« ヤマトのメール便 | トップページ | 本郷三丁目から (2) »

2012年12月10日 (月)

本郷三丁目から(飼養管理士の集まりにて) (1)

12月9日の日曜日、管理士の集まりがあるというので参加した中野区の動物歴史散策勉強会の準備会と聞いていた。しかし、集合場所は本郷三丁目駅だという。
何かがおかしいと思いながら参加してみる。

地下鉄の乗り換えに少し戸惑い遅刻してしまう。先に会議場所に行ってしまったかなと思いながら改札を出ると、皆さん待ってくださっていた。
私が最後の一人だったので、早速、この日の説明が始まった。

すると、この辺りを散策し、東京都水道歴史館を見学し、東京大学内を散策してから会議を行なうという。

 

20121210a歩き始めてすぐに、本郷通り本郷三丁目の交差点で「かねやす」の説明を受ける。
江戸の町並みと言えば瓦屋根が思い出されるが、「なるほど」と思ったものでした。
この日、水道歴史館も見学しまいたが、そこで江戸の大まかな地図がありました。それを見ても江戸という街が(今の東京23区と比べれば)とても小さな街だったことがよく分かる。
(ここが瓦屋根を許した北限で、ここから先も江戸ではあったらしい。)

この「かねやす」とは歯医者とのことですが、初代は、京都で営業していたらしい。家康が江戸に移ったときに共に移ったとのこと。歯医者(口中医)がその頃からったとは驚きでした。

 

20121210b少し歩いて、石川啄木が家族で暮らしていたという場所へ。当時から今も理髪店。
江戸ではなく明治の話になりましが、それでも「東京に出てくる」と言えば(今と比べれば)場所が限られていたようです。
当時、東京に暮らしていた文士たちのほとんどが何らかの交流があったことを不思議に思うこともありましたが、納得出来です。
今でも出版関係の会社が多い界隈ですが、近くに東京大学があることも、関係しているのかもし。

 

20121210c次に案内していただいたのは、東京都で二番目に大きい(太い)らしいクスノキ。説明文には、「幹周りが8.5m」とありますが、現在は10m以上あるとのこと。写真では分かり難いですが、確かに太いです。
以前はもっと高かったらしいのですが、住民からの依頼でこの高さ幅まで伐採されて、だいたいこの大きさを保っているらしいです。
住民の気持ちも分からないでも気もしました。

東京の街中には大木がほとんどない理由は、開発によることも多分にあると思いますが、空襲によりものも多々あったのだろうな、と説明を聴いて思いました。
戦争は色々なものを変えてしまいますね。

20121210d_2     20121210e

 

次は、東京都水道歴史館へ向かいます。

つづく

|

« ヤマトのメール便 | トップページ | 本郷三丁目から (2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ヤマトのメール便 | トップページ | 本郷三丁目から (2) »