2018年7月16日 (月)

ちょっとした勉強会

今回も備忘録的なブログ。
分かる人にしか分からない内容だし。

 

とある週末、お泊りでフードをメインとするペットビジネスの勉強会に参加してきました。生体は全く扱わない世界ではありますが、フードが関わりますので生体(一般飼い犬・飼い猫、保護されている犬や猫)への配慮・援助ということも含まれる。

私的なものであったので、具体的なケースで話が進み、その内容はここには書けません。
ここに書けることは、私が「やっぱり、そうなんだ。今の飼い主さんは、ある意味大変だな」と感じたことを書いておく。

 

うーにーが我が家にやってきたのは、1994年。高温の夏が当たり前になり始めた頃で、エアコンの室外機が高温で止まってしまい、一人暮らしの高齢者が亡くなったことが問題になった年でした。
次の年には、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件。1994年に埼玉愛犬家連続殺人事件。この頃、大阪の自称訓練士が殺人事件もありました。
今ととなっては「とっても昔」の話で、2000年の動愛法改正以降に、ペットについて興味を持った人たちの中には知らない・感覚的に理解出来ない人たちも少なくないだろう時代です。

ちなみに、ドッグ・カフェという言葉はありませんでした。ドッグ・ランは「欧米にはそんなものがある」程度で、東京都や23の各区が管理している公園にそのようなものが設置されることは「有り得ない」とおもうような時代でもあり、夜な夜なノーリード集会が隠れて(?)行われ、「前回の咬傷事故がいつで、どんな人が関わっていた」等が公然の噂でした。

当時のドライフードといえば、日本に昔からある加工食品メーカーが直接か、その関連会社が作っていたり、輸入代理店になっていたり。また、獣医さんが療法食として扱っているメーカーのもの、ショーをやっている人たちが使っていたもの、などが輸入されていました。
私の記憶では「プレミアム・フード」という言葉はなかったと思います。一般飼い主が入手し易かった「良い」と言われるフードは「ショードッグ用のフード」などと呼ばれるようなことが多かったと思います。

(一般の人が気軽に手に入れることが出来る)ショードッグ用のものも数が非常に限られていて、中には「私は絶対に使いたくない」とおもうようなものも「良いフード」をされていました。しかし、そのフードはある程度の数の人に支持されて有名になっていたことも事実です。つまり、イメージ戦略、ブランド戦略が成功していたのです。

その後、植物性のものをメインにしたものや「ここまで考えているのか!」とおもったり、「アメリカにはペット・フードの法律があり、守らないと大騒ぎになるのか」と関心したりしたものでした。

そして「手作り」や「生食」の情報も広がってきました。
その頃の日本は、Windows3.1 から Windows95 への移行時で、インターネットインフラが整いつつある時代でしたが、まだまだ一般的ではありませんでした。ADSLのサービス開始は1999年と言われていますが、普及が始まり「ブロードバンド元年」と言われているのは、2001年です(Windows Me)。

それ以前のことですから、マスコミ媒体としては数少ない雑誌、それ以外は口コミが情報入手の主な手段だったと記憶しています。なので、ブランド戦略はし易かったとおもいます。
当時も「みんな、もう少し考えてみようよ」と感じることがしばしばありました。

 

現在、2018年。様々な情報が手にはいります。「あのペットフードは本当にいいの?」と思えば、色々な情報がインターネットを経由して入手できます。もちろん発信する側にもなり得ます。
そのような時代なので、イメージ戦略、ブランド戦略は難しいだろうとおもっていました。

今回の勉強会は、ちょっとした衝撃でした。戦略を仕掛ける側の手法も高度になっていました。また力の入れ方も昔とは違うと感じました。

現在、プレミアム・フードと呼ばれるものは多種多様あります。となると、どれか一つのフードに目をつけ、「これ、うちの子に良いかな?」とネットで調べた結果、著しくネガティブな情報がなければ「とりあえず使ってみよう」となります。しかし、身体はそれぞれ違うので、同じフードを食べても同じような変化が期待できるとは限りません。そうなったときは次を探せばいいのです。

以上は「買う側」の話ですが、次は「売る側」の話。

前の方で書きましたが、1990年代中盤くらいまでのペットフード業界は規模も限られていました。また(ペット関連に限らず)広告戦略も今とは違って紙媒体がメインでした(ペット関係は電波媒体はほとんど使っていなかったとおもいます)。戦略といっても分かり易かった時代です。

ちなみに、消費者金融会社のCMにチワワが採用されて、小型犬ブームに拍車がかかるきっかけとなったのは、2002年です。ちょうど、ブロードバンドの普及が顕著になった頃になります。そしてよく「ペット産業は、既に一兆円産業になった」などと言われてことも記憶しています。

それから15年以上経った現在の販売戦略は(ペットフードに限らず)、とても多種多様な媒体、高度な手法、戦略が行われるようになりました。ペット・フードに関しては、昔は(産業として)力を入れて広告を打つほどの部類には入らなかったのですが、現在のように多くのフードが販売されて、多くの人がペットと暮らす世の中となっている現在、売る側も苦労が絶えないだろうことは容易に想像できます。

そんな現在の販売事情はどうなのか?
まず、他の主な産業と同じビジネス形態がとられてことに驚きました。フードメーカーや海外フードの輸入販売権が投資の対象にもなるようです。販売戦略は、やはりまずイメージ・ブランドの確立、販売網の整備と、日本における主な産業と全く同じ手法が取られているようです。

具体的な話を聞いていると、耳を疑い、目は白黒してしまいました。それくらい 1990年代との違いを感じました。

 

そこで感じたことは(ペットフードに限りませんが)それら情報を安易に信じ、それが(自分が得られる)最高のものだと思い込んでしまうことに危険はないのだろうか、と疑問をもってしまいます。
送られてくる情報が力強いものであれば(しかも多方面から同様の情報が入れば)そのように思い込んでしまうことは、当然のことだとおもいます。

このような情報に惑わされたとしても、フードを購入する側が危険な立場にさらされることは、ほとんどないでしょう。(現在、日本にもペット(犬猫に限りますが)フードに関するがありますので。)あるとしたら、「実は割高なフードだった(自分がおもっていたほどの効果が得られなかった)」「ちょっと体調が悪くなったような気がする」くらいで、ペットに著しい健康被害が出るようなことは、ほとんどないのではとおもっています。なので、「人間の食べ物も疑問をもつこといっぱいあるくらいだから、この程度ならいいんじゃない?」とおもってしまいます。

しかし、壁ではなく卵の立場を伝えてゆきたい人間としては、「ペットのためによりよいフードや日用品を」と(ビジネス目線ではなく)飼い主目線で、情報を提供してくれる人たちの声がもっと届いてもいいのではないか、とおもうことが多々ありました。
それくらい資本を注ぎ込んだ情報が出回っていることを感じています。

 

食べ物のこと、日常使うもののこと。それらのことを考える時間を、もっともってもいいのではないかと、いつも思ってところに行き着いてしまった。

皆さんには、こんなことを考えてほしい。

「カロリー」や「糖分」「脂肪分」などを気にされる方は少なくないとおもう(自分、家族、ペットに限らず)。
その理由は、肥満であったり血管内にへばりついてしまうものだったり、色々あるとおもいます。
ほとんどの理論展開は、これらの入口と結果です。「表示されているカロリーがこの数字だから肥満になってしまう」など。

同じものを同じ量食べたら、同じだけカロリーが摂取され吸収されるのだろうか。つまり個人差、個体差の問題です。
そもそも食品に表示されているカロリーの計り方は、摂取を前提として計られるものなのか調べてほしい。お時間ある方は、他の数値についても調べていただけたらとおもう。

更にお時間のある方は、「栄養素」や「治療薬の基本成分」についても同様の視点で調べてほしい。簡単に言えば、サプリメントの効果は人によって違うし、薬の効果もそうだし、副作用も。
食品について、そのような視点でみることに、皆さんがもう少し力を入れてもいいのではないかと常々感じている。

つまり、入口と結果だけでなく、真ん中の「摂取」にも注目し理解し考慮してほしいのです。これは、個人差、個体差があるので広告に載せるのが困難な情報です。インターネットで他の人が書いていることが、自分には、自分が共に暮らすペットには、当てはまらないだろうとこでもあります。

医療行為についても同様のことが言えます。同じ検査結果でも症状が違ったり、同じ治療でも効果が違ったり。この部分を担当するのが、医師や獣医師の「診たて」になるとおもいますが、多種多様な検査が可能になった現在は、その能力をしっかりともっている先生が少なくなってきていると感じます。
そのことについても、皆さんがもう少し力を入れてもいいのではないかとおもうことあります。

 

ペットの日常を考えてあげるとき、自分自身の日常を考えるとき、身近な人のことを考えてあげるとき、そのようなことを考えてあげる時間をとってほしいと、心から願ってやみません。

10個一パックの卵も、よく見れば一つ一つ違う形をしています。人間を含めた生き物は、規格化できないものだと、私は信じ続けていたいのです。

 

100年後くらいには人間も遺伝子操作されて規格化されるかもしれませんが、そのとき、私は生きていないことが、私にとっての救いです。
その世界は、人間が人間により管理される(現在でいうところの)家畜であるか、AIにより管理される家畜ということになるような気がし、その世界を見たくないのです。

自分は世界に一人の自分であり、共に暮らす人間の家族もペットも世界に一つの存在だとして暮らすことが、幸せな日常の基礎だとおもいます。

 

そんなことを再確認した勉強会でした。

| | コメント (0)

2018年7月12日 (木)

ラブ ゼネレーション(読書感想文) その2

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ラブ・ゼネレーション [ 早川義夫 ]
価格:2700円(税込、送料無料) (2018/7/6時点)


前回からのつづき。

2011年版の「ラブ・ゼネレーション」が図書館にあることを確認した後、「ちなみに、おいくら?」と調べてみた。なんと 2,700円!(文庫ではありませんでした)

図書館で予約をし、数日後、取りに行く。
何が変わっているのか。まず装丁が違う(当たり前?)。表紙の裏にも絵があったり文章があったり。
本文的には、7つのエッセイと写真が何枚かが追加されている。

 

まず、エッセイについて。
1992年版の印象は、アーティストとして歌とどのように向き合っているか、が主に書いてありましたが、2011年版で追加されたもののほとんどは、一人の人間としての考え方や感じ方が書かれている。

 

前半に加わった三章は、やはり音楽を仕事をしていることの苦悩がかかれている。

タイトルからしてそれが伝わる「僕には道楽などないとおもったらあったのですね -- JACKS解散理由 --」。

「あぶない音楽」では、デモや教育、冷戦について書かれている。
デモで女の子が機動隊に殴り殺されても報道されない。男の子が護送車から逃げようとして負った怪我が原因で骨での帰宅となったこともあった。
それについて感じること、考えることについて「僕の歌いたいことはちっちゃなちっちゃな、そう個人的なことなの。だから個性的なのよ。」と書いている。
最後には「原爆や水爆のふしぎな平和の中で、自分ひとりだけの美しさをみがいていくことはステキなんです。」と結ぶ。

続いて「ラブ・ゼネレーションにおいての序章」。
当時20代前半だった早川さん。子供の頃から大人に失望していたし、教育が目指すところも無理があることを感じ、失望さえ感じていたようだ。
しかし大人になっている自分。「どうしたらいいのか?」と考える。最後の一文は「まずは一つ一つの色は違う点になって出発を探そう。」で終わる。

 

中盤に一つだけ加わっている、「垂直的人間」。
商品、作品が作られ売られることについて書いている。少々長いが(おもわず「そうおもいます」と感じたところを)引用する。
===============
 病気をなおすことが目的なのではなく、問題は、その医者を信じるか信じないかの問題であり、知識を得るためだけに教師につくのではなく、その教師を信じられるか信じられないかが先であり、金のためにその会社に行っているのではなく、その会社及び社長を信じるか信じないかの問題である。
 その上で、金をふんだくったりふんだくられたりするのが望ましいのであって、いいとも悪いとも思わずモクモクと物品や金が動くのは、まるでゆうれいだ。
===============

私にとって一部意味不明なところもありますが、大筋では「信じるとか信じないとか考えずに(短絡的に)お世話になったりするから、妙な流れになり、時にはとんでもない結果になる」と、とても同感した。

 

終盤。本屋さんになってからの生活の中で。

「日陰者の一日」は、本屋さんの従業員としての一日と、奥さんのこと。人によっては「なんでこんなこと書くの?」とおもうかもしれないが、私は「そういうことが気になること、分かる」と妙な同感。

「里望君と長さん」の中で「僕は今、おつきあいしている友達が二人しかいないけれど、全然寂しくなんかない。」と書いている。ご近所の男性たちと休日を楽しんでいる。
下ネタを言い合うような仲ではあるが、「僕たちは、けっこう礼儀正しい。」とも書いている。この辺りも妙な同感。

「奥床しさについて」は、タイトルを読んでドキッとした。私は「おくゆかしさ」がこのように書くことを知らなかった。今となっては使う機会がなくなってきた言葉なのかも。
内容は、歩いていたら交番まで連れて行かれたときの話、お店に私服警官が来たときの話、お店にファンと思われる女のヒトが訪ねてきたときの話、音楽仲間が病院を探している電話を架けてきたとおもったら実はレコードを買ってほしいといい始める話。
他愛もない話の羅列。「もう少し、こちらの気持ちも分かってよ」と書きたいのだろう。何を伝えたいのか分かり難い。しかし、私も「こういうこと、書いておきたい」とも思う。
「奥床しさ」を皆がもてば、多くの人が生きやすい世の中になるだろうな、とおもった。

 

比較的後ろの方に、写真が何枚か。
音楽を仕事にしていたときの写真、ポスターやチケットも。当時の自宅近くで中川五郎さんと奥さん、お嬢さんの写真。本屋さんを開業し、その店内で猫を抱いている写真など。

本の中で、自分の見た目にコンプレックスを抱いていることを感じさせる文章が何度か出てきますが、写真の中にもそれを感じる。

 

早川さんの音楽や著書に共感を覚えるのは、そのコンプレックスかもしれない。
私も身長が低い。吊り下げの服ではぶかぶかである。立派な体格な人どころか、吊り下げの服を着ることが出来る人にさえ嫉妬をする。しかし「その分、頑張ろう」とは思わない。静かに、奥床しく暮らせればいいとおもっている。

私のコンプレックスは「見た目」ですが、人間誰しも何かしらのコンプレックスを持っているとおもう。それを克服し、頑張って生きている人もいるだろう。マスコミに書かれる文章の多くは、そのような人たちのもので、ときどき「こんなに頑張って疲れないのかな」と思ってしまうこともある。また「自分みたいに頑張らない人間はイケナイ人なのかな」とおもってしまうこともある。

そんなことを表現し続ける早川さんが魅力的に感じる。高度な演奏やとてもユニークな音楽的発想をウリとしない。大事にすることは「伝えること」。

犬との生活を長年考えている私にとって、この「伝えること」はとても大事にしている。そこが私にとって魅力的に感じるのかもしれない。

 

早川さんの作品とは関係なしに、書いておきたいことがあるので、つづく

| | コメント (0)

2018年7月11日 (水)

ラブ ゼネレーション(読書感想文) その1

犬猫関係ではありません。音楽関係ですが、今の音楽業界からかけ離れているエッセイです。昭和40年代に出版されて絶版になり、平成に入り再出版される。(たぶんこの本も絶版されていて、平成23年に別の出版社から改めて出版されている。)

これも備忘録的なブログ。

 

著者は早川義夫さん。
東京オリンピック直後の日本で数年活動し、惜しまれながらも音楽の世界から完全に離れてゆく。この本は、活躍した時期と音楽の仕事から離れる頃にかかれたものがメインとなっている。
平成に入りこの本が出版(シンコー・ミュージック)されて、その2年後に音楽活動を再開する。休止期間は23年だそうだ。
そんな早川さんが、先日こんなことを Twitter に書いていた。

==========(2018年)
5/20(日)鎌倉歐林洞のライブを最後にしばらく休みます。再び歌い始めて25年ありがとうございました。
==============

音楽業界のルールに疑問を持ち続け、しっかりと声を出し続けた忌野さんが亡くなったときもショックでしたが、音楽業界にほとんど関わらず活動を続けてきた早川さんの活動休止は、私にとっては同じくらいショックでした。
ちなみに、早川さんの曲のほとんどは(他のアーティストが歌っているものは、そのバージョンがありますが)カラオケにありません。歌詞がネットに載っていることもあまりありません。

彼は 1972年、ある曲で多くの人に知られるようになりますが、別のグループが歌いヒットし、その後多くのアーティストがカバーすることになります。しかし、その歌い始めたグループが歌うにあたり、早川さんに対し何の話もなかったようです。(井上陽水さんの「陽水生誕」が発売された3年前のこと。そんな時代だったようです。)
(ちなみに、1972年には完全に音楽の世界とは離れ、本屋さんを営みはじめる。)
早川さんは、著作権などややこしい権利などについては深く考えることなく、「歌いたいこと伝えたいことがあるから歌う」というスタンスでやってきました。
復活後も(テレビに出たこともあるようですが)大きなホールで行うことも少なく、一人ひとりに言葉が届くような小さなライブハウスで歌い続けていました。

復活してから一緒に活動してた相棒的な存在の人が 2014年に亡くなり、その後も続けてくださるだろうと願っていましたが、ついに活動休止されてしまいました。

そのようなことがあり、この本を読んでみようとおもいました。図書館で探したら見つかりました。

 

20180707読んでみました。はっきり書いてしまえば、ほとんどの部分は酷いです。色々な意味で酷いです。読むのが疲れるし、「実名書いてこんなこと書いていいの?」とおもう内容ばかり。

今の世の中で好まれる表現は「ポジティブ」で包んで輝かせる感じですが、この本は「包み隠さず」。「私はこうおもっています・感じています」の羅列。
音楽で仕事をする人間というより、人に感動してもらうものを作る人間としての苦悩。神様が与えてくれた特殊能力があるとか、すごく知識があるとかではなく、ただただ「伝えたいことがある」だけで活動している人の苦悩という感じ。

ビートルズが好きだけど、ビートルズのことはよく知らないという。知り過ぎることが怖かったようです。常に自分が完全なる自分であり続けることが、この仕事をする人間の条件のように考えていたようです。

しかし、最後はおもわぬどんでん返し。人間とは、生きてゆくとは、こういうもんだよなとおもった。

 

再出版されるにあたり、中川五郎さんが書いた解説を含めると全222ページ。
最終的な部分、苦悩から開放されてゆく頃のことが書かれている部分についてメモしておきます。

185ページから始まる「棄てるものがあるうちはいい」の冒頭は「しばらく、歌仲間とも離れ、」で始まる。音楽活動を休止し始めた頃。
次の「いろいろなこと」(189ページ)の冒頭は「考えてみれば、もう二〇ヵ月も続けてきたわけで、そろそろ終わろうと思う。」で始まる。他の人のことも書いていますが、自分のことが書かれている部分が多くなる。
その章の最後は、誰かの歌の引用なのか、自分の歌の引用なのか。それともこのとき書かれたものなのか、以下の5行がある

=============
あげるんじゃなくて、すてるんだね
もらうんじゃなくて、ひろうんだね

恋もお金も身体も心も

あげるんじゃなくて、すてるんだね
もらうんじゃなくて、奪うんだね
=============

次の章は「強姦論」。今の世の中だったら出版できないのではと思われる内容も含まれている。
この後、「卒業について」「父離れ」は、全く自分のことを語っている。どれだけダメな人間かを語っているようにも読めるし、人間誰でもダメな部分をもっているんじゃないのか、と問いかけているようにも読める。
子供の頃の環境は色々だ。でも、同じ環境に置かれても誰も同じように感じ・育つわけではない。そんなことも感じた。

 

本編はここで終わる。
続いて「作品歴」があり、昭和四十七年に書かれた「あとがき」、平成四年に書かれた「文庫版あとがき」が続き、最後に「解説」を中川五郎さんが書いている。

中川五郎さんの文章の最後には、早川さんが再び歌い始めることを期待している。そしてその二年後、1994年(我が家にうーにーが来た年)にソニーからCDが発売される。

うーにーの関係で知り合った人が、早川さんと仕事をすることになり、早川さんを知る。その人が興奮気味に話をしていたことをよく覚えている。そして、初めて聴いたとき「この音楽の何処が魅力的なのかよく分からん」と思ったこともよく覚えている。当時は、CDが100万枚売れることが珍しくなかった時代で、きらびやかな音楽が溢れていた。そんな音楽とは全く異質だった。

 

ここまで読んでくださった方の中には、早川義夫という人を知らない人も多いとおもう。
こんな曲を作った人ですと書けば、「へ~」と思い出してくださる人もいるかも。

サルビアの花

天使の遺言
作詞を担当した森雪之丞さんのNoteはこちら

 

見返りやその後の義理のことを考えて、「あげたり・もらったり」するのではなく、自分の意志で、感情で、「すてたり、奪う」感覚でやり取りした方が、お互いの関係がより確かなものになってゆく。
それは、早川さんを教えてくださった人からも、うーにーからも教わったような気がする。

 

ここまで書いて、平成23年に別の出版社から発売されたものを調べてみた。
あったのですが金額にビックリ!、エッセイの追加と写真が加わっているらしい。
念のため、図書館にあるか調べてみる。あれ?、あった!!

借りて読んでみます。

なので 「つづく」(笑)

| | コメント (0)

2018年6月28日 (木)

高尾山(2018 一回目)

今週のとある日、高尾山に行ってきました。なかなかいいなと思った。近いうちにまた行きたいので備忘録を書いておく。子供の作文のような、事実の羅列。

 

年に1~2回高尾山に行く。いつも6号で登って稲荷山で降る。そこそこ好きなのでワンパターンになっていた。ただ6号は場所により道が狭くて、人が多いとなかなか先に進まないことがある。これがイライラするので、最近行っていない。

今回は、「高尾山に行きたい!」と思ったのではなく「新緑の季節に山歩きしておきたいな」と思った。我が家の近所には山はない。地図を見れば、高尾山がどれだけ近いかよく分かる。
「高尾山かぁ~、他がいいなぁ」と思ったのですが、ふと「他のコースにすればいいんだ」と思いつく。

冒頭に書いたコースばかりなので、ケーブルカーにも乗ったこともない。なのでケーブルカーの高尾山駅周辺を知らない。ちょっと見てみたい気になった。その後は、蛇滝や日影沢にでも抜けてバスで戻ればいいかなくらいに思っていた。

 

朝、出発の準備をしていると、あまり聞かない声が聞こえてきた。おばまが鳴き続けている。
おばまは、一人の時に鳴くことはほとんどない。鳴き続けるときは(たぶん低血糖での)異常行動だ。静かに近づいてみると、やはり私のことが分からない様子。(立って人間を怖がるので)匍匐前進で近づいても「シャー、シャー」言う。連続の「シャー」が連続することはこの3年くらいでは異常行動のときしかない。
トイレに出たり入ったり(既に済ませていたようですが、それでも出たり入ったり)。ほとんど行かない隙間に入ったり。別世界に入ってしまっていたようです。

少し落ち着いたとき、フードを少々与えた。まずは、カマクラにこもってくれた。30分くらいそのままだったので、出掛けることにした。
20180628a出先からは、ネットカメラで確認。私が高尾山に着く前に(電車の中で確認したら)カマクラから出てきて寛いでいた。一安心。

 

タブレットを見ながらコースを考える。
当初の考えは、あまり好きではない1号でケーブルカーの上まで登り、その後のことは登ってから考える。
もう一つ考えていた。6号から入り、琵琶滝から一気にケーブルカーの高尾山駅まで登るコース。その先のことはやはり登って考えようとおもっていた。

今回の課題はペース配分。ここのところ運動していないので、息は切れるだろうし、脚はヘロヘロになるだろう。下りで転ばないためにもペース配分は大切。一人なので完全自己責任。自分の身体を把握しながらの登り降りを考える。
自分の体力・体調をしるためには、敢えてスタートはキツイ方がいい。コースは途中で変更可能なので、はじめに体と気持ちを少し追い込んでおいた方がいいだろう。

となると、6号から入り琵琶滝横の急坂コースだ。

6号の入口に着く。意味もなく、ここで休憩。はやる気持ちを落ち着かせる。ついでに荷物になっている飲み物を少し飲んで軽くしておこう。
琵琶滝に着く前に額に汗をかき始めていた。水分をとっておいて正解だった。

琵琶滝に着く。狛犬の写真を撮ったりしていた。この先は急な斜面が多いらしいので、気持ちを落ち着かせる。
  20180628b   20180628c

後から来た二人連れの一人が「ここからも行けるんだよ」と言うともう一人が「ここはキツイから今日はやめよう」と言って引き返して行った。
久しぶりの自分は大丈夫か。まだ体力があるので、どうにかなるだろう。

登り始める。たしかに急な坂。息は切れるが一歩一歩進むことは出来る。脚はまだ大丈夫。そして急な階段の連続になる。これは辛い。下って来る人たちとすれ違う度に、道を譲るふりをして一休み。下って来る人はいるが、登っている人は前にも後にも姿がない。ネットの地図で調べてもこの道が載っていないこともある。高尾山という観光地を目指す人、全てにお勧めできるコースではないのだろう。

少々辛いが、それがまた「山に来ている」感じがするので「このコースで正解!」とおもったりした。写真のような場所はキツそうに見えてもどうにかなる。このような場所よりも斜度キツイ階段が辛かった。毎回、脚を高くあげるのはなかなか辛い。
  20180628d   20180628e

20180628f何箇所か分岐がありますが、とにかく上へ登る道を選べば良い。
最後に、「この綺麗な階段は何?、そしてその先が光り輝いているけど、どんな世界なんだ?」と思う場所が見えたら、そこがケーブルカーの上の駅(高尾山駅)付近だ。

 

ケーブルカーの駅近くに出ると別世界。「へ~、こんな所なんだ」と。ちょうど噂のビアマウント の裏辺りにでる。開店時間前だったのでお客さんの入りは分からなかったけど、今の時期は、たぶん、それほど混まないみたい。ネットで料金を確かめる。2時間でこの金額ならまぁいいかな、ちょっと高いかな、とか考えている自分に驚く(笑)

駅から続く綺麗に舗装された道を歩く。蛇滝への道を見つけた。下りの斜度を見て「今はやめておこう」とパス。
先に進むと「たこ杉」なるものがあった。タコのオブジェもあり、そこで自撮りをしている男性。思わず「シャッターを押しましょうか」と言いたくなったが、「そういう時代じゃないよな」と自制した。

舗装された道は気分的に疲れる。タブレットで地図を見ながら考える。少し進むと4号の入口があったので、こちらを選ぶ。

4号は、まず下る。そこからは比較的平坦。この日は4号に来る人も少なく、静かに山を楽しむことが出来た。
20180628g吊り橋もあったが、ちょうど何組かの若者がやってきて、わざと揺らしたりして「をいをい」と一言言いたくなった。運が悪いとしか言いようがない。

少し上り始めたなと思って少し進むと、1号へと戻る「いろはの森コース」との交差がある。4号を歩いていた人の多くは一号方面へ向かった。私は4号を進む。
「いろはの森コース」を1号と反対に進むと日影沢方面に行けるようだ。

20180628h4号は、多少のアップダウンはあるものの、のんびりと山歩きを楽しむことが出来た。
山頂近くの1号に出た。舗装を歩き始めると飲食店の看板。ペット同伴席があるという。つい、こんな写真を撮ってしまう。
ペット同伴席が何処であるかがの図もあった。見晴らしの良いテラス席がペット同伴席のようである。

ちなみに、ここまで来るまでに犬連れは2組しか見なかった。参考までに書いておくと、この日、高尾山で見た犬連れは4組だけだった
  20180628i   20180628j

この看板の前に椅子があり、水分補給。
平日なので人が少ないはずですが、ここは山頂も近く、多くの人が行きかっている。休日はどんな混雑なんだろう(自分は絶対に来たくないけど)。

 

さて、山頂。人がいっぱい。当然、通り過ぎる。立ち止まりたくない。下りの道を考えるのも面倒。結果、いつも通り下りは稲荷山

稲荷山を下り始めてすぐに「防水仕様でない人は他のコースを利用してください」という内容の小さな看板があった。ここのところの雨で随分とぬかるんでいるらしい。
当日の靴は、アウトドアのメーカーのものでしたが山用ではなくウォーキング用。たしかに雨続きの後ではありましたが、この日は晴れていた。靴がグチャグチャになっても、どうにかなるだろう。駅前に靴の泥を落とす水道があることもチェックしてあるし。

ということで稲荷山を下る。
山頂付近は急な下りですが、その先は比較的穏やか。所々、考えながら進まないとならない場所もありますが、山に来たのですから、それも楽しい。

20180628kはじめの内はのんびりお行儀よく歩いていました。するとこんな看板があった。
「ヘビ?、以前一度だけちょっと見かけたけど、そんなに出会えるもんじゃないよな」と思いながら看板をしげしげ見る。
それから、10分後くらいのこと。比較的平坦な道を歩いていた。道には木の根が露出している部分もある。
この日は眼鏡をしたりしなかったり。眼鏡をしていないとき、「なんだ、黒い根っこ?、いや、ホースか?、、、、えっ、先っちょが上がった!!!」。眼鏡をかけてみると、1m50cm以上はある青大将のようでした。鎌首を持ち上げたその姿は美しく、誇らしげにも見えた。数秒にらめっこした後に、道端の木の根元辺りに逃げて行った。その後、タブレットをザックから取り出し、静かに木の根を探してみたら、そこに居た。タブレットをヘビに向けているいる間に、すごい勢いで斜面を滑るように下っていった。まるで水の上を泳いでいるようだった。あんなに活き活きしているヘビは久しぶりに見た。
20180628l  20180628m
左の写真の木の根に沿うように青大将がいた。
右の写真の辺りの斜面を滑るように消えていった。

最後の30分くらいは、下り斜面では走る。走るというより転げるように下る。勢いよく下る(青大将のように?)。下半身の関節が大丈夫な内は、色々な動き・衝撃を確かめる。とりあえずは大丈夫。最終的な結果は、明日か明後日(笑) 

途中、二回くらい休んで水分補給。そしてどんどん歩いて行くと、東屋がある。そこでまた一休み。小さなおにぎりを一つ食べる。そこからの写真が下。

「山に来て、街の景色なんか見たくないな~」と思いながらも、横にある説明書きをしげしげと読んでしまう自分に苦笑。
20180628o  20180628n
20180628p

最後はスパートをかけるように降りて行く。この先は狭いがあまり荒れていないし、適度な傾斜で走り易いし、スピードの制御もし易い。

一気に下ることも出来たが、降りきる少し手前に数人の団体さんの姿が見えた。ちょうどそこは旭稲荷だった。よく見たことがないので祠をのぞいたり、手を合わせたり、写真を撮ったりする。

子供を守る左のお稲荷さんの顔が何かヘン。折れている。落石でもあったのだろうか。子供は無事だ。
20180628q  20180628r

そして下山。あとは帰宅するだけ。

 

20180628s帰りの電車の中でおばまを確認。元気そうにだらだら寝ていた。この日は暑かったのでこんな姿勢になるのだろう。

 

我が家の最寄の駅から高尾山口駅まで一時間強。一時間半くらいみておけば大丈夫のようだ。往復の時間は三時間みておけば確実のようだ。
登り降りは(2~3分の休憩は5~6回とったけど)ほとんど歩き続けて三時間。
家を出てから帰宅するまで六時間。

昼食は外食しなかったし、交通費もお手ごろでした。

 

次の日。
お尻が筋肉痛になった以外は大丈夫。と、おもったら五十肩が少し悪化した。走った時に腕を振りすぎたか。

次の次の日。
お尻の筋肉痛は治まる方向に。五十肩もそんな感じ。

こんな感じのコースなら大丈夫そうです。でも、もう少し歩きの時間がほしい。
人ごみは嫌いだけど、ビアマウントは一回くらい行ってみたい(混雑時はイヤだけど)。

さてさて、今年二回目はあるのか。

| | コメント (0)

2018年6月24日 (日)

「俺、つしま」 ミニ色紙めぐり と 吉祥寺散歩

昨日はうーにーの誕生日。生きていれば、と歳を数えるのはやめましょう。

ふと考えると、おばまもうーにーと似ているところがある。
短足で前脚が太い。アンダーコートがあり、よく抜ける。甘ったれで女房によくくっついている。ちょっとふてぶてしい。胃腸は丈夫な方だ。礼儀正しいが主張は忘れない。「顎のっけ」をする。

また、おばまは「俺、つしま」のつしまや他の登場猫物に似ているところもある。
つしまとは見た目が似ていた(今は糖尿で少し細身になってしまったけど)。声が高かった(最近、おしゃべりになり低い声も出せるようになった)。ちょっと強面である。しかし、人を脅そうなんて考えていない。でも、譲らないこともある。キックが激しい。
オサムのように甘えることになれていない。猫じゃらしを振っても手しか見ていない。
テルオのように捕獲箱に入ってからは、あの町でその姿を見た人はいない(今も人が住めない町だけど)。

そんなこんなで、6月22日は「俺、つしま」のミニ色紙を見て回ることになった。
https://twitter.com/tsushimacat/status/1008233000402706432

201806221立川駅ビル内の「オリオン書房 ルミネ立川店」で待ち合わせ。
ここの展示は結構気合が入っている。入口的な場所の高い位置にに大きな切り株のようなオブジェを配し、その上にポスターとミニ色紙、下には多くの「俺、つしま」本が置いてありました。
しっかし写真を撮りたい気持ちはありましたが、本屋さんで写真を撮ることに気が引けてこの一枚だけ。目立つところにあったので、店員さんの目も、他人の目も気になってしまって...。

次は同じ立川駅構内なのですが、改札を入った本屋さん。その前に「いろは堂」のおやきを買う。「いろは堂」の本店にはうーにーも行った。うーにーも食べた。
帰宅後、うーにーとの日々を思い出しながら食べました。

201806222次は同じ立川駅内の「PEPAR WALL エキュート立川 エキナカWEST店」(店名長い)。こちらは、駅の廊下に面したガラス張りのショーケースのような所に展示。他の漫画のもありました。展示するだけの場所なんで、写真をしっかり撮りました!
帰宅して、写真を確認したら(ガラス張りなので)私たち夫婦の姿がはっきり写っている。なので黒でつぶしました。

ミニ色紙は一枚一枚手書き。普通の大きさの方が書くのが楽なのでは?、とおもいました。プロの人ってほんと凄いなとおもいます。

201806223吉祥寺に移動して(立川と吉祥寺って離れているんですね、もっと近いと思っていた)、「ブックファースト アトレ吉祥寺店」へ。
店内に入り探すがなかなか見つからない。入口やレジ前を探すが見つからない。マンガの所に行ったら、平積みの上に飾るように置いてありました。入荷している数が少ないので、このような感じになったのだとおもいます。

 

その後、ハーモニカ横丁にある「みんみん」で餃子とチャーハンで昼食(女房が羽根木餃子さんのFaceBookを見て行きたがった)。
お店を出た後に、横町内にある小さな店の前で女房が、「うーにーが生きていたとき、この店に何度かきた」というので、何の店だとおもったら、犬用の食べ物やさん。女房は以前仕事でこの辺りによく来た。その頃に何度も利用したとか。

吉祥寺に来たのだから、と「いせや」の総本店を見に行く。女房はこの辺りによく来た頃から好きな店だったとのこと。何年か前に建て替えてからよく見ていないから見たいという。
見に行くと確かに新しくなっていて、お店の上は10階くらいあるマンションになっていた。
地下にも「いせや」さんがやっている飲食店がある。こちらは肉系のものをだしている。ちょっと気取った店で肉系で「いせや」さんがやっている店なので、ランチ営業はやっていないとおもい込んでいたのですが営業していた。それを知っていたらこちらにきたのに。(でも「みんみん」も良かった。)

ここまで来たのだからと、井の頭公園を歩くことにした。女房は、公園に入ってすぐに休んでいるゴールデンの姿を見つける。ゴールデンは伏せをしている。連れている人は、若い女性でよちよち歩きのお子さんも一緒。ゴールデンは暑さで一休みしているとのこと。女房は少し触らせてもらった。「うーにゃんの誕生日にゴールデンに触れた」とご機嫌。

この公園には、うーにーと一緒に何度も来た。何曜日の何時頃にどの道を通れば駐車場に入りやすいとか記憶していた。あの頃と比べて全体的に整備されて綺麗に見えた。しかし池の水だけは当時よりも淀んでいるように見えました。

変わってしまった店もありましたが変わらない店も多い。「ここでよくソフトクリーム買ったよね」などと話しながら公園の出口に向かう。こちらでは「いせや公園店」も見る。こちらは外から店内がよく見えない。反対側の「金の猿」も健在だ。ここの関係者の方にもうーにー関係でお世話になったことがあった。「いせや」から2~3軒先で「SYUNA&BANI」が営業していたことには驚いた。あの時は、まいすも一緒だったから2000年のことだとおもう。吉祥寺は息の長いお店が多いのかもしれませんが、犬関連のお店でここで長続きすることはなかなか難しいのではないだろうか。

そして駅へ向かう。その間にも懐かしいお店が幾つか。吉祥寺という町はすごい。

井の頭線に乗り、明大前で乗り換え下高井戸で下りる。おばまのために鮪のブツとベニトロを買う。もちろん人間も食べる。

201806224晩御飯時、おばまは興奮気味だった。そして食後は女房の横でうつらうつら。

 

ただ本屋さんをまわって写真を撮っただけではない。何処でかは書きませんが、女房はまた一冊「俺、つしま」を購入していた。
夜になって、「また買わなくてもいいのに。もう読んじゃったし」と思いながら手に取る。ちょっとパラパラめくる。結局、はじめから最後までしっかり読んでしまった。
この本の魅力については、また改めて。

 

この日の夜、「ギフテッド」というDVDを見た。
アメリカでは「子供の権利」がしっかりと考えられていることを再確認すると共に、猫を手放すこと、その後殺処分することについては、日本とそれほど変わらないか日本の方が意識が高いのではとおもった。(アメリカは州や地域で法律や条令などが違うので一括りには出来ませんが、映画でそのように映され、それを観たアメリカ国民が違和感を抱かない程度に制作しているのだろうから、やはり日本の方が意識が高いのかもとおもった。)

 

うーにーの誕生日。なかなか充実した一日だった。

| | コメント (0)

2018年6月 2日 (土)

Dr. Jeff ジャパン・ツアー 2018 講演会(6月2日)

最近、お約束になっている断り書き。
この書き込みは、誰かに働きかけようという目的はなく備忘録。自分が何を聴き、どう感じたのかを書いておくものです。

ここ数年、「自主的にあちこちに顔を出すことを慎む」ようにしている。自主的には行かず「お誘いを受けたら行く」。今回もお誘いいただいたので行くことにしましたが、「私のような者が行ってもいいものか」と迷ったものでした。

理由は、事前の情報では「殺処分ゼロ」やTNR(外を自由に出歩く(日本に於いては)猫の避妊去勢活動)についての高度な話におもえたので、私のレベルでは付いていけないだろうなと思ったから。

 

内容について。

 

冒頭にロビーに展示されたアート作品の説明がありました。
ロビーで鉛筆で作られた犬を見たときは「こりゃ、凄い!」と思ったのですが、鉄兜で作られた亀には首を捻りました。何故戦争の道具で?、と。そして(なんの動物だったか忘れたけど)鉛筆の金属のキャップで作られたものもありました。金額も結構な金額で「何がいいたのかな?」と思ったものでしたが、それらの説明がありました。
暴力反対の活動をしているアーチストでありプロジェクトだそうで、鉛筆のキャップと思ったものは薬莢でした。
ちなみに鉄兜の亀は100万円だったとおもいます。今回の収益の多くがジェフ先生の活動に寄付されるそうです。

 

そして(ジェフ先生ではなく)フィリピンで活動されている女性の先生からお話(活動報告)。
狂犬病もあり、経済的にも苦しい人たちが少なくない国での活動はなかなか大変そうに見えました。お話の途中、活動でのご苦労を思い出し、涙ぐむ場面もありました。しかし、協力者の輪が少しずつ広がり、今では安定して活動が出来ているようにも見えた。理解していただき、協力者の輪を広げる。そのことにより、さらに活動が理解されるようになる。
当たり前のことかもしれませんが、なかなか出来ることではありません。活動の継続、理解者を増やす。基本中の基本だとおもいますが、ここが疎かになっているのではと感じる団体が、この日本には少なからずあるように思えました。
未だ(本格的に活動になってからかもしれませんが)二年目ということにも驚きました。

 

こちらの先生のお話は(全体からすると)手短に終わり、その後のほとんどの時間は、ジェフ先生がお話されました。
今回のテーマになっていることは、「殺処分ゼロを守ろうとすると活動が立ち行かなくなることもあるし、犬や猫の生活の質を考えた場合、安楽死という選択肢を持っていた方が良い」というような内容。

そのようなことは、幾らでも見聞きしている。しかしジェフ先生が話すと、今までの誰の話よりも説得力を感じる。
何故なら世界中の幾つもの国や地域のシェルターを見たり、施策を確認したりしてきているので、欧米以外の地域の話も聴けたし、活動期間も長いので「昔のアメリカでは」など時間軸での違いも聴くことができた。
そして話が論理的。数字が色々出てくる。数字に関しても「相関しているからと云って直接的な関連があるとは限らない」と慎重に理解する態度を貫き、多くの事象を視てきた結果の内容なので、とても納得できる話ばかりだった。

このことをこんな例で説明をしていた。
「アイスクリームが売れると犯罪が増える」という報告があるそうですが、それは、気温が高くなるとアイスクリームもよく売れるし、イライラする人が増えて犯罪も増える。アイスクリームを売らなければ犯罪が減るということはない。

とても大事な心構えだと常々感じています。物事を視るときに、より掘り下げて何がどう関連しているのか、何をどう定義すれば判断できるようになるのか、など論理的な理解をしないと、自分も理解出来ないし、理解を広めることも出来ないだろう。

質疑応答は、私個人としては、残念に感じた。
内容が(適当な表現が見つからないので幼稚な表現になってしまいますが)「シェルターなどで殺処分も視野に入れるべきとおっしゃいますが、感情的に出来ることならしたくない。しない方がいいのではないか」と聞こえるものが複数ありました。
私は「それについてこの講演でず~っと説明してきたじゃない?」と思ったし、答える先生も(またまた幼稚な表現で申し訳ないが)「繰り返しなりますが」と付けて何度も同じ内容を説明していました。ただし、この先生の凄いところは、別の事例や数字で説明する。次から次へと話が出てくる。

質疑応答の最後に、「今回日本で幾つかの場所で施設、現場を見させてもらった。日本の猫たち(外で自由に活動をする猫を含む)の状態は良いと感じた。日本のこれからは期待できるとおもう」との感想を述べていた。

印象に残ったこととして、神奈川県の建てかえたばかりの施設(今回、先生は視察した)についての質問に答える形で「総工費と行っている活動を比べて、もっと効率的(より多くの動物たちのためになり、その理解を広げる結果に繋がる)お金のかけ方があるのではないか」というようことを述べていました。
先生は、自分のクリニックも持っていますが、世界に幾つものクリニックを建て、運営し、安定したら次へ、という形の活動をしています。このような活動をするときに、お金の話は重要です。彼がお金を用意し、運営を始め、そして投資した資金を回収し、回収した資金で次の施設を建てることをしているそうです。
先もにも書きましたが世界中のシェルターも見学しています。今回の講演会で説明してくださった(シェルターの)例でもお金がどうなっているのかについて、しっかり説明していました。
そんな先生から見て、前述のように見える施設だったということです。折角の施設ですから、より効率的に運営されることを祈っています。

 

最後に「これは素晴らしい情報だ!」とおもったことがありました。

この講演会は、アニマルレスキューシステム基金の主催です。こちらの団体は(私が知る限り)避妊去勢手術が広まることを願い、神戸や福島で活動してきました。その他にも不幸な犬や猫たちの対策をしているようです。
しかし広く理解されないのか、活動が足踏み状態に感じているところでした。そして今回のツアー。「先生にツアーしていただくだけで、次のステップに進めるのだろうか?」と疑問をもっていた。

しかし最後に素敵な情報がありました。
オリンピックが終わった 2011年を目処に、ジェフ先生の活動の一つとして日本にシェルターを作るという。そこではもちろん避妊去勢手術も行う。それは継続可能な、かつ効率的なシェルターの実例になることでしょう。
何故、2011年かというと、現在他のプロジェクトが動いているとのことで(またまた幼稚な言葉になりますが)順番待ちの状態だそうです。

神奈川県のセンターがもっと効率を上げる余地があるだろう、と先生が感じたところで、日本にはそれを理解し、現実的なプランを提供できる人がいないのだろう。もし提案したとしても、「そんなの絵空事だ!」と言われてしまうことでしょう。また、避妊去勢手術を日常的に行う獣医師の必要性も述べていました。施設を作っても、日常的に数多くの手術をする獣医師が必要です。その育成の実際についても、2011年の施設が大きな力になることとおもいます。

 

動物の保護及び管理に関する法律は、昭和48年に出来ました。成立に漕ぎ着けるまでには多くの活動家、議員の方々の尽力がありました。奇しくも、前の東京オリンピックの開催の年(昭和39年)の前後にも法律を作ろう!という機運がありました。
次の法改正は、オリンピックの前年 2009年になりそうです。そしてオリンピックの次の年にはジェフ先生の施設が日本で動き出すことになれば、幅広い立場の人たちが身近な動物に対して今まで以上に配慮できる社会になる機会になることと信じています。

| | コメント (0)

2018年5月14日 (月)

2018.05.12 白州へ

これも備忘録。個人的な日記。

テラスの山菜定食が食べたくなって、急遽白州へ。
1999年のちょうどこの日、まいすが我が家にやってきた。うーにー亡き後、何度かまいすを連れて行った。女房はそれ以来だと思う。

土曜日、おばまのインスリンを打ち、その後の食事を食べさせてから東京を出た。旅行にしてはのんびりの出発。10時半くらいに白州着。お昼には早いので、まずは尾白川渓谷へ。

2018051401駐車場に着いて、ビックリ!、連休でもないのに車がぎっしり。初めて手前の駐車場までほぼ(乗用車で)満車になっているのを見た。トイレも新しくなっている。何があったのだろう。そして尾白川渓谷は激混みなのだろうか。

駐車場から砂利道を通って神社方面へ。何組かの人たちと行き交ったが特別多い印象はない。
神社手前に仮設トイレが設置されている。やはり大混雑する観光地になったのだろうか。お揃いの派手な服を着た、案内をするような人たちもいる。地面には石灰で矢印が書かれている。

そしてそこにはお決まりのようにこんな看板が。私が通った15年間には見た記憶がない。残念なことだ。2018051402

川に下りる。綺麗で冷たい。
2018051403
一度上がり、神社の脇を通り、吊り橋を渡る。吊り橋もよく整備されている。安心して渡ることができる。
2018051404吊り橋を渡りきり川に下ろうとしたら、熊への注意を呼びかける看板があった。そこにも、犬関係のことが書いてあった。これは確かに危ないかも。

熊は怖いですが、川へ下りる道も整備されているし、下りてからも歩き易くなっている。滝まで行けるようになっている。滝方面を見ると 20人ほどの人がいたので、我が家はここでUターン。

神社まで戻るとお揃いの服を着ている人たちが、皆で神社のトイレを掃除している。それとは別の仮設トイレが来たときは一つだったのに三つになっている。

なんだかんだと人がいましたが、駐車場にあった100台くらいの車とは数が合わないし、石灰で書かれた矢印や三つの仮説トイレは何のため?

そんなことや、相変わらず水が綺麗で冷たかったとか話ながら駐車場に戻る。そしてテラスへ。

 

事前に電話したとき、「大人数は対応できません」と言われたので体調を崩しているのかなと心配になったのですが、冬に大怪我をして今はとりあえず治っているらしいのです。でもまだまだ本調子ではないので、セーブしているとのことでした。

2018051405  2018051406
料理が出てくるまで少々時間がかかるが、女房と昔話など。そして「いろいろ行ったけど、テラス席からの景色はここが一番!」と意見が一致。同点くらいで、裏磐梯のアロマテラスですが、あそこは営業しているのだろうか。

山菜を料理する前に見せてくれた。ここではコシアブラは珍しくない。珍しいとおもったのはタカノツメ。ここでは初めてかも。
2018051407  2018051408

メインの天ぷらが出てくる前に小鉢色々。これだけで嬉しくなってしまう。どれもやわらかいし、優しい味。
そして天ぷら。今、思い出しても唾液が出てくる。ここの山菜は確実に他とは違う。あまごもやわらかい。山を知り尽くしているからこそと云う感じ。
2018051409  2018051410

山菜天ぷらを食べていたら、コシアブラご飯が出てきた。これもビックリの美味しさ。写真のようなコシアブラご飯にするには、と考えれば分かると思いますが、たぶん他では食べられないのではないだろうか(少なくとも私のような貧乏人には)。
2018051412汁物も美味しいのですが、この日は完全に脇役的な立ち位置。
2018051411

2018051413そして、これまた他では飲んだこと見たことないクロモジ茶。2~3年くらい前からここで出会えることがある。一般的なクロモジ茶の作り方とは違う。もちろん、この店にもいつもあるわけではない。天ぷらの後、さっぱりとしたクロモジ茶は最高。

お茶を作った残りの茎というか枝が天日干しされていた。皮もついたまま。一般的なクロモジ茶は茎というか枝も使いますよね。ここのは使わないので、お茶の色が茶色ではありません。
ちなみに、この枝で何を作るのかを聞くのを忘れました。もしかしたら、クロモジにするのかな。

おもいっきり満足の山菜定食だったのですが、ここに来たらケーキも食べたい。これが20年近く続いたパターンだ。コーヒーカップも色々で、それも楽しみ。
2018051416  2018051417

この日、女房は小さなうーにー人形を持ってきた。うーにーの毛で作っていただいたものだ。2010年に逝ってしまったので、もう8年近く経つことになる。毛糸が少しずつ切れてもわもわになってきている。

女房はたぶん4年ぶりとのことで、昔話に花が咲く。ゆっくりしたいが、おばまのインスリンのこともあり時間は限られている。話もそこそこに失礼することにした。

尾白川渓谷の駐車場が混んでいる理由だけは訊きました。
日向山の駐車場が使えないという。「台数も限られているし、整備が行き届かないのかなぁ」と思ったら、問題なのは駐車場ではなく、そこまでの道。途中で通行止めになっているとか。そのため、日向山登山の人たちが尾白川渓谷の駐車場から登るのだそうです。
それでも多いなと思ったのですが、次の日(5月13日)に何かイベントがあるとのこと。仮設トイレが設置されたり、地面に矢印が書かれているのはそのためだとか。

 

テラスを出て裏の道へ。うーにーとよく歩いた道。以前は、昔ながらの砂利道で横に用水路がむき出しになっていた。落ちる人も飛び込む犬もいるだろうな、という感じでしたが、今は簡易舗装的な砂利道で、用水路には蓋がついていた。
上流に向かって歩いて行くと、途中から昔の道になった。うーにーとよくここを歩いた。それだけで幸せだった。人と犬ってなんなんでしょうね。

昔なら(反射的に?)写真を撮ったものですが、今は意識しないと撮らなくなった。画面の中にうーにーがいない写真なんて、敢えて撮ることもないだろう。

 

車まで戻り、白州の道の駅へ。野菜などを買う。先日、気に入った青大豆もあったので買った。
ここでいきなり、うーにーのブリーダーさん宅に電話をかけてみる。
「30分後くらいに行こうと思うんですけど」といきなり言うと、「何処にいるの?」と訊かれたので、「白州の道の駅」と答える。「分かった。待っている」となる。

自宅分も含めて、金精軒でお菓子を買う。お土産は生信玄餅、自宅用はあんどうふピュール。
金精軒の二階では、写真の展示をやっていた。ネットでさがしたらこちらでした。

 

ブリーダー宅に到着すると保護犬が元気に挨拶してくれる。ブリーダーがすぐに出てきてくれて、家の中へ。目が白濁している中型純血種が家の中で相手をしてくれる。他のブリーダーの犬を引き取ったようです。この子がなかなか性格がよく、「犬との時間ってこうだったよなぁ」と思い出す。

広いランにちょこんと超大型犬が三頭。ブリーダー曰く、「この犬たちがいなくなったらこのラン、どうしよう」と。使っていない幾つかのラン以外には鶏がいるだけ。思い出したように「そうだ、卵、持って帰ってよ」と10個ばかりいただいた。

「あの人はどうしている?」「あの犬は?」などと話は尽きませんでしたが、夕方の渋滞前に帰宅しなければならず、話を切り上げるように東京へと向かうことに。

 

帰りの中央道は所々渋滞はありましたが、ほぼ順調に帰宅。おばまの注射の時間に間に合いました。

そして、おばまはちょっと不満気に思いっきり女房に甘えていました。
おばまは土日が分かります。病院に連れて行かれるかもと警戒するのですが、この日は警戒する前に、私たちが外出してしまい、途方に暮れたこととおもいます。

おばまも一緒にお出かけ出来るようになるといいのですが、家の中の移動だけでも体調を崩すくらいななので(大袈裟ではなく)命がけになってしまうかもしれないので、無理だろうなとおもっています。

| | コメント (2)

2018年5月 7日 (月)

2018 ゴールデン・ウィーク前後の食べ物他

タブレットの中にあった食べ物写真やメモからゴールデンウィークを思い出すdelicious
(個人の記録です)

4月28日(土)
おばまのインスリンをもらいに動物病院へ。その後、経堂の商店街へ。悩んだ末にフォローミーのランチ。食後の飲み物がつくかどうか確認するのを忘れて、結局付けなかった。
お店を出て、外にあるランチの案内を見て「つければよかった」と後悔。前回も同じ後悔をしたような気がする。
趣のある店内だし、流れている音楽はジャズだったりクラシックだったり。
写真はありません。

4月29日(日)
メガネの関係で三軒茶屋へ。久しぶりにキャロットタワーの展望台に昇ったりした。
さて昼食。第一候補のル・マンが休み。結構あちこち歩きましたが「これだ!」という店が見つからず。なんとなく栄通りのお肉系のお店(二階にある)で食べた。店名が思い出せない。こちらも写真はありません。

4月30日(月)
20180507430a犬関係で知り合った富山の方からホタルイカとシロエビが届く。毎年、楽しみにしている。
シロエビは普通にから揚げ。
ホタルイカは今まで色々と試したのですが、念のため寄生虫対策もあり、ちょっと勿体ないような以下の食べ方をしました。これが美味い。使い勝手がいい。(見た目はよくありません。)
レンジOKの容器(写真はカフェオレ・ボウル)に全部入れて、ラップをかけてさらに蓋をして、レンジで適当に(量や入れ方によって時間は違います)。そこそこ加熱できたとおもった頃に引き上げる。容器の中はぐちゃぐちゃ。汁気たっぷり。20180507430b
ほとんど姿はありませんcoldsweats01。でも、これが美味しいし、色々使える。結構な量になる。(写真はレンジ前。)
そのまま食べても美味しいし、ご飯にかけても美味しい。今回はパスタにも使いました。汁の中から身を引き上げて、ポン酢などでもいけます。
本当は綺麗な姿で食べたいのですが、不器用なのでこんな感じになっています。

5月1日(火)
食べ物ネタなし。
近所を歩いていたら急に話しかけられて、何かとおもったら「5歳の猫を去勢手術したら、急に腎臓が悪くなって死んでしまった」という。随分と遠くから来ていたようで、その方の地元が 3日からの福島関係の展示場所に近かったので、その話を少ししたら、話が終わらせて立ち去ってしまいました。
動物愛護的な話をする人間が嫌いになってしまったのかな、と想像したりしました。

20180507502a5月2日(水)
こんなお菓子をいただきました。
桔梗信玄餅かとおもったら信玄棒でした。
我が家は金精堂派。桔梗屋さんは貴重品。

5月3日(木)
代官山の春花祭で色々見ていたら昼食を食べそこなった。晩御飯も何を食べたか覚えていない。
春花祭は、福島のことを思い出すいい機会。東京で電気を使っている限り、福島の発電所のお世話になっているのですから。
動物の情報は多々ありましたが、(動物以外の)福島の現状も聞くことができて、「このような所に来ないと、福島の話を聞く機会がほとんどないな」と気付いたりした。
原発の周りの町では、現在でも出続けている放射線量により、扱いが随分と違うようです。また、国が戻ってきてもいいとした地域でも、元の地域そのものが戻ることもない。地元の人は悔しいこととおおいます。

5月4日(金)
春花祭が終わった夕方、福島から足を運んで下さった方たちも一緒に食事。
20180507504a  20180507504b
まずは集合場所的に使わせていただいた L.C.d.B. 。ガレットやさんですが、特別に軽食も出していただきました。地元関係だから貸切りにしてもらえたのかもしれませんが、数名で利用するにはいいお店です。お店にはボーダーのサブちゃんがいます。
20180507504c  20180507504d
さてさて晩御飯。
みんなで駅近くのカフェ・クラッセに移動。お洒落なお店で高いだろうとおもう店構えですが、そんなことはないし、お店の人たちもみんないい人です。私は写真(下左)の定食を食べましたが、お時間ある方はこれが幾らか調べてみてください。ついでに場所とお店構えもね。きっとビックリしますよ。こんなことからも代官山って素敵な町だとおもいます。
20180507504e  20180507504f
そうそう、福島から来ていただいた方からエキソンパイもいただきました(恐縮です)。

5月5日(土)
梅が丘の串揚げ屋さん、かくれん坊
前々から行きたいとおもっていたのですが、なかなか機会がなかった。ここのランチはとってもお得だとおもいます。写真はありません。
晩御飯は、近所のラーメン屋さん、一心。久しぶりにここのつけ麺&餃子を食べる。女房はふくいしラーメン。こちらも写真なし。

5月6日(日)
犬関係の方から突然の電話。とても久しぶり。
我が家もよく行った信州のとある場所に行ってきたので、お土産を買ってきてくださったという。この季節に、その日だからこそのお土産といえば「山菜」。色々いただきました。
折角なのでランチをご一緒に、と祖師谷大蔵キッチンマカベへ。人気のお店ですが、ぎりぎりセーフという感じで利用することができました。こちらも写真なし m(_~_)m
犬との暮らしに対する考え方は色々なので、同じような考えを持っている人との話は楽しいし、とてもプラスになる情報があります。こんな付き合いが続けていられるのって幸せだなと。
20180507506a  20180507506b
20180507506cで、夜は山菜と冷蔵庫にあった野菜でこんな感じ。料理は女房。青大豆福島の犬猫に関わっている方からいただきました。初めて使いましたが結構いいですね。上の長芋は冷蔵庫にあったもの。

 

ゴールデン・ウィークは何気なく終わってしまったような気がしましたが、これを書いてみて、いろいろあったんだなと気が付きました。
春花祭でもいろいろありましたが、それは Twitter やら FaceBook に書いたので、それでいいかな。自分は福島にお世話になっているとおもっているけど、それは人それぞれだし。
犬や猫との暮らし方も人それぞれ。それでいいとおもっています。

それにしても写真が下手になった。自分が使っているタブレットは暗いところに弱いです。

| | コメント (0)

2018年4月 4日 (水)

サンシャイン水族館(2018.3.9)

これはブログ、日記です。(2018年)3月9日にサンシャイン水族館に行きました。そのことを書いておくだけhappy01
何故、一ヶ月以上前のことをアップするかと云えば、ネガティブな内容が含まれるので、展示終了を待っていました。しかし、後半の「ざんねんないきもの展」が期間延長になったので、もうアップしちゃいます(当日のチラシをみたら延長の表示がありましたcoldsweats01)。

池袋のサンシャイン水族館で、3月11日まで、深海生物を特集していた。それが見たくて女房と行った。
特に見たかったのは「メンダコ」。その昔、わざわざビデオを買って動くメンダコを見たことがありますが、深海生物であるメンダコの実物を見たことがなかった。
HPやパンフレットにメンダコが展示されている(ように見える?)写真が載っている。そして、もうすぐ展示が終わってしまうので行きました。

ついでに、これも見たかった「ざんねんないきもの展」も見てきました。こちらの話は後半(ブログアップ時、まだやっています)。

 

深海生物2018 のパンフレットはこんな感じでいた。

 2018040401  2018040402

2018040403で、メンダコはこんな表示(右)。
レア度MAX!、期待しますよね。

下の展示は見ましたが、どうもこれだけのようでした。何処かにきっと生体が展示されているはずと館内を何周もしましたが見つかりませんでした。
週末になったら混むだろうからと、頑張って平日に行ったのに、、、残念。

 2018040404  2018040405

2018040406メンダコだけでなく、深海生物の展示はイマイチに感じてしまいましたが、他の展示は普通に楽しめました。

大きな水槽には、珊瑚も配置され多くの魚が泳いでいました。ちょうどダイビングスーツを着たお姉さんが水槽の中から話を聴かせてくれるコーナーがありましたが、トラフザメに抱きついたりして楽しそうでした(お姉さんの写真はありません)。

その近くには、マンボウの水槽もある。小さめの水槽なので間近で見ることが出来た。動きがゆっくりなので待っていればシャッターチャンスが来ます!

 2018040407  2018040408

アザラシも小さめ水槽だったのですが、ビュンビュン泳ぐので上手く撮れませんでした。

2018040409  2018040410

ヤドクガエルやカメ、爬虫類なども見易い展示だった。ハコフグはサービス精神があるのか撮りやすかったです。タブレットのカメラで撮っていますが暗い展示もそれなりに撮れました。考慮されているのかも。(おまけ的に深海生物のダイオウグソクムシも入れておきます。)

 2018040411  2018040412

 2018040413  2018040414

この水族館に前回来たのはいつだろう。うーにーが来る前のはずだし、その前も行った記憶がない。ただ、オープンしてすぐぐらいに一回か二回行ったような記憶があり、そのときは「結構広いな」と思ったような気がするのですが、今回は「もうここで終わり?」とお土産物売り場に到着してしまい、不思議な感じでした。

2018040416aお土産物売り場から外に出ると、こちら(屋上)にも展示がありました。それを見る前に、カフェに行く。狙いはメンダコケーキだ!、冒頭に載せたパンフレットにもあるし、ネットでも話題になっていた。共に話題になっていたグソクムシケーキも気になっていた。現物は冒頭パンフレットや現地にあった広告(右)の写真よりもよく出来ていて、とても興味が湧いたのですが、ちょっと食べる気になれないのでパスした(少々お高めだったし)。

 2018040415  2018040416

可愛いものは食べちゃいたいと思うけど、グロ可愛いと手が遠のくのは何故でしょう。

 

さて、外の展示。この日はあいにくの雨。
まず、全体をウロウロしようとしたが、とにかく雨。屋根がある場所ばかり見る。
雨が弱くなったときに、屋根のないアシカの前に行くと「撮って!」と言っているかのように、近づいてきてカメラ目線をくれる。写真を撮って間もなく、何故か狭い池のようなところで、凄い勢いでぐるぐる回り始める。「何なんだ、この行動は?」と思ったら、排泄をした。「犬や猫と同じなのね」と思ったものでした。

 2018040417  2018040418

少し離れた屋根がある場所に人が集まり始めた。ペンギンのショーが始まるらしい。私たちもそこへ。頭上と正面にペンギンたちが泳いでいる。

 2018040419  2018040420

分かり易く云えば、餌やりショーだ。
よく分かったことは、口の中には獲物を逃さないように、内側に向いた針のようなものが無数にあり、鱗や鰓がある魚をしっかり喉の奥へ奥へと流し、食べるらしい。

ペンギンは、水に浮かんだ餌を食べるとき(人間から直接もらうときも)丸ごと食べる。しかし何かの間違えで魚が千切れてしまうことがある。骨が出てしまったりする。ペンギンたちは、そのような魚を口にはするが食べることはなかった。
鱗のように一方向に並んだものではない形になってしまうと、つかえて(引っかかって?)しまうようです。

参考になりそうなページとして、こんなページがありあした。これに似た写真を見せてもらいました。

 

次はアシカのショー。でも20分くらい時間があった。雨だしどうしようかと悩む。屋根のある観覧席もあるので、三月上旬の寒い雨の中、そこで待つことにした。
時間が近づいてくると、小学校低学年か、その手前の年齢の団体が幾つも集まってきた。小雨ではあったければ、屋根のない場所で見ることになった子達もいた。後で風邪をひかなければいいんだけど。

ショーが始まる。何処から出てくるのかと思ったら、私が居た所のすぐ横の花道のような通路から。間近でみるアシカは躍動感満点。
ショーの内容はアシカの能力が分かるようになっている。前後のヒレ(四肢)と首の能力は凄いなと思った。顎の力も強そう。

 2018040421  2018040422

ショーが終わると花道のような通路を帰っていった。いい場所で見ることが出来ました。

20180404232018040424

 
 

水族館のチケットを買うときにセット券が販売されていたのが、ざんねんないきもの展。話題になっていたし、面白そうと思っていたのでこちらも見た(安かったし)。

 20180404a  20180404b

    20180404c       20180404d

写真を色々と載せてしまいますが、やはり実物(生体)を見てほしいです。興味を持った人で池袋に行く用事がある人は是非足を運んでほしい。
ここだけの入場料は600円のようですが、水族館の入場券と一緒に買うと+400円です。

会場に入るとまず、デンキウナギ。これは知っていた。体のほとんどが発電するための器官であるため、生きるための必要な器官は頭の近くに寄せて(?)ある。なので肛門も顎の下くらいにある。

 20180404e  20180404f

次に迫力のある、リュウグウノツカイ。おもわず「そうなの?、でも食べられて泳いでいる映像見たことない」と疑ったりしました。

 20180404g  20180404h

 20180404i  20180404j

検索したらこんなページが見つかりました。
体が半分ない固体が泳いでいます。私はてっきり齧られても(齧られた歯形になくなっても)大丈夫なのだと思ったら、自分で切り離すことができる(トカゲと同じならそうですね)という意味なんですね。

ちょっと気になったのがシマリスの展示。残念な理由は知りませんでしたが、展示されている個体の内一匹の尻尾がこんな感じ。切れてはいないし、何故こんな状態になったのか。また、それを展示しているのか不思議におもった。

 20180404k  20180404l

20180404m女房と「これこれ、これだよね」と顔を見合わせたのは、カエルアンコウ。この魚、そう遠くない昔、名前が違いました。放送では不適切とされる単語が長い間使われていました。当時から「いいのかなぁ」と思っていましたが、10年くらい前(もっと前かな)に改名(?)されました。

「一匹だけか」と思ったら、もう一匹いました。逃げ足は遅いでしょうから見つからないようにしているのでしょうね。

 20180404n  20180404o

舌が青いトカゲ(アオジタトカゲ)は、サービス精神なのか、それとも別の理由があるからなのか、時々舌をだしてくれる。しかし私はタブレットで撮っているので素早く撮れない。なのでとにかく何枚も撮った。偶然舌を出している写真が撮れることを祈って。
舌の写真は撮れませんでしたが、いい表情が撮れたので載せておきますhappy01

 20180404p  20180404q

動物の名前が酷いかどうかは感覚的なものがある。
スッポンモドキ、別にいいとおもう。ブタバナってダメですか?(顔の写真が撮れなくて残念)、ブタさんの立場はどうなるのでしょうか。名前よりも人間の乱獲が酷いとおもう。

 20180404r  20180404s

次も名前ネタ。これは、私も「カニの名前じゃないんだ」と納得。ならば「アカホシヤドナシヤドカリ」とかすれば?(写真が下手でゴメンナサイ)

 20180404t  20180404u

20180404x写真を撮ったものの最後。展示でも出口近くに居ました。
これも名前ネタですね。酷い説明がされていますが、写真の通り綺麗です。飾っておきたいくらいですが、生き物を飾るのは好きではありません(花も)。
格好を気にして生きていられるのは人間くらいではないでしょうか。(求愛のため目立つ色や格好をしている動物もいますが、それは次の命へ繋ぐためであって自分個人の満足のためではないです。)

 20180404v  20180404w

大きな展示会場ではありませんが、これらが全てではありません。これらにしても現物(生体)を見ることをお勧めします。

家族で行くのもいいし、友達やデートでもいいとおもいます。ちょっと時間が空いたときに一人で行くのもいいとおもう。バラエティーに富んだ展示なので、一つは好きになれるヤツがいるとおもいます。

生き物好き、デザイン好き、コピー好き、ネタ好き、そんな方は是非!
特設HPはこちら

(2018年)5月6日(ゴールデン・ウィークの終わり)まで

| | コメント (0)

2018年3月23日 (金)

失見当(識) ~避難所に身を寄せるようなときに気をつけたいこと~

単語の備忘録。

大規模災害の発災直後、見当がつかなくなる人が多くなるという。ほとんどの人が程度の差はあれ、この状態になってしまうらしい。
非日常な状況を突然強いられれば、平常心ではいられないだろうと想像は出来る。しかし、どの程度のものなのか、よく分からないというのが本音だった。

それを分かり易く語ってくださったセミナーが昨年(2017年)11月にあった。話を聴いたときに「うんうん、そうだよな、そういえばそういう話を聞くし辻褄が合う」という感じでした。

最近の私は、このような話を聞いても、とりあえず放置する。時間を経て本当に大事なこととして広く伝えなければならないことなのかよく考える。
この4ヶ月間、「あ、あの単語、なんて言ったっけ」と思ったことが何度かあったので、「この単語は覚えなくちゃ」という気持ちで、この書き込みをすることにしました。

 

以降、失見当識という言葉の説明をします(識をなくして「失見当」ということもあるらしい)。昨年拝聴したセミナーの内容が主ですが、その後私なりに調べたり、自分の経験などからの考えを書くものであって、先生のお話そのままではないし、裏づけが不充分な部分もあるでしょうから教科書的に読まないでください。個人の備忘録です。

ネットで調べたらコトバンクの次のページがヒットした。
https://kotobank.jp/word/%E5%A4%B1%E8%A6%8B%E5%BD%93%E8%AD%98-283454

一般的には(私の理解では)、意識障害や記憶障害により、周りの状況の認知が不完全なのか、認知は出来ても判断が健全に行われないのか、結果として異常に見える行動をとってしまう状態と言えばいいだろうか。俗な言葉でいえば、「上の空」とか「別の世界にいってしまっている」と、私は理解した。
上記ページで書かれていることは、医療現場で診断に用いるときの説明であり、災害時のことは「そのような状態」と理解するべきで、このページの通り解釈すべきではないとおもいます。

 

この言葉が出てきたのは、「ほとんどの人は、大規模災害の発災直後はまともな判断が出来ないと心得ておかなければならない」という話からでした。

「なるほど、みんなそうなっていると思って(自分はしっかりまともだと自覚して)冷静に行動しましょうってことだよね」と思ったら、ちょっと違う。「たぶん誰もがなる、私もなる、あなたもなる、と自覚して欲しい」、とのことです。

そこで、幾つかの実例が出されました。私も似たような話を幾つも聞いていたので納得。

この20数年間の大規模災害直後、現場で被災しながらも懸命に救護活動などにあたった方々の何人かから「あの1~2日の記憶が全くない」とか、「あそこでこんなことしたじゃないですか」と話をしても、「私、あそこに行きましたっけ。行ったことないとおもいますけど」などと返事が返ってきたとか。そのときの記憶が全てない人もいれば、所々ない人もいるそうです。

問題は、記憶のあるなしではなく(理屈はともかく)異常な行動してしまうこと。

明らかにおかしな行動を起こす人もいるでしょう。動けなくなってしまう人もいるでしょう。イライラしていつもやらないようなことをしてしまう人もいるでしょう。
そのように分かり易いケースよりも、特定の知識・意識が抜け落ちてしまっているケースが危ういことになりそうです。「この人に任せておけば大丈夫」と思ったら、いつもと違う行動をして任せておけない人になってしまうこともありそうです。

発災直後には、そのような人たちが避難所など安全とおもわれる場所に集まります。そのことを心得ておくこと。

自分も含め誰もが、そのような状態になることを認識しておくこと。

 

発災直後に、少しでもその状態(の自分)を和らげる方法をセミナーでは紹介していました。これも私の勝手な解釈をつけてしまいますので、先生のお話そのものではありません。

1.まず「どうしよう」と途方に暮れている自分に気がつくこと。正常だとか、冷静にならなくては!、など考えたところでなれないこと(失見当識になっていること)を自覚すること。

2.周囲の状況からの判断を誤って認識してしまったり、認識さえ出来なくなってしまうようですが、情報は必要です。そのために、スマホなどを手にとる。地震災害であれば地震速報が鳴るはずなので、その気になると思います。
そのことを想定して、(例えば)「まずスマホを手に取ろう!」と声に出す、と予め決めておき、実行することだそうです。
声を出すことにも意味があると思いますが、平時に決めたルールを守れているか、の確認にもなります。発災直後の状況からだけで判断するのではなく、平時に考えたこと(声に出す)を実践できるかを確認することも大事なのだろう、と思いました。

3.スマホなどから、ある程度の情報収集や行動の方向性を考えることが出来始めたら(情報収集したら、たぶん尚更焦るでしょうから)、深呼吸やストレッチで体も心もほぐす

4.3.までは個人の考え・行動ですが、次は、他の人とコミュニケーションをとることについて。まず連帯感を意識する。「不安ですよね!」「一緒にやりましょう!」という感じで。
やってはいけないことは、安易な安心情報を出すこと。「大したことないです」「あそこ(避難所など)に行けば絶対に大丈夫だから」など。
大規模災害時は何が起こるか分かりません。大丈夫と言われたことがそうでなかったら、とても混乱したり悲観的に感じる人も出てくるとおもいます。また、連帯感を持たねばならないときに、不信感を抱くことになるでしょう。

 

私の現状の理解は、こんな感じです。

 

ところで、今更このことを書こうとおもった動機を書いておきます。

前の書き込みで、「ファースト・ミッション・ボックス」について書きました。避難所を立ち上げるときに利用するものです。名前はどうでもいいのですが、このようなようなものが普及してくれないと、避難所運営の(平時からの)準備も進まないだろうなと考えています。

避難所を立ち上げるのは発災直後です。ほとんどの人が失見当識状態になっていると考えるべきです。

平時に避難所運営を論じるときは、「こんなケースは?」「もし、このような問題が発生したら?」など多視的に考えることでしょう。当然それらの議論や準備は必要です。しかし、発災直後、それを論じていた人たちの頭の中に、それがあるとは限らないし、認識能力・予測能力は著しく低下していると考えるべきなのでしょう。

ファースト・ミッション・ボックスは、今まで一度も訓練に参加したことがない人でも実行できるように書かれている、と言われていますが(どれだけ訓練に参加したかではなく)、失見当識の人でも動けるように書くべきなのだ、と気がつきました。

 

失見当識なる言葉で、発災直後の混乱を少し整理できました。
もし大規模災害に直面したら、他人のこと、世の中のことも大事ですが、自分は正常ではいられないと心得ることが、最も大事なことかもしれません。
正常ではない自分のために、出来る限りの備えをした方がいいと思う反面、しすぎても使う余裕がないかもと思ったり。

災害時という(自分の心も)混乱しているときに、どう動けばいいのか、どう使えばいいのか、分かり易い、忘れてしまっても直感で分かりそうな、モノや方法を準備しておくべきなのだと理解できました。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧