2019年6月 8日 (土)

ねことじいちゃん(映画)

近所の映画館に来たので観に行った。

始まってすぐ「たま、たまや、、」と呼ぶシーン。
それを見ておもった。

 たま と ばま  似ている

似ているとおもったのは名前ですが、それ以外にも背中の柄(?)の感じや脚の一部に縞があるところ、脚や尻尾やしっかりしているところなども。
ものおじしない性格は全く似ていない。

 

この映画、ネット上で感想文をあまり見ないので、その意味でも興味があった。
監督の岩合さんも主演の志の輔さんも、その分野でのプロではないらしい。本人たちが手を挙げての参加ではないと何かで読んだ。そんなところも興味があった。

また「猫は室内飼いしまよう!」という今の風潮からすれば、とんでもない映画だ。これを見て「よかった」と言いにくい人も多いだろう(先日の「俺、つしま!」も同様に)。

岩合さんの写真は、お父様の時から好きでした。単純に動物を見るという意味ではお父(徳光)様、写真としては光昭さんと私の中の好みははっきり分かれていた。
私にとって綺麗な映像を提供してくれる光昭さんの映画としての期待はあった。私はテレビは全くみないので、岩合さんのやっている猫の番組は知らないですが、評判が良いので猫の撮り方にも期待して行った。

 

まず、今まで書いたことについて。

猫を撮るのは上手かった。正確に書けば「風景の中の猫を撮るのが上手かった」です。猫たちも演技上手であることも前評判として聞いていたが「すごいな~」と感心しました(猫同士がくっ付いているシーンで、遠い昔、TVだか映画だかで接着剤貼り付けたとか縫い付けただか、そんなことを思い出したりしました)。
太陽をバックに猫が飛ぶシーンなどはカメラマンだな、とおもいました。
あのシーンは演技してもらったかもしれませんが、幾つかのシーンを見ながら「人間の撮影の時間よりも、ず~っとつきまとうようにして猫を撮っていた時間の方が長いのでは?」とおもったりました。

監督は(人間に対しても)演技の指導するものかとおもいますが、その意味では問題なかったとおもいます。
志の輔さんについては(私は漫画(原作)を読んでいませんが)漫画のイメージなんだろうな、とおもいました。
https://www.youtube.com/watch?v=QhZRRsKyBxc
正直なところ、周りを俳優さんたちに比べれば(彼の演技は)物足りなさを感じましたが(これまた正直なところ)この映画の要素の中で(私にとっては彼の演技は)大きな部分を占めていなかったので全くOKでした。

映画を作るには、脚本~撮影~編集、という大きな流れがあるとおもいますが、岩合さんがどれだけ関わったか分かりませんが、猫が嫌いでない人は、それなりの満足度はあるとおもいます。
ただ、全体の流れとして、あれこれと詰めすぎているような感じはありました。でも、初めての監督作品、しかも充分な準備をしてからの監督ではないとおもいますので、仕方ないかなとおもいました。

ただし「絶対室内飼い!」とお考えの方には、とんでもない映画なので絶対に観ないでほしいです。「仕方ない」では済まされない人も多いとおもいます。
私は、うーにーのお陰で方々旅行に行き、犬や猫と暮らしている人達と話をする機会を得ました。そんな私からすると「場所によっては、外に出してもいいんじゃない?、その地域の人がそうおもっているんなら。よそ者がとやかく言う問題ではないんじゃないの?」とおもいます。
ちなみに、この映画には自動車は全く出てこなかったとおもいます。各猫に飼い主がいるようだったし。
とにかくフィクションですから。フィクションとして見れない人は「手術してないよね、みんな」とか思うのかも。猫の後ろ姿を見ながら「手術しているな、そりゃ猫俳優たちだから当然か」とおもいました(笑)

妙に気になったシーンが一つ(たぶん気にするのは私くらい)。
ほとんど最後の辺り。巌さんがサチさんの家の前で猫とのシーン。建物の角が濡れているように見える。あれは何だったんだろう。とても気になった。

 

映画館に行くとき、初めて今回の猫電車に乗りました。
ちょっと写真を撮ったので近日中にブログを書きたいとおもいます。

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2019年5月 6日 (月)

目黒寄生虫館

後書きブログです。このブログの日付の日(5月6日)に行きました。目黒寄生虫館のサイトはこちら
いつか書こうとおもっていたのですが、今日(実際の公開日)は虫の日(6月4日)なので、さらさらっと書いてしまいます。

入場料無料です。
しっかりした後ろ盾があるんだろうなと考えるのが普通ですが、こちらは研究者の熱意により長年存続しています。館内にある募金箱に寄付を入れたり、寄生虫グッズを購入することなどで成り立っているようです。
こちらの寄生虫Tシャツ(ページの下の方に幾つか)は獣医さんにプレゼントすると喜ばれることもあるそうです。
どんな人にプレゼントするものか、それとも自分で使うものか分からなかったのが寄生虫封入ストラップ。尋常ならぬ寄生虫への熱意を感じます。

決して大きな館ではありませんが、勉強になることはギュッと詰まって展示されています。
私の記憶に強く残ったことは2つ。

 

■ 生態系 ■

ある環境に新たな種が棲みつくと「生態系が崩れる」と言われますが、人間の目に見やすいサイズの動物だけではなく、寄生虫についても変わってしまう。新たに棲みついた種が新たな寄生虫を定住させ、そこで広まる。
そこから何が起きるかは、私のような趣味で勉強している程度の人間には「とんでもないことが起こる可能性もある」程度しか分かりません。ある程度の説明文はありましたが、この分野はまだまだ詳しく研究されていないのではとおもいました。また、昨今の環境の変化は急激すぎて研究対象とすることが難しいのかもしれません。

逆にこんなことも考えました。
人間が野生動物に優しくなりすぎて、人里近く&人里の中にまで生活圏を広げることで、寄生虫そのものや寄生虫に付随して運ばれる生物により、人間側だけでなく野生動物も害を受けることもあるだろうな、と。

「どんな時でも宿主と一緒」であり、宿主の体内から出てゆくことも多々あることを忘れてはならないとおもいました。

 

■ 顧みられない熱帯病 ■

館内にあった掲示の文言をそのまま書くと
--------------
熱帯・亜熱帯地域の発展途上国では、死亡率の低い慢性の病気が今も蔓延しています。(中略)
それらの病気によって、働けないことによる経済的な損失や外観症状による差別などが生じます。(後略)
--------------

WHOは、”「顧みられない熱帯病」20疾患”なるものを定め、対策を進めています。

「日本人には関係ないよね」とおもうかもしれませんが、こちらで取り上げられていたのは、リンパ系フィラリア症
人間のフィラリアであり、象皮症陰嚢水腫として日本でも知られています。陰嚢水腫は江戸時代までの絵に時々描かれています。西郷さんが有名ですね。多くの場合、滑稽に描かれ、狸の置物の巨大な陰嚢は(人間の)この病気からの発想なのではと想像しています。

犬と同じく蚊が媒介します。日本で原因とされてきたのはバンクロフト糸状虫というそうです。世界的にみるとマレー糸状虫やチモール糸状虫もこの病気の原因になるそうですが、多くはバンクロフト糸状虫によるもののようです。
日本での終息は、1970年代とのことで、決して遠い昔のことではないようです。

蚊が媒介する病気として有名なのは日本脳炎ですが、日本脳炎の予防接種が行われていたのが、1967~76年ですから、その頃は日本脳炎対策として、蚊の駆除が盛んでした。
ちなみに、バンクロフト糸状虫を媒介するのは、主にアカイエカ・ネッタイイエカとされて、日本脳炎はコガタアカイエカとされていますが、他の蚊が媒介することもあるようです。
そのようなことを考えると、日本脳炎対策のお陰でリンパ系フィラリア症も日本からほとんどなくなったのではないかと想像しています。

WHOでは、リンパ系フィラリア症を2021年までに完全に制圧することが期待しているそうです。
この病気に関しては、企業からの薬剤の無償提供が大きな力になったと書かれていました。

 

おまけ
■ 思い出の展示物 ■

寄生虫や感染症の撲滅は、予防接種などの地道な活動が必要になってきますが、私たちが子供の頃に毎年やっていた「丸い青いシール」も展示されていました。
そう、蟯虫検査です。
毎度、蟯虫が出なかった私ですが、出た子が飲む駆虫薬が「甘くて美味しい」と噂になり、飲みたくなったことを覚えています。
ちなみに、小学校・幼稚園などの「ぎょう虫卵検査」(あのシール)が廃止されたのは、2015年だそうです。最近ですね。

 

寄生虫や感染症の流行がおさまった状態にすることは、行政の大きな力と幅広い人々の確実な協力が必要不可欠になります。おさまった状態になってもそれを維持することも容易ではありません。「もう日本になくなったから」と安心しても、世界中の人も動物も簡単に行き来出来る時代ですから、またいつ流行状態になっても不思議はありません。
 

実物が展示されていたり、写真があったり、説明文の内容から現場で尽力している先生方が書いているんだろうなとおもえる臨場感ある内容だったりで、とても伝わってくるものがある博物館でした。

話のタネにするだけにでも、一度は行ってみる価値はあるとおもいます。
場所は、目黒駅から歩いて行ける距離です。

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2019年2月20日 (水)

インフルエンザ ~ 大人喘息?

自分の健康のための備忘録。
(たぶん)インフルエンザに感染して、(たぶん)インフルエンザが治ったとおもったら、女房がインフルエンザに感染したと診断される。私は高熱などの症状は治まったものの、咳と怠さが残る。

インフルエンザの症状があまりに辛かったのでメモをとっていた。その後も「何故、咳が止まらない」とメモをとっていた。それを自分の備忘録としてまとめておきます。

 

1月19日(土)
仕事で打合せ。この季節は人前でもマスクをするようにしているのですが、このときはしていなかった。

1月20日(日)
喉が痒いような。
そしていがらっぽくなり、少し咳が出るようになる。
痰が切れないような感じ。

1月21日(月)
午前中 仕事で外出。
帰宅し、14時頃、土曜日に打ち合わせた人と電話で連絡。
土曜日私と打ち合わせた後からインフルエンザの症状が出て
現在寝込んでいるとのこと。後日、インフルエンザAと診断
されていたことを聞く。
咳のことなどあり自分もそうなのかもとおもうようになる。
(夜)
咳が多くなる。何故か眼球とその周り(こめかみなど)が痛む
体温を計ってみる。 36.8度(平熱は36度弱)

1月22日(火)
主な症状は、眼球とその周辺の痛みは増す。
倦怠感が増してゆく。倒れるように寝ていた。
(夜) 38.8度
インフルエンザと考えたが、体も気持ちも動かず病院にいけない。
女房に、ゼリー状の水分&ビタミン等を補給できるものを買ってきてもらう。
これで一時的に調子が落ち着くことが分った。スポーツドリンクも常備する。

1月23日(水)
(朝) 37.2度 (昼過ぎ) 36.7度
体調も楽になり、昨晩の体温は一時的なもので、
やはりインフルではないと考え病院に行かなかった。
(昼)ヨーグルトを口にしたら「苦い」と感じた
昼過ぎ、36.7度。やはりインフルではないと考えるが動けない。
咳は時々、鼻水もときどき。ひどい時もあった。
思考能力は明らかに落ちている。何も出来ない

1月24日(木)
(朝) 37.3度
火・水、と昼食を食べることが出来なかったがこの日は食べた
ゼリーやスポーツドリンクのお陰か、少し落ち着いた感じだが
休養することに努めた。
(16時頃) 37.0度
倦怠感、若干の筋肉痛や関節痛、頭痛など。
咳や鼻水は落ち着き傾向。

1月25日(金)
(朝) 36.0度
だいぶ体調(思考能力含む)も回復、洗濯をする。
久しぶりに布団を上げる。
(11時) 36.8度
昼食を摂る。
用事があったので外出。
発熱があってから48時間経過すると薬は効かないと聞いて
いたので、病院には行かなかった。
帰宅後、部屋が埃っぽいこと感じたので掃除。
掃除機の埃の処理をしたら、呼吸困難の時の様な息苦しさ。
動きが止まる。
(18時) 36.2度
息苦しさあり。
晩ご飯後、ダラダラとネットサーフィンをしていたら、
急に眠くなり、倒れるように少し眠る。
(25時) 35.8度

1月26日(土)
(朝) 36.2度
体調はほとんど元に戻った。
ときどき胸に息苦しさが残る。
健康時と変わらない感じで家の中で過ごす(外出なし)
ほとんどパソコンに向かっていた(仕事が忙しい季節)。
(22:30) 36.0度

1月27(日)
(朝) 35.5度 (これくらいが平熱)
体がなまっている感じがしたが大事をとって家で過ごした。

1月28日(月)
少し運動した方がいいと考え、ドン・キホーテ
(徒歩10分ちょっと)に行ってみる。問題なさそう。
(17時過ぎ) 35.8度

1月29日(火)
(朝) 36.0度
平熱はもう少し低い。
何か運動を、と考えたが、歩く距離が長いと
よくないと考え、下高井戸シネマで「教誨師」を観る。

1月30日(水)
(朝) 36.8度
微熱が出始める。
体調的には良くも悪くもならない感じ。
咳が出る、胸が苦しい、痰が出きらない感じ。

1月31日(木)
(朝) 36.0度
体が少し軽い感じ。
午前中、女房からメール
体調悪いので早退 → 病院に寄る →
インフルエンザAと診断される → 昼近く帰宅
夜、友達に誘われて、浅草に落語を観に行く。
咳込んだら友達が飴をくれた。それを舐めたら
溶けた飴がヘンな所に入ってゆき余計に苦しくなる。

その後
体調は、普通だったり怠い日があったり。
体温は、36.5~37.0度くらいを行き来する。
咳が止まらない
まさかとおもうが、インフルエンザだったら
他の人にうつすといけないので外出は控える。
咳が全く減らず。胸は苦しく感じる。
この間、仕事が忙しく、病院は後回し。その後、
仕事も一段落ついたので、病院へ行く覚悟を決める。

2月19日(火)
呼吸器専門医のいる病院へ行く。
好酸球呼気NO測定とかいうものをやったら、
結果が26だったのでアレルギーっぽいって
ことになりました。
胸のレントゲンも撮りました。
咳が出続けるほどの影などは見えないとのこと。
「では、他人にうつらないですよね?」と確認したら
「そうですね」と言われたので安心して外出することに。
咳止めの薬が3種類出ましたが、量は最低限のようです。
(私が理解した先生の診立て)~~~~
インフルエンザは喉やその周辺にダメージを与える。
その辺りがやられているときに、アレルギー的な
症状が出始めたのだろう。喉のダメージが治まれば
治りそう。なので咳止め。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
薬についてはプラシーボ効果も期待しているのだと
おもい、それに応えるよう「咳は治まる」と自分に
言い聞かせる。
19日の晩御飯後から薬を飲む。
夜遅くから、咳の数が減ったような気がした。

2月20日(水)
季節外れの暖かさ。四月くらいの陽気とラジオで言っていた。
少し歩きたかったので「るぴなす」(徒歩10分弱)で昼食。
今までのことを話すと「それって大人喘息っていうんですよ。」
と教えてくれた。
帰宅後、調べたら確かにそんな感じだ。
夕方以降、咳は随分と減ってきましたが喉は痒い。
咳を出さないように気を付けているから出ないだけかも。
取り敢えず、これで改善に向かうと信じる。
信じることで治してみせる!!

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2018年12月22日 (土)

(読書感想文)人生の旅をゆく2

年末になったので今年読んだ本の読書感想文幾つか簡単に書いておこうとおもう。


まず、「人生の旅をゆく2」、著者は、よしもとばなな(現:吉本ばなな)さん。エッセイ集。
小説をほとんど読まない人間なので、今まで彼女の本を読んだことはない。

この本は女房が誰かからいただいてきた。犬との生活の話もあるので、それで我が家に辿りついたのだろう。

 

冒頭の方に犬との話が幾つかあった。次は、著者の子供の頃、若かりし頃のエピソードなどがあり、さらに読み進めると亡くなった忌野さんへの想いを語る。そして、東日本大震災に関わる話になる。震災の翌年お父様(吉本隆明氏)を亡くし、自身の在り方を考えさせられる内容が多くなる。

このエッセイ集は書下ろしではなく、あちこちに書かれたものを集め編集し直したものらしい。それらは 2008年から2012年に書かれたものであり、出版は2012年の秋。
東日本大震災と存在感の大きなお父様が亡くなったこともあってか、心の内側に目が向けられる内容のものが多いと感じた。

下町で育った著者は、子供の頃、隣近所の家では留守でも鍵がかかっておらず、留守のときに子供がお邪魔して台所のテーブルの上に置いてある(用意されている)お菓子などを勝手に食べることが当たり前だったと書いてあった。
子供の頃、ご近所さんと生活を共有し合って日常を過ごしてきた著者は(震災やお父様が亡くなる以前から) 現代における人間関係の常識に違和感をもっていたようです。
なので尚更、もっと人と人は直接関わるべきではないのか、と震災の時に感じたのだとおもいます。

 

東日本大震災から8年経った今読むと、「あの時はみんなこんな感じだった。今読むと大袈裟に読める」と感じた。それが正直な感想。

そしてふとおもった。 

あれはブームだったのか。それとも心から願ったのか。
遠くの地で甚大な被害があっても、自分はそれほどでもなかったから、忘れてしまえばそれまでなのか。
世の中に対してよりも、自分に対しても問いかけたい。

あのとき自分は何を書いただろう。
今、大袈裟といわれようとも、綺麗事といわれようとも、この本に書かれていたようなことを、たまには書こうとおもった。

そんな一冊でした。

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2018年11月22日 (木)

補助犬はハイテク補助具に代わるのか(3.将来のこと)

つづいた

「補助犬に対し酷い扱いをするユーザーがいるから、補助犬なんてやめてハイテク補助具にすればいいのでは」、と考える人たちがいます。

酷い扱いをするユーザー対策は各協会も腐心されていることでしょう。
「この人なら大丈夫」とユーザーになってもらったら、酷い扱いをされてしまった。しかし犬を返えしてもらうにはそれなりの手続きが必要で簡単なことではない。

そのような人たちはどれくらいいるのだろうか。

補助犬の稼動頭数はこちらのページに出ていました。この記事を書いている時点で1000~1100の間です。尽力してきた歴史を考えると(私は)「これだけ?」と感じてしまう。

一人(一頭)でも約0.1%。悪質なケースですから、割合としても絶対に見過ごしてはならない数字ではないでしょうか。

補助犬になるまでには多くの人の善意の協力が必要だし、お金もとてもかかります。現場で関わった人、陰ながら支えている人、皆がユーザーも犬も幸せになって欲しいと願っているはずです。しかし酷い扱いをするユーザーがいる。

その対策には協会も力を惜しまないはずですですが、そのようなユーザーが後を断たないのであれば、今まで以上の対策が必要なのかもしれません。

それが、「ハイテク補助具に代えること」になるのは、技術的に「今すぐ」は無理でしょうから、せめて各協会への通報をし易くすることと、そのような場合は迅速に返してもらえるような仕組みにしていただければと願うばかりです。

 


私が「犬とゆく」を始めた理由の一つは、公の場で犬を連れているときにされる対応に驚いたことです。1990年代中頃です。
まずは「その場」のことを考えましたが、そのような対応をする人が犬をはじめ身近な動物に対しどのような感覚を持ち、その感覚からどのように接しているかを想像したとき、「その場」だけでは解決にならないことを理解しました。

犬が好き勝手に排泄をしないようにしつけることも出来れば、気分任せに勝手な行動をすることもない。(初めての場所であっても)その場の状況を理解し、それに応じた振舞いが出来る。
そのようなことを理解してもらうには「言葉」だけでは(足りないどころか)全く意味がないことを実体験として感じました。

実際の行動を見てもらうこと。それも一回だけでなく「いつもこうしていますよ」「これが普通です」「犬はそれを身につけることが出来るんです」「これが犬なんです」と見てもらい続けること。それには連れて歩く人が増えなければなりません。

そんなことを考えていた頃、日常的に犬を連れて歩いている盲導犬ユーザーに関心をもちました。そして盲導犬に関わる人たちの話を聞かせていただきました。お話から想像するご苦労には、ただただ頭が下がるばかり。それでも盲導犬と暮らしを続けるのは、犬と密に暮らすことが素敵だからなんだろう、と犬と暮らす初心者だった私は憧れのようなものを抱いた記憶があります。

 


1990年代の後半、集合住宅でもペット可の物件が増えていきました。その後小型犬ブームがやってきて、ペット産業は一大産業と言われるようになりました。
身近な動物に関わる法律が1999年に大改正があり2000年に施行され、動物愛護に関わる活動も社会に理解されるようになってきました。それらの活動の広まりと共に、社会全体の意識も変わってきていることを感じています。

別の視点から考えると、この10年くらいで、インターネット・インフラの整備やスマホの普及により、写真や動画が撮り易くなり、ネットにアップすれば情報共有し易くなりました。良いことも悪いことも明るみに出やすい時代です。

2000年以降の社会の変化と、近年の携帯端末の高度化やインターネット・インフラの充実を考えれば、今後、補助犬がユーザーから酷い扱いを受けることは減るのではないかと考えています。

それでも(コストの面から考えれば)時代はハイテク補助具に向かう可能性は大きいといわざるを得ないでしょう。

 


補助犬はハイテク補助具に代わるのか。

介護現場のことも考えれば、ハイテク補助具の開発は進むことでしょう。
リアルな人間関係が薄れてゆく時代の流れを考えれば、犬を使うことは難しくなってゆくし、ハイテク(補助具に限らず)器具を使うのが当たり前の世の中になってゆくと考えています。(スマホがこれだけ普及し、ネットビジネスが当たり前になったように。)

それでも補助犬は残してほしいと願っています。
「健常者がペットを飼う意義と同じなのでは?」と指摘されても、その考えは変わりません。
細かいことを言わせていただければ「ペット」ではなく「コンパニオン・アニマル」と言い換えてほしいです。

補助犬の価値は、コンパニオン・アニマルであることだと私は考えています。
(そのように考えなかったり、付き合えない人はユーザーにならないでほしいと、関わっている人たち全てが考えていることでしょう。)

現在の技術から考えると、ハイテク器具がコンパニオンと呼べる日も来そうです。その方向に向かえば、ペットもコンパニオン・アニマルも減少してゆくことでしょう。
そのとき、補助犬の姿が消えはじめるのかもしれません。

個人的な心情として、そんな時代が来ても補助犬を残してほしいと願っています。
ユーザーや補助犬に関わる人全てが得られる、お金に換えられないものを今後も受け取れることを願うからです。

 

以上が、今、私が考える「補助犬はハイテク補助具に代わるのか」に対して出せる答えです。

(終わり)

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補助犬はハイテク補助具に代わるのか(2.最近読んだ記事)

つづいた

最近、「命ある存在だからこそ」を感じる紙媒体の記事を読んだので紹介したい。
そのページをスキャンし、ここにアップするのが今時のやり方なのかもしれませんが、私にはそういうことがどうしても出来ません。私のつたない文章と引用でお伝えすることをお許し願います。

少し前のことになりますが、JAFの会報(JAF Mate)10月号に「もっと知ってほしい補助犬の世界」という特集があり、その中に紹介したい記事がありました。

ユーザーの方はこのとき46歳。18年前に事故で胸から下が麻痺したそうです。
リハビリの日々を過ごし、その後の数年も病院の目の前に暮らし、事故から9年くらい経った頃、やっと生活は落ち着いたという。
そして、福祉関係のイベントで介助犬を目にするのですが

(以下、引用)==========
 実は僕、ネコ派で、犬はあんまり得意じゃなかったんです(笑)。車イスの自分に大型犬の世話ができるとも思えず、正直、ほしいと思いませんでした。
(引用ここまで)==========

それでも協会の人に誘われたりして、訓練施設を訪れるようになったそうです。

(以下、引用)==========
実際に介助犬に接してすごさを知り、いろいろな人と話したりするうちに、自分も仲間に入りたいと思うようになったのです。
(引用ここまで)==========

そしてユーザーになります。
介助犬には世話が必要であり、そのことを心配していたのですが、ユーザーになってみると。

(以下、引用)==========
世話に一生懸命になっていると、かえってほかの仕事が効率よくできるようになったり、あれこれ悩んでできずにいたことが、いつの間にか、できていたりするのです。まわりから「表情がやわらかくなった」と言われたり、気を張っていた自分に気づくようになりました。(引用ここまで)==========

この文章につづき

(以下、引用)==========
体が不自由でも普通に接してもらいたいと思いながら、僕自身が無意識のうちに、社会やまわりの人との間にバリア(壁)を作っていたのかもしれません。ティティーがそれをきれいになくしてくれました。
(引用ここまで)==========
          ティティー = 介助犬の名前

この後、少々文章があり、この記事は以下の文章で締めくくられています。

(以下、引用)==========
朝、目が覚めると、下肢が硬直して動きづらいのですが、足元で眠るティティーを見て、「がんばろう」と心の中でつぶやき、よいしょと起き上がります。僕の一日はこうして始まるのです。
(引用ここまで)==========

命あるものだからこそ、世話の時間が必要で忙しくなっているはずなのに「他の仕事が効率的に」なったり「あれこれ悩んでできずにいたことが、いつの間にか、できていたり」するのではないでしょうか。
また、無意識のうちに作っていた壁のようなものもなくしてくれるし、介助犬を見て「がんばろう」とおもうのではないでしょうか。

訓練施設に行くようになったときに、「仲間に入りたい」と思うようになったことからも、多くの素敵な人たちが関わっていることが窺えます。

そして、補助犬にとっても負担だけではないのではないだろうか。このユーザーが、負担があるからこそ受けることが出来る恩恵を、補助犬も得ているのではないのだろうか。

もし補助犬がハイテク補助具に代わったら、(特にユーザーにとっては)全く別のものになると、私は考えています。

つづく

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補助犬はハイテク補助具に代わるのか(1.昔考えたこと)

一ヶ月くらい前にも「補助犬の入店拒否」という補助犬ネタを書きましたが今回も。

この20年くらいでロボットの技術は大きく進みました。そうなると、補助犬ではなくハイテク補助具にすべきではないか、となる。確かにそれも一理あるだろう。

命あるものに人間の障がい者の助けをさせることは負担が大きすぎるのではないか、という疑問は、私もかつて持ったことがあり、多方面の方々の話を聞いて回った。
当時(1995頃)は補助犬法もなく、法で認められた補助犬(補助犬という言葉もなかったとおもいますが)は盲導犬だけだったので、盲導犬ユーザーさんや協会のセミナーや関わっている人からお話を聴かせていただきました。

 


私なりの当時(1995頃)の結論。

当時の技術では盲導犬に代わるものを作るだけのハイテク技術はなかった。(機械ではなく)介助者が常に付いていることは現実的な議論ではないし。

盲導犬を利用すれば白杖よりも効率的に動けるということも分かった。
しかし、利用するだけでなく世話もしなくてはならない。世話という負担をしてまでも利用するだけの価値があることも、なんとなく分かった。

しかし大型犬であることはネガティブな面もありました。
現在のように犬や猫を飼っている人が多い時代ではありませんでした。更に「大型犬といえば外で番犬」と認識している人も多かったので、近寄られることを好まない人も少なからずいました。
盲導犬を公の場に連れて歩くことは当時も権利として守られていましたが、現実の街中では入店拒否や乗車拒否されることが当たり前の時代でした。

世話もしなければならない。白杖であれば利用できる施設・サービスが利用できない現実。
それでも盲導犬を伴侶として暮らす価値があるのだと教えていただきました。

どれだけ話を聞かせていただいても、視覚障がい者の日常のご苦労や健常者の社会の中で暮らすことがどれだけ大変であるを的確に理解できた自信はもてませんでしたが、とても大変なのだろうと、漠然と想像することはできました。そのような大変な暮らしの中、世話をすることがどのようなことなのか、理解しきることは出来ませんでした。

大変な暮らしを過ごしているからこそ、(生きている)犬との(世話を含む)生活や(公の場に出て他者と関わる)行動が彼らにとってプラスになるようであることは、ある程度理解できました。

色々な話を聴き、自分なりに考えてゆけはゆくほど、犬が持つ特殊な存在感を感じたものでした。出来なかったことが出来るだけでない、プラスアルファがあることを感じました。

そのようなことを考えるとき、あの当時知った「コンパニオン・アニマル(伴侶動物)」という言葉が何度も頭に浮かんだものでした。

つづく

本文とはあまり関係ありませんが、子供向けの「盲導犬の歴史

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2018年10月 4日 (木)

野鳥を助けたい

9月30日から10月1日かけて、とても風の強い台風がやってきた。東京では、JRが台風が来る時間にあわせて運行を見合わせることを発表していた。日曜日だったので、大きなイベントも開催を取りやめるほどだった。

そんな9月30日の朝、「店の駐車場に野鳥がうずくまっています。どうしたらいいでしょうか」と電話が架かってきました。場所は東京ではなく、「では、そちらまで参ります」とは言えない距離の場所だった。

もう2年以上前になりますが黒鵜を助けたことがあります。そのときに、犬や猫と違って自分だけではどうにもならなかったし、その他の協力者を得るのが難しかった記憶があります。

 

もし、あなたの家の敷地や隣家との境に野鳥がうずくまって動けない場合、どうしたらいいのか?、そんなとき、お役に立てそうなことをまとめておきます。

 

 

動物病院や町内の掲示板で「巣から落ちてきた野鳥の雛をみつけても、保護しないように」と書かれたポスターなどを見た方もいらっしゃるとおもいます。

東京都の場合、こちらのページに以下のようなことが書かれています。

・近くに巣がある場合は、巣に戻してあげましょう。
・少し離れて遠くから見守りましょう。

危険な状態であれば

・小さな箱などに入れて、近くの木の枝などに移してあげてください。

そしてこんなことも書かれています。

・ なお、産まれた全てのヒナが成鳥になるわけではありません。小さな小鳥を食べて生きている動物もたくさんいます。ヒナの生命が他の生き物へ受け継がれていくことは、自然の生態系の中でとても重要なことなのです。

 

以上は「雛」のことですが、黒鵜も今回の鳥も雛ではありませんでした。ケガをした野鳥を見つけたとき のことは、こちらのページ(前述と同じ)にありました。

・保護して東京都に連絡してください

・動物病院を紹介できる場合がありますが、動物の種類によってはできません。

 

実際に、目の前に動けなくなっている野鳥がいたら、これだけで対応できるでしょうか?
黒鵜のときも、今回も「どうやって捕まえよう?」と悩んだのです。黒鵜のときは公園だったので公園管理事務所の方が来てくださったのですが、今回は私有地なので自分でどうにかしなければなりません。

下手な捕まえ方をして、更にケガをさせてしまうのではないか、また、逃げられて道に出て行ってしまい、車や自転車に轢かれてしまったり、猫に襲われたりしないかと心配になり、捕まえるのに躊躇しました。

もしかしたら回復するかもしれないと考え、食べ物を与えることを思いついたとしても、野鳥の場合、食べるものが限られていることがあります。また、目の前にいつも食べている物を置いても食べないケースもあるそうです。

こんなこともあるので、まずやることは、種類を特定すること
写真を撮り詳しい人に見てもらい、鳥の種類を特定してもらうこと。そこから、捕まえ方など、その後のことを教えてもらうのが良さそうです。
法律上も種類によって扱いが違うことがありますので、種類の特定は重要だとおもいました。

 

今回の場合、ここまでもなかなか進みませんでした。
近づくと移動してしまい道に出てしまったらどうしようと心配で、近くで写真もなかなか撮れませんでした。
また、この日は日曜日でお役所や日本野鳥の会など、どこも連絡がつかなかったのです。あれこれと情報を集めていたら、動物病院ペットショップでいい情報が得られるかも、ということになりました。

今回のケースでは、車で行けそうな範囲で鳥を得意としている動物病院に電話を架けても「こちらでは捕獲できません」だし、相談できそうなペットショップも見当たりませんでした。

 

悩んだ末に素手で捕獲を試みてみようとなりました。その結果、やはり走って逃げてしまい捕まらなかったそうです。そのときに、どうも羽がちょっと折れているようだということが分かりました。

 

その鳥は駐車場から隣家との間の隙間に移動し、あの強風の台風の一夜を過ごしたそうです。

 

台風一過の晴れた月曜日。
現地の人は、お役所や野鳥の愛護団体などに電話を架けまくったそうです。その返答はどこも「こちらでは捕獲しません」。とあるところは「連れてくれば対応します」と。しかし、捕まえ方が分からない。

電話を架けまくった中の愛護団体で、そのような種類の鳥の一般的な捕まえ方を教えていただいたそうです。その通りにやってみたら、実に呆気なく捕まったそうです。

 

やはり、種類を特定し、詳しい人に聞く、これが大事だなとおもいました。

法律で野生動物は勝手に保護してはいけないことになっていますので、必ずお役所に相談することもお忘れなく(だったら日曜日も連絡つくようにしてほしいですけど)。

 

今回の鳥は準絶滅危惧種でした(検索ページはこちら)。「そういうことなら、特別扱いしてあげよう」となるかとおもったのですが、そのようなこともなく野鳥一般として扱われました。
絶滅危惧種や準絶滅危惧種は動物園が対応してくれる可能性があることも教えていただいたのですが、現場周辺にそのような余裕がありそうな動物園は見当たりませんでした。

街中で暮らしている人間は「怪我をしたら治療」とおもってしまうのですが、野生ではそのようなことはせず自然のルールに任せる(前述の文章だと「ヒナの生命が他の生き物へ受け継がれていくことは、自然の生態系の中でとても重要なことなのです」など)のが(法律などでも)基本なんだなと再認識しました。

この辺りに違和感を抱きましたが、このような決まりごとの下、お役所は対応していることを頭に入れて行動すると、効率よく動けるだろうと感じました。

 

私も知識がなく色々調べたり、詳しい人、似たような経験をした人に連絡をしまくり、つくづく犬や猫とは違うな、とおもった二日間でした。
野鳥と比べると、犬や猫は動愛法で守られているし、情報も多々あるし、協力者も見つかり易いです。

 

最後に、この二日間無知な素人のどたばたに真摯にお付き合いいただいた皆様には心から感謝申し上げます。

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2018年9月 1日 (土)

血糖値の経過観察(人間&猫)

おばまは糖尿病である。朝夕のインスリンが欠かせない。正直に言うと面倒。どうにかならないものかと糖尿病のことを、つい調べてしまう。

猫の場合、何が面倒かと云えば、ストレスで血糖値が上下する個体がいる。以下のページの「症例2」を読んでいて、「あ、ばまちゃんもこんな感じ」と。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpan/20/2/20_128/_pdf/-char/ja

しかし確証がある訳ではない。何故なら(飼い主以外が触れる)採血でさえ大きなストレスであるからだ。もっと基本的なことを云えば、未だに診察台の上で、失禁・脱糞をすることがある。検査以前に通院だけで大きなストレスなのだ。

そのようなことから、「家の中の日常で血糖を経過観察できないものか」と考えることがある。  

 

たぶん一ヶ月以上前だとおもう。人間用のものですが、正に私が求める商品が発売されていて、ラジオで宣伝されていた。
ネット上に、その商品の解説ページがあるだろうと探したのですが、利用している人や医療関係者以外は見ないでね的な表示なっている。ここここ。読んじゃいかん!と言われたので、読んでないです。

記事的なページとしては、こちら
(人間の場合)腕に丸いものを貼る。これがセンサーで血糖値を自動的に計測してくれる。それにリーダーをかざす。非接触でOKのようだ。データをゲットできたら、グラフを作ってくれるらしい。

これは絶対に猫の糖尿病に使えるはずだ!、とおもった。まだ早いけど、近いうちに獣医さんに提案してみようと考えていた。

「近いうち」と思っていたら、今日(2018年9月1日)病院に行ったら、先生の方から「こんなものがあるのですが」と話をしてきた。先生も未だ詳しくは調べていないようですが、期待できそうです。

ちなみに商品名は「リブレ」という。なので、「リブレ 糖尿病」と検索をかけると、なんとAmazonのページが引っかかったりする。こちらのセンサーリーダーだ。病院経由でなくても買えるようにも読める(レヴューなど)。


おばまの糖尿病の経過はあまりよくない。コントロールできている範囲内ですが、インスリン量が増えている。このまま増やし続けていいものなか不安があった。
薬を替えるという選択肢がありますが、その場合、入院して血糖値の変化を調べないとならない。それはおばまにとって大きなストレスだし、そのような状況での数値をどのように判断すべきは悩む。
これが使えるようになれば、とっても嬉しい。

早く使ってみたい!

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2018年7月27日 (金)

お腹が空かない

この10年くらいで、味覚・臭覚・視覚・聴覚が明らかに衰えた。加齢というものだろう。

子供の頃から、自分でも困っている身体の癖のようなものがある。それは衰えない。
美味しいとおもって食べた後に体調を崩すことがある。何が原因なのか、だいたいの見当はついているのですが正確には分からない。アレルギーと呼ぶべきものなのか消化器系の不具合なのか、それも分からない。とにかく、著しく体調を崩すことがある。

口で美味しいと思っても、一時間後に後悔することがある。同じようなものを食べても飲んでも全く問題ないこともある。食べ合わせもあるのかも。

美味しくて体調崩さないものを食べたときは、何故か長時間お腹が空かない。時には、次の日も空腹感がやってこないことがある。
うーにーと旅行をしていたときは、そんな経験を時々していた。うーにーが居なくなってからは、そのようなことが少なくなった。

 

しかし先日、そんなことがあったので、備忘録的な意味も含めて書いておく。

何年か振りに、犬友達あり猫友達でもある人のお宅にお邪魔することになった。うーにーが若かった頃からの付き合い。その人は、そう遠くない将来、飲食店を開く予定らしい。折角の機会なのでお昼をご馳走になることに。

ご馳走になったものはこんな感じ(分かり難い写真ですみません)。

20180726_1  20180726_2

20180726_3  20180726_5

20180726_4ビシソワーズに見えるのは桃のスープ。
デザートのケーキは、我が家の近所のお店(トロッコさん)のパウンドケーキ。
お店の人に「一本売りしてくれますか?」とお願いしたら「いいですけど、動物性のものを使っていないので三日くらいしかもたないです。日にちが経つと、植物性の油が酸化してにおいがしてくるようになってしまいます」とのこと。事前に冷凍で送っていただき、解凍後二日経っていただきましたが、そのようなことは全く感じませんでした。

車で伺ったので飲み物はノンアルコール。(簡単に言えば)炭酸入り葡萄ジュース。甘めなのですが、食事時に飲めました。「どこが扱っているんだろう」と裏を見たら、我が家の近所の会社(カルディ)。

 
美味しいし、体にすんなり入ってくるし、見た目も綺麗。色々な意味で「気持ちよく」いただけました。

食事全体として、量的に多いことはないし糖分多目とか脂が多いとかもない。気持ちよく身体に入って、ちゃんと吸収されたようです。
晩御飯の時間になってもお腹が空きませんでした。一緒に行った女房も同じコトを口にした。

 

お店が開店したら通いたいですが、近所ではないのが残念。

食事も美味しかったですが、ゴールデンと遊ばせてもらえたことも嬉しかった。開店したらお店にいつもゴールデンが居てほしいとおもいますが、それは難しいかな。

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