2017年6月18日 (日)

湯を沸かすほどの熱い愛

今日、タイトルの映画(といっても自宅でレンタルDVD)を観た。昼食を外食し、帰宅後、何気なく観た。

二日前には、一緒にレンタルした「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」を観た。私はあのようなステージもアリだと思っている。あれがダメなら今のアイドルも方程式によって作られるような音楽も否定すべきだろう。人を楽しませたり、感動させたり、何か伝わるものがあれば、人に観てもらう価値があると考えている。

 

湯を沸かすほどの熱い愛」の話をしよう。

主人公は、突然自分が癌だと知る。しかも余命二ヶ月の宣告を受ける。
映画がはじまって少ししたらそのシーンとなる。そして、彼女が背負ってきたものが一つ一つ明かされてゆく。限られた余命の中で、自分が背負ってきたものを当事者に引き継いでもらおうとする。それは自分の人生を否定するようにも思えるが、そうするしかない。
限られた時間の中で、何故これほどに前向きでいられたのだろうか。それはたぶん、背負ってきたものから解き放たれることへの期待だったのではないかと感じた。そしてそれと引き換えに、自身が背負わされた運命も清算される期待をもって。
しかし、各人に引き継いでもらったら、そして、清算できない事実を突き付けられ、「もっと生きたい」と強く願う。自分が背負ってきたものがどれだけ大きいものだったのか、背中から降ろしてはじめて見ることができたのだろう。

あまりに多くのものを背負っている主人公を観て「こんなヤツいる訳ない」と思う人もいるだろう。私は私の些細な人生経験から、事実は小説よりも奇なり、を実感している。他人に与えるために、火中の栗を拾うような人たちに出会ってきた。

たしかに、この脚本には歪なものを感じる。しかし、多くのものを背負う人たちの人生の多くは、実は歪なことが多い。なので、わざとこのようにしたのだろう。
その結果は、ネット上にあるこの映画の評価をみれば分かる。

書きたいことは色々あるが、ネットで書くことではないと思うので、この辺りでやめておく。

 

まだ一ヶ月も経っていない。友達が死んでから。数えてみた。ちょうど四週間前だ。ほとんど一ヶ月だった。そんなに経ったと感じられない。もうこの世にいないことは分かっているが、彼を身近に感じる。

その友達も癌だった。多くのものを背負い、多くの人を前向きにさせてくれた人間だった。ときには強引ともいえる物言いで、苦難を直視しろと口にすることもあった。

今日は、その友達の遺品の整理が行われているはずだ。いくつかの荷物は運びだされているはずである。

DVDを観ていたら雨が降ってきた。予想していた以上に強い雨。荷物の運び出しには苦労するだろう。

彼が亡くなった直後に、こんな言葉を知った。

「遣らずの雨」

 

この映画の中でも、主人公がやるべきことを行い、倒れ、入院したとき、雨が降る。
「遣らず」とは「もう逃げられない」という意味なのか。

 

仏教では人が亡くなってから七日ずつ区切りがあるそうだ。
今日は四七日(正確には昨日かな)。この日はどんな意味をもつのだろうかと調べてみたら、「(故人の)言葉に対する罪が裁かれる(その罪が軽くなることを願う?)」日だそうだ。

この映画の主人公が子供に「もっと強くならなきゃダメ!」と言うように、友達も他の癌患者の人たちに「現実を直視しなくちゃダメ!」、とメッセージを送り続けていた。
人によっては、その言葉によりダメージを受ける人もいるのではないかと思っていた。しかし、彼の辛辣な言葉よりも、現実から目を逸らすことができる甘い言葉の方が罪ではないかと、私もおもっている。

 

偶然にしては、あまりよく出来たタイミングでこの映画を観た。
何を観るかは女房任せ。私は観はじめるまで、何を観るのか知りません。

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2017年5月15日 (月)

ヒトの傍らで – シナントロープから見た世界

タイトルの展示を見てきた。今日で終わりなので誰のお役にも立てません。備忘録として。

説明はこのあたり。
http://fireside-essay.jp/miyazaki/bird/704.html
http://www.miyazakigaku.net/kouen/675.html

昨日(2017年5月14日)のトークショーに行こうと思ったのですが、メールのトラブル等で諦めました。今日も行かないつもりだったのですが、どうしても行きたくて無理に行ってきました。

 

人が暮らす地域で生きている野生動物の写真展です。
新宿のネズミやアライグマの写真もあれば、かつて多くの人が暮らした鉱山跡地もありました。高原の(もちろん人間用の)遊歩道での写真や福島県の人が暮らさなくなった場所や仮設住宅近くの写真も。
「こんな所にこんな動物が!」という写真がいっぱい。東京の国立インター近くにキツネが歩いている写真もあれば、遊歩道には色々な動物が姿を現しています。昼間、人間が何気なく歩いている場所に

多くの写真は定点カメラ(というのかな。据え置きで自動でシャッターが切れるようになっている)で撮影されたものだと思います。動物たち(時には人間も)の日常の営みが写されています。驚きや力み(威嚇など)がない。誤解を恐れずにいえば「可愛い」。福島県の人が住まなくなった民家に出入りする動物たちの表情は、「今日もちょっと寄らせてもらいますよ」という感じ。イノシシでさえ可愛く見える。

それらの写真に付けられている短いコメントが客観的で、ときに奥深く興味深いこともある。命が繋がっているこの世界を感じている人だから書けるコメントだ。

 

タイトルの「シナントロープ」については、冒頭のリンク先を読んでいただきたい。
それと関連することとして、上記から以下を引用させていただきます。
================
木を一本切っただけでそれを「自然破壊」だと非難してしまうのではなくて、その木がそれまで何をしてきたのか、切られることによって環境がどう変わっていくのか、そこまで考えながら自然を見つめてみることがイマの私たち人類には必要なことではないのか、と感じます。
================

感情から訴えるだけではなく、まず客観的な事実を集め分析し理解し、その結果からこれからのことを考える。

多様性が認められるイマだからこそ、無用な意見の対立を生まないためにも必要なことだと思いました。

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2017年3月30日 (木)

2017年3月30日の紀尾井ホールのコンサート

コンサートに行ってきた。
誘われて行ったのですが、事前にタイトルも内容もよく確認できませんでした。分かっていたことは、鈴木直樹さん率いるビッグバンドと山下洋輔さん、日野皓正さんなどが出るということ。プロデュースは神津善行さんらしい。
ホール発表のスケジュールをみても「戦後、若者を熱狂させた ビッグバンドジャズ」とタイトルがあり、出演者は、「神津善行(お話),鈴木直樹とスイングエースオーケストラ(Orch),高橋薫子(Sop) 」だけで、曲目は未定となっている。

事前に知らされていたことはもう一つありました、6,000円の席であること。
山下さん、日野さんが出るのだからこんなものだろうと思ったのですが、終わってみての感想は、「これって10,000円クラスの内容では?」。

もしかしたら、ブログなどに書いてはいけないコンサートだったかもしれない。もし消えても不思議がらないでください。

 

ホールに入る。プログラムを渡される。そこにはタイトルは書かれていない。
直前だったのでチケットは会場で受け取った。チケットには、「ビッグバンドによる戦後直後のジャス・コンサート 再現」とある。
プログラムには音楽のことはほとんど書かれていない。曲目とメンバーの紹介が書かれているが、曲目も「確定ではありません」とある。何が書いてあるかと言うと、神津さんのコラムような内容の文章がある。戦後のジャズについてがメインですが、なんともくだけた(個人的な?)内容のものもある。このコンサートはもう何年もやっていて、パンのお土産つきということも書かれていた。

ますます、「なんなんだろう、このコンサートは?」と。

紀尾井ホールは初めて来た。入って吃驚。ここでジャズやるの?。鈴木さんのバンドだから問題ないだろうけど、と。

一曲目、ムーライト・セレナーデの音が出た瞬間、「うぉ~~~」と思った。プレーヤーが紡ぎだす音色がそのままやってくる。職人達の音が気持ちよく楽しませてくれる。久しぶりに、ガンガンの音楽で眠りそうになった。全部が生だから。音も生ならリズム生。まるで動物と触れ合っているようだ。心から、心地よく興奮させてもらいました。
この時点で、「うんうん、6,000円は安いね」とは感じていました。

二部が始まり、ゲストが次々出てくる。みんな凄い。演奏がどうのレベルではない。楽しい。音楽がどうのでもない。わくわくする。気が付くと、手拍子をし、足を踏み鳴らし、奇声を発していた(隣の人、ゴメンナサイ。たぶん耳が痛くなったと思います)。

特に山下さんの演奏は凄い。噂には聞いていましたが、光を放っているようでした。大勢の大人の中に子供が一人入り、その無邪気さで周りの大人を巻き込み、その一面が暖かい光に包まれるような感じ。
対する日野さんは、次にこうくるなと思ったときには既にきている、という感じ。こちらに光を当ててくれるのですが、こちらが予想する一瞬の間にこちらが期待しているものプラスアルファの光をあててきている。はじめは駆け引きっぽいものを感じましたが、身を委ねておけばいいんだ、となった。
お二人による「俳句」が凄かった。山下さんが出すお題に日野さんが答える。答えに対して山下さんが評する。そんな感じ。壮絶でいて繊細、滑稽でいて超真面目。後から考えれば超絶技巧なのですが、そんなことを考えさせない楽しさ。理論的なことなんて全く頭から抜けて楽しめるだ(なので奇声を発してしまうのだが・汗)。

そんな曲もあり、盛り上がってゆき、最後は鈴木さん定番のシング・シング・シング。大盛り上がりでプログラム終了。

で、アンコールなのですが、神津さんが「ここでレクイエムを」と3月3日に亡くなった友人に送る曲がありました。

 

このコンサート、若い人にも来て欲しいと思いました。若いというのは私世代も含まれます。客席を見ると、多くの人は70歳以上だろうと思われます。皆さん、お洒落。フォーマルの人もカジュアルの人もその人の雰囲気を出している。比較的後ろの方の席だったのですが、お客さんの頭を見るだけでお洒落そうな感じの人ばかり。ホールの雰囲気に負けていない。ステージ上の人たちも皆さん、お洒落。進行役の神津さんは特に紳士然としていました。
そんな会場で、神津さんは、ご自身が戦後体験したこと、感じたこと、後から調べたことなどをお話になりました。中には政治的と解釈できる内容もありましたが、ここではみんなが同じリアクションをする必要はありません。神津さんも個人の記憶、感想、考えとして語り、押しつけは感じません。あくまで個人の話として聞くことが出来る内容です。
戦争というものがどのようなもので、戦後の日本がどのような状況で、そこで生きていた人たちはどうしていたのか。そこに入ってきたジャズ。それは奇妙な立ち位置。そんな話と(直接的ではなく想像を巡らせなければ分からない程度の)戦中戦後の苦労話。実名が出てくる楽しい話。
そのような話もありながら進行してゆく。そこには出来るだけ当時の構成にしたビッグバンドの演奏。(神津さんは「楽譜があるのでジャズ・オーケストラと呼びました」と説明していた)。音楽にも感じるものがありますが、神津さんのお話にも心に湧いてくるものがありました。

私より少し上くらいから、コンサートはみんな一緒(観客同士も)にグルーヴするものという印象がありますが、ステージから発せられる光は同じでも、受け取る方はどう受け取ってもいいという余裕がある。どう受け取るかは観客個々次第ですが、ステージからはっきりと伝えるものがある。それは言葉に拘束されていない。それが確かにある。
最近の音楽に感じる物足りなさが何だったのか、このコンサートに行って理解できました。それは「生」。楽譜以上のもの。演奏以上もの。生きものとして伝わるもの。個々に対して伝えるもの。そういうものだと気が付きました。

やっぱり「生」っていいよね。

会場を出る前に、しっかりパンをゲットしました!

 

家に帰り、いつものように女房の前に座っているおばまを見た時、いつもよりも威厳に満ちて見えました。
ある日突然人間が消えた町で、一年半生き残ったおばま。色々間違っているのではと思うことが多々ありながらも、今でも生きることだけに執念を燃やしているおばま。その生き方は充分すぎるほど伝わっています。

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2017年3月24日 (金)

新しいワタシの見つけ方(DVD)

映画というかDVDの感想文です。

日本語タイトルは、「新しいワタシの見つけ方」。
英語のタイトルは、「EMMA'S CHANCE」。

タイトルで検索したら、先頭に出てきたのはこのレビューページ
https://filmarks.com/movies/69700

スターチャンネルでの紹介ページ
http://www.star-ch.jp/channel/detail.php?movie_id=25496

 

主人公(EMMA)はアメリカの女子高生。進学のこと友達付き合いことなど悩んでいる時に、ちょっとした失敗をし、罰として馬のレスキュー施設のお手伝いをするようになり、周りを巻き込みながら人間的な成長をしてゆくストーリー。

「レスキュー施設」と言っても分からない方もいらっしゃると思いますので簡単に説明します。
助け出して保護する施設です。犬や猫にもあり、そちらは日本にも定着しつつあります。捨てられり、酷い飼われ方をしている動物を保護し、心身のケアを施し、新たな飼い主を探します。

わざわざ英語のタイトルを書きましたが、馬にとってここに入れることはチャンスです。主人公にとってもチャンスだったのです。日本語タイトルってヘンなの多いと思いますが、これもその一つ。でも、レスキュー施設なんて日本の人には分からないので、このタイトルが妥当なのかも。
馬にとってチャンスだと分かるシーンが幾つか出てきますが、ほとんどの人には分からないと思います。(メキシコ産馬肉というタイムリーなネタも出てきます。)
この映画を観ていておもうことの一つは、日本と欧米の文化や歴史の違い。

日本に於いてペットの代表格は「犬と猫」ですが、世界標準(といっても歴史的にみれば欧米白人社会と言うべきかも)では、「犬、馬、猫」です。
場所によっては、野良馬が居たりします。映画の中にもそんな話が出てきます。

よくボランティアとか寄付の歴史が違うということを言う人がいますが、この10年くらいはネットの普及もあり、日本でも寄付の感覚が根付いてきたと思います。歴史は違いますが、寄付という形が手軽に出来るようになってきたことを実感されている方も多いのではないでしょうか。
この映画の中では、資金集め(のお礼?)のパーティーが出てきます。これは日本には定着していませんね。これは感覚の違いなのかも。

この映画の話は実在の施設をモチーフにしたそうですが、やはり資金集めが必要になります。
映画を観はじめたときにレスキュー施設とは知りませんでした。施設のマークに Rescue の文字を見て「えっ?」と思いました。そして施設の規模を予想して、「日本だったら月にこれくらいは必要だろうな」とか考えて「日本じゃ無理」と思ったものです。馬房(馬小屋)の広さからして「いいな~」と。動物福祉ってやつですね。ヨーロッパの馬房を写真やビデオで見ていますが、それらと比べるとこの映画のサイズは一般的です。日本のよくある馬房と比べると「なんと羨ましい~」と感じます。馬房の広さ以外にも色々ところで「最低限」の感覚が違うな~、と感じました。
そんなことを気にし始めたら資金難にもなるだろうなと思ったりしました。

そんな話は改めて書くことにして、乗馬の話
ド素人の主人公が上達してゆく姿がなかなか良かったです。それが分かるようになっていました。(スタントの人を使った最後のシーンは綺麗すぎる感じはありましたが。)

私の感想文を読むと小難しそうにおもえてしまうかもしれませんが、気軽に観ることが出来る映画です。たぶん子供も見ることを想定して作っていると思います。
構えずに馬のレスキューのことを知ってもらいたいのではないかと思います。アメリカでも馬をペット出来る人は一握りだし、都市部で馬に触れる機会はほとんどないでしょうから、「馬との付き合いって難しんだろうな」と思っている人がほとんどだと思います。少しでも多くの人に、馬の問題と馬の素敵な部分を伝えたくて、このような映画を作ったのだと思います。

私自身、経験なしに馬の仕事に就いて、この女の子のように「馬っていいな」と思ったものでした。人間社会の中での馬について、少し分かってくると何かと考えてしまうこともありました。
私が馬の仕事をしたのは 30年以上前ですが、当時の日本にも馬のレスキュー団体はありました。しかし、その存在を知らせるだけの力もなかったような印象でした。日本の野良馬(捨て馬ですね)の存在を訴えても信じてもらえないし、ほとんどの人は「私には関係ない」という感じでした(当時、競馬が流行っていましたけどね)。
 

おっと、また小難しい話になって申し訳ない。
気軽に観てほしい映画です。馬が好きでなくても見て欲しい映画です。

日本の動物愛護もこんな感じの活動(映画作り)をしてくれたらと常々思っています。小難しいことは後回しでいいと思います。(オマエが言うな!、と言われそうですが・苦)
動物とのふれあいはいいものだ、からでいいのではないでしょうか。

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2017年3月11日 (土)

Windowsマシンの部品を次々に取り替えると

またまた、パソコンの話。

今はメーカー製のパソコンも安くなりましたが、昔は10万円以上は当たり前で、高性能なものを求めると20万円以上になりました。モニタもちょっと性能のいいものを求めると10万円近くになったりしたものです。インターネットが普及したお陰で、パソコンも普及し、不具合も少なくなってきたし、安くもなりました。

そうなる前は、パソコンを自作することは珍しいことではありませんでした。私も時々やっていました。なので、その知識はあります。知識といっても、プラモデルよりも知識は必要ありません。簡単です。

 

パソコンのトラブル対応も少しは仕事があった5年くらい前までは、パソコン三台体制で運用していました。メインマシン、そのサブマシン、そして、テストマシン。テストマシンは、「このソフト、インストールしても大丈夫?」と思うものを使ってみたり、無理な設定をしてみたり。

ここのところパソコンの仕事が激減し、テストマシンが必要なくなってきた。もう7~8年前のパソコンなので破棄することにした。念のためデータを吸い上げる。吸い上げ先はサブマシン。

吸い上げ作業が終わった次の日、「さぁ~て、データを確認するかな」とサブマシンの電源を入れたら、「システムディスクが見つかりません」とか、そんな英語が表示され、立ち上がらない。どうにかなるだろうと、再起動したり BIOS いじったりしても全くどうにもならない。
該当ディスクをマシンから外してチェックしてみる。完全に動かない。全く反応しない。これが先日書いた、SSDが壊れるに至った経緯です。

「SSDが壊れる」の処置でマシンは使えるようになったのですが、このマシンは時々、致命的な症状を出してくれる。動いている時に、急に電源が落ちるのだ。
このマシンを入手して2~3週間で症状が出た。派手な電飾ケースだったのでケースを取り替えてみたら、とりあえず症状が落ち着いたので喜んでいたら、一年くらいたったら、やはり急に電源が落ちるようになった。そのときも色々と試した。結果、メモリを半分外すと症状が出なくなる。それで運用していたら、今回の「SSDが壊れる」になった。

SSDをHDDにして症状は治まったのですが、また何か起こるのではないかと心配になった。もう一台、パソコンを購入しようかと思ったのですが、そんなお金はない。

手許にあるジャンクマシンの中に動きそうなものがあったので、テストをしたら使えそうだ。CPUは i7、メモリは16G積んだ。OSを探したら、Windows7があったので、それをインストールしてみた。
動かしてみると、「あれ?、なんか重い。i7とは思えない」と思ったら、OSが32bit。使えるメモリは4G未満。PAEという技術を使って、残りのメモリを使えるはずだと調べてみたのですが、どうしても出来ない。BIOSにメモリー・マッピングの項目がない。つまりメモリは、4G未満しか出来ない。
http://oxynotes.com/?p=7803

ここまでで結構な時間を使ってしまった。お金があったら、新しいマシンを購入して解決なのに、と虚しいおもいに襲われる。

 

ここから本題。

忘れた頃に電源系統のトラブルを出してくれるサブマシン(Win10Pro.64bit、Win7からの無償アップグレード)のHDDとグラフィック・ボードなど出来る限りのデバイスを、動きそうなマシンに移して、Win10として動いてくれないものか、と考えた。

私の記憶なので間違っているかもしれませんが、Windowsマシンの部品を次々に取り替えると動かなくなる。たしか、6つ以上のデバイスを変更すると動かなくなる、というルールがあったような気がした。
メモリを外して解決したときに幾つかのデバイスを外したり着けたりをしたので、もしそうであれば限界に近い。

とにかくトライしてみる。
ネットで調べた限りでは、マイクロソフト・アカウントでログインする設定にしておけば大丈夫!、という記事があった。テストマシンはその設定なので、期待して作業に臨む。
http://www.solar-make.com/personal-computer/motherboard-replacement-win10/4311/

マザーボードと電源は健全そうなケース内に、忘れた頃に電源が落ちるマシン(サブマシン)の HDDやグラフィック・ボードを着けてみた。

立ち上げてみると、ドライバーも大きな問題はなく立ち上がってくれた。動いてくれる。
しかし、マイクロソフト・アカウントでログインしていてもダメでした。何か設定を変えようとすると、「再認証してください」とせがまれる。「プロダクトキーを入れろ!」、と。

Windows7からの無償アップグレードなので、プロダクトキーがあったかどうかも覚えていない。たぶんなかったと思う。
ネットで調べたら、Windows7 のプロダクトキーを入れればいいらしいが紛失してしまった。
またまたネットで調べたら、プロダクトキーを読み取ってくれるソフトがあるらしい。それで確認しようとしたら、セキュリティーソフトが待った!をかけた。普通、見ることが出来ないシステム情報を覗くのですから、怪しいソフトと思われて当たり前。

セキュリティー・ソフトの警告を無視し、そのソフトで、Windows7 のプロダクトキーを確認。それを入力したら警告は消えて、問題なく使えるようになりました。

二台のマシンにインストールしている訳でもないので問題ないと思いますが、6ヶ月6デバイス・ルールが記憶にあったので、ほっとしました。

 

さてさて、認証されたこのマシン。安定して動いてくれるかな。

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2017年3月 5日 (日)

SSDが壊れる @ Windows10

パソコンも安くなった。故障したらマシンごと買い替える時代になった。
以前、パソコンのメンテナンスや修理を仕事にしていたので(今でもやっているけどニーズはないに等しい)、自分のパソコンがおかしくなれば直したくなる。

SSDが全く読めなくなった。もちろんシステムに使っていたドライブ。なので、システムは起動しない。マシンとして全く使い物にならない。
私は、システムとデータを完全に別ドライブに入れるよにしているし、このマシンは予備マシンで、メインマシンがダウンしたときに使うものなので、業務に大きな支障はなかった。

さて、どうしようかと考える。「犬とゆく」でお世話になっている人から「Win7以降の修復機能は結構使えますよ」と言われていたことを思い出した。
Windows10標準のバックアップはやってあったし(昨年末だったけど)、修復ディスクも作ってあった。これのお陰でどうにかなったのですが、つまらぬことで時間を費やしたので、メモ書きを残しておく。

 

・ 初期症状

予備マシンを久しぶりに立ち上げたら、「ブートドライブないよ!」のエラーが出た。何かの間違えだろうと、再起動したり、BIOSを確認したり。
設定は何も間違っていない。「このマシンの起動ディスクは、SSDだったよな」と思って、確認すると、BIOSレベルで見えない。SSDは完全に消えている。
マシンからSSDを外して、別マシンにつなげて確認してもやはり見えない。反応しない。完全にSSDが動かなくなってしまった。(買って一年半も経っていないし、そんなに使っていないのに。)

このマシンは、以前、他の障害もあり、電源を交換しているので、原因はマザーと考えるべきだろう。マザーの交換、または、マシンの廃棄も考えたが、ちょっと対応してみよう。

 

・ システム・ドライブがない状態での復旧

このようなことが起きることを考えて、Windows7以降、OSがバックアップの機能を持っている。バックアップ先は別ドライブにすることを推奨している。それがあるはずなので、復旧できるはず。
それには、修復ディスクを作っておかねばなりませんが、それはこのマシンを購入したときにマシンに付いてきた。
あとは代わりのドライブ。ほぼ同容量のHDDがあったので、これを利用。(SSDがないのが残念)

 

・ 修復ディスクによる復旧

やることは単純。別ドライブにあるバックアップを新たなHDDに戻す。簡単なはずである。
SSDを外した所(マザーのSTAT0)に代わりのドライブを接続。これで出来るはず。
復旧のプログラムを走らせるが出来ない。戻すのに適したドライブが見つからない、とのメッセージが出て先に進まない。
他のマシンでフォーマットしてあるからか、所有者権限の関係でできないのかも、と考えて、領域を解放し、領域確保・フォーマットをし直そうとした。
しかし、修復ディスクの(GUIの)機能として領域の開放が見つからない。ネットで調べたら、コマンドラインの、DISKPART というものを使うらしい。
MS-DOSの頃はコマンドラインを使うしかありませんでしたが、今のコマンドラインは高度なことが出来てややこしい。ただ、ディスクの領域を確保してフォーマットして、の考えは今も変わらないので理解出来る。ややこしかったですが、どうにか出来ました。
再フォーマット後、再びバックアップから戻すことを試みる。メッセージが変わったようですが、やはり出来ない。

メッセージをよく読むと、BIOS がどうとか書いてある。BIOS を確認してみて納得。
SSDが認識されなくなったので、起動ディスクに登録の登録に、他のドライブ(データドライブ)が繰り上がっていた。HDDに交換(もちろんSATA0に接続)したのだから、起動エントリーのトップに持ってきてくれればいいようなものですが、そこまでは気が利かない。
逆に、Windows がBIOSのことを気にしてくれることに驚いた。そこまでは考えなかった。
BIOSにて、起動ディスクのエントリー・トップに該当ドライブを登録し直したら、すんなりバックアップをHDDに書き込んでくれて、ハッピーエンド!

もしかしたら所有者権限は関係なかったかも(爆)

 

・ 最適化(デフラグ)が出来ない

以前 SSDにあった内容は、今 HDDに収まってくれた。以前と云っても二ヶ月くらい前の内容。なので、アップデートが幾つかあった。ふと、最適化をしようと試みる。
該当ドライブは、ソリッドステートドライブ、つまりSSDであると表示されて、最適化が出来ない。
ネットで調べたら、コマンドプロンプト(管理者)から winsat.exe formal を実行するとよい、と書かれていた。実行する前に、winsat.exe とは何ぞやと調べてみると、パソコンの性能を測定・評価するコマンドらしい。そして、formal オプションは全てのデバイスが対象になるとか。ストレージだけじゃダメなの?、と、調べてみると、winsat.exe disk というオプションがある。これを実行したら、ソリッドステート ドライブ から ハードディスク ドライブに変更された!
断片化は3%。最適化を実効したら30分以上かかった。早めに対応しておいて良かった!

 

以上、Windows10 でシステムドライブを復旧、しかも、SSDからHDD のレポートというか覚え書でした。(普通、HDDからSSDですよね ^_^;)

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2017年2月23日 (木)

超・日本刀入門 ~名刀でわかる・名刀で知る~

一ヶ月以上前に、静嘉堂文庫で行われている展覧会の割引券をいただいた。タイトルの展覧会です。今日、学芸員さんの説明会があるので無理して行ってみた。
ここのところお手伝いをさせていただいているスタジオで、刀に関係する撮影があることもあり、気になっていました。刀に全く興味がないので知識もない。少しは触れておいた方がいいかな程度の気持ちでした。

割引券をくださった方は、昔、静嘉堂文庫の隣にあった建物(茶室?)に飾られた刀を見て以来名刀と呼ばれる刀は苦手だという。何が苦手か自分でも分からないが近寄りたくないそうです。また、靖国神社(遊就館?)にある名刀に何かしらのパワーがあると言われていることも話していた。

それらしいことは、他の人からも訊いたことありましたが、霊感など全くない私には関係ないと思っていました。
 

展示室に入り、「太刀」と「刀」の違いについて読む。昔の画などを思い出し、確かに違うなと思ったりする。そして太刀や刀を順に見てゆく。

はじめの2~3本(「振」で数えるのですが、ど素人の私の感覚だと「本」なのです)を見て、「想像していたよりも幾何学的だな」と感じ「これで近寄りたくもないとか、何かを感じるとかないだろう」と直感的に考えた。
しかし、それから1~2本で妙な感覚に襲われた。胸騒ぎというのだろうか。心がざわざわして胸のあたりが心地悪い。落ち着いていられない。

説明会があるからか多くの人が来場していたのですが、半数以上は女性。若い方も少なくない。ちょうど私と同じスピードで、一緒に見るような進み方になった方は、たぶん20代前半、もしかしたら10代かもしれないう女性。
刀はガラスの向こうにある。展示の位置が低いので少し姿勢を低くして説明を読んだり、下から覗きこむような姿勢になったりするのですが、たまに他人の顔がすぐ隣になることがあります。この若い女性の顔がくっつきそうになる場面もありました。
そこで、「この胸のざわざわはこの女性のせいだ。きっとそうだ」と一度刀の展示を離れ、絵巻や刀装小道具などを見て、この女性から、つまり刀の展示から離れた。すると確かに、ざわざわは収まった。
そして、件の女性は先に進んだことを確認し、再び刀の展示を見始めると、やはりざわざわはやってきた。これはなんなんだろうと自問しても答えはでないが、とにかく「何かをしなくては!」という気持ちになる。

このような刀を身近に置いたら、気が休まることはないだろう。何がしなくてはいけない気持ち、するのが当たり前の気持ちになる。それが善いことなのか悪いことなのかは関係ない。何かをせずにはいられなくなりそうなのだ。四六時中、身を糺すような気持ちにならないと恐ろしいことが起きそうな気持でもあった。

「妖刀」などという言葉があるが、それを実感した。
刀鍛冶が白装束に烏帽子で打ち込んでいる写真をみたことがあるが、そうするべきものだとおもった。
 

一通り見ても、説明書きを読んでも、ざわざわばかりが気になって、ほとんど頭に入りませんでした。こんなときに頭に入ってくるのは、やはり有名人絡み。

古備前高綱太刀(瀧川高綱)
織田信長が滝川一益に与えたと言われる太刀。朱塗りの鞘。

伝 長船兼光刀(後家兼光)
豊臣秀吉の形見として直江兼続が譲り受けた。刃長が長い(80センチ)。中心(なかご、柄に隠れる部分)の形がなんかヘン。

 

一通り見た後、説明が行われる地下講堂入口へ。開始15分前にお集まりくださいと言われたが20分前に行った。既に人が集まっていた。開始時間少し前に扉が開いたら、最前列から席が埋まってゆく。私はどうにか三列目に座れたが椅子取りゲーム状態だ。私が席に着いてから係の人が「席は譲り合うようお願いします。お荷物はテーブル上などに置き、席には置かないように」とアナウンスがある前に、既に寿司詰め状態。補助椅子に座っていた人もいた。周りを見るとやはり女性が多い。

明治に入り廃刀の議論が起こり、9年に帯刀禁止令が出されると世の中の刀の行き場がなくなったという。この時期、他の日本の文化財も同様だったようで、それを岩﨑彌之助を中心に岩﨑家が蒐集し今に至っているらしい。
入手先で何度か「赤星鉄馬」という名前が出てきた。なんかカッコいい!、と思ったりした。

今の日本刀の形が出来たのが平安時代で、当時は太刀が主で、室町以降、刀に代わっていったとのこと。
昔の刀を「古刀」と「新刀」に分けるそうですが、文禄末年・慶長元年(1596年、大きな地震があった年)で分けるというのも面白い。

平安時代、既に美術品として位置づけがあり、武士が大きな力をもった鎌倉時代(きっと刀の需要も増えたのでしょうね)には、その位置づけが広く認識されたからか、今も残っている刀が多々あるようです。
残すには手入れが大変だそうで、その方法は、年に数回、油を塗り替えるらしいです。(今はアルコールを使うとのこと。)それを何百年も続けた刀が今も多々残っている。凄いことですよね。

後家兼光の中心(なかご)の形がおかしな理由も分かりました。
日本刀の主流は太刀から刀になってゆくのですが、昔の素晴らしい太刀を刀に改造すること(「磨上げ(すりあげ)」というそうです)が珍しくなかった時期があったそうです。太刀の方が長いので短くするのですが、切先はそのままで中心(なかご、柄に収まる)部分を切り詰める。結果として、刃の根元部分が中心になる。確かに、後家兼光の中子は刃のような形でした。
後家兼光の刃長は、現在でも80センチあり、磨上げ以前は90センチはあったようです(学芸員の解説&展示で見た磨上げ部分の長さから)。ちなみに、刃長3尺(90.9センチ)を超えるものを大太刀と呼ぶそうです。
「七人の侍」で菊千代がとんでもなく長い太刀を持っていますが、映画を見たときに「こんなのあるはずがない」と思いましたが、実在したようです。
 

学芸員の説明を聴いた後に再び展示場を回りました。少しは落ち着いて見て回ることが出来ましたが、絵画を見たときの感動とは違う、もっと根源的な心の揺さぶりを感じます。心落ち着かず、身を糺されるような、そんな気持ちになりました。

 

帰り道、割引券をくださった人のお店に寄り、「なんか胸騒ぎのような感じがした」と伝えると「そうでしょ」と言われ、続けて、「あの展示を見た人で同じようなこと言った人が何人もいますよ」とのこと。私だけではありませんでした。

刀は、日本人の心とか言われますが、海外の人も感じるのかな、と思ったりしました。

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2016年11月12日 (土)

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ

映画の話。女房がDVDを借りてきて、一緒に観た。

マイケル・ムーアと言えば、大統領選結果を予言したかしないとか。庶民感情やそこから湧く疑問に取り組んでドキュメンタリー映画を作る人ですが、この映画は、アメリカを立て直すために世界各国を回る。何を立て直すかといえば、アメリカ国民、特に庶民の幸せだろう。

公式サイトはこちら。まず動画からはじまります。それも一通り観ていただきたいのですが、それが終わったら動画を閉じて、画面上部のメニューから「特別動画」の幾つかを観ていただきたい。
これらは断片的なもので、本編を観ればほとんどの人は驚くことでしょう。信じることができ出来ないかもしれない。

この映画とは関係ないですが、最近こんな記事を読んだ。
日本でも「家族は大事」と言いますが、私も常々違和感を感じています。多くの国では、親子の絆とか、子供が国を支えてゆくという意識がしっかりしている。日本もそうなのかもしれませんが、この映画に出てくる国の多くは、子供を邪険にすることもないし、子供が社会の中でちゃんとやっていけるように親も学校の先生も教育をする。教育というのも、教科書の内容の前に、やはり「人として」が先であり、その結果として教科書の勉強にも意欲が湧く。

日本に暮らしていると、この社会の政治や慣習などが当たり前のように感じてしまう。日本特有の文化なのだと気が付けなくなってしう。この映画を観ることで、日本はまだまだアメリカに倣っているのだと改めて感じてしまう。もしかしたら、植え付けられているのかも、などと考えてします。

 

さて、犬猫ネタを書かせていただきます。
「ドイツでは」とか「フランスでは」と犬のしつけのことで言う先生がいらっしゃる。遺伝性疾患のことなら北欧の話をする先生がいらっしゃる。
それらの国がどのような国なのか分かって話しているのかなと、いつも思っていた。
そのような先生方には、この映画を是非観ていただきたい。

文化とか国というものを考えて欲しい。
EUという一括りになっている国々でさえこれだけ違うし、最近変えた(変えることが出来た)国があることを知って欲しい。

特に、若い人に観て、考えてほしい。

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2016年10月 6日 (木)

2016.9.26 西脇基金チャリティーコンサート

過日、聴いてきたコンサートのこと。
個人的な備忘録的内容です。

鈴木直樹さんのバンドだからということで聴きに行った。西脇基金という名前は、今回初めて聞いた。
コンサートの冒頭、この基金の概要と最近の運営難の話があった。基本的な運営方針は「児童養護施設や里親のもとで暮らしている児童が、大学、短大、各種学校等へ進学する際の学費の援助」するものであり、とにかく「今、勉強するのにお金が必要だ!」という、そのような立場の子供たちを支えてきたそうです。今までの成績や素行を理由に断ることはなく、「勉強したい!」の気持ちがあればいいとか。

素敵だなと思ったのですが、現在、運営が大変らしい。ステージ上での説明とほぼ同じ内容がこちらの記事にありました。

現在、豊かな世の中に見えるかもしれませんが、勉強する機会が得られず悔しいおもいをしている人は少なくないようです。このような団体は他にもありますが、どこの団体にも末永く続いていただきたいものです。

 

コンサートのこと。

プログラムには、「鈴木直樹スウィングエースオーケストラ」と書いてある。
トランペット、トロンボーン、サックスが、各4名いたとおもう。その他、バンマスの鈴木さん、ピアノ、ベース、ドラム、ギター(&バンジョー)、ヴィブラフォン(&パーカッション)、ボーカル。総勢20名くらい。

私にとっては、青木研さんは、お馴染みの人。全くの独学を貫いているので、音楽の幅が広くて親しみやすい。鈴木さんと似ている。
活動歴50年以上のトランペットの岸義和さんもいた。名前くらいしかしらなかったドラムのサバオ渡辺さんのソロは圧巻だった。
ピアノの阿部篤志さんはご存知の方は多いだろう。ヴィブラフォンの宅間善之さんは、ジャズのステージをよく見ている人ならご存知なのではないだろうか。他にも、私のように基本ポップスしか聴かない人間も知っている人も何人かいらした。なかなかの豪華メンバーだ。

曲はスタンダードなジャズが中心ですが、チャリティーコンサートということで、ジャズを全く知らない人でも楽しめるものになっていた。幅広い層の人たちが、手拍子し声を出し一緒に楽しんでいた。そのようにするために、実力者を集めたのだろう。

コンサートの冒頭、基金の方から、「出演の皆様には薄謝で、、、」という言葉があった。このレベルに人たちに普通に支払ったらチャリティーどころではなくなるだろう。ちなみにチケットは、3,500円。どう考えても薄謝のはず。「聴かせていただいてありがとう」でした。

今回のコンサートが実現したのは、西脇基金という存在があったからですが、幅広い層の人たちが楽しめるものに出来たのは、鈴木直樹さんの存在も大きかったと思います。

 

鈴木直樹さんの直近の気軽に聴くことが出来そうなステージは、10月16日祖師谷公園で行われるいこいのコンサート。10月21日は阿佐谷ジャズストリートのバラエティー会場、かふぇ&ほーる with 遊ライブ
いこいのコンサートは、公園内、屋外です。散歩の途中で聴くことが出来ます。もちろん無料です。
 

私は、ポップス大好き人間ですが、最近のメジャー音楽は「商品」として作られ耳に届くように感じてしまうことがあります。昔からの「みんなで音を楽しむ」音楽を感じることが少なくなったような気がします。

鈴木さんはじめ、そのような音楽を伝える人が活動を続けられる日本であって欲しいと、陰ながら願っています。

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2016年5月26日 (木)

ラジオの宣伝(2016.05.29) 音楽特番

最近、色々なことを忘れていてマズです。お知らせする番組は、もう明後日。次の日曜日ですwobbly

いつもの音楽コーナーではなく、特番で一時間全て。出演は、この番組を企画した倶楽部の江澤さんと私の二人。二人で、お気に入りのミュージシャンを少しづつ紹介しょうというもの。(幅広い人に聴いてほしいので、少しづつ多くのミュージシャンを紹介することにしました。)

取り上げるのは、山下達郎、ローランド・カーク、井上陽水、ペンタトニックス、矢野顕子。

ちょっと詳しい説明は、こちら。曲名があります。そのページに書かれているタイトル「気になるミュージシャン」は私が勝手に命名しましたbleah

 

■放送日 2016年5月29日(日)

■番組  世田谷ラジオ倶楽部 22:00~ (一時間番組)
一時間全てなので頭から始まります。

■聴き方
世田谷区内と周辺ならばラジオで、83.4MHz
インターネットなら、以下になります。
http://radio1.bitmedia.ne.jp/fm834/viewer.html

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