2017年6月23日 (金)

友達が逝った(その3)

つづきものです。

友達が急逝して、もう一ヶ月以上が経ったことになる。もうそんなになるのか、と不思議な感じだ。まだ、彼を身近に感じる。

何事に於いても綿密に準備をし、ことを進め、終わったら分析するような人間だったので、急逝したことを恥じていることだろう。
彼の予定では、亡くなる前日に退院し、帰宅後、事務的なことをしっかり済ませ、その後は何があっても周囲に迷惑をかけないようにするつもりでいたことだろう。しかし、それが叶わず、周囲の者は何かと混乱しています。

冷静に考えれば「迷惑をかけやがって!」のはず。
しかし、それらに対応していて不快に感じない。

知らない人と連絡をとりお願いすることが何回か。恐る恐る連絡をし、用件を伝え、今後のことを話し合うと、「いい人だなぁ、今後も付き合いたいな」とおもう人ばかり。来年の(亡くなった友達が毎年主催していた)花見に誘う約束を交わした人もいる。
通夜・告別式には久しぶりに顔を見た友達もあった。疎遠になっていた友達たちもまた、集まりに顔を出してくれそうです。

「普通、この書類は分かり易い所に置いておくだろう」というものが幾つか見つかりません。そのため遺族は右往左往で、私達友達はそのサポートをすることもあるのですが、何故かそれが苦にならない。亡くなったことだけでも悲しいはずなのに暗くならない。

人は亡くなった後に、その人の価値が分かるといいますが、まさにそれを実感しているところです。

 

市川海老蔵の奥様である小林麻央さんが亡くなったとのことで、海老蔵が会見しているのをるぴなすのテレビで見た。
奥さんが亡くなっても仕事をこなすのは芸の道に生きる者として当然だけど、会見は辛かったのではないかとおもう。

旅立つまでの時間があるこの病気は、その時間を充実させるものにも出来れば、本人や家族を追及するような時間になることもある。それは各自の考え方により変わることかもしれません。

旅立ちに関わった人たちが、何を得るかは本人次第のところは大きいとおもいますが、旅立った人間がそれまでにしてきたことも大きいのだなと日々感じているところです。

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2017年6月22日 (木)

友達が逝った(その2)

前回からのつづき。
先月亡くなった友達との話から、在宅緩和ケアについて。

彼とは30年近く前からの友人で、彼の病気は約13年に分かった。
日々の行動の仕方は全く違う人間でしたが、「楽しいことが好き」「流されてはいけない」という考えは共通していました。

彼と親しくなって数年経ったとき、インターネットの時代がやってきた。「楽しいこと」「流される・流されない」は情報化社会に影響されることになる。

病気が治ることはないだろうとなった頃だったと思う。彼もブログをはじめる。その内容の濃さは驚くばかりだった。しかしマニアックになるこはなく、さらっと書く。一見すると「もしかして、ただの知ったか振り?」と思うような書き方もあった。暗くならないように書くのだ。

 

あるとき、彼のブログにコメントしたことがある。それまでもコメントしたことはあった。
大した内容ではなかったと記憶しているが、具体的な内容は覚えていな。2~3行の書込みで「へ~、そうなんだ」ということを軽く書いた記憶がある。
この時、「悪いが消させてもらう。思いっきり勘違いしている」とメールが来て、コメントが削除された。
何か言いたいことがあった訳ではないので削除されたこと自体はいいのですが、自分が患者さんたちの気持ちを理解できていないことに、私自身が驚いた。以降、コメントしないようになっていた。

しかし、ブログ自体は読んでいた。医療の日進月歩がよく分かった。
彼の病状が深刻になるにつれて、二人だけのときは、医療のこと、ブログのことを話すことが多くなった。

最後に会ったのは、亡くなる三日前。このときもブログの話がほとんどだった。具体的な内容としては、在宅緩和ケアのこと。

 

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以下、緩和ケアとはどういうものか、ご存知の方だけ読んでください。それを説明するのは手間がかかるし、中途半端に書いて誤解を招きたくありません。また、ご存知ない方、興味のない方には不要な情報です。
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治療を打ち切った後、入院ではなく在宅での緩和ケアを選択した。対応してくれる病院がとても少ないのですが、たまたま徒歩圏内にあった。
楽しいこと大好きな人間だったし、仕事も大好きだった。なので、最後の時まで入院したくなかったのだ。

そのような選択をしてくれたことで、私も在宅緩和ケアというものを感覚的に知ることが出来た。ブログにも在宅緩和ケアのことが書かれるのだが、今一つ突っ込んで書いてくれない。
最後に会ったとき、私から、「在宅緩和のことをしっかり書いてほしい。この選択のことを多くの人に知ってもらい、要望の声をあげてもらい、このような病院、先生を増やしてほしい」と。

答えは、「それは出来ないんだよ」。耳を疑った。しかし彼の説明は理路整然とし、私は理解できた。

 

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以下、私独自の理解や考えも含んでいる。彼の考え方そのものでない内容が含まれています。そして、先にも書いたように、私は命と向きあう人たちの気持ちを理解できない部分をもっています。なので気分を害する方もいらっしゃると思います。気分を害すると感じたらスルーしていただきたい。または、しっかりとコメントいただければ幸いです。
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一般的に、緩和ケア=ターミナルケア と捉えている人が多いことでしょう。私も実質そういうものだと思っています。しかし、彼は「必ずしもイコールではない」と言う。たぶん、「自分を見てくれ!」と言いたかったのだと思う。
最期の入院をする少し前まで仕事をしていました。「今回はしんどいので、迷惑をかけることになるかもしれないので、申し訳ないけど他の人にお願いしほしい。今回の処置で体調が戻れば、またやらせていただけたら」とか言っていた。

とても最期とは思えなかった。
本人は、あと数ヶ月生きるつもりでいたし、誰もが最低あと1ヶ月は生きることが出来るとおもっていただろう。それくらい、仕事をし、人と会い、楽しい時間を過ごしていた。

私が最後にあったのは、午後から夕方にかけて。その日の夜、友達三人がやってきて、そこで酒盛りをしたそうだ。治療がある訳でもないので、本人も飲んでOK。いつもは一緒に飲み食いしていたのですが、このときは、珍しく口にしなかっと聞いている。

 

結果としてターミナルとなってしまいましたが、「終わりを見据えるのみの日々ではなかった」ことは確かです。その意味では、ターミナルではありませんでした。

彼のブログを読んでいると、如何にQOLを保ち、可能であれば上げたいと考えていたことは分かる。ならば、緩和ケアのことを多くの人に知ってもらうですが、それは出来ないと言いました。

 

現在、治療と緩和がチームを組むことはまずありません。治療に区切りをつけたら緩和。
だから、緩和=ターミナルと捉える人が多い。
このようになっているのは、大きな力が及んでいるらしい。なので、このことを公で論じると、お世話になっている方々(病院や先生)に迷惑をかけることになるだろうし、本人や同じ病気と共存しながら生きている人たちが、緩和ケアを受けるハードルを高くしてしまう可能性があるらしい。多くの人のQOLを考えるからこそ、声を大に出来ないという。

人生の終わりが確実やってきてしまう病を患っていない私にはピンとこない話でしたが、何気なく「そういうこともありそうだな」とはおもいました。

 

他に、こんなことも話していました。
現在、緩和ケアは治療をしないことが前提ですから、治療を終わりにする決断をしなければならない。それが出来ない人が多い。つまり、奇跡を期待する人が多いのだそうだ。
「奇跡」とは、常識的には起こり得ないことが起こることですから、起こらないのが当たり前。しかしいつまでも、「自分には起こるかも」と願い、ダメージを受け続け体がボロボロになっても治療を続ける人が多いという。そして緩和の恩恵をほとんど受けることなく時間が尽きてしまうのだろう。

さらにこんな話も。
緩和ケアを受けたとしても、それがターミナルとなっている現在、緩和ケアを受けた本人は亡くなりそのことを語ることは出来ない。遺族は、闘病期間全体からみれば緩和ケアは短期間のこととなり、記憶の多くは苦痛を伴う治療のことなので、緩和ケアの重要性を忘れてしまうとおもわれる。
なので声があがり難いらしい。

また、緩和ケアは本人が知識と意識を持ち続けないと高い効果を得られないとも言っていた。
例えば、痛みを我慢して薬を飲まないと痛い状態に体(脳)が慣れてしまい痛み止めが効かなくなることがある。我慢することがそのような結果になるという知識と、その知識を得ようとする意欲、QOLを保つために医師としっかり話し合う意識が必要になる。
自分に残された時間のためならこれくらいやる人がほとんどだと、私は思ったのですが、実はそうでもないらしい。自分で自分の体の状態を理解し、それに必要な知識を積み重ね、主治医に自分の体の状態や苦痛の程度を伝え、選択肢をいただき、判断する。
このようなことに慣れていない人が多いと言っていた。
 

近年科学の進歩は著しいものがある。しかし痛みをはじめとする苦痛を客観的に測定する方法は未だない。同じ怪我をしても、とても痛いと感じる人もいればそうでもない人もいる痛いと感じても我慢できる(するべき)程度とおもう人もいれば、処置して欲しい(緩和処置を受けるべき)とおもう人もいる。皆が同じではないのだ。薬の効き方にも個人差がある。このことを理解しないとならない。だからこそ積極的に自分の症状を理解し伝えなければならない。このようなことに慣れていない人が多いと言う。

それは現在の医療が検査の数値により判断されるようになったからだろう。苦痛どころか違和感を感じなくても治療が始まることもあれば、明らかな自覚症状があっても検査で異常が出なければ何も出来ないことも多い。このような時代なので、自分の苦痛を伝える機会が少なくなっているのかもしれない。
  

彼がよく使っていた言葉に「ミスリード」がある。横文字全てが苦手な私は、それが好きではなかった。ピンとこなかった。それについても、最後に会った日に聴いてみた。

先ほども書きましたが治療の効果は当然のこと、全てのことに「個人差」がある。同じものを食べても同じように栄養を吸収できる訳ではない。同じご飯を食べても太る人もいれば太らない人もいる。
しかし、科学の著しい進歩のため、それを忘れてしまうのか、奇跡のようなことが起こった人が「こうやればみんな良い方向に向く」と声を大にして伝え続けると、それに望みを託してしまう人がいる。その方法と結果のみを信じ、痛みをこらえ続け(健康な部分にもダメージを与える)治療を続ける人が少なからずいるらしい。

方法と結果だけでなく、その人の体のこと、それまでに受けてきた治療、などなど総合的に情報を集めてみれば、多くの人に当てはまらないことが多いと言っていた。逆に結果が出た人は、そうなるべき状況が重なっていたのだろう。
伝える人は大事な情報を伝えているつもりであろうが、全ての情報ではなく、情報が不足し過ぎてミスリードに繋がるという。

彼の使う言葉、「奇跡は起こらない」も説明しておく。
奇跡が起こったと思っていてもよくよく調べてみれば、「起こるべくして起こったこと」ということのようです。(具体例を挙げて説明してくれたことが何度かありますしたが、ややこしいので全て忘れました。)

奇跡を祈るよりも、情報を収集し知識を高め自分の体の状態を理解し、心から信頼できる主治医との巡り合いを願う方が現実的であり、それがあれば現実としての奇跡(のようなこと)を目指せるかもしれないし、奇跡が起きなくても相対的に心安らかに過ごせたり、納得できるだろう。

 

QOLを保つための材料は、まず「自分が自分の体を理解すること」であり、その理解に必要な医学・医療の知識、そして家族や医療関係者とのコミュニケーションが大事。
ネットに書かれている奇跡を求める人たちのほとんどは、このようなこをせずに「書かれている通りの奇跡がきっと起きる」と信じるらしい。つまり、ネットで書かれた内容がそのような人たちの人生を導く(リードする)結果となるらしい。

 

ミスリードとは違いますが、「先生が一番いいと思うようにしてください」という考えもやめた方がいいと常々語っていました。そのような人のほとんどは、自分の体のことを理解しようとしないので、体の細かいことまで主治医に相談しない(出来ない)。主治医側も限られた判断材料での治療方針を決定するのはリスクも高くなるだろう。

 

彼の言いたいことをまとめるど、たぶん、こういうことだったとおもいます。
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・奇跡みたいなことを伝えるのであれば、薬などの情報だけでなく、自身の体のこと・生活のことなど全て詳細に書いてほしい。
・奇跡を信じるのであれば、自分の体のことをよく理解してほしい。医学的な基礎知識、それを基に医療行為による効果を理解し、自分の体にどれだけ効果が見込めるかを考えてほしい。
・心から信頼できる主治医に、自分の考えを伝え、それを実現していただく(信頼できる医師との出会いにも基礎知識は必要です)。
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以上が、友人が立場上言えなかったことを含んだ、彼の基本的な考えだとおもいます。一部「現実はそうなのか?」と思ったこともありますが、基本的な考えは私も同じです。
私の思い込みや、健康上の立場の違いから誤解していることなどで、嫌悪感を抱く方もいらっしゃかもしれませんが、大きく間違っていないと考えておりますし、大事なことだと思っています。

 

最後に、個人的な考えの違いを。

彼の病気には、日常生活を送る上で苦痛を伴うこともある症状がありました。それに対して「自分だったら、その日常を受け入れられないかも」と話すと、「それくらい自分でコントロールするものだろう!」と返ってくる。この話は何度もしているので、最近はすぐにこの話題は終わっていた。最期に会ったときもこの話題が出てすぐに終わった。

何故、何度も同じ話題をするかと言えば、彼がブログでそのこと(自分の症状の出るタイミングや対応方法を学習し、対応すればいいことで、何年間も同じことで苦しいと言い続けずに受け入れるしかない)を書き続けていたからだ。

彼はそのようなことを乗り越えることが出来たが、私はきっと出来ない。そこで諦める、悲観的になるだろう。

彼は経済的に裕福な立場ではなかった。しかし、人生を確実に縮める病に侵されながらも最期まで充実した時間を過ごしていた。
私は同じ立場に立たされても、同じだけのQOLを保つことは出来ないだろう。
彼はブログの中で「頑張れって言葉が嫌いです。自分も頑張っているし、みんな頑張っていることを知っているから」というようなことを時々書いていた。

言い換えれば、こんなことだろう。 
=======================
頑張れ!
頑張れば必ず報われるとは言わないが、頑張らない人間はまず報われない。
報われるとしたら「奇跡」か「よく調べていない(改善が見込まれて当然の状況だった)だけの偶然」だ。
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(身近な動物との生活も似たようなことあるかも)

 

優しい文章を書けない自分がもどかしい。
彼は読者への配慮を最大限していた。そのために「何がいいたいの?」と思うこともあった。たぶんストレスを感じていたこともあっただろう。それでも書き続けた。仲間にエールを送り続けた。

もう少し頑張ってほしかったけど運命だったのだろう。
お疲れさま。

でも、安らかに眠るのはもう少し待ってほしい。
まだ四十九日も迎えていないし。もう少し楽しませてくれ。

(つづく)

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2017年6月21日 (水)

友達が逝った(その1)

これは、私の備忘録。誰かに何かを訴えたいとか、知らせたいとか考えて書いているものではない。
関係者の心情に配慮すれば書くべきではないことも含まれています。
もし読むのであれば、そのようなこともご理解の上、読み進めていただきたい。

 

約一ヶ月前のこと。友達が急逝した。
急逝といっても長年闘病生活をし、そろそろなことは分かっていた。しかしまだその時ではないと思っていた。処置入院の退院予定日に急変し、次の朝、逝ってしまった。

彼の闘病ブログはいつもランキングの上位に入っていたので、彼のことを知らなくても、その病気の人なら彼のブログを読んだことがあるとおもう。

彼は、ブログ上の人格とリアル世界の人格を使い分けていた。
ブログ上の人格というより病人であることを見せなかった。リアルの付き合いの人の中には、彼が病気と闘っていたことを知らなかった人もいるはずだ。

なのでこのブログを読んでも、コメントをつけたり、病人である彼とリアルの彼を結びつけるようなことはしないで欲しい。

 

彼とよく話をするようになったのは、私の結婚式のとき。それは山の中で行われた。馬に乗りパレードを行った。当時、大手制作会社に勤めていた彼にビデオの撮影や編集をお願いした。1990年。当時はビデオの編集も専用のスタジオで行った。

打合せからロケハン、そして色々あって撮影、編集、完パケまで、もしお金を払ってやったら幾らかかっただろう。都内の結婚式場ならともかく、山の中の牧場で式を挙げ、山の中、田んぼの脇をねり歩いた。打ち合わせやロケハンだけで何回足を運んだだろう。撮影はどんなに苦労したことだろう。

よく覚えていないが、実費も支払っていないような気がする。若かったら勢いで頼んだし、やってくれたのだとおもう。

結婚式よりも何年も前から同じ店でよく顔を合わせていたが、個人的に話をすることはなかった。共通の友人もいたが、何かが合わないという感じだったのだろう。
結婚式以来、共通の友達含め、付き合いは続いていた。

 

私達の結婚後、約十三年経ったとき、彼は病気の宣告を受ける。
それから更に約十三年後、ついに余命宣告を受ける。そのとき告げられた期間以上に頑張った。しかし、もう少し大丈夫だと誰もが思っていた。なので、知らせのメールを受けた時、あっけにとられた。現実味がありませんでした。

 

彼はブログで、「QOLを保ちましょう」と書いていた。「生活のQOL」よりも「人生のQOL」という言い方もした。

私も少しは医学的なことが分かるので、内臓を取った体がどうなるとか、薬の話とかをよくした。もちろん社会福祉のことも。彼は全てに於いて、よく勉強していた。涼しい顔で「自分のことだから当たり前だろう」と言っていたが、社会人が限られた時間の中で、彼ほど知識を身につけるのは容易ではなかっただろう。

 

彼は何人もの医師と話し合い、とてもいい結果を出し続けていたと思っていた。大きな手術をしても、一般的にいわれている期間の最短で退院し社会復帰し、そして遊んでいた。
表に出れば、病人面することはなかった。苦しくなると、トイレなどに隠れてその時が過ぎるのを待つこともあったというが、それが出来ない時は、涼しい顔して仕事を続けたという。
彼の苦しい顔を見たことがある人はいないのではないだろうか。体全体の感じから辛いのかもと思うことはあったが、少なくとも顔だけは辛さを見せなかった。

彼の日常生活がどれだけのものなのか、彼の話と調べ物をしてだいたいのことが分かったとき、自分には耐えられないとおもった。この病気になったら治療はせずに自然に任そうととおもったものでした。

 

彼はいつも人生のQOLを求めていた。だから苦しい顔を見せなかったのだろう。
亡くなって駆け付けたときも、悪戯っ子のような笑顔でした。最期まで周りに気を遣っていたのでしょう。

彼とは亡くなる三日前に会いました。そのとき、彼が最期の時の過ごし方として選んだ在宅緩和ケアについて話をした。そのことを続けて書きたい。

更にもう一つ。「人は死んだとき、その人の価値が分かる」といいますが、正にそんな感じでした。死んでも人を人を結びつけ、ときに楽しませてくれる。
人生のQOLとは本人の中で完結するものではないことを知った。そんなことも書きたい。

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2017年3月24日 (金)

新しいワタシの見つけ方(DVD)

映画というかDVDの感想文です。

日本語タイトルは、「新しいワタシの見つけ方」。
英語のタイトルは、「EMMA'S CHANCE」。

タイトルで検索したら、先頭に出てきたのはこのレビューページ
https://filmarks.com/movies/69700

スターチャンネルでの紹介ページ
http://www.star-ch.jp/channel/detail.php?movie_id=25496

 

主人公(EMMA)はアメリカの女子高生。進学のこと友達付き合いことなど悩んでいる時に、ちょっとした失敗をし、罰として馬のレスキュー施設のお手伝いをするようになり、周りを巻き込みながら人間的な成長をしてゆくストーリー。

「レスキュー施設」と言っても分からない方もいらっしゃると思いますので簡単に説明します。
助け出して保護する施設です。犬や猫にもあり、そちらは日本にも定着しつつあります。捨てられり、酷い飼われ方をしている動物を保護し、心身のケアを施し、新たな飼い主を探します。

わざわざ英語のタイトルを書きましたが、馬にとってここに入れることはチャンスです。主人公にとってもチャンスだったのです。日本語タイトルってヘンなの多いと思いますが、これもその一つ。でも、レスキュー施設なんて日本の人には分からないので、このタイトルが妥当なのかも。
馬にとってチャンスだと分かるシーンが幾つか出てきますが、ほとんどの人には分からないと思います。(メキシコ産馬肉というタイムリーなネタも出てきます。)
この映画を観ていておもうことの一つは、日本と欧米の文化や歴史の違い。

日本に於いてペットの代表格は「犬と猫」ですが、世界標準(といっても歴史的にみれば欧米白人社会と言うべきかも)では、「犬、馬、猫」です。
場所によっては、野良馬が居たりします。映画の中にもそんな話が出てきます。

よくボランティアとか寄付の歴史が違うということを言う人がいますが、この10年くらいはネットの普及もあり、日本でも寄付の感覚が根付いてきたと思います。歴史は違いますが、寄付という形が手軽に出来るようになってきたことを実感されている方も多いのではないでしょうか。
この映画の中では、資金集め(のお礼?)のパーティーが出てきます。これは日本には定着していませんね。これは感覚の違いなのかも。

この映画の話は実在の施設をモチーフにしたそうですが、やはり資金集めが必要になります。
映画を観はじめたときにレスキュー施設とは知りませんでした。施設のマークに Rescue の文字を見て「えっ?」と思いました。そして施設の規模を予想して、「日本だったら月にこれくらいは必要だろうな」とか考えて「日本じゃ無理」と思ったものです。馬房(馬小屋)の広さからして「いいな~」と。動物福祉ってやつですね。ヨーロッパの馬房を写真やビデオで見ていますが、それらと比べるとこの映画のサイズは一般的です。日本のよくある馬房と比べると「なんと羨ましい~」と感じます。馬房の広さ以外にも色々ところで「最低限」の感覚が違うな~、と感じました。
そんなことを気にし始めたら資金難にもなるだろうなと思ったりしました。

そんな話は改めて書くことにして、乗馬の話
ド素人の主人公が上達してゆく姿がなかなか良かったです。それが分かるようになっていました。(スタントの人を使った最後のシーンは綺麗すぎる感じはありましたが。)

私の感想文を読むと小難しそうにおもえてしまうかもしれませんが、気軽に観ることが出来る映画です。たぶん子供も見ることを想定して作っていると思います。
構えずに馬のレスキューのことを知ってもらいたいのではないかと思います。アメリカでも馬をペット出来る人は一握りだし、都市部で馬に触れる機会はほとんどないでしょうから、「馬との付き合いって難しんだろうな」と思っている人がほとんどだと思います。少しでも多くの人に、馬の問題と馬の素敵な部分を伝えたくて、このような映画を作ったのだと思います。

私自身、経験なしに馬の仕事に就いて、この女の子のように「馬っていいな」と思ったものでした。人間社会の中での馬について、少し分かってくると何かと考えてしまうこともありました。
私が馬の仕事をしたのは 30年以上前ですが、当時の日本にも馬のレスキュー団体はありました。しかし、その存在を知らせるだけの力もなかったような印象でした。日本の野良馬(捨て馬ですね)の存在を訴えても信じてもらえないし、ほとんどの人は「私には関係ない」という感じでした(当時、競馬が流行っていましたけどね)。
 

おっと、また小難しい話になって申し訳ない。
気軽に観てほしい映画です。馬が好きでなくても見て欲しい映画です。

日本の動物愛護もこんな感じの活動(映画作り)をしてくれたらと常々思っています。小難しいことは後回しでいいと思います。(オマエが言うな!、と言われそうですが・苦)
動物とのふれあいはいいものだ、からでいいのではないでしょうか。

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2017年3月12日 (日)

先日お知らせした狂犬病のセミナー

先日、お知らせした狂犬病のセミナーに行ってきました。

よくある、教科書に載っている世界の分布や数字、人、犬、などの症状の紹介などは当然するとして、実際にこんな例があった、この国ではこんなことをやっていて、結果こうなって、さらにこうしたらこうなった、気になったから現地まで行って現地の先生に話を聴き、街の中の様子を見てきた、など膨大な情報をいただいたのですが、記憶力の弱い私にはほとんど頭に入らず。

また、多方面から膨大な情報を得ているからこそ言える、「だからこう考えるべきでしょう」と、教科書に載ることはないだろう考察も多々ありました。

そんな、ちょっと知っていたり珍しい情報が並んだとおもったら、狂犬病予防法の話になる。(後述しますが)この法律はよく出来た法律と考えるべきと説明されて、「そうなの?」と思ったり。

知らないこともありましたが、知っていることも大事な情報が抜け落ちていることを思い知らされたり。

聴いていて感じたことは、「頭では分かっていても、自分も平和ボケしているな」ということ。
客観的な数字や海外での出来事、各国や地域の情勢などを聴いていると、清浄国(狂犬病が発生していない国)である日本にいる自分が、少しは世界的な視野で、狂犬病を見ることが出来るようになった気分になりました。

とにかく情報量が多いのでブログでほとんどの話は書けませんが、よく話題に出ることと象徴的な話を書いておきます。

(お断り)
以下に書く内容も、これだけではなく、細かい捕捉が多々ありました。なので、私の記述では不充分で誤解を招く可能性もあります。より正確な情報、詳細な情報が欲しい方は、今回の講師、佐藤克先生に講演をお願いすることをお勧めします。今回のセミナーの最後に、「少人数であっても出向きたい」とのことでした。

 

(よく話題にでること)
何故(日本では)猫に狂犬病の予防注射を打たないか

主な理由は、「人間の死亡例の感染源は、99%が犬だから」。
そして、猫は(少なくとも日本では)感染環に入らないから。

感染環とは一般的な感染経路。それがぐるぐるまわっているから病原体は次世代を残し続けることができる。一種の動物で感染が続くこともある。狂犬病の場合はそのパターンのようでした。
つまり、日本に於いては(人間同様)猫は、他の動物に狂犬病を感染させることは、通常ではないだろうとされています(たまに人間に感染させることはあった)。

※現在の犬用予防注射は猫にも使えるそうです。

 

(象徴的な話)
昭和25年に狂犬病予防法が出来て(8月26日公布、公布の日から施行)、昭和32年に広島県で狂犬病と断定できる猫の記録を最後に、国内発生、感染の記録がない。なぜ7年で根絶できたのか。

この猫の例が報告された時に、「これが最後」とは断定できる訳もなく、また、その猫を噛んで感染させた犬が、その時いたはずですが、それは発見されていません。「また出るのではないか」と多くの人が考えていた。もう出ないだろうと感じ始めたのは昭和40年台に入ってから。
後から思えば、7年で、ということになるということですが、大きな要因は3つだと考えられる。

1.狂犬病予防法がよく出来ていた
2.国民がそれを守り、実行した
3.野生動物での発生や流行がなかった

現在、2.がそのような状況ではないことが、時々話題に出ます。法律では全ての犬に予防接種を義務付けていますが、(実際の飼育頭数が分からないのでなんとも言えませんが)接種率は30%くらいなのではないかと言われることがあります。WHOでは、狂犬病の流行を抑制するには70%の接種率が必要とされています。

世界の多くの地域では、野生動物(人間と関わらずに生きている犬なども含む)が感染源になっています。北米では、野生のコウモリが狂犬病になり、パタパタ苦しんでいるのを猫がいたずらし、噛まれ感染。その猫が人間にうつすというケースもあるが、それが分かっている地域では、猫にワクチンを接種したりしている。
そんなコウモリが可哀相と手を差し伸べて感染した女性(当時高校生)もいた。この女性は、完全な狂犬病と断定しにくい症例だったが、発症後生還した数少ない人の一人。その方は後に獣医師になった。(「完全な狂犬病と断定しにくい症例」というのも興味深い話でした。)
野生動物(人間がコントロールが困難な動物)間にて感染が続いてしまうと、清浄国になることは困難。
お隣の台湾で、イタチアナグマの感染が確認されましたが、その後の調査で随分と前から(発生していたであろうではなく)流行してきただろう、という状態だそうです。

 

その他、改めて聴き、「そ~だよな~」とか「ひえ~~~」とか思った話として、日本がEUを実質的に非清浄国扱いにしたこと、インドネシア政府がバリ島で行った対応、内陸保税蔵置場での問題、など。日本に来るロシア船籍の船が減った話も興味深った。

世界的に見れば、狂犬病の記録は、3,000年前くらい前からあるそうですが、今の科学をもってしてもよく分からない病気だそうです。
狂犬病ウィルスにとって、やはり犬が一番居心地がみたいで、人間に感染することは(ウィルスにすれば)予想外なのか感染後のパターンが多々あり、感染(噛まれた)から発症までのことはよく分かっていません。噛まれたからと言って、必ず感染するとは限らないのかもしれないし、感染していないように見えた犬が感染させることが出来る状態(前駆期前の2~3日)だったいうこともある。
とにかく、よく分からない病気で、噛まれて発症してしまえば、まず助かりません。命はありません。

そんな病気だからこそ、国民をあげて予防し、清浄国であり続けたいものです。

 

幾ら書いても、聴いた話のほんの一部のような気がします。ほんと盛り沢山でした。
これだけの情報を集め、惜しげもなく伝えてくださる佐藤先生、ありがとうございました。また、このセミナーを企画された東京支所にも感謝します。運営に携わった皆様、ありがとうございました。

取り急ぎ、書き留めた程度のないようでした。

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2017年3月 9日 (木)

狂犬病についてのセミナー(2017年3月12日)

今度の日曜日(2017年3月12日)、こんなセミナーがある。(こんな直前に書いても、行けない人が多いと思うけど。)

https://www.jpc.or.jp/tokyo/archives/2286/

タイトルは、「ひとと動物の共通感染症-恐ろしい狂犬病(仮題)」。
主催は、「公益社団法人 日本愛玩動物協会 東京都支所」ですが事前申し込みは必要ですが一般の人も参加OKです

申し込みの方法は、こちらのページにあります。
協会会員でない方、管理士でない方は、会員番号、管理士 1級・2級は、不要です。
一般の方は、こんな感じになると思います。
 


件名:
ひとと動物の共通感染症-恐ろしい狂犬病(仮題)

本文:
ひとと動物の共通感染症-恐ろしい狂犬病(仮題)参加希望
お名前
連絡のつく連絡先電話番号


 
メールメールアドレスも書いた方がいいと思いますが、メールで送るのですから分かることでしょう。
これだけ書いて、上記のページに書かれているメールアドレスに送ればOKのはず。
たぶん、まだ定員になっていないと思います。

 

狂犬病について、おもうこと。

今の時期になっても(仮題)というのも如何なものかと思いますが、それくらい扱いが難し問題なんだと思います。

何故わざわざ宣伝するかといえば、狂犬病についての基礎知識がないまま、ネット上に無責任な書き込みが、年に1~2回盛り上がることがあるから。
今年に入って書いた昨年日付のブログにも書きましたが、特定の情報だけをもってきて、狂犬病全てに通用するような書き方をしている人の発言が、Twitterなどを中心に拡散される。

上記ブログにもありますが、知っているつもりだった私も、ちょっと本気で調べれば(ネットじゃなくて書籍とか携わっている先生に伺えば)、あまりに無知だったことが分かるし、世間一般で言われているような単純な病気ではありません。

今回のセミナーの講師の先生は、狂犬病臨床研究会という(教科書の中ではなく)実際の狂犬病についてリアルタイムで情報収集している団体の会長さんでもあります。
 

今回、講師の先生がどのような内容にスポットを当てるのか分かりませんが、狂犬病がない日本に(お隣の台湾のように)狂犬病が入ってきてしまったら、犬や猫、そして現在は放置に近いアライグマなどに対する接し方が変わります。その対象は、レスキューした犬や猫もです。

さらにワクチンのことをちょっと突っ込んで調べると、「これは気軽に語ってはいけない」ことに気が付きます。

幅広い意味で恐ろしい病気、狂犬病。
今度の日曜日のセミナーは、その基礎知識を得るいい機会だと思います。

ご興味ある方は、是非!!

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2016年9月17日 (土)

遺伝

とっても後書きの記事です。書いているのは、2017年に入ってから。今年(2016)の暮れに、「書いておきたい」思った内容の一つです。

 

2016年9月の14日から16日まで、二泊三日で旅行した。メンバーは。私、母、叔母(母の妹)の三人。母には一人妹がいますが健康上の理由で欠席。

私と母の相性はとても悪い。性格が合わない。お互い、なんでもないことで腹立たしく感じる。なので、19歳で家を出て、その後長い間実家には寄り付かなかった。実家に行くようになったのは、うーにーが来てからだ。
そんな私が二泊三日の旅行に行くことができるようになったのは何故か。それは、うーにー選びから始まる、犬との生活があったから。
 

犬を迎えると決めてからうーにーが来るまでの間、約半年くらいあった。犬については、女房任せでした。はじめのうちは他の犬種も考えたようです。
初めに行ったのはゴールデンのブリーダーのところ。女房は「他の犬種も興味あるんだけど~」というと、「じゃ、この人あたりどうかな」とその犬種のブリーダーを紹介してくれる。
元々ゴールデンを候補としていたし、他の犬種の話を聞けば聞くほど、私たちの生活にはゴールデンがあっていると感じた。私たちだけではなく、東京で少しの運動が出来る環境があれば、ゴールデンが最適な大型犬だと今でもおもっている。
他の犬種を検討し、色々と話を聞くことが出来たし、それらの犬種に触れることも出来た結果ですが、もしかしたら、うーにーのブリーダーは、はじめから私たちはゴールデンを選ぶだろうと確信をもっていたのでは、と後から考えたものです。

他犬種のことも含めて色々と私たちの考えを聞いていただき、色々教えていただいた。
話をしているリビングからはラン(犬を放している運動場)が見える。ランは幾つかに仕切られている。だいたい2~3頭毎の犬が一つのランに入っている。10頭ほどのゴールデンがいました。年齢もまちまちだし性格も違うので、より快適に過ごしてもらうためにそうするのだそうだ。
「犬もそんなに性格が違うのか?」と思ったものですが、何回も通っている内にそれが分かってくる。随分と違うものだなと分かってくると、動きの違いも分かるようになる。動きにも個性がある。形についてもよく分かるようになる。はじめの内は「なんとなく」だったのが、具体的に幾つもの部分について分かるようになってくる。ブリーダーも教えてくれる。

そして、「遺伝」というものに気が付く。

やはり親子は似ている。性格や動き、形の「部分」の数を多く認識できるようになると、母親に似ている部分と父親に似ている部分があることに気が付く。これが遺伝で、これらがどのように遺伝するのかを経験的に勉強して繁殖するのが最低限のブリーダーの知識というものだろう。なので、一日のほとんどをケージで暮らさせるような繁殖業者の人を、私はブリーダーとは呼ばない。

ブリーダーは犬の一生を考える。犬の一生に責任を持つと考えているから。長年そのような姿勢でいれば、何かと予想できるようになるようです。勘と言えばいいでしょうか。それが知識になる。
犬の一生は飼い主で大きく左右されるから、譲る相手も慎重に選らぶ。選んだら必要に応じて(我が家がしていただいたように)何かと教える。時には飼い主から学ぶこともある。このときの姿勢も謙虚だ。全ては犬のため。

このような人たちがブリーダーだと考えているので、犬を譲った後に飼い主と交流しない人を私はブリーダーと呼ばない。少なくとも、病歴やいつどのように命を全うしたのかの報告をしてもらえるくらいの関係を持てない人をブリーダーとは呼ばない。

こんな考えに至ると、遺伝とは、そこにいる犬だけを語るものではなく、その犬が産まれてから天寿を全うするまで関わることだと理解できるようになる。

 

そのようなことが理解できるようになったとき、自分と母との関係を客観的に考えることができるようになった。
子供の頃、母を見ていて好きになれない言動があった。好きではないので自分はそのようなことはしないようにした。しかし、よく考えてみたら、私の素の部分ではそのような感性があり、それを抑えている。つまり、素の部分は母譲り、それを嫌い抑える部分はたぶん父譲り。そういうことなのだと思う。
私が、産まれ、育ち、その後の経験で変わってゆくことを客観的に考えることが出来るようになったのは、うーにーを通じてブリーダーとのやり取りがあったからだった。

うーにーが来てから少しずつ実家に行くようになった。母への対応も少しずつ変えてゆくことが出来た。そして、自分の中の変えられない素の部分を認めることも出来るようになった。それが(人間も含めた生きもの全てが)繁殖により次の命へと繋ぎ、その命は経験により変化してゆき、それには葛藤がつきものであると気づいた。

 

2016年9月の旅行はそれなりに面白かった。三人互いの素の部分を認め、滅茶苦茶とも言える言動の連続。それを丸く納める訳でもなく、ぶつかり合うでもなく過ごすことが出来、面白かったと言えるものになった。
我慢をしなかったかと聞かれれば「した」。我慢なしには得られるものは限られている。

このような自分になれのは、ブリーダーを通じて多くのことを学び、多くの人に会えたことが大きいだろう。

遺伝。それがあるからこその多様性と淘汰的方向性がある。個々がそれを持ち、世の中はそれらがパズルのように組み合わさる。パズルと違うのは綺麗に嵌らないこと。ボタンの掛け違いは常。それが世の中なのだろう。

私が子供の頃には、三世代同居の家も珍しくなかった。そのような家が当たり前で、地域の繋がりが密であれば、つまり、人間の遺伝と血統を目の当たりに見ていれば、日常の暮らしの中でこのようなことに気が付くのだろう。都市部の今の世の中では、そのような状況はなく、気付かず過ごしている人は多いことだろう。
うーにーを通じて、はじめて気が付いたことは気恥ずかしさも覚えるが、気付くことが出来て何よりだった。

遺伝。生きるもの全ての根源。
たまには、そのような視点で自分を考えたいものです。

2017.1.20

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2015年3月28日 (土)

ラジオの宣伝(今年も狂犬病)

ここのところ忙しくてブログも放置状態ですが、ラジオのコーナーも作ったはいいけど、宣伝するのを忘れていました。明日の夜、放送です。

■放送日 3月29日(日)

■番組  世田谷ラジオ倶楽部 22:00~
番組内では最後の方です。頭から数えて50分くらいのところからはじまるコーナー(今週のプチコミ)。
サブタイトルは「4月は狂犬病の予防注射の季節です」。毎年、この頃に同様のものを流しています。

■聴き方
世田谷区内と周辺ならばラジオで、83.4MHz。
インターネットなら、以下になります。
http://radio1.bitmedia.ne.jp/fm834/viewer.html

■コーナーの説明ページ
http://www.inutalk.info/radio/src/kuchikomi/150329.htm

 

毎年、狂犬病予防法の在り方について考えてしまいますが、考えれば考えるほど、いじるのは難しいと感じます。
日常的に狂犬病に注意することなく暮らせる国、日本であり続けてくれることを願うばかりです。

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2013年5月16日 (木)

どうせ死ぬなら「がん」がいい

とあるレスキュー団体の人が貸してくれた本。
人間のための内容であり、動物のことは一切触れていません。

レスキュー団体をやっていると、犬の「がん」と向き合わなければならない場面も少なからずあるという。

「がん」治療は、ギャンブルとも言えます。
抗がん剤は効くかどうかわからない。切除した後、再発がするのか、もしかしたら進行スピードが上がってしまうかもしれない。外科的治療は麻酔のリスクもある。
そしてそれらには、経済的な負担もかかる。

そんな意味でも「どうなんだろう」と思ったりしますが、医学的なデータ(論文)や終末医療を見つめ続けている医師から、全く治療をしないのも選択肢として存在することを提示してくれる。

治療をしないことを考えたい人は、一読の価値あり。
がん治療の副作用や末期の苦痛について、懐疑的な方にも参考になります。

冒頭にも書きましたが、犬のことは書かれていませんが、がんの犬たちと向き合ってきた人が「参考になった」と言っていた本です。

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2012年8月20日 (月)

アトピーの原因

細菌や抗体のことを書いたので、似たようなことを書きます。

 

アトピーは、原因が分からないからアトピーというものだと思っていた。

しかし、先日テレビを見ていたら、「アトピーの原因は、黄色ブドウ球菌である」と断定的に報じていた番組があった。調べてみると、アトピーの原因は幾つもの原因が絡まりあっているいるが、アトピー性皮膚炎の大きな柱の一つとして黄色ブドウ球菌の存在があることは、常識になっているらしい。

そのテレビ番組は、花粉症対策として注目された、ダチョウ抗体入りマスクの研究・開発した先生にスポットをあてた内容ですが、何故ダチョウなのか疑問に感じた。他の動物ではなく、何故ダチョウなのか。

アトピーでない人、花粉症でない人もいるのですから、ダチョウに頼らなくてもどうにかならないのかな、と思えて仕方ない。

う~ん・・・、、ダチョウか。

 

あ、アトピー性皮膚炎の主な原因の一つが黄色ブドウ球菌であることが常識になっているという話でした。

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