2019年1月22日 (火)

夜ノ森駅が解体

前の書込みで、夜ノ森駅のことを書いた。

2020年に運転再開という情報があった。「あの味のある駅舎が復活するんだ、おぼまが捕獲された駅前のロータリーもそのままだろうか」、と想像していた。

その後、解体のニュースが入ってきた。
あの駅舎は、「1921(大正10)年から使われていたもの」らしい。

そして解体が始まるニュースが入ってきた。
地元の人の悔しさがにじむ発言もTwitterにあった。

 

おばまを迎えるにあたって、夜ノ森という町のことを調べたことがある。
一般的な情報としてWikiPedia。夜ノ森駅夜ノ森(町)の項目がある。それを基に以下書き進める。

夜ノ森という場所は、少なくとも戦国時代から「境界地帯」であったらしい。領地の境目でもあったし、文化的にも自然地理面でも境界地帯であったと書かれている。

そのような場所は何かと問題が起きて栄えないものだとおもっていましたが、そこに夜ノ森駅を作ろうとなった。
鉄道の当初の計画は、「富岡小良ケ浜から熊町(大熊町熊)を通って」とある。富岡小良ケ浜とは、夜ノ森の海側の地域だ。つまり、夜ノ森に鉄道が通る計画はなかった。
それをなんとか夜ノ森に鉄道を通し、駅を作るまで漕ぎつけた。

駅が開業したのは1921(大正10)年。
有名な桜並木を作ったのは、「戊辰戦争後の1900年に、旧中村藩士の息子である半谷清寿が、農村開発の着手を期して桜の木を植えたことに始まる。」とある。
重機のない時代に、約1500本の桜を植えることは大変なことだっただろう。観光が立派な産業資源とみなされない時代に、である。
この地に対する想いが強い人たちがいたのだろう。

当初の計画を変更して夜ノ森駅を作る条件として、地元に多くの負担をお願いしたそうだ。その負担の大きさには驚くばかりでした。

昔は、その土地を愛する有力者が大きなプロジェクトを私財を投じて行うことは珍しくなかった。地元庶民は仕事をもらえることになる。きつい仕事だったと思うが、地元の人たちは、地域の将来を夢見ることが出来ただろう。
夜ノ森については、駅が出来たことで多くの人が住むようになったこは確かなようです。

 

WikiPedia 他で色々と調べて、明治・大正時代に夢見ていた人たちのことを想像した。そしてあの駅舎は、私の想像にぴったりな姿だった。そこにおばまが暮らしていたことも。
大正時代当時のことを覚えている人は、もう生きていないとおもいますが、語り継がれていることもあるとおもいます。

新しい駅舎が出来て、後世にどんな話が語り継がれるのだろうか。

 

そして一日も早く、帰還困難区域と指定されている状況が改善され、夜ノ森で安心して暮らせるようになることを祈っています。

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2018年12月26日 (水)

久しぶりの豪徳寺 2018.12.26

年末だからか何かと忙しい。そんなとき、急に散歩に行きたくなる。
今夜はボランティア関係の忘年会のようもの。何気なく集まって近況報告の予定。昨年は、夜の集まりの前に豪徳寺にも行った。そのことを思い出し、豪徳寺に行ってきました。

豪徳寺には幾つかのお堂がありますが、どのお堂の中にも年末年始の準備と思われるダンボールが置いてありました。大晦日の夜は多くの人で賑わいます。(近くの世田谷八幡の方が凄いですが。)
今年は暖冬だからでしょうか、年末でも色づいた葉をつけたままの木が何本か。

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いつも凄い数の絵馬がさがっていますが、今日はとても少なかったです。
お堂に近い方には日本語の絵馬が多かった。外のは諸々の外国語のものがほとんどでした。

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招き猫の奉納所の看板の裏に「梅月」と書いてあった。
「そんな月、あったかな?」と調べたら「梅雨の月」で陰暦五月だそうです。ちなみに「ばいげつ」と読む。「梅つ月」は「うめつつき」で陰暦二月。

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周囲の会話が耳に入ってくる。日本語が聞こえてこない。世界的な観光地になったみたいです。

今日気が付いたのですが、山門近くに自転車置き場が出来ていました。大晦日対応ですね、きっと。

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ついでに、豪徳寺のちょっとしたお話。
猫以外にも井伊家縁の寺として有名ですが、その関係と言われている(詳しいことは分からないらしい)赤い門があります。この門の存在をしっていると効率的にお寺内を動けます。

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2018年12月25日 (火)

(読書感想文)ドン・キホーテ (下)

上と中で、概要と感想を書いた。
今回は、ふとおもったことを書いておく。

今の世の中にも、当時の騎士道物語のような存在のものがあるのではないか。それは、ネットからの情報。
そんなことが頭に浮かんだ。

ネットに物事の善悪の判断を問う人が多くなったという。
しかし(そのネットで)次のようなタイトルの記事も見た。
----------
ネットで質問し、期待するものは「答え」ではなく「共感」
----------

ドン・キホーテは騎士道物語の中に自分の理想の世界を見出し、そこに入っていけば、周囲の人たちは共感してくれると信じていたのかもしれない。
しかしそうはならず、現実の人間関係、村での立場はなくなってしまった。

ネット社会に自分の立ち位置を求めすぎる人たちは、顔と顔を合わせる付き合いにストレスを感じてゆくのではないか。最近では実店舗で買い物をするのが苦手な人が増えてきていると聞いたこともある。

昔はネット社会がありませんでした。人付き合いの基本は「顔と顔を合わせる付き合い」。なので、お中元お歳暮は直接届けた。盆暮れには親戚は集まり、職場では節目節目に飲み会があるのは当たり前。それが変わってきた。
それらが好きだった人は、それほどいなかっただろう。しかし当たり前の慣習になっていた。
今はこれらを行おうとする(行わせようとする)とハラスメントになりかねない。

(このような付き合いのない)ネットの中に友達を見つけることは当たり前になりました。友達でなくても、ネット上で意見を言い合う(←話し合いとはちょっと違う)こともあちこちで行われています。
それは良いことだとおもいますが、そこから導き出される結果が、顔と顔を合わせる社会での問題解決に必ず役立つものなのだろうか。
勿論、役立つこともあるだろう。しかし、そうでなくこともあるだろう。そうなったとき、本人がより辛くなるだけではないかと考えることがある。

 

ネット社会で得た(訊いた)世の中の常識により行動した結果、騎士道物語の常識により行動したドン・キホーテと同様の影響を周囲に与えることもあるのではないか、と頭によぎった。

20181225aこのようなことを考えるようになったのは、あの20数年前だ。
犬との生活は手間がかかる。しかしその手間以上の見返りがある。それを知ってもらいたいと願った。
知ってもらいたい人の多くは、(当時はネットが今ほど普及していなかったので)、書籍や一部の専門家と称していた人たちの言葉の中から、自分が共感できるものだけを選び出し、言い訳の理論武装のようにしていた。
勿論、何も改善されない。残念である。残念な生活が続くのは本人だけではなく、犬もだ。

これと同じことを今でも感じる場面がある。
ネットがこれだけ普及したので、その数は増えた。

 

ドン・キホーテは、1605年に前編が1615年に後編が出版されていますが、21世紀の現在でも「こういう人、いるな」と感じる内容となっていることに気が付いた。

名著と称される理由が分かったような気がした。

いつか、全6巻バージョンを読んでみたいとおもうようになった。

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2018年12月24日 (月)

(読書感想文)ドン・キホーテ (中)


(読書感想文)ドン・キホーテ (中)

ドン・キホーテを読んでみた。全然違った(苦)


まず感じたこと。

大きなテーマもありますが、しっかり小分けになっていて、まるで子供の頃に観たアニメ番組ようだった。各回パターンは決まっている。どうなるかある程度先が読める。そんなところも似ていた。その意味では面白い。

当時の人たちも大いに楽しんだようだ。
Wikipedia のドン・キホーテのページでも、当時の人気について書かれている。

大きなテーマは、宗教と騎士道物語。当時のスペイン(ヨーロッパのキリスト教圏?)で尊重されていたものらしい。それらに対して風刺的な内容を書くことで、大衆に考え直してほしいという感じだろうか。

決して浮き足立った内容ではない。騎士道物語という魔法まで出てくるバーチャルなものに影響されている世の中に対しての問いかけなのだろう。
そのような内容でありながら、娯楽物として多くの人に読んでもらえることが出来る内容に仕上がっている。



以下、私の感想

思慮分別なくその場の思いつきや雰囲気だけで、風車を巨人の化身であると決めつけるとおもっていたがそうではない。彼なりの知識から導かれた確固たる答えなのだ。
現実から離れてしまう原因は、騎士道物語に出てくる魔法である。彼はそれを信じ込んでいる。(信じ込んでいる振りをしているのか?、とおもうこともあった。)

私は、騎士道物語を読んだことありませんが、ドン・キホーテを読む限り、日本で云うなら武者たちの武勇伝なのだろう。
日本でも昔は妖術などが出てくる話があり庶民が楽しんだようですが、騎士道物語では「魔法」がストーリーの中で大きな役割を担っているようです。

騎士道の根底にはキリスト教の精神が流れている。日本の武士道の根底に日本古来の宗教観などが流れているのと同じなのでしょう。命のやり取りをするのであればそうなることとおもいます。
今のヨーロッパの人たちにとっても、キリスト教というものが人々の心の拠り所になっていることは話に聞きますが、当時は今まで以上にその影響は大きかったようです。

そのような世の中で、騎士道物語を読みふけり「自分は世の為人の為に遍歴の騎士になるべきだ」と思い込み実行する。その道中は(魔法が出てくる)騎士道物語の常識により判断し、問題を解決をしようとする。

現実は魔法もなければ、問題さえないことが多い。しかし、騎士道物語の常識で考えれば、彼が出す答えは間違えではないのだろう。

馬鹿げているとおもうのは簡単。
今の世の中でも、何らかの教えによってゴタゴタを起こす人はいる。そのようなことを語りたいのだろうなと感じた。



私が抱いていたイメージとの違いを書いておく。

とにかく手柄を立てたくて、思慮分別なくその場の思いつきや雰囲気だけで、風車を巨人の化身であると決めつける話だと想像していた。お気軽なドタバタ小説だとおもっていた。つまり子供向けの単純な話だとおもっていた。
そのイメージとの違いを書いておく。

彼には「こいつと戦わねばならぬ」と決め付けるだけの、膨大な数の騎士道物語という根拠があった。
読み始めた頃は「それにしてもただのいかれたオヤジだ。人間としてもダメ。周りの人にどんだけ迷惑かければ気が済むの?」と感じたのですが、読み進めてゆくと「人間としては、いい人かも」とおもうようになる。騎士道物語に出会わなければ、いい人として一生過ごしただろうなとおもう場面が幾つかでてくる。それをおもわせるストーリーもある。

20181224a従者であるサンチョ・パンサは、無学であり欲深い人間のようにも読めるが、こちらも読み進めると、多くの諺を知っているし、思慮深く、生きるために必要なもののみを欲しっているだけであることに気づく。それに対し、学があり、生きるためには必要不可欠ではないもの(つまり必要以上のもの)までも欲するドン・キホーテ。この二人が対照的に描かれていた。

騎士道物語や騎士道、キリスト教の昔からの慣わしなどに疑問を抱くべきという想いが著者にはあり、その裏返しをドン・キホーテに投影した。
生きるためには、世間で云われているほど格好良くなくてもいいし、実際そんなことを言っていられない。そのようなことを伝えたかったのだろう。

読み始めるにあたり、少し調べた。
著者は(苦労の連続という意味で)波乱の人生であったことを知る。何度か投獄もされているが、真面目に仕事をしていただけではなかったのだろうか、生きることに真剣だった結果、投獄されたのかも、とおもう。

20数年前「自分はドン・キホーテに似ているのでは?」は明らかな間違えで、著者であるセルバンテスに似ているのかもしれない。
しかし、自分と比べるのはおこがましいの一言である。

このバージョンは、子供も楽しめるものだし、大人が真剣に読むには単純すぎる。
いつか完全バージョン(全6冊らしい)を読んでみたいものだ。

 

読み進めている内にあることに気が付いた。
そのことを次回書きたいとおもう。

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2018年12月23日 (日)

(読書感想文)ドン・キホーテ (上)

20181223a読書感想文、二つ目は「ドン・キホーテ」。
書いてみたら(毎度のこと?)長くなったので3つに分けて、上中下にします(苦)

Wikipedia のドン・キホーテのページを読むと、以下のような一文がある。
===========
2002年5月8日にノーベル研究所と愛書家団体が発表した、世界54か国の著名な文学者100人の投票による「史上最高の文学百選」で1位を獲得した。
===========

世界的に有名な小説らしい。

作者はセルバンテス。私が読んだものは牛島信明編訳。
「編訳」とある通りアレンジがしているものらしい。
ドン・キホーテは前後編に分かれているが、それを上手く繋げたバージョンとのこと。また、とても長い小説らしいのですが、これは一冊にまとまっている。

この本は図書館で借りたものですが小中学生向けの場所にあったものです。
その本は既に返してしまったので、記憶を手繰りながら感想文を書いてみます。

 

20181223b
子供の頃からこの「ドン・キホーテ」のことは知っていた。しかし本を読む習慣がない私は読まなかった。
「頭がおかしくなった男が英雄気取りで風車に戦いを挑む話」と聞かされ、それだけ知れば満足だった。

 

二十数年前、犬を迎えた。当時の私は一日のほとんどを犬と過ごした。また、犬について的確な知識を与えてくださる人たちにも恵まれた。
「恵まれた」ことに気が付かず、「なぁ~んだ、犬との暮らしって簡単じゃん。みんなちょっと勘違いして苦労し過ぎ~」と勘違いした。

その頃「犬とゆく」をはじめることを考える。
「ここを入口に、皆が勘違いに気付くれるよな、きっと」と勘違いしながら。
そして勘違いに気が付いてゆく。一つ気付き考え直して進むと、それも勘違いだと気が付く。

遠くの目標が見えるのに、次の一歩を何処に出していいのか分からない。そんな自分を情けなくおもいイライラもした。

そのようなとき、ドン・キホーテもこんな感じなのかな、とおもった記憶がある。
誰でもいいから相手を見つけて戦いを挑めば楽になれるだろうけど、その(とりあえずの)相手さえも分からない自分。
ドン・キホーテは戦う相手決め付けることによって手柄を得ようとしたが、戦いに負ける。そのように想像していた。
私は、おもいつく相手が本当は戦うべき相手ではないことを、的確な知識を与えてくださった人たちから教えてもらい、自分でもそれを確認していった。その違いはある。
違いはあるものの、その焦りのようなものは似ているだろうと想像していた。

今でも、勘違いが確認されたり、焦りを感じるとき、ドン・キホーテが頭に浮かぶ。
なので、そのことを確認したくて、いつかはこの本を読んでみようとおもっていた。

先日、女房に付き合って図書館に行った時、何気なくこの本を(図書館内の検索サービスで)検索したら館内にあったので借りてみた。

つづく

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2018年12月21日 (金)

ヒラタアブ

ブラウザのブックマークを整理していたら、「こんな虫のことを調べたらな」と思い出したので書いておく。

今年の春、まだ寒い時期だったとおもう。家の中に黄色と黒の縞模様の蜂のような虫がいた。驚いて出て行ってもらおうと考えたのですが、よく見ると蜂ではなさそう。そこで調べてみた。

どうもヒラタアブという虫らしい。ハエ(双翅)目ハナアブ科ヒラタアブ亜科の虫。
私が見たものは、以下のページの「オオヒメヒラタアブ」が似ていた。
http://chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/chigakuhp/html/kyo/seibutsu/doubutsu/07hae/hirataabu/

この虫はどんな虫なのか調べた。
なんとアブラムシを食べてくれるらしい。
http://www.boujo.net/handbook/hana/hana-290.html

それが分かってからは大事にしてあげた。
今年はアブラムシの姿を見ることはほとんどなかった。

ヒラタアブのお陰か!

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2018年12月14日 (金)

補助犬のステージ

先の日曜日、昼食は女房と外食をした。
帰り際、区役所の中庭で福祉関係のイベントがやっていたので寄ってみた。後から調べてみたら、障害者週間記念事業「第38回区民ふれあいフェスタ」、というものらしい。

通りかかったときに、ちょうど補助犬のステージをやっていた。その時のことを前々回少し触れましたが、もう少し詳しく書いてみたいとおもいます。

 

「何かイベントやっているね」と小さなテントが並ぶ世田谷区役所の中庭に入ってゆくと、ステージ上に犬がいて男性が何やら喋っている。補助犬を知ってもらうためのステージのようだ。屋外の小さなステージ前には50席くらい用意されていたが、半分も埋まっていなかったので、二人で最前列に座りステージを見た。

座った時、介助犬の見習いが物を拾うのを見せようとしていたのですが、集中力が定まらず、どうにか口で持ち上げるまで出来ても、ワチャワチャしてしまい上手く手渡せなかったり、ついにはキョロキョロした挙句、ステージから一人で降りてしまったり。

次に介助犬の退役犬が出てきました。さすがに落ち着いていました。なんてことなく、落としたものを拾い、人に渡す。それだけなのですが、前の犬がとてもストレスを感じていたのは分かったし、上手く渡すことが出来なかったので、こちらの犬には「貫禄だな」と見入ってしまいました。

この間15分くらいでしたが、足をとめた人の半分くらいは移動していました。見習い犬のときは私も「見る意味ないかも」とおもいました。退役犬はあまりに当たり前のように作業するので、犬のことに詳しくない人はこちらも興味を持たないかも。

貫禄の、介助犬の退役犬の後は、聴導犬の見習い君。
この犬はステージ上でマーキングしていました。それでも話続ける人も凄いなと思いましたが、やはり「食い入るように見る」という感じにはなれませんでした。

デモンストレーションは食い入るように見てしまうくらいの内容がいいのではないか、とおもったものでした。

 

犬の動きとは別に、お話の中には興味深いものがありました。その中から2つ紹介します。

(その1)
補助犬とは障害者が暮らすことが許される犬で、その生活の中で障害者をサポートする。

そうだよなとおもった。先日こちらで「補助犬はハイテク補助具に代わるのか」という3ページに渡る記事を書きました。その中でも似たようなことを書きましたが、ここまでの認識はありませんでした。
障害者には犬と暮らす権利はない、では寂しすぎる。このような考えには、ほっとしたものを感じました。

(その2)
補助犬を連れていることで、障害者であることを周囲に伝えることが出来る。

特に聴導犬だそうですが、聴覚障害者の方は街中を歩いていても周囲の人はそのことが分かりません。自転車のベルを鳴らされても避けなければ自転車の人はイラつくことでしょう。結果として怖い目に遭うこともあるそうです。
つまり、聴導犬がいることで視覚障害者であることを周囲に伝えることが出来るそうです。
聴覚障害者の方は街中を歩くときに、自分が聴覚障害者であることが周囲に分からないことで起こるトラブルに、常にヒヤヒヤしながら歩いているとのことでした。

「うんうん、ためになった!」とおもったものですが...

 

ステージが終わりに近づき、まとめに入ったとき、「補助犬には、盲導犬、介助犬、聴導犬という三つが法律で定められています」というようなことを説明していました。そして終わりの時間になり、総合司会と思われる女性がステージ上に現れます。
「介助犬といっても、、、」、補助犬と言うべきところを介助犬と間違って喋っていました。

小さなステージといえども区のイベント。プロの司会の方だとおもいます。正しく情報を伝えるのが仕事な人でさえ、この程度の認識なんだなと残念に思わざるをえませんでした。
補助犬については、福祉関係の中でもあまり興味をもたれない分野なのかもしれません。数がいないので仕方がないのかも。

 

ステージに立っていたのは、A.W.D.S.A という団体でした。この団体には、ほんの少しだけ思い出があります。

今から15年くらい前だと思います。うーにーは生きていました。私は東北のとある場所でうーにーと散歩していました。人家は全く見えないような所でした。そんな所で、初めて会った人と話をしていました。その人が語っていたのが、この団体でした。「今後、この団体の協力していこうとおもう」、とかお話されていたような記憶があります。

当時(ある程度情報を集めていた私でも)この団体を全く知りませんでした。そのような状態からですし、世の中としても、補助犬法が出来た頃だったので「補助犬の育成はとても大掛かりなので苦労しそうだな」と思った記憶があります。

 

HPを見てみると、災害救助犬の育成からはじめ、現在は介助犬と聴導犬の育成をされているようです。

このような団体を運営されている以上、ご苦労は絶えないとおもいますが、これからも日々研鑽を積んでいただければと願っています。
そして補助犬がどんな犬なのか、障害者の方とどのような生活をしているのか、広めていっていただけたらと願っています。

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2018年11月22日 (木)

補助犬はハイテク補助具に代わるのか(3.将来のこと)

つづいた

「補助犬に対し酷い扱いをするユーザーがいるから、補助犬なんてやめてハイテク補助具にすればいいのでは」、と考える人たちがいます。

酷い扱いをするユーザー対策は各協会も腐心されていることでしょう。
「この人なら大丈夫」とユーザーになってもらったら、酷い扱いをされてしまった。しかし犬を返えしてもらうにはそれなりの手続きが必要で簡単なことではない。

そのような人たちはどれくらいいるのだろうか。

補助犬の稼動頭数はこちらのページに出ていました。この記事を書いている時点で1000~1100の間です。尽力してきた歴史を考えると(私は)「これだけ?」と感じてしまう。

一人(一頭)でも約0.1%。悪質なケースですから、割合としても絶対に見過ごしてはならない数字ではないでしょうか。

補助犬になるまでには多くの人の善意の協力が必要だし、お金もとてもかかります。現場で関わった人、陰ながら支えている人、皆がユーザーも犬も幸せになって欲しいと願っているはずです。しかし酷い扱いをするユーザーがいる。

その対策には協会も力を惜しまないはずですですが、そのようなユーザーが後を断たないのであれば、今まで以上の対策が必要なのかもしれません。

それが、「ハイテク補助具に代えること」になるのは、技術的に「今すぐ」は無理でしょうから、せめて各協会への通報をし易くすることと、そのような場合は迅速に返してもらえるような仕組みにしていただければと願うばかりです。

 


私が「犬とゆく」を始めた理由の一つは、公の場で犬を連れているときにされる対応に驚いたことです。1990年代中頃です。
まずは「その場」のことを考えましたが、そのような対応をする人が犬をはじめ身近な動物に対しどのような感覚を持ち、その感覚からどのように接しているかを想像したとき、「その場」だけでは解決にならないことを理解しました。

犬が好き勝手に排泄をしないようにしつけることも出来れば、気分任せに勝手な行動をすることもない。(初めての場所であっても)その場の状況を理解し、それに応じた振舞いが出来る。
そのようなことを理解してもらうには「言葉」だけでは(足りないどころか)全く意味がないことを実体験として感じました。

実際の行動を見てもらうこと。それも一回だけでなく「いつもこうしていますよ」「これが普通です」「犬はそれを身につけることが出来るんです」「これが犬なんです」と見てもらい続けること。それには連れて歩く人が増えなければなりません。

そんなことを考えていた頃、日常的に犬を連れて歩いている盲導犬ユーザーに関心をもちました。そして盲導犬に関わる人たちの話を聞かせていただきました。お話から想像するご苦労には、ただただ頭が下がるばかり。それでも盲導犬と暮らしを続けるのは、犬と密に暮らすことが素敵だからなんだろう、と犬と暮らす初心者だった私は憧れのようなものを抱いた記憶があります。

 


1990年代の後半、集合住宅でもペット可の物件が増えていきました。その後小型犬ブームがやってきて、ペット産業は一大産業と言われるようになりました。
身近な動物に関わる法律が1999年に大改正があり2000年に施行され、動物愛護に関わる活動も社会に理解されるようになってきました。それらの活動の広まりと共に、社会全体の意識も変わってきていることを感じています。

別の視点から考えると、この10年くらいで、インターネット・インフラの整備やスマホの普及により、写真や動画が撮り易くなり、ネットにアップすれば情報共有し易くなりました。良いことも悪いことも明るみに出やすい時代です。

2000年以降の社会の変化と、近年の携帯端末の高度化やインターネット・インフラの充実を考えれば、今後、補助犬がユーザーから酷い扱いを受けることは減るのではないかと考えています。

それでも(コストの面から考えれば)時代はハイテク補助具に向かう可能性は大きいといわざるを得ないでしょう。

 


補助犬はハイテク補助具に代わるのか。

介護現場のことも考えれば、ハイテク補助具の開発は進むことでしょう。
リアルな人間関係が薄れてゆく時代の流れを考えれば、犬を使うことは難しくなってゆくし、ハイテク(補助具に限らず)器具を使うのが当たり前の世の中になってゆくと考えています。(スマホがこれだけ普及し、ネットビジネスが当たり前になったように。)

それでも補助犬は残してほしいと願っています。
「健常者がペットを飼う意義と同じなのでは?」と指摘されても、その考えは変わりません。
細かいことを言わせていただければ「ペット」ではなく「コンパニオン・アニマル」と言い換えてほしいです。

補助犬の価値は、コンパニオン・アニマルであることだと私は考えています。
(そのように考えなかったり、付き合えない人はユーザーにならないでほしいと、関わっている人たち全てが考えていることでしょう。)

現在の技術から考えると、ハイテク器具がコンパニオンと呼べる日も来そうです。その方向に向かえば、ペットもコンパニオン・アニマルも減少してゆくことでしょう。
そのとき、補助犬の姿が消えはじめるのかもしれません。

個人的な心情として、そんな時代が来ても補助犬を残してほしいと願っています。
ユーザーや補助犬に関わる人全てが得られる、お金に換えられないものを今後も受け取れることを願うからです。

 

以上が、今、私が考える「補助犬はハイテク補助具に代わるのか」に対して出せる答えです。

(終わり)

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補助犬はハイテク補助具に代わるのか(2.最近読んだ記事)

つづいた

最近、「命ある存在だからこそ」を感じる紙媒体の記事を読んだので紹介したい。
そのページをスキャンし、ここにアップするのが今時のやり方なのかもしれませんが、私にはそういうことがどうしても出来ません。私のつたない文章と引用でお伝えすることをお許し願います。

少し前のことになりますが、JAFの会報(JAF Mate)10月号に「もっと知ってほしい補助犬の世界」という特集があり、その中に紹介したい記事がありました。

ユーザーの方はこのとき46歳。18年前に事故で胸から下が麻痺したそうです。
リハビリの日々を過ごし、その後の数年も病院の目の前に暮らし、事故から9年くらい経った頃、やっと生活は落ち着いたという。
そして、福祉関係のイベントで介助犬を目にするのですが

(以下、引用)==========
 実は僕、ネコ派で、犬はあんまり得意じゃなかったんです(笑)。車イスの自分に大型犬の世話ができるとも思えず、正直、ほしいと思いませんでした。
(引用ここまで)==========

それでも協会の人に誘われたりして、訓練施設を訪れるようになったそうです。

(以下、引用)==========
実際に介助犬に接してすごさを知り、いろいろな人と話したりするうちに、自分も仲間に入りたいと思うようになったのです。
(引用ここまで)==========

そしてユーザーになります。
介助犬には世話が必要であり、そのことを心配していたのですが、ユーザーになってみると。

(以下、引用)==========
世話に一生懸命になっていると、かえってほかの仕事が効率よくできるようになったり、あれこれ悩んでできずにいたことが、いつの間にか、できていたりするのです。まわりから「表情がやわらかくなった」と言われたり、気を張っていた自分に気づくようになりました。(引用ここまで)==========

この文章につづき

(以下、引用)==========
体が不自由でも普通に接してもらいたいと思いながら、僕自身が無意識のうちに、社会やまわりの人との間にバリア(壁)を作っていたのかもしれません。ティティーがそれをきれいになくしてくれました。
(引用ここまで)==========
          ティティー = 介助犬の名前

この後、少々文章があり、この記事は以下の文章で締めくくられています。

(以下、引用)==========
朝、目が覚めると、下肢が硬直して動きづらいのですが、足元で眠るティティーを見て、「がんばろう」と心の中でつぶやき、よいしょと起き上がります。僕の一日はこうして始まるのです。
(引用ここまで)==========

命あるものだからこそ、世話の時間が必要で忙しくなっているはずなのに「他の仕事が効率的に」なったり「あれこれ悩んでできずにいたことが、いつの間にか、できていたり」するのではないでしょうか。
また、無意識のうちに作っていた壁のようなものもなくしてくれるし、介助犬を見て「がんばろう」とおもうのではないでしょうか。

訓練施設に行くようになったときに、「仲間に入りたい」と思うようになったことからも、多くの素敵な人たちが関わっていることが窺えます。

そして、補助犬にとっても負担だけではないのではないだろうか。このユーザーが、負担があるからこそ受けることが出来る恩恵を、補助犬も得ているのではないのだろうか。

もし補助犬がハイテク補助具に代わったら、(特にユーザーにとっては)全く別のものになると、私は考えています。

つづく

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補助犬はハイテク補助具に代わるのか(1.昔考えたこと)

一ヶ月くらい前にも「補助犬の入店拒否」という補助犬ネタを書きましたが今回も。

この20年くらいでロボットの技術は大きく進みました。そうなると、補助犬ではなくハイテク補助具にすべきではないか、となる。確かにそれも一理あるだろう。

命あるものに人間の障がい者の助けをさせることは負担が大きすぎるのではないか、という疑問は、私もかつて持ったことがあり、多方面の方々の話を聞いて回った。
当時(1995頃)は補助犬法もなく、法で認められた補助犬(補助犬という言葉もなかったとおもいますが)は盲導犬だけだったので、盲導犬ユーザーさんや協会のセミナーや関わっている人からお話を聴かせていただきました。

 


私なりの当時(1995頃)の結論。

当時の技術では盲導犬に代わるものを作るだけのハイテク技術はなかった。(機械ではなく)介助者が常に付いていることは現実的な議論ではないし。

盲導犬を利用すれば白杖よりも効率的に動けるということも分かった。
しかし、利用するだけでなく世話もしなくてはならない。世話という負担をしてまでも利用するだけの価値があることも、なんとなく分かった。

しかし大型犬であることはネガティブな面もありました。
現在のように犬や猫を飼っている人が多い時代ではありませんでした。更に「大型犬といえば外で番犬」と認識している人も多かったので、近寄られることを好まない人も少なからずいました。
盲導犬を公の場に連れて歩くことは当時も権利として守られていましたが、現実の街中では入店拒否や乗車拒否されることが当たり前の時代でした。

世話もしなければならない。白杖であれば利用できる施設・サービスが利用できない現実。
それでも盲導犬を伴侶として暮らす価値があるのだと教えていただきました。

どれだけ話を聞かせていただいても、視覚障がい者の日常のご苦労や健常者の社会の中で暮らすことがどれだけ大変であるを的確に理解できた自信はもてませんでしたが、とても大変なのだろうと、漠然と想像することはできました。そのような大変な暮らしの中、世話をすることがどのようなことなのか、理解しきることは出来ませんでした。

大変な暮らしを過ごしているからこそ、(生きている)犬との(世話を含む)生活や(公の場に出て他者と関わる)行動が彼らにとってプラスになるようであることは、ある程度理解できました。

色々な話を聴き、自分なりに考えてゆけはゆくほど、犬が持つ特殊な存在感を感じたものでした。出来なかったことが出来るだけでない、プラスアルファがあることを感じました。

そのようなことを考えるとき、あの当時知った「コンパニオン・アニマル(伴侶動物)」という言葉が何度も頭に浮かんだものでした。

つづく

本文とはあまり関係ありませんが、子供向けの「盲導犬の歴史

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