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2019年3月 2日 (土)

松任谷家が犬を迎えたときの話

ラジオを聴いていたら、松任谷正隆さんの声が聞こえてきた。「ブログを書こうをおもったんだ」と思い出し、そのためにとっておいた、JAFMateをひっぱり出してきた。
(急いで書いたので、ヘンな個所があるかも。後から所々書き直すかも。)

JAFとは長い付き合いですが、2年前くらいからJAFMateで連載されている2つのコーナーが好きで、よく読むようになった。

一つは「幸せって何だろう」。毎回違う著名人が幸せについて語る。幅広い人が書くので興味深い。単純に年齢だけを考えても、若い人は「今」の中から探し、高齢になってくると昔の幸せ体験の話になることが多い。

そしてもう一つ私が好きな「車のある風景」が松任谷正隆さんの連載。
車の話なのですが、ちゃんと「落ち」を用意してくれている。最も記憶に残っているのは、結婚前の奥様と隠れるように車の中デートを重ねていた。ある時、納豆スパゲティーを持っててきてくれたのですが、それを車の中にぶちまけてしまい、とんでもないことになったという話。

 

最近掲載されたものは「犬に振り回される」。興味深く読ませていただいた。
とても簡単に紹介するので誤解を与えてしまうかもしれません。細かいことはスルーしてくだい。概要は以下の様な感じ。

 

結婚してすぐの話だそうです。
一頭の犬を迎えた。一頭では寂しいとおもいもう一頭迎えた。
後から迎えた犬が、迎えてから一週間目の朝、植木鉢の上で冷たくなっていた。

もちろんその犬を迎えたショップに電話を架けた。その対応に不満はあったが、ペットロスは収まらず、また犬を探してくれないかとお願いする。
探してもらっている間に犬種団体の存在を知る。そことやり取りをした結果、犬の流通のブラックな部分に遭遇する。そして自力で犬を探すことを決意する。

業者の人の手を借りず、今のようにネットで情報を得ることも出来ない時代に。まずは紙媒体で情報を集める。犬種団体を知ったのも厚い図鑑の終わりの方に載っていたとか。

そして、あるブリーダーと知り合う。週一でそこに通って色々と教わったそうだ。
犬を譲る条件は「チャンピオンにしてやってくれ」。つまり、ドッグショーに出してやってくれ。

 

(ここから松任谷家の記事から離れます。後で戻ります。)

ドッグショーを知らない人は、「お金をかけて着飾るように仕上げた犬が勝つんでしょ!」と言うことがあります。犬が全く同じであれば、そうだろう。しかし犬は生まれた時から違う。人間が一人一人違うように。
それを良く知っているのがブリーダー。細かい違いが分からなければ健康な犬を産み出すことは出来ない。なので、犬の世話についてもきめ細かい。若かりし日の松任谷ご夫妻はそのようなことを学んだようです。

たしかにドッグショーは、ある程度の誤魔化しやハッタリのようなことも行われる。実際に足を運ぶことで、どのようなことが行われるのが見て知ることができる。
これが分かるためには、犬の体のことを勉強しなくてはならない。大した勉強でもないですが、数多くの犬を同じ動きで見ないとならないので、本やネットでは難しい。

ドッグショーに行き、犬の体について色々と気付き、ショー会場や関連の場所で多くの飼い主さんと知り合い、様々な犬との生活の在り方を知ると、犬がどれだけ人に寄り添ってくれているのか分かるようになる。

松任谷家がこの犬を迎えて気が付いたことは、しっかりとした性格であるということ。チャンピオンになれる犬というものは、そうでなければならない。
多くの人に囲まれたリングで動じず、ハンドラーの指示に従い、ジャッジに触られたりする。その間だけでもお行儀よくしなければならない。チャンピンになるには、何回も勝たなければならないので、まぐれでは駄目なのだ。お行儀よいことが身についていなければならない。

このようなことに気が付いてくると、ブリーダーという仕事は大変そうだなとおもうようになる。普通の感覚の(お金を儲けるための)仕事では無理なことに気が付く。
体のことだけでも数多の要素がある。それらについて完全にクリアすることは不可能だろう。さらに人間と暮らすための相性のようなものも含めると(完全は無理なので)、もう「好み」になってくる。

最近、繁殖業者のことが議論になることがあるが、このようなことが議論されることがほとんどない。飼育環境さえよければOKのような風潮がある。私はそれに恐ろしささえ感じている。
犬のことを語る人の中に、体のことだけでも数多くのチェックポイントがあることを知らない人がいる。それが露呈していることにさえ気づかない人も。

 

(松任谷家の記事に戻ります)

少々引用
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犬を連れてあちこちのデパートの屋上に行き、ドッグショーに出した。最後のポイントを獲得したのは京都のデパートであった。これで普通に暮らせるね、なんてかみさんと話ながら犬を後席に乗せ、帰途についた。
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ドッグショーの多くは週末や休日に行われる。松任谷ご夫妻の仕事のことを考えると、ブリーダーとの約束とはいえ無理をしたのだとおもいます。それだけの価値があると感じられたから続いたのだとおもいます。

続きの文章を印象します。以下の文で、このコラムは終わります。
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黒い犬は後席背もたれの後ろの指定席へ。東名高速を走りながらバックミラーを見ていたら、夕日の中にシルエットになった新チャンピオンは、むっくり起き上がり背中を丸めた。「やめろ!」と叫んだが、もちろんやめてはくれなかった。
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コラムの構成としての「落ち」ですが、一緒に暮らしていて楽しい犬とは、こういうこともあるとおもいます。人前ではお行儀よく、家で家族の中ではしっかり自分を主張する。
「やめろ!」と叫びましたが、「自分たちも大変だったけど、お前も大変だったよな。お疲れ様」という気持ちもあったとおもいます。

幾つものショーに出たという大変な体験を通して、お互い理解を深め合ったこともあるでしょう。その区切りにこのようなことをしてくれる。

私は、こういう犬が「いい犬」であり、「いい犬との関係」だとおもっています。

 

(松任谷家の記事とは関係ない、私の考えていること)

犬の細かいことを知り、自分の生活スタイルも分かった上で、犬の好みの話をしたい。「私の感覚はこうで生活スタイルはこうだから、あの犬種のこういうタイプが好き」というような話だ。

マスコミで犬のことをあれこれ語っている人が書いていることを読んでいても、犬の細かいことも人間側の生活スタイルの話も読み取れることがほとんどない。
こんな情報ばかりでは、犬との生活を楽しむ人が増えることは難しいのかもしれない。そもそも、そのようなことは紙媒体でもネットでも伝えるのは難しいのだろう。

松任谷ご夫妻はペットロスを経て、業界のブラックな部分を知った後に、ブリーダーと知り合い、色々なことを教えてもらい、そしてショーに通った。
そこで、幾つもの出会いがあったこととおもいます。実際の犬も見て、人と話をする。ビデオなどではなく実際の犬と、その犬と生活している人と話をする。

これが犬の勉強の基本なのではないかとおもっています。
色々な飼い主さんと話をすると、色々なことを試す人たちに出会います。トレーニング、日々の食事や散歩の仕方、獣医療などなど、色々なやり方があり、そこに辿り着くまでの紆余曲折を聴くことができることもあります。

そういうことをやってきた人間からすると、世間で注目されている先生の中には「この人、日常では犬とどれだけ向き合っているのだろうか。たぶんこの人が考えている理想の犬との生活なんて、自分には物足りな過ぎるだろうな」と思わずにはいられない人が少なくない。

 

犬は人間に寄り添ってくれます。人間の生活を豊かにしてくれます。
それに気づき、より生活を豊かにすること(それは犬にとっても喜びだろう)を目指す人が、一人でも増えることを心から願っています。

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