2014年10月 2日 (木)

猫は来ないか

今日の午後、文房具を買いに経堂まで行った。自転車で15分くらいだろうか。
雨が心配だったのでネットの天気予報を確認したが、全く問題なさそうだった。

雨が落ちてきそうな空の下、自転車で経堂へ。店から少し離れた商店街の駐輪場に自転車を止め、お店へ。店では最低限の商品を買い、駐輪場へと向かう。
ポツポツと雨が降り始めていた。急いで精算機を操作し、自転車にかかったロックを外し、ダッシュで帰宅だ!、とこぎ始めたら本降りに。雨の中を走ていたら、道まで枝を伸ばした木を発見。その下で少し雨宿り。家まではまだまだある。

さてさてどうしたものかと考える。思いついた!、雨宿りと言えば豪徳寺。豪徳寺の山門で雨宿りをさせていただこう。
濡れながら山門前まで来ることが出来たが、自転車のまま山門の下に入るのはよろしくないな、と思ったら、参道の松の木の下は雨が地面まで届いていない。そこで雨宿りをすることにした。

何百年か前にこの辺りで雨宿りしていたお侍さんが猫に招かれた。でも、今、猫が居る場所は寺の中ではなく反対側。参道の入り口辺り。と思いながらも山門を通して豪徳寺の中を窺う。やはり猫はいない。反対側も見てもいない。雨の中、猫が歩いているはずもない。

寂しさを感じながら雨宿りしていると、何やら気配が。すぐ近くに烏がやってきた。久しぶりに間近で烏を見たような気がする。
うーにーと散歩をしているとよく烏がやってきた。地面ばかり見ているはずのうーにーとの散歩のとき、何故か烏には気がついた。

そんなことを思い出しながら、また、寺の方を見る。人の気配はない。猫の気配も。
やはり、猫は来ないか。

雨が小振りになったので、自宅へと向かう。うーにーとよく歩いた道を。

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2014年7月10日 (木)

猫を迎えることになりました

ここのところ三春シェルターに何度か通っていましたが、実は純粋なボランティアとして行っていたわけではなく、一匹の猫の引取りを考えてのことでした。そのことはシェルターの人にも隠していました。
ボランティアの初日、「弓削さんは、犬と猫、どちらの作業を希望ですか?」と訊かれて、即座に「猫!」と答えたときの、スタッフさんの驚いた顔は今でも忘れません。

 

春花祭で犬や猫の一覧を作った時に気になった猫がいました。その猫はシェルター通信にもときどき登場し、さらに気になりました。それを女房に伝えると女房も。

昨年、まいすを亡くし当分犬猫を迎えず生活の立て直しを考えていたのですが、全く犬猫がいない生活に耐えられなくなってきていました。

だからと言って安易に迎えることができるほど我が家の生活は安定していません。そこが一番の問題点でした。基本的に迎えるつもりはなかったのですが、どうしようか思案しているとき、とある人にシェルター通信を見せて、「この猫を迎えたいんだけどね~」と話をしたら「おっ!、いい猫じゃないか。もし、飼えなくなったら家で面倒みてあげるよ」と言ってくれたのが決めてでした。
そして、三春に行きました。

初めて三春に行ったときは二日連続でボランティア参加。一日目で、「たぶん、迎えても大丈夫」と思った私は、二日目の朝、記入済みの犬又はねこの譲り受け申込書・確認票を提出するために事務室に向かいました。そのとき受けた説明で、少々尻込みし、書類を引き上げてしまった。

その日のボランティアを終え、帰宅後、改めて猫を迎えるということがどういうことなのか、子猫でなく、成猫でしかも野良猫・野猫(人間と全く関わらない環境で生きている猫)経験の猫を迎えることがどういうことなのか、調べたり・考えたりしてみた。

そして、まいすも成猫ではあったけれど、どれだけいい子だったのか、手の掛からない、家を壊さない猫だったのか、よく分かった。公園で「待ってましたよ」と我が家の迎えを待ち、(あまりに酷い状態だったので)数日の入院後、当然のように我が家で暮らし始めたまいす。
まいすと同じ環境を与えてあげることは出来ない。たぶん、まいすは人と共に暮らし、捨てられた直後に私たちが迎えに行ったのだろう。野猫だった可能性もなければ、野良猫でさえなかったと、今は思える。そのまいすと、今回迎える猫は大違いだ。それでも、女房と話合いの結果、引取ることにした。書類は郵送した。

その後、何度か三春に通った。その猫に会いに行った。マイペースなその猫は、マイペースに私と面会した。
先日のこと。たぶん彼は優しく私の指を握ってくれたのだろう。手を伸ばし、私の指を引っ掛けるようにゆっくりと指先を曲げた。その指先には爪が出ていた。そして私の指はパックリ切れた。そんなこともあった。
その前に行った時は、抱きかかえることも出来た。ブラシもかけた。
たぶん大丈夫だろう。今、一番の心配は台風。

忘れなければ、その猫の写真を明日のブログに載せます。

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2014年6月30日 (月)

三春シェルターについておもうこと

6月だけでもに2回も三春シェルターに行ってしまいました。私の経済状況からして、とんでもないことであることは重々承知の上。
少しでも節約しょうと有料道路は一切使わない。往きは4号。帰りは6号。
往きは「いつも時間に余裕があるから少し遅く出ようと」と出発を30分遅らせたら、トラックがいっぱいで疲れてしまいました。はじめて信号待ちで寝落ち。
帰りの6号はこりごり。二度と下道(したみち)は使わないことでしょう。
郡山や三春周辺の地理も分かってきたので、ボランティアついでにあちこち楽しみたいところですが、諸事情でボランティアはもう終わりかもしれない。

私的な事情は別にして、あそこに犬や猫が残っていることは日本人として恥ずかしいと感じてならない。震災で「絆」と言って盛り上がっていましたが、もう過去のことにされている。
それは他の私的なシェルターもそうですが、三春に入っている犬や猫はどのようなルールに則って入っているのか、それを考えると「ここまでルールに則って保護した犬や猫だけても、新しい飼い主を見つけることは難しんだな」と。
どのような考え、そして実務で三春が存在するのかを考えると、原発災害の責任をもつべきところが責任をとるべきですが、それが有耶無耶にされてしまう現実は、日本の動物愛護の未熟さといってもいいのではないだろうか。きちんと手順を踏んでも充分な扱いを受けることが出来ない。

私は、ボランティアとして三春に行く。ボランティアの仕事をして帰る。それは個人的な行動であり、本人がやりたいからやること。同様に、志をもって保護活動などを行っている個人・団体がある。しかし、それらと三春は違う。
原発災害直後からルールを決め、その後も国の省庁である環境省がルールを決め、人間社会として必要だと判断し捕獲や保護をした犬や猫たちです。現在も福島県が運営に携わっています。三春シェルターから犬や猫を引取る場合、福島県の食品衛生課とやりとりすることになる。各都道府県のセンターと似た立場にある。

震災および原発災害でお忙しい中、県の職員の方々は日々対応してくださっている。三春のスタッフの方々も日々お世話してくださっている。そのお世話がどれほどのものかは、犬や猫の表情を見れば分かる。私は猫舎ボランティア専門ですが一匹一匹の性格が分かる。のびのびと生活させてあげてるいることが分かる。こんな犬や猫でさえ、飼い主が決まらないのが残念を通り越して、日本人として恥ずかしささえ感じる。行政も協力してくださっているのに。原発災害の責任の所在はどうなったんだろう。多くの人にとって被災動物は過去のことであったり見たくないことなのか、別のことに目が向けられている。私も被災動物全体のことは目を背けたいと思うことがあります。しかし、はっきり公の記録に残る、三春シェルターのことくらいは、なんとかするべきだと考えています。


念のために書いておきます。
前回も三春に行く前に2億円の使い方についての提案を書いたりしたので、更にこのようなことを書くと、「あいつは三春の手先だな」と思い込む人がいますが、別ルートからの情報収集により、個人として考え、感じたことを書いています。
三春に行って、あそこの運営について聴くことはほとんどありません。メールや電話で聴くこともありません。大人の皆さんなら、2~3回ボランティアに行った人間に本当のことを話さないことは分かっていると思います。
マスコミでも先生でもない普通の動好きが知ることが出来る情報から、感じたことを書いているだけです。

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2014年6月23日 (月)

思い出旅行 2014 6.23

旅行三日目。引き続き、プーサンの朝。
今まで朝が弱かった私ですが、最近早朝(私基準)に目が覚めることが多い。旅行先では特にだ。

朝飯前にちょっと散歩。この景色、空気の感じ、うーにーが足りない。まいすは部屋で待っていない。

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朝食。今日は洋食。

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終わりにしたくなくて、だらだら出発の準備をする。しかし、ゆっくりもしれいられない。
出発前に庭の写真を撮る。ここには、うーにーが、時にはまいすが写っていた。もう誰もいない。

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そしてお向かいさんの馬たちにも挨拶。彼らは朝食中。

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ふと、宿の方を見るとこんな雲が。何かが空高くに向かっているように見えた。
オーナーご夫妻に、そしてバイクちゃん、もなこちゃんに挨拶して出発。

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昨日、行かなかった笹ヶ峰へ。ぶうたくん情報でキンポウゲの季節も終わりそうだと聞いていましたが、この日も綺麗に咲いていました。2006年、キンポウゲをバックに撮った写真がお気に入り。なので、ブログにアップしていると思ったらしていなかった。

・ 今年の写真

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・ 2006年の写真(Face Book ではお馴染みですね)

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グリーンロッジに車を止めて、清水ヶ池へ。一周して写真を撮って、そしてグリーンロッジに戻って出発。

この日は平日。ETC割引もないこともあり、軽井沢まで下道(したみち)で行くことにした。この道も通ったことがある道。

20140622u信州中野から菅平方面に向かう途中、小布施に入った。ここも思い出の地。でも、寄るほどでもないだろう。女房とアイスクリーム屋さんのトゥエルの話になった。「でも、どこだろう?」と話していたら、街道沿いにアイスクリーム屋さんがあった。
二人とも栗のものを食べた(つぶのものと練り込んだもの)。どちらも美味しかった。

アイスを食べて、軽井沢に向けて車を走らせる。山道を走りながら、「こんな走りをするようになったのは、ここ最近のことだな」と考える。うーにーやまいすがいるときは、乗り心地に気を付けたものだ。今はその必要がない。女房は何回か「気持ちが悪い」と言っていた。

軽井沢では、ハルニレテラスに行こうということになっていた。ちょっと間違えて星野温泉の方へ入って行ってしまう。野鳥の森の入り口でもある。ここも思い出の地。
20140622vそしてハルニレテラスへ。さすが星野の運営だけある。この一帯の建物全てがよくメンテナンスされている。そして裏の沢がいい。う-にーが来たら飛び込んでしまったかも。

食事は川上庵。今風の音楽が流れている店内よりもテラスを選んだ。木々に囲まれ、沢の音も聞こえてくる。鳥の姿も。テラスにして正解!

朝、斑尾を出て笹ヶ峰に寄ったので、お昼はとっくに過ぎていた。ハルニレテラスにはお客さんがいっぱいいたのですが、もう3時も近くなると、店内はガランとした感じだ。

私は鴨せいろ、女房はクルミだれせいろ。さすがというかやはり川上庵。いい味をつくっています。

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高速にのる前に、よく通ったレマン湖に行く。やはりあむ~るは他の店になっていた。
そして高速にのる。
昼食が遅いこともあったし脱力感いっぱいなので、帰宅してからの晩御飯のことはあまり考えたくなかった。なので横川で釜飯を買う。今まで釜飯を買った記憶は一回くらいはあったかなという程度。

帰宅し、洗濯したり、後片付けしたり。そして釜飯を食べる。
何かが終わったような、終わりにしなければならない気持ちで。

おわり

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2014年6月22日 (日)

思い出旅行 2014 6.22

旅行二日目。プーサンの朝。

窓際なので朝食は撮影できます。特別なものはない。しかし一つ一つ美味しい。そして見ているだけで気持ちがいい。

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この日がうーにーの誕生日。生きていれば20歳、ハタチ。あのまま生きていたらと考えるかと、今日を迎えるまでは思っていた。三年半は長かった。どれくらい、心の中から薄れているか、そんなことを確認していた。

この日は、ぶうたくんと会う予定。先代のぶうこちゃんはうーにーと同じ2010年に寿命を終えました。当時、旅行の情報を色々いただいていました。
この日は、笹ヶ峰で会いましょうということだったのですが天気がよくない。雨が降ったり止んだり、いつ降ってくるか分からない。そんな訳で、柏崎にある「ぺっとかふぇスカイ」なるところで会うことになった。この店、トリミングや預かりもやっていて、猫もお客さんになることがあるからだと思いますが、ドッグカフェとはしていない。

さて、待ち合わせの時間は午後二時。少し時間の余裕がある。何処かで昼食を食べなければならない。寄る観光スポットは宿で幾つか教えていただき、その中から岩の原葡萄園に行くことにした。昼食はフィッシャーマンズケープというところをぶうたくんの飼い主さんから教えていただいた。

20140622c岩の原葡萄園資料館がやっていなかったりして、観光施設としてはイマイチな感じを受けてしまいましたが、ワイナリーとしては、「たぶんいいもの作るだろう」とオーラが漂っていました。雪を使った低温発酵を今もしているなど、「むむむ!」と感じるワイナリーです。とにかく、川上善兵衛という人のお陰で日本の美味しい葡萄が存在することも分かった。

次は昼食の地へ向かう。日本海フィッシャーマンズケイプという施設の中の食堂がいいらしい。
地元の人からも人気の施設だと聞いていた。駐車場が満車のようだ。そう思っても駐車場奥深く入っていったら空いていました。
食堂は、その駐車場の目の前にある建物の3階らしい。まず2階に登るとお土産屋さん。そして3階への階段を登りきると写真付きのメニューが。安い!、どう考えても安い!、、限定商品も惹かれるが、私はにぎりを。女房は鯛茶漬けが食べたいとのことで、限定所品を。

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20140622h美味い、安い!、私は鰻や穴子が好きなのですが、穴子のにぎりはこんな感じ。にぎりと一緒に穴子丼も頼みたかった。

この後、2階のお土産屋さんで少し買う。その後、別の建物の海産物屋さんに行ったら、同じものが安かったりして、「失敗した~」と思ったり。こんなことも旅行の楽しみの一つ。
女房は、ミュージシャン人形館に強く惹かれていたが、入館料200円と時間の関係で、今回はパス(次回はあるのか?)。

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そして待ち合わせのぺっとかふぇスカイへと向かう。
早めに着いてしまったので、道を挟んだ大きな公園を散歩する。とても綺麗に整備された公園。うーにーがいたらどれだけ楽しかったことか。

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待ち合わせの時間も近くになったので、道の向こうのお店へ向かう。お店には小さいながら芝生のドッグランもある。駐車場も(東京基準だと)とても広い。店内もとても広々。フリースペースを充分にとってある。天井も高い。そして、店員さんの気配りがしっかりしている。

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りふれルームなるものがありますが、それとは別にトリミングルームもあった。とてもゆったりしとした店内。店内では基本的にノーリードOK。飲食メニューの中に手ごろなものがある。食券を自販機で買って注文するシステム。

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少しあってぶうたくん登場。もちろんぶうたくんにも犬用メニューを!。うーにーと同じ年代を生きたぶうこちゃんの飼い主さんでもあるので話があう。宿の話、犬の話、その他もろもろを話していたら、あっという間に二時間以上経ってしまいました。

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帰りはどこも寄らずにプーサンへ。海沿いはガソリンが安いので入れてから。これで家まで帰ることが出来る。

宿に着くと、食事の時間も近い。そして晩御飯!
この日も写真を撮ったのですが、私のカメラではなかなか辛い結果にweep、とにかく美味しかったです。満足!

夜は、ジャグジーに入って、本を読んだり、明日のことを考えたり。そしてうーにーのこと、この20年間のことを考えたり。この宿でのこと、多くの旅行先でのこと。色々思いだしながら。でも、思い出も遠いところに行ってしまったような、そんな感覚をかみしめながら。

つづく

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2014年6月21日 (土)

思い出旅行 2014 6.21

(後書きです。6月21日のこと。)

うーにーが高齢になってから、この季節は信州にゆくことが多かった。6月22日はうーにーの誕生日。宿はプーサン。これが我が家のお決まりだった。
うーにーもまいすもいない今、「恒例だった」以外に旅行というものに行く理由もない。その限られた理由で、プーサンへ。

朝、家を出る。目的地は斑尾のプーサン。それ以外は特に決まっていない。車中で相談。
もし直接向かったら、昼過ぎくらいに信濃町に着きそうだ。それだけの情報で、思いついたのは、戸隠で蕎麦!

長野 I.Cで下りて戸隠へ向かう。長野市内、善光寺、七曲、懐かしい道。バードライン、大座法師池、カフェにソフトクリームを売っているお土産屋さん。よく来た道。

戸隠が近くなってくる。蕎麦にしようと決めたが、店は決まっていない。記憶力のいい女房が幾つか候補をあげる。その中から、一番初めに見つかった「よつかど」へ。
駐車場が満車だったのですが、第三駐車場を見つけた。こちらには一台も止まっていなかった。

店内には多数の席があり、車がいっぱいでも席には余裕があった。二階の明るい席に通された。

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緑茶だと思ったら蕎麦茶だった。美味しかったのでお土産に買って帰った。お新香、漬物もくせがなくていい。

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食べたものは写真の通り。価格が観光地っぽくなくていいなと思った。量も多め。他の店にも行きたいけど、また来てもいいなと思った。

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時間的にも余裕があるので、奥社に登ることにした。
駐車場に着いてビックリ!、綺麗な駐車場になっていて有料。ちょっと離れた未舗装の駐車場に行ったら、そちらにもスタッフが待ち構えていたので、綺麗な駐車場に戻った(苦)

20140621gうーにーが必ず食べたアイスクリームを売っている店に行ったら、蕎麦屋になっていたcoldsweats02、それでも熊笹ソフトは売っていた。
その他の建物も新しくなったり綺麗になっていたり。その他の風景が変わっていないのが嬉しい。

でも、参道がペットNGになっている。これはうーにーが生きている頃から。「抱えても・・・」と書かれているのがなんともcoldsweats01。うーにーは奥社まで行くことが出来て幸せ者です!

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20140621j参道の賑わいは驚くものがありました。テレビを見ない人間なのでCMのことは知らなかったのですが、軽装でやってくる人も多くいました。ジーパンにスニーカーならいいと思うのですが、半袖、短パン、サンダルはよく見るパターンで、ヒールのある靴を履いている人も。それでも登れるんですけど。
とにかく人の数が多くて、写真も人が少なくなった一瞬に撮らねばならず苦労しました。

ちなみに私たちは、トレッキング・シューズだけは履いて行きました。最後の階段も一苦労ですが、足元が平坦でないことが疲労の原因になると思います。私と同年代以上の方は、足元はしっかりしたものを履いてゆくことをお勧めします。

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下りは熊笹ソフトの店に直接行かず、植物園の中を通って下りてきた。こちらは人が少な過ぎて怖いくらいだ。熊に注意の看板もある。熊が出てくるのではなく「生息地」と書いてあるところが怖い。こんなことがあるからお客さんが少ないのか。私たちとしては、人のいない(うーにーとの散歩の)雰囲気を味わえて良かった。

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熊笹ソフトの店に近付くに連れて雨が降ってきた。お店の軒を借りて雨宿り。もちろん熊笹ソフトを食べながら。ソフトを作ってくれた人は、お蕎麦の職人風の人。なかなか美しいソフトhappy01
食べ終わった頃、雨は上がる。そしてプーサンに向かう。

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プーサンのお向かいには、昔は宿だったのだろう建物がある。その一角に可愛いポニーがいる。彼らを可愛がってから入館。
いつも変わらず温かく迎えてくださる。バイクちゃんもモナコちゃんも元気そう。

部屋は初めて二階。景色がいい。二階もなかなか。
一階の部屋は目の前が綺麗な芝生が気持ちいいし、うーにーが居た時は、一階であることに大きな意味があった。

荷物を広げたり、ちょっとうたた寝したり、明日のことを考えていたりしていたら食事の時間。いつも通り、というかここのところご無沙汰してしまっているからか、とても美味しく感じた。写真を載せたいのですが、照明の関係で上手く撮れませんでした。久しぶりに、とっても美味しい料理を食べた!、という感じでした。味も美味しいのですが、香りや食感もいい。フレンチらしくていいです。

この日は私たちだけだったので、食後はオーナーさんご夫婦とお話した。初めて利用させていただいたのは、10年以上前。小型犬ブームがすごいときで、犬連れの宿に勢いがあった。そんな中、「犬が好きだから、ちょっとだけOKにします」というスタンスで、つまり時代に関係なく、犬連れOKにした宿。
その後、小型犬ブームも落ち着いてきて、犬連れOK宿も多様化、さらには競争が激しくなり、移り変わりが目まぐるしい業界になりました。
この宿は、そのようなことは関係ないようです。初めて利用した時から何か変わったか考えてみた。これと言って思いだせない。(あえて言うなら、ジャグジーに窓が着いた。部屋のトイレの便座に一枚貼られるようになった、くらいかな。)だからうーにーの思い出もここに残っているのだろう。

つづく

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2014年5月17日 (土)

老犬と会う

何年か前に一度会ったことがある犬に会いに行った。寝たきり手前だという。

午前10時半前、お宅にお邪魔する。
窓際、部屋の角に彼はいた。赤い服を着て壁に向かって眠っていた。体は全く動かない。呼吸さえしていないように見えた。
まいすを思い出す。最期の日々、そんなことが何度もあった。そして、最期のとき、今までもこんなことあったよなと思いながら、最後の確認をしたことを思い出す。

少し触れると反応する。起きたという感じではない。反応がある、その程度。
寝たきりになった頃のうーにーを思い出した。反射的な反応なのか、触れたことが分かっていての反応なのか分からない。
飼い主さん曰く、起きていないという。意識はたぶんない状態だという。

彼から少し離れたテーブルで人間だけで話をする。ふと部屋を見渡すと部屋の彼方此方がプチプチや段ボールでガードされている。これは我が家はあまりやらなかった。
もし自分が次に犬や猫を迎えたら、部屋の掃除は必要だろう。多くのものを捨てることになるだそう。そんなことを想いながら、彼の話をする。

しばらくすると、足を小刻みに動かし始める。それでもまた起きた内に入らないらしい。立ちたいときももっと激しく体を動かし、飼い主さんが手伝ってあげないと鳴き始めるとのこと。そのようなときに何かの都合で手伝ってあげられないと、今まで聞いたことがなかった大きな声をあげるいう。

そんな話をしたのは、たぶん正午近かったと思う。

そのうち本気で立ち上がりたいモードになる。このときは、確かに意識があるような感じ。自力では立てずに立たせてあげるとどうにか歩ける。しかし左前足がナックリングを起こしているので、左回りに回ってしまう。足先マッサージなどで、少しでも改善されることを祈るばかり。
そして、飼い主さんに抱きしめられる。無表情だった顔が、嬉しそうな、誇らしそうな顔になる。たしかに「起きている」という感じ。

その後、バタバタ→少し歩く(よたよたぐるぐるまわる)→上手く歩けず倒れる→少しバタバタする→一休み(短かったり長かったり)→ちょっとバタバタ→激しくバタバタ→立たせてあげる、を繰り返す。一休みのときは、人間が一緒に寝てあげたり、一人で寝たり。一緒に寝てあげるとゆっくり休んでいる感じでした。
そんなことを何度か繰り返した。1クールが30分だったり二時間以上だったり。

彼を見ながら、相手をしながら、犬との生活のあれこれ、その他のあれこれを話しながら、食べながら飲みながら、時間が過ぎてゆく。この日は、風が時折強く吹く。時を告げるように。
お邪魔してから6時間以上経ち、やっと落ち着いたような感じ。満足そうに飼い主さんと眠っていた。

遠方なので、そろそろ失礼することにした。

この書き込みは、後書き。次の日に書いている。
今日も彼は、彼の日常を生きている。彼の家族も彼との時間を生きている。

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2014年4月 5日 (土)

長寿

またまた密かに後書きですwink

私は若かりし頃、牧童をやっていた。求人広告の職種に「牧童」と書いてあった。もう25年近く前のことになる。
私がその牧場を辞めた頃、何頭かの馬が入ってきた。その中に体が貧弱ということは全くないのですが、いつもぼ~っとしている馬がいた。まぶたも重そうだった。名前はマイケルと言った。

うーにーを迎えてからは、その牧場に足を運ぶのは、一年に一度か、もしかしたらもっと疎遠になっていたかもしれない。なので、今、どのようなことになっているのか知らなかった。

その牧場関係の人が、「マイケル、まだ生きているよ。マイペースで元気だったよ」と教えてくれた。それを教えてくれたのは、まだ、まいすが生きていた頃だ。

うーにーもまいすも長生きしてくれた。それなりに元気に長生きしてくれた。最後まで元気はつらつで、ある日突然バッタンとまではいかなかったが、そこそこ元気で長生きしてくれた。
大型犬で16歳と三ヶ月は、今でも長生きと言っていいだろう(5年後には、みんなそれくらいになるかも)。まいすは我が家に来た時の年齢が分からないけど、我が家に来てから、14年半だから、長生きの部類に足を一歩踏み入れたくらいだっただろうか。

20140405a さて、マイケル君は何歳だろう。
久しぶりに、しかも唐突にお邪魔したにも関わらず、快くもてなしてくださった。
室内を見回すと白い猫が。この猫、ものおじしない。しっぽが長い。ちょっとまいすっぽい。(無理矢理似ているところを探しただけ?)、女房は持って帰りたいと言い出す。

そして、マイケル君を見に行く。私が若かりし頃、乗馬の基礎を黙々と学んだ覆馬場に彼は暮らしていた。なんと、1981年生まれ。誕生日は分からないが、今年の誕生を迎えていたら、33歳!、昔、「あの馬、30歳超えたんだって~」と、ときどき耳にしたものですが、身近な馬がそうなるとは。

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マイケル君との再会に、「長寿っていいな」と思っていたりしたら、あの白い猫がやってきた。
そしてこんなことになったり、こんな所で座ったり。間違って踏まれたら大変なことになるのに。しかもボケていてもおかしくない(若い頃からボケっぽかった)マイケル君なのに。

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昔から馬房(馬小屋)に猫はつきものだ。馬房にある穀物などを食べにくるネズミを食べてくれる。また、馬の体温が温かくて気持ちいいのだろう。

この覆馬場には、もう一頭(隣の牧場の馬ですが)30歳越えの馬がいる。長寿になったのは、犬や猫だけではないのですね。

そしてふと気がつく。自分も随分と年をとったものだ、と。長寿と呼ばれるにはまだまだだけど。

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2014年4月 4日 (金)

そうだった

20140404机の中をガサゴソ探し物。あれあれ、こんなもの捨てなければ、と整理を始める。するとこんなものが出てきた。

一万円で一万一千円分の商品券というものが世田谷区にはある。地域振興のためにたまに出す。使用期限があって、それを過ぎると使えない。
「でも、どうにかなるかも」と商品券の裏に書いてある電話番号に電話をする、やはりどうにもならないらしい。

この四枚、確かに記憶にあった。私は無駄が嫌いな人間だ。このようなことをしてしまったことに落胆した。「なんでこんなことになったんだろう」と思い返す。

使用期限の期日を見て思い出した。期日は昨年12月28日。
そうだった。12月9日にまいすが死んだんだ。それで、何もかも忘れてしまったんだろう。

うーにーが死んだ時、体半分がなくなって、真っすぐ歩けないような感じだった、。
まいすのときは、体のもう半分と魂まで奪われてしまったような、そんな感じだった。

たかが犬、たかが猫、それが少しづつ分かってきたような、桜が綺麗な今日この頃。

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2014年4月 2日 (水)

今年の桜の思い出(2014)

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静かに後書きです。

今までの桜の季節は、うーにーやまいすと桜がきれない場所に行って写真を撮った。
昨年は、まいすをカートに載せて豪徳寺に行ったりもした。豪徳寺の山門辺りには、綺麗な八重桜がある。ここで写真をとった。
カートのフレームがちょっと邪魔ですが、なかなかいい写真だと思う。家の中にも飾ってある。

今年はもちろん、うーにーもまいすもいない。桜を見ると、二人を思い出すばかり。桜の木の下で楽しげに盛り上がっている人たちを目にすると心が重くなる。

二月の下旬より体調を崩していた。尚更心が重くなったのかも。
体調を崩しても妙な崩し方なので、何科にかかればいいのか分からない。時が過ぎ、痛みが増してきたので、その部位を扱う病院へ行く。
その後のことはややこしいのでここには書かない。書けることは、幾つもの検査をし、医療費貧乏になり、症状はほぼ変わらないけど、検査の結果は、「異常なし」。健康らしいが明らかに症状がある。困ったものだが、重篤な後遺症が残るようなことになったり、死ぬようなことはたぶんないだろう、とのこと。とりあえず喜ぼう。

20140402a 今年、記憶にある桜は、二つ目の大きな病院で、たぶん10種類くらいの検査をした帰りに見たこの桜。デジカメの中にもこの桜しかなかった。

検査結果は異常なしで症状そのままなので、「心理的なもの」と受け止めるのがいいのかも。
うーにーとまいすにちょっと悪者になってもらっておこう。

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