2019年10月 4日 (金)

俺、つしま の台湾バージョン

20191004 女房が「俺、つしま」の台湾バージョンをゲットしてきた。一巻である。

外国語と言っても漢字なのでなんとなく分かる。
二冊並べてみると、日本語と漫画の相性の良さが分かる。それは「漫画との相性の良さ」ではなく「日本人である自分が馴染んできた感覚」なのかもしれない。

 

有名なシーンを挙げてみる。

「やさぐれ会」で「食べ物が出てくるときに手だけでいいのに、なんで人間の本体がなんでついてくるんだろう」と話しているページ(127ページ)。
このページは、上下2コマに分かれていて、今書いた猫たちの会話は下のコマ。上のコマには、お爺ちゃんがそびえ立って「お食べ」と言っている。それに驚くオサムが「フゥー」と言う。

オサムがそびえ立つお爺ちゃんに気付いたときの擬音が大きな字で書かれている。
日本バージョン「ぬん」、
台湾バージョンは「出現」。
(参考 https://twitter.com/tsushimacat/status/943782578288332800

こんな感じのことがあちこちにあり、
中国語は「動詞」で物事を受け止めようとするんだなぁ、擬音はあまり使わないんだな、
と思った。

 

全くない訳ではない、、、、とおもったけど。

家出した「つしま」をお爺ちゃんが探すシーン。
公園で食べているナゲットを「つしま」に手から奪われた女の子が悲鳴をあげる。それを聞きつけたお爺ちゃんが女の子の所に駆け付け、手のにおいを嗅ぐ(110ページ)。

日本バージョンでは「くん くん くん」、
台湾バージョンでは「聞 聞 聞」。
(参考 https://twitter.com/tsushimacat/status/935799272628301824

「聞」は、日本語で「けん」だから台湾だと「けん けん けん」と云うのかとおもったら、
中国語の「聞」は「におい」を意味するらしい!!!

やはり擬音はないのか。
 

擬音はともかく、動詞の表現から、その場の雰囲気を想像することに慣れているのだろう。
そのような人たちにとって、動詞(何をしたか)よりも副詞や形容詞(どうしたか)で説明し、話の流れを作る日本語は難解なのでは?
「なんで動詞を隠すの!」とイライラするのでは。

 

ふと思った。

日本には「動物愛護」という言葉がある。戦後に出来たと何処かに書いてあった気がする。
元になった英語を日本語にすると「動物福祉」や「虐待防止」だけど、日本人の感覚にすんなり受け入れられないだろうから「動物愛護」という言葉を作ったと、何処かに書いたあったような気がする。
そして、1999年の法改正では法律の名前にまで入り、何度か改正がされて、今ではとても立派な法律になった(あまりに立派で読むのに苦労します)。

この動物愛護という言葉は「何をする」よりも「どのようにする」を重んじる日本らしさなのかもしれない。

 

そんなことはさておき、
最近「俺、つしま」が進まないのが残念。

漫画じゃなくても、大きな絵を描いて展覧会とかやってほしい。
自分が大金持ちだったら、是非コレクションしたい。

| | コメント (0)

2019年9月21日 (土)

見識と識見

※見識と識見の認識が逆ではないか?、とのご指摘を受け、改めて調べましたが正直なところ分からなくなりました。
とりあえず、以下の文章は「勘違い文章」として読んでください
はっきりとした違いは分かりませんでしたが、文末に参考になりそうなことを追記しました。「動物の愛護及び管理に関する法律」で使われるべくして使われたのだろうと思いましたが「たぶん、こうだろうな」程度のことしか書けませんでした。 m(_~_)m
見識と識見でお悩みの方は、文末をご覧ください。

 

何年前のことか忘れてしまっていますが、愛玩動物飼養管理士の勉強をしていて「動物の愛護及び管理に関する法律」を読んでいた。
その中に「識見」という言葉が出てくる。その条文は、末尾にコピペします。

ネットの中にある広辞苑で調べると、大した違いはないように書いてある。
なので「ふ~ん、じゃ、なんで逆さにするの?」と程度に思っていた。

最近、やなせたかし先生の「アリスのさくらんぼ」という本を読んだ。短編集といえばいいのか絵本なのか。絵と文がある作品集です。
ご本人もなんと呼べばいいのか悩んでいたら、誰かが「やなせメルヘン」と名付けてくれたので、そういうことにしているらしい。

この本の中に「識見」という単語が出てきて、改めて調べてみた。

 

本題に入る前に、この本の紹介。
幾つかの作品がり、目次には各作品の簡単な説明が書いてある。

正確に書くと「目次」とは書いていない。「表題と内容早わかりガイド」とタイトルがあり、その横には

とりあえず短い時間で立ち読みする人、あるいは手取早く内容を知りたい人、または読まないで批評文をかく人の為の親切ガイド、でなければ読む前の胸おどる予告編。

これを読んだだけでも、一つのことを幾つもの視点で見ようとする人であることが分かる。世の中には色々な見方の人がいることを常に意識している。

この目次のようなもののはじめに出てくるのが、本のタイトルにもなっている「アリスのさくらんぼ」。その「内容早わかりガイド」は次のようになっている。

たとえばビフテキを喰べながら動物愛護を説く人にこの一編を捧げる。

これを見て、読んでみたくなった。

本全体を一通り読んでおもったことは、どの作品も誰かがやっていることにどう見るかがテーマのようだ。

 

アンパンマンが出てくる作品もある。まだアンパンマンが有名になる前。
この本の「あとがき」の日付は、一九七三年十月 となっている。

タイトルは「飛べ! アンパンマン」。
アンパンマンは(本の中で)実在し餓死しそうな子供たちを救っている。顔を食べられたアンパンマンは「なくなってしまうが、何度でも生き返る」。彼の姿は「漫画を描く才能のある人間にだけしかみえない」。
この活動を知った主人公はアンパンマンのことをかいて編集者にみせるが「こりゃあ、ダメですよ。」と言わる。子供にみせれば「全然、面白くないや、」。

人知れず子供たちを救い続け、自分は何度もなくなってしまう。ほとんどの人はその姿が見えず、見えた人が他の人に伝えても悪口ばかり言われてしまう。主人公は考える。

君はいうだろう。
「だれもしらなくていいおれは好きでやっているんだ。おれがやらなくて誰がやるのかね」と。

やなせ先生が有名になった後、行政の仕事を格安または無償で行うこともあったと聞く。この話を読んでいて、そのことを思い出した。

 

この本の中で一番長いのが「はだかのワニ」。
ある夜、流星らしきものに運ばれ空からワニがやっきて、アル島でのんびり暮らしていた。そこに年をとったターザンがやってくる。昔のスターが大通俗娯楽冒険ストーリィを大熱演して見せる。純情可憐、素朴実直なワニはスターに憧れ、ターザンからレッスンを受ける。
そんなある日のこと・・・
洪水がやってきて流された先は街。そこで皮を剥がされ、はだかにされてしまう。はだかにされたワニと出会ったテンプラア博士は新種として発表し、テンプラアーノ・カキアゲーノ・ゾオルスと命名する。そしてワニはスターになる。

そこでの一節。

 国家としてこれを見のがすわけがない。現代では政治的識見よりも人気が先行する時代で芸能人が大臣になろうかという風ですから、たちまち国立ゾオルス記念館をつくってそこにはだかのワニを入れたのです。

この作品はそこそこ長い。皮を剥がされてしまうまでも、スターになるまでも、スターになってからの日々も丁寧に語られている。それはら誰にでも起こりそうな災難ですが、誰が悪いとは言い切れない。「そういう世の中だから」としか言いようがない。それにより、純情可憐、素朴実直に生きている者たちは翻弄される。ワニを通して現代社会の生きづらさを綴っている。

しかし、ラストは御伽噺的に幕を閉じる。話としてはまとまる。しかし「これは実社会に置き換えられないな」とおもってしまう。

それに対して、アンパンマンは終わらない。
先ほど引用した行に続き、次のような一文で作品は終わる。

 しかし、おぼえておいてほしいんだ。世界中でたったひとりぼくだけは熱烈な君のファンだよ。たとえ誰もよろこばなくても、編集者は反対しても、ぼくは君の物語をかきつづけるよ。

先にも書いたが、この本のあとがきの日付は「一九七三年十月」となっている。現在、誰でもしっている「それいけ!アンパンマン」は、1975年に出版される。

 

(やっと結論)

「はだかのワニ」をお話の構成上まとめ上げるために、完全に終わらせる形をとったのが作家としての「見識」によるもの。
アンパンマンを(物語の終わりらしく)終わらせず、書き続けると意思表示したのが人としての「識見」。
こんな感じなのだとおもう。

Google で「見識と識見の違い」で検索すると幾つも出てくるが、中には広辞苑のことから「大して変わらない」と書かれているものもある。
「違うんだ」と書かれているものとして以下を紹介しておく。
https://senemon.exblog.jp/15673000/
小説や文学作品で使われている箇所を抜粋しているページ
http://kotoba.quus.net/syousetu/%E8%AD%98%E8%A6%8B/

 

冒頭に書きましたが、私が「識見」に興味をもった「動物の愛護及び管理に関する法律・第三十八条(動物愛護推進員)」をコピペしておきます。
======================
動物の愛護及び管理に関する法律
第三十八条(動物愛護推進員)
都道府県知事等は、地域における犬、猫等の動物の愛護の推進に熱意と識見を有する者のうちから、動物愛護推進員を委嘱するよう努めるものとする。
2 動物愛護推進員は、次に掲げる活動を行う。
一 犬、猫等の動物の愛護と適正な飼養の重要性について住民の理解を深めること。
二 住民に対し、その求めに応じて、犬、猫等の動物がみだりに繁殖することを防止するための生殖を不能にする手術その他の措置に関する必要な助言をすること。
三 犬、猫等の動物の所有者等に対し、その求めに応じて、これらの動物に適正な飼養を受ける機会を与えるために譲渡のあつせんその他の必要な支援をすること。
四 犬、猫等の動物の愛護と適正な飼養の推進のために国又は都道府県等が行う施策に必要な協力をすること。
五 災害時において、国又は都道府県等が行う犬、猫等の動物の避難、保護等に関する施策に必要な協力をすること。

 

==========

(以下、後日追記)

先に「識見」について以下のページを紹介しました。

小説や文学作品で使われている箇所を抜粋しているページ
http://kotoba.quus.net/syousetu/%E8%AD%98%E8%A6%8B/

同様に「見識」が使われている箇所を抜粋したページがこちら。

https://kotoba.quus.net/syousetu/%E8%A6%8B%E8%AD%98/

この2ページを見比べて、私がおもった違いは以下の通りです。

見識は日常会話でも出てきますが、基本的に一般人が関わる範囲でのことのような気がします。
その人が身につけた知識や教養と、人柄からくる行動を評価する時に使われているような気がします。評価される行動はその人が自身のために行ったものであり、結果として他人に影響もでる程度のものを評価するときに使うようだと感じました。
ある意味人間性の評価でもあると考えられます。

識見は、政治家や将軍、学者や芸術家など(一般人とは違う)プロの中のプロ(勿論知識や教養は身につけているが、その世界のトップレベルの人たち)が行う判断や作り出される作品を評価する時に付随的に用いられ、それらは不特定多数の人に影響を及ぼすことが前提にある行動・行為・活動のような気がしました。
対象になる(評価される)行為や作品はとてもレベルの高いものですが、その人たちにとっては(人間性や感情よりも)とても豊富な知識・経験から産み出される(凡人には理解できない、普遍性かつ先見性をもった)行為・作品であり、発表され世に出ることが前提(本人がそうおもっていなくても世間が注目してしまうことも含む)の事柄を評価するときに使われるようです。
その人が「凄い人」と思ってしまうと「見識」と区別がつかなくなりますが、世に出るもの、他人に作用するもの、のレベルの高さを評価することが基にあり、そこからその人を評価しているように思えてなりません。

私にとって分かり難いのは、私のような凡人には「識見」と呼ばれるくらいの知識・経験がどれほどのものなのか理解できない。
また、私自身が「不特定多数の人に影響を及ぼすことが前提にある行動・行為・活動」なんてことを経験したこともなければ、身近で見たこともない。

 

こんな感じであれば「はだかのワニ」に出てくる「政治的識見」も、「動物の愛護及び管理に関する法律・第三十八条(動物愛護推進員)」に出てくる「愛護の推進に熱意と識見を有する者」も辻褄があるような気がしてきました。

ネット上には、以上のような理解を書いている人はいないようですが、私的の理解はこんな感じでした。

| | コメント (0)

2019年9月14日 (土)

マヌル猫の脚 と 動物園のこの先

今日はボランティアで上野の噴水広場に行って来ました。
16時に終わったので俺、つしま !」展をやっていた東京藝術大学のアートプラザに寄ってきました。

現在、藝大もののけ祭り 百鬼夜行展なるものをやっています(リンクは最新の展示のものになるので、後日この記事を読んだ方は違う展示が表示されます)。

お化けものがテーマのようですが写実的な絵もありました。その中にマヌル猫の親子を描いたものがありました。母猫が座っていて、その横に居る子猫が一歩前へ歩き出そうとしているところです。

その絵を見て、なんをおもったかは書きません。
実はつい先日、子マヌル猫の観察をしてきました。そこで「ほ~、脚がこうなのか」とおもったので、写真を載せておきます。

20190914a 20190914b

マヌル猫の肘から上はこのようなになっているのです。たぶん(後ろ脚の)膝から上も似たような感じだとおもいます。
この骨格だとパフォーマンスはイエネコと比べ物にならないとおもいます。

 

この写真は那須どうぶつ王国でのものですが、何故行こうとおもったのか。
行くんだったらマヌル猫を見なければと思いましたが、わざわざ行ったのは、今、日本で最も動物園に通っていると言われている人から「あそこの猫のショーと鳥のショーは日本でトップクラスだよ」と教えてもらったから。

私もその手のことは少しは分かるので「ふ~ん」と答えながらも「あの人が言うのであれば」としっかり見ることにしました。
見た感想は「ほ~、動物のショーとしてレベル高いし、福祉も考えているんだなぁ」と感心しました。
動画をしっかり撮ってきたのでYouTubeにでもアップすればいいのですが、他の観客の方の顔がしっかり入っているので、アップ出来ないのが残念です(子マヌルの動画も)。ご覧になれば「ほ~」とか「へ~」とか「うわ~」とか言いたくなるとおもいます。

当日途中から雨が降ってきたのですが、室内展示も充実していて、人間が動物のエリアの中に入って行く(柵などがない)造りのものが幾つかありました(近年出来たらしい)。
中に入るとワオキツネザルが目の前までやって来たり、気が付くとクロエリセイタカシギが足元に歩いていたり。ハシビロコウも間近で見ることが出来ました。

個人的な考えとして「この先、動物園は展示よりも種の保存に重きを置く方向にならざるを得ないのでは?」と思っていたのですが、動物たちのこのような動きは、見る人のマナーが良いから動物たちも寄ってくるのだろうし、ショーもそれなりに考えられていたし、平日なのに観客も多かったです(猫のショーは特に)。この状況であれば、もう少し展示で頑張れるかもと思い直しました。

ただしコストはかかります。動物福祉を考えれば当然です。
なので、たまに動物園に行ってお金を使うこともいいのかな、と思ったりもしました。

実際に行ってみないと分からないことって、ありますね。

 

以上、東京芸大でマヌル猫の絵を見て思ったことあれこれでした。

| | コメント (0)

2019年9月 6日 (金)

藤城清治美術館

我が家から駒沢公園を越えて、九品仏方面に抜ける道の途中に「深沢」という交差点がある。もう五年くらい前かもっと前に、突然「藤城清治美術館」の看板が出来た。
「どこにあるのだとう?」と見たら那須高原と書いてある。「何故、那須の美術館の看板が?、ここに在っても意味がないのでは?」とその時はおもい、その後は素通りするようになった。

 

先日、那須の藤城清治美術館に行かねばならぬ用事が出来た。スルーしようと思えば出来たのですが成り行きとして行くことにした。

私の中の藤城先生と言えば、東京電力のCMくらい。ケロヨンのプロデュースのことも後から知った。その程度だった。

 

美術館の駐車場に着いた時、雨が少し降ったりやんだり。大きな門から林の中を歩く。まずチャペルがある。ステンドグラスが(私的基準で)素敵というより不思議な感じ。微妙なナウさのデザインと色彩。決して、クールやヤッベーではない。微妙なナウさだ(私的基準)。懐かしさがある。

さらに林の中を進むと池があり、その向こうに美術館がある。

建物に入ると、まず入館券を買う。自動販売機ではない。
発券の男性の方が、熱っぽく館内について説明してくださる。トイレの天井や一番奥の合わせ鏡のコーナーを強く薦められた。
この時も「東京電力の切り絵しか知らないしな~」程度にしか思えなかった。

トイレと売店の横を通り、廊下のような所に、自画像と猫の絵、それと若い頃描いたの絵(の写真も)があった。
このとき、「この人ヤバイ人だ、この人のものは観ないといけない」と直感した。
そして「もしかしてヒグチ先生って、藤城先生の影響受けているの?」と頭に浮かんだ。全く対局と思われる画風なのですが、猫の捉え方が似ているなとおもった。

館内を進み「白いねこの女王さま」を見たとき(私は白いねこの女王さまを除いて見ていました)に「えっ、え、えーーーー、この雰囲気って・・・・」と心の中で叫んでしまった。
(宗教画コーナーにあったノアの箱舟の後に、被災地コーナーの共徳丸の絵が来るのも不思議な感じもありましたが)その先にあった、ケロヨンのコナーを「うわぁぁぁ~~~」と目をひん剥いて見てしまいました。ケロヨンにこんな趣味があって、こんなことをやっていたとは!、センチュリーのV8エンジンを積んだこの車でレースって、、、、。(ごめんななさい。個人の感想です。)

この話の続きとして、一通り観て回って、売店に戻ってきたらmoe(絵本の雑誌)の2019年1月号(ヒグチ先生がメインで特集されていて、藤城先生も特集されている)が販売されていた。「やはり影響を受けているのか!」とおもって購入し読んだのですが、そのような内容はありませんでした。
やはり個人の「おもったこと」(素人の勘違い?のよう)です。

私は、ヒグチ先生のこともよく知らない。女房がヒグチ先生を好きでボリス絵日記を読んだりしていたので、たまにそれを私も読んだりした。また、何処から手に入れたのかシールが持ち物に貼られていることもあった。
そんな女房に誘われて、今年二月に世田谷文学館で開催されたCIRCUSを観たくらいで、深くは知らなかったが、このCIRCUSを観たときも「日本にもこんな凄い人がいたんだ」とおもったものでした。

両先生とも深くは知らない私が、猫の絵とレースから共通点を感じるなぁ~とおもった話でした。
なんの話かよく分からない人がほとんどだとおもう話はここまでにします。
(館内の配置は変わるかもしれないので、上記の順番ではない時もあるかもしれないし。)

 

冒頭にも書きましたが、私はこの美術館に特別の興味をなく訪れました。しかし、入って直ぐに自画像、猫の絵、そしてもう一つのテーマの絵を見て、一般的な芸術鑑賞以上の特別な興味を持ちました。moeに記事が載るように絵本的な要素(優しく分かり易い)が多分にありながら、人間のとても根源的なものに突き動かされながら(喜怒哀楽その他の混沌とした感情を自分の中で否定せず)創作活動を続けていらっしゃる先生なんだろうな、と感じました。また、表現方法について(影絵という手法によるもの以外にも)慎重にならざるを得ない何かがありそう、とも感じた。

 

それらを強く感じたのは、軍艦島や被災地の絵だった。
気仙沼の共徳丸の他、福島で防護服に身を包みデッサンしている写真もあった。そのデッサンで作られた作品には、宮沢賢治の言葉が添えられ、平和への願いを強く感じた。

絵本は空想・架空の世界で、被災地の作品は現実を模写し作られている。
それらには明らかな違いがありますが、どの作品も平和を願い、各個人(人に限らずです猫その他生き物もですが)が輝ける世の中を願っているのだろうなと思わざるをえませんでした。

 

館内はテ-マ毎の展示であり時系列には並んでいないと思いますが、表現方法が少しずつ変わっているのを感じた。最も奥の(発券の方が熱く語っていた)合わせ鏡の作品群は一つの到達点だろう。難しいこと抜きに楽しめる作品でもありますがが、これらの作品にも平和への願いを感じ、その意味でも到達点なのかも。

キリスト教との関わりからなのか、生きてきた時代的なものなか分かりませんが、今後も注目したいなと思える先生です。
1924年(大正13年)生まれの(2019年9月)現在、95歳。ピカソ画伯よりも長生きで、現役です。

 

素敵な美術館なので、改めてゆっくり訪れたい。

決して大きな美術館ではないので、平日のオフシーズンに行かれることをお勧めします。
観光地である那須を楽しみ、その中に少し時間を多めに割いてゆっくり回るのが良いかとおもいます。

先生は(極めて個人的に感じたことですが)とても個性的な方だとおもいますので、人によっては好き嫌いがあるかもしれませんが、50代以上の人であれば、想い出すものが幾つかあるとおもいます。
建物を出てから門までの林の中の道が、その余韻を楽しませてくれたりもします。

林の中のチャペルも、往きに見た時と帰りでは印象が違いました。微妙なナウさは、人を引き付ける普遍的な表現と力強い平和への願いを感じました。

| | コメント (0)

2019年8月28日 (水)

いただきもの(桃、梨、水羊羹、アーモンド)

お世話になってばかりで、何もお返しが出来ない人間の備忘録。
宝くじで1億以上当たったら、お返ししよう。

 

先の土曜日、昼から出かけていて帰りは夕方。その途中、とあるターミナル駅で電車からバスへの乗り換える。7~8分行列に並び、上手いこと座席に着くことが出来た。乗車時間は約30分なので座れると嬉しい。
席に着き、タブレットを開き、何か連絡が入っていないか確認する。「おどろき、送りました」とある。
「おどろき」って何?、と調べると桃であることが分かった。すぐにお礼の連絡をして桃の到着を待つ。

次の日、日曜日の午前中に届いた。

20190827a 20190827b

冷やすといい、と書いてあるので冷蔵庫に入れる。
晩御飯の後に食べることにして、昼食は外食に出かけた。
 

外食から帰宅し、のんびりしているとまたまた荷物が届いた。今度は梨である。
毎年いただいているので、こちらのブログで見たことがある人もいるとおもう。富山県の呉羽梨。
こちらも、冷蔵庫で保存するようにと書いてある。

20190827c 20190827d

 

う~ん、、、、入らない。
こういう時は、ご近所さんにお裾分け。
そしたら水羊羹をいただいてしましまった。「極上本、水羊羹」と書いてある。
羊羹一本なので、これなら冷蔵庫に入る!

 

その晩、何から食べようかと女房と相談。
実は女房が金曜日にパウンドケーキをいただいてきて、土曜日に開けてしまっている。これも食べないといけない。
水羊羹は急がなくても大丈夫みたい。梨の方が数があるので梨にしてみました。
美味しいです。甘いです。今年は特に甘いです。今年は当たり年(少なくとも私に届いたものは)。

呉羽梨とは、富山市にある呉羽丘陵で採れる梨のことで品種ではないようですが、幸水がほとんどみたいです。
今回送っていただいたものは、庄司梨園というところからでした(Facebookにページがありました)。

ご興味のある方はネットで調べてみてください。
生産量が限られているようなので、時期がずれると入手できないかもしれませんが。

 

次の日の晩、おどろき桃を食べる。
この桃の説明は「バリっとした触感」とある。桃で?、とおもいながら、まず皮をむく。
ペロンとはむけない。リンゴの皮のようにむいていった。
むきながら一つ食べてみる。やはり硬い。でも甘い。
このももの特徴は大きいこともある。確かに大きい。

いい加減にむいた桃を皿に入れ、女房と食べる。大小色々、形も色々。
食べるのが早すぎたのかもしれない。硬さ(柔らかさ?)が場所によって違う。味も場所によって違う。甘味の強いところ、いい感じで酸味が入っているところなど。
考えながら味わうことに慣れている人向きだとおもった。

硬くても美味しいのですが、何故か素直に受け入れられない自分を不思議におもって考えてみた。
子供の頃、本物の桃を食べたことがないような気がしてきた。食べたのは桃缶。あのトロトロ&甘々が自分の中の「桃」になってしまっているのかも。

ご興味を持った方は「おどろき、桃」で検索すると見つかるとおもいます。

 

桃を食べた次の日は、アーモンドをいただいた。
このアーモンドは時々いただくのですが、好みのものなので嬉しい。

 

いただいてばかりでお返しが出来ない私です。
いただきものがこんなにあることは、年に1~2回しかないのですが、忘れてしまう私です。
宝くじが1億以上当たったら、お返ししますので、そのときをお待ちください。

そのための備忘録ブログでした。

| | コメント (0)

2019年8月11日 (日)

ボヘミアン・ラプソディー(2回目)

前回観たことをブログに書いたような気がしたのですが探しても見つからなかった。FaceBookにも。とにかくこの映画を観たのは二回目。

感想は、映画としてよかった。観ていて飽きない、感動する。映像も楽しめる(今回は下高井戸シネマだったので迫力はイマイチでしたが)。
二回目だし、二日前にクイーン・ヒストリー2を観たばかりだったので、一所懸命字幕を追わずに済み余裕をもって楽しめた。

ただし、クイーン・ヒストリー2で本物のフレディーの映像を多々見た後だったので、ライブシーンなどでは(本物フレディーと比べて)迫力に欠けて感じてしまったのは残念。

(当たり前のことだけど)改めて「ボヘミアン・ラプソディー」は作られた映画であり、フレディー・マーキュリーというアーティストというかアートそのものとは別物であり、やはりストーリーのある映画として楽しむものだ。

クイーン・ヒストリー2もボヘミアン・ラプソディーもまた観たい。機会があれば、2がつかなクイーン・ヒストリーも。

(余談)
今読んでいる生命科学の本に「LoveとLikeの違い」の話が出てきて「ほるほど!」とおもった。
映画中、フレディーとハットンが「I like you」と語るのを見て改めて「なるほど!」と。同性愛というものが少し理解できたような気がした。

| | コメント (0)

2019年8月 9日 (金)

クイーン ヒストリー2

どうにか観ることが出来ました。下高井戸シネマが近くにあってよかった!!

数名の音楽関係者が当時の彼らのことを語る。彼らをよく知っている人もいれば、知っているどころか親しかった人もいる。
原題は「UNDER REVIEW 1980-1991」となっていますが、1995のメイド・イン・ヘブンやミュージカル「I WILL ROCK YOU」、ボーカルを迎えてのその後の活動のことも語られている。

クイーンの歴史を振り返る時、大きな区切りは(フレディーの死を除いて)ライブ・エイドだろう。この映画でもそのように構成されていた。

ライブ・エイドに至るまでの活動で興味深かったのは、イギリスで認められ、世界に認められ、アメリカでも認められるようにもなるが、まず、イギリスとアメリカの文化や感覚の違いが浮き彫りになること。また、世界は広く、南米や南アフリカでの失敗が語られる。

私は子供の頃、日本のテレビで放映されていたモンティー・パイソンが理解できなかった。内容そのものも理解出来かなったのかも知れないが、モンティー・パイソンをよく理解していていると自負している大人たちのコメントが理解できなかった。つまり紳士の国イギリスにおいて、ウィットとかブラックジョークが大人の世界でどのような位置づけなのか、当時の私は理解できなかった(戸惑った)のだろう。

ウィットやブラックジョークが大人の嗜みであるイギリスでは、肌の露出が多い「ボディ・ランゲージ」のPVも、女装で有名な「ブレイク・フリー」のPVも商業的に問題にならなかったが、アメリカでは問題になり受け入れられなかったそうだ。

当時「ブレイクフリー」は、南米では圧政下で苦しんでいた人たちが自由への賛歌としていたらしいのですが、本人たちはそれを知らずにライブに挑んだらしい。この曲を女装で演奏したらステージに色々な物が飛んできて大変なことになったとか。

南アフリカでは政治色が強いイベントに出演してしまい、評判を大きく下げてしまったことも語られていた。

 

その後、ライブエイドがあり復活する。

 

これらのことを観ていておもったことは、彼らは「とにかく音楽!」だったんだろうということ。なので配慮が足りないこともしてしまったのだろう。
コメントの中で(私の記憶なので多少の勘違いはあるとおもいますが)「彼が悪い人間なくてよかった。多くの人の心を掴める人間が、悪いことにその力を使ったら恐ろしいことになる」と語っていたが、その通りだとおもうし、政治的な動きをしたという話は記憶にない。

最後の方でこんな話もあった。
「アメリカでエイズのことがやたらと言われるようになったので、私は彼に忠告した」。それに対してフレディーの答えは「私は会いたい人に会い、したいことをする」というような答えだったそうだ。政治に限らず特定の活動に熱心になってくると、会いたくても会うことが難しくなる人が出てくるものだ。(この話はあくまでエイズの話なのですが私は)彼の偏らない姿勢を感じました。
彼らの曲(歌詞)のほとんどが(マスなことではなく)個人の想いを基礎にしています。個人として個人に対し語り掛ける姿勢が私は好きだ。

 

ビートルズが、今の世界規模のショービズの起点と言っても良いかとおもいますが、ビートルズ自身がそれに疲れてしまったと私は思っています。
レットイットビーが1970年なので、クイーンはほとんど入れ違いということになる。出来たばかりのシステムを使い始めた世代ということになるだろう。

タイトルに「1980-1991」とあるが、日本ではバブルに向かいバブルは弾けてもまだ多少の余韻のあった頃。日本に於いてバブルの前後では大衆の国際化に大きな違いがあったと記憶しています。バブル前は庶民が海外旅行へ行くのは簡単なことではなかった。海外に拠点をおいて活動する人も少なかっただろう。海外の庶民文化・風習・感覚について、知る機会はとても少なかったおもう。

このようなことは、多少のタイムラグはあるものの世界でも似たような流れだったのではないか。日本人から見ると欧と米は一緒だとおもっていましたが、マスメディアで流すコンテンツに対するモラル意識は大きく違っていたらしい。

そのようなことが分かったことも、この映画の収穫の一つでした。

 

ライブ・エイドより後の話は、フレディーの病気のこと、そして死までの期間としてどうしても見えてしまうことなどが語られる。
彼らは実験的というか、それまで自分たちがやってこなかったジャンルの音楽を吸収し表現することもしばしばでしたが、ライブ・エイド後の彼らは少し違ったようです。
メイド・イン・ヘブンが作られるくらい多くの録音をしていたのですから、その中から素晴らしい楽曲がリリースされたことは想像できます。それらの曲についてのコメントが続く、やはり(フレディー生前の)最後のアルバム「イニュエンドウ」から幾つかの曲が挙がった。「ショウ・マスト・ゴー・オン」や(猫のベストで有名な)「輝ける日々(These Are The Days Of Our Lives )」などについて語られる。

そして「メイド・イン・ヘブン」についても。その中で一人だけ「トラック13」を取りあげていた。ボーカルのない曲らしい。私はこの曲を知らなかったので帰宅後YouTube探したらあっけなく見つかった。
聴き始めると「環境音楽?」とおもった。そのような音楽は嫌いではないのですがすぐに飽きてしまうことがほとんど。しかしこの曲はいつまでもなんとなく聴いてしまう。22分もあるので一度中断したのですが、その後続きを聴いてしまった。

長いこの曲を聴き、ふとクィーンというバンドについて、そしてフレディー・マーキュリーというアーティストについておもったこと。
この曲は「メイド・イン・ヘブン」の最後の曲になりますが、私の最も古い彼らの記憶は「ボヘミアン・ラプソディー」を耳にした時の「これがロック?」という疑問。
トラック13はあの時の疑問に似ている。「なんなんだろうこれは?」と思いながらも聴き続けてしまう。しかし、釈然としない疑問ではなく、美しい当然の疑問。見たことがない美しい風景のような不思議な感覚。

「ボヘミアン・ラプソディー」で叩き起こされ、トラック13という子守唄でオヤスミナサイ。

 

時代背景や各国のその時々の情勢なども分かり「そういうことだったのか」と理解が深まったこともこの映画のよさですが、コメントを寄せる人たちの「感じ」も良かった。
ある人は、無邪気さに似た熱のこもった話し方だったし、音楽的にもクールに分析しながらも昔の親友との思い出に少し涙しているような人、距離を保って冷静に話をするけど結局絶賛するしかないのがオチという人たちとか。
話の内容は大人にしようとするのですが「感じ」は子供。恥じらいとか身構えなんて考えない子供。これは素敵な作品が与える重要な影響だと考えています。

作品を提示し、その作品を語る人たちが、大人の会話だけしか出来ないのであれば、それはアートではないと私はおもっています。

| | コメント (0)

2019年6月21日 (金)

(通称)井の頭動物園

今日、吉祥寺方面に用事が出来たので、ついでに(通称)井の頭動物園へ寄ってきた。正式名称は「東京都井の頭自然文化園」。

2019062101

この園は「動物園(本園)」と「水生物園(分園)」二つに分かれている。こじんまりとした園ですが 400円は安い!
気になったこと、面白いと思ったことなど書き留めておきます。

現在使われているポスターは、ツシマヤマネコのものだった。やはり流行っているのだろう。
展示されているのかなと思ったら、大きなパネルと動画による説明はありましたが、個体は別室にいて天井からのライブ映像が流れていました。見ていると時々寝返るように動いていました。大切にされているようです。
2019062102

ツシマヤマネコに付いてパネルの説明では「脚は短くて太い」「尾は太くて長い」とある。我が家にもいそうな猫だ。
2019062103 2019062104  

 

■ まず 動物園(本園) にて

はな子さんは天寿を全うしたと言っていいのかもしれない。もしかしたら天寿以上だったのかも。人間にケアされ続けて日本一の長寿となりました。
2019062105彼女が暮らしたあの建物は展示施設になっていた。複雑な気持ちになった。色々な立場から考えれば動物園の必要性は理解できる。その必要性のために尽力してくださっている人たちがいることも知っている。それは理解している。
一方、私は「動物園で見るだけの人」だ。その立場だけから「今の時代には、もうこのような施設は、そんなに多く必要とされないのではないか」と感じた。
私が子供の頃「象を見たい!、ライオンが見たい!」と思った。その後、パンダやコアラに行列が出来るようになった。
しかし今はどうだろう。それらの動物をよく見たいとおもったら、ネットで動画を探した方がいいのではないか。実物ではないが、ただ「見たい!」とおもう一般市民はそれで充分ではないだろうか。

ネズミの展示がある資料館。そこに仮想の園長室だったか、そのような展示があった。珍しい動物の絵や専門書などが並んでいた。
私が若い頃(インターネット・インフラが普及していない頃)までは、動物のことを調べようとおもったら、図書館に行っても欲しい情報は得られませんでした(それは今でも似たようなものかも)。所狭しと並べられた専門書を見て、そんなことをふと思った。
今はインターネットで多くの情報を集めることが瞬時と言ってもいいような時間で出来る。
動物の学問が一気に進んだのはDNA解析だけでなく(他の学問も同じだろうけど)インターネットの普及が大きいのだろうなと、これまた複雑な気持ちになりました。
情報が集め易いということは、実際に動物を見たり触ったり(触らずとも生息する地域に行ったり)せずとも研究が出来ることが多くなったのだろう。それについての良い部分も多々あるとおもいますが、大丈夫なのだろうか、とおもうことも確かです。

ネズミと言えば、リスの小径(リス舎)には、ネズミも走り回っていた。
そんなことはどうでもいいのですが、この中にいるリスの表示が「ニホンリス」と書かれていた。私はホンドリスの方が身近。何故かと言えば、妙高高原に何度も行ったから。ホンドリスという名前の飲食店があるのです。現在は「ニホンリス」の方が一般的みたいですね。
2019062106 2019062107    

キツネのちょっといじけたような目はばまちゃんのようだった。
タヌキの黒っぽくて丸っこい背中はばまちゃんのようだった。
2019062108 2019062109
2019062110 アナグマの妙な姿勢はばまちゃんのようだった。
アライグマもちょっとばまちゃんに似ていた(後ろ足の接地面は全然違いますね)。

ペンギンが水の中で気持ち良さそうでした。
ヤマアラシやマーラ、フェネックなども気持ち良さそうにウトウト。
カピバラはちょっと迷惑そうな顔をしていた。

2019062111 行った日が20日で、17日と18日にヤクシカの赤ちゃんが生まれたとの情報を得ていた。一日違いで明らかに大きさが違う(写真では分かりにくいですが奥の子の方が明らかに小さく見えました。)。一日も早く走り回れるようにならないとならないからね。

 

おっと、軽く書いておこうとおもったら、長くなってきたので、動物園(本園)に付いてはここで終わりにします。

 

■ 水生物園(分園)

まず室内展示(水生物館)。
本園の動物の中にも幾つかいましたが、人間が行くと寄ってくるものがいます。寄って来なくても、楽しそうに動き回ったり。午後2時くらいだったとおもうので、ご飯の時間でもないとおもいますが。見ていて飽きさせないようにしてくれていました(動物たちが)。2019062112動かなくても記憶に残ったのはサンショウウオ。見事に岩と一体になっていて、見つけたときはちょっとした感動。

外に出ると鳥の展示。
鳥たちの中にも寄ってくるものがいました。
この白鳥は手を伸ばせば触れる所まできていました。

 

動物園に着いたのは金曜日の午後1時過ぎ。団体さんの姿もなく、各動物共に苦労せずに見ることができました。ゆっくりは見ている時間はなかったのですが一通り見て1時間半ちょっと。もうちょっとゆっくりしっかり見たら2時間くらいになりそうでした。

 

動物園~水生園、と見てから吉祥寺駅に向かう。
公園から階段を登る。右側に「金の猿」、登りきると左側に「いせや」。そして少し歩いて左側を見上げるとSYUNA&BANI。ペット関連のお店も飲食店も一箇所で長続きしないのが当たり前になってきたこの時代に、すごいことだなとおもいました。

ちなみに、井の頭自然文化園の開園は、1942年。戦時中でした。
はな子さんは、1947年生まれ、1949年日本に来た。この時、インディラという象も同時期に来ました。二頭とも上野動物園の象となり、まずは日本各地(はな子さんは東京近郊辺りまでだったらしいです)を励ましてまわり、その後、1954年、はな子さんは井の頭自然文化園の象となったそうです。

| | コメント (0)

2019年6月19日 (水)

小笠原ナイト「海洋センターを知ろう!ウミガメを知ろう!」

昨日、6月18日、タイトルのイベントに行ってきました。
毎度、個人的な備忘録としてのブログです。
団体さんのHPはこちらで、このイベントの紹介はこちら

紹介内容から軽い感じだろうなとおもったので行きました。
動物関係は軽い気持ちで足を運んだら会場の雰囲気に馴染めないことも多いので慎重に考えます。今回はそういうことはなさそうだなとおもって行ってきました。

会場は国連大学の一階、環境パートナーシッププラザ(GEOC)。時間は18時半開場。
開場時間前に着いた。この季節なのであま明るかったので中庭のような所をうろうろ。この時間に人の姿がほとんどなかった。贅沢だ。

参加者は30名くらいだっただろうか。直前に申し込んだからか、名前のアイウエオ順だからか分かりませんが、受付名簿の最後の方に私の名前があり、その横に33と書かれていました。

私たち夫婦は新婚旅行が小笠原だし、若いころは南の海に何度か行きました(全て国内)。
また、こちらの団体はHPにて団体の紹介について手を抜いていない感じもよかったです。そのような団体の活動がどのようなものなのかも興味がありました。
でも、よく考えず「最近、渋谷方面に出掛けていないな」程度の気持ちで申込みました。

内容は軽い感じで良かったのです。ウミガメのこと、小笠原のことを幾つか知ることが出来ました。
ウミガメ漁についての話は、文化や現状として必要だと思いましたが、ちょっと時間を使い過ぎのような気がしました(動画を流しましたが残酷なシーンと呼ぶべきほどの内容はなく、生け捕りまでです)。
アオウミガメは何故「アオ」なのかを説明するのに、甲羅を外した写真で説明していましたが、私はこういうのは全然OK。知識として必要なことだし、専門の人たちから得るべき情報だと思いますから。

軽い感じを期待しながら、終わってみると「もうちょっと将来的な学術的なビジョンの話が聴きたかった」とか「長年(団体自体は変わっているようですが活動自体はもう何十年らしい)やっている割にはデータが積みあがっていないような気がする」などとおもったのは老化によるものだろうか。

参加者たちの話声から、海関係の大学や大学院関係者や海に通っている人がなどが多かったようで、私のように「何気なく」な人はあまりいないようだったので(前述の「終わってみると」以降含めて)「ちょっと間違ってしまったな」と自戒。

しかし、またこの団体が同じようなイベントを行ったら、また行きたいとおもいます。「軽いから行くんだ!」と自分に言い聞かせて(笑)
小笠原の海の映像をみるだけでも私にとっては価値がありますから。
東京都民としても興味あります。

| | コメント (0)

2019年6月15日 (土)

如何なものか?! 石原裕次郎の時代

以前、紹介した「如何なものか?!」の第一回目に行ってきました。
全体的な感想は「これで 3,500円(指定席)は安すぎ!、ありがとうございます」。平日の昼間だからこの価格で出来るのかな?、と不思議におもうくらいでした。

ジャズと落語のステージとはどんなものか予想もつかなかったのですが、ステージ上に並べられた(物理的な)ものは想定内。内容は想定以上のものでした。

場所は杉並公会堂の小ホール。ライブハウスのような距離感。小ホールでも音響効果がいいので、大ホールも小ホールもクラシックで使われることも多い。繊細な表現が分かりやすいホールです。

音楽部門(?)は、メインの鈴木さん、ピアノ(田中和音さん)、ドラム(八木秀樹さん)、ベース(大塚義将さん)、ギター(青木研さん)。
落語部門は、立川寸志さん。

比較的間近なステージにジャズの5人と正面から見て少し右寄りに高座が設けられそこに寸志さんが時々出てきて喋る。このような形式で第一部が始まりました。第二部は高座はなく、立って鈴木さんとお喋り。当時のことを思い出させてくれる話や鈴木さんのことなど、補助的な部分をしっかり引き出して、音楽を楽しませてくれました。

音楽がメインで、その解説・説明を寸志さんがする。映画の場面の説明や、裕次郎他、当時の俳優さんたちの説明は、目に浮かんでくるようでした。
青春時代に石原裕次郎を観ていただろう年代の方々は、音楽を聴き体を揺らし、寸志さんの話を聴いて頷いたり笑ったり。リアルタイムでない私も楽しめました。
 

ステージの中央には、鈴木さんの楽器がずらりと並んでいました。テナー・サックス、アルト・サックス、クラリネット、カーブドのソプラノ・サックス、そして、最近入手したターキッシュ・クラリネット。
ジャズの人としてのアレンジをしたくなると思いますが、聴く人たちの思い出を壊さないように、しかし刺激的な演奏をしていました。
楽器をわざわざ並べるだけあり、各楽器の魅力も充分に楽しませてもらいました。
特にカーブド・ソプラノ・サックスは(この楽器を日本でよく見るようになったのはこの10年くらいだとおもいますが)他のどのプレーヤーの音よりも深く艶やかだとおもいます。
ターキッシュ・クラリネットは、勿体つけて(笑)最後まで使わなかったのですが、やっと使い始めたときに「あれれ?」という感じになったと思ったら「乾いちゃって...」と苦笑い。リードが乾ききってしまったようです。低音は、クラリネットの音、高くなるとサックスのような音に感じました。吹きにくい楽器を吹くのが好きな鈴木さんらしいなとおもいました。

長くなったついでに、他の人の感想も書いておきます。職人的な鈴木さんが率いるメンバーですから、みなさんレベル高いです。

ピアノ(田中和音さん)
スタインウェイ(公会堂のHPを見るとD-274と書いてある)の優しい音色を石原裕次郎の世界に気持ちよく乗せていました。楽器故かもしれませんが、ダイナミックな場面でも繊細さを忘れない綺麗な演奏でした。

ドラム(八木秀樹さん)
私よりも年長のようですが、この人を知りませんでした。前に出てくることはありませんが、しっかり仕事をしている感じで、美しささえ感じることもあるドラムで、ジャズ以外でもなんでも出来てしまいそうなプレイでした。

ベース(大塚義将さん)
ベースが大好きという感じ。ベースなのであまり目立ちませんでいたが、ドラムの八木さんと共にしっかりリズム部門の仕事をしていました。楽器の下の方に傷らしきがいっぱいありましたが、ベースが好きすぎていつも持ち歩いているのかなと想像したり。

ギター(青木研さん)
鈴木さんのステージではお馴染みの青木さん。バンジョーでは世界的なプレーヤーのようですが、その青木さんをギターとして使ってしまうとことが贅沢。この日は少しだけバンジョーを弾きました。正直に言わせてもらうと、やはりバンジョーを弾いてほしい。
でも、他の人でこのステージのギターを務めることが出来る人はいないかも。

立川寸志さん
約20年出版社にお勤めした後、44歳で入門したとか。そんな経歴もあり調べたことを喋るのが得意のようです。「知らないことを調べて、さも知っていたことのように喋るのが得意です」とかステージ上でも言っていました。今回のように、落語以外のステージでも需要がありそうな噺家さんです。
 

昨日書いた「荻窪白山神社」はこの公演の前に寄りました。もう一匹の猫を探すためにも、第2回目以降も行きたいとおもいます。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧