2017年8月26日 (土)

飼い主って色々(突然頭に浮かんだ)

7月上旬から、縦になるのが良いのか横になるのが良いのか、悩ましい生活を送っています。

そんな日々を送り始めた頃だったと思う。以前、時計が落ちた話を書きましたが、今度は、うーにーの写真が落ちた。
高い位置に、うーにーとまいすの写真が飾られ、その間におばまの写真が飾ってある。その中でうーにーのものだけ落ちた。

午前中の早い時間だった。私は横になっていた。ガタン!と大きな音がした。部屋を見渡したが、何が起こったのが分からなかった。落ちたのがうーにーの写真だと分かるまで少し時間があった。

落ちたうーにーの写真を見つけて、何故か「猫の飼い主よりも、犬の飼い主の方が獣医学的なことに詳しい人、多いよな」と頭に浮かんだ。何故、そんなことが頭に浮かんだのか分からない。犬の飼い主だって疎い人はいる。何故そんなことが頭に浮かんだのか、自分でも不思議だった。

その理由について考えてみた。
猫は痛みに強いというか、あまり表に出さない。犬も痛みに強いが多少は表情に出る。なので病院に行くことが(猫に比べれば)多くなり、知識もついてゆくのかな、と思ったりした。

さらに考えてみれば、人と犬、人と猫、との関わりはやはり違うんだろうなということ。そんなことを考えたりした。

20170826

今日は、ばまちゃんの血液検査に行ってきた。糖尿病の経過観察。
肝機能の数値が少し悪かったのと、血小板が少し低かった。血小板は誤差の範囲を言えるくらいだったのですが、備考欄に肝機能の影響が考えられることが書かれていたので、先生に「何故、血小板と肝機能が関係するのですか?」と聞き、説明していただく。ばまちゃんには関係なさそうだ。
病院にある機械では、猫の血小板が少なめにでることがあり、その理由につても説明していただいた。

こういうことの積み重ねなのでしょうね。10年20年で差が出てくる。
それは何でも同じだとおもいます。

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2017年8月23日 (水)

ばまちゃん、すごい

ばまちゃんは部屋から出るのが大嫌い。家から出なければならない病院通いなんてとんでもない。病院へ行けばいじくりまわされたり血液検査もやらねばならないから、絶対行きたくないだろう。

病院にいくことが多い週末の午前中は、ちょっとしたことで「もしかして」と思うのか、押入れに篭ってしまうことがある。曜日と時間、そして私と女房の行動で判断しているようなので、私たちも如何にフェイントをかけるか一生懸命になる。

今日(平日)、インスリンが切れそうなので私だけでカートリッジを買いに行くことにした。ここのところばまちゃんは調子いいので連れていかない。
女房は仕事で不在。いつも病院へ行く時間よりも遅い時間。週末でもない。

しかし、私が鍵と財布と返す針、そして病院の診察券を持って部屋を出ようとしたら、何故か押入れに入っていった。診察券で分かったのだろうか。

 
東日本大震災後、人が暮らすことを禁じられた町で生きてきたばまちゃん。これくらいの勘ががなければ生きてゆけなかったのかも。
震災後約一年半後に捕獲されました。震災直後は多くの猫が命を落としていったと聞いています。与えてくれる食べ物のない日々を過ごし、暑い夏、厳しい冬をしのいできた。その後、美味しい食べ物の匂いに誘われて捕獲された。

 
20170823私が病院から帰宅ると、ばまちゃんは部屋の中のかまくらの中で眠っていた。
押入れは部屋の中にあり我が家に来たばかりの頃はここにも入れず、縁側にあるクローゼットの奥とやはり縁側にあるトイレとここだけが生活エリアだった。

部屋の中の三つくらいの場所とかまくらがばまちゃんエリアの現在。普通の猫からすれば「動かない猫」かもしれない。しかし、とっても行動範囲が増えたばまちゃんなのです。

ばまちゃん、すごい!

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2017年6月 5日 (月)

壁掛け時計落下事件

台所に壁掛け時計がある。昨日、夕食時にそれが落下した。その真下で食事をしていた私ですが、時計のすぐ下にある うーにーの写真のお陰で直撃を免れた。
壁に設置した金具が取れたかなと確認したがしっかり固定されている。何故落ちたのか不明ですが、後から調べてみたらその頃、地震があったようです。

夕飯時は、ばまちゃん冒険の時間。自分が決めた限られた場所以外には行かない彼ですが、人間の夕食時に食べ物で誘い出し、台所まで来てもらうようにしています。我が家に来てもうすぐ三年。やっとその時間に慣れてくれた。

この時も台所に来ていた。時計落下に驚き、部屋に帰ってしまった。再び台所に来るまで時間がかかりましたが、どうにかか来てくれて食べることも出来ました。超ビクビクというか慎重なのも困ったものです。

 

夕食後、女房は思いっきり爪で刺されてしまいました。ここのところ病院に行っていなかったので爪が伸びていて、それが肉にしっかり刺さり抜けなくなり、傷が深くなったそうだ。
爪切りくらい家でやりたいものですが、とにかくストレスに弱いので病院任せにしています。

そして深夜にも行動がおかしい時間があったと女房はいう。「行動的には低血糖のときに似ているけど、尿が異様にアルカリ性なのも気になる。もしかして膀胱炎かも」と。

 

今朝はいつも以上に動かない。
昨日は飲水量もとても少なかった(42g。たぶん普通の猫くらい)。

壁掛け時計の落下よりも前に少し体調を崩してしいたようですが、このことで更に落ち込んでしまったようです。
血糖値の検査もあるし爪も伸びたので病院に行かなくてはなりませんが、それで更に落ち込んでしまわないことを祈るばかりです。

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2016年12月29日 (木)

ばまちゃんの 2016年

とっても後書きの記事です。書いているのは、2017年に入ってから。今年(2016)の暮れに、「書いておきたい」思った内容の一つです。

 

2014年7月、我が家にやってきたとき「たぶん7歳くらい」と言われたばまちゃん。2014年は(物理的な)この家に慣れるので精いっぱいだった。2015年、人間に近寄ることが出来るようになった。しかし、唐突に噛みついてしまう。「歯をあてる程度」ではなく「噛みつく」。それももちょっと違う。「噛み締める」、力を込めてギリギリと。そして振り回す。
しかし本人は攻撃や威嚇の意識はないようです。身についてしまった日常の動作で、今更簡単には直せないみたい。
未だに「しゃー!」と言うこともあります。それは決まって食事の前後。たぶん「早くくれ!」「もっとくれ!」なのでしょう。

 

彼は原発災害により、人が住むことが許されなくなった土地で保護された。
原発災害が起こったのは 2011年3月。捕獲されたのは 2012年9月。推定年齢からすると、原発災害時、既に成猫になっていたことになる。その頃、道行く人に「しゃー!」と脅しをかけて食べ物をもらっていたのだろうか。本人としては、甘えているつもりで。
とにかく今でも、「噛み締める」と「しゃー!」は(だいぶ柔らかくなりましたが)やめることはない。

それでも、2016年、ばまちゃんの大きな変化があった。「食べ物は人間からもらうもの」と理解したと思われる。
それまでの彼は「この時間にこの場所に食べ物が出てくる。なければ諦める」という感じでした。「しゃー!」も要求というより、高い確率で出てくるパターンと認識している感じ。なので、食事前後の「しゃー!」では手や口が出て来たことはない。
つまり「人間が出してくれる」とは思っていないようだ。このパターンならば出てくる確率が高い。出てこなければ諦める。人間に要求はしない。

それが、こんなことを覚えた。
https://twitter.com/akihisayuge/status/828567162537144321

ばまちゃんの日常は、自分が暮らしている部屋から出ることはほとんどない。冬は特に。ほとんど時間をカマクラで過ごす。そんな彼を憂い、晩御飯のあとのデザートを台所であげるようにしている。毎日決まった時間だけですが、台所に来れるようになっただけでも大きな進歩。さらにこのようなことが出来るようになりました。「ねぇねぇ、もうないの?」という感じのコミュニケーションを覚えた。

これが2016年最大の進歩だった。

しかし、このビデオを撮るのにも苦労した。テーブルの上で私が撮影しようと構えていることを察知し、上がってこなくなる。このような能力は信じがたいほどである。
何事にも慎重なばまちゃん。私が動けば部屋まで戻ってしまうこともある。食べるものがもう出てこないと判断すると戻ってしまう。
出来るだけ部屋から出て欲しいので、デザート前にも台所で少し食べ物を与える。それは人間の食事前から始まる。人間の食事は女房が作るので、人間の食事前に私が台所に立っていることはほとんどないのですが、たまに料理をしたりすると、ばまちゃんは台所に入ってこないこともある。私が席に着くか居なくなるまで姿を消す。

 

ばまちゃんは、原発から数キロ離れた夜ノ森駅辺りで捕獲された。
https://www.google.co.jp/maps/@37.3440374,141.0104522,14z?hl=ja

同じときに捕獲された猫もいたとのこと。2010年3月の原発事故時、何匹の猫がここに居て、その後どれだけ産まれ、そしてどれだけ生き残り、2012年9月に捕獲されたのか。
事故前も捕獲されるまでも「サバイバル」だったのだろう。これくらい慎重かつ確実に口に入れなければ、生きていけなかったのだろう。

原発の周辺、人が暮らすことが許されない場所に今も猫たちが暮らしているそうです。場所によっては猫以外に、イノシシ、タヌキ、キツネ、アライグマなども多いと聞きます。イノシシが闊歩している今の状態では、とても人間が住める環境ではありません。
これらの地域に人間が戻ってくるとき、これらの動物はどうなってしまうのか。

発災からもうすぐ6年。原発災害は終わっていません。
おばまが我が家に居る限り、そんなことを考えてしまう毎日です。

もしかしたら、そう仕向けるために、彼は人間と上手くやってゆける猫にならないのかも。

そういえば、忘れていたことがありました。1年くらい前までは、噛むだけではなく、爪をしっかり刺してくることが日常的にありました。引っ掻くのではありません。真ん中の指の爪だけしっかり出して、バン!と叩くように押しあてる。爪がしっかり入ったらギュッと握る。
もちろん痛いし、大量に出血することもあるのですが、深く刺さりますので治療まで長引くし、中に塊のようなものが残ることもある。

こんなことは忘れさせてくれるばまちゃん。しかし、原発災害のことは忘れさせないばまちゃんです。

2016.02.16

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2016年5月13日 (金)

おばま札 配布所(その1)

2016年3月20日に東金で行われたこちらのイベント用に「御破魔札」なるものを作った。

「おばま」という奇妙な名前で、行動も奇妙な猫が我が家に居る限り、福島に残された動物たちのこを忘れる日は一日もない。

そんな気持ちを少しでも世の中に広げることが出来たら、と考えてこの札を作りました。
ボランティアをして欲しいとか、寄付をして欲しいとか、何か行動を起こして欲しいということではない。ただたまに思い出して、考えて、話題して欲しいだけ。

20160320card_2

日常生活で、話もしないことが起こったとき(それが身近であっても、遠い地で起こったことでも)、誰でも戸惑うだろう。話していても戸惑うだろう。
その戸惑いを少しでも減らしていただけたらと願い、こんな札を作りました。

作っても配る機会がなければ仕方ありません。どうしたものかと思っていたら、祖師谷大蔵にある Gallery Pawpad さんで置いてくださるというので、置いていただいている。今後もこんなお店が増えたらな、と密かに願っています。(なので、タイトルの最後が(その1)。(その2、3、、、)と続くことを祈っています。)

冒頭のイベントが開催された後、一束置かせていただいたのですが、もうすぐなくなるとのことで、今日、補充に行ってきました。

今日は、にゃん吉展がやっていました。明日までです!

20160513a    20160513b

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2016年3月17日 (木)

おばま展3(ウソ)@東金文化会館 2016.3.20

昨年の9月(埼玉)につづき、全国おばま展ツアーの第3回目(千葉)です(ウソ)。
ホントは、2016.3.20 あれから5年 わたしたちは何を学んだかというイベントに おばまのパネルを置かせていただくだけ。

前回の埼玉のときのブログは下の2つ。
http://doggy.way-nifty.com/dogschance/2015/09/post-2440.html
http://doggy.way-nifty.com/dogschance/2015/09/post-83b8.html

これらにも書いてありますが、東日本大震災のこと、原発災害のことが、多くの方々に忘れられているように感じてなりません。

今回の東金文化会館での開催にあたり、またまたページを作りました。こちらです。
前回(2015.9.27)以降の変化を書いたりしましたが、忘れてもらいたくないという気持ちと、被災した人、動物たちは頑張っているんだという尊敬の念をこめて、御破魔札なるものを作ってみました。上記ページに画像があります。当日会場にて、枚数に限りはありますが配布予定です。

今回、上記ページや御破魔札を作りにあたり、過去のページも読み返しました。お時間ある方は読んでいただけると嬉しいです。
http://www.inutalk.info/20150503/index.htm

今、災害と無関係の方もいつ被災されるかもしれないし、災害には遭わなくても生きていれば災難に遭います。それを払い除くのは、力技ばかりではないのではないでしょうか。
あの災害を振り返ることは、そのようなことを教えてくれるようにおもえてなりません。

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2016年3月11日 (金)

川越に行ってきました

今日からこんなイベントもあって行きたかったりするのですが、明日は愛動協のイベントと何かがあるし、世田谷のボランティアではとんでもないことになっているし、仕事も中途半端だし、最近、睡眠時間を短くしても起きていてもぼ~としていたりで、ダメダメな私です。

そんな中、川越でやっている「夜回り猫展」へ行ってきました。誰に頼まれたのでもなく、書き始めた漫画が、多くの著名人はじめ、幅広い人たちの支持を得ている。
商業的な映画やドラマ、小説は、大きな事件が起きて大声で泣き叫んだりするパターンが多く、日々地道に慎みをもって暮らしている人たちの生き様にスポットを当てることを忘れている。漫画「夜回り猫」は、そんな人たちの涙を自分の背中の傷にしてしまう猫の話。その人の涙を掬い取り、その人が生きる気持ちを蘇らせたとき、ほっと一息、笑みをこぼすことができればいいのですが、いかつい顔が故、笑顔に見えない。なので「にっこり」と言葉で伝える。

これじゃなんだか分かりませんね、分からなくていいです。

日々、自分のために誰かのために地道に生きていても、そこに結果が現れない。もう自分を変えるしかないのかと自問自答する。そんなときに、夜回り猫が現れて、話を聞いてくれて、言葉をかけてくれ、そして一言「にっこり」。その猫はどてらを着ていて、名前を「近藤平蔵」という。

女房が大ファンになり、川越の小さなカフェ&ギャラリーで行われている、夜回り猫展に行くことになりました。

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11時開店なのですが、到着は10分ほど前。既に数人が店の前で待っていました。私たちもそこに並んでいると、何処かで見たような顔の人が、サインペンで夜回り猫の絵を描いている。そう、深谷先生でした。
待っている人、全てに絵を描いてくれていたのです。私は平蔵さんをお願いしましたが、女房は集会猫をお願いしていました。集会猫は微妙な折れ曲がり線があるのですが、すいすい描いていました。プロってスゴイなと久しぶりに感じたものでした。

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こじんまりとした店内は、開店と同時に人がいっぱい。女房が店内で写真を撮り始めるので「いいのか?」と訊くと、それが聞こえたのか店員さんが、「店内の写真撮影はご自由に」とアナウンスしてくれた。私も何枚も撮った。

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続々とお客さんが来るので、買い物をして店外へ。天気予報では雨はあがるはずなのに、少し降っている。傘をさして女房と小江戸川越をぶらぶら。

一昨日、私の誕生祝ということで、女房が鰻をご馳走してくれることになった。鰻屋を探していると、三つの店が近くにあった。その内、地元の人がひっきりなしに出入りしている店に入った。
余計なことは言いません。私も女房も満足な鰻でした。

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その店から川越駅までは一本道。
来るときに目をつけていた発酵食品の店、角屋で味噌や醤油を買う。大きなお土産屋さんでお菓子を買う。更に歩いていると、保護猫カフェの「ねこかつ」さんがあった。三軒茶屋でセミナーがあったときに隣席だった。あのとき私は機嫌が悪く、たぶん「なんなんだ、コイツ」と思われただろうからスルーする。するとすぐ近く(並び)に、一般の(?)の猫カフェがあった。そして更にすぐ並びには、経堂にもある生体販売チェーン店が店を構えていた。
理解するのが難しい店並びだった。
そういえば、猫やウサギの雑貨を扱っているお店もありました。39とか書いてあった。譲渡会のポスターも貼ってありました。

ちょっと不思議な雰囲気を感じた川越でした。

 

色々な人が、色々な状況の中、生きている。みんな善かれとおもって生きている。でも、噛み合わない。自分自身に疑問をもち、涙を流してしまうこともある。
それが世の中。平蔵さんがそう教えてくれる。
おばまはその名前と、噛み絞めることで、教えてくれる。

どちらも、いかつい顔をして。

 

深谷先生、ありがとうございます。

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2015年9月27日 (日)

おばま展2(ウソ) 報告

20150927a「わくわくチャレンジ祭2015」は、会場が埼玉県障害者交流センターであることからも分かるように、体の障がいをはじめ、何かしらのハンデを持っている人たちが、頑張っている姿やこれからも頑張ろう、という姿勢が感じされる内容が多かった。現実にある(そのハンデがない人には分かりにくい)ご苦労の話も聞くことが出来、考えさせられることもあった。

そんな会場の壁を使わせていただき、被災動物のパネルを展示させていただいた。猫と暮らしている人向けの災害時の持ち出し用のグッズの実物展示もあった。内容、大きさなどとても実用的に考えられていると思った。

20150927b私は、おばまパネルを見てくれた人におばまの説明をしたりしましたが、私も、311以降今も活動されている方たちの話を聞くことが出来たことは大きな収穫だった。

活動されている方たちから出る共通の言葉は、「福島のことは忘れられているようだ」「福島は終わっていない」「これからやることがまだまだある」「福島から学ぶべきことが理解されていない、活かされていない」。

私が生きている間に、私が住んでいる地域で大災害が起こらないかもしれない。しかし、防災を考えることを通して、「地域を見つめ直す」ことは、日本も社会にとって必要なことだと思います。
何か共通の趣味・趣向で集まるのではなく、その地域に暮らしている人たち全てが、一つのことを考え・決めてゆくカタチ作りとして、災害対策は有効ではないでしょうか。

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2015年9月25日 (金)

おばま展2(ウソ)

Twitter などではちょっと書きましたが、代官山でお披露目したおばまパネルが今度の日曜日(9月27日)、以下のイベントで展示されることになりました。

わくわくチャレンジ祭2015
http://e-kaisha.info/2015%e5%b9%b49%e6%9c%8827%e6%97%a5%e9%96%8b%e5%82%ac%e3%80%8c%e3%82%8f%e3%81%8f%e3%82%8f%e3%81%8f%e3%83%81%e3%83%a3%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%b8%e7%a5%ad2015%e3%80%8d/

展示させていただくならポストカードも、と少し印刷。
そこで気が付いた!、ポストカードにはHPのアドレスも入っている。
急遽、少し付け加えました。おばま展(ウソ)の履歴としても役立つことでしょう。
http://www.inutalk.info/20150503/20150927/index.htm

立入禁止区域といえども捕獲する必要があったのだろうかと、今もときどき悩みます。動愛法の理念から食べ物を持ち込むことを許可出来ないのだろうかと。

さて、次のおばま展(ウソ)はいつだろう。
早めに言ってくれれば、パネルやポストカードも作り直します。

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2015年7月25日 (土)

平仮名おばまは何をおもう #おばま通信

20150725今夜のこと。

この写真のクールボードの上、つまり、扇風機とおばまの間に私は居た。おばまはクールボードにたまに乗るが、いつもそこに居るということもない。

おばまは、まず、この写真のシッポの辺りに横たわっていた。そしてその更に左にいた女房の脚の間でまったりしていた。あるとき女房が「あれれ?」というので振り返ると、おばまが私にくっついて寝そべっている。「やっと仲良くなる気になったんだな」と思って、そっと手を出したら、体全体で絡みつかれた。一瞬のことで縁側に去っていった。こちらにお尻を向けて寝た。

絡みつかれた一瞬の感じから、「引っ掛かれた」と思ったが、なが~いミミズ腫れが一本だけ。爪が切れないので、爪が普通に出ていれば深い傷となる。しかしミミズ腫れだけだった。

とりあえず、夜に病院を探さずに済んだことに安堵した。
おばまの次の行動が気になったが、あんなことをしたら当分戻ってこないだろうと思っていた。しかし、5分くらいで戻ってきた。また私にくっついて寝そべる。

手を出す気になれない。とりあえず無視した。しかし、おばまは動かない。私も下手に動くとまた絡まれそうなので、どうしたものかと考える。おばまの方を見ると、おばまも寝そべったまま私をじ~っと見る。
そんな時間が少しあり、おばまの視線が外れ首が床に着いた。そのとき私はそろりそろりと退散した。

一度部屋から出て、再び戻ると、おばまはこの位置にいたので、写真を撮った。写真を撮った私の前には小さなテーブルがある。そのテーブルで撮った写真を確認していたら、女房が「あれ?、珍しい」と。何かと思ったら、おばまがテーブルの下、私のすぐ近くまで来ているではありませんか。

これは退去命令だと理解し、私は部屋を出る。

最近のおばまの行動を見ていると、この部屋を守る(番犬ならぬ)番猫を自負しているかと考えずにはいられない。真夜中の彼の行動を思い出すと、そう考えるしかない。
犬ではこのような行動があることを知っているのですが、猫でもこのような行動があるのだろうか。それにしても可能な限り武力に頼らない行動をとることには敬意を抱く。「核なき世界」を唱えた片仮名オバマの如きだ。

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