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2019年10月 7日 (月)

犬種特性

つい先日、犬の繁殖業のことについて書いた(とても驚いたこと(後書きブログ))。長編なこともありますが、何度も書き直している間に「犬のことに興味を持っている人たちに読んで考えてほしいな」とおもった記事がネットに載っていた。
残念なことですが、時間が経ったら2ページ目が会員登録しないと読めなくなってしまった。
ですが備忘録として、このブログに書いておきます。

 

昨今の日本では犬や猫の殺処分数が話題になることが時々あります。以前はなかなか一般のニュースにはなりませんでした。

この問題を議論するとき「問題行動」がテーマになることがあります。ここでは「攻撃性」とは書きません。攻撃性について焦点に絞って語りたがる人が少なからずいらっしゃいますが、それだけではないし、攻撃性の定義についても人によって違うようなので、ここでは人間に対して「問題」になる「行動」として話をしたい。

以前SNSで(殺処分数の話題の中で)犬の攻撃性について話し合っている人たちがいました。その中に「産まれて来る時は皆同じ。その後の環境で変わってしまう(攻撃性を獲得する)」と書いている人たちを見た。ここまで犬を知らないことに驚いたが、日本人の中には少なからずそのような人たちがいるのかもと思ったりもした。

ただ殺処分の問題を論じるのなら、それなりに調べた上で発言していただきたいものである。

 

そのような人たちに読んでいただきたい記事が以下のもの。

イヌは品種によって脳の構造も違う、お役目と関連
品種改良で「脳の進化が急激に進んだ」と研究者
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/090400515/

 

動物の基本的なことを学んだことがある人は「時間の無駄だった」と感じるかも。
人と身近な動物の関係を学んだことのある人なら「えっ、今更?」と感じたかも。

この記事の中で面白いと思った言葉があります。

「偽の動物」
(内容が2ページ目に書いてあります。公開当初は登録しなくても2ページ目が読めました。今は読めない・悲)

では「本物の動物」って何?、そこをちょっと考えてみていただきたい。

(英語で云うところの)「野生動物」と「家畜」の違いについて学び、それらどちらにも接した経験もあり、犬が産まれながらにして(野生動物との違いは勿論のこと)多くの「家畜」とも違うことを体感している人であれば、「偽の動物」の意味は感覚的にも理解できるとおもいます。

 

ついでにもう一つ。
アメリカ教育省が1993年に定義した「ギフテッド」という言葉をご存知だろうか。
人間の話です。産まれてきた時にもっているものがあり、多くの人とは明らかに違う人のこと。WikiPediaはこちら
「産まれて来る時は皆同じ」ではなことが、今の世の中の定説になっています。

他の動物と同じだった犬が、今の犬になった歴史を考えてみます。
(偽の動物である)犬になる前の状態から、犬になるまでの間、人間によって選択繁殖されてきただろうことを想像する人は多いとおもいます。
どのような選択繁殖か?
人間とのコミュニケーション能力に長けている能力、その意味での「ギフテッド」の犬を選んできた。訓練(人間の言葉もどれだけ発達していたか分からない時代に、動物の訓練なんてあったとしても大したものではないはず)しなくても人間とコミュニケーションがとれる個体を選択繁殖したのだろう。
「選択繁殖」と書くと固く聞こえるかもしれない。こう書けばいいかな。

自分ととても分かり合える動物に出会った。その動物の子供欲しいとおもって子供をとった。

こいうことだ。

 

話がどんどん逸れてきたので、思いっきり逸れてみたいと思う。
冒頭に紹介した先に書いたブログの続きのようなこと。

このような(選択繁殖の)積み重ねが、今の犬となっている。
その副作用が問題行動や遺伝性疾患。
(野生における生存競争のような)外的要因全てを考慮した生命力ではなく、人間とのコミュニケーションを優先した選択繁殖なので、そのようなことになってしまうのだろう。

繁殖業のプロの人たちは、このようなことが感覚として身についている人だ。
人間がやってきたことの積み重ねによるリスク、自分が行うことによるリスクも重々承知。
素晴らしいとおもう犬の子供と暮らしたい。勿論、繁殖した犬に一生について責任をもつ。譲った犬に対しても。
どれだけ大変なことか分かっているが、繁殖した全ての犬の一生を知らなければ、素晴らしい犬がなんであるかさえ分からない。ただの自分勝手な「好み」になってしまう。そのことも理解している。だからオープンな場であるショーにも顔を出す。

 

多くの犬の一生に携わる。
犬が産まれる前から携わり、その一生を知り、思い出になったその後も。
さらに客観性も備えるように気を配る。

繁殖業とはそのような人たちであるはず。

 

英語では、ブリーダーに対してパピー・ミルという言葉がある。長年、この言葉を(マスコミが)どう訳すか悩んでいたようですが3年くらい前から「子犬工場」とすることが一般的になってきた。
子犬を作り出し商品として売る。ほとんどの場合(命のない商品と同じく)最終購入者とは接しない。それで良いと思っている最終購入者がほとんどだかから。
最終購入者(飼い主)の意識が変わらない限り、根本的な解決に繋がらないと私は感じている。

 

紹介した記事の2ページ目の最後に書かれていること(IDを取得しないと読めないことなのでここにはコピペしませんが)が印象的でした。
私の言葉で言い換えれば、

人間は周囲の環境をより暮らしやすいものにしてきましたが、他の動物の脳をも変えてきた。だから今の人間に暮らしやすい世の中がある。その代償もあるはず。それを認識しつつ恩恵を享受すべきだろう。

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