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2018年12月11日 (火)

キジトラ君と出会って

先の書込みで、キジトラ猫の死体を発見してしまったことを書いた。
法律に従って、お役所に連絡をしようと電話を架けたが日曜で繋がらず。それで終わりにしてしまった。しかし気になり(コメントに書いておきましたが)深夜に現場を見に行ったら、彼の姿はなかった。

女房は「我が家にある程度の広さの庭があったら埋めてあげるのに」と言った。私も似たようなことが頭によぎった。

ところで、役所に電話が繋がっていたらどうなっていたのだろうか。たぶん担当の人が引き取りに出向き、決まりに従いそれなりのことをしてあげるのだろう。

話は変わるが、生きている猫の場合。
お役所は、現在、外を自由に出歩いてるということだけでは、生きている成猫は引き取らない。その根拠は幾つかあるらしいが、その一つに「もしかしたら飼い猫かも知れない」というものがある。飼い猫が散歩しているだけの可能性があるからだ。

深夜、現場に行き、その姿がなかったときに「キジトラ君は飼い猫で、飼い主が気が付き、連れて帰ってあげたのかな」ともおもった。
そんな想像をしたときに、我が家に連れて帰り庭に埋めたり、役所がそれなりのことをしてしまうと、飼い主さんは途方にくれるのではないか。

飼い主さんとしては「いなくなった」と認識しているだろうから、数日後にお役所に届け出るかもしれません。そのときにはもう終わっていることになっていることでしょう。そのような場合、骨は何処にあるのでしょうか。

そんなことも考えてしまいました。

 

今の世の中では、やはり「猫は外で自由に出歩かせていけない」となるのかもしれません。
長年の感覚で、散歩中に猫を見たいものだとおもっていますが、猫にとっても飼い主にとってもリスクが大きすぎるのかも。

人間の子供でさえ(夜でなくても)一人で歩かせるのは危ないと言われる世の中です。ペットも家族と言うのであれば、完全室内飼いで、お出かけは必ず人間と一緒となるのでしょうね。

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