
3.野生動物での発生や流行がなかった

現在、2.がそのような状況ではないことが、時々話題に出ます。法律では全ての犬に予防接種を義務付けていますが、(実際の飼育頭数が分からないのでなんとも言えませんが)接種率は30%くらいなのではないかと言われることがあります。WHOでは、狂犬病の流行を抑制するには70%の接種率が必要とされています。

世界の多くの地域では、野生動物(人間と関わらずに生きている犬なども含む)が感染源になっています。北米では、野生のコウモリが狂犬病になり、パタパタ苦しんでいるのを猫がいたずらし、噛まれ感染。その猫が人間にうつすというケースもあるが、それが分かっている地域では、猫にワクチンを接種したりしている。
そんなコウモリが可哀相と手を差し伸べて感染した女性(当時高校生)もいた。この女性は、完全な狂犬病と断定しにくい症例だったが、発症後生還した数少ない人の一人。その方は後に獣医師になった。(「完全な狂犬病と断定しにくい症例」というのも興味深い話でした。)
野生動物(人間がコントロールが困難な動物)間にて感染が続いてしまうと、清浄国になることは困難。
お隣の台湾で、イタチアナグマの感染が確認されましたが、その後の調査で随分と前から(発生していたであろうではなく)流行してきただろう、という状態だそうです。

 

その他、改めて聴き、「そ~だよな~」とか「ひえ~~~」とか思った話として、日本がEUを実質的に非清浄国扱いにしたこと、インドネシア政府がバリ島で行った対応、内陸保税蔵置場での問題、など。日本に来るロシア船籍の船が減った話も興味深った。

世界的に見れば、狂犬病の記録は、3,000年前くらい前からあるそうですが、今の科学をもってしてもよく分からない病気だそうです。
狂犬病ウィルスにとって、やはり犬が一番居心地がみたいで、人間に感染することは(ウィルスにすれば)予想外なのか感染後のパターンが多々あり、感染(噛まれた)から発症までのことはよく分かっていません。噛まれたからと言って、必ず感染するとは限らないのかもしれないし、感染していないように見えた犬が感染させることが出来る状態(前駆期前の2~3日)だったいうこともある。
とにかく、よく分からない病気で、噛まれて発症してしまえば、まず助かりません。命はありません。

そんな病気だからこそ、国民をあげて予防し、清浄国であり続けたいものです。

 

幾ら書いても、聴いた話のほんの一部のような気がします。ほんと盛り沢山でした。
これだけの情報を集め、惜しげもなく伝えてくださる佐藤先生、ありがとうございました。また、このセミナーを企画された東京支所にも感謝します。運営に携わった皆様、ありがとうございました。

取り急ぎ、書き留めた程度のないようでした。

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2015年3月28日 (土)

ラジオの宣伝(今年も狂犬病)

ここのところ忙しくてブログも放置状態ですが、ラジオのコーナーも作ったはいいけど、宣伝するのを忘れていました。明日の夜、放送です。

■放送日 3月29日(日)

■番組  世田谷ラジオ倶楽部 22:00~
番組内では最後の方です。頭から数えて50分くらいのところからはじまるコーナー(今週のプチコミ)。
サブタイトルは「4月は狂犬病の予防注射の季節です」。毎年、この頃に同様のものを流しています。

■聴き方
世田谷区内と周辺ならばラジオで、83.4MHz。
インターネットなら、以下になります。
http://radio1.bitmedia.ne.jp/fm834/viewer.html

■コーナーの説明ページ
http://www.inutalk.info/radio/src/kuchikomi/150329.htm

 

毎年、狂犬病予防法の在り方について考えてしまいますが、考えれば考えるほど、いじるのは難しいと感じます。
日常的に狂犬病に注意することなく暮らせる国、日本であり続けてくれることを願うばかりです。

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2015年1月25日 (日)

知っておきたい救急のはなし(セミナー 1.24) 報告

先に二回、こちらこちらに書きましたセミナーに行ってきました。タイトルから内容が想像できないな、と思いながら。

講師はTRVAの院長である中村先生。我が家がお世話になってる病院は、TRVAを運営する病院の一つなので、夜間にもしものことがあったらこちらにお世話になることになる。今まで、別の二次診療病院にお世話になったことはありますが、こちらには未だお世話になっていないので、院長先生のお顔を拝めるだけでも意味があることだと思っていました。

まず、挨拶で「私たちは、夜から朝まで働いています。今日も朝まで勤務して、今夜も勤務です」と。普通の人が徹夜して、その時間で講義をしていただいているようなもの。しかもこのセミナー無料(愛玩協がお礼をするのでしょうけど)。それだけでお有り難いというか、先生の熱意を感じました。そして「質問はいつでもどうぞ」も、「この人、出来るな」と安心感がありました。

救急の話となると、ショッキングな話や獣医学的に高度な話が出てくるだろうから、一般向けであれば何か一言あるかと思ったのですが、「3時間という長丁場なので、皆さんがお疲れにならないように・・・」と心配をされていましたが、その程度でした。
確かに三時間面白くなければ眠ってしまうかも。でも席が先生の真ん前。眠る訳にもいかないなぁ~と思ったものでした(笑)

早速、幾つかの症例に入ってゆく。
まず、8歳のゴールデン。簡単にいえば元気がなくなってきた。心拍数がちょっと多いかな、呼吸数ははっきり多い。色々と疑われることはあったが歯茎が白かった。飼い主さんから色々聴いて、調べたら、脾臓の腫瘤が運動により破裂して、貧血を起こしていた、ということ。

さすが救急の話。一般人向けに(分かり易い言葉を使いながらも)獣医学的な言葉も出てきます。しかし、映し出される映像でほとんどの人は理解できたことでしょう。

その後も、幾つかの症例が紹介され、そこで体の中で何が起こっているかも説明してくださる。急に息が苦しくなった7歳のシーズー。色々な症状を紹介しながら、そこから左心房の僧房弁不全であることを示し、僧房弁不全と息が苦しくなる原因である肺水腫との関係も分かり易く説明してくださる。

このような話だけだと、「そんことは、起こりっこない」と思う人もあるでしょう。このような症例症状の紹介の中で必ず「体温」「心拍数」「呼吸数」を常日頃から把握しておくように、ということを訴えます。それだけでしたら何処にでも書いてあることですが、それらの具体的な計り方を教えてくださる。また「数字に拘ることはない」ということも。
例えば体温ならば、抱っこの仕方を少し工夫したり、耳を触ったりして「いつもの感じ」を覚えておいてください、と言います。体温計で数字を記録しておいて、ということではなくて。
心拍数は何処なら分かり易いか、呼吸数は、よく言われる15秒の4掛けの話。この話をするときも、実際犬が呼吸をしている映像を映して秒を数えながら数えてみたりします。分かり易いです。「私でも出来る!」と思えます。

その他、舌や歯茎の色も分かり易く重要な症状である、と。主に、白・青・黄であればどのようなことが疑われるか説明してくださる。その他、実際の症状の話があり、「症状の組み合わせが重要」と。だから各症状(体温なども)を把握しておくこと、それらの見方を身につけておくことが重要と説明してくださいます。

私の下手な文章だと獣医学的な症例紹介に読めますが、実際は「だから日常、このようなことに気を付けましょう。こういうことをやってみましょう」ということが多く、私は食い入るように聴いていました。
質問も多く、しかも現実的なこと、でも、質問者の方たちは出来るだけ一般化し、分かり易く質問していました。たぶん、今までも獣医さんに相談される機会があるような人なんだろうな、と思ったりもしました。

このように症状が分かる映像と解説、日常出来ること・しておくといいこと、発作などが起きた時に、何を見る・調べる、そして救急にお世話になるかをどのように判断するか、ということが「わかる、出来そう!」と思える内容でした。

先生は三時間の長丁場を心配していましたが、皆さんの質問も多々あり、あっという間に時間が過ぎて、後半の「食べてはいけないもの」の話は随分と省略していました。
そして、皆さんに集まっていただき「心肺蘇生セミナー」。心臓の位置が何処にあり、心臓マッサージはどのようにやるか。また、喉に詰まったものを吐き出させる方法についても説明がありました。これは、配られた紙に描かれた絵とは違うものがあり、そちらの方が「なるほど」と思ったものでした。
 

 

同じ内容のものが今後も聴くことが出来るかどうか分かりませんが、もしあなたが獣医学的な基本的なこと(自分のペットの体の基本的なこと)がある程度分かっていて、それをどのように活かせばいいのかと思っている人、心臓の遺伝性疾患や胃捻転が知られている犬種と暮らしている人、その他、発作を起こす病気をもっていたり、高齢で色々病気が出てきた・きそうなペットと暮らしている人も、今後、中村先生の同様のセミナーがあったら、参加することをお勧めします。

長くなったので、このあたりで失礼します。

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2014年3月26日 (水)

思い出した

先日、うーにーとよく行った河川敷へ行った。暇ということはない。どちらかと言えば忙しい。やらねばならないこといっぱい。でも、いろいろあって、「ま、いっか」になっている。そんな日々だからこそ、あそこに行きたくなったのかも。

昔、そう、もう昔と言ってもいいくらい前、うーにーを連れて行くと、他にも犬の散歩に会ったものだ。それも何頭も。それが最近ではあまり見なくなった。

その日はすぐに、レトリバーを訓練している姿が目に入った。訓練競技会用の訓練だ。犬はキビキビ動き嬉しそう。ハンドラーは出来るだけ小さな動きで、かつ、ロボットのように余計な動きをせずに動いている。男性だったのですが陽性強化の先生がよく使う妙な高音を発していた。

ひと段落したとき、ロボットモードをやめて犬を可愛がった。そのやり方が「えっ、そこをそんなことしないでしょ?、あと3センチはずらすでしょ?、この人、犬の経験浅いな」と思った。そして、「そういえば、自分は何故訓練競技会的訓練をやらなかったんだっけ?」と思いだそうとしたが、すぐに思えだせなかった。

あの可愛がり方をもう一度思い出したら分かった。
うーにーにハタチまで生きて欲しかったからだ。私の目には、あの嬉しそうな脚即行進も関節に負担がかかると感じた。10歳までの命ならなんら問題ないだろう。しかしハタチを考えたときに、「絶対ダメ」と思ったものでした。

うーにーは7ヶ月で股関節の写真を撮った。あまりいい判定ではなかった。無麻酔だったので、その見方について色々と意見する人たちがいた。当時の私は無知に近かった。なので恥も何もなく勉強させていただいた。
分かったことは、外から見た動きが中でどうなっているかが分かればいいのだ。その動きが(どんなに小さくても)炎症を起こすような動きであってはならない。それだけのような気がした。

その後は定期的なレントゲン、そしてペン・ヒップ。当然といえば当然ですが、あまりいい評価ではなかった。しかし、私は焦ることはなかった。ハタチ仕様の生活を送らせてあげていると、自分で思うことが出来ていた。

うーにーは、16歳と3ヶ月以上生きた。最期の何日かは立てなかったがそれは足腰の問題ではない。もう衰弱していた。ハタチではなかったけど、自分のやってきたことは間違えではなかったと思えたりした。

昔、大型犬は10歳ちょっとが寿命と言われていた。もっと短い犬もいた。それが15歳くらいは珍しくなくなった。訓練競技会をはじめ、犬と楽しめる競技の数も増えている。その指導者たちは、犬たちが高齢になったときのことをどれだけ考えているのだろうか。

そんなことが気になった。

 
こんな愚痴っぽいことを考えてしまったのですが、犬を一頭もみないよりはマシ。

それにしても、犬たちは何処で遊んでいるのだろう。
それとも犬の数が減っているのかな。
どうなんでしょう。

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2013年5月16日 (木)

どうせ死ぬなら「がん」がいい

とあるレスキュー団体の人が貸してくれた本。
人間のための内容であり、動物のことは一切触れていません。

レスキュー団体をやっていると、犬の「がん」と向き合わなければならない場面も少なからずあるという。

「がん」治療は、ギャンブルとも言えます。
抗がん剤は効くかどうかわからない。切除した後、再発がするのか、もしかしたら進行スピードが上がってしまうかもしれない。外科的治療は麻酔のリスクもある。
そしてそれらには、経済的な負担もかかる。

そんな意味でも「どうなんだろう」と思ったりしますが、医学的なデータ(論文)や終末医療を見つめ続けている医師から、全く治療をしないのも選択肢として存在することを提示してくれる。

治療をしないことを考えたい人は、一読の価値あり。
がん治療の副作用や末期の苦痛について、懐疑的な方にも参考になります。

冒頭にも書きましたが、犬のことは書かれていませんが、がんの犬たちと向き合ってきた人が「参考になった」と言っていた本です。

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2012年10月22日 (月)

読書感想文 きっとね。

この本が我が家に来たのは、今年の春だと思う。女房の友達が持ってきてくれた。

何組かの犬と飼い主の別れのドキュメンタリー。
初めの登場するのは、シンガーソングライターの植村花菜さん。
申し訳ないが彼女の章を読んで止まってしまった。犬の一生にしっかり付き合いきった、という印象をもつことができす、別れについても、何か伝わりきらないものを感じていた。
ちょうど女房の手術の頃だと思う。ということは、半年近く放置されていたことになる。

 

先日、まいすを病院へ連れて行ったときのこと。女房が「あの本読んだ?」という。「まだだけど」と答えると、「早く読みなよ。読み終えたら、病院に寄付するから」という。
病院の待合室には本棚があり、何冊かの本がある。そこに寄付しようと言う訳だ。

この本を読もうと思ったきっかけは、長年お世話になっている、うーにーとまいすの主治医である先生が、獣医の立場から最期のときのことについてインタビューを受けている。でも、待合室にこの本はない。先生の写真まで出ているので、待合室に置いていただくのが一番いいだろう。

 

急いで続きを読む。
他の飼い主&犬との関係は、とても(いい意味で)重さを感じた。
最期の別れの意味を伝えるには、その家族の関係を、つまり、犬が来たとき、若いとき、などの話しも出てくる。犬からどれだけのものを受け取ったかを伝えなければ、別れの重さは伝わらない。その飼い主にとって、犬を失う意味を読者に伝えることは出来ないだろう。
その部分があったら引き込まれた。

もう一つ、個人的に引き込まれるように読んでしまったのは、犬を迎えた時期が1990年代である家族が多い。最近、高齢になって亡くなったのですから、そういうことになる。
我が家にうーにーが来たのは、1994年。今ほどのペットブームではなく、ドッグカフェというものもなければ、ほとんどの人はドッグランという言葉も知らなかった。不妊手術についても諸説あり、行なわないのが一般的と言ってもいい時代でした。
とにかく、今とは「覚悟」のようなものが違う時代です。本の中に出てくる各家族に似た感覚のようなものを感じ、ぐいぐい読んでしまった。

 

獣医療が発達した現在、お金と時間をかけることが出来れば、希望が見出せる可能性がある時代です。どこをラインとして、どのように判断して、いつ最後の一歩するか。他の家族がそれらをどのように判断したか、なかなか知ることが出来ない。それを知ることが出来るという意味で、一読の価値がある本だと思います。

残念なことは、「飼い主家族のその後」がほとんど書かれていないこと。俗にいうところのペットロスについても、もう少しは触れて欲しかった。
これだけのことをした飼い主たちが、その後、その犬たちに、どのように気持ちを向け続けているか。それについて、もう少し力を入れて欲しかった。

 

ほとんど最後の解説的な部分に出てくる、うーにーとまいすの主治医の先生の話しもなかなかいいものです。
こちらの病院を選んだのは、ブリーダーでした。結果として他の獣医さんには一度もかかったことがありません。いい先生を紹介してくださったと思っています。

 

犬との生活は多くのものを得ることが出来、多くの出会いの機会を与えてくれます。そのようなことを感じることが出来る一冊でした。

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2011年2月22日 (火)

ボンボン・マルコスのイヌ

タイトルの本を覚えている人は、どれくらいいるだろうか。この本を最近読んだ。
第1刷は、1996年4月20日発行となっている。そして手元にある本は、第2刷で、1996年6月20日だ。読んだ方も多いかと思います。

15年も前の本を何故今読んだかというと、15年でどれだけ社会の認識が変わったのか知りたかったから。

結果は、ほとんど変わっていないのでは、と感じました。

狂犬病においても清浄国とされている日本ですが、15年前、既に(世界基準でみれば)充分に清潔(かつ化学的?)な環境で、ウィルス、細菌、寄生虫などが生存することが難しくなっていました。
本の中でも書かれていますが、それ以前からその様な状態が続き、ペット病(←この本での表現。「人畜共通伝染病」という表現は一般的ではなかった)は珍しい病気になり、多くの医師がカバーするべき範囲ではなくなっていたようです。
「ネコひっかき病」「パスツレラ」「オウム病」などにかかって、近所のお医者さんに行っても、それらの可能性を見抜き、適切な病院の紹介をして下してくださる先生は、15年前にくらべれば少し増えただけではないでしょうか。

当時と今との違いは、インターネットが普及し、飼い主側が知識をもてるようになったこと。そのため大事に至ることは少なくなったとは思います。
これは、体調を崩してはじめて調べる人が多いのであって、ペットを迎えた時に、それらを知る訳ではないという意味で、当時とそれほど変わっていないと言っていいだろう。

 

この本のいいところは、最後の章だ。
ペットとヒトとの間にはルールが必要と思うが、それを守ることは簡単には出来ないのが現実である、と書かれている。
主観的にも客観的にも、そういうことを実感している先生が書かれている本なので、とても理解し易い。

 

近年、法律の改正などを含め、新しい動きがみられますが、たまに「この人は、犬や猫とどのような関係なのだろうか?」と思う人がいる。
ペットとヒトの関係(の実情)をよく把握した上で、活動していただきたいものです。

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2010年11月25日 (木)

1002 補液

夕方、補液のため病院へ。
病院に着くと、ハーハーが激しい。心配になる。ここのところ、病院の帰りの車の中から落ち着くので、それを期待する。

この日は、補液のやり方を教わる。うーにーは背中の皮が余っているし、最近、補液のやり過ぎか、さらに余ってきているような気がします。なので、一番心配だった刺すことは、それほど神経質にならずに出来そう。
それよりも心配なのは、器具の「こことここは、絶対に触らないでください」など、衛生管理面。慣れないことなので、つい触ってしまいそう。

体温を計ると、やはりちょっと高い。先生曰く、「体温が上がるということは、体が何かと戦っています。弱ってくると、上がりません。」と。やはり、うーにーは普通の犬ではないんだな、と思いました。
「何がいいのか分かりませんが、病院の帰りにはいつも落ち着いているんです。」と話をすると、先生も首を捻るし、私たちにも何がいいのか分かりません。
このときは、補液が終わり、自宅での穂液方法の説明を聞いていたときに、息が落ち着き、すやすやモードになっていました。
先生は「もしかしたら、補液で体温が下がっていいのかも。体力が落ちてくれば体温も上がりません。そうなったときは、人肌まで温めてください。レンジで30秒くらいかな。」と。

その後、帰りの車中、帰宅してからもひたすら寝ていました。時々、眼球を動かし、脚も少し動いたりしていました。

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2010年11月12日 (金)

0928 下手で御免

夕方、五時ごろ。うーにーは相変わらずすやすや寝ている感じ。(マイボーム腺腫のため目を閉じることができない。)
女房が、「そろそろ寝返りを。それと排尿もかな。」という。確かにそうだ。

どちらを先にやるかと話し合い、「どれどれ」と陰部を見ると、まるで話が分かっているかのように、一滴だけ漏れていた。

まず、女房が強制排尿に挑戦。出来ず。
私がやるも苦戦する。諦めようとしたとき、やはり、うーにーが気を遣ってくれてか、勢いよくいくらか出た。たぶん全部には程遠いとは思うが出てくれてほっとした。

今まで強制排尿を試みると、不快そうな態度になったが、このときはそうでもなかった。ほっとした。

 

それから少し時間をおいて、寝返りをさせた。いつもその後は辛そうにするのですが、この日は、そのまますやすや。
体力が回復することを祈るばかり。

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2010年11月 5日 (金)

0926 ただただ不思議

20101106a夜、女房が風呂に入るので、うーにーの傍にいた。
バタバタ動いたときに水を飲ませたりしていた。水には牛乳と黒糖が混ぜられているが、大した栄養にはならないだろう。

飲むことが出来る機会は限られているので、寝ているうーにーの口に、シリンジでそれを注入したりしてみる。上手くゴックンとしてくれればラッキー。

シリンジですからメモリが付いています。一回でどれくらい入れているのだろうと見てみたら、約1ml。何度入れたところで、口が渇かない程度にしかならないだろうな、と思った。

20101106bふとうーにーの体を見る。イボは多いが綺麗に見える。たまに目に力を感じることもある。少し前までは、介助が必要ながら外でトイレをしていた。血液検査もそれほど悪くない。激しい苦痛があるようには見えない。
それなのに、ほんの二日前から、自分でトイレが出来なくなり、そして食事が出来なくなった。続いて排便はどちらもほとんど垂れ流しになった。ほんの二日間のこと。その前は自分で出来たのに。

ただただ、何故?、と思ってしまう。
その気持ちは、悲しいとか悔しいとかいうことではなく、ただただ不思議。

本当は痛みがあるのだろうか。苦しいのだろうか。
うーにーは、そういうものを決して見せようとしない。
爪の鞘がスッポリ抜けてしまっても、私たちの遊びに付き合ってくれたこともあった。骨が変形しても、黙って耐え、あるときレントゲンを見てビックリしたこともあった。

本当のことは分からないし、分かられたくないのだと思う。
きっと、うーにーなりの気遣いなんだろう。

 

今、ここに居るのがうーにーであることに感謝すると同時に誇りに感じます。

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