2017年3月24日 (金)

新しいワタシの見つけ方(DVD)

映画というかDVDの感想文です。

日本語タイトルは、「新しいワタシの見つけ方」。
英語のタイトルは、「EMMA'S CHANCE」。

タイトルで検索したら、先頭に出てきたのはこのレビューページ
https://filmarks.com/movies/69700

スターチャンネルでの紹介ページ
http://www.star-ch.jp/channel/detail.php?movie_id=25496

 

主人公(EMMA)はアメリカの女子高生。進学のこと友達付き合いことなど悩んでいる時に、ちょっとした失敗をし、罰として馬のレスキュー施設のお手伝いをするようになり、周りを巻き込みながら人間的な成長をしてゆくストーリー。

「レスキュー施設」と言っても分からない方もいらっしゃると思いますので簡単に説明します。
助け出して保護する施設です。犬や猫にもあり、そちらは日本にも定着しつつあります。捨てられり、酷い飼われ方をしている動物を保護し、心身のケアを施し、新たな飼い主を探します。

わざわざ英語のタイトルを書きましたが、馬にとってここに入れることはチャンスです。主人公にとってもチャンスだったのです。日本語タイトルってヘンなの多いと思いますが、これもその一つ。でも、レスキュー施設なんて日本の人には分からないので、このタイトルが妥当なのかも。
馬にとってチャンスだと分かるシーンが幾つか出てきますが、ほとんどの人には分からないと思います。(メキシコ産馬肉というタイムリーなネタも出てきます。)
この映画を観ていておもうことの一つは、日本と欧米の文化や歴史の違い。

日本に於いてペットの代表格は「犬と猫」ですが、世界標準(といっても歴史的にみれば欧米白人社会と言うべきかも)では、「犬、馬、猫」です。
場所によっては、野良馬が居たりします。映画の中にもそんな話が出てきます。

よくボランティアとか寄付の歴史が違うということを言う人がいますが、この10年くらいはネットの普及もあり、日本でも寄付の感覚が根付いてきたと思います。歴史は違いますが、寄付という形が手軽に出来るようになってきたことを実感されている方も多いのではないでしょうか。
この映画の中では、資金集め(のお礼?)のパーティーが出てきます。これは日本には定着していませんね。これは感覚の違いなのかも。

この映画の話は実在の施設をモチーフにしたそうですが、やはり資金集めが必要になります。
映画を観はじめたときにレスキュー施設とは知りませんでした。施設のマークに Rescue の文字を見て「えっ?」と思いました。そして施設の規模を予想して、「日本だったら月にこれくらいは必要だろうな」とか考えて「日本じゃ無理」と思ったものです。馬房(馬小屋)の広さからして「いいな~」と。動物福祉ってやつですね。ヨーロッパの馬房を写真やビデオで見ていますが、それらと比べるとこの映画のサイズは一般的です。日本のよくある馬房と比べると「なんと羨ましい~」と感じます。馬房の広さ以外にも色々ところで「最低限」の感覚が違うな~、と感じました。
そんなことを気にし始めたら資金難にもなるだろうなと思ったりしました。

そんな話は改めて書くことにして、乗馬の話
ド素人の主人公が上達してゆく姿がなかなか良かったです。それが分かるようになっていました。(スタントの人を使った最後のシーンは綺麗すぎる感じはありましたが。)

私の感想文を読むと小難しそうにおもえてしまうかもしれませんが、気軽に観ることが出来る映画です。たぶん子供も見ることを想定して作っていると思います。
構えずに馬のレスキューのことを知ってもらいたいのではないかと思います。アメリカでも馬をペット出来る人は一握りだし、都市部で馬に触れる機会はほとんどないでしょうから、「馬との付き合いって難しんだろうな」と思っている人がほとんどだと思います。少しでも多くの人に、馬の問題と馬の素敵な部分を伝えたくて、このような映画を作ったのだと思います。

私自身、経験なしに馬の仕事に就いて、この女の子のように「馬っていいな」と思ったものでした。人間社会の中での馬について、少し分かってくると何かと考えてしまうこともありました。
私が馬の仕事をしたのは 30年以上前ですが、当時の日本にも馬のレスキュー団体はありました。しかし、その存在を知らせるだけの力もなかったような印象でした。日本の野良馬(捨て馬ですね)の存在を訴えても信じてもらえないし、ほとんどの人は「私には関係ない」という感じでした(当時、競馬が流行っていましたけどね)。
 

おっと、また小難しい話になって申し訳ない。
気軽に観てほしい映画です。馬が好きでなくても見て欲しい映画です。

日本の動物愛護もこんな感じの活動(映画作り)をしてくれたらと常々思っています。小難しいことは後回しでいいと思います。(オマエが言うな!、と言われそうですが・苦)
動物とのふれあいはいいものだ、からでいいのではないでしょうか。

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2017年3月12日 (日)

先日お知らせした狂犬病のセミナー

先日、お知らせした狂犬病のセミナーに行ってきました。

よくある、教科書に載っている世界の分布や数字、人、犬、などの症状の紹介などは当然するとして、実際にこんな例があった、この国ではこんなことをやっていて、結果こうなって、さらにこうしたらこうなった、気になったから現地まで行って現地の先生に話を聴き、街の中の様子を見てきた、など膨大な情報をいただいたのですが、記憶力の弱い私にはほとんど頭に入らず。

また、多方面から膨大な情報を得ているからこそ言える、「だからこう考えるべきでしょう」と、教科書に載ることはないだろう考察も多々ありました。

そんな、ちょっと知っていたり珍しい情報が並んだとおもったら、狂犬病予防法の話になる。(後述しますが)この法律はよく出来た法律と考えるべきと説明されて、「そうなの?」と思ったり。

知らないこともありましたが、知っていることも大事な情報が抜け落ちていることを思い知らされたり。

聴いていて感じたことは、「頭では分かっていても、自分も平和ボケしているな」ということ。
客観的な数字や海外での出来事、各国や地域の情勢などを聴いていると、清浄国(狂犬病が発生していない国)である日本にいる自分が、少しは世界的な視野で、狂犬病を見ることが出来るようになった気分になりました。

とにかく情報量が多いのでブログでほとんどの話は書けませんが、よく話題に出ることと象徴的な話を書いておきます。

(お断り)
以下に書く内容も、これだけではなく、細かい捕捉が多々ありました。なので、私の記述では不充分で誤解を招く可能性もあります。より正確な情報、詳細な情報が欲しい方は、今回の講師、佐藤克先生に講演をお願いすることをお勧めします。今回のセミナーの最後に、「少人数であっても出向きたい」とのことでした。

 

(よく話題にでること)
何故(日本では)猫に狂犬病の予防注射を打たないか

主な理由は、「人間の死亡例の感染源は、99%が犬だから」。
そして、猫は(少なくとも日本では)感染環に入らないから。

感染環とは一般的な感染経路。それがぐるぐるまわっているから病原体は次世代を残し続けることができる。一種の動物で感染が続くこともある。狂犬病の場合はそのパターンのようでした。
つまり、日本に於いては(人間同様)猫は、他の動物に狂犬病を感染させることは、通常ではないだろうとされています(たまに人間に感染させることはあった)。

※現在の犬用予防注射は猫にも使えるそうです。

 

(象徴的な話)
昭和25年に狂犬病予防法が出来て(8月26日公布、公布の日から施行)、昭和32年に広島県で狂犬病と断定できる猫の記録を最後に、国内発生、感染の記録がない。なぜ7年で根絶できたのか。

この猫の例が報告された時に、「これが最後」とは断定できる訳もなく、また、その猫を噛んで感染させた犬が、その時いたはずですが、それは発見されていません。「また出るのではないか」と多くの人が考えていた。もう出ないだろうと感じ始めたのは昭和40年台に入ってから。
後から思えば、7年で、ということになるということですが、大きな要因は3つだと考えられる。

1.狂犬病予防法がよく出来ていた
2.国民がそれを守り、実行した
3.野生動物での発生や流行がなかった

現在、2.がそのような状況ではないことが、時々話題に出ます。法律では全ての犬に予防接種を義務付けていますが、(実際の飼育頭数が分からないのでなんとも言えませんが)接種率は30%くらいなのではないかと言われることがあります。WHOでは、狂犬病の流行を抑制するには70%の接種率が必要とされています。

世界の多くの地域では、野生動物(人間と関わらずに生きている犬なども含む)が感染源になっています。北米では、野生のコウモリが狂犬病になり、パタパタ苦しんでいるのを猫がいたずらし、噛まれ感染。その猫が人間にうつすというケースもあるが、それが分かっている地域では、猫にワクチンを接種したりしている。
そんなコウモリが可哀相と手を差し伸べて感染した女性(当時高校生)もいた。この女性は、完全な狂犬病と断定しにくい症例だったが、発症後生還した数少ない人の一人。その方は後に獣医師になった。(「完全な狂犬病と断定しにくい症例」というのも興味深い話でした。)
野生動物(人間がコントロールが困難な動物)間にて感染が続いてしまうと、清浄国になることは困難。
お隣の台湾で、イタチアナグマの感染が確認されましたが、その後の調査で随分と前から(発生していたであろうではなく)流行してきただろう、という状態だそうです。

 

その他、改めて聴き、「そ~だよな~」とか「ひえ~~~」とか思った話として、日本がEUを実質的に非清浄国扱いにしたこと、インドネシア政府がバリ島で行った対応、内陸保税蔵置場での問題、など。日本に来るロシア船籍の船が減った話も興味深った。

世界的に見れば、狂犬病の記録は、3,000年前くらい前からあるそうですが、今の科学をもってしてもよく分からない病気だそうです。
狂犬病ウィルスにとって、やはり犬が一番居心地がみたいで、人間に感染することは(ウィルスにすれば)予想外なのか感染後のパターンが多々あり、感染(噛まれた)から発症までのことはよく分かっていません。噛まれたからと言って、必ず感染するとは限らないのかもしれないし、感染していないように見えた犬が感染させることが出来る状態(前駆期前の2~3日)だったいうこともある。
とにかく、よく分からない病気で、噛まれて発症してしまえば、まず助かりません。命はありません。

そんな病気だからこそ、国民をあげて予防し、清浄国であり続けたいものです。

 

幾ら書いても、聴いた話のほんの一部のような気がします。ほんと盛り沢山でした。
これだけの情報を集め、惜しげもなく伝えてくださる佐藤先生、ありがとうございました。また、このセミナーを企画された東京支所にも感謝します。運営に携わった皆様、ありがとうございました。

取り急ぎ、書き留めた程度のないようでした。

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2017年3月 9日 (木)

狂犬病についてのセミナー(2017年3月12日)

今度の日曜日(2017年3月12日)、こんなセミナーがある。(こんな直前に書いても、行けない人が多いと思うけど。)

https://www.jpc.or.jp/tokyo/archives/2286/

タイトルは、「ひとと動物の共通感染症-恐ろしい狂犬病(仮題)」。
主催は、「公益社団法人 日本愛玩動物協会 東京都支所」ですが事前申し込みは必要ですが一般の人も参加OKです

申し込みの方法は、こちらのページにあります。
協会会員でない方、管理士でない方は、会員番号、管理士 1級・2級は、不要です。
一般の方は、こんな感じになると思います。
 


件名:
ひとと動物の共通感染症-恐ろしい狂犬病(仮題)

本文:
ひとと動物の共通感染症-恐ろしい狂犬病(仮題)参加希望
お名前
連絡のつく連絡先電話番号


 
メールメールアドレスも書いた方がいいと思いますが、メールで送るのですから分かることでしょう。
これだけ書いて、上記のページに書かれているメールアドレスに送ればOKのはず。
たぶん、まだ定員になっていないと思います。

 

狂犬病について、おもうこと。

今の時期になっても(仮題)というのも如何なものかと思いますが、それくらい扱いが難し問題なんだと思います。

何故わざわざ宣伝するかといえば、狂犬病についての基礎知識がないまま、ネット上に無責任な書き込みが、年に1~2回盛り上がることがあるから。
今年に入って書いた昨年日付のブログにも書きましたが、特定の情報だけをもってきて、狂犬病全てに通用するような書き方をしている人の発言が、Twitterなどを中心に拡散される。

上記ブログにもありますが、知っているつもりだった私も、ちょっと本気で調べれば(ネットじゃなくて書籍とか携わっている先生に伺えば)、あまりに無知だったことが分かるし、世間一般で言われているような単純な病気ではありません。

今回のセミナーの講師の先生は、狂犬病臨床研究会という(教科書の中ではなく)実際の狂犬病についてリアルタイムで情報収集している団体の会長さんでもあります。
 

今回、講師の先生がどのような内容にスポットを当てるのか分かりませんが、狂犬病がない日本に(お隣の台湾のように)狂犬病が入ってきてしまったら、犬や猫、そして現在は放置に近いアライグマなどに対する接し方が変わります。その対象は、レスキューした犬や猫もです。

さらにワクチンのことをちょっと突っ込んで調べると、「これは気軽に語ってはいけない」ことに気が付きます。

幅広い意味で恐ろしい病気、狂犬病。
今度の日曜日のセミナーは、その基礎知識を得るいい機会だと思います。

ご興味ある方は、是非!!

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2016年9月17日 (土)

遺伝

とっても後書きの記事です。書いているのは、2017年に入ってから。今年(2016)の暮れに、「書いておきたい」思った内容の一つです。

 

2016年9月の14日から16日まで、二泊三日で旅行した。メンバーは。私、母、叔母(母の妹)の三人。母には一人妹がいますが健康上の理由で欠席。

私と母の相性はとても悪い。性格が合わない。お互い、なんでもないことで腹立たしく感じる。なので、19歳で家を出て、その後長い間実家には寄り付かなかった。実家に行くようになったのは、うーにーが来てからだ。
そんな私が二泊三日の旅行に行くことができるようになったのは何故か。それは、うーにー選びから始まる、犬との生活があったから。
 

犬を迎えると決めてからうーにーが来るまでの間、約半年くらいあった。犬については、女房任せでした。はじめのうちは他の犬種も考えたようです。
初めに行ったのはゴールデンのブリーダーのところ。女房は「他の犬種も興味あるんだけど~」というと、「じゃ、この人あたりどうかな」とその犬種のブリーダーを紹介してくれる。
元々ゴールデンを候補としていたし、他の犬種の話を聞けば聞くほど、私たちの生活にはゴールデンがあっていると感じた。私たちだけではなく、東京で少しの運動が出来る環境があれば、ゴールデンが最適な大型犬だと今でもおもっている。
他の犬種を検討し、色々と話を聞くことが出来たし、それらの犬種に触れることも出来た結果ですが、もしかしたら、うーにーのブリーダーは、はじめから私たちはゴールデンを選ぶだろうと確信をもっていたのでは、と後から考えたものです。

他犬種のことも含めて色々と私たちの考えを聞いていただき、色々教えていただいた。
話をしているリビングからはラン(犬を放している運動場)が見える。ランは幾つかに仕切られている。だいたい2~3頭毎の犬が一つのランに入っている。10頭ほどのゴールデンがいました。年齢もまちまちだし性格も違うので、より快適に過ごしてもらうためにそうするのだそうだ。
「犬もそんなに性格が違うのか?」と思ったものですが、何回も通っている内にそれが分かってくる。随分と違うものだなと分かってくると、動きの違いも分かるようになる。動きにも個性がある。形についてもよく分かるようになる。はじめの内は「なんとなく」だったのが、具体的に幾つもの部分について分かるようになってくる。ブリーダーも教えてくれる。

そして、「遺伝」というものに気が付く。

やはり親子は似ている。性格や動き、形の「部分」の数を多く認識できるようになると、母親に似ている部分と父親に似ている部分があることに気が付く。これが遺伝で、これらがどのように遺伝するのかを経験的に勉強して繁殖するのが最低限のブリーダーの知識というものだろう。なので、一日のほとんどをケージで暮らさせるような繁殖業者の人を、私はブリーダーとは呼ばない。

ブリーダーは犬の一生を考える。犬の一生に責任を持つと考えているから。長年そのような姿勢でいれば、何かと予想できるようになるようです。勘と言えばいいでしょうか。それが知識になる。
犬の一生は飼い主で大きく左右されるから、譲る相手も慎重に選らぶ。選んだら必要に応じて(我が家がしていただいたように)何かと教える。時には飼い主から学ぶこともある。このときの姿勢も謙虚だ。全ては犬のため。

このような人たちがブリーダーだと考えているので、犬を譲った後に飼い主と交流しない人を私はブリーダーと呼ばない。少なくとも、病歴やいつどのように命を全うしたのかの報告をしてもらえるくらいの関係を持てない人をブリーダーとは呼ばない。

こんな考えに至ると、遺伝とは、そこにいる犬だけを語るものではなく、その犬が産まれてから天寿を全うするまで関わることだと理解できるようになる。

 

そのようなことが理解できるようになったとき、自分と母との関係を客観的に考えることができるようになった。
子供の頃、母を見ていて好きになれない言動があった。好きではないので自分はそのようなことはしないようにした。しかし、よく考えてみたら、私の素の部分ではそのような感性があり、それを抑えている。つまり、素の部分は母譲り、それを嫌い抑える部分はたぶん父譲り。そういうことなのだと思う。
私が、産まれ、育ち、その後の経験で変わってゆくことを客観的に考えることが出来るようになったのは、うーにーを通じてブリーダーとのやり取りがあったからだった。

うーにーが来てから少しずつ実家に行くようになった。母への対応も少しずつ変えてゆくことが出来た。そして、自分の中の変えられない素の部分を認めることも出来るようになった。それが(人間も含めた生きもの全てが)繁殖により次の命へと繋ぎ、その命は経験により変化してゆき、それには葛藤がつきものであると気づいた。

 

2016年9月の旅行はそれなりに面白かった。三人互いの素の部分を認め、滅茶苦茶とも言える言動の連続。それを丸く納める訳でもなく、ぶつかり合うでもなく過ごすことが出来、面白かったと言えるものになった。
我慢をしなかったかと聞かれれば「した」。我慢なしには得られるものは限られている。

このような自分になれのは、ブリーダーを通じて多くのことを学び、多くの人に会えたことが大きいだろう。

遺伝。それがあるからこその多様性と淘汰的方向性がある。個々がそれを持ち、世の中はそれらがパズルのように組み合わさる。パズルと違うのは綺麗に嵌らないこと。ボタンの掛け違いは常。それが世の中なのだろう。

私が子供の頃には、三世代同居の家も珍しくなかった。そのような家が当たり前で、地域の繋がりが密であれば、つまり、人間の遺伝と血統を目の当たりに見ていれば、日常の暮らしの中でこのようなことに気が付くのだろう。都市部の今の世の中では、そのような状況はなく、気付かず過ごしている人は多いことだろう。
うーにーを通じて、はじめて気が付いたことは気恥ずかしさも覚えるが、気付くことが出来て何よりだった。

遺伝。生きるもの全ての根源。
たまには、そのような視点で自分を考えたいものです。

2017.1.20

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2015年3月28日 (土)

ラジオの宣伝(今年も狂犬病)

ここのところ忙しくてブログも放置状態ですが、ラジオのコーナーも作ったはいいけど、宣伝するのを忘れていました。明日の夜、放送です。

■放送日 3月29日(日)

■番組  世田谷ラジオ倶楽部 22:00~
番組内では最後の方です。頭から数えて50分くらいのところからはじまるコーナー(今週のプチコミ)。
サブタイトルは「4月は狂犬病の予防注射の季節です」。毎年、この頃に同様のものを流しています。

■聴き方
世田谷区内と周辺ならばラジオで、83.4MHz。
インターネットなら、以下になります。
http://radio1.bitmedia.ne.jp/fm834/viewer.html

■コーナーの説明ページ
http://www.inutalk.info/radio/src/kuchikomi/150329.htm

 

毎年、狂犬病予防法の在り方について考えてしまいますが、考えれば考えるほど、いじるのは難しいと感じます。
日常的に狂犬病に注意することなく暮らせる国、日本であり続けてくれることを願うばかりです。

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2013年5月16日 (木)

どうせ死ぬなら「がん」がいい

とあるレスキュー団体の人が貸してくれた本。
人間のための内容であり、動物のことは一切触れていません。

レスキュー団体をやっていると、犬の「がん」と向き合わなければならない場面も少なからずあるという。

「がん」治療は、ギャンブルとも言えます。
抗がん剤は効くかどうかわからない。切除した後、再発がするのか、もしかしたら進行スピードが上がってしまうかもしれない。外科的治療は麻酔のリスクもある。
そしてそれらには、経済的な負担もかかる。

そんな意味でも「どうなんだろう」と思ったりしますが、医学的なデータ(論文)や終末医療を見つめ続けている医師から、全く治療をしないのも選択肢として存在することを提示してくれる。

治療をしないことを考えたい人は、一読の価値あり。
がん治療の副作用や末期の苦痛について、懐疑的な方にも参考になります。

冒頭にも書きましたが、犬のことは書かれていませんが、がんの犬たちと向き合ってきた人が「参考になった」と言っていた本です。

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2012年8月20日 (月)

アトピーの原因

細菌や抗体のことを書いたので、似たようなことを書きます。

 

アトピーは、原因が分からないからアトピーというものだと思っていた。

しかし、先日テレビを見ていたら、「アトピーの原因は、黄色ブドウ球菌である」と断定的に報じていた番組があった。調べてみると、アトピーの原因は幾つもの原因が絡まりあっているいるが、アトピー性皮膚炎の大きな柱の一つとして黄色ブドウ球菌の存在があることは、常識になっているらしい。

そのテレビ番組は、花粉症対策として注目された、ダチョウ抗体入りマスクの研究・開発した先生にスポットをあてた内容ですが、何故ダチョウなのか疑問に感じた。他の動物ではなく、何故ダチョウなのか。

アトピーでない人、花粉症でない人もいるのですから、ダチョウに頼らなくてもどうにかならないのかな、と思えて仕方ない。

う~ん・・・、、ダチョウか。

 

あ、アトピー性皮膚炎の主な原因の一つが黄色ブドウ球菌であることが常識になっているという話でした。

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2012年8月19日 (日)

子供と病原菌

以下のような論文が発表されました。日本ではありませんが日本でもあてはまると思います。
http://news.ameba.jp/20120711-282/

(タイトル)
犬飼う家庭の子どもは病気に強い、感染症リスク減少=研究

(冒頭部分)
[10日 ロイター] 犬を飼っている家庭で育つ赤ちゃんは、感染症や呼吸器疾患などにかかるリスクが減少するとの調査結果が、米小児科専門誌「ピディアトリクス」に掲載された。

(文末)
研究チームを率いたEija Bergroth氏はロイターに対し、犬が家に持ち込む土や細菌が、子どもの免疫システムの発達を促進させる可能性があると語った。

 

この記事からも、免疫システムが学習によって構築されていくことが分かります。

 

O-157の記事を読んだ後に、こんな記事を読んだので、ちょっと書いてみました。
何かの役に立つのかと言われれば、あまり役には立たないと思います。何故なら「どうやって慣れさせればいいのか」が書かれていないからです。
唯一それに近いのが「犬を飼う」ということですが、ペットを飼ったら子供が体調を崩した(アレルギーや喘息など)」ことが理由で、ペットを手放す人がいる実情を考えると、簡単に勧めることは出来ません。

犬と共に育った子供は、そうでない子供よりも免疫システムが発達している可能性が高いことは充分に推測できますが、「犬を迎える前から強かったんじゃなの?」と言われてしまうとどうなんでしょうcoldsweats01

 
なんか役に立たない結論でスミマセン・・・・

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2012年8月18日 (土)

病原菌に慣れる

昨日、アジアのある地方にはО-157が日本以上に身近にいるのにいるのに発症しないのは、身近にあり過ぎて慣れている(免疫システムが学習している)からだと書きました。
「では日本人も慣れればいいのか!」と言いたいけど、それは簡単なことではないと書き加えました。

昨日、免疫システムは「学習」し続けるものと書きました。つまり積み重ねです。
食中毒や感染症における免疫システムの動きは単純ではありません。特定の悪いヤツのことだけを考えていたのでは解決できないのです。その人の体調にもよる、という話を聞いたことがある人もいると思います。その他、色々な要因が絡んできます。

食中毒を例にとれば、特定の細菌が入ってきても、大丈夫な人と、そうでない人がいます。子供や高齢者が発症し易いという話をご存知の方も多いと思う。
また、免疫システムが学習をしているということに加え、その人の消化器の働きによることもあるし、腸内細菌の状態によることもある。
ある特定の細菌に注目していたら、実は補助的な役割をする仲間がいることもあります。それが細菌などである場合もあるし、そうでない場合もあります。

その様な事情を踏まえてワクチンを開発するのですから大変な苦労があるはずです。

そんなことも考えず「慣れればいいのなら慣れてやろう!」なんて簡単に考えると、痛い目に遭います。取り返しつかないことにもなりかねません。絶対にやらないでください。

私は私の体の基準で「コレ、危なそう」というものは、匂いと味でだいたい分かります。そうでないものは、賞味期限が20年以上過ぎたものでも食べたことがあります。ここには書けませんが普通考えたら口にしないものも食べました。珍しいものは、興味深い味がするものです。(残念なことは、美味しくても二度と口に出来ないことcoldsweats01

 

話が横道に逸れましたが、私は子供の頃から非衛生的なものを口にすることに抵抗がありませんでした。ちょうど私が子供の頃から日本では、無菌状態を推奨するような傾向が始まりましたが、それに違和感を感じていました。

何度も書きますが、免疫システムは学習ですが、大人になってから急に多くの雑菌に触れてしまうと体調を崩す結果となることでしょう。
崩す程度で済めばいいですが、命を落とすことも考えられますので、絶対にしないでください。

子供の頃から・・・という話を書きましたが、明日は子供に関する記事のまとめ。

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2012年8月17日 (金)

感染症とか、食中毒とか

暑い日が続きます。何気なく台所に置いていた味噌汁の味が微妙に変わっていたりします。

レバ刺しが禁止になった。今までOKだったものがダメになったということは、人間が弱くなったのだろうか。そんな疑問のヒントになる情報が、マスコミで報じられていたのでまとめてみる。

感染症とか、食中毒を語る上で「免疫」とか「抗体」について説目が必要かもしれない。
簡単に説明してしまえば、病原菌をはじめとする体の中に入ってきては困るものを排除するシステム。変なヤツが入ってきたらやっつけてくれる、と考えればいい。
この「変なヤツ」かどうかの判断が難しい場合がある。仲間を攻撃してしまったら大変だし、やってきたヤツを全て排除したら向上も進化もない。判断が必要なのだ。
その判断材料の全てが予め(=生まれながらにして)用意されているわけではない。生活をしていく中で「学習」していくのだ。

この学習機能を利用したのがワクチン。「こんな感じのヤツは悪いヤツ」と学習させてあげる訳だ。

先日、こんな記事を読んだ。うる覚えなので多少間違っているかも。
日本でO-157が問題になっている。世界的にみるとどうなんだろう、ということで、どこかの先生がアジアのどこかに注目したとのこと。その地には日本以上にO-157が身近にいるらしい。つまり住民は日常的に接している。
しかし、重篤な症状を発症する人はほとんどいないという。日本よりも著しく少ないそうだ。

この疑問を解決すべく研究をしたとのこと。
結果を(私なりの理解で)簡単に書くとこんな感じだ。
O-157といっても亜種のように多くのタイプが存在する。人間を死に至らしめるようなタイプは少ないという。
その対象になった地に於いて、ほとんどのものは発症しても軽いか無害のタイプのものらしい。恐ろしいタイプは少ない(それとも日本と同じくらい?)らしい。
(ワクチン接種するように)無害タイプのものに接することによって、O-157のほとんど(恐ろしいタイプも含む)のタイプに対応できるように免疫システムが学習するので、恐ろしいタイプの発症が少ない、という結論に至ったらしい。

何気なく「慣れればどうにかなりそう」と思っていましたが、ちゃんと調査・研究した結果で説明されると納得できます。

乱暴にまとめてしまえば「O―157だって、慣れてしまえば大したことないと言えなくもない」ということですが、この「慣れる」は、実は簡単なことではありません。

そんなことについて、明日書きます。

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