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2019年8月31日 (土)

亡骸をどうするか(個人的な考え)

ブログなんて個人的な考えの塊であることは分かり切ったことがですが、たぶん「それって一般常識から離れ過ぎ」と思われる方も、少なからずいらっしゃるとおもいますので「個人的な考え」と前置きしておきます。

 

先日、こんなFacebookの記事を読んだ。
なるほど、こうやれば効率がいいというか、迷惑もかけないし、しっかり自然に帰るんだろうな、と納得した。
記事を書いている方とは知り合いではなく、どのような方なのか存じ上げません。偶然、この記事を読みました。

まず思ったことは「これを風葬呼ぶの?」ということ。
日本の幾つかの島での葬儀の方法を聞いている私としては違和感をもった。

Wikipediaで風葬を調べる。Wikipediaに書いてあるのは人間の場合ですが「風にさらし」とあるので、やはりちょっと違うような。でも、そんなことはどうでもいい。
沖縄のことも書いてある。私が沖縄に居た時に聞いた話とは違う部分があるが、そうしないとならない理由も分からないでもないので気にしない。

 

子供の頃、「墓」は自分に関係のない迷惑なものくらいに感じていた。父に連れられて行く墓参りにいい思い出がない。
成人して「そのうち自分も墓に入るのだろな」とおもったら、なんだか嫌になってきた。

若い時に、幾つかの土地で仕事をしながら滞在したことがあった。一ヶ月の場所もあれば半年以上の場所もあった。
島へ行き、ある程度島の人と仲良くなると、死体をどうするかという話になった。今、考え直してみると、私が滞在した時期がちょうどお先祖様が帰って来ると言われる時期であったからだとおもう。

Wikipediaの風葬を読むと、日本に於いて火葬をしなかったのは、少なくとも50年以上前のように読めた。私がお世話になった小さな島には火葬場はなかった。大きな島の病院で亡くなれば火葬となるが、私が居た島では高齢者でも島に残る人もいた。
そこで昔(50年とかではなくてもう少し最近)はどうしたかという話を聞いた。風葬の所もあった。風葬であっても墓が存在する。しかし自然に帰る部分も多い。

「墓」が好きになれない私は、風葬に魅力を感じた。

 

(ここで余談)
10年くらい前だろうか。
家の前のアスファルトの道にメジロが死んでいた。このままでは車に轢かれてしまう。以前、スズメが轢かれてペシャンコになった姿はなんとも哀れだった。
なので、我が家の庭とも呼べない建物と塀の間の場所に運び、地面を少し綺麗にならして横たえてあげた。
この場所は、アナグマの記事中にあるような微生物も多々いる場所で、菌類やミミズ、ナメクジ、ダンゴムシ、蟻、蜘蛛、ヤスデ、その他多様な生き物が生息している。ナメクジが増えた後にコウガイヒルが居ついていたこともある。
初夏の晴れた日だったと思う。メジロを横たえた後、どうしたものかとおもっていた。そして一時間くらい放置して見に行くと、小さな蟻たちがメジロの周りから土の粒の毛布を掛けてゆくように覆い始めた。三時間もすると綺麗な土饅頭のようになり、その下にメジロの骸があるとは分からなくなった。
それから何日を要したか覚えていないが骨もなくなった。全て自然に(命の循環に)帰ったのだ。
この時の感情を何と表現していいのか分かりませんが、たぶん「羨ましい」が近いのかもしれない。
(余談ここまで)

 

三年くらい前だろうか。長野県の南の方を車で走っていた。同乗者が急に、元善光寺に寄りたいと言い出した。
そこで九相図のようなものを見た。このとき九相図というものを知らず、後からそのようなものがあることを知った。(Wikipediaのページはこちら

そして小野小町の老後といえばいいのか、死との向き合い方を知る。

更に、日本に於いて、市井の方々が亡くなった場合、火葬し埋葬することが義務の当たりなったのは、遠い昔ではないことも知る。
飢饉などがあると死体があちこちにゴロゴロしてよろしくないので埋葬するように、とお達しが出るようになったとか。それから誰でも何らかの形で埋葬され、私が産まれた時代では墓地の墓に入るのが当たり前だった。
この30年くらいだろうか。子供がいない(=墓守がいない)者が増えたからか、散骨そして樹木葬が広まりつつあるのを感じる。

それらは火葬が前提のようですが、個人的な考えとして、そのまま動物や微生物に喰われて自然に帰りたいとおもうこともある。

ならば検体や臓器移植がいいのかも。

 

元の記事に関連した話。

車で旅行をしていて、動物の死体に出会うことがある。
はじめの内は、車を止めて端に寄せてそれ以上のことは出来ないかと考えたこともあるのですが、その周りの土地は(山の中であっても)私有地だろうから、道の近くの土の場所に運ぶのも気が引ける。だからと言って、車に乗せて一緒に旅をするのも気が引ける。結局何も出来ないのがもどかしい(動物愛護法に従い通報すればいいんですよね)。
 

またまた話は変わります。

自宅の周りでも、動物愛護法の大改正施行(2000年)以後は道路で事故に遭った犬や猫の死体を見る回数がどんどん減ったとおもいます。最近はほとんど見ません。

 

これまた「とても個人的な考え」ですが、死体、つまり死そのものと直面する機会が減るのはいいことなのかな、とおもうことがあります。
人が死を嫌う理由の一つに(身体的・精神的)苦痛が伴うだろうということもありますが、死や苦痛がバーチャルなものとして感じる人が増えたような気がします。つまり苦痛という感覚について考えない人が増えたような気がします。とにかく、現実の死については、とても距離をとっているように思えてなりません。

もちろん、道路で犬や猫、メジロやスズメが死んでいるのがよいとは思いませんが、何か直面する機会があった方がよいのではとおもえてなりません。
昔は三世代世帯が当たり前だったし、家で息を引き取るのも当たり前だった。なので子供も死に際に直面した。
と、書いている自分も、その後の世代で核家族で育った。祖父母の死に際には立ち会っていません。記憶を手繰ってみても、誰か(人間)の死のその時に立ち会ったことはないかも。

亡くなった直後に病院に駆け付けたら、病室から霊安室に移され、すぐに葬儀の話になったことは記憶にあります。これは気が紛れていいとおもったこともありますが、その通り「紛らわしていて」受け止めることを避けているのかも。

そんなことを考えると、火葬場のない小さな島で高齢で亡くなることは、それだけでも価値のあることなのかも。

 

以上、散らかった文章になってスミマセン。
「個人的な考え」でした。

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2019年8月28日 (水)

いただきもの(桃、梨、水羊羹、アーモンド)

お世話になってばかりで、何もお返しが出来ない人間の備忘録。
宝くじで1億以上当たったら、お返ししよう。

 

先の土曜日、昼から出かけていて帰りは夕方。その途中、とあるターミナル駅で電車からバスへの乗り換える。7~8分行列に並び、上手いこと座席に着くことが出来た。乗車時間は約30分なので座れると嬉しい。
席に着き、タブレットを開き、何か連絡が入っていないか確認する。「おどろき、送りました」とある。
「おどろき」って何?、と調べると桃であることが分かった。すぐにお礼の連絡をして桃の到着を待つ。

次の日、日曜日の午前中に届いた。

20190827a 20190827b

冷やすといい、と書いてあるので冷蔵庫に入れる。
晩御飯の後に食べることにして、昼食は外食に出かけた。
 

外食から帰宅し、のんびりしているとまたまた荷物が届いた。今度は梨である。
毎年いただいているので、こちらのブログで見たことがある人もいるとおもう。富山県の呉羽梨。
こちらも、冷蔵庫で保存するようにと書いてある。

20190827c 20190827d

 

う~ん、、、、入らない。
こういう時は、ご近所さんにお裾分け。
そしたら水羊羹をいただいてしましまった。「極上本、水羊羹」と書いてある。
羊羹一本なので、これなら冷蔵庫に入る!

 

その晩、何から食べようかと女房と相談。
実は女房が金曜日にパウンドケーキをいただいてきて、土曜日に開けてしまっている。これも食べないといけない。
水羊羹は急がなくても大丈夫みたい。梨の方が数があるので梨にしてみました。
美味しいです。甘いです。今年は特に甘いです。今年は当たり年(少なくとも私に届いたものは)。

呉羽梨とは、富山市にある呉羽丘陵で採れる梨のことで品種ではないようですが、幸水がほとんどみたいです。
今回送っていただいたものは、庄司梨園というところからでした(Facebookにページがありました)。

ご興味のある方はネットで調べてみてください。
生産量が限られているようなので、時期がずれると入手できないかもしれませんが。

 

次の日の晩、おどろき桃を食べる。
この桃の説明は「バリっとした触感」とある。桃で?、とおもいながら、まず皮をむく。
ペロンとはむけない。リンゴの皮のようにむいていった。
むきながら一つ食べてみる。やはり硬い。でも甘い。
このももの特徴は大きいこともある。確かに大きい。

いい加減にむいた桃を皿に入れ、女房と食べる。大小色々、形も色々。
食べるのが早すぎたのかもしれない。硬さ(柔らかさ?)が場所によって違う。味も場所によって違う。甘味の強いところ、いい感じで酸味が入っているところなど。
考えながら味わうことに慣れている人向きだとおもった。

硬くても美味しいのですが、何故か素直に受け入れられない自分を不思議におもって考えてみた。
子供の頃、本物の桃を食べたことがないような気がしてきた。食べたのは桃缶。あのトロトロ&甘々が自分の中の「桃」になってしまっているのかも。

ご興味を持った方は「おどろき、桃」で検索すると見つかるとおもいます。

 

桃を食べた次の日は、アーモンドをいただいた。
このアーモンドは時々いただくのですが、好みのものなので嬉しい。

 

いただいてばかりでお返しが出来ない私です。
いただきものがこんなにあることは、年に1~2回しかないのですが、忘れてしまう私です。
宝くじが1億以上当たったら、お返ししますので、そのときをお待ちください。

そのための備忘録ブログでした。

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2019年8月17日 (土)

7月の「犬とゆく」

7月中にやっとSSL化することが出来ました。
何年も前から考えていて、当初の予定では早ければ今年の2月、遅くとも3月には終わる予定(つもり)でしたが、SSL化だけでなく、元々あった不具合に気が付いたことが多々あり、遅れてしまいました。
それ以前に、私自身の知識のなさ(世の中の技術の進歩が速すぎるからと言い訳させてください・苦)でなかなか進まないこともありました。

まだまだ不具合が出るとはおもいますが、一人ではとても見つけ切りません。お知らせいただければ嬉しいです。

今月(2019年8月)中に、このブログの閲覧ページもSSL化するみたいです。

 

この暑さで出かけずに家でネットを見ている方も多々いらっしゃるとおもいます。
秋の旅行にぴったりな情報が見つかることを祈っています。

 


情報の修正など
(他にもあったとおもいますが、記憶している範囲で)

pure in nasu
2017年1月に閉鎖されていたとのこと

観泉荘 こまや
人間、犬ともに宿泊料金が変わっていたことを偶然知ったので修正
長いこと、犬連れ「も」OKにしてくださっていること、ありがとうございます

松本農園
HPアドレスが変更になっていることに気が付いたので修正

旅籠屋 東京新木場店
HPアドレスが変更になっていることに気が付いたので修正

AUBERGE Le.POUSSIN
HPアドレスの変更(SSL化したのでhttpsになっただけ)があったので修正
(みなさんやっているようですね)

ペンション オリーブ倶楽部
HPアドレスが変更になっていると「犬とゆく」の利用者から情報をいただいたので修正

DONBURI CAFE DINING bowls
一口コメントに閉店情報をいただいたので修正

愛犬と楽しむ宿 しぶごえ館山 壱号館
HPアドレスが微妙に変わっているとの情報をいただいたので修正

 


プライバシーポリシー と リンクポリシー
クッキーについては欧米でも問題になっているようだし、このようなページを設けるのはサイト運営作法の一つのようなので(遅すぎるくらいだけど)設置

 


一般の公開
7月の公開数は6。年間通算は62となりました。
一時期よりもペースは落ちていますが数で勝負のサイトではないので、まずまずだとおもいます。
こんな感じで続けられたらと考えています。

伊豆高原 さくらの里
伊豆高原大室山の麓(?)にある桜がいっぱい植わっている芝生の公園。
桜の季節がお勧めなのは当然ですが、それ以外の季節も犬とののんびり散歩にはいい場所です。

ティファニーミュージアム別館&カフェ
ニューヨークランプミュージアム&フラワーガーデン(旧 伊豆四季の花公園)内にあるカフェ。犬連れはテラス席。眺めがいいです。
有料の公園の中なので入園料が必要になります。

サラダパークぬまた(無料ドッグランあり)
群馬県沼田市にある無料の公園。無料ドッグランもあります。地元特産品の販売や軽食、大型の遊具、芝生広場、森の館もあります。
ドライブ途中の一休みなどに良さそう。

北陸道 米山SA上り(富山県方面)ドッグラン
北陸道米山SA上り(富山県方面)にあるドッグラン。ある程度の広さもあり、水道、おしっこポール、うんちゴミ箱などもあります。
SAには、緑地や公園のような場所もあります。

押し花アートを楽しめる犬の宿 ガラスの仔犬
静岡県伊東市八幡野(伊豆高原)にある犬連れのための宿。窓からの景色もよさそう。部屋や共有スペースなども広さ的に余裕がある感じ。
お風呂の「使用中」の札が階段にあるのはグッドアイデア。

寝覚の床(臨川寺経由)
長野県木曽郡上松町にある木曽川を見下ろす景勝地。木曽八景の一つ。浦島太郎が玉手箱を開けたとされる地。
臨川寺からのコースはちょっとしたハイキング気分になれる。こちらの画像でコース全体のイメージがつかめるとおもいます。

 

一時期の雨続き&落ち着いた気温は何処へやら。また今まで通りの猛暑ですね。
犬も人もしっかし気を付け予防&対応を。
自然の中に出かける時は虫対策も。
それとくれぐれも無理をしないように。中止・中断の勇気を。

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2019年8月16日 (金)

GIMP(無料画像ソフト) インストール

「犬とゆく」を運営している関係で画像編集ソフトを利用している。
写真の大きさを変えたり明るさを変えたり程度のことですが、慣れと便利さから(20年以上前から使っている)有料のものをたまにバージョンアップしながら使っている。
「犬とゆく」は全くの赤字なので無料のものでいいものはないのかと常々探していた。

やっと良さそうなものが見つかったので、インストールしてみました。
その時のメモです。

インストールは以下のページを参考にしました。

https://meemee.work/gimp-download-and-japanese/

ちなみに、GIMP は、GNU IMAGE MANIPULATION PROGRAM の略。
GNU をご存知ない方は WikiPedia が分かり易いとおもいます。難しい思想的なことや歴史的なことは知る必要はなく、利用者として、GNUのものはフリーソフトである、ことだけは理解しておけばいいとおもいます。

 

上記ページに従い(2.10.12 を2019年8月中旬)インストールしてみた。

ある程度日本語化されているとは聞いていましたが、それがどれくらいなのか心配でした(私は全くと云っていいほど英語が分からない)。
インストールはすんなりいきました。
初めて立ち上げるときに時間がかかり「インストールに失敗したかな?」とおもいましたが大丈夫でした。キノコの写真が出て来てからも時間がかかり、また心配(笑)
 

早速、ちょっといじってみる。
まず、使えるだろうとおもったショート・カットが使えない。ベースとなるOSが違うのだから当たり前か。

結構日本語化されているので安心した。

ちょっといじって画像を保存しようとしたら、XCFという形式でないと保存できない!、というのである。
そんなことがあるのか!HELPを開くが、だいたい日本語化されているが完全ではなく少々苦労する。検索も上手く動いてくれない。

Ctrl + Shift +e
これで「エクスポート」として保存できることが分かった。

一括処理はできないんだろうなと決めてかかったら、どうやら出来るようだ。
以下のページを参考にプラグインをインストールしたらページに表示してある通りの画面を出すことは出来た。
https://kenkyu-labo.com/gimp/waza26.html
この部分は日本語化されていないので、未だ使っていません

最低限のことは出来そうだ。
GNUのものは機能的に優れているとおもっているので期待しているし、多くの人が携わっているので幅広いことは出来そうだ。
時間があるときに使いまわしてみたい。

 

少しだけですが使っておもったことは「パソコンを使い込んでいない人にいいかも」。
自分の場合「Windowsならこうだよな」という思い込みが使いにくさの原因になっているような気がしました。

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2019年8月15日 (木)

2019年8月15日 終戦記念日?

何年かに一回、8月15日に書くこと。

「終戦記念日」ではなく「敗戦記念日」と呼ぶべきでは?

 

日本は敗れた。
その結果、それまでの「日本(大日本帝国)」を改めなければならなかった。
その結果得た、日本国憲法。

理想的と呼べばいいのか、非現実的と呼べばいいのか、戦勝国に押し付けられたからなのか、他国の傘の下だから実現しているのか、私には分からないが、「もう戦争はしない!」と謳う第九条がある。

なので日本国民には兵役はない。

「平和ボケ」と謂われる。

平和な憲法を作った(受け入れた?)、そしてそれを守ってきた苦労を忘れているのではないかとおもうことがある。

 

「敗戦記念日」と呼び、敗れた結果、この日本がどう変わったのか、その時その後の苦労はどうだったのか。
その結果の今の平和への感謝。そして、苦労の方法はこのままでいいのか。
国民はそれらを意識するべきではないだろうか。

 

「終戦記念日」と言われると、何気なく、何も変わる必要もなく、変わらず、戦争が終わった印象が私にはある。

「敗戦記念日」とし、日本は変わったこと(変えられたこと)、その結果の今在る「平和」について意識し、感謝出来る日になってくれることを願っています。

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2019年8月11日 (日)

ボヘミアン・ラプソディー(2回目)

前回観たことをブログに書いたような気がしたのですが探しても見つからなかった。FaceBookにも。とにかくこの映画を観たのは二回目。

感想は、映画としてよかった。観ていて飽きない、感動する。映像も楽しめる(今回は下高井戸シネマだったので迫力はイマイチでしたが)。
二回目だし、二日前にクイーン・ヒストリー2を観たばかりだったので、一所懸命字幕を追わずに済み余裕をもって楽しめた。

ただし、クイーン・ヒストリー2で本物のフレディーの映像を多々見た後だったので、ライブシーンなどでは(本物フレディーと比べて)迫力に欠けて感じてしまったのは残念。

(当たり前のことだけど)改めて「ボヘミアン・ラプソディー」は作られた映画であり、フレディー・マーキュリーというアーティストというかアートそのものとは別物であり、やはりストーリーのある映画として楽しむものだ。

クイーン・ヒストリー2もボヘミアン・ラプソディーもまた観たい。機会があれば、2がつかなクイーン・ヒストリーも。

(余談)
今読んでいる生命科学の本に「LoveとLikeの違い」の話が出てきて「ほるほど!」とおもった。
映画中、フレディーとハットンが「I like you」と語るのを見て改めて「なるほど!」と。同性愛というものが少し理解できたような気がした。

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2019年8月 9日 (金)

クイーン ヒストリー2

どうにか観ることが出来ました。下高井戸シネマが近くにあってよかった!!

数名の音楽関係者が当時の彼らのことを語る。彼らをよく知っている人もいれば、知っているどころか親しかった人もいる。
原題は「UNDER REVIEW 1980-1991」となっていますが、1995のメイド・イン・ヘブンやミュージカル「I WILL ROCK YOU」、ボーカルを迎えてのその後の活動のことも語られている。

クイーンの歴史を振り返る時、大きな区切りは(フレディーの死を除いて)ライブ・エイドだろう。この映画でもそのように構成されていた。

ライブ・エイドに至るまでの活動で興味深かったのは、イギリスで認められ、世界に認められ、アメリカでも認められるようにもなるが、まず、イギリスとアメリカの文化や感覚の違いが浮き彫りになること。また、世界は広く、南米や南アフリカでの失敗が語られる。

私は子供の頃、日本のテレビで放映されていたモンティー・パイソンが理解できなかった。内容そのものも理解出来かなったのかも知れないが、モンティー・パイソンをよく理解していていると自負している大人たちのコメントが理解できなかった。つまり紳士の国イギリスにおいて、ウィットとかブラックジョークが大人の世界でどのような位置づけなのか、当時の私は理解できなかった(戸惑った)のだろう。

ウィットやブラックジョークが大人の嗜みであるイギリスでは、肌の露出が多い「ボディ・ランゲージ」のPVも、女装で有名な「ブレイク・フリー」のPVも商業的に問題にならなかったが、アメリカでは問題になり受け入れられなかったそうだ。

当時「ブレイクフリー」は、南米では圧政下で苦しんでいた人たちが自由への賛歌としていたらしいのですが、本人たちはそれを知らずにライブに挑んだらしい。この曲を女装で演奏したらステージに色々な物が飛んできて大変なことになったとか。

南アフリカでは政治色が強いイベントに出演してしまい、評判を大きく下げてしまったことも語られていた。

 

その後、ライブエイドがあり復活する。

 

これらのことを観ていておもったことは、彼らは「とにかく音楽!」だったんだろうということ。なので配慮が足りないこともしてしまったのだろう。
コメントの中で(私の記憶なので多少の勘違いはあるとおもいますが)「彼が悪い人間なくてよかった。多くの人の心を掴める人間が、悪いことにその力を使ったら恐ろしいことになる」と語っていたが、その通りだとおもうし、政治的な動きをしたという話は記憶にない。

最後の方でこんな話もあった。
「アメリカでエイズのことがやたらと言われるようになったので、私は彼に忠告した」。それに対してフレディーの答えは「私は会いたい人に会い、したいことをする」というような答えだったそうだ。政治に限らず特定の活動に熱心になってくると、会いたくても会うことが難しくなる人が出てくるものだ。(この話はあくまでエイズの話なのですが私は)彼の偏らない姿勢を感じました。
彼らの曲(歌詞)のほとんどが(マスなことではなく)個人の想いを基礎にしています。個人として個人に対し語り掛ける姿勢が私は好きだ。

 

ビートルズが、今の世界規模のショービズの起点と言っても良いかとおもいますが、ビートルズ自身がそれに疲れてしまったと私は思っています。
レットイットビーが1970年なので、クイーンはほとんど入れ違いということになる。出来たばかりのシステムを使い始めた世代ということになるだろう。

タイトルに「1980-1991」とあるが、日本ではバブルに向かいバブルは弾けてもまだ多少の余韻のあった頃。日本に於いてバブルの前後では大衆の国際化に大きな違いがあったと記憶しています。バブル前は庶民が海外旅行へ行くのは簡単なことではなかった。海外に拠点をおいて活動する人も少なかっただろう。海外の庶民文化・風習・感覚について、知る機会はとても少なかったおもう。

このようなことは、多少のタイムラグはあるものの世界でも似たような流れだったのではないか。日本人から見ると欧と米は一緒だとおもっていましたが、マスメディアで流すコンテンツに対するモラル意識は大きく違っていたらしい。

そのようなことが分かったことも、この映画の収穫の一つでした。

 

ライブ・エイドより後の話は、フレディーの病気のこと、そして死までの期間としてどうしても見えてしまうことなどが語られる。
彼らは実験的というか、それまで自分たちがやってこなかったジャンルの音楽を吸収し表現することもしばしばでしたが、ライブ・エイド後の彼らは少し違ったようです。
メイド・イン・ヘブンが作られるくらい多くの録音をしていたのですから、その中から素晴らしい楽曲がリリースされたことは想像できます。それらの曲についてのコメントが続く、やはり(フレディー生前の)最後のアルバム「イニュエンドウ」から幾つかの曲が挙がった。「ショウ・マスト・ゴー・オン」や(猫のベストで有名な)「輝ける日々(These Are The Days Of Our Lives )」などについて語られる。

そして「メイド・イン・ヘブン」についても。その中で一人だけ「トラック13」を取りあげていた。ボーカルのない曲らしい。私はこの曲を知らなかったので帰宅後YouTube探したらあっけなく見つかった。
聴き始めると「環境音楽?」とおもった。そのような音楽は嫌いではないのですがすぐに飽きてしまうことがほとんど。しかしこの曲はいつまでもなんとなく聴いてしまう。22分もあるので一度中断したのですが、その後続きを聴いてしまった。

長いこの曲を聴き、ふとクィーンというバンドについて、そしてフレディー・マーキュリーというアーティストについておもったこと。
この曲は「メイド・イン・ヘブン」の最後の曲になりますが、私の最も古い彼らの記憶は「ボヘミアン・ラプソディー」を耳にした時の「これがロック?」という疑問。
トラック13はあの時の疑問に似ている。「なんなんだろうこれは?」と思いながらも聴き続けてしまう。しかし、釈然としない疑問ではなく、美しい当然の疑問。見たことがない美しい風景のような不思議な感覚。

「ボヘミアン・ラプソディー」で叩き起こされ、トラック13という子守唄でオヤスミナサイ。

 

時代背景や各国のその時々の情勢なども分かり「そういうことだったのか」と理解が深まったこともこの映画のよさですが、コメントを寄せる人たちの「感じ」も良かった。
ある人は、無邪気さに似た熱のこもった話し方だったし、音楽的にもクールに分析しながらも昔の親友との思い出に少し涙しているような人、距離を保って冷静に話をするけど結局絶賛するしかないのがオチという人たちとか。
話の内容は大人にしようとするのですが「感じ」は子供。恥じらいとか身構えなんて考えない子供。これは素敵な作品が与える重要な影響だと考えています。

作品を提示し、その作品を語る人たちが、大人の会話だけしか出来ないのであれば、それはアートではないと私はおもっています。

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