2017年6月23日 (金)

友達が逝った(その3)

つづきものです。

友達が急逝して、もう一ヶ月以上が経ったことになる。もうそんなになるのか、と不思議な感じだ。まだ、彼を身近に感じる。

何事に於いても綿密に準備をし、ことを進め、終わったら分析するような人間だったので、急逝したことを恥じていることだろう。
彼の予定では、亡くなる前日に退院し、帰宅後、事務的なことをしっかり済ませ、その後は何があっても周囲に迷惑をかけないようにするつもりでいたことだろう。しかし、それが叶わず、周囲の者は何かと混乱しています。

冷静に考えれば「迷惑をかけやがって!」のはず。
しかし、それらに対応していて不快に感じない。

知らない人と連絡をとりお願いすることが何回か。恐る恐る連絡をし、用件を伝え、今後のことを話し合うと、「いい人だなぁ、今後も付き合いたいな」とおもう人ばかり。来年の(亡くなった友達が毎年主催していた)花見に誘う約束を交わした人もいる。
通夜・告別式には久しぶりに顔を見た友達もあった。疎遠になっていた友達たちもまた、集まりに顔を出してくれそうです。

「普通、この書類は分かり易い所に置いておくだろう」というものが幾つか見つかりません。そのため遺族は右往左往で、私達友達はそのサポートをすることもあるのですが、何故かそれが苦にならない。亡くなったことだけでも悲しいはずなのに暗くならない。

人は亡くなった後に、その人の価値が分かるといいますが、まさにそれを実感しているところです。

 

市川海老蔵の奥様である小林麻央さんが亡くなったとのことで、海老蔵が会見しているのをるぴなすのテレビで見た。
奥さんが亡くなっても仕事をこなすのは芸の道に生きる者として当然だけど、会見は辛かったのではないかとおもう。

旅立つまでの時間があるこの病気は、その時間を充実させるものにも出来れば、本人や家族を追及するような時間になることもある。それは各自の考え方により変わることかもしれません。

旅立ちに関わった人たちが、何を得るかは本人次第のところは大きいとおもいますが、旅立った人間がそれまでにしてきたことも大きいのだなと日々感じているところです。

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2017年6月22日 (木)

友達が逝った(その2)

前回からのつづき。
先月亡くなった友達との話から、在宅緩和ケアについて。

彼とは30年近く前からの友人で、彼の病気は約13年に分かった。
日々の行動の仕方は全く違う人間でしたが、「楽しいことが好き」「流されてはいけない」という考えは共通していました。

彼と親しくなって数年経ったとき、インターネットの時代がやってきた。「楽しいこと」「流される・流されない」は情報化社会に影響されることになる。

病気が治ることはないだろうとなった頃だったと思う。彼もブログをはじめる。その内容の濃さは驚くばかりだった。しかしマニアックになるこはなく、さらっと書く。一見すると「もしかして、ただの知ったか振り?」と思うような書き方もあった。暗くならないように書くのだ。

 

あるとき、彼のブログにコメントしたことがある。それまでもコメントしたことはあった。
大した内容ではなかったと記憶しているが、具体的な内容は覚えていな。2~3行の書込みで「へ~、そうなんだ」ということを軽く書いた記憶がある。
この時、「悪いが消させてもらう。思いっきり勘違いしている」とメールが来て、コメントが削除された。
何か言いたいことがあった訳ではないので削除されたこと自体はいいのですが、自分が患者さんたちの気持ちを理解できていないことに、私自身が驚いた。以降、コメントしないようになっていた。

しかし、ブログ自体は読んでいた。医療の日進月歩がよく分かった。
彼の病状が深刻になるにつれて、二人だけのときは、医療のこと、ブログのことを話すことが多くなった。

最後に会ったのは、亡くなる三日前。このときもブログの話がほとんどだった。具体的な内容としては、在宅緩和ケアのこと。

 

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以下、緩和ケアとはどういうものか、ご存知の方だけ読んでください。それを説明するのは手間がかかるし、中途半端に書いて誤解を招きたくありません。また、ご存知ない方、興味のない方には不要な情報です。
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治療を打ち切った後、入院ではなく在宅での緩和ケアを選択した。対応してくれる病院がとても少ないのですが、たまたま徒歩圏内にあった。
楽しいこと大好きな人間だったし、仕事も大好きだった。なので、最後の時まで入院したくなかったのだ。

そのような選択をしてくれたことで、私も在宅緩和ケアというものを感覚的に知ることが出来た。ブログにも在宅緩和ケアのことが書かれるのだが、今一つ突っ込んで書いてくれない。
最後に会ったとき、私から、「在宅緩和のことをしっかり書いてほしい。この選択のことを多くの人に知ってもらい、要望の声をあげてもらい、このような病院、先生を増やしてほしい」と。

答えは、「それは出来ないんだよ」。耳を疑った。しかし彼の説明は理路整然とし、私は理解できた。

 

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以下、私独自の理解や考えも含んでいる。彼の考え方そのものでない内容が含まれています。そして、先にも書いたように、私は命と向きあう人たちの気持ちを理解できない部分をもっています。なので気分を害する方もいらっしゃると思います。気分を害すると感じたらスルーしていただきたい。または、しっかりとコメントいただければ幸いです。
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一般的に、緩和ケア=ターミナルケア と捉えている人が多いことでしょう。私も実質そういうものだと思っています。しかし、彼は「必ずしもイコールではない」と言う。たぶん、「自分を見てくれ!」と言いたかったのだと思う。
最期の入院をする少し前まで仕事をしていました。「今回はしんどいので、迷惑をかけることになるかもしれないので、申し訳ないけど他の人にお願いしほしい。今回の処置で体調が戻れば、またやらせていただけたら」とか言っていた。

とても最期とは思えなかった。
本人は、あと数ヶ月生きるつもりでいたし、誰もが最低あと1ヶ月は生きることが出来るとおもっていただろう。それくらい、仕事をし、人と会い、楽しい時間を過ごしていた。

私が最後にあったのは、午後から夕方にかけて。その日の夜、友達三人がやってきて、そこで酒盛りをしたそうだ。治療がある訳でもないので、本人も飲んでOK。いつもは一緒に飲み食いしていたのですが、このときは、珍しく口にしなかっと聞いている。

 

結果としてターミナルとなってしまいましたが、「終わりを見据えるのみの日々ではなかった」ことは確かです。その意味では、ターミナルではありませんでした。

彼のブログを読んでいると、如何にQOLを保ち、可能であれば上げたいと考えていたことは分かる。ならば、緩和ケアのことを多くの人に知ってもらうですが、それは出来ないと言いました。

 

現在、治療と緩和がチームを組むことはまずありません。治療に区切りをつけたら緩和。
だから、緩和=ターミナルと捉える人が多い。
このようになっているのは、大きな力が及んでいるらしい。なので、このことを公で論じると、お世話になっている方々(病院や先生)に迷惑をかけることになるだろうし、本人や同じ病気と共存しながら生きている人たちが、緩和ケアを受けるハードルを高くしてしまう可能性があるらしい。多くの人のQOLを考えるからこそ、声を大に出来ないという。

人生の終わりが確実やってきてしまう病を患っていない私にはピンとこない話でしたが、何気なく「そういうこともありそうだな」とはおもいました。

 

他に、こんなことも話していました。
現在、緩和ケアは治療をしないことが前提ですから、治療を終わりにする決断をしなければならない。それが出来ない人が多い。つまり、奇跡を期待する人が多いのだそうだ。
「奇跡」とは、常識的には起こり得ないことが起こることですから、起こらないのが当たり前。しかしいつまでも、「自分には起こるかも」と願い、ダメージを受け続け体がボロボロになっても治療を続ける人が多いという。そして緩和の恩恵をほとんど受けることなく時間が尽きてしまうのだろう。

さらにこんな話も。
緩和ケアを受けたとしても、それがターミナルとなっている現在、緩和ケアを受けた本人は亡くなりそのことを語ることは出来ない。遺族は、闘病期間全体からみれば緩和ケアは短期間のこととなり、記憶の多くは苦痛を伴う治療のことなので、緩和ケアの重要性を忘れてしまうとおもわれる。
なので声があがり難いらしい。

また、緩和ケアは本人が知識と意識を持ち続けないと高い効果を得られないとも言っていた。
例えば、痛みを我慢して薬を飲まないと痛い状態に体(脳)が慣れてしまい痛み止めが効かなくなることがある。我慢することがそのような結果になるという知識と、その知識を得ようとする意欲、QOLを保つために医師としっかり話し合う意識が必要になる。
自分に残された時間のためならこれくらいやる人がほとんどだと、私は思ったのですが、実はそうでもないらしい。自分で自分の体の状態を理解し、それに必要な知識を積み重ね、主治医に自分の体の状態や苦痛の程度を伝え、選択肢をいただき、判断する。
このようなことに慣れていない人が多いと言っていた。
 

近年科学の進歩は著しいものがある。しかし痛みをはじめとする苦痛を客観的に測定する方法は未だない。同じ怪我をしても、とても痛いと感じる人もいればそうでもない人もいる痛いと感じても我慢できる(するべき)程度とおもう人もいれば、処置して欲しい(緩和処置を受けるべき)とおもう人もいる。皆が同じではないのだ。薬の効き方にも個人差がある。このことを理解しないとならない。だからこそ積極的に自分の症状を理解し伝えなければならない。このようなことに慣れていない人が多いと言う。

それは現在の医療が検査の数値により判断されるようになったからだろう。苦痛どころか違和感を感じなくても治療が始まることもあれば、明らかな自覚症状があっても検査で異常が出なければ何も出来ないことも多い。このような時代なので、自分の苦痛を伝える機会が少なくなっているのかもしれない。
  

彼がよく使っていた言葉に「ミスリード」がある。横文字全てが苦手な私は、それが好きではなかった。ピンとこなかった。それについても、最後に会った日に聴いてみた。

先ほども書きましたが治療の効果は当然のこと、全てのことに「個人差」がある。同じものを食べても同じように栄養を吸収できる訳ではない。同じご飯を食べても太る人もいれば太らない人もいる。
しかし、科学の著しい進歩のため、それを忘れてしまうのか、奇跡のようなことが起こった人が「こうやればみんな良い方向に向く」と声を大にして伝え続けると、それに望みを託してしまう人がいる。その方法と結果のみを信じ、痛みをこらえ続け(健康な部分にもダメージを与える)治療を続ける人が少なからずいるらしい。

方法と結果だけでなく、その人の体のこと、それまでに受けてきた治療、などなど総合的に情報を集めてみれば、多くの人に当てはまらないことが多いと言っていた。逆に結果が出た人は、そうなるべき状況が重なっていたのだろう。
伝える人は大事な情報を伝えているつもりであろうが、全ての情報ではなく、情報が不足し過ぎてミスリードに繋がるという。

彼の使う言葉、「奇跡は起こらない」も説明しておく。
奇跡が起こったと思っていてもよくよく調べてみれば、「起こるべくして起こったこと」ということのようです。(具体例を挙げて説明してくれたことが何度かありますしたが、ややこしいので全て忘れました。)

奇跡を祈るよりも、情報を収集し知識を高め自分の体の状態を理解し、心から信頼できる主治医との巡り合いを願う方が現実的であり、それがあれば現実としての奇跡(のようなこと)を目指せるかもしれないし、奇跡が起きなくても相対的に心安らかに過ごせたり、納得できるだろう。

 

QOLを保つための材料は、まず「自分が自分の体を理解すること」であり、その理解に必要な医学・医療の知識、そして家族や医療関係者とのコミュニケーションが大事。
ネットに書かれている奇跡を求める人たちのほとんどは、このようなこをせずに「書かれている通りの奇跡がきっと起きる」と信じるらしい。つまり、ネットで書かれた内容がそのような人たちの人生を導く(リードする)結果となるらしい。

 

ミスリードとは違いますが、「先生が一番いいと思うようにしてください」という考えもやめた方がいいと常々語っていました。そのような人のほとんどは、自分の体のことを理解しようとしないので、体の細かいことまで主治医に相談しない(出来ない)。主治医側も限られた判断材料での治療方針を決定するのはリスクも高くなるだろう。

 

彼の言いたいことをまとめるど、たぶん、こういうことだったとおもいます。
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・奇跡みたいなことを伝えるのであれば、薬などの情報だけでなく、自身の体のこと・生活のことなど全て詳細に書いてほしい。
・奇跡を信じるのであれば、自分の体のことをよく理解してほしい。医学的な基礎知識、それを基に医療行為による効果を理解し、自分の体にどれだけ効果が見込めるかを考えてほしい。
・心から信頼できる主治医に、自分の考えを伝え、それを実現していただく(信頼できる医師との出会いにも基礎知識は必要です)。
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以上が、友人が立場上言えなかったことを含んだ、彼の基本的な考えだとおもいます。一部「現実はそうなのか?」と思ったこともありますが、基本的な考えは私も同じです。
私の思い込みや、健康上の立場の違いから誤解していることなどで、嫌悪感を抱く方もいらっしゃかもしれませんが、大きく間違っていないと考えておりますし、大事なことだと思っています。

 

最後に、個人的な考えの違いを。

彼の病気には、日常生活を送る上で苦痛を伴うこともある症状がありました。それに対して「自分だったら、その日常を受け入れられないかも」と話すと、「それくらい自分でコントロールするものだろう!」と返ってくる。この話は何度もしているので、最近はすぐにこの話題は終わっていた。最期に会ったときもこの話題が出てすぐに終わった。

何故、何度も同じ話題をするかと言えば、彼がブログでそのこと(自分の症状の出るタイミングや対応方法を学習し、対応すればいいことで、何年間も同じことで苦しいと言い続けずに受け入れるしかない)を書き続けていたからだ。

彼はそのようなことを乗り越えることが出来たが、私はきっと出来ない。そこで諦める、悲観的になるだろう。

彼は経済的に裕福な立場ではなかった。しかし、人生を確実に縮める病に侵されながらも最期まで充実した時間を過ごしていた。
私は同じ立場に立たされても、同じだけのQOLを保つことは出来ないだろう。
彼はブログの中で「頑張れって言葉が嫌いです。自分も頑張っているし、みんな頑張っていることを知っているから」というようなことを時々書いていた。

言い換えれば、こんなことだろう。 
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頑張れ!
頑張れば必ず報われるとは言わないが、頑張らない人間はまず報われない。
報われるとしたら「奇跡」か「よく調べていない(改善が見込まれて当然の状況だった)だけの偶然」だ。
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(身近な動物との生活も似たようなことあるかも)

 

優しい文章を書けない自分がもどかしい。
彼は読者への配慮を最大限していた。そのために「何がいいたいの?」と思うこともあった。たぶんストレスを感じていたこともあっただろう。それでも書き続けた。仲間にエールを送り続けた。

もう少し頑張ってほしかったけど運命だったのだろう。
お疲れさま。

でも、安らかに眠るのはもう少し待ってほしい。
まだ四十九日も迎えていないし。もう少し楽しませてくれ。

(つづく)

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2017年6月21日 (水)

友達が逝った(その1)

これは、私の備忘録。誰かに何かを訴えたいとか、知らせたいとか考えて書いているものではない。
関係者の心情に配慮すれば書くべきではないことも含まれています。
もし読むのであれば、そのようなこともご理解の上、読み進めていただきたい。

 

約一ヶ月前のこと。友達が急逝した。
急逝といっても長年闘病生活をし、そろそろなことは分かっていた。しかしまだその時ではないと思っていた。処置入院の退院予定日に急変し、次の朝、逝ってしまった。

彼の闘病ブログはいつもランキングの上位に入っていたので、彼のことを知らなくても、その病気の人なら彼のブログを読んだことがあるとおもう。

彼は、ブログ上の人格とリアル世界の人格を使い分けていた。
ブログ上の人格というより病人であることを見せなかった。リアルの付き合いの人の中には、彼が病気と闘っていたことを知らなかった人もいるはずだ。

なのでこのブログを読んでも、コメントをつけたり、病人である彼とリアルの彼を結びつけるようなことはしないで欲しい。

 

彼とよく話をするようになったのは、私の結婚式のとき。それは山の中で行われた。馬に乗りパレードを行った。当時、大手制作会社に勤めていた彼にビデオの撮影や編集をお願いした。1990年。当時はビデオの編集も専用のスタジオで行った。

打合せからロケハン、そして色々あって撮影、編集、完パケまで、もしお金を払ってやったら幾らかかっただろう。都内の結婚式場ならともかく、山の中の牧場で式を挙げ、山の中、田んぼの脇をねり歩いた。打ち合わせやロケハンだけで何回足を運んだだろう。撮影はどんなに苦労したことだろう。

よく覚えていないが、実費も支払っていないような気がする。若かったら勢いで頼んだし、やってくれたのだとおもう。

結婚式よりも何年も前から同じ店でよく顔を合わせていたが、個人的に話をすることはなかった。共通の友人もいたが、何かが合わないという感じだったのだろう。
結婚式以来、共通の友達含め、付き合いは続いていた。

 

私達の結婚後、約十三年経ったとき、彼は病気の宣告を受ける。
それから更に約十三年後、ついに余命宣告を受ける。そのとき告げられた期間以上に頑張った。しかし、もう少し大丈夫だと誰もが思っていた。なので、知らせのメールを受けた時、あっけにとられた。現実味がありませんでした。

 

彼はブログで、「QOLを保ちましょう」と書いていた。「生活のQOL」よりも「人生のQOL」という言い方もした。

私も少しは医学的なことが分かるので、内臓を取った体がどうなるとか、薬の話とかをよくした。もちろん社会福祉のことも。彼は全てに於いて、よく勉強していた。涼しい顔で「自分のことだから当たり前だろう」と言っていたが、社会人が限られた時間の中で、彼ほど知識を身につけるのは容易ではなかっただろう。

 

彼は何人もの医師と話し合い、とてもいい結果を出し続けていたと思っていた。大きな手術をしても、一般的にいわれている期間の最短で退院し社会復帰し、そして遊んでいた。
表に出れば、病人面することはなかった。苦しくなると、トイレなどに隠れてその時が過ぎるのを待つこともあったというが、それが出来ない時は、涼しい顔して仕事を続けたという。
彼の苦しい顔を見たことがある人はいないのではないだろうか。体全体の感じから辛いのかもと思うことはあったが、少なくとも顔だけは辛さを見せなかった。

彼の日常生活がどれだけのものなのか、彼の話と調べ物をしてだいたいのことが分かったとき、自分には耐えられないとおもった。この病気になったら治療はせずに自然に任そうととおもったものでした。

 

彼はいつも人生のQOLを求めていた。だから苦しい顔を見せなかったのだろう。
亡くなって駆け付けたときも、悪戯っ子のような笑顔でした。最期まで周りに気を遣っていたのでしょう。

彼とは亡くなる三日前に会いました。そのとき、彼が最期の時の過ごし方として選んだ在宅緩和ケアについて話をした。そのことを続けて書きたい。

更にもう一つ。「人は死んだとき、その人の価値が分かる」といいますが、正にそんな感じでした。死んでも人を人を結びつけ、ときに楽しませてくれる。
人生のQOLとは本人の中で完結するものではないことを知った。そんなことも書きたい。

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2017年6月18日 (日)

湯を沸かすほどの熱い愛

今日、タイトルの映画(といっても自宅でレンタルDVD)を観た。昼食を外食し、帰宅後、何気なく観た。

二日前には、一緒にレンタルした「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」を観た。私はあのようなステージもアリだと思っている。あれがダメなら今のアイドルも方程式によって作られるような音楽も否定すべきだろう。人を楽しませたり、感動させたり、何か伝わるものがあれば、人に観てもらう価値があると考えている。

 

湯を沸かすほどの熱い愛」の話をしよう。

主人公は、突然自分が癌だと知る。しかも余命二ヶ月の宣告を受ける。
映画がはじまって少ししたらそのシーンとなる。そして、彼女が背負ってきたものが一つ一つ明かされてゆく。限られた余命の中で、自分が背負ってきたものを当事者に引き継いでもらおうとする。それは自分の人生を否定するようにも思えるが、そうするしかない。
限られた時間の中で、何故これほどに前向きでいられたのだろうか。それはたぶん、背負ってきたものから解き放たれることへの期待だったのではないかと感じた。そしてそれと引き換えに、自身が背負わされた運命も清算される期待をもって。
しかし、各人に引き継いでもらったら、そして、清算できない事実を突き付けられ、「もっと生きたい」と強く願う。自分が背負ってきたものがどれだけ大きいものだったのか、背中から降ろしてはじめて見ることができたのだろう。

あまりに多くのものを背負っている主人公を観て「こんなヤツいる訳ない」と思う人もいるだろう。私は私の些細な人生経験から、事実は小説よりも奇なり、を実感している。他人に与えるために、火中の栗を拾うような人たちに出会ってきた。

たしかに、この脚本には歪なものを感じる。しかし、多くのものを背負う人たちの人生の多くは、実は歪なことが多い。なので、わざとこのようにしたのだろう。
その結果は、ネット上にあるこの映画の評価をみれば分かる。

書きたいことは色々あるが、ネットで書くことではないと思うので、この辺りでやめておく。

 

まだ一ヶ月も経っていない。友達が死んでから。数えてみた。ちょうど四週間前だ。ほとんど一ヶ月だった。そんなに経ったと感じられない。もうこの世にいないことは分かっているが、彼を身近に感じる。

その友達も癌だった。多くのものを背負い、多くの人を前向きにさせてくれた人間だった。ときには強引ともいえる物言いで、苦難を直視しろと口にすることもあった。

今日は、その友達の遺品の整理が行われているはずだ。いくつかの荷物は運びだされているはずである。

DVDを観ていたら雨が降ってきた。予想していた以上に強い雨。荷物の運び出しには苦労するだろう。

彼が亡くなった直後に、こんな言葉を知った。

「遣らずの雨」

 

この映画の中でも、主人公がやるべきことを行い、倒れ、入院したとき、雨が降る。
「遣らず」とは「もう逃げられない」という意味なのか。

 

仏教では人が亡くなってから七日ずつ区切りがあるそうだ。
今日は四七日(正確には昨日かな)。この日はどんな意味をもつのだろうかと調べてみたら、「(故人の)言葉に対する罪が裁かれる(その罪が軽くなることを願う?)」日だそうだ。

この映画の主人公が子供に「もっと強くならなきゃダメ!」と言うように、友達も他の癌患者の人たちに「現実を直視しなくちゃダメ!」、とメッセージを送り続けていた。
人によっては、その言葉によりダメージを受ける人もいるのではないかと思っていた。しかし、彼の辛辣な言葉よりも、現実から目を逸らすことができる甘い言葉の方が罪ではないかと、私もおもっている。

 

偶然にしては、あまりよく出来たタイミングでこの映画を観た。
何を観るかは女房任せ。私は観はじめるまで、何を観るのか知りません。

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2017年6月 5日 (月)

壁掛け時計落下事件

台所に壁掛け時計がある。昨日、夕食時にそれが落下した。その真下で食事をしていた私ですが、時計のすぐ下にある うーにーの写真のお陰で直撃を免れた。
壁に設置した金具が取れたかなと確認したがしっかり固定されている。何故落ちたのか不明ですが、後から調べてみたらその頃、地震があったようです。

夕飯時は、ばまちゃん冒険の時間。自分が決めた限られた場所以外には行かない彼ですが、人間の夕食時に食べ物で誘い出し、台所まで来てもらうようにしています。我が家に来てもうすぐ三年。やっとその時間に慣れてくれた。

この時も台所に来ていた。時計落下に驚き、部屋に帰ってしまった。再び台所に来るまで時間がかかりましたが、どうにかか来てくれて食べることも出来ました。超ビクビクというか慎重なのも困ったものです。

 

夕食後、女房は思いっきり爪で刺されてしまいました。ここのところ病院に行っていなかったので爪が伸びていて、それが肉にしっかり刺さり抜けなくなり、傷が深くなったそうだ。
爪切りくらい家でやりたいものですが、とにかくストレスに弱いので病院任せにしています。

そして深夜にも行動がおかしい時間があったと女房はいう。「行動的には低血糖のときに似ているけど、尿が異様にアルカリ性なのも気になる。もしかして膀胱炎かも」と。

 

今朝はいつも以上に動かない。
昨日は飲水量もとても少なかった(42g。たぶん普通の猫くらい)。

壁掛け時計の落下よりも前に少し体調を崩してしいたようですが、このことで更に落ち込んでしまったようです。
血糖値の検査もあるし爪も伸びたので病院に行かなくてはなりませんが、それで更に落ち込んでしまわないことを祈るばかりです。

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2017年5月31日 (水)

5月の「犬とゆく」

寒かったり暑かったりの4月が終わってG.W.になり、それが終わったら、暑い日が多くなりましたね。このまま真夏に突入するのでしょうか。もう少し落ち着いた日があってほしいものです。

犬連れ・猫連れでお出かけの方は、暑さ対策を忘れずに。
車の中でのお留守番はさせないようにしていただければと願います。

 

では、5月の「犬とゆく」。
公開数は4件。通算22件。

 

斉藤農園 コミュニティ・ショップ「あぐりす」
安曇野にあるお蕎麦屋さん。テラス席はペットOK。
農業にこだわりをもつ斉藤農園が運営している。
斉藤農園は一般的に言われている「特別栽培」よりも厳しい基準で農業を行っているとか。以下、このページからの引用です。
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特別栽培とは農薬の使用と化学肥料の使用を、慣行栽培基準の半分以下に抑えている栽培方法です。さらに斉藤農園では肥料を100%有機肥料使用、または化学肥料を50%以下に押えて栽培しております。
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蕎麦も美味しそうですが、天ぷらやソースかつ丼、その他揚げ物系も美味しそう。

engawaかふぇ食堂
長野県岡谷市内、諏訪湖畔近くにあるカフェ?、食堂?
湖畔近くだし、お水がお洒落だったりしますが、観光客よりも地元の人たちをターゲットに考えているのではと思われます。
FaceBookを見ると、お弁当の販売もしているようです。

腰越珈琲
鎌倉の腰越駅近くのお店ですが、辿り着けない人が多いらしい。
大学の合宿所だった古い建物を改装したカフェだそうです。だからなのか、靴を脱いで上がるとか。
犬連れ「も」OKのお店ですが、人間だけの利用でも心地よさそうです。
近所にあったら一度は行きたいお店。

hasamu
本牧の五番街にできた本格派ハンバーガーショップ。
二階にありますが、エレベーターが利用できます。但し書きがありますので、注意事項を守り、ご利用ください。
ABCバーガー、なるほど!、食べてみたいです!!

 

エアコンのきいた場所に入れてくれる店が増えることを祈っています。

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2017年5月23日 (火)

今後はブログをメインにする予定

うーにーが死んでしまい、ぼ~っとしていたときに東日本大震災が起こった。
それを機に Twitter や FaceBook をよく使うようになった。
それで充分だとおもっていた。

しかし後から検索しても期待通りに見つからないことがほとんど。
見つかっても Twitter は文字数制限があるので分かり難いことも多い。
おばまのことも見返してもよく分からない。

出来る限り誤解なきよう書きたいし、後から見返したときにより正確に知りたいので、やはりブログの方が自分には合っていると思うことが多くなってきた。

その他色々あり、今後はブログをメインにする予定。

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2017年5月16日 (火)

ThuderBird でメールが受取れない(バグ?)

土曜日に起きた不具合の続き。

再びメールが受取れなくなった原因を考えてみた。つまり、何をやったか記憶を手繰った。
ウィルスバスターで全ファイルのスキャンをしたくらいだ。今後もスキャンをすることになるのだから、この状況を受け入れなければならない。

 

OperaMail をインストールしてメールを受信し使い始めようとした。しかし、メールの分類がフォルダではなくタグのみなので、使い難く感じやめた。フォルダを作るのもタグを作るのも同じ手間だし、タグの方が複数付けられるだろうから便利かもしれない。とにかく「慣れ」の問題。年とって順応できなくなってきているのかな。
とにかく OperaMail は見送り

 

Thunderbird で別プロファイルを作ることを考えた。現在のプロファイル(メールデータを含む)は10年以上使っている。壊れないのが不思議。きっとプロファイルをすっきりすれば機嫌を直してくれるだろう。

その前に、メ-ルの受け取り方法のオプション、「ヘッダのみ取得する」(本文は受け取らない)を外してみた。すると、既にヘッダを取得しているメールは受け取ることが出来ないが、新たなメールは受け取ることが出来た
既にヘッダを取得しているメールも、サーバー上で一度削除(ゴミ箱へ)し、再び受信トレイに戻すと取得出来た
ThunderBird のバグのような気もしてきたが、とにかく、この方法で様子見することにした。

ここまで日曜日(不具合発生の翌日)に行ったこと。

しかし月曜日の夕方、一回だけウィルスバスターが Thunderbirdをブロックした。土曜日にもあった。とのときに例外設定したからか、ブロックされても使えているのが不思議。

 

20170516そして火曜日右の表示がでました。
アップデート前に症状を確認したら、やはり出る。
なので素直にアップデート。

結果、治りましたnote

やはりバグだったのね

 

(プロファイルはそのままだけど)別アカウントを作ってしまいましたが、少し整理が出来て良かったということにしておきますdelicious

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2017年5月15日 (月)

ヒトの傍らで – シナントロープから見た世界

タイトルの展示を見てきた。今日で終わりなので誰のお役にも立てません。備忘録として。

説明はこのあたり。
http://fireside-essay.jp/miyazaki/bird/704.html
http://www.miyazakigaku.net/kouen/675.html

昨日(2017年5月14日)のトークショーに行こうと思ったのですが、メールのトラブル等で諦めました。今日も行かないつもりだったのですが、どうしても行きたくて無理に行ってきました。

 

人が暮らす地域で生きている野生動物の写真展です。
新宿のネズミやアライグマの写真もあれば、かつて多くの人が暮らした鉱山跡地もありました。高原の(もちろん人間用の)遊歩道での写真や福島県の人が暮らさなくなった場所や仮設住宅近くの写真も。
「こんな所にこんな動物が!」という写真がいっぱい。東京の国立インター近くにキツネが歩いている写真もあれば、遊歩道には色々な動物が姿を現しています。昼間、人間が何気なく歩いている場所に

多くの写真は定点カメラ(というのかな。据え置きで自動でシャッターが切れるようになっている)で撮影されたものだと思います。動物たち(時には人間も)の日常の営みが写されています。驚きや力み(威嚇など)がない。誤解を恐れずにいえば「可愛い」。福島県の人が住まなくなった民家に出入りする動物たちの表情は、「今日もちょっと寄らせてもらいますよ」という感じ。イノシシでさえ可愛く見える。

それらの写真に付けられている短いコメントが客観的で、ときに奥深く興味深いこともある。命が繋がっているこの世界を感じている人だから書けるコメントだ。

 

タイトルの「シナントロープ」については、冒頭のリンク先を読んでいただきたい。
それと関連することとして、上記から以下を引用させていただきます。
================
木を一本切っただけでそれを「自然破壊」だと非難してしまうのではなくて、その木がそれまで何をしてきたのか、切られることによって環境がどう変わっていくのか、そこまで考えながら自然を見つめてみることがイマの私たち人類には必要なことではないのか、と感じます。
================

感情から訴えるだけではなく、まず客観的な事実を集め分析し理解し、その結果からこれからのことを考える。

多様性が認められるイマだからこそ、無用な意見の対立を生まないためにも必要なことだと思いました。

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2017年5月13日 (土)

ThuderBird でメールが受取れない

※以下、直ったと思い込んでアップしましたがアップの直後、同じ症状になりました。しかも他のアカウントまで同症状です。
このことばかりに付き合っていられないので、取り敢えず保留にして、近日中に何とかし、続報をアップしたいと思います。
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ある夜、急にメールが受取れなくなった。奇妙というか微妙なトラブル。
メーラーは ThunderBird。長年、インターネットにお世話になっているので、メール・アカウントは幾つも持っている。その中で最も使っているアカウントのメールだけが受取れなくなった。しかも中身だけ受け取れない。

メールの受け取り方は、本文を受け取る前に、タイトルや送信者名などだけ受け取れることはご存知だと思う。何故だかここまでは出来る。つまり、サーバーと繋がるのだ。

 

結論はレジストリーが壊れた。
面倒だから追求せず、とにかくメールを受け取れるようにした。

そう確信するまでの過程を備忘録として書いておきます。

 

(はじまり)
ThunderBirdのアップデートがあるというのでやった。ちょうどその時、ウィルスバスターもアップデートが行われていた。これには気づいていなかった。ThunderBird のアップデートの終了を待っている時に気が付いた。イヤな予感があった。
ThunderBird のアップデートが終わり、ウィルスバスターのアップデートが終わり、ThunderBird でメールを受け取ろうとしたら、ウィルスバスターにブロックされてしまったshock。もちろん例外設定した。
それ以後、上記の症状が出てしまった。

 

(まずは設定の確認)
いじってないけど、サーバー設定などの再確認。どこをどう見ても、変わっていない。

 

(フォルダのチェックなど)
ThunderBirdで受信フォルダを「最適化」したり、「フォルダを修復」など行うがダメ。

 

(Windows のディスクのチェックなど)
おまじない的なことですが、Windowsのディスクの「エラー・チェック」や「最適化」をしてみるがダメ。

 

(サブマシンにプロファイルを送る)
似たような環境のサブマシンがあるので、そちらに ThunderBirdのプロファイルをフォルダー丸ごと送って動かしてみる。問題なく動く。プロファイルは傷ついていない。それとも修復されたか。

 

(サブマシンのデータを、メインマシンに戻す)
サブマシンで動かしたことにより、プロファイルが修復された可能性を考え、メインマシンにそのプロファイルを戻し動かしてみるが症状は変わらず(メールは受信できない)。
プロファイルに問題なければ、メーラー本体の問題かレジストリーが壊れたことになる。どちらも調べるのが面倒weep

 

(新しいアカウントの作成)
安易な解決法として、新しいアカウントを作ってそちらで受信できるか試すことに。
ちなみに、他アカウントは正常に動く。問題アカウントのみが受信できるようになれば良い。
新規アカウント作成画面にそのアカウントのユーザー名やパスワードを入れるとそのアカウントは既にあるとか言われて作れない。ダメになったアカウントの設定を少し変えて対応。自動設定に入ったのですが、サーバーが作業を進めさせてくれない旨の(たぶん切断されてしまうのだと思います)エラーが連続して出て、新規アカウント設定の小さな窓がいっぱいになってゆく。結局出来ない

 

(システムの復元)
レジストリーがおかしくなったのであれば、システムの復元で直る可能性が高い。試してみる。とても時間がかかったが、何も改善がみられなかったcrying

 

(ThunderBirdをアンインストール、再インストール)
レジストリーの問題でなければ、残るはメーラー(ThuderBird)本体の問題だろう。ならば再インストールすれば解決できる可能性がある。やってみたが解決されなかった

 

(再び、アカウントを作る)
これだけ色々やったのですから、もしかしたらアカウントを作れるよになったかも。
先ほどアカウントを作ったときは自動設定で行った。今回もまず自動で行うが前回同様で焦る。手動で行ったらすんなり出来たlovely

 

(ここからもう一つビックリなことが!)
ThuderBirdはとても使い易いメーラーですが、唯一面倒に感じることが、アカウントの並びを簡単に変更できない。作った順に並んでしまう。変えるにはこのページ書かれた操作が必要になる。
新しく作ったアカウントが一番下にあるのでトップに持っていきたい。今までトップあった(受信できなくなった)アカウントは下の方へ。
設定してみたら、なんと受信できなくなったアカウントはトップから動いてくれない。受信だけの話ではなく、アカウントそのものの存在がおかしくなってしまったようだ。

今回の教訓は、セキュリティー・ソフトが動いていないときに、他のソフト(ネット系ソフトは特に)をインストールしてはならないってことみたいです。

一時はこれを機に他のメーラーを使い始めようかと検討しましたが、なかなかいいものがない。Operaのメーラーが良さそうですが、ThuderBirdと比べるとイマイチらしい。

とにかく使えるようになってよかった。
エントリーが増えてしまいましたが、整理するいい機会になりました。
メデタシ、メデタシhappy01

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2017年5月 5日 (金)

4月の「犬とゆく」

G.W. ですが如何お過ごしでしょうか。
昔の「犬とゆく」ではこの期間、連日のように記事を公開していましたが、今は犬連れには優しい世の中になり情報も多々流れてきますので、「犬とゆく」は週一ペースで淡々と公開してゆく予定です。
 

4月の公開数は5件、通算は18件となりました。

 

では、4月の公開記事。

食いしん坊の宿 東洋
西伊豆、土肥の南、黄金崎近くの宿泊施設。
ワンコ連れ可の宿。プランのほとんどは人間専用。なので、ワンコ連れの場合、予約の前に事前の連絡をしてください、となっている。
写真を見ていただければ分かると思いますが、ふつ~(人間専用)の宿。そして、お店の名前の頭のフレーズからも分かるように料理自慢。
このような宿に犬連れで利用できるのは嬉しいですね。

えんとつ
私の投稿。随分と前から気になっていたのですが、入口がちょっと入り難い雰囲気(隠れ家的ともいう)。そして、私とはタイミングが合わないことが多かった。
世田谷区役所近くにある。普通ならカフェと呼ぶと思いますがちょっと違う。
昨年末初めて利用し、その後何度か利用している。広々とした店内。独特の雰囲気。料理は和食メイン。ロシアリクガメのKEMUちゃんもいます。
こちらも「ペット連れを断らない店」。基本的に人間専用。平日の昼時は近所にお勤めと思われる方たちが多数来店されています。

カインズホーム伊豆高原店
伊豆高原の先、城ケ崎入口近くにあるホームセンター。
カインズホーム(全部ではないと思いますが)が犬連れ(カートに入る)で利用できることをご存知の方は多いと思います。観光地でもOKは嬉しいですね。特にこれからの季節、車や外で待つのは辛いことがあります。嬉しいサービスです。

結の駅~ぐるめ食堂~
中央道・河口湖I.C.から国道139号を西湖方面に走った所にある食堂。
駐車場が広い。料金は観光地にしては安いと思います。こちらもペット専用ではありませんが店内OK。
このようなお店が増えて欲しいです。

高遠城址公園(高遠さくら祭り)
高齢の母を連れて高遠のさくら祭りに行ったら、犬連れの姿を幾つも見たので投稿しました。足元がおぼつかない母のために混雑していないと予想した早朝に行ったところあちらこちらに犬連れの姿がありました。
ちなみにこのお祭りの開門時間は朝6時。夜桜(ライトアップ)もあります。
今年はもう終わっていますので、来年検討してみては如何でしょうか。

 

犬連れ「も」、の宿や飲食店が増えてこそ、そしてそれが当然になってこそ、「ペットも家族」が社会に認められたと言えるのではないでしょうか。

そのような世の中を目指して「犬とゆく」を続けます。

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2017年4月28日 (金)

HDD(250G) → SSD(240G) (戻す)

今日も多くの方には関係ありません。パソコンを自作する人のみの話です。

三月の上旬に SSD が壊れた。そのときの記事はこちら
Windows 標準のバックアップを行っていたので、手元にあった HDD にそれを復元することで対応できた。

 

壊れたSSDが保証期間内だったので、修理依頼し戻ってきていた(新品に交換になった)。
ここのところ忙しくて HDD → SDD に戻す、をしていませんでした。
やっと先日手をつけたのですが、、。

SSDは 240G、HDDは 250G。
Windows 標準のバックアップを使った場合、、、

SSD(240) → HDD(250)は難なくできました。

しかし逆の20170428

HDD(250) → SSD(240)をしようとすると 「受け側が小さすぎる」とエラー表示が出て進みません。

ネットで調べると
領域を縮めると納めてくれる、と書かれていますが、幾つの方法(減らした分、空き領域を作ってそこを領域確保したり、フォーマットしたり)でやってみましたがダメでした。
バックアップも、Windows7のものイメージバックアップも色々試しましたがダメ。

SSD(240) → HDD(250)にしたとき、ディスク全体の容量が大きくなった分、最後尾に差分の空き領域(未確保)が出来ている。これを無視してくれればいいだけなのですが、真面目なWindowsは許してくれませんでした。

とにかく、Windows 標準のツールでは出来ない!、と結論づけました。

 

途方に暮れていたら
このマシンには、以前 Acronis Ture Image Personal 2015 というものをインストールしてあったことを思い出した。しかしドライバ扱いで常駐するのが気に入らなくてアンインストールしていた。ただ、レスキュー・メディア(CD)は作ってあった。それが見つかったeye

このCDにある「クローン」という機能をつかったら、何の苦労もなく出来ました。
立ち上がった後、SSDとして認識されているか確認したら、きちんとSSD扱いされていました。

Acronis Ture Image Personal 2015 は有料のソフトだし、(パーティションを縮めるなどの)小回りが利きませんので、お勧めはしません。
ネット上では、EaseUS Todo Backup というソフトの名前がよく挙がっています。私も Acronis のレスキューメディアがなければこれを使っていたと思います。

 

MSさんに言いたい!
ディスクの容量じゃなくて、データの領域で復元できるようにしてください!!

とにかく一件落着でほっとしましたhappy01

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