2019年7月 7日 (日)

山路徹さんのトークショー(HGA48イベント)@春花祭

うわ~、、後書きブログの中で大事なものをアップし忘れていました。
ゴールデンウィークのことです。
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毎年ちょこっとお手伝いさせていただいている春花祭。
今年は用事が重なった上にメインで使っているパソコンが予兆もなく起動不能になってしまい、ほんのちょっとのお手伝いだけとなりました。

今年は山路徹さんのトークショーがありました。席数が限られているので予約が必要でしたが、準備の段階から情報を得ていたので早めの予約が出来、聴くことができました。(大した手伝いもしていないので申し訳ないなと思いながら聴かせていただきました。しかも一番前の席!)

山路さんが犬や猫などの活動を本格的にするようになったのは東日本大震災以後だそうです。まず震災直後に福島の原発近くに駆け付けたとか。
お話の中で「自分は戦場カメラマンでもあった。戦場で起こったことを誰かが伝えなければ、世の中ではないと同じになってしまう」というようなことを仰っていました。
犬猫関係にはそのようなことが多々あります。大きな力の上手い操作で「そんなことはある訳はない」と多くの人が認識されていることがあります。福島のことは特にそうなんだとおもいます。
彼は「動物が好き!」という気持ちだけではなく、記者として社会に貢献できることがあると感じて、この活動をしているようです。

山路さんのお話は「どうしたらいいんだろう」と模索している感じを受けました。何人かの人に登壇していただき話を伺い、もっと幅広い人たちが活動したり、身近な動物たちに関心を寄せてほしいと願っているようでした。

最後に、ちよだニャンとなる会の香取さんが登場しました。
今書いているトークショーのことは、山路徹さんや「ちよだニャンとなる会」の情報を検索すればでてくるとおもいます。

香取さんという方は、なんでもズバズバ言うような話し方をする人だし、長年活動を続けていらっしゃる方なので、動物愛護活動をしている人の中では有名です。
この日の話の中では「これがいいとおもってやってみたけどダメだった」というお話を幾つかされていた。このような活動についての話を聴くとき、失敗談をしない人が多いです。したとしても「何故ダメだったのか」「代わりにどうすればいいのか」まで話がなく、やっていることを「とにかくやっています」的に聞こえてしまうことが多い。しかし香取さんの話の中には(時間が限られていたので簡単でしたが) 活動に対する分析や評価があった。時間が限られていましたが色々な話が盛り込まれていました。

しかし結論は分かりやすいものでした。それは私が昔から言っていることと同じことでした。

行政(お役所)の人に苦情を言ったりお願いしても全体として変わることはない。行政の現場の人は決められたことをするしかない。それ以外のことは「してはいけない」。やるべきことの中に、住民からの苦情やお願いを「受け付ける」ことがある。受け付けるまで。

ではどうすれば変わるのか。
香取さんも私が説明するときと同じ言葉を使っていました。「三権分立、司法・行政・立法」。
行政(お役所の住民の相手をしてくれる人)は決められたことを仕事とする。決めるのは立法府。地方では議会や首長。そのよう人たちに働きかけて議会で決めていただく。決まったことを行政にしていただく。

身近な動物の問題、特に猫の問題は、地域の環境問題であり、これは行政が対処すべき環境問題であるのだから行政が責任をもって解決してゆくべき問題です。(先に「決めていただく」と書きましたが「すべき仕事としっかりと確認していただく」と書いた方が分かりやすいかも。)それを議員さんや区市町村長さんに理解(確認?)していただき、議会で決めて、区市町村として(ボランティアではなく行政職員が主体となって)責任をもって解決に挑む。

現在、千代田区では行政の人がボランティアの人にお願いして動いてもらう形になっているとか。
ある意味当然だと私はおもっています。行政職員はお給料をもらって仕事をしています。(行政の方たちから認められているような) ボランティアの方々は(給料や手当をもらうどころか)多くの自己負担で活動しています。行政側からお願いされるのが真っ当な関係だとおもいます。

但し書き的に千代田区は特殊な事情もある、と仰っていました。
住民の数が少ないので一票の重みが他の市区町村よりも重い。議員さんなどに働きかけることに慣れている人も多い。その他、幾つかありました。
確かに、約90万人の住民が暮らしている世田谷区では、同じようなことをして議会で決めてもらうのはなかなか難しいかもしれません。
また「小さな行政」「民間でできることは民間で」などの言葉が定着し、行政(お役所)が行うべきことではないのか?、とおもうようなことをボランティアがやっていることは、幾つかの分野でもあるようです。
しかし最近は、議会で犬や猫関係ことが発言されることもありますので、千代田区ほどの効果は望めないかもしれませんが、やり方によっては何かしらの効果があるかもとおもいました。

他にも色々ありましたが、長くなるのでこの辺りで終わりにします。
ネット上で、山路さん関係、ちよだニャンとなる会関係のことを検索すると、レポートを書いている人がいるのではないかと思いますので、興味がある方は探してみてください。

 

このようなお話を聴くことが出来たのは、山路さんのトークショーがあったから。山路さんが幅広い人に関心を持ってもらってもらいたいと活動を続けてくださっているから。
このトークショーが実現できたのは、地道な活度を続けている方たちがいることと、こちらのステージを管轄していたパルシステムさんがペットのことに力を入れてくださっていること、そして何よりも代官山春花祭を運営してくださる方たちのお気持ち・ご理解だとおもいます。

昨年は龍之介先生のステージで、災害時のお話でした。一般の飼い主さんにも関係することです。
今年の内容は、愛護活動に関することで一般の飼い主さん全て向けではありません。
動物愛護の人たちだけが集まる場所で、このような場が設定されることは珍しくありませんが、地域のお祭りでこのようなことが行われるのはとても珍しいとおもいます。

ついでに書いておくと、テレビを全く観ない私でも知っているような有名なタレントさんが一人でこちらのトークショーを聴きに来ていました。その後も福島関係のイベントなども見ていたそうです。

 

福島関係のことは、年々落ち着いてきているような(熱が冷めてきているような?)感じを受けることがあります。原発災害のことはまだまだ考えなければならないことがあると思うのですが、世の中全般の現実としてそのように感じます。
それは残念なことですが、福島のことに対応を続けている人たちの活動から、犬や猫に携わる人たちの活動そのものやそれを見る人たちの目が良い方向に進んでいると感じています。

 
動愛法の改正も決まりました。
令和が素敵な時代になりますように。

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2019年6月21日 (金)

(通称)井の頭動物園

今日、吉祥寺方面に用事が出来たので、ついでに(通称)井の頭動物園へ寄ってきた。正式名称は「東京都井の頭自然文化園」。

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この園は「動物園(本園)」と「水生物園(分園)」二つに分かれている。こじんまりとした園ですが 400円は安い!
気になったこと、面白いと思ったことなど書き留めておきます。

現在使われているポスターは、ツシマヤマネコのものだった。やはり流行っているのだろう。
展示されているのかなと思ったら、大きなパネルと動画による説明はありましたが、個体は別室にいて天井からのライブ映像が流れていました。見ていると時々寝返るように動いていました。大切にされているようです。
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ツシマヤマネコに付いてパネルの説明では「脚は短くて太い」「尾は太くて長い」とある。我が家にもいそうな猫だ。
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■ まず 動物園(本園) にて

はな子さんは天寿を全うしたと言っていいのかもしれない。もしかしたら天寿以上だったのかも。人間にケアされ続けて日本一の長寿となりました。
2019062105彼女が暮らしたあの建物は展示施設になっていた。複雑な気持ちになった。色々な立場から考えれば動物園の必要性は理解できる。その必要性のために尽力してくださっている人たちがいることも知っている。それは理解している。
一方、私は「動物園で見るだけの人」だ。その立場だけから「今の時代には、もうこのような施設は、そんなに多く必要とされないのではないか」と感じた。
私が子供の頃「象を見たい!、ライオンが見たい!」と思った。その後、パンダやコアラに行列が出来るようになった。
しかし今はどうだろう。それらの動物をよく見たいとおもったら、ネットで動画を探した方がいいのではないか。実物ではないが、ただ「見たい!」とおもう一般市民はそれで充分ではないだろうか。

ネズミの展示がある資料館。そこに仮想の園長室だったか、そのような展示があった。珍しい動物の絵や専門書などが並んでいた。
私が若い頃(インターネット・インフラが普及していない頃)までは、動物のことを調べようとおもったら、図書館に行っても欲しい情報は得られませんでした(それは今でも似たようなものかも)。所狭しと並べられた専門書を見て、そんなことをふと思った。
今はインターネットで多くの情報を集めることが瞬時と言ってもいいような時間で出来る。
動物の学問が一気に進んだのはDNA解析だけでなく(他の学問も同じだろうけど)インターネットの普及が大きいのだろうなと、これまた複雑な気持ちになりました。
情報が集め易いということは、実際に動物を見たり触ったり(触らずとも生息する地域に行ったり)せずとも研究が出来ることが多くなったのだろう。それについての良い部分も多々あるとおもいますが、大丈夫なのだろうか、とおもうことも確かです。

ネズミと言えば、リスの小径(リス舎)には、ネズミも走り回っていた。
そんなことはどうでもいいのですが、この中にいるリスの表示が「ニホンリス」と書かれていた。私はホンドリスの方が身近。何故かと言えば、妙高高原に何度も行ったから。ホンドリスという名前の飲食店があるのです。現在は「ニホンリス」の方が一般的みたいですね。
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キツネのちょっといじけたような目はばまちゃんのようだった。
タヌキの黒っぽくて丸っこい背中はばまちゃんのようだった。
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2019062110 アナグマの妙な姿勢はばまちゃんのようだった。
アライグマもちょっとばまちゃんに似ていた(後ろ足の接地面は全然違いますね)。

ペンギンが水の中で気持ち良さそうでした。
ヤマアラシやマーラ、フェネックなども気持ち良さそうにウトウト。
カピバラはちょっと迷惑そうな顔をしていた。

2019062111 行った日が20日で、17日と18日にヤクシカの赤ちゃんが生まれたとの情報を得ていた。一日違いで明らかに大きさが違う(写真では分かりにくいですが奥の子の方が明らかに小さく見えました。)。一日も早く走り回れるようにならないとならないからね。

 

おっと、軽く書いておこうとおもったら、長くなってきたので、動物園(本園)に付いてはここで終わりにします。

 

■ 水生物園(分園)

まず室内展示(水生物館)。
本園の動物の中にも幾つかいましたが、人間が行くと寄ってくるものがいます。寄って来なくても、楽しそうに動き回ったり。午後2時くらいだったとおもうので、ご飯の時間でもないとおもいますが。見ていて飽きさせないようにしてくれていました(動物たちが)。2019062112動かなくても記憶に残ったのはサンショウウオ。見事に岩と一体になっていて、見つけたときはちょっとした感動。

外に出ると鳥の展示。
鳥たちの中にも寄ってくるものがいました。
この白鳥は手を伸ばせば触れる所まできていました。

 

動物園に着いたのは金曜日の午後1時過ぎ。団体さんの姿もなく、各動物共に苦労せずに見ることができました。ゆっくりは見ている時間はなかったのですが一通り見て1時間半ちょっと。もうちょっとゆっくりしっかり見たら2時間くらいになりそうでした。

 

動物園~水生園、と見てから吉祥寺駅に向かう。
公園から階段を登る。右側に「金の猿」、登りきると左側に「いせや」。そして少し歩いて左側を見上げるとSYUNA&BANI。ペット関連のお店も飲食店も一箇所で長続きしないのが当たり前になってきたこの時代に、すごいことだなとおもいました。

ちなみに、井の頭自然文化園の開園は、1942年。戦時中でした。
はな子さんは、1947年生まれ、1949年日本に来た。この時、インディラという象も同時期に来ました。二頭とも上野動物園の象となり、まずは日本各地(はな子さんは東京近郊辺りまでだったらしいです)を励ましてまわり、その後、1954年、はな子さんは井の頭自然文化園の象となったそうです。

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2019年6月19日 (水)

小笠原ナイト「海洋センターを知ろう!ウミガメを知ろう!」

昨日、6月18日、タイトルのイベントに行ってきました。
毎度、個人的な備忘録としてのブログです。
団体さんのHPはこちらで、このイベントの紹介はこちら

紹介内容から軽い感じだろうなとおもったので行きました。
動物関係は軽い気持ちで足を運んだら会場の雰囲気に馴染めないことも多いので慎重に考えます。今回はそういうことはなさそうだなとおもって行ってきました。

会場は国連大学の一階、環境パートナーシッププラザ(GEOC)。時間は18時半開場。
開場時間前に着いた。この季節なのであま明るかったので中庭のような所をうろうろ。この時間に人の姿がほとんどなかった。贅沢だ。

参加者は30名くらいだっただろうか。直前に申し込んだからか、名前のアイウエオ順だからか分かりませんが、受付名簿の最後の方に私の名前があり、その横に33と書かれていました。

私たち夫婦は新婚旅行が小笠原だし、若いころは南の海に何度か行きました(全て国内)。
また、こちらの団体はHPにて団体の紹介について手を抜いていない感じもよかったです。そのような団体の活動がどのようなものなのかも興味がありました。
でも、よく考えず「最近、渋谷方面に出掛けていないな」程度の気持ちで申込みました。

内容は軽い感じで良かったのです。ウミガメのこと、小笠原のことを幾つか知ることが出来ました。
ウミガメ漁についての話は、文化や現状として必要だと思いましたが、ちょっと時間を使い過ぎのような気がしました(動画を流しましたが残酷なシーンと呼ぶべきほどの内容はなく、生け捕りまでです)。
アオウミガメは何故「アオ」なのかを説明するのに、甲羅を外した写真で説明していましたが、私はこういうのは全然OK。知識として必要なことだし、専門の人たちから得るべき情報だと思いますから。

軽い感じを期待しながら、終わってみると「もうちょっと将来的な学術的なビジョンの話が聴きたかった」とか「長年(団体自体は変わっているようですが活動自体はもう何十年らしい)やっている割にはデータが積みあがっていないような気がする」などとおもったのは老化によるものだろうか。

参加者たちの話声から、海関係の大学や大学院関係者や海に通っている人がなどが多かったようで、私のように「何気なく」な人はあまりいないようだったので(前述の「終わってみると」以降含めて)「ちょっと間違ってしまったな」と自戒。

しかし、またこの団体が同じようなイベントを行ったら、また行きたいとおもいます。「軽いから行くんだ!」と自分に言い聞かせて(笑)
小笠原の海の映像をみるだけでも私にとっては価値がありますから。
東京都民としても興味あります。

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2019年6月17日 (月)

スペインからの手紙

20190617a 迷惑電子メールは日常的になりましたが、現物お手紙で、しかもスペインからの怪しい手紙です。

封筒に貼ってある切手には額面が書いていないようなのですが、スペインではこのようなことがあるのでしょうか。

私の住所・氏名しか書かれていなかったので、よく考えずに開けてしまいました。送り主は弁護士さん。

亡くなったクライアントには相続人がいなくて、苗字からして、あなたは遠縁の人ではないか。相続人がいなくてどうしようもない財産が 650万ユーロあり、協力すればその45%を貰えるらしい。亡くなったのは 2004年となっている。

20190617b というような内容だとおもう。英語が全く分からないので、翻訳ソフトなどを使って頑張りましたが、やはりよく分かりません。

書留でもないので捨てても構わないものだとおもいます。

 

気になるのは、これが本当にスペインから来たものなのか。そうだとしたら、どこから私の住所・氏名を得たのか。手紙の中では「あなたの国の公式の記録を通してあなたの連絡先を得ました」(翻訳ソフトの文章そのまま)とありますが、まさか本人の承諾なしに国が海外の弁護士に(このような私的な内容で)情報を開示する訳もないとおもいます。

そして、捨てられるだろう郵便物を手間と郵送料をかけて何故出したのか。
次の段階があるのだろうか。

※本物だったらのことを考えて中身(A4一枚)は雰囲気だけ分かる程度のものにしてあります。

※額面がない切手は、世界レベルではままあるようです(日本は発行したことないらしい)。WikiPediaの無額面切手として書かれていました。
この切手も「C」と書かれています。

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2019年6月 9日 (日)

復活した「幸運の招き猫電車」

20190609a 約一ヶ月くらい前の5月12日から復活している「幸運の招き猫電車」。
昨日、初めて乗ることが出来ました。

上記リンクにも書いてありますが、5月11日と12日でイベントがありました。我が家は11日にイベントに参加し、何度も世田谷線に乗りましたが、招き猫電車は12日から。そんなこともあり、約一ヶ月間乗ることなく過ごしていました。

20190609b 昨日「ねことじいちゃん」を観に行くために世田谷線に乗ることになりました。
女房が電車の時間を調べてくれたのですが、二人とも早めに用意ができて「一本早くてもいいか」と出かけたら、この電車が来た。

外観は、前から見ると耳が付いていることがよく言われますが「ほとんど変わらない」感じ。横から見た感じは「前のを覚えていないけど、賑やかになったような」感じ。
20190609c 乗っておもったことは「なんかいい」感じ。こちらも以前をよく覚えていませんが、床の足跡も増えたような気がするし、連結部分の鈴はなかったような気がします。つり革は変わっていないとおもいます。

車内には、この電車についての広告がいっぱいありました。そこには次のような内容が書かれていた。
今までは「地域のための電車」でしたが、これからは「遠くからも来て乗っていただくための電車」になりたい。
たしかに、上記のイベントや5年くらい前からやっている食べ歩きイベント、15年くらい前からやっている各駅のイベントなど、どんどんイベントが増えています。

20190609d (特に隣の松陰神社前駅周辺に感じますが)地元の人以外のお客さんが多いと思われる店がぽつぽつ出てきました。中には週末だけ行列になっていて「なんだろう?」と思ったら、インスタ映えするメニューがあるとか。他にも行列が出来るお店が幾つか。
休日に世田谷線に乗ってやってくる人が増えていることを感じます。

混雑が苦手な私ですが、幾つかの店に行列が出来ても、まだまだのんびりなこの界隈。
まだまだお客さんを招いてくれてOKです!

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2019年6月 8日 (土)

ねことじいちゃん(映画)

近所の映画館に来たので観に行った。

始まってすぐ「たま、たまや、、」と呼ぶシーン。
それを見ておもった。

 たま と ばま  似ている

似ているとおもったのは名前ですが、それ以外にも背中の柄(?)の感じや脚の一部に縞があるところ、脚や尻尾やしっかりしているところなども。
ものおじしない性格は全く似ていない。

 

この映画、ネット上で感想文をあまり見ないので、その意味でも興味があった。
監督の岩合さんも主演の志の輔さんも、その分野でのプロではないらしい。本人たちが手を挙げての参加ではないと何かで読んだ。そんなところも興味があった。

また「猫は室内飼いしまよう!」という今の風潮からすれば、とんでもない映画だ。これを見て「よかった」と言いにくい人も多いだろう(先日の「俺、つしま!」も同様に)。

岩合さんの写真は、お父様の時から好きでした。単純に動物を見るという意味ではお父(徳光)様、写真としては光昭さんと私の中の好みははっきり分かれていた。
私にとって綺麗な映像を提供してくれる光昭さんの映画としての期待はあった。私はテレビは全くみないので、岩合さんのやっている猫の番組は知らないですが、評判が良いので猫の撮り方にも期待して行った。

 

まず、今まで書いたことについて。

猫を撮るのは上手かった。正確に書けば「風景の中の猫を撮るのが上手かった」です。猫たちも演技上手であることも前評判として聞いていたが「すごいな~」と感心しました(猫同士がくっ付いているシーンで、遠い昔、TVだか映画だかで接着剤貼り付けたとか縫い付けただか、そんなことを思い出したりしました)。
太陽をバックに猫が飛ぶシーンなどはカメラマンだな、とおもいました。
あのシーンは演技してもらったかもしれませんが、幾つかのシーンを見ながら「人間の撮影の時間よりも、ず~っとつきまとうようにして猫を撮っていた時間の方が長いのでは?」とおもったりました。

監督は(人間に対しても)演技の指導するものかとおもいますが、その意味では問題なかったとおもいます。
志の輔さんについては(私は漫画(原作)を読んでいませんが)漫画のイメージなんだろうな、とおもいました。
https://www.youtube.com/watch?v=QhZRRsKyBxc
正直なところ、周りを俳優さんたちに比べれば(彼の演技は)物足りなさを感じましたが(これまた正直なところ)この映画の要素の中で(私にとっては彼の演技は)大きな部分を占めていなかったので全くOKでした。

映画を作るには、脚本~撮影~編集、という大きな流れがあるとおもいますが、岩合さんがどれだけ関わったか分かりませんが、猫が嫌いでない人は、それなりの満足度はあるとおもいます。
ただ、全体の流れとして、あれこれと詰めすぎているような感じはありました。でも、初めての監督作品、しかも充分な準備をしてからの監督ではないとおもいますので、仕方ないかなとおもいました。

ただし「絶対室内飼い!」とお考えの方には、とんでもない映画なので絶対に観ないでほしいです。「仕方ない」では済まされない人も多いとおもいます。
私は、うーにーのお陰で方々旅行に行き、犬や猫と暮らしている人達と話をする機会を得ました。そんな私からすると「場所によっては、外に出してもいいんじゃない?、その地域の人がそうおもっているんなら。よそ者がとやかく言う問題ではないんじゃないの?」とおもいます。
ちなみに、この映画には自動車は全く出てこなかったとおもいます。各猫に飼い主がいるようだったし。
とにかくフィクションですから。フィクションとして見れない人は「手術してないよね、みんな」とか思うのかも。猫の後ろ姿を見ながら「手術しているな、そりゃ猫俳優たちだから当然か」とおもいました(笑)

妙に気になったシーンが一つ(たぶん気にするのは私くらい)。
ほとんど最後の辺り。巌さんがサチさんの家の前で猫とのシーン。建物の角が濡れているように見える。あれは何だったんだろう。とても気になった。

 

映画館に行くとき、初めて今回の猫電車に乗りました。
ちょっと写真を撮ったので近日中にブログを書きたいとおもいます。

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2019年6月 3日 (月)

5月の「犬とゆく」

5月は、肌寒い日がまだまだあるなとおもっていたら急に暑く成ったり。
東京では、犬と気持ちよく散歩できる季節が少なくなりました。人(飼い主)も犬も苦労が多いこととおもいます。
そんな5月にお届けした情報です。

 


一般の更新以外の修正情報。

Creperie et Cafe L.C.d.B.(クレープリーカフェ エル・セー・ド・ベー) 
(仕入れされていた蕎麦粉屋さんが廃業されるため) 2019.05よりガレットを焼くのはやめて飲物だけになった旨を記入。

修善寺 虹の郷(冬季のみワンコ可)
一口コメントに情報提供があり修正しました。
タイトルの(冬季のみワンコ可)は削除。案内ページのリンク先変更。
以下、一口コメント(シゲちゃんさんより)
 2019.4~運営会社が変更に。
どうなる事かと思っていたら、ワンコが通年可になっていました。
ルールも変わっていないようです。
「ワンちゃん入園のご案内」はアドレスが変更になってます。

高山昭和館
2016年4月からペットは N.G.になっていたようです。
HPアドレスも変わっていました。

(旧)羽鳥高原レジーナの森 いぬのきもちコテージ /(現)エンゼルフォレスト那須白河
経営母体が変わりリニューアルしているようです。

その他、HPアドレスが変更になっていたページに対応しました。

 


5月も週2ペース以上!、自分でも吃驚です。
月間公開数は12、年間通算は49、となりました。
6月からはペースダウン(元に戻りつつある?)の予定です。

道の駅うつのみやろまんちっく村
道の駅ですがテーマパークの様に広いです。ドッグランもあります。フードコートに「ワンちゃんといっしょフリースペーステラス」と名付けられた犬連れテラスもあります。

EDO WONDERLAND日光江戸村
ご存じ日光江戸村。楽しめること色々。コスプレして園内を楽しむこともできます。その場合、着替えの時間にご注意を。ペットは抱っこやキャリーなどが必要。

メッツァビレッジ・ムーミンバレーパーク
埼玉県飯能市にあるムーミンバレーパーク(有料)とその手前にあるメッツァビレッジ。駐車場については下調べした方がいいかも。建物以外はリードでだいたいOK。

大王わさび農場
長野県安曇野市穂高にあるわさび農園。黒澤明の「夢」でも使われた美しい風景。百年以上の歴史がある。入場無料駐車場無料。

白馬岩岳ゆり園
長野県の白馬村にあるゆり園。山麓ゆり園と山頂ゆり園がありリフトで行き来できる。ゆり園以外にも楽しめる施設がある。ドッグランもある。

風楽っとカフェ(ふらっとカフェ)
長野県の諏訪大社近くにあるお土産屋さんや飲食店が並ぶ場所にあるカフェ。観光地的ではない価格が嬉しい。犬なしでもいいかも。

松島、五大堂と観光船
日本三景の一つ松島。犬と一緒に楽しめる場所があります。その中から五大堂と観光船を紹介。
あの松島が犬と観光できる場所だったとは私も知りませんでした。

県立自然公園福浦島
日本三景の一つ松島にある橋で渡れる島。犬とののんびり散歩に丁度良い。島から見る松島湾も綺麗。トイレは一ヶ所、小さな茶屋が1つ。

ドッグラン平田
東北道福島西ICから車で7キロほどの場所にあるドッグラン。広いです。温水シャワーの足洗い場があり足拭きタオルも用意されている。

愛犬の宿 ラブリー・ワンズ
静岡県伊東市大室高原にある三部屋のみの宿泊施設。食事は金目耐や伊勢海老なども期待できる。ドッグ・ランもある。ぐらんぱる公園近く。

カフェ・ド・ヴィゾン
静岡県沼津市にある犬連れ「も」OKの洋食メニューが多数のお店。普通のレストランに普通にワンコ連れで入れる嬉しいお店。

抱返り渓谷
秋田県仙北市にある。神代発電所近くの駐車場から神代ダムまでの遊歩道。滝や吊り橋などがある。

 

最後の「抱返り渓谷」は個人的にも思い出深い場所。我が家が利用したとき(1999年)とは風景が変わっていて驚きました。
当時と今とでは、犬を取り巻く環境(社会の目?)も変わっています。

これからも、今まで以上に、人にも犬にも優しい日本になってゆくことを心から願っています。

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2019年5月15日 (水)

全ては掌の中に納まるのか

これも後書きです。実際の公開は5月の下旬。
これから書くことがあったころは、パソコンのトラブルでドタバタしている日々でした。
わざわざ書くほどのことではないかもしれませんが、最近書いたこちらの記事とも関連あるので書いておこうとおもいました。

 

■ バスの中で

私はバスに乗っていた。二人用シートの窓側に座っていた。
通路側に若い人が座った。その人はノートを広げ何やら復習している。時間に追われているのかページをめくる音が聞こえてくる。何気なくノートに目をやると「SEO」の文字が目に入ってきた。自分も「犬とゆく」のことで頭を悩ませていたので、身近に感じたりもした。
ばたばたと見ていたノートを仕舞い、今度はスマホを出した。少し画面をじっと見ていたとおもう(気配でそう感じました)と、次から次へとスワイプしてゆく。何かを探しているようです。そしてあるページで止まり、考えこんでいるようでした。

■ 多くの情報から何が出来るのだろう

スマホの何十枚もの画面にはノートの何倍もの情報が詰まっているのだろう。10倍?、100倍?、もっとかも。
そこにある情報を読み取る力がなければ意味がありませんが、そこに情報があることには大きな意味がある。

ネットインフラが普及していなかった時代なら、あの人が見ていた情報は少なくとも一冊の書籍は必要だろう。もしかしたら数冊になるかも。

いい時代になったような気がしますが、素直に喜べないのは何故だろう。
多くの情報を得た人たちが作り上げるものは、確かに刺激的で心に訴えてくる。しかし既視感を抱くことが多い。それを感じた時、一度は引き込まれたものの、ふっと距離を感じてしまうことがある。

 

■ ここは私のブログ

身近な動物の関わりについての情報も(昔比べれば)溢れ過ぎていると云ってもいいくらいだ。ならば付き合い方に多様性があってもいいのではないかとおもう。しかしそうも感じられない。少なくともネットの中では。

多くの情報はスマホの中から見ることが出来るようになってきた。しかし私にはどうしても商業的なものがリードしているようにおもえてならない。商業的な情報が多いことはいいことだ。それにより、付き合い方の多様性が実現出来るから。

ネットの中に登場する飼い主たちの数は、全飼い主の飼い主数に比べれば一握りでしかないことは知っている。ネットの中で繰り広げられる身近な動物たちとの付き合いとは、違う感覚・違う毎日を送っている人の方が多いことも知っている。

動物に限らないことですが、ネットの中で世論が形成されてゆく実情が不思議でならない。時間をかけて、その方向性の源を探ってゆくと商業的なことに辿り着く。

多くの情報が掌の中に納まったとしても、各自が本当に必要なことは、そこには全て揃っていない。足りないものがあると経験上感じています。
人も人間以外の動物も過去や記憶が積み重なってゆくものです。各自のそれらと掌の中から溢れてくる情報を重ね合わせる時、そこには齟齬があり、それを解消してくれるのは、生身の者とのコミュニケーションからの情報であることが多いことも経験上感じています。

 

掌の中から情報が溢れてくる時代は素敵だとおもいます。
それをもっと素敵にしてくれるのは、生身の者とのコミュニケーションだとおもいます。

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2019年5月 6日 (月)

目黒寄生虫館

後書きブログです。このブログの日付の日(5月6日)に行きました。目黒寄生虫館のサイトはこちら
いつか書こうとおもっていたのですが、今日(実際の公開日)は虫の日(6月4日)なので、さらさらっと書いてしまいます。

入場料無料です。
しっかりした後ろ盾があるんだろうなと考えるのが普通ですが、こちらは研究者の熱意により長年存続しています。館内にある募金箱に寄付を入れたり、寄生虫グッズを購入することなどで成り立っているようです。
こちらの寄生虫Tシャツ(ページの下の方に幾つか)は獣医さんにプレゼントすると喜ばれることもあるそうです。
どんな人にプレゼントするものか、それとも自分で使うものか分からなかったのが寄生虫封入ストラップ。尋常ならぬ寄生虫への熱意を感じます。

決して大きな館ではありませんが、勉強になることはギュッと詰まって展示されています。
私の記憶に強く残ったことは2つ。

 

■ 生態系 ■

ある環境に新たな種が棲みつくと「生態系が崩れる」と言われますが、人間の目に見やすいサイズの動物だけではなく、寄生虫についても変わってしまう。新たに棲みついた種が新たな寄生虫を定住させ、そこで広まる。
そこから何が起きるかは、私のような趣味で勉強している程度の人間には「とんでもないことが起こる可能性もある」程度しか分かりません。ある程度の説明文はありましたが、この分野はまだまだ詳しく研究されていないのではとおもいました。また、昨今の環境の変化は急激すぎて研究対象とすることが難しいのかもしれません。

逆にこんなことも考えました。
人間が野生動物に優しくなりすぎて、人里近く&人里の中にまで生活圏を広げることで、寄生虫そのものや寄生虫に付随して運ばれる生物により、人間側だけでなく野生動物も害を受けることもあるだろうな、と。

「どんな時でも宿主と一緒」であり、宿主の体内から出てゆくことも多々あることを忘れてはならないとおもいました。

 

■ 顧みられない熱帯病 ■

館内にあった掲示の文言をそのまま書くと
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熱帯・亜熱帯地域の発展途上国では、死亡率の低い慢性の病気が今も蔓延しています。(中略)
それらの病気によって、働けないことによる経済的な損失や外観症状による差別などが生じます。(後略)
--------------

WHOは、”「顧みられない熱帯病」20疾患”なるものを定め、対策を進めています。

「日本人には関係ないよね」とおもうかもしれませんが、こちらで取り上げられていたのは、リンパ系フィラリア症
人間のフィラリアであり、象皮症陰嚢水腫として日本でも知られています。陰嚢水腫は江戸時代までの絵に時々描かれています。西郷さんが有名ですね。多くの場合、滑稽に描かれ、狸の置物の巨大な陰嚢は(人間の)この病気からの発想なのではと想像しています。

犬と同じく蚊が媒介します。日本で原因とされてきたのはバンクロフト糸状虫というそうです。世界的にみるとマレー糸状虫やチモール糸状虫もこの病気の原因になるそうですが、多くはバンクロフト糸状虫によるもののようです。
日本での終息は、1970年代とのことで、決して遠い昔のことではないようです。

蚊が媒介する病気として有名なのは日本脳炎ですが、日本脳炎の予防接種が行われていたのが、1967~76年ですから、その頃は日本脳炎対策として、蚊の駆除が盛んでした。
ちなみに、バンクロフト糸状虫を媒介するのは、主にアカイエカ・ネッタイイエカとされて、日本脳炎はコガタアカイエカとされていますが、他の蚊が媒介することもあるようです。
そのようなことを考えると、日本脳炎対策のお陰でリンパ系フィラリア症も日本からほとんどなくなったのではないかと想像しています。

WHOでは、リンパ系フィラリア症を2021年までに完全に制圧することが期待しているそうです。
この病気に関しては、企業からの薬剤の無償提供が大きな力になったと書かれていました。

 

おまけ
■ 思い出の展示物 ■

寄生虫や感染症の撲滅は、予防接種などの地道な活動が必要になってきますが、私たちが子供の頃に毎年やっていた「丸い青いシール」も展示されていました。
そう、蟯虫検査です。
毎度、蟯虫が出なかった私ですが、出た子が飲む駆虫薬が「甘くて美味しい」と噂になり、飲みたくなったことを覚えています。
ちなみに、小学校・幼稚園などの「ぎょう虫卵検査」(あのシール)が廃止されたのは、2015年だそうです。最近ですね。

 

寄生虫や感染症の流行がおさまった状態にすることは、行政の大きな力と幅広い人々の確実な協力が必要不可欠になります。おさまった状態になってもそれを維持することも容易ではありません。「もう日本になくなったから」と安心しても、世界中の人も動物も簡単に行き来出来る時代ですから、またいつ流行状態になっても不思議はありません。
 

実物が展示されていたり、写真があったり、説明文の内容から現場で尽力している先生方が書いているんだろうなとおもえる臨場感ある内容だったりで、とても伝わってくるものがある博物館でした。

話のタネにするだけにでも、一度は行ってみる価値はあるとおもいます。
場所は、目黒駅から歩いて行ける距離です。

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2019年4月 7日 (日)

プロマイド

20190407 後書きブログです。アップしたのは5月の下旬。
この写真が残っていたので書きたくて。

今の子供たちはプロマイドを知っているだろうか。紙の写真自体珍しくなった今、それを所有する気持ちを理解するのは難しいかもしれない。
彼女や家族の写真をお財布に入れたりする感覚も理解されないだろう。

見ての通り、ドン・キホーテで10円でした。
閉店時の投げ売り。

どんなものでもデジタルのデータにしてしまえばいい時代。
プロマイドだけではなく、風景さえ。
もしかしたら、人間の存在さえそうなのかも。それらしい画像データと文章データがあれば、その人が存在することになるのだろう。デジタル・アイドルとかいう存在も認められているらしい。
パソコンやスマホは会話をしてくれるらしい。
(好きな言葉ではないが)「ペット」はどうなんだろう。
さすがに「コンパニオンアニマル」となると、デジタル世界の存在だけでは成立しない気がする。

昔はアイドルの(受け答えしてくれない)写真を持っているだけでウキウキしている人もいた。
今はアイドルの動画データだろうか。それがスマホに入っていたらウキウキするのだろうか。一つくらいでは、そんな気持ちにならないのではないだろうか。

量や質の問題はさておき、それが動いてくれてもくれなくても、喋ってくれてもくれなくても、二次元でありデータである。
リアルな(触って体温を感じられる)ものではない。

私は、そのようなものとのやり取りはコミュニケーションの内に入らないとおもっていた。しかし最近は違うようだ。

 

この時代の移り変わりを理解できないと、人間同士、人間と身近な動物の関係について考える上で、時代遅れな感覚になってしまうのかもしれない。

ところで、この三人、誰だか分かるかな?

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