2017年9月16日 (土)

多摩動物公園

7月6日に大怪我をした。それから二ヶ月以上が過ぎた。怪我そのものはたぶん治った。しかし後遺症的な症状が治らない。でもそれは体を大事にし過ぎて体が固まってしまったからなのかも。
これは長距離歩いてみないとならないなと考え、低山ハイキングへ行こうと考えていたところに、思わぬ用事が!

知り合いのお店に用事が出来たのですが、お店は最近引越しをしていた。何処だろうとと思ったら、多摩動物公園のほとんど真ん前smile、リハビリというか、試し歩きは多摩動物公園ハイキングに決定!

歩くことを目的にするので、こちらのコース通りに行ってみよう。

 

Cimg9615用事を済ませて、正門前で写真を一枚。この時のタイムスタンプが、12:40くらい。

入って左側にウォッチングセンターなる建物がある。そこで、7キロコースの地図をいただく。
まず、ちょっと登り坂。怪我の場所が痛む。どうしようもなく痛くなるまで歩いてみよう。

イノシシ、カモシカ、ツキノワグマ、ニホンサルなど馴染のある動物を見ながら坂道を登る。
「痛いな」に加えて、周りにいっぱいいる幼稚園生くらいの子供たちがぶつかってこないかヒヤヒヤしながら歩く。

昆虫館で、コウロギやスズムシを見て、ゴキブリを思い出すな~と思っていたら、期待通り展示されていて笑った。
蝶がいっぱいいるエリアは南国ムードたっぷり。沖縄を思い出す。

次のエリアに移動しようとして迷う。結構余計に歩いてしまった。

ライオンは遠くに見えた。のんびりしていた。フラミンゴものんびり。

象の場所では、先日のウェルフェア・サミットで話にでていた盛り土がされていた。象の隣にあると大きく見えませんが、とある動物園ではこれを作るのが結構大変とか。こちらの園だったら(平地で広いので)重機が入るかも。それだったら楽だけど。
ガラス越しですが象の体が間近に見えるのもよかった。
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ここでお腹が空いていることを思い出す。
売店では、カレーややきそばなどがある。メニューは豊富ではない。食べる場所は充実しているので、「お弁当もってきてね」という感じなのかも。この時は、お弁当を持ってきていないので、焼きそばとコーラという若者ぶったメニューで昼食をすます。

次は、キリン。こちらも結構広いエリアで、みんなのんびりしている。
一人離れた場所にいる。木の上に用意された食べ物を食べているようだ。野生では高い所のトゲトゲの葉も食べつくし、さらに高い所の葉を食べるために首が伸びたらしい。その動きをさせてあげているらしい。
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どうでもいいことですが、「キリンに食べ物を与えないでください」とか書かれた看板のすぐ近く(首を伸ばしたキリンの近く)で、一生懸命キリンに葉っぱをあげようとしていた男性がいた。周囲から見て、「おかしな人」と思われることが分からないのかなと思いましたが、猫や鳩に餌をあげることをやめられない人が多いのですから、このような人がいてもおかしくない日本なのでしょう。

Cimg9657チンパンジーは、資料展示で興味深いものがあった。とりあえず、自動販売機と空き缶回収機の写真。
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個人的に思い出深いコウノトリ、モウコノウマを見て、たぬき山へ。
タヌキは是非、見たかった。前脚付け根の黒い部分と、スクエァな感じの体の比率がばまちゃんぽいからだ。実物を見たかったが、見つけることができなかった。
フクロウやイヌワシを見て、トナカイの居る所に来た。私が柵の前に立つと、向こうから「はいはい、御用はなんですか、私ですよね、私」と遠くからやってきて、私の前を往復してくれたオスがいた。他の個体が遠くで群れているのに。わざわざ来てくれて、ありがとう。
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エミューなどを見た次はコアラですが、暑いし、まだお腹が空いているので、自販機で売っているアイス(ハーゲンダッツの棒のヤツ)を食べて一休み。子供連れが多いが、私のような一人で来ている人も多い。性別・年齢はまちまち。

結構前に話題になったコアラ館。綺麗だけど「何かが違う」という感じを受けた。コアラが近くで見ることが出来るのは嬉しい。
館を出るとユーカリの葉が触れるようになっていた。「毒じゃないの?」と思いましたが、触るくらいは大丈夫らしい。
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地図を見ると、ここで3キロ。まだ半分も来ていない。時間は14:50。焦ってきた。

この先、道を間違えて時間のロス&歩く距離が増える。地図を見ると間違えようもないと思うのですが、ウロウロしてしまった。この頃には痛いことを忘れていた。動物を見ることが出来ることも興味深いのですが、この動物園は緑が多いのがいい。
カワセミやカンガルーを見てタスマニア・デビルを見る。この動物園に来たら、今はこれを見ないといけないらしい。
確かに珍獣だ。有袋類であるだけで珍獣ですが、頭と体のバランスをはじめ骨格全体や移動の仕方が興味深い。この個体も遠くに居たのですが、私がガラスの前に立つと、「はいはい、写真ね。いいですよ。こんな感じでいいですか?」とやってきてくれて、モデルさんのように移動して、そして戻っていきました。
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次はオラウータン。実物はほとんど動かなかったのですが、私がカメラを向けたら、高い所Cimg9755_2
からすす~っと降りてくる姿を見せてくれた。
それよりも資料のこの絵が、、、これって、進撃の○○だよね?
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トラやアジアゾウを横目で見ながら、次に目に入ったのはインドサイ。デカイ!、とにかくデカイ(写真だと分かりませんね。是非実物を見て欲しい)。恐竜の生き残りと言われることがありますが、よく分かります。
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この先でもまたウロウロしてしまった。
そんなときに見た、二ホンアナグマは「のんびりし過ぎだろう」とほっとした。
(個人的にアナグマにはいいイメージありませんでしたが、少し好きになったかも。)
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となりのカワウソを見て、また迷ってしまい、ウサギやヤギを見るはずなのですがその前に、「モグラのいえ」へ。ネットで有名な「モグラ先輩」やトウキョウトガリネズミなどにも会えた。
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管を使った、モグラのいえはなかなか興味深い。
Cimg9789管理に気を遣うのではと思った。メッシュ状の管が破けたら逃げてしまわないのか、などと考えてしまった。
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ウサギやヤギの横を通り、インドサイの所まで戻り、ヒマラヤタールや立派な角のムフロンを見て、見慣れたカモシカの次に、トカラヤギが一頭。こういう理由でここにいるのか。トカラヤギは沖縄に居たときに見た。動物との付き合いは地方で色々である。
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フシゾウのオスは荒れていた。角が痒いらしい。メスが近づいてきたら八つ当たりしていた。
オラウータンの辺りに戻り、オラウータンの森へ。先ほどの住み家(?)とは高所に張られたワイヤーで繋がっている。結構な距離があり、よく落ちないものだと感心した。森は誰もいなかった。そして戻って、ユキヒョウを見る。二つのエリアに分かれているようで、どちらのエリアにいる個体も間近で見ることが出来た。ユキヒョウも草を食べるらしい。
ちなみにばまちゃんは食べない。食べなくても吐く。尻尾の太さはユキヒョウの勝ち。
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レッサーパンダがいて、続いてターキン。なんとも特殊なオーラ。写真では伝わらないと思うけど。
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そのお隣さんも見たのですが、覚えていません(苦)。この時、すでに16時くらいになっていたので、「もう帰らねば」と焦ってきていました。

最後にオオカミとまたモウコノウマ。オオカミはいい写真が撮れませんでした。どの個体も大きな犬という感じで野性味が感じられませんでした。生活が保障されているので当然なんだろうけど。つまらなそうにも見えました。

Cimg9844モウコノウマ。首はこんな感じだったけ?、と。首と言えば、こんなパネルもありました。家畜化されている馬とは染色体の数も違う。つまり別の種類。交雑ってないのかな。
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あとは坂を下って、大きな鳥のケージを見て終わりなのですが、その最後にこんなことが書かれたパネルがあるケージがありました。
Cimg9855動物園の役目として、野生(人間の生活圏を含む)で怪我をした動物の保護があります。
ここは鳥のケージですが、鳥以外の動物も必要に応じて保護していると聞きます。
動物園に来ている人たちの中には、ここでなければならないんだろうなと感じる人も何人かいました。低山ハイキングの代わりに選んだ人もいます。
最後に、動物園の役割は色々なんだなと思わせる罠に見事にかかってしまいまいした。

時計を見たら、16:20。入場してから 3時間40分、ほとんど歩き続けたことになります。随分と迷いましたから、8キロは歩いたでしょう。
次回は迷いませんので、4時間あればゆっくり見ることができそうです。お弁当持って、ゆっくり食べたいから5時間かな。

 

電車に乗る頃、気が付きました。
7キロコースを歩き始めた登り坂での痛みはもうありません。やはり大事にし過ぎていたのかも。それとも動物パワーか!
でも、帰りの電車の中ではまた痛みが。揺れに弱いです。(車の運転は大丈夫なのですが。)

そして次の日、起きてみたら調子よかった。
やはり、また行こう。

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2017年8月25日 (金)

鈴木直樹さん(クラリネット)

もう一年以上前だろうか。とあることがあって、必要性がない限り、ブログを直ぐに書くのはやめようと決めた。直ぐに読んでくれる人もいないようだし。
そうやって放置すると、「書くのを辞めよう」と思うことも多々ある。しかし「あ、後にしたらダメじゃん」と思うものも。今回はそんな感じ。
 

今月(2017年8月)の上旬、近所の世田谷区役所と若林公園で「せたがやふるさと民祭り」があった。今までは、馬事公苑前のけやき広場で行われていたのですが、オリンピックへ向けての改修のため、こちらでの開催となりました。

若林公園に行ってみると各地の特産品などの屋台が所狭しと並んでいた。見ているだけで楽しかった。

ふと思い出した。何年か前に、馬事公苑前のけやき広場で行われたイベントに、鈴木さんと青木さんとのステージがあった(そのときのブログはこちら)。このイベントには来ないのかなと思いましたが、調べた結果、来ないことが判明。

残念だな~と帰宅し、その2日後に鈴木さんから案内の葉書が届いた。「なんという偶然!」と喜んだのですが、既に予定が入っていたりと行けない日ばかり。

既に終わってしまったものもありますが、見えるか見えないか程度の画像を貼っておきます。

8月27日の「クラシックのジャズの融合」なんてコピーに惹かれます。
9月26日の西脇基金のチャリティーコンサートは、昨年聴きました。なかなかの迫力で良かったし、楽しかったです。こちらは今年も行こうと思っています。

鈴木さんのスケジュールはこちら

20170810a  20170810b

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2017年8月16日 (水)

今日、映画館で黒澤明の「乱」を観た。
デジタル・リマスターの4K版とかいうものだ。

この映画、観たはずなのだが、全く憶えていなかった。影武者を観た記憶もあるし、幾つかのシーンを憶える。乱は「あれ?、初めて観るような…」という感じだった。

最近、女房がツタヤでDVDを借りてくるので一緒に見ることが多い。たまには映画館で壮大な戦闘シーンや城内のシーンを見るのもいいかな、という感じで足を運んだ。

映画館は下高井戸シネマというこじんまりとしたところ。スクリーンは小さめで、比較的近くで見ることが出来、老眼が進んだ私には有難い。そして4Kリマスター。空、雲、緑も綺麗だが、仲代達也演じる主人公の皺や髪の毛、すね毛なども美しくよく見えた。甲冑の微妙なテカリ具合もよかった。外での土煙なども。

他によく見えて「やはり観ていないとおもう」と感じたのは落馬シーン。乱の落馬のシーンは見たことがあるはずなのだ。見せてもらっている。
この撮影当時、私は馬の世話をする仕事をしていた。先輩たちの何人かはエキストラで出演している。「落馬シーンはギャラがいいからやってみないか」と冗談半分で言われたことがあり、公開後、落馬シーンの幾つかだけを見た記憶がある。しかし、当時の画質ではよく分からなかった。今日、よく見えて「あぁ、やらなくて良かった」と。

それは自分が年をとったからかもしれない。私に後輩が居て、馬たちの世話をする人間がいたら、若気の至りで挑戦していたかもしれない。しかし、4Kリマスターで馬の脚の動きがよく見えるようになってみると、踏まれなくてよかったね、というシーンが幾つも。
今おもうことは、「とにかくやらなくて良かった」(笑)

全然、映画の内容と関係のないことで分かったことも。
昔の日本の人は、馬の右から馬に乗っていたらしい。今とは逆だ。たぶん帯刀しているからだろうとは思っていた。今日はそれを確信した。和鞍の鐙の形が、輪っか状になっていない理由もだいたい想像できた。
これも馬に乗るときの刀の動きがよく見えたからだ。

馬のシーンだけでなく、風景も人の表情もよく分かり、やはり黒澤映画はすごいな、と感じた。
最近、DVDの映画を観ていると、映画を撮っている現場が目に浮かんでくることが多い。映画の中の世界に引き込まれない。演技がどうとか、セットにリアリティーがないとか、ライトが派手だとか、風の吹き方が妙だとか、そんなことばかり気になる作品がほとんど。
この映画はそのようなことはほとんど感じなかった。(三の城がちょっと…。)仲代達也の演技は如何にも演技なのですが引き込まれてしまう。他の人の動きも、人間の動きとして自然。合戦のシーンも何百人もの一人一人が本気で戦っている感じ。大袈裟な力みはない。
カメラ位置も自分がそこで見ている感じ。今の撮影でよくある、「現実では、こんな高い位置から自分が見ることはない。まぁ、映像としては綺麗だけどね」というものは一つもない。自分がそこに居るような感じになる。
そして構図も美しい。自然の中のシーンも「まさか山の形を変えた訳でもあるまいに」と思ったし、廃城のシーンはセットだと思いますが、構成の中の構図としてよく考えられたものだと、後から感じました(見ているときは、映画の世界に引き込まれているので、そんなことを考える余裕はない)。後から感じるということは、各シーンを覚えているということですが、最近のDVDの映画を観ても、各シーンどころか粗筋でさえ、すぐにあやふやになることもある。

音楽は武満徹。「映画の迫力を引き立たせていいな」と思ったのですが、帰宅後、Wikipedia を読んだら音楽の使い方で、黒澤明と武満徹は喧嘩別れしたとか。低音を強調した使い方に不満があったようですが、映画館での音の聴こえ方を熟知している黒澤明と、純粋に音楽や音として扱ってほしかった武満徹との意見の食い違いだったのかも。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%B1_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

映画館で観て良かったな & 今更ながら黒澤映画ってすごいな、と思った映画鑑賞でした。

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2017年8月10日 (木)

写真展『写真家チェ・ゲバラが見た世界』

タイトルの写真展に「行きたいな~」、と思ったのですが、ここのところなかなか自由に動けない。「近くだったらな~」と思ったら、まま行き易い場所。ちょっと無理して行ってきました。

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写真展『写真家チェ・ゲバラが見た世界』
http://che-guevara.jp/

展示は、「写真」と「説明文が書かれた大きなボード」、そして何箇所かに設置された「モニタから流れるビデオ」。ビデオは全て違った。

会場がそれほど広くなかったこもありますが、全てのモニタに人だかりが出来て、皆真剣に見ている。その周囲の写真は見ることが出来ない。
ほとんどが中高齢者でかつ、幅広い感覚の人たち。男女比も半々くらい(女性の方が多かったかも)。そして皆、写真、説明ボード、ビデオをよく見ていた。

 

彼の名は、エルネスト・ゲバラと言うらしい。「チェ」は何かというと、(ボードに書いてあったのでうる覚えですが)何処だかの言葉で「ねえ、君」を親しみをもって投げかける時に使う言葉だという。旅先で彼がよく使っていたとか。

このことが記されたボードは、入場してすぐにあった。
このことを読んだ私の頭の中には、井上陽水さんの桜三月散歩道が流れた。デートの行き先を彼女と話あう歌なのですが、人が死んだり狂ったりする不思議な歌詞の曲なのです。
http://www.kasi-time.com/item-12222.html

ゲバラの人生は奥さんに支えられた部分も大きかったようだ。ビデオの中でインタビューに答えている姿が幾つもあった。とても知的な雰囲気の人である。
『写真家チェ・ゲバラが見た世界』となっているが、やはり私には「革命家」ゲバラとしか見えなかった。奥さんや子供も命を狙われることもあったのではないかと思いますが、インタビューでは、そのようなことは全く感じなかった。話の内容は、素敵なご主人を思い出話の範囲を出ない感じだった。

 

写真は確かによく撮れている。記者としても職を得ていた時期もあったようだ。
しかし、世界を駆け巡るようになった彼の写真を見ていると、写っている向こうやその手前のことを考えします。工場、遺跡、戦場、それらの背景やこれからなどを考えてしまう。工場や大きな遺跡には人の姿が少ないものが多々あった。そこに写ってなくとも、多くの人が関わったことは感じ取れる。
そんなこともあってか「写真家」ではなく「革命家」「政治家」としか、彼を見ることが出来なかった。

 

あれだけのカリスマ性はどのように築かれたのかに興味があった。
一つは、現場でよく働く。指揮するだけでなく自分が体を動かす。休むことはないそうだ。
このような人は見たことがある。これだけではないと思っていた。

彼は、本をよく読んでいたという。医師の資格も持っていた。勉強が好きだったのだろう程度に思っていたが、とにかく本が好きで文学は、小説だけでなく詩もとても多く読んでいたらしい。そして哲学にのめり込み、マルクス主義に傾倒してゆく。

多くの文字を残したゲバラですが、口から出る言葉もとても魅力的だったのではと想像した。奥さんが二人だけの会話を話すシーンがありますが、ラブラブな雰囲気が伝わってきます。
「チェ!」と声をかけられ、共に働き、語り合えば、彼の魅力の虜になってしまうのでしょう。

キューバの主導者になった彼が「これから国をどうしょうと考えてますか?」と質問されて「それは私が考えることではない。国民が考えることです」とか答えていた。

世の中を変えるには、現場を理屈で組み立てるのではなく、現場の人たちの気持ちを一つすることだ、ということを再認識しました。

 

ゲバラの有名な写真がありますが、若い人はあの写真のTシャツを着ていたりします。私には理解出来ないので、あるとき着ている若者(と言っても渡りより10も若くないと思う)に「あなたは彼の思想を支持しているのですか?」と訊いたことがある。「そういうことはよく知りません。ファンションとして着ているだけです」と。
ゲバラはそういう人じゃないと思うんだけど、と口から出そうになりましたが、「そうですか」で終わりにした。

顔写真だけでも魅力的なゲバラ。

私は、子供の頃、彼のことをゲリラの親分くらいにしかおもっていなかった。今は、歴史上、最もカリスマ性のある人間の一人だと確信している。なので、プリントされたTシャツを何気なく着てしまう人もいるのだろう。

 

子供の頃から本が好きだったのだろう。そして遊ぶことも好きだったようです。病弱にも関わらず激しく体を動かすことを好んだとか。そして大学生から続けた旅。
本の中で多くの人と出会い、遊びで実物の人間を感じ、旅で多くの人と出会い「チェ!」と語り掛け共に働き、しっかり結果を出す。

彼の魅力が理解できた展示でした。

 

それでも最後まで「写真家チェ・ゲバラ」とは思えませんでした。「革命家」の方が本人象に近いですが、「素敵な人」ゲバラが彼を表しているとおもいます。

彼には、どんな肩書をつけても、それ以上のものを感じしまうのでしょう。

人生の何処かで、そんな人と出会いたいものです。

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2017年6月18日 (日)

湯を沸かすほどの熱い愛

今日、タイトルの映画(といっても自宅でレンタルDVD)を観た。昼食を外食し、帰宅後、何気なく観た。

二日前には、一緒にレンタルした「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」を観た。私はあのようなステージもアリだと思っている。あれがダメなら今のアイドルも方程式によって作られるような音楽も否定すべきだろう。人を楽しませたり、感動させたり、何か伝わるものがあれば、人に観てもらう価値があると考えている。

 

湯を沸かすほどの熱い愛」の話をしよう。

主人公は、突然自分が癌だと知る。しかも余命二ヶ月の宣告を受ける。
映画がはじまって少ししたらそのシーンとなる。そして、彼女が背負ってきたものが一つ一つ明かされてゆく。限られた余命の中で、自分が背負ってきたものを当事者に引き継いでもらおうとする。それは自分の人生を否定するようにも思えるが、そうするしかない。
限られた時間の中で、何故これほどに前向きでいられたのだろうか。それはたぶん、背負ってきたものから解き放たれることへの期待だったのではないかと感じた。そしてそれと引き換えに、自身が背負わされた運命も清算される期待をもって。
しかし、各人に引き継いでもらったら、そして、清算できない事実を突き付けられ、「もっと生きたい」と強く願う。自分が背負ってきたものがどれだけ大きいものだったのか、背中から降ろしてはじめて見ることができたのだろう。

あまりに多くのものを背負っている主人公を観て「こんなヤツいる訳ない」と思う人もいるだろう。私は私の些細な人生経験から、事実は小説よりも奇なり、を実感している。他人に与えるために、火中の栗を拾うような人たちに出会ってきた。

たしかに、この脚本には歪なものを感じる。しかし、多くのものを背負う人たちの人生の多くは、実は歪なことが多い。なので、わざとこのようにしたのだろう。
その結果は、ネット上にあるこの映画の評価をみれば分かる。

書きたいことは色々あるが、ネットで書くことではないと思うので、この辺りでやめておく。

 

まだ一ヶ月も経っていない。友達が死んでから。数えてみた。ちょうど四週間前だ。ほとんど一ヶ月だった。そんなに経ったと感じられない。もうこの世にいないことは分かっているが、彼を身近に感じる。

その友達も癌だった。多くのものを背負い、多くの人を前向きにさせてくれた人間だった。ときには強引ともいえる物言いで、苦難を直視しろと口にすることもあった。

今日は、その友達の遺品の整理が行われているはずだ。いくつかの荷物は運びだされているはずである。

DVDを観ていたら雨が降ってきた。予想していた以上に強い雨。荷物の運び出しには苦労するだろう。

彼が亡くなった直後に、こんな言葉を知った。

「遣らずの雨」

 

この映画の中でも、主人公がやるべきことを行い、倒れ、入院したとき、雨が降る。
「遣らず」とは「もう逃げられない」という意味なのか。

 

仏教では人が亡くなってから七日ずつ区切りがあるそうだ。
今日は四七日(正確には昨日かな)。この日はどんな意味をもつのだろうかと調べてみたら、「(故人の)言葉に対する罪が裁かれる(その罪が軽くなることを願う?)」日だそうだ。

この映画の主人公が子供に「もっと強くならなきゃダメ!」と言うように、友達も他の癌患者の人たちに「現実を直視しなくちゃダメ!」、とメッセージを送り続けていた。
人によっては、その言葉によりダメージを受ける人もいるのではないかと思っていた。しかし、彼の辛辣な言葉よりも、現実から目を逸らすことができる甘い言葉の方が罪ではないかと、私もおもっている。

 

偶然にしては、あまりよく出来たタイミングでこの映画を観た。
何を観るかは女房任せ。私は観はじめるまで、何を観るのか知りません。

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2017年5月15日 (月)

ヒトの傍らで – シナントロープから見た世界

タイトルの展示を見てきた。今日で終わりなので誰のお役にも立てません。備忘録として。

説明はこのあたり。
http://fireside-essay.jp/miyazaki/bird/704.html
http://www.miyazakigaku.net/kouen/675.html

昨日(2017年5月14日)のトークショーに行こうと思ったのですが、メールのトラブル等で諦めました。今日も行かないつもりだったのですが、どうしても行きたくて無理に行ってきました。

 

人が暮らす地域で生きている野生動物の写真展です。
新宿のネズミやアライグマの写真もあれば、かつて多くの人が暮らした鉱山跡地もありました。高原の(もちろん人間用の)遊歩道での写真や福島県の人が暮らさなくなった場所や仮設住宅近くの写真も。
「こんな所にこんな動物が!」という写真がいっぱい。東京の国立インター近くにキツネが歩いている写真もあれば、遊歩道には色々な動物が姿を現しています。昼間、人間が何気なく歩いている場所に

多くの写真は定点カメラ(というのかな。据え置きで自動でシャッターが切れるようになっている)で撮影されたものだと思います。動物たち(時には人間も)の日常の営みが写されています。驚きや力み(威嚇など)がない。誤解を恐れずにいえば「可愛い」。福島県の人が住まなくなった民家に出入りする動物たちの表情は、「今日もちょっと寄らせてもらいますよ」という感じ。イノシシでさえ可愛く見える。

それらの写真に付けられている短いコメントが客観的で、ときに奥深く興味深いこともある。命が繋がっているこの世界を感じている人だから書けるコメントだ。

 

タイトルの「シナントロープ」については、冒頭のリンク先を読んでいただきたい。
それと関連することとして、上記から以下を引用させていただきます。
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木を一本切っただけでそれを「自然破壊」だと非難してしまうのではなくて、その木がそれまで何をしてきたのか、切られることによって環境がどう変わっていくのか、そこまで考えながら自然を見つめてみることがイマの私たち人類には必要なことではないのか、と感じます。
================

感情から訴えるだけではなく、まず客観的な事実を集め分析し理解し、その結果からこれからのことを考える。

多様性が認められるイマだからこそ、無用な意見の対立を生まないためにも必要なことだと思いました。

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2017年3月30日 (木)

2017年3月30日の紀尾井ホールのコンサート

コンサートに行ってきた。
誘われて行ったのですが、事前にタイトルも内容もよく確認できませんでした。分かっていたことは、鈴木直樹さん率いるビッグバンドと山下洋輔さん、日野皓正さんなどが出るということ。プロデュースは神津善行さんらしい。
ホール発表のスケジュールをみても「戦後、若者を熱狂させた ビッグバンドジャズ」とタイトルがあり、出演者は、「神津善行(お話),鈴木直樹とスイングエースオーケストラ(Orch),高橋薫子(Sop) 」だけで、曲目は未定となっている。

事前に知らされていたことはもう一つありました、6,000円の席であること。
山下さん、日野さんが出るのだからこんなものだろうと思ったのですが、終わってみての感想は、「これって10,000円クラスの内容では?」。

もしかしたら、ブログなどに書いてはいけないコンサートだったかもしれない。もし消えても不思議がらないでください。

 

ホールに入る。プログラムを渡される。そこにはタイトルは書かれていない。
直前だったのでチケットは会場で受け取った。チケットには、「ビッグバンドによる戦後直後のジャス・コンサート 再現」とある。
プログラムには音楽のことはほとんど書かれていない。曲目とメンバーの紹介が書かれているが、曲目も「確定ではありません」とある。何が書いてあるかと言うと、神津さんのコラムような内容の文章がある。戦後のジャズについてがメインですが、なんともくだけた(個人的な?)内容のものもある。このコンサートはもう何年もやっていて、パンのお土産つきということも書かれていた。

ますます、「なんなんだろう、このコンサートは?」と。

紀尾井ホールは初めて来た。入って吃驚。ここでジャズやるの?。鈴木さんのバンドだから問題ないだろうけど、と。

一曲目、ムーライト・セレナーデの音が出た瞬間、「うぉ~~~」と思った。プレーヤーが紡ぎだす音色がそのままやってくる。職人達の音が気持ちよく楽しませてくれる。久しぶりに、ガンガンの音楽で眠りそうになった。全部が生だから。音も生ならリズム生。まるで動物と触れ合っているようだ。心から、心地よく興奮させてもらいました。
この時点で、「うんうん、6,000円は安いね」とは感じていました。

二部が始まり、ゲストが次々出てくる。みんな凄い。演奏がどうのレベルではない。楽しい。音楽がどうのでもない。わくわくする。気が付くと、手拍子をし、足を踏み鳴らし、奇声を発していた(隣の人、ゴメンナサイ。たぶん耳が痛くなったと思います)。

特に山下さんの演奏は凄い。噂には聞いていましたが、光を放っているようでした。大勢の大人の中に子供が一人入り、その無邪気さで周りの大人を巻き込み、その一面が暖かい光に包まれるような感じ。
対する日野さんは、次にこうくるなと思ったときには既にきている、という感じ。こちらに光を当ててくれるのですが、こちらが予想する一瞬の間にこちらが期待しているものプラスアルファの光をあててきている。はじめは駆け引きっぽいものを感じましたが、身を委ねておけばいいんだ、となった。
お二人による「俳句」が凄かった。山下さんが出すお題に日野さんが答える。答えに対して山下さんが評する。そんな感じ。壮絶でいて繊細、滑稽でいて超真面目。後から考えれば超絶技巧なのですが、そんなことを考えさせない楽しさ。理論的なことなんて全く頭から抜けて楽しめるだ(なので奇声を発してしまうのだが・汗)。

そんな曲もあり、盛り上がってゆき、最後は鈴木さん定番のシング・シング・シング。大盛り上がりでプログラム終了。

で、アンコールなのですが、神津さんが「ここでレクイエムを」と3月3日に亡くなった友人に送る曲がありました。

 

このコンサート、若い人にも来て欲しいと思いました。若いというのは私世代も含まれます。客席を見ると、多くの人は70歳以上だろうと思われます。皆さん、お洒落。フォーマルの人もカジュアルの人もその人の雰囲気を出している。比較的後ろの方の席だったのですが、お客さんの頭を見るだけでお洒落そうな感じの人ばかり。ホールの雰囲気に負けていない。ステージ上の人たちも皆さん、お洒落。進行役の神津さんは特に紳士然としていました。
そんな会場で、神津さんは、ご自身が戦後体験したこと、感じたこと、後から調べたことなどをお話になりました。中には政治的と解釈できる内容もありましたが、ここではみんなが同じリアクションをする必要はありません。神津さんも個人の記憶、感想、考えとして語り、押しつけは感じません。あくまで個人の話として聞くことが出来る内容です。
戦争というものがどのようなもので、戦後の日本がどのような状況で、そこで生きていた人たちはどうしていたのか。そこに入ってきたジャズ。それは奇妙な立ち位置。そんな話と(直接的ではなく想像を巡らせなければ分からない程度の)戦中戦後の苦労話。実名が出てくる楽しい話。
そのような話もありながら進行してゆく。そこには出来るだけ当時の構成にしたビッグバンドの演奏。(神津さんは「楽譜があるのでジャズ・オーケストラと呼びました」と説明していた)。音楽にも感じるものがありますが、神津さんのお話にも心に湧いてくるものがありました。

私より少し上くらいから、コンサートはみんな一緒(観客同士も)にグルーヴするものという印象がありますが、ステージから発せられる光は同じでも、受け取る方はどう受け取ってもいいという余裕がある。どう受け取るかは観客個々次第ですが、ステージからはっきりと伝えるものがある。それは言葉に拘束されていない。それが確かにある。
最近の音楽に感じる物足りなさが何だったのか、このコンサートに行って理解できました。それは「生」。楽譜以上のもの。演奏以上もの。生きものとして伝わるもの。個々に対して伝えるもの。そういうものだと気が付きました。

やっぱり「生」っていいよね。

会場を出る前に、しっかりパンをゲットしました!

 

家に帰り、いつものように女房の前に座っているおばまを見た時、いつもよりも威厳に満ちて見えました。
ある日突然人間が消えた町で、一年半生き残ったおばま。色々間違っているのではと思うことが多々ありながらも、今でも生きることだけに執念を燃やしているおばま。その生き方は充分すぎるほど伝わっています。

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2017年3月24日 (金)

新しいワタシの見つけ方(DVD)

映画というかDVDの感想文です。

日本語タイトルは、「新しいワタシの見つけ方」。
英語のタイトルは、「EMMA'S CHANCE」。

タイトルで検索したら、先頭に出てきたのはこのレビューページ
https://filmarks.com/movies/69700

スターチャンネルでの紹介ページ
http://www.star-ch.jp/channel/detail.php?movie_id=25496

 

主人公(EMMA)はアメリカの女子高生。進学のこと友達付き合いことなど悩んでいる時に、ちょっとした失敗をし、罰として馬のレスキュー施設のお手伝いをするようになり、周りを巻き込みながら人間的な成長をしてゆくストーリー。

「レスキュー施設」と言っても分からない方もいらっしゃると思いますので簡単に説明します。
助け出して保護する施設です。犬や猫にもあり、そちらは日本にも定着しつつあります。捨てられり、酷い飼われ方をしている動物を保護し、心身のケアを施し、新たな飼い主を探します。

わざわざ英語のタイトルを書きましたが、馬にとってここに入れることはチャンスです。主人公にとってもチャンスだったのです。日本語タイトルってヘンなの多いと思いますが、これもその一つ。でも、レスキュー施設なんて日本の人には分からないので、このタイトルが妥当なのかも。
馬にとってチャンスだと分かるシーンが幾つか出てきますが、ほとんどの人には分からないと思います。(メキシコ産馬肉というタイムリーなネタも出てきます。)
この映画を観ていておもうことの一つは、日本と欧米の文化や歴史の違い。

日本に於いてペットの代表格は「犬と猫」ですが、世界標準(といっても歴史的にみれば欧米白人社会と言うべきかも)では、「犬、馬、猫」です。
場所によっては、野良馬が居たりします。映画の中にもそんな話が出てきます。

よくボランティアとか寄付の歴史が違うということを言う人がいますが、この10年くらいはネットの普及もあり、日本でも寄付の感覚が根付いてきたと思います。歴史は違いますが、寄付という形が手軽に出来るようになってきたことを実感されている方も多いのではないでしょうか。
この映画の中では、資金集め(のお礼?)のパーティーが出てきます。これは日本には定着していませんね。これは感覚の違いなのかも。

この映画の話は実在の施設をモチーフにしたそうですが、やはり資金集めが必要になります。
映画を観はじめたときにレスキュー施設とは知りませんでした。施設のマークに Rescue の文字を見て「えっ?」と思いました。そして施設の規模を予想して、「日本だったら月にこれくらいは必要だろうな」とか考えて「日本じゃ無理」と思ったものです。馬房(馬小屋)の広さからして「いいな~」と。動物福祉ってやつですね。ヨーロッパの馬房を写真やビデオで見ていますが、それらと比べるとこの映画のサイズは一般的です。日本のよくある馬房と比べると「なんと羨ましい~」と感じます。馬房の広さ以外にも色々ところで「最低限」の感覚が違うな~、と感じました。
そんなことを気にし始めたら資金難にもなるだろうなと思ったりしました。

そんな話は改めて書くことにして、乗馬の話
ド素人の主人公が上達してゆく姿がなかなか良かったです。それが分かるようになっていました。(スタントの人を使った最後のシーンは綺麗すぎる感じはありましたが。)

私の感想文を読むと小難しそうにおもえてしまうかもしれませんが、気軽に観ることが出来る映画です。たぶん子供も見ることを想定して作っていると思います。
構えずに馬のレスキューのことを知ってもらいたいのではないかと思います。アメリカでも馬をペット出来る人は一握りだし、都市部で馬に触れる機会はほとんどないでしょうから、「馬との付き合いって難しんだろうな」と思っている人がほとんどだと思います。少しでも多くの人に、馬の問題と馬の素敵な部分を伝えたくて、このような映画を作ったのだと思います。

私自身、経験なしに馬の仕事に就いて、この女の子のように「馬っていいな」と思ったものでした。人間社会の中での馬について、少し分かってくると何かと考えてしまうこともありました。
私が馬の仕事をしたのは 30年以上前ですが、当時の日本にも馬のレスキュー団体はありました。しかし、その存在を知らせるだけの力もなかったような印象でした。日本の野良馬(捨て馬ですね)の存在を訴えても信じてもらえないし、ほとんどの人は「私には関係ない」という感じでした(当時、競馬が流行っていましたけどね)。
 

おっと、また小難しい話になって申し訳ない。
気軽に観てほしい映画です。馬が好きでなくても見て欲しい映画です。

日本の動物愛護もこんな感じの活動(映画作り)をしてくれたらと常々思っています。小難しいことは後回しでいいと思います。(オマエが言うな!、と言われそうですが・苦)
動物とのふれあいはいいものだ、からでいいのではないでしょうか。

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2017年3月11日 (土)

Windowsマシンの部品を次々に取り替えると

またまた、パソコンの話。

今はメーカー製のパソコンも安くなりましたが、昔は10万円以上は当たり前で、高性能なものを求めると20万円以上になりました。モニタもちょっと性能のいいものを求めると10万円近くになったりしたものです。インターネットが普及したお陰で、パソコンも普及し、不具合も少なくなってきたし、安くもなりました。

そうなる前は、パソコンを自作することは珍しいことではありませんでした。私も時々やっていました。なので、その知識はあります。知識といっても、プラモデルよりも知識は必要ありません。簡単です。

 

パソコンのトラブル対応も少しは仕事があった5年くらい前までは、パソコン三台体制で運用していました。メインマシン、そのサブマシン、そして、テストマシン。テストマシンは、「このソフト、インストールしても大丈夫?」と思うものを使ってみたり、無理な設定をしてみたり。

ここのところパソコンの仕事が激減し、テストマシンが必要なくなってきた。もう7~8年前のパソコンなので破棄することにした。念のためデータを吸い上げる。吸い上げ先はサブマシン。

吸い上げ作業が終わった次の日、「さぁ~て、データを確認するかな」とサブマシンの電源を入れたら、「システムディスクが見つかりません」とか、そんな英語が表示され、立ち上がらない。どうにかなるだろうと、再起動したり BIOS いじったりしても全くどうにもならない。
該当ディスクをマシンから外してチェックしてみる。完全に動かない。全く反応しない。これが先日書いた、SSDが壊れるに至った経緯です。

「SSDが壊れる」の処置でマシンは使えるようになったのですが、このマシンは時々、致命的な症状を出してくれる。動いている時に、急に電源が落ちるのだ。
このマシンを入手して2~3週間で症状が出た。派手な電飾ケースだったのでケースを取り替えてみたら、とりあえず症状が落ち着いたので喜んでいたら、一年くらいたったら、やはり急に電源が落ちるようになった。そのときも色々と試した。結果、メモリを半分外すと症状が出なくなる。それで運用していたら、今回の「SSDが壊れる」になった。

SSDをHDDにして症状は治まったのですが、また何か起こるのではないかと心配になった。もう一台、パソコンを購入しようかと思ったのですが、そんなお金はない。

手許にあるジャンクマシンの中に動きそうなものがあったので、テストをしたら使えそうだ。CPUは i7、メモリは16G積んだ。OSを探したら、Windows7があったので、それをインストールしてみた。
動かしてみると、「あれ?、なんか重い。i7とは思えない」と思ったら、OSが32bit。使えるメモリは4G未満。PAEという技術を使って、残りのメモリを使えるはずだと調べてみたのですが、どうしても出来ない。BIOSにメモリー・マッピングの項目がない。つまりメモリは、4G未満しか出来ない。
http://oxynotes.com/?p=7803

ここまでで結構な時間を使ってしまった。お金があったら、新しいマシンを購入して解決なのに、と虚しいおもいに襲われる。

 

ここから本題。

忘れた頃に電源系統のトラブルを出してくれるサブマシン(Win10Pro.64bit、Win7からの無償アップグレード)のHDDとグラフィック・ボードなど出来る限りのデバイスを、動きそうなマシンに移して、Win10として動いてくれないものか、と考えた。

私の記憶なので間違っているかもしれませんが、Windowsマシンの部品を次々に取り替えると動かなくなる。たしか、6つ以上のデバイスを変更すると動かなくなる、というルールがあったような気がした。
メモリを外して解決したときに幾つかのデバイスを外したり着けたりをしたので、もしそうであれば限界に近い。

とにかくトライしてみる。
ネットで調べた限りでは、マイクロソフト・アカウントでログインする設定にしておけば大丈夫!、という記事があった。テストマシンはその設定なので、期待して作業に臨む。
http://www.solar-make.com/personal-computer/motherboard-replacement-win10/4311/

マザーボードと電源は健全そうなケース内に、忘れた頃に電源が落ちるマシン(サブマシン)の HDDやグラフィック・ボードを着けてみた。

立ち上げてみると、ドライバーも大きな問題はなく立ち上がってくれた。動いてくれる。
しかし、マイクロソフト・アカウントでログインしていてもダメでした。何か設定を変えようとすると、「再認証してください」とせがまれる。「プロダクトキーを入れろ!」、と。

Windows7からの無償アップグレードなので、プロダクトキーがあったかどうかも覚えていない。たぶんなかったと思う。
ネットで調べたら、Windows7 のプロダクトキーを入れればいいらしいが紛失してしまった。
またまたネットで調べたら、プロダクトキーを読み取ってくれるソフトがあるらしい。それで確認しようとしたら、セキュリティーソフトが待った!をかけた。普通、見ることが出来ないシステム情報を覗くのですから、怪しいソフトと思われて当たり前。

セキュリティー・ソフトの警告を無視し、そのソフトで、Windows7 のプロダクトキーを確認。それを入力したら警告は消えて、問題なく使えるようになりました。

二台のマシンにインストールしている訳でもないので問題ないと思いますが、6ヶ月6デバイス・ルールが記憶にあったので、ほっとしました。

 

さてさて、認証されたこのマシン。安定して動いてくれるかな。

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2017年3月 5日 (日)

SSDが壊れる @ Windows10

パソコンも安くなった。故障したらマシンごと買い替える時代になった。
以前、パソコンのメンテナンスや修理を仕事にしていたので(今でもやっているけどニーズはないに等しい)、自分のパソコンがおかしくなれば直したくなる。

SSDが全く読めなくなった。もちろんシステムに使っていたドライブ。なので、システムは起動しない。マシンとして全く使い物にならない。
私は、システムとデータを完全に別ドライブに入れるよにしているし、このマシンは予備マシンで、メインマシンがダウンしたときに使うものなので、業務に大きな支障はなかった。

さて、どうしようかと考える。「犬とゆく」でお世話になっている人から「Win7以降の修復機能は結構使えますよ」と言われていたことを思い出した。
Windows10標準のバックアップはやってあったし(昨年末だったけど)、修復ディスクも作ってあった。これのお陰でどうにかなったのですが、つまらぬことで時間を費やしたので、メモ書きを残しておく。

 

・ 初期症状

予備マシンを久しぶりに立ち上げたら、「ブートドライブないよ!」のエラーが出た。何かの間違えだろうと、再起動したり、BIOSを確認したり。
設定は何も間違っていない。「このマシンの起動ディスクは、SSDだったよな」と思って、確認すると、BIOSレベルで見えない。SSDは完全に消えている。
マシンからSSDを外して、別マシンにつなげて確認してもやはり見えない。反応しない。完全にSSDが動かなくなってしまった。(買って一年半も経っていないし、そんなに使っていないのに。)

このマシンは、以前、他の障害もあり、電源を交換しているので、原因はマザーと考えるべきだろう。マザーの交換、または、マシンの廃棄も考えたが、ちょっと対応してみよう。

 

・ システム・ドライブがない状態での復旧

このようなことが起きることを考えて、Windows7以降、OSがバックアップの機能を持っている。バックアップ先は別ドライブにすることを推奨している。それがあるはずなので、復旧できるはず。
それには、修復ディスクを作っておかねばなりませんが、それはこのマシンを購入したときにマシンに付いてきた。
あとは代わりのドライブ。ほぼ同容量のHDDがあったので、これを利用。(SSDがないのが残念)

 

・ 修復ディスクによる復旧

やることは単純。別ドライブにあるバックアップを新たなHDDに戻す。簡単なはずである。
SSDを外した所(マザーのSTAT0)に代わりのドライブを接続。これで出来るはず。
復旧のプログラムを走らせるが出来ない。戻すのに適したドライブが見つからない、とのメッセージが出て先に進まない。
他のマシンでフォーマットしてあるからか、所有者権限の関係でできないのかも、と考えて、領域を解放し、領域確保・フォーマットをし直そうとした。
しかし、修復ディスクの(GUIの)機能として領域の開放が見つからない。ネットで調べたら、コマンドラインの、DISKPART というものを使うらしい。
MS-DOSの頃はコマンドラインを使うしかありませんでしたが、今のコマンドラインは高度なことが出来てややこしい。ただ、ディスクの領域を確保してフォーマットして、の考えは今も変わらないので理解出来る。ややこしかったですが、どうにか出来ました。
再フォーマット後、再びバックアップから戻すことを試みる。メッセージが変わったようですが、やはり出来ない。

メッセージをよく読むと、BIOS がどうとか書いてある。BIOS を確認してみて納得。
SSDが認識されなくなったので、起動ディスクに登録の登録に、他のドライブ(データドライブ)が繰り上がっていた。HDDに交換(もちろんSATA0に接続)したのだから、起動エントリーのトップに持ってきてくれればいいようなものですが、そこまでは気が利かない。
逆に、Windows がBIOSのことを気にしてくれることに驚いた。そこまでは考えなかった。
BIOSにて、起動ディスクのエントリー・トップに該当ドライブを登録し直したら、すんなりバックアップをHDDに書き込んでくれて、ハッピーエンド!

もしかしたら所有者権限は関係なかったかも(爆)

 

・ 最適化(デフラグ)が出来ない

以前 SSDにあった内容は、今 HDDに収まってくれた。以前と云っても二ヶ月くらい前の内容。なので、アップデートが幾つかあった。ふと、最適化をしようと試みる。
該当ドライブは、ソリッドステートドライブ、つまりSSDであると表示されて、最適化が出来ない。
ネットで調べたら、コマンドプロンプト(管理者)から winsat.exe formal を実行するとよい、と書かれていた。実行する前に、winsat.exe とは何ぞやと調べてみると、パソコンの性能を測定・評価するコマンドらしい。そして、formal オプションは全てのデバイスが対象になるとか。ストレージだけじゃダメなの?、と、調べてみると、winsat.exe disk というオプションがある。これを実行したら、ソリッドステート ドライブ から ハードディスク ドライブに変更された!
断片化は3%。最適化を実効したら30分以上かかった。早めに対応しておいて良かった!

 

以上、Windows10 でシステムドライブを復旧、しかも、SSDからHDD のレポートというか覚え書でした。(普通、HDDからSSDですよね ^_^;)

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