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2018年8月22日 (水)

アゲハ再び(たぶん)

20180822_172704もう「アゲハ」というカテゴリーを作った方が良さそうな、このブログ。

アゲハの幼虫に食い尽くされたイタリアン・パセリも葉が出始めてきた。幼虫たちは蛹になるために姿を消し、イタリアン・パセリは鬼のいぬ間の復活に励んでいる。

「このまま茂ってくれれば幼虫がいっぱいきても大丈夫かも。あと2週間くらいかな」とおもいながら、葉をよく見てみたら、写真の通り。たぶん、キアゲハの卵です。

全て違うプランターの葉です。見つけられないものもあるはずなので、また食料危機になりそうです。

20180822_172803  20180822_172837

こことは別の明日葉が茂った場所では、30匹くらいの小さな幼虫がいました。
彼らは明日葉を消化しきれずに黄色い液状の排泄物をするので小さくてもすぐに見つかります。明日葉は(今のところ)大量にありますが、この数ではこちらでも食料危機になることでしょう。

こんなことをやっているのを、近所で一生懸命ガーデニングやっている人が知ったら腹立たしくおもうかも

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2018年8月13日 (月)

手は出さないように(アゲハの幼虫)

これは備忘録。今後も余計なことはしなように、という意味で。

アゲハの幼虫たちのほとんどは、脱皮を繰り返し、姿を消した。どこかで蛹になっているのだろう。

しかし、3匹だけ成長を遅らせどうにか生きているものがいた。それらは種や皮を食べている。
内一匹がベランダにいた。彼が居た鉢は、種が乾燥し、枝も乾燥し始め、何も食べられない状態だった。私が見た限り2日ほど動いたのを見たことがない(場所は少し移動していた)。体が少ししぼんで(張りがなくなって)きているように見えた。これは時間の問題か、とおもった。

ちょうどその頃、他のプランターに葉がつき始めたので、移動してあげることを考えた。
指でつまむと、触角を出し、口から薄いオレンジ色の液体を出した。口から液体を出すのはあまり記憶にないが、水分を出すくらい余裕があるのかとおもっていた。

そして葉が生え始めたプランターに移動。
置いてすぐは少し動いて、歯を食べそうになったが食べない。たぶん休憩時間なんだろうとおもっていた。これは8月9日の午前中だった。

その後、ときどき見ていたが、食べる様子もないし動いていなようだ。身体も皺ががくっきりしてきたし、肌も乾燥してきているかんじだった。
、移動してから二日後、下の写真のようになり、3時間後くらいには落ちていた。

20180811_124303  20180811_124317

身体の真ん中辺りの脚をしっかりと茎につけて、そこから折れるように亡くなっていた。最後の力は「とにかくしがみついていよう」とおもっていたのだろう。身体はしぼんでいた。

私が移動したからこのようになったのだろうか。たぶん、あのままでも同じだったとおもう。
「もしかしたら」という気持ちがぬぐえないので、今後はこのようなことは辞めようと心に誓った。

似たような固体が道路面の株にいるがそのままにしておこう。
以前、道路面辺りにいたが玄関横に移動した個体(前回の書込みで正面写真を撮ったもの)は丸々と太り、「まだ蛹にならないの?」とおもうくらいになったのですが、大雨の直前に姿を消しました。たぶんどこかで蛹になったことでしょう。

20180811_124414ベランダで種と皮だけを食べて、大きくなれずに最終齢を迎え、近場で蛹になった個体はまだ蛹でいる。


とにかく、以降は(余程確実でない限り)幼虫の移動他、手を貸すのはやめるようにしよう。

 

今朝(8月13日)、ベランダに(たぶん)キアゲハがやってきていた。今、卵を産み付けられてしまうと、また食糧問題が発生するので別の場所で卵を産んでほしい。しかし、庭によっては害虫扱いされる。

たぶん、このブログも「害虫育てて何が面白いんだ、いい加減にしろ!」と思いながら読んでいる方もいらっしゃることでしょう。

世の中って、そういうものですよね。

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2018年8月 9日 (木)

「進化」について

前回のブログを書いていて、進化について考えた。

ダーウィン的な進化論は、その環境下で優位な遺伝子をもった個体が突然出てきて、生存競争で残り、そして子孫を残していった結果、と私は理解している。
つまり、ある種の突然変異を起こした(他の個体とは遺伝子が違う)固体が、種としての進化の引き金となる、と理解している。

10年以上キアゲハの幼虫を見ていて思ったことは、遺伝子の変化がなくても、種としての行動に変化が起こることがあるということ(形の変化はないようですが)。

 

幼虫たちが姿を現した当時は、食べ物(イタリアンパセリの葉)にも余裕があった。
余裕がなくなると姿を消してゆくものもいる。成長を遅くするものもいる。
それ以外に、今まで食べなかったものを食べるものが出てきた。

 
一つは、明日葉。
これを食べられるようになる個体の数はとても限られている。ほとんど個体は生まれたときに口にしない限り、まず食べることはないようです。
どちらも「セリ科」ではあるが、イタリアンパセリは「オランダゼリ属」、明日葉は「シシウド属」。見た目からして全く違う。
前回も書きましたが、これを食べても消化しきれていないようで、黄色い液体状の排泄物をを出します。
これらの数は、その時々で多少の幅はあるのですがとても少数であることは変わりない。(明日葉が食べて黒い丸い排泄物が出せるようになるには遺伝子レベルでの変化が必要とおもわれます。)

二つ目は、イタリアンパセリの種を食べる幼虫だった。
まだ実の形になったばかりの緑色の種を食べていた。葉に比べて栄養が多いためか、一気に食べることをしない。彼らに共通なことは、最終齢の手前で色白になる。
このような個体は、葉も食べることが出来るし、次の茎も食べることが出来る。

三つ目は(種のところで書きましたが)茎を食べるようになった個体。
実を食べた後、その付け根まで食べたことが始まりではないかと想像している。平たく言えば、実を食べた勢いあまって食べたのではないかと思っている。
葉だけ食べている個体にとって茎を食べることは咀嚼する力を考えると難しいだろう。

種や茎を食べる個体は葉も食べる。そして争わない。
昔、皆が葉だけ食べていた頃は、近くに他の固体が来ると角を出し、音を出し、威嚇していましたが、最近はそれを見聞きしなくなった。

四つ目は、茎の皮。
これが出来る個体数は少ないのですが、確実に増えているのを感じます。明日葉を食べる個体のより多くなりました。
何故、茎そのものを食べないのか不思議だったのですが、茎の先が枯れてしまうと食べないようです。仕方なく、先端以外の所を齧ったら皮を食べることが出来たのでしょう。
彼らは、葉を見つけることが出来れば、このようなことしません。

 

イタリアンパセリの何処まで食べることが出来るか、ではありますが、食性が変わったように見えてなりません。
葉を食べるだけであれば、それに必要な口の能力があればいいのであり、実や茎を食べるほどの頑丈な口は必要ないとおもいます。

たぶん、「実を頑張って食べたら、すぐにお腹いっぱいなった」(食事のために使うエネルギーが少なくて済んだ)ことから、この方向に変化していったのだと想像しています。

理由は分かりませんが、一匹だけということはなく、周囲の個体の中から同じことをやる個体が出てきます。実を食べる個体がいると、1~2日経つとその周囲で他の個体が食べ始めることがあります。
犬や猫が他の個体から行動様式を得ることに似ていると思いますが、コミュニケーション能力のツールである、視覚等の能力が違いすぎるので、信じられない気持ちはあります。

補足(前回も書いたことですが)。
イタリアンパセリは実をつける前、花を咲かす頃から葉の形を変える。この葉は、彼らは食べることが出来ない。なので、実のある株に登った幼虫は、実または茎を食べるしかない。
それでも実をつけている株に居続ける個体がいる(色白になる)。

 

環境の変化に合わせられるようになった個体が増え、色々な部分が食べられるようになっただけ。そして、仲良くなって団体行動がとれるようになっただけ、で進化とまではいないのかもしれない。

戦後、日本人は肉を多く食べるようになり、生活習慣が変わり、体が大きくなった。これは進化とは呼べないかもしれない。きっと誰も呼ばないだろう。
これに似ているような気がする。

最近のことですが、ラジオを聴いていると「ここまで成功できた理由はどのようなところにありますか?」とアーティストや起業家に問うことがありますが、その答えの中に「常に努力し続け、チャンスを確実に前進につなげる」との内容であることをときどき訊く。
これにも似ていますね。

 

キアゲハの幼虫同士がコミュニケーションをとれるとは思っていませんでしたが、行動を真似ることや団体行動をみると少しはあるのかもしれないとおもうようになってきました。
それであっても、世代を重ねて行動が強化してゆくのが不思議です。何処かに書いておく能力があるとは思えないし、蝶になってから幼虫に教えに来るとも思えない。
世代が進むときに、行動が記憶されてゆくように見えてならなりません。もしかしたら、それにより、身体の形や能力も変わってくるのではないだろうか。例えば、実を食べるのに適した口に変えてゆくとか。
それが進化の一助になることがあるのではないか。もしそうであるなら、その情報の伝達は遺伝子に載せる以外にないだろう。そうであるなら、一種の突然変異と解釈されても良いのではないか。

 

進化に遺伝子レベルで証明できる突然変異が必要なことは理解できますが、それが起こる前に、努力する個体がいること。そして、その努力が世代を超えて伝えられるのではないか。伝える方法はやはり遺伝子なのではないか。

 

昔、うーにーのトレーニングに没頭していたとき、始めの内は、「もし言葉が通じれば、こうしてね、と私が言い、うーにーが理解し、これからはそうするね、と答えてくれれば、済むだけのことなのに」と思ったこともありましたが、そういうことではないと、比較的すぐに感じるようになりました。
犬は「言葉が通じない相手」ではなく、「言葉そのものを持たない相手」であることを感じることが出来た。

もし、うーにーが子供を産んでいたら、生まれながらにして私とのコミュニケーションをとり易い能力を持っていたかもしれない、と思ったりもしますが、私はそれは望まない。それを望むのは擬人化というものだろう。「人は言葉という特殊能力をもち、犬は(他の動物と同じく)その能力を持たない」からこそ、素敵な関係が築けるとおもっている。人と犬との出会いから、それを乗り越えることの素敵さを体験している。

それが出来る関係をソウル・フレンドと呼ぶ人もいるだろう。私もそのように感じることもある。しかし、ある程度の知識(個体選びを含む)と技術でカバーできる部分もあると確信している。

 

いつかまた、犬と暮らせる日が来るだろうか。
我が家の周りに懸命に生きる幼虫たちを見続けながらそんなことを思った。

 

20180809_102848右の写真は、玄関前で皮だけ食べて生きながらえていた個体。8月9日、関東から台風が去った朝に撮影。
ほとんど動かず成長も遅かったのですが、ついに最終齢になることができました。
この写真からも皮を少しずつ食べているだろうことが窺えます。

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2018年8月 7日 (火)

暑すぎる夏のアゲハ(キアゲハ)

2018年の7月8月の暑さは異常だ。うーにーがやってきた1994以来、猛暑と呼ばれる夏が珍しくなくなり、最近では冷夏という言葉は忘れ去られている。

10年以上前から我が家にアゲハ(キアゲハ)の幼虫が来るようになったのですが、ここ3年くらい、その数が激減した。
その理由の一つは、彼らの食べ物であるイタリアンパセリを私が真面目に育てなくなったからだろう。もう一つは、この3年くらいの暑すぎる夏だけではなく、夏前後も暑すぎることが原因だとおもっていた。

我が家の周りには幼虫の生息地が三箇所ある。内一箇所は昨年出来た。それらは普通に考えたら、幼虫が移動できないだろう距離である。

 

7月28日に台風がやってきた。
その前に、生息地の一箇所である雑草地帯を少し綺麗にした。雑草の中にイタリアンパセリがあり、そこに小さな幼虫が数匹いた。
イタリアンパセリは一本だけで、その葉は既に食べつくされていた。彼らの今後は、食料不足で姿を消すか、近くにいっぱいある明日葉を食べるかだろう。しかし、彼らは明日葉を消化しきれず、最終齢の姿になれるものは稀である。

通常、幼虫の糞は黒いころころしたものだが、イタリアンパセリを食べている幼虫が明日葉を食べると、黄色い液体の排泄物を出す。見ていても「食べたくないんだけど」という感じだ。そして姿を消してゆく。

基本的に、どんなに悲惨な状況になっても手を出さないようにしているのですが、ここのところ幼虫が来てくれていなかったので、このときは手を出してしまった。
台風の前に、雑草地帯から一匹だけベランダのプランターに移動した。

 

■ 7月31日(台風から2日目)

ベランダのプランターには、小さな幼虫の姿が2匹ほど確認していたが育ちが悪かった。一匹くらい増やしても食料不足にはならないだろうと考えていた。

それから台風が来て、数日が経った日の写真

20180731_102152   20180731_102200

ここに写っているプランターが全てではないが、左の写真の4つプランター中に4匹の幼虫が確認できるとおもう。その他、小さな幼虫もいて、このとき、ここに10匹くらいいた。

右の写真の白っぽい幼虫ですが、これは食べ物が少し変わっています。
我が家に通い続けた結果、葉ではなく(乾燥前の)種を食べることを覚えたものがいます。彼らは自分が好きなものばかり食べます。種ばかり食べている個体は、この時期に白っぽくなります。

 

■ 8月1日(前の写真の翌日)

左が、朝8時ごろ、右が、午後3時頃。

20180801_080045 20180801_151342

朝、幼虫が何匹もいる写真の状態でも既に食べられそうなものは無いように見える。よく観察していたら、茎を食べていた。二つの写真を比べると、何本かの茎がとても短くなっているのが分かる。

20180801_151351上の午後三時頃の写真を撮った直後に撮ったのが右の写真。
みんなでほんの少し残る鉢へと移動して行っていた。

台風前に一匹だけ移動したら、台風後、移動先の数がとても増えたように見えた。ある程度育ったものがほとんどだったので、「移動してやったヤツが呼んだのか?」と思った。

何年か前、似たような状態(食べ物が限られた状態で個体数が多かったとき)で、幼虫同士が「カッ、カッ」と音を出して威嚇し合っていたことがあったが、今年はその音を聞かない。みんな仲良くやっていて、まるで群れのようにも見える。

 

彼らの行動は「食べる」と「休む」を繰り返す。
食べているときの運動量は激しい。一心不乱という感じ。そのときに食べるものがないと、やはり一心不乱に探す。とにかく動く、移動する。視力などは良くないようだ。無闇にという感じで動き続けて、それらしものを口にし、食べられるものであれば貪り食うという感じ。

食べ物を探す行動が哀れ見えてしまうので、台風前に一匹だけ移動しましたが、私は基本的にそういうことはしないようにしています。
蝶になることが出来た個体の数が増えても、次の世代が増えることが出来ないからだ。つまり(大袈裟かもしれませんが)自然淘汰の機能を阻害しないように心がけています。

 

■8月3日

三枚とも、朝10時頃の写真。

下の左写真の場所は、1日までメイン会場になっていましたが、皆が引き上げ茎ばかり残ったプランター。
茎を食べることが出来るようになった固体も、茎の先が乾燥していると食べないようです。

最終齢にまでなった個体の数や日にちからして、まだ姿があってもいいように思うのですが、皆、食べ物を求めて旅に出てしまったのか姿がない。よく探してみたら下の右のようにプランターの向こう側で蛹化しようとしていた個体がいました。サイズがちょっと小さいです。最後に食べ物が不足して遠くへ行くエネルギーがなかったのかも。
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20180803_094949右の写真は、8月1日の小さな鉢から50センチもない場所にある鉢ですが、ここのイタリアンパセリはすでに種の状態になっています。種は既に乾燥し始めていて食べることが出来ないようです。
葉がついているじゃないかと思うのですが、イタリアンパセリは、花が咲く時点で葉の形が変わり、幼虫はこの葉を食べない。食べることが出来ないようだ。
この写真で二匹が確認できますが、食べている姿も食べ物を探す姿も見ませんでした。

 

■8月4日

20180804_102843今まではベランダの話ですが、別の場所として玄関周辺がある。その中でも特異なのが敷地外、道路に面している所。
ここにイタリアンパセリが生えたことにも驚きましたが、そこに幼虫がやって来たのも大したものだと思いました。それだけ食べ物がないのでしょう。

左の写真の通り、既に坊主状態。この写真の向こう側の株に3匹の幼虫が見えます。これらは数日前からここにいるのですが、何を食べているのか分からなかった。
種は食べつくしているし、茎さえも枯れ始めているように見えた。

この写真だけでは、3匹がよく分からないので、もう少し近づいて写真を撮りました。

20180804_102850  20180804_102856

この写真を撮ったときに、茎の皮を食べていることをに気が付いた。茎が白いのは枯れているのではなく、皮を食べられてしまったからだった。
20180804_102908右の写真は皮を食べている時に撮った写真ですが、食べているとは分かり難いですね。でも皮が剥がされていることは分かると思います。

これらの個体は次の日には引っ越していました。引越し先も丸坊主で、皮もあまり食べたくないようで、動いているところをみたことがなく、成長も非常に遅く、最終齢になる前に姿を消しました。

 

■ 8月5日

20180805_174554写真を撮ったのは、夕方の5時45分頃。

蛹化しようと頑張っている個体。昨日(4日)は未だ幼虫の形をしていましたが、めでたく蛹の形になっていました。

3日の三枚目、大きな鉢に移った二匹ですが、一匹は姿がなくなっていました。
もう一匹は同じような場所で動きません。皮を食べているようでもありません。自身が誰かに食べられるのを待っているようにも見えます。

丸坊主になったプランターのイタリアンパセリは再生を始めた。

20180805_174643  20180805_174623

冬が来る前に、もう1回くらい幼虫たちはやってくるだろうか。

 

幼虫がやってくるということは、蝶がやってくることがある。今回は7月中旬くらいに来ていたような記憶がある。
よく、蝶や蛍は死者の魂の化身だと言われることがありますが、何気なく分かるような気がします。ここ3年くらい静かだったのに、今年は来ました。思い当たることがあります。
蝶が来てから幾つか墓参りに行きました。しかし、墓に行っても本人を強く感じることはない。蝶が来た時の方が強く感じる。

まだ行っていない墓参りが幾つかあります。仕事や雑務も一段落ついてきたし、幼虫たちのことも落ち着いてきたので、ぼちぼち片付けて行こうとおもう。
(私が勝手に感じているだけです)アピールすると言うことは、まだこちらに魂が残っているのかな。もしそうなのであれば複雑な気持ちです。守護霊になって守ってくれているなら嬉しいけど。

少子化の時代。来世を得るのも大変なのかも。

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2018年8月 2日 (木)

夜廻り猫 第四巻

20180802Twitter でも読んでいる「夜廻り猫」の第四巻をここ1週間くらい読んでいる。既に読んでいるものがほとんどなので、何気なく眺めるように読んでいる。ふと目次を見ると、タイトルを見ただけでも内容が浮かんでくるようになるくらい読んでしまっている。

ふと「なんでこんなに読んでしまうんだろう」と考えてみた。

個人としての頑張り人の話が幾つも載っている。自己嫌悪に陥りながらも改善できそうにない人の話しもある。ほとんどの回が解決できる訳でもなく、視点を替えて気持ちを切り替えるくらいで終わる。
頑張りが間違っているのか。考え方が間違っているのか。たぶん、そうではない。
登場人物一人一人は魅力的だが、ストーリーは必ずしも万々歳な結末ではない。

たぶん、ストーリーが魅力的だから読むのではなく、「なんでこんな世の中なんだろう」、「どうしたら良いのだろう」と考えながら読み返しているのかもしれない。 
「身近に似たような人がいるし、自分に似ているところがある登場自分物もいる。残念な部分も似ている。こんなこと誰にも言えないし、言っても仕方がない。でも言いたい。世の中、なんかおかしいんじゃないの?」と。
 

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それにしても絵が上手い。
伝えようとしていることをしっかり描いている。伝わってくる。
左ページに8コマ漫画、右ページに一枚の絵。右ページの絵を見たときに、えっ?、とおもうことがある。私の思い出を知っているのか、とおもってしまうこともある。 

Twitter で日常的にあげている(ざらついた紙に筆で描いている)一枚の絵は芸術的にも感じる。

これだけの絵が描けるのは続けてきたからだろう。その「すごさ」を感じる。
絵だけでなく、ストーリーを考えるのも容易ではないとおもいます。

 

これからも、日常的にネット上で、ときどきまとめてコミックで、楽しみにしています。

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2018年8月 1日 (水)

7月の「犬とゆく」

7月はとっても暑かったり(まだまだ暑いですが)、台風がやってきたり、台風だけではありませんでしたが大雨が続いた地域もありました。被災された方々が一日も早く、日常を取り戻せることを心からお祈りしております。

 
7月公開は、4件。通算は、42件。
ここ数年と比べて上場なペースです
ご協力ありがとうございます。

 

■公開した情報について書く前に、それら以外にも寄せたられた情報を書いておきます。

モンテローザが、2018年5月から別オーナーに変り店名も「白樺湖榮園」に。

みずがき湖ビジターセンターのレストランが一階に移動。

Jマート 富士河口湖店」が「綿半スーパーセンター 富士河口湖店」に。

 

■7月に公開し情報

農村レストラン あいばし亭 (更新)
長野の伊那から岐阜の高山に抜ける道(R361)沿い。開田高原にあるレストラン。ファーマーズマーケット「彩菜館」の中にある。地産地消の店。
メニューを見るとなかなかしっかりしている料理のようだ。この道を通ったら立寄りたいものです。
「あいばし」の意味は、上記ページの写真内に書いてあります。

自家製カレー&手打ちそば ウォールデン
白樺湖から大門街道(国道152号)を北上し、姫木平付近にあるカレーと手打ちそばの店。うどんもある。
地元特産のダッタンそばが気になる。カレーのご飯が発芽玄米というのもなかなか。

テンホウ 豊平店 (更新)
5月に利用したときの投稿ですが、既に夏メニューが始まっていました。そんな柔軟さから「お客さんおもい」を感じます。地元の人に人気な店になるのが理解できます。
メニューが豊富なところにも通いたくなる人が多いのでは。

本栖館 (更新)
看板には「ほうとう」の文字がありますが、そばやうどん、洋食もある。メニューの幅が広い。
本栖湖の湖畔と言ってもいい場所にある。テラス席からは本栖湖が見える。6月に利用したときのこととして、「テラス席は周囲が木々に覆われており、爽やかな風が心地良い」と書かれています。

 

アフィリエイトも使ってくださいね~。
先日やってきた報告が「0円」 さすがにいじけたくなりました

これからも、よろしくお願いします。

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