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2017年9月 7日 (木)

アニマル・ウェルフェアサミット2017

先月の終わり(日曜&月曜)にタイトルのイベントに行ってきました。
https://peraichi.com/landing_pages/view/aws2017-programs

行くまでは、あまり良い印象がありませんでした。
実際行ってみても、「もうちょっと考えた方がいいのでは?」という発言もありましたし、「それはこのテーマで話すことではないのでは?」と感じる内容を連発していた登壇者もいらっしゃいましたが、多方面の行政と向き合い、地元の人たちに理解・協力していだき結果をだしている人の話はとても勉強になったし、話し方も気持ちよく聴くことが出来、このような話し方で物事を進めていくんだろうなと思ったりしました。

一日目で、とても勉強になったのが、「日本の動物たち ~動物園、野生動物、エキゾチックアニマル~」。

各分野で活躍している先生方のお話。明るく冗談ぽく話をするのですが、それを行うまでのご苦労がどれだけのものなのか想像すると、胸が熱くなるものがありました。

このプログラム内では、具体的な活動の話がとても良かったのですが、それ以外の一般的な話の中で「うんうん」と思ったこと。

・ (犬や猫は)家族だけど社会の一員ではないと考えている

・ 欧米では生体販売がほとんどされていない地域が多々あるが、それらの多くは、法律によって禁止されたのではなく、幅広い人たちがそのように考えるようになった結果。日本もそうなってほしい。

このプログラムの中では、如何に社会と向き合い解決してきたか、その事例が多々発表されました。何かを無くすのではなく、進歩することで解決することが、その状態が根付く結果(斉藤先生の言葉だと「環境治療」)になるんだなと思いました。

 

二日目では、刺激的過ぎて目が白黒してしまった発言のオンパレードのプログラムもありました。これを皆様にどう伝えたらいいかなと悩んでいるところです。

法律のプログラムでは、日本における法律の歴史がとても興味深かった。
(皆さんは資料をいただいていたようなのですが、私は「その封筒はもう3つもいただきましたから」と拒否してしまい、いただいていないので、私のつたない記憶で書きます。記憶間違えがあったらゴメンナサイ。)

日本の記録に残っている動物愛護は、生類憐みの令がはじめだろうと思っていたら、大化の改新の時代に二つあったという。
一つは(仕事をしてもらう)牛馬に酷いことをするんじゃないよ、という内容で、もう一つは、必要ない動物は野に放しましょう!、というような内容。後者の感覚が今でも続いているのでは?、という話もありました。

びっくりした話として、明治以降の法律として(プログラムの中では説明がなかったが一般的に狂犬病予防法のはじまりであると言われている)畜犬規則の説明です。
「畜犬登録」以前の日本には、特定の飼い主という意識が希薄で、「里犬」と呼ばれる、人間の集落(里)に居ついた犬(現代的に言えば町中の野良犬?、地域猫的な地域犬?)という存在だったと海外の文献に書いてあったという。余談ですが、里犬に対して山犬であり、これは、人と関わらない、今でいうところの(野良犬ではなく)野犬(ノイヌ)的存在で、オオカミも含まれていたと考えられているそうです。
何故、飼い主をはっきりさせるようにしたかというと(プログラム中では狂犬病の話はなく)、「欧米からの指導」だったらしい。

現在でも、「放す」「犬も犬で勝手に(?)生きてゆく」的な感覚が今でもあり、飼いきれなくなった犬(に限らないけど)を放してしまう人が後を絶たないのかも。

動物愛護管理法の「愛護」の部分の基本的な考えは、動物虐待を許していると風紀が乱れてよろしくないから。1999年の改正のキッカケになったのは、1997年の神戸連続児童殺傷事件の犯人が動物虐待をしていたということもある。
少々違うが、風紀を乱すという意味で、公然わいせつ罪の話があった。公の場で、裸になったらイケナイですよね。しかし家の中でも問題にならない。動物の虐待は家の中でも法に触れるところが違う。

この部分の説明が、この辺りで切れたのが気になった。法の第一条(目的)の一部からこのことを説明していたのですが、公の場とそうでない場所(自宅内など)では、考え方が少し違うのかな、とも思いました。

動物をみだり殺したり、傷つけると、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金(44条)ですが、法改正がある前は、軽犯罪法の器物損壊等で、3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料(刑261)で、罰金の金額は動物愛護管理法(現在=改正後)の方がとても高くなっている。こんな話も尻切れ感ありで、ありました。

時間がとても限られていた都合上なので、改めて何処かで聴くことができたらなと思っています。

 

こんな話を聴いた翌日、以下のような報道を目にした。
http://www.sankei.com/life/news/170829/lif1708290022-n1.html

ネットでダウンロード出来るという意味では風紀を乱しまくっていると思います。13匹という数からもそれなりの刑事罰としなければ、この法律はなんなんだろうと悩んでしまいます。

容疑者は「有害動物の駆除だから」と主張しているようですが、殺人罪の「殺意の立証」のようなことが動物虐待でも必要になるのかなと思ったりもしますが、44条を読む限り、そのような必要はないと思うのですが。

 

現在の動物愛護管理法はどても大きなものになりましたが、あまり機能していないのではと感じる部分が多々あります。この事件がどのように扱われるのか注目しているところです。もしこの事件が裁判にもならなければ、この法律は絵に描いた餅を並べているようなもの、と理解しなければならなくなるかも。

 

最後は、アニマル・ウェルフェア・サミットとは関係ない話になってしまいましたが、この事件を理解するためにも、行って良かったと思います。
その他、自分と理解・見解が違う部分も勉強になったし、危機感を抱くこともありました。それらは全て有意義でした。

動物愛護は、考えの違う人、自分と違う経験をしてきた人等々が議論し、方向性がまとまらないことが多々ありました。そのようなことは最近は減ってきたと実感していいましたが、今回参加して、まだまだ残る「まとまらなさ」の現状を感じることが出来たとても貴重な機会でした。

来年も、時間が許せば参加したいです!

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