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2017年3月 7日 (火)

花森安治という人 と 1986年という年

20170307a先月、中旬だろうか。世田谷美術展にて「花森安治の仕事」という展示を観てきた。こちらよりもサブ展示的な「ぜんぶ1986年」に興味があり、行くことにした。

右の写真は、つい先日、世田谷区内の南の方(九品仏あたり)を歩いていたときに見たポスター。このポスターを見て、ブログに書いておこうとおもった。

 

まずメインの花森安治。
入ってすぐに「暮らしの手帳」の編集者であり、「暮らしの手帳社」を作った人ということが分かった。1911年(明治44年)生まれ。大学時代に結婚、戦前から広告関係の仕事に従事し、太平洋戦争時は召集されるが疾病で除隊。終戦まで大政翼賛会関連の仕事として国策広告に携わる。「欲しがりません、勝つまでは」などを、国民に広める仕事だ。

ある程度進んだところで、この人をモデルにした連続テレビ小説が近年放映されたことを知る。この人のビジュアルには映像にしたくなるものがある。明治生まれの人が、長髪だったりスカートのようなものを身に着けていたりする。顔はがっしりと如何にも男性。今では珍しくありませんが、当時はとても珍しかったのではないでしょうか。

私は「暮らしの手帳」なる雑誌がどういうものか知りませんでした。この展示で知り、驚いた。狂気ともおもえる数のテストをする。山のように積み上がったパン、行列で行進するベビーカー、石油ストーブを倒して部屋を燃やしてみる、などの写真は圧巻だった。

そして仕事の量、質も圧巻だ。テストだけではなく、文章を書き、絵も描く。文章を書くために取材し調べ深く考察している。絵を描くにあたっては対象選び、デザイン、その意味など多角的に考えられていることが分かる。強く伝わってくるのだ。

個人の日常だけでなく、社会問題にも言及していた。今でいうところの待機児童問題の記事があった。今も昔も変わらない。その他、政治批判的な記事も多々あった。
 

何度も出てくる「一銭五厘の旗」。一銭五厘とは召集令状の葉書についている切手部分の額面表示とのこと。召集された時に「お前らの命は一銭五厘しかない」とか言われたことからだとか。

戦争を憎んでいただろうと思われますが、皮肉なことに、戦中、「質素倹約」「ご近所さん同士助け合い」などを宣伝した彼が、同じ内容のことを訴え続けることになる。こんなところにも、強靭な精神を感じた。

 

この展示の世界は、情報が行きわたるようになった現在とは違う世界であり、この展示の世界を好む自分は時代遅れなのだろう。
今の世の中、「結果」だけが重要であり、そこからの(感想というより)感情で議論がなされる。現在の商品のテストはもっと簡素だ。各製品に使われている部品や組立方法などのデータから数値が算出されて評価が決定される。それだけ情報が既に収集・集計され、それらをどのように計算すれば良いのか確立されている。

この展示の世界では、理屈や計算はない。実際使い続けた結果が全て。
テストには多くの人、物が関わっていることを感じる。ふと、商品が出来るまでにも多くの人や物が関わったのだろうと想像する。

そんなことを感じるのは時代遅れの人間だろう。
私は学生の頃、工場でアルバイトをしたことがあります。ラインの左右には多くの人が配置されていました。今の工場の中にいる人数は当時とは比べ物にならないくらい少ないらしい。ほぼ無人の所も珍しくないとか。

20170307b今の世の中は、数字や思想によって人々が行動していますが、その行動の中にも人と人との直接の関わりは希薄になっている。

私は、個々の生活のありようや関わり方を大事にするべきだと考えてきましたが、そこにはもう後戻りすることはないのかもしれない。
その代償行為として、ネット上のコミュニケーションやペットの存在があるのかも。

この展示は、4月9日まで。

 

もう一つの展示。ぜんぶ 1986年。
入ってすぐの絵画やオブジェは、「おっ、抽象だけど私にも分かりそう!」とちょっとアートな世界を期待しつつ、大きな部屋に入ると、分かり易く楽しい展示が多い。
赤瀬川源平と松田哲夫で企画した「路上観察学会」は楽しい。1986年の東京はこんなだったのか!、と記憶をたぐる。向井潤吉の作品はびくともしない精神を感じる。日本はいい意味で変わらない、変わらないでほしい。横尾忠則には向井潤吉と真逆のものを感じる。日本も日本に囚われていてはいけない。
大きな部屋から出て小さなスペースに、北大路魯山人。これは気軽に楽しむ感じではありませんでした。腕組みし、う~ん、、、と唸って(悩んで)しまった。

1986年はバブル。世田谷美術館もあの時代だからこその造られたのかも。
デザインの選定は、設計図ではなく設計者を選定する方式だったとか。

ミュージカルのキャッツや漫画のホワッツ・マイケルが流行っていた。流行語としては「新人類」なんて言葉もあった。チェルノブイリの原発事故、三原山の噴火があった年。

バブル。高度成長期の終焉を決定づける最後の花火。経済の中心が金融になった時代。人と人との関わりよりも数字を優先しなければならなかった時代。

30年も前。あれから大きな技術の進歩を感じますが、人間の感性など根本の部分ではあまり進歩していないようにも感じました。

私が進歩していないだけかな。

 

こちらも、4月9日まで。

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