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2018年4月 6日 (金)

(映画の感想文)僕のワンダフル・ライフ

映画と言ってもレンタルDVD。公式サイトはこちら

公式サイトに流れる予告でも分かるように、何度も生まれ変わった末に忘れられない飼い主に会いにゆく。そんな感じのストーリー。

アメリカの映画。舞台もアメリカ。
虐待や安楽死に対する考え、警察犬の在り方など、日本との違いが分かる。人と犬との関係も。日本はまだまだ「人と犬と違う」との感覚が強いと個人的に感じている。

また、日本人の多くの人の無意識の中には、哀れみや慈悲・施してあげる対象として犬を見ているのではと思うことがある。
欧米では、対等にみようとするし、そのような存在であることを(日本よりも多くの人が)否定しない。

私は「飼う」という言葉が好きになれない。
今の作家の何人かが、「昔、野良犬に食べ物をあげて名前をつけたら、飼っていることになった」と書いているが、飼うということは「食べ物を司る」つまり、与えてあげる、施す、という感覚なんだろうと理解している。こちらからは与えるだけ。犬からはそれ以上のものなんて絶対に得られるはずがない、と(感覚的に)感じているのだろうな、と。
結果として、犬から贈られるものを受け取ることを拒否することになる。なので得られない。そして、「なんでこの犬は言うことを聞かないんだろう」と言う。「言うことを聞かないはあなたでしょ?」、と私は心の中で呟く。

何か特定の対象を見て心がときめくか否か。それは知識とか訓練の問題ではなく、感覚の違い。犬をどのような存在とおもうか・感じるか、もそれと同じなのだとおもいます。

なので、飼う、すなわち餌をあげるのが飼い主で、それが犬との関係の基本であり、ほとんど、と思っている人を否定しないし、考えを改めてほしいともおもわない。

私が言えることは、そのような人が犬と暮らすことは、時間的・経済的・精神的なコストがかかり、得られるものは非常に(非情に?)限られている。つまり、犬を迎えるメリットはほとんどない。それでも犬を迎えますか?、と言うことは出来るだろう。

 

話が逸れましたが、この映画を見ていて、ミスター・チルドレンの「花の匂い」という歌を思い出した。歌詞はこちら。ライブバージョンですが一曲聴けるのがこちら

きっとまた会いに来てくれる

そう想うことができる、望むことができる自分は、ある意味、幸せ者だとおもいます。

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