2018年1月10日 (水)

「動物愛護法」は本当に動物を守れている? 現行法が抱える問題点とは

https://petokoto.com/1433

上記、なかなか参考になる記事だと思ったので、自分の備忘録。そして、私の活動を理解してくださっている方々にも読んで、ご意見いただけたらと願います。

現在の法運用の限界のようなものを具体的にみることができる内容もあるし、将来についての方策が見えてくる内容もあります。

 

司会:細川先生

 

1 法律を運用する「現場」が抱える課題
 大熊伸悟さん(高崎市動物愛護センター職員)

不幸な犬や猫を減らしたいと考える人には、是非読んでいただきたい。
今までセンターがなかった場所にセンターが出来ること、そこに熱意ある方が就かれ、改革を進めてゆく。行政という大きな組織の中で、今までやっていなかったことを行うことがどれだけ大変であり、また、そこまでしなくても良いという選択肢がある中、茨の道を進むが如くの日々を選んでいます。

「あなたたちなんかは動物のことちっともわからないでしょ」と言われたりと悔しいおもいを抱き、さらに勉強も重ね、実情にあった指導が実ることになったのでしょう。

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例えば飼い主から電話で「うちの馬鹿犬は私の手を噛むんだ、散歩もしてあげてる、餌もあげてるのに噛むんだ、けしからん」といった話をされたときには、・・・・
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と書かれた前後を読むと並々ならぬ熱意を感じます。このレベルのことを、どこのセンターでもやっていただきたいものです。

今までも熱意ある職員さんが、保健所やセンターを変え、その地域を変えた例が幾つかあります。このような方が活躍できることを心から願っています。

記事の順序とは前後逆になりますが、業者を刑事告訴するまでのプロセスについて、ここまでネット上に書いてくださったことにも感謝しています。
法律があるのだから裁判にかけられるはず、と考える人が多いようですが、現場はこんな感じだし、地域によって絡み合う諸事情があることもあります。

これは、後述の「4 動物取扱業、登録制から許可制へ……?」も併せて読んでいただきたい。
都道府県(センターや保健所)の権限を強くしていただくことと、動愛法に何回か出てくる「環境省令で定める基準」を現場で物差しとして使えるものにしていただくことを願うばかりです。

 

2 劣悪なペットショップ 東京都の法律運用は?
 川崎亜希子さん(公益社団法人「日本動物福祉協会」栃木支部長)
 太田匡彦さん(朝日新聞記者)

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2年ほど前に東京都昭島市のペットショップで一つ事例があったので・・・・
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と、この事件についてのお話です。

この事件については、公ではお話し出来ない内容があるのではと思っています。
以前、この件についてのシンポジウムが近所で行われたので拝聴させていただいたことがありますが、そのときに公では話せないことがあることを感じさせる内容を目にしました。私が以前から抱いていた疑問に対する答えを見つけることができましたが、それば逆に大きな問題があることを突き付けられたような気持になり、正直なところショックでした。

そのことについてはここでは書けませんが、とても難しい問題であり、それをどうにかしない限り(業者の問題だけでなく、動愛法の運用全体が)大きな前進は難しいのではないかと危惧しています。

 

3 「8週齢」を条例で 札幌市の事例
 藤野真紀子さん(元衆議院議員)
 太田匡彦さん(朝日新聞記者)

業者に対して既に8週齢の規制をしておいて、飼い主を対象にしようとしたら「科学的知見はあるのか」との考えから、ちょっと待ったをかけようとした、ということですが、逆に環境省に、8週齢の規制を業者だけに行う「科学的知見はあるのか」と問いたくもなる。
これについては、以前議連の先生が「決めの問題である」と発言していたのを記憶していますが、環境省が客観的な「科学的知見」に拘るのか、「決め」を作り、悪質な(思慮深くない?)繁殖者(業者、飼い主、その他繁殖する者全て)に対して、繁殖行為について意識を高めてもらう方向で進めるのか、今後を見定めたいとおもいます。

業者でない人が(繁殖する必要も意思もなく)安易に繁殖することは倫理上も問題があるとおもうし、一般飼い主が繁殖するのであっても、せめて8週くらいまでは親元に置いてあげてほしいものです。

 

4 動物取扱業、登録制から許可制へ……?
 大熊伸悟さん(高崎市動物愛護センター職員)
 太田匡彦さん(朝日新聞記者)

冒頭の、1 法律を運用する「現場」が抱える課題 の解決策的内容。
法改正により、登録制から許可制にしたい、とありますが、その通りだとおもいます。以下、現場ではそのような場面に遭遇することがあるかとおもいます。
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現状の法律では、それを運用する地方自治体の職員は布の服にこん棒みたいな状態で現場に行かなくてはいけないので・・・
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現場職員の方々の熱意が報われる法律にしていただきたいです。

最後の方にある
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繁殖用の犬猫を畜産動物にするということです
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には、ギョっとしましたが、そのようなことが進んでいるという現状は記憶しておく必要がありそうです。そこまでして繁殖するメリットがまだまだあるということですから。

(参考)
http://www.ray-office.jp/authorization/%E8%A8%B1%E5%8F%AF%E5%88%B6%E3%80%81%E7%99%BB%E9%8C%B2%E5%88%B6%E3%80%81%E5%85%8D%E8%A8%B1%E5%88%B6%E3%80%81%E4%BD%95%E3%81%8C%E9%81%95%E3%81%86%E3%81%AE%EF%BC%9F/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8A%E5%87%BA%E5%88%B6

 
 
5 動物を守りたい――アニマルポリスの実現可能性は?
 大熊伸悟さん(高崎市動物愛護センター職員)
 川崎亜希子さん(公益社団法人「日本動物福祉協会」栃木支部長)

現場で起こっている問題が、公の場でここまでしっかり議論されるようになった現在、アニマルポリスの必要性は明らかだと感じています。
名称や組織の構成手法はこれから議論してゆくとして、まず、動愛法をしっかり守る必要性を国民に理解していただくことが必要だと考えています。広く理解されれば、職員の権限を強くするのは当然であり、職員の数も増え、しっかり監視・指導できるようになれば世の中、変わってくるとおもいます。また、センター内部に置くのではなく、指導・取り締まり等を仕事としてきた人を中心にした別組織になってもいいのではないでしょうか。

どのような形であれ、動愛法が理解され、人と身近な動物とが心穏やかに暮らすことが当たり前の世の中になることを祈っています。その世の中は、きっと人間同士も心穏やかに暮らすことができる世の中だと信じています。

 

※オマケ――虐待について

記事を読んでいて、この説明も必要なのでは?、と思ったことを書いておきます。
一言で「虐待」と言っても種類(?)があります。とても大まかな分け方を書いておきますので、考えていただけたらと願います。
また将来的に、法律やそれに付属する基準などで記載されることを願っています。

・ 積極的虐待と消極的虐待
「積極的虐待」は、猫を対象にしたものが多いです。惨いことをする。さらにその死体等を人目のつくところに遺棄したり、その行為をネットにアップしたりするので、他者への影響もあります。
「消極的虐待」は(時間的理由、経済的理由等で)手が回らない。つまり、ケージや部屋が劣悪な環境になったり、その他、健康面の最低限の配慮が出来なくなってしまう状況が続いてしまうことです。

・ 虐待を行うのが、「業者」なのか「個人」なのか
今回の記事でも8週齢規制を業者だけでなく飼い主にも、との内容がありましたが、(虐待に限らず)業者が行う場合と飼い主が行う場合では、違ってきます。
「業者」は消極的虐待になることが多いと思いますが、行政は業者を登録制にしていますから、把握、指導できる関係にあるはずです(それがしっかり出来ないのが現状で、このような議論がある訳ですが)。
「個人」は積極的虐待も飼育崩壊などの消極的虐待もありますが、行政は把握することも難しいです。そして現在の法律の運用では指導も(やることは出来ても従っていただくことは)難しいのが現状です。

現在、大括りに「虐待」と云いますが、最低限上記の分類を国民が意識できるような取り組みが必要なのではと感じています。

 

以上、自分の備忘録と私の活動に理解ある方々へのメッセージでした。
一年後には、どれだけ前進できるのか。来年の年明けに、これを読み返したいと考えています。

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2017年12月28日 (木)

(読書感想文)ネコロジー ノラ猫トイとその仲間たちの物語

「やさしいねこ」を読んでいたら、女房から「これもどう?」と薦められた本。ブックカバーで表紙は見えない。著者は、THE ALFEE の坂崎幸之助さん。
ページをめくると「2001年に書かれた」ものらしい。「だからなんなの?、とりあえす書いたのだろう」と思っていました。

読み始めていきなり、「ちょっと、、、」と言いたくなった。これはまずいんじゃないの?、と。

まず、外を自由に出歩く猫たちのお世話について書かれている。日々の餌やり、健康管理、そしてTNR。
TNRについては、最近書いた「(読書感想文)やさしいねこ」の真ん中辺りに書きましたので、そちらをご覧ください。簡単にいえば、そのような猫たちに避妊去勢手術をすることですが、その必要性・重要性を理解していただきたいので、そちらを読んでいただけると有難いです。

とてもいい活動だと思うのですが、あくまでも個人の活動が噛み合っているという感じ。情報共有も作業分担もしっかり出来ていると書かれていますが心配になってしまう。坂崎さんは、その人たちの目的意思の高さからか、その人たち(おばさんたち)を秘密結社と呼んでいる。それだけのしっかりした繋がりがあるのだろう。
しかし、例えば一人が病気などで活動できなくなったらどうなるんだろうという危うさを感じた。一人ならどうにかなりそうですが運悪く二人重なったら、などと揚げ足を取るようなことを考えて心配になってしまった。

何が言いたいかと云うと、これを地域猫活動と思われたら怖いなと。今(2017年)、お役所などから言われている地域猫活動の感覚とはかけ離れていて、この本の通りの活動をされてしまうと(地域猫活動が始まった、または始めようとしている地域では)トラブルになる可能性がありそうだと心配になってしまった。
しかし、「(読書感想文)やさしいねこ」の中でも以下のように書きました。このような意味で、多くの人に読んでいただけたらと思います。
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残念にも感じますが、完璧な理論展開をする必要もないとおもいます。私のブログのように(苦)、しっかり説明してしまうと読み手は疲れてしまい、踏み出すことを躊躇してしまう。
この本を読み、町中に暮らす猫がどういうものなのか、彼らに対して何をしてあげられるのか。そのようなことを考える入口になってくれる本だとおもう。さらにその先、行動に移すときは、他にも情報を集めてくれることでしょう。
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(読書感想文)やさしいねこ」の中でも書きましたが、この本にも糞尿対策のことが書かれていない。公園や緑道近くなど、場所によっては必要がないのかもしれない。それでも、「こういうことも必要です」と書いてもらえたらとおもったものでした。

 

少々解説を加えさせていただきます。
動物の愛護及び管理に関する法律というものが、1999年に大改正が行われ2000年に施行され、そこから日本の動物愛護は現在の方向に向かってきました。まだその動きが鈍かった2001年の著書とのことで、その時代背景が分かっている人には、「あぁ、あの頃ね」と分かるとおもいます。
この本の内容が現在のこと誤解し、この本以外に情報収集せずに動いてしまう人がいたら怖いな、と思った次第です。

冒頭に地域猫活動を誤解する人がいるのでは?、と感じた内容が書かれていたので驚きましたが、その後の内容はとてもいいです。
ちょっと難しいけど猫を飼うなら知っておいてほしいことを軽妙に解説してくれている有難い本です。気を付けなければならない病気のことをはじめ健康のこと、猫同士の関係、個体差などなど。

「やさしいねこ」が交響曲だとしたら、こちらはポップスの15曲入りアルバムという感じ。全体の流れはあるものの、一つ一つのテーマが独立している。一つ一つを聴き入る。気が付くと、あんな曲やこんな曲があったな、と。

これだけの内容を教科書的に書いた解説本があったとしても、多くの一般飼い主さんに読まれることはないでしょう。彼のネームバリューとこの軽快さで、幅の広い知識を身に着けてくれる人が多々いるとおもうと嬉しくなります。思わず「上手い、ざぶとん三枚!」と言いたくなりました。

 

私がこの本の一番好きな(共感した)ところは、本編とあとがきの最後のくだり。

本編の最後
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もし、うちに転がり込んでくる猫が1匹もいなくなったら、本当に楽になるだろうなあと思う。きっと寂しいだろうなあ、とも思う。でも、そうなることが、最終的な僕の夢だ。
そして、世の中にノラ猫が1匹もいなくなったときには、今度は自分で好きな猫を1匹だけ選んで、ちゃんとペットとして愛してみたいと思うのだ。
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あとがきの最後
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もちろんこういった一個人の考えには反発も同感もあるとは思います。でも、こんなこともあるし、こんなバカな人たちもいるんだなって……、それだけで、まっいいか。

偽善者ついでにもうひとつ、この本の印税は全てノラたちの避妊、去勢、エサ代にあてさせていただきます。ご了承ください。もちろん秘密結社へのカンパも !!

21世紀初めての夏、歴史的猛暑

THE ALFEE 坂崎幸之助
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どこにどう共感したかは書きません。単純に「そうそう」と思った、それだけです。

私にとって坂崎さんは、音楽活動でも注目しています。THE ALFEE の活動も素敵ですが、ラジオやYouTubeなどで、日本のポップスの解説をする姿をみて、有難いとおもうし、ほっとするものを感じます。

私も微力ながら、色々な人の犬猫関係の活動を紹介・説明してゆけたらと考えています。

 

この本とは関係ないことですが、TNRや地域猫活動についての説明を一つの記事にして、「詳しくはこちら」とした方がいいなと思うようになってきました。

次の記事はそれだな。時間、かかりそう (-_-;)

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2017年12月11日 (月)

もうひとつの ずいずいずっころばし

「やさしいねこ」の感想文を書いたら、その後に祖師谷のギャラリーであった写真展「もうひとつの ずいずいずっころばし」について、書いておきたくなった。
当日、写真を撮らなかったので、ギャラリーのブログをみていただければ、少しは分かると思います。こちらこちらこちら
大阪ニコンサロンでは終わったばかりのようです。)

2017年11月12日に行ってきました。

原啓義さんという写真家が街中のネズミを撮った写真を展示。
この写真展の話を聞き、お知らせに載せられた写真を見たとき、頭の中に「?」が幾つも浮かんだ。
何故、街中のネズミなの?」「狙いは何?」「どうやったらこんなに綺麗に街中のネズミが撮れるの?、望遠?、自動シャッター?」などなど。

ギャラリーに着くと、原先生もいらした。
私はまず写真を見て回る。写真と並んで、童謡「ずいずいずっころばし」の説明もあった。「へ~、そういう意味だったの!」と今更ながら知る。同様の内容が、Wikipediaにあります。お茶壺道中なんて知らなかったし、斬捨て御免の時代が故の内容ともしらなかった。とにかく、その時代も今の時代も、人間の近くにネズミは暮らしている。

一通りみて、自分の疑問を解決すべく、更に写真をよく見る。見ればみるほど、疑問は解けない。
写真は綺麗だし、ネズミが何か台詞を言っているような感じのものがあったり、イメージ写真のようなものがあったり、まるで状況を作って撮ったような写真ばかり。

怪しげに写真を凝視していたら、原さんが声をかけてくださった。これはラッキー!、と色々疑問をぶつけてみた。

 

何故、街中のネズミなのか?
街中の猫を撮っていたら、ネズミを見るようになった。意識して見るようになってくると、たぶんこの辺りにいるだろうなと分かるようになり、写真を撮るようになった。

狙いは何?
コンセプトとか訴えたいものとか考えずに目の前のネズミを撮り続けたら、いいものが撮れた。自分でも趣味的なものだったので、写真展を行うようなことは考えていなかった。

どうやったらこんなに綺麗に街中のネズミが撮れるの?、望遠?、自動シャッター?
望遠もほとんど使わなかったそうです。裏路地のような所が多いので、遠く離れた所から撮ることは出来ない。普通の商店街や飲み屋街のような所なので、自動シャッターのカメラを設置するのは難しい(了承とるのも大変だと思うけど、酔った人に何されるか分からないと思うし)。
なので、「この穴から出てきそうだな」と思ったら、通っていい写真が撮れそうになるまえ待つ」そうです。相手はネズミ。意思の疎通が出来ないだけでなく、ほとんど人が嫌う存在。そのような動物の撮影に何かと苦労があったとか。

 

難しいことを考えずに、現場で嫌われ者のネズミを撮り続けた写真が世の中に認められるようになった。
ギャラリーで写真を見る人間は、部外者だからこそ、その写真が「絵本の中のよう」に見えるのかも知れない。

現場では嫌われ者、写真展では物語の中の存在。そのギャップや葛藤が面白い写真展だと、私は感じた。

 

私のパソコンでは表示がおかしくなってしまいますが、原さんがネズミ写真に対する気持ちをお書きになったページがありました。こちらです。

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2017年12月 7日 (木)

(読書感想文)やさしいねこ

20171205a2017年10月30日、この本を扱った写真展に行ってきた。場所は祖師ヶ谷大蔵。活気のある商店街が羨ましい。美味しそうな飲食店も多い。駅近くにあるドーナツ屋さんは時々利用している。

その写真展でこの本を購入。著者は、太田康介さんという人。カメラマンである。カメラマンが自分の猫を撮り、文章も書いている。

ここを読みに来る人の中には、太田さんを知らない人もいるだろうから、簡単に説明しておく。
元は戦場カメラマンらしい。東日本大震災以後は、福島に残された動物たちを撮ったり、その動物たちに関わる活動をしている。

イベントなどで何度がお会いしたことがあるですが、そのようなときはファン(?)のような方々に囲まれて近寄り難い雰囲気。ご本人の雰囲気がではなく、人だかりが苦手な私は、人がワラワラいるの所には近寄り難い。

私の印象は、まず「体が大きい」「力ありそう」「喧嘩強そう」。そして「優しそう」。他人からの伝え聞きからは「いつもお金なさそう」。

 

20171205b何故、こんなことを書くのか。
猫の写真集であれば、写真家の人柄など関係なく写真の感想を書けばいい。しかし、この本には文章がついている。それもそこそこの量があり、その内容が、猫(個体だったり猫全般だったり)についての説明だったり、野良猫に向けての気持ちだったり説明だったり、時には感情だったり。

カメラマンの写真なのに、「どうだ!」と言わんばかりのものがない。淡々としているという感じ。そこに文章がついている。実は、写真のための文章ではなく、文章のための写真なのだ。
それに気付いたとき驚いた。カメラマンが写真を見せるのではなく、自分の飼い猫になった「ぽー」さんを知ってほしい、そして、野良猫のことを知ってほしいという気持ちからこの本を出している。

読んだ感想は一言では言えない。一言で言えというなら「複雑」。
私は、自分の考えを発表するような著書が大嫌いだ。そのような本のほとんどが「それではダメでしょう。そんなことやっていたらいたら、いつか猫が可哀相な目に遭う。そのとき、あなたは解決できないのでは?」と感じてしまう内容が含まれているから。
しかし、太田さんが書いているとそう感じないのだ(たぶん、太田さんだけではなく太田ご夫妻だからだとおもいます)。この人ならきっと解決できるおもう。解決できなくても、出来る限りのことを行い、それは誰もが理解できることだろうとおもってしまう。

ちなみに、帯は糸井重里さんが書いている(上の写真)。
「ぽーという猫がいた。/それだけで、うれしくなる」となっている。

ぽーさんも興味深い猫ですが、太田さんの感じ方や行動も興味深いし、この本を読んで行動を起こす人もいるのではないかと思います。

外を自由に歩いている飼い主のいない猫についての理解を深めたい人は、是非読んでみていただきたい。
また、自分は猫が嫌いで、猫好きな人のことを理解できない人にも読んでほしい。猫に対してここまでの気持ちと行動力がある人がいることを知ってほしい。太田さんほど行動している人は少ないかもしれませんが、猫に対してこのような感じ方、考え方をしている人が少なからず存在することを知っておいてほしい。

 

ただ、いいのかな?、と感じた内容もあった。
個人的なTNRの内容があり、それを勧めているように読む人もいるかもしれない。

TNRとは、捕獲機(Trap)で安全に捕まえて、避妊去勢手術をして(Neuter)、元の場所に戻す(Retuern)こと。
野良猫を捕まえて・避妊去勢手術をし・元居た場所に戻す。つまり、野良猫に避妊去勢手術をするだけ。

何故、こんなことをするのか。もちろん、猫を増やさないため。

猫は繁殖力旺盛で自然に任せておけば(病気や事故で死ななければ)、猫1カップルが二年で80匹以上になる計算になります。
増えてハッピーならいいのですが、猫が嫌いな人もいれば、何かしらの被害を受ける人もいる。なので、「とにかく猫がいなくなればいい!」という人もいるのです。

猫を殺す訳にはいかないし、前述の数の野良猫全てを飼い猫にするのも非現実的なので、現実的な対策の一つとして、このTNRがある。

しかし、TNRをしただけでは迷惑行為対策にはなりません。
対策として、猫を管理し、食べ物や排泄のお世話もし、健康管理や環境衛生も考慮して、周囲に迷惑をかけないようにしてゆこうというのが「地域猫活動」です。

個人的なTNR活動は、地域猫活動によからぬ影響を及ぼすことがあります。地域猫活動は、地域の人たちで行う活動なのでコミュニケーションがとれていないとなりません。個人でTNRをやっている人の中には、地域の人たちとのコミュニケーションをとらず、他の人からの助言や注意に全く耳を傾むけない人もいるそうです。このような人たちの中に、猫がいることによる迷惑行為を助長させている人もいると聞きます。
この本では、そのような説明がない。また、最も猫が嫌われる原因の一つである糞尿対策のことも書かれていない。

残念にも感じますが、完璧な理論展開をする必要もないとおもいます。私のブログのように(苦)、しっかり説明してしまうと読み手は疲れてしまい、踏み出すことを躊躇してしまう。
この本を読み、町中に暮らす猫がどういうものなのか、彼らに対して何をしてあげられるのか。そのようなことを考える入口になってくれる本だとおもう。さらにその先、行動に移すときは、他にも情報を集めてくれることでしょう。

 

20171205c一般人が入れない福島の特殊な地域に通って活動するくらいのプロカメラマンが、町中の猫をことを伝えるために選んだ写真を使って、町中の猫のことをちょっと考えてほしいと作った本だと、私は感じました(もちろん、親ばか部分も多々ありますが)。
(右のポストカードは、写真展会場で本を購入した人の特典。天使になったぽーさんの幸せそうな雰囲気が印象的。ちょっと不幸そうなおばまの顔が対照的。)

誰でも入ることが出来る入口つくりは簡単なようで簡単ではありません。多様な考え方を認める現在において、とても難しいことだとおもいます。それにチャレンジした一冊だとおもいます。

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ぽーさんは、猫神様から、「人間たちに猫のことをもっと理解させるように」との使命を受けてやってきたのかも、とおもったりもしました。そして太田さんは、「俺はやるから」とぽーさんを通して猫神様に約束したのだと想像しています。

とても個人的なことですが、ぽーさんはどことなくおばまに似ているような気がします。
他の猫と上手くやっていけないところ。でも、弱い猫、弱っている猫には優しいところ。ごはんを持ってゆくと「しゃー」と言ってみたいするところ。体格も似た感じ。あ、尻尾の先がたぬきっぽいところも。

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2017年11月27日 (月)

猫ドアをつけてみて

前回は猫ドアを付ける作業について書きました。
今回は、取り付けに際して、高さや裏表など悩んだこと、そして、使ってくれるのだろうかと悩みながら猫ドアをつけてみて、感じたことを書いておきます。

 

高さ

前回書いたように、背線よりも少し高い位置をドア部の上辺の高さにして正解だったと思いました。
くぼみが片側にだけ来る構造なので、くぼんでいる側から入ろうとすると、穴に頭を突っ込むような感じになります。そのような時に、猫は頭を高いままにしないと思うので、この高さで良かったと思っています。

 

裏表(くぼみをどちらにするか)

これにより外気(冬なら冷気)が出来るだけ入って来ないようにと考えましたが、これはあまり関係ないようです。

くぼみをどちら側にするかは、猫がより行きたい方向にくぼみがない面を設置し、猫ドアに慣れてもらうのが良さそうです。
我が家の場合、くぼみは部屋側、廊下側は(人間の)ドアと猫ドアに段差がないように取り付けました。部屋から出るのが怖くて、すぐに戻りたいおばまの場合、これが良かったみたいです。

おばまのように何事にも慎重な猫は、狭い所に頭を入れることをしたがりません。なので部屋から出る方向では、なかなか使ってくれませんでした。
逆側(廊下側)からは、10日もかかりましたが使ってくれました。理由はくぼみがなかったことと、「とにかく部屋に戻りたい」という気持ちからだとおもいます。
それから数日で、部屋から出るときも使ってくれるようになりましたが、恐々という感じで、あまり出てこないし、出てきてもすぐに戻ろうとしてしまいます。

使ってくれるようになるまで、女房は日々苦労していました。まず、手でドアを手前に開けて抑え、こちら側に美味しいお刺身を置く、などしてどうにか通ってもらうようにしました。それを繰り返した後、(ドアは手で開けずに)ドアの向こうにお刺身を置き、それが見えれば(たぶん匂いが届けば)、どうにか出て来てくれるようになりました。

 

大きさ

私は今でも「シャー」と言われてしまうので、トレーニングに参加しませんでした。
やっとおばまが自力で出入りする姿もあまり見る機会はありません。私を見ると部屋から出てこないし、廊下にいればすぐに帰ろうとするから。

なので、出てくるところを見たのは2~3回だけですが、印象は「おばまには小さかったかも」。でも使ってくれているので結果オーライです。
ドア部分(開閉部)は、約15センチ四方

大き目、太目、慎重な猫の場合、ちょっと狭いかなと思います。
しかし、大きさを理由に使わなかった猫はほとんどいないようです。

 

まとめ

ドアに穴を開けるのは一大決心が必要です。梁のようなものがどのようなものか分からないと不安も大きいです。我が家の場合、処理が簡単なものだったので、全体的に難しいことはなく出来ました。


商品を手にしたら、設置する高さ くぼみ(表裏)をどちらにするか、悩むかもしれませんが、私なりの結論は上記です。

猫に気持ちよく使ってもらうには、大きさも考慮する必要があるかもしれませんが、大きいと外気が入ってくるのでは、と気になったこともありました。

我が家の場合、「使ってくれるか」が一番の問題でしたが、どうにかクリアしてくれました。
猫ドアを使ってくれるようになってから、部屋からあまり出て来なくなり、出て来てもすぐに部屋に戻ってしまいます。
それまでは、おばまが外に出る時間帯は、(人間の)ドアを開け放していました(廊下が寒い家なので部屋が冷えてしまいます)。
ドアを開け放してあげた方が安心するみたいで、今でもドアを開け放すと、以前のように出てきます。

色々と悩むことはありましたが、「使ってくれないかも」と考えると、価格の安いものになり、この商品になりました。この商品で機能的に問題と感じる個所は全くありませんので、これで充分だとおもいます。

とにかく、使ってくれるようになって何よりです。

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2017年11月26日 (日)

猫ドアをつけてみた

おばまのために猫ドアをつけた。何年も前から(まいすの時から)考えていたことですが、やっと実行。

何を躊躇っていたかと言うと、ドアに穴が綺麗に開けられるか。ドアの中には梁のような強度を保つためのものが入っているだろうから、それをしっかり切ることができるかが不安でした。

商品は、右下のもの。
この商品に決めたのは、両側から出入りできることと、開きっぱなしならないようにマグネットが着いていることと、何よりも価格。この価格は嬉しい。


商品が届き、中を確認すると、猫ドア本体(表側と裏側)、説明書、ネジなど。ネジなどの写真は撮り忘れましたが、使う時(最後の方)に撮りましたので、最後まで読んでくだされば見ることができます。

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説明書は、ドアに穴を開けるときの型紙にもなっていますが、説明書を切ってしまうのは不安なので、自分で型紙を作り直しました。
上の写真をみていただければ分かると思いますが、表側と裏側では、開けるべき穴の大きさが微妙に違います。説明書の型紙は大きい方サイズになっているし、一枚しかないので作業し難いのではと考え、実物に合わせて作り直しました。

自分で作った型紙をドアをに貼り、その外側に鉛筆で線をひいた。貼り付けたままにすると、作業の邪魔になりそうなので剥がした。
ちなみに、まず小さい方の穴を開けることにした。

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この時、高さに悩みました。おばまが立っている時の頭の天辺辺りをドアの上辺にしようと考えたのですが、猫がこのようなものをくぐるときは、背線と首や頭は一直線になるので、体高に少し加えたくらいの高さがいいだろうと考え、この高さになりました。

もう一つ悩んだことがあります。この商品のドア部分は、穴の片側に寄っています。片側は(人間の)ドアの面に猫ドア面があり、逆側は(ドアの厚さ分の)くぼみの先にドアが来ることになります。
どちらを部屋の内側にするか悩みましたが、ネットで聴いてみたところ、「どちらでもいいのでは?」という声が多かったので、部屋側にくぼみがありようにしました。理由は、こうすることによって外からの冷気が少しだけ入り難いかなと思ったから。

穴を開けるのは電動ドリル。我が家には木工関係のものは結構揃っている。ドリルはちょっと本格的なものがある。ビット(先に付けるもの)は簡単なものでいいだろうと、下左の写真のセットの一番太いものを利用。
少しやってみると、向こう側の板も穴を開けてしまうので、下右の写真のようなつっかえ棒のようなものを付ける。

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ドアの板はツルツルなので撥ねてしまうが正確さは必要ないとおもうので、とりあえず、隅に穴を開け、そこから太いカッターで切れるだろうと考えた。
しかし、私の背後で「それじゃ、いかん」というおばま様の視線を感じた。

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ばまちゃんの視線は別にして、中にあるだろう梁のようなものが気になるし、所々進まなくなる。
ネットに「引回し鋸」を使うといいと書いてあったので、探し出して使う。

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進まないでもないが、所々進まなくなる。縦一辺だけでも結構時間がかかってしまった。こんなことなら、ドリルでどんどん穴を開けた方がいいだろうということになった。

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この方法の方が早いのですが、ドリルが撥ねてしまう。このドリルは強さが調節出来たことを思い出して、弱めにしたらほとんど撥ねなくなった。
そしてどんどん穴を開け、引回し鋸で一気に繋げていった。

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あとは一気に、バリっと剥がせるだろうとおもったらビクともしない。
仕方ないので、とりあえず上2センチくらいの所を水平に穴開け&穴繋ぎしてみた。

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ついに梁のようなものが見えた!、なんど段ボール(紙)でした。
だいたいの構造が分かったので、穴をいっぱい開けて板を割ってゆく作戦にした。すると苦労することなく板が剥がれていった。

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段ボールは、カッターで切ってゆく。少々面倒ではあるが地道に作業は進む。
仕上げは、嵌めこむ現物をあてて、鉛筆で線を引き、カッターや引回し鋸で仕上げてゆく。ほんの少し削るのはちょっと面倒でしたが、焦らず少しずつやりました。

Cimg9906   Cimg9907

次は向こう側の板。こちら側の板を切った部分をガイドに鉛筆で線を引き、ドリルで穴を開けて、その後、カッターや引回し鋸で切ってゆきました。
反対側からドリルを使うので、裏の表面側がバリバリになってしまいます。
反対側は穴を大きく開けなければならなないのは分かっていましたが、ズレるのが怖かったので、この方法で。穴を大きくすることでバリバリも取れるだろうから、いいかも。

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とりあえず穴を開けた時の写真(下左)。バリバリがバリバリです(笑)
ばまちゃんも心配そうに見ています(うるさくて嫌だったとおもいます)。

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この時点で商品を嵌めてみる。
廊下側(穴を大きく開けなければいけない側・下写真右)の向かって左側が膨らんでいるのが分かります。穴が小さいからです。左側にバリバリも少しはみ出しています。
よくよく見てみたら、この写真、仕上がり予定と裏表逆に取り付けています。くぼみ面が廊下側になっています。広めの穴を開けなければいなけい側(廊下側)に小さい枠を入れても膨らんでいます。これは、穴がずれていたからだと思います。とにかく、この後、ちまちま調整しました。

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廊下側のバリバリ取りを兼ねて、商品の大きさに合うように穴を広げてゆきます。それでもバリバリは残りましたが枠の中に納まる程度(下写真右)。

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これに商品を嵌め込む。これだけガジガジなので、ネジ止めしなくても動きそうにありませんでしたが、万が一取れてしまったら、ばまちゃんはとてもビックリして、二度と使ってくれなくなるだろうからしっかり留めることに。それ以前に一度でも使ってくれるか心配でした。

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この時点で、ばまちゃんも私の努力を理解してくれた様子。それともこれから起こるだろう何かを恐れているのだろうか。なんか神妙な面持ち。
ネジですが、下右写真の長いもの(写真内左)が商品付属のものです。一本しかないものは、家にあったもので、これを取り付けに使い残りを写真に撮りました。

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とりあえず、猫ドアを付けることができました。問題は、ばまちゃんが使ってくれるか。
今はどうにか使ってくれるようになりましたが、そうなるまでに女房がとても苦労しました。
取り付けたのは、11月9日。初めて外から部屋の中に入ったのが、19日。初めて部屋から外に出たのが22日。

今では、本人が出入りしたいと思ったときは使えるようですが、そう思うことがほとんどない彼なので、一日に何度も使いません。

次回、付けてみて感じたことを書きたいと思います。

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2017年11月 6日 (月)

動物虐待事件におもうこと(5.証拠)

前回からまたまた続くことになってしまいました。

前回紹介した事件は、初公判のニュースが少し残っていて、それも個人のブログでニュース記事のコピペが残っているものが多く、マスコミの記事自体は既に削除されていました。逮捕が2014年、初公判が2015年なので消されてしまっても不思議はありませんが。

4.を書くにあたり「判決は?」とばかり探し、大事なことを忘れていました。
この事件を教えてくださった方はこんなことも言っていました。

裁判になっても、証拠がしっかりとれてないと、ね。

 

その事件は、猫を40匹以上殺しています。数が多いので、13匹事件の参考になると考えたのですが、大きな見落としがありました。

この事件は、初公判の記事もあまり残っていないし、その後のことは全く見つけることができませんでしたので、何か特殊な事情があるのではと推測しています。なので、ここでも具体的なことは書かないでおきます。

概要は以下のような感じ。

事件は、2014年。
ある地域で、外を自由に出歩く猫が毒餌を与えられて次々に殺された。犯人は騒ぎになるのを恐れ、死んだ猫を回収してまわったそうです。しかしあるとき、毒餌を食べて(死にきれずに)苦しんでいる猫をみつけ、殺してあげた(ニュースでは「介錯」を書かれていたとおもいます)らしいのですが、この方法は地面(たぶんアスファルトだったのでしょう)に叩きつけたらしい。
ちなみに動機は、ストレスのはけ口もありましたが、そのときに、近所で野良猫に餌をやり、多くの猫が居着いたことに憤慨していた、ことと供述していたと書かれていました。

逮捕時は、40匹以上の猫を殺したことを認めるような報道がありましたが、改めて初公判のニュースを読んでみると、起訴事実は、叩きつけて殺した一匹のみ!!
毒餌の40匹以上については起訴されなかったのです。

 

こんなことがあるので、「証拠を」と教えてくれたのだと思います。

 

13匹事件のこと、こちらの事件のこと、その他虐待事件のことを、少し考えてみたいと思います。

毒餌で殺害については、虐待行為に快楽を感じての行為ではないようです。叩きつけての行為も「苦しんでいるのを見るにみかねて」のようだし。13匹事件やその他、ネットにアップするような、虐待行為に酔いしれている感じがありません。死体を回収していることからも、他人に見せたい気持ちはなく、逆に隠そうしていた感じを受けます。
なので証拠が乏しく、毒餌分は起訴されなかったのでしょう。

この犯人が、虐待殺傷行為に快楽を感じ、依存傾向にあったかは私には分かりませんが(少ない情報からですが)虐待行為が目的ではなく殺すことを目的としていたように感じます。

(一般論して)人間に向かう傾向にあるのは、(殺すことではなく)虐待行為に快楽のようなものを感じている人たちと言われていますので、そのような人たちを見定めることが出来れば、収監なり、措置入院なりで世の中に出てこれないようにしてほしいです。

行為だけでなく、ネットにアップし、見せびらかすようなことをする場合は強く取り締まってほしいし、ネット上でそのような人を称賛する人たちも、予備軍としてマークしてもらえればと願います
現在、警察もネット上での操作技術が身についているでしょうから、ある程度の特定は可能かとおもいます。

ネットにアップすることが許されている(逮捕されない)と思われてしまうと、動物虐待自体も許されると認識されてしまいますから、ネットでの公開についてはしっかり取り締まりをしてほしいものです。

そうなると、隠れてやるようになると思います。証拠が残り難いそれを見つけるのはやはり社会の目、地域の人の目、個人個人の目、になり、それを喚起するには、動物虐待事件のニュースが世の中の話題になり、幅広い人たちに、動物虐待が及ぼす社会への悪影響について認識していただけることを心から願っています

そのためにも二つの意見書が提出されることを願っていますが、それは個別の裁判ではなく、次の法改正に向けた話し合いにて行われるのが適当だと考えるようになりました。

そうなれば、まず、現場で動いている行政の方々、地域猫活動などを行っている方々の負担を大きく減らしてくれることでしょう。

 

幅広い人の「考え」「感覚」を変えることは容易ではありませんが、そのような情報や活動が多くの人の目にとまり、身近な動物と暮らすことそのものが社会全体に受け入れられ、例えば、ペットと入れる高齢者施設が増えるなど、ペットが何らかの排除理由にならない社会になってくれることを心から願っています

(ほんとは「ペット」ではなく「コンパニオンアニマル」と書きたいんですけどね。)

 

(最後に備忘録)
これも世田谷動物フェスティバルの休憩時間に立ち話で聞いた話。
2年くらい前に警察庁だか警視庁だかの上の方から、動愛法関連でもちゃんと動くようにとお達しがあったとか。
たしかにここ2年くらい、「また動いてくれた!」と嬉しくなることがあったような気がします。

 

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2017年11月 4日 (土)

ハクビシン?

10月下旬のこと。数ヶ月間くらい台所の引き戸の調子が悪い。ガタガタ、ゴトゴト音を立て、時々引っかかるようになった。なので、レールを掃除することにした。ついでに引き戸自体も掃除をしておこう。
レールの掃除、引き戸の掃除、その間、ガタガタと凄い音がしていた。少し離れた部屋に居るおばまのストレスにならないか心配した。とにかく凄い音がしてしまう。

まずレールの掃除。めでたく引き戸がスムースに動くようになった頃、覚えのある臭いが微かながらしてきた。
台所の上から時々音がすることがある。それは何年も前から。こそこそ・がさがさ。誰かが棲みついている。とは言っても完全に定住しているのではなく、2~3週間居ついてはいなくなり、また戻ってくる。たまに、そいつの尿とおもわる臭いが漂ってくる。

レールの掃除が終わる頃、漂ってきた。「うるさいな~」と主張しているようですが、居候するにあたって挨拶もないし、台所の上で排尿してくれるような奴のことなど感がえる必要はない。いっそ出て行ってほしい。

そんなことを考えながら、そして、漂う臭いを気にしながら、ガタガタ音を立てて掃除を続けた。すると、天井の上から凄い音がした。移動をしたようです。ネズミなら「タタタ」ですが、この住民の足音は「ドンドンドン・・・・」。まるで大トカゲが歩いているのか思ったほど。たぶん、彼なりの威嚇だったのかも。ただし、外に出て行った気配はない。天井裏で移動しただけのようです。

何年も前から、大きな誰かの気配はあった。
半年くらい前、深夜に裏の家の方からガサゴソと何か聞こえてくることがあった。一ヶ月くらいの間に何回もあった。よく考えてみたら、裏のお宅はとても早寝早起きで深夜に動くはずはない。裏の家の隣が深夜までやっているお店ですが、そちらの音には聞こえない。

とある深夜、意を決して、ガソゴソが始まった時に、カーテンを全開にし、室内の明かりで外を照らしてみたら、我が家の一階屋根部分に飛び移ろうとしているハクビシンがいた。その大きさと流線型の体、暗闇に光る眼は如何にも「獣」という感じでした。
目が合ってもすぐに逃げてくれなかった。とりあえず光の届かない所に移動したのですが、その後もガサゴソ音がしていました。

そんなこともあったので、たぶんハクビシンです。

 

20171027closeup20171027overvew台所天井から大きな音がした次の日。二階ベランダのプランターに排泄物(大)をされた。こんなことは初めて。(見たくない人もいるとおもうので、写真をいつもより小さくしています。クリックすればよく見ることができますcoldsweats01
見たくないの人のために解説しておきます。大きさは猫のよりも大きいし、プランターの土も掘り返されていないし、植物の種のようなものもあるので猫ではなさそうです。犬のにしては柔らかめだし、ここに犬が来ることは考えられない。となると、やはりハクビシンと考えるのが妥当だろう。

 

今までは、仲良く暮らせればいいかなと思っていましたが、やはり退去してもらった方がよさそうです。
三ヶ月くらい前、活動が激しかった時期があり(私は怪我していたのですが、その時も「そろそろどうにかしなくては」と思って)、屋根裏に入ったのですが、天井の板が柔くて、軽量の私が乗っても抜けてしまいそうだったので、そのときは諦めました。

明日(2017年11月5日)は、砧公園で行われる世田谷動物フェスティバル。
区の保健所もブースを出すので、時間があったら相談してみます。

 

11月5日追記

世田谷動物フェスティバルに行って、保健所のブースでハクビシン対応について聞いてみました。15年くらい前にネズミのことで(犬や猫を担当する部署で)対応していただいた記憶があったから。
相談してみたら、「今は別の部署が担当しています」とのことで、後日改めてそちらに電話することになりました。残念。

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2017年10月 5日 (木)

(読書感想文)ねこ神様とねこおやじ

この本の感想文を書こうと思って忘れていましたが、前の書込みを書いていて思い出しました。
前の書込みの本は既に廃版になっているのか見つけることができませんでしたが、こちらはありました。
ねこ神さまとねこおやじ あなたの知らない河川敷でのホントの話 [ 塩田妙玄 ] 

何故、この本を読んだか。著者を知っているから。うーにーが死んだときに、我が家まで来てお経をあげてくれた。それ以前にも少しだけお付き合いがあった。
初めて会ったのはたぶん20年以上前。その間、数回会っている。昔は「塩田佐知子」で著書がある。今は「塩田妙玄」。この本では、肩書として「高野山真言宗僧侶/心理カウンセラー」と書かれている。初めて会ったときは、どちらの資格も持っていなかった。

楽しい人である。普通の人なら死んでいる、または殺されているであろう場面でも死なない。とにかく色々な場面に遭遇している人。積極的になんでも体験している人。

そんな塩田さんのこの著書は、この日本の何処かで起きた事のはずなのに、全く現実感がない。まるでおとぎ話を読んでいる感じ。
河川敷に暮らす人たちと猫たち、そして猫たちのために尽力する男性と、彼に協力する人たち。塩田さんは、協力する人の中の一人。

正直なところ感想らしいものはない。「今の日本で起きていることですよね?」「やはり塩田さんは死なない人だ」「高野山の僧侶になって更に不死身になったか!」などと訳の分からないことしか浮かばない。

最後は、ちょっとハッピーエンド的ではありますが、ちょっとだけだなぁと思ったり。

ただ、猫の問題を知っておこうと思ったら、読んでおく必要がある本だろう。猫は弱者と相性がいい。そのことを強く感じる。

 

何故、このように感想らしい感想のない本の感想文を書こうとおもったのか。それは以下のことが書きたかったから。

現在、動物の愛護および管理に関する法律には、それなりに厳しい刑事罰が書かれている。しかし、法律の文言から受ける「このように取り締まるのだろう」「こう書いてあるから、こんなことをすれば逮捕だろう」と想像されることがなかなかされない。
それは、現場署員の方々が決めることではないのでどうしようもないこと。しかし、時にイレギュラーなことが起こる。

ある猫が河川敷から消えてしまう。10日後に警察から連絡が入り生還する。
脳梗塞でまともに歩けずグルグル回ってしまう猫なのに、発見された場所は遠い所だった。警察は10日も預かるはずはないのだが、幾つかの偶然が重なって、そのような結果になった。一番の奇跡は、そのような状態の猫を10日間世話してくれた婦警さんがいたのだ。
規則通りに処理されていたら、保健所に移管され、保健所ではその状態なら殺処分になっていたことだろう。

以下、少々長いが引用させていただく。私の手動コピペなので、多少の誤字脱字等あるかもしれないがご容赦願う。
※太字は私が勝手に太字にした。原文は太字の箇所はない。

(引用ここから)=============

 しかし、このとき警察署の管轄で大きな事件か立て続きに起こり、くろべぇの移動か1日、また1日と伸びたのだという。また、猫好きな婦人警官さんが、くろべぇの面倒をよく見てくださったのも、くろべぇが生きながらえた一因だった。
 くろべぇ発見とその経緯を聞いた私は、すぐに警察署にお礼状を書いた。
 ひかるさんがくろべぇのためにホームレスになったこと。くろべぇが優しく立派な大ボスだったこと。愛さんと高原さんや河川敷のホームレスさんがみんなで、くろべぇを探し続けていたこと。
 一連の経緯を書き、感謝の気持ちと、丁寧なお礼の言葉を添えた手紙を警察署に届けた。
 その後、「異例中の異例なのですが……」と、警察署から電話をいただいた。
「本来は、決められた規則通りに物事を遂行する警察としては、今回のことは異例中の異例である。と前置きをした上で、和尚さんから(私のことね)いただいたお礼状を朝礼で読み上げました。感動に涙をこぽす警官がいる中、署内に一斉に拍手が起こりました。1匹の猫の命を守るという、人間性の原点を改めて考え、また感動するという経験をさせていただきました」

 現代はひと昔と違い、規則規則のお上の仕事だが、その中で働くのはいつの時代も人間なのだ。
 そんな感動的な経験が、若い警察官の良き礎になるといいな、そんなことを思う。
 さて、そんなくろべぇは奇跡の帰還後、何事もなかったように、かわらず施設の庭をぐるぐる回って過ごしていた。しかし、少ししてからはもう食べることもやめ、立つこともままならなくなっていった。

=============(引用ここまで)

優しく立派な大ボス、ろくべぇの最後の大仕事だったのだろう。塩田妙玄という人間の手を借り、河川敷の猫のことをよろしく、と警察署の人たちに伝えたかったのだろう。

警察署に、苦情や要求を入れ続けても彼らは決められた仕事するだけだ。苦情や要求は、あなたがしなくてもしてくれる人はいるだろう。
しかし、感謝の気持ちを伝える人はなかなか少ない。それを伝えることで、決められた仕事の中でも出来るだけのことをしてくれるようになるかもしれない。そして、決められた仕事の内容が変わり、動物に優しい仕事内容になったとき、すぐに対応が出来る人が増えることだろう。

お役所に感謝の気持ちを伝えることは少々気が引けますが、それはきっと幸せの種となり、長い間地中に埋まったままになるかもしれませんが、いつかきっと水を撒く人が現れ、芽を出すことになると、私は信じています。

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2017年10月 4日 (水)

(読書感想文)うちのネコが訴えられました

前回からのつづき。
Cat's Meow Books で購入した本の読書感想文。

201701003f古本で 300円なので深く考えずに購入。タイトルは、「うちのネコが訴えられました!」。
帰宅後、早速読んでみた。行間がしっかりとってあるし、文字数も多くないので、老眼な私でもあっという間に読めた。

感想は、
・ 飼い猫以外の猫に優しくするのは難しい
・ 飼い猫に優しくするのなら、やはり完全室内飼い

内容は、
店舗兼自宅の裏口の向こうは駐車場。その駐車場の利用者から「お宅の猫が、私の車を傷つけた!」といきなり民事訴訟を起こされる。でも、著者の猫はほとんど家から出ない。訴状を読んでみたら、たま~に著者の家に上がり込み、著者の家の猫の餌を勝手に食べている猫のことだった。
その他、状況が幾つかあるのですが、普通に考えたら「これで訴えていいの?」と首をひねる内容。思い込みばかりで立証しない。それでも裁判を続く。

実話らしいですが、環境省の見解なども出てきて、「う~ん、ここでアレが出てくるのか。何気ない可愛がりがとんでもない誤解を生むものなんだな。こんな誤解(勝手な思い込み?)で裁判を起こす人がいる現実。妙な世の中になってきたものだ」とモヤモヤしながら読み続け(実話だからだろうか)終わり方が更にモヤモヤ。
そして、裁判自体、今の世相に合わない部分がある制度なんだなぁ、とため息がでた。

この原告、もしかしたら猫を飼っていたり、猫好きなのかなと想像した。勿論、思い込みの強い猫好きだろうけど。

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